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2013年8月25日 (日)

「日本語の論理 - アイランド・フォーム」を読む その3 異質なものへの免疫

「にほんごの論理」外山滋比古著 中公文庫 から「アイランド・フォーム」を
読んでいます。

「アイランド・フォーム」とは「島国根性」のことです。

p178
アイランド・フォームの欠点を改めるにはどうしたらよいか。

常識的に言っても、まず、外国語教育ということに落ち着くのではあるまいか。

「役に立つ英語」は結局、学校の教室では無理であるということが、
ようやくはっきりしてきた。

p179
国際人としての修練も積まないで、ただ、外国語をしゃべるという
ような島国人は、実用的視点からしても、プラスであると言い切る
ことはできないのである。

p180
外国語によって、「異質なもの」に対する、免疫と抗生
どうしたらつくることができるか・・・

まず心理的抵抗を経験させ、その上でそれを緩和させて、やがて、
一般に異質なものへの情緒過多の反応を矯正するようにしなくては
ならない。

無自覚的ナショナリストになりがちな、すべての日本人にとって
必須の教養である。

===>> ここに書いてあるのは、要するに最近よく聞くように
なった言葉でいえば「多様性を認める」と言う事ではないかと
思います。

フィリピンに住んでいると、時々 店先などで怒鳴っている
人を見ることがあります。
そして、それがたまたま日本人であったりするのです。

日本とフィリピンを比べれば、いろんな点で日本の方が進んでいる
ことは明らかですから、私自身もフィリピンに住み始めたころは
なにかとイライラしたものです。

そのイライラの原因は「日本の常識」だと思います。

日本は様々なものが おおよそ期待通りに動いています。
交通機関などは その最たるものかもしれません。
電車でもバスでも、ちゃんと時刻表があって、その通りに運行されて
います。

しかし、フィリピンの場合、まず時刻表があることすら限定的です。
仮にバスなどの発車時刻が決められていたとしても、その通りに
発車することはめったにありません。

時間どおりに運行できる日本の仕組みはもちろん素晴らしいものですが、
他の国にいて 同じものがないからといって感情が爆発した
ところで なんの得もありません。

卑近な例ではあるのですが、そういうことに対する免疫あるいは
抗生は必要であるのです。
店先で怒りまくっている日本人は 滑稽でしかありません。

最近の言葉でいうならば 「空気が読めない」 KY君ということに
なってしまいます。

「アイランド・フォーム」はこれで終わりです。

次回からは「エレガントな対立」に移ります。

 

 

 

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