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2013年8月27日 (火)

「日本語の論理 - 外国語論」を読む : その1 英語教育廃止論 ?

 

「にほんごの論理」外山滋比古著 中公文庫 から「外国語論」を
読んでいます。

p205
言語を「外国語」として研究することが、何を意味し、
また、そこにどのような問題が存在し得るか・・・

一般的に「外国語」とよばれる位置にある言語に共通する
文化的現象
に議論をしぼる・・・

p206
ギリシャ人は、ギリシャ人でないもの、ギリシャ語以外の
言語を話すものをすべて、バルバロイと称したが、この語が、
のちに、野蛮未開というヨーロッパ語になった・・・

自分の国が世界の中心に位するという思想は多くの国にあった・・

文化的エゴセントリズム(自己中心主義)の段階にあっては、
外国語というものは、大きな意味をもつものとして意識されない

p207
先進国である外国からの文物はさかんに流入してくる。

外国語はそれが背後に蔵している文化の高さの故に、
自国の言葉より、高尚なものであるかのような錯覚をもって
扱われる。

外国語は、強力な実用的要請に支えられている
その要請は、ほとんど物的価値にさえも近いものであると
感じられるであろう。

p208
真に外国が外国として、重要な意味をもつようになるのは、
第三の関係、すなわち、自国と外国が文化的に対等、ないしは、
それに近いという意識がもたれるときにおいて、はじめて可能である。

===>> 私が高校時代、「英語でもやっておけば、将来喰いっぱぐれ
はないだろう」と思って、その後英語の専門学校で勉強するために
上京したのは1969年でしたが、その当時は 上記の分類で言えば
第二の関係の時代だったと言う事でしょうね。
まだ、1ドル360円の時代でしたし、外資系に勤務することは
メリットがあったと思います。
外国語は強力な実用的要請があったということになります。

さて、今現在の日米関係からいったら、第三の関係になったと
言えるのでしょうか。

フィリピンにおいては、明らかに 実用的要請であって、英語が
公用語ともなり、海外出稼ぎ者の強力なツールになっているわけですね。

p209
文化その他で、ほぼ同水準に達していると、・・・
文化の移動は交流、交換という形をとらざるを得なくなる。
・・・相互伝達、ギヴ・アンド・テイクということになる。
言語伝達としては自然なこの状態が、外国語としてはむしろ
不自然なものである・・・

「・・・一応、不自由しない状態になっている母国語というものが
あるのに、なんのために、外国語を学習しなければならないか。」
そういう疑問が提出されるようになる。

==>> 理解するのがちと難しいところですが、
要するに、圧倒的に実用的な外国語の場合は一方的に勉強する理由が
あるけれども、文化的に対等な国同士の言語というのは、特に
必要でもないのに なんで勉強するんか、という不自然さがでて
くるってことですね。

p211
昭和に入ると、十年前後に英語教育廃止論がおこった。
戦争になると女学校の英語が停止され、その他の学校においても
圧迫された。

戦争には負けたけれども、われわれは決してダメな民族では
ないのだという国民感情は、昭和26年の講和条約ごろを
契機として、次第につよまりつつあった。
その少し後に、英語教育廃止論
がおこった。・・・・

ここで、外国語はふたたび、第三段階の不自然な外国語という
位置へもどされたわけである。

==>>  へえ~~、これはびっくりですね。
昭和26年といえば、私が生まれた頃に近いんですが、
まだまだ敗戦後6年くらいしか経っていないのに、そんな
気運があったとは。
その頃は まだ日本は貧乏で アメリカにおんぶに抱っこの時代じゃ
ないですか。
それに、経済的にも、海外に物を売らなくちゃいけない将来が
あったわけですよね。 日本の中だけで満足できる時代だった
ということになりますか?

p212
いわゆる役に立つのでない外国語教育がまったく存在を
許されないのなら、今日のような、実用性のうすい語学教育が
否定されようとしていることは自然である。

「役に立つ英語」という声は、「役に立たない外国語論」を
浮き彫りにするものであると見ることもできる。

==>> ちょっとややこしい話になってきちゃいました。
まあ、フツーは、私も実際そうだったんですが、就職に有利だから
英語をやっておこうというのが主流ですもんね。

そうじゃない外国語教育ってのは なんなんだ? ってところで
「役に立たない外国語」の教育の有用性を議論しましょうか
って話みたいです。

では、その2に続きます

 

 

 

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