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2013年9月13日 (金)

日本占領下のフィリピン・バギオ市 - フィリピン大学バギオ校公開講座

2013年9月9日、フィリピン・バギオ市にあるフィリピン大学バギオ校で「日本占領下のバギオ市」という講演会が開催されました。

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レクチャーは、リカルド・T・ホセ博士によるものでした。 同博士は、東京大学で博士号を取得された方で、日本語は堪能。

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社会学部のAVRルームには、学生や教授がいっぱい。 フィリピン大学ディリマン校の大学院で研究中の日本人や、PMA(日本の防衛大学に相当)の学生の姿もありました。

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ホセ博士。

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第二次大戦がフィリピンで始まった時、1941年12月8日に、フィリピン・バギオの米軍基地キャンプ・ジョンヘイに最初の爆撃をした日本軍の同型機。

この時の死亡数は11名で、軍人ではなくバンドマンなどだったとか。

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バギオの日本軍・軍政部。 メソニック・テンプルに在ったとの話でしたが、場所が分りません。

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日本軍兵士による 宣撫活動の様子とあります。

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米軍による「絨毯爆撃」。

バギオ大聖堂の多くの住民が避難し、建物の中に入れない人たちが大聖堂の前に設営された避難テントに入っていたところ、爆撃で多くの人々が犠牲になったとのこと。

バギオ大聖堂周辺にはおよそ5,000人が避難し、そのうち数百人が犠牲になったとのこと。

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絨毯爆撃を行った米軍の同型機。

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激戦となったバギオ市墓地での 日・米比軍の戦闘の様子。

この戦闘の話は、山崎豊子著の小説「二つの祖国」にも出てきます。

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バギオ陥落・解放後、セッション・ロードを進む米軍。

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バーンハム公園での「バギオ解放」の祝賀式典。

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1945年9月3日、バギオ市キャンプ・ジョンヘイ内の 現在の米国大使館別邸で開かれた正式の降伏文書への署名。 手前右端が山下奉文大将。

ホセ博士によれば、この席には、フィリピン人は一人も出席しなかったとのこと。

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講演後、ホセ博士を取り囲み質問を浴びせる学生たち。

この直前まで、質疑応答が長く続き、なかなか終わらなかったのですが・・・

例によって「山下財宝」の質問も出ましたけどね。(笑)

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非常に貴重な講演会でした。

なお、この講演会は、バギオ市制104周年記念事業の一環として実施されたものです。

ホセ博士は、フィリピン大学ディリマン校の教授です。

レクチャーの中で聞き取った内容の一部:

ー 戦前のバギオの人口は、およそ24,000人。

   フィリピン人 22,000人、中国人 800人、日本人 500人、だったとか。

ー 真珠湾攻撃の情報がどのようにバギオに伝わったか:

   4:30AM 米人ハルセマ市長に連絡があった

   6:30AM マニラからの電話

   8:30AM ケソン大統領へ連絡

ー 何故バギオに爆撃があったのか・・・

   マッカーサーがバギオを訪問する予定だったとの情報があった。

ー 12月27日 日本軍がバギオへ入った 800人

ー 欧米人は パインズ・ホテルー>キャンプ・ジョンヘイに収容された

ー 長崎司令官と呼ばれた人は、クリスチャンであって、地元民に優しく接した。

ー CASA VALLEJO(現在はホテル)の建物は、日本海軍の

   コミュニケーション・センターとされた。

ー シティー・マーケット前の広場で、日本軍による公開処刑があった

   5名がみせしめとされた。(4名=山岳民族、1名=イロカノ族)

ー 日系人の中には日本軍への反感もあった。

ー インフレで、日本の軍票は紙切れとなり、金貨がつくられるようになり、

   その後 その金貨を溶かしてインゴットが作られるようになった。

ー 1944年12月ごろ: 日本人 2,500人、日本軍 10,000人

ー バギオ市の HILL SIDE に 800メートルの防空壕が造られ、

   一時期 山下大将はそこに居たとされる。

ー 1945年1月6日 米軍の爆撃が始まった。

ー DOMINICAN の防空壕は 中が素晴らしく豪華なものであった。

(上記のメモは、レクチャーの聞き取りですので、間違いがあるかもしれません、

 その点、ご留意、ご容赦ください。)

<参加していた方で、間違いにお気づきの方は、お知らせくださいね。。。>

 

 

 

 

 

 

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