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2013年12月16日 (月)

フィリピン・ミンドロ島 マギャン族(マンニャン族)と結婚した元日本兵たち

川崎恵一郎著 「重機関銃分隊長のルソン戦記」 光人社NF文庫から
興味深いところだけを つまみ食いしています.
http://books.rakuten.co.jp/rb/11786385/

この著者である川崎さんとはバギオ市へ戦友の慰霊に来られた折に
何度かお会いし戦時中の体験を話していただいたことがあります.

今回は、ミンドロ島のマギャン族について興味深い記述を拾っていみます.

こちらのサイトを見ますと:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E5%B3%B6
マギャン族というのは、「中央山岳部に住む八部族からなる少数民族マンニャン族
(Mangyan、またはマンヤン)・・・」 と書いてあります.

また、このサイトには、
「ミンドロ島の日本軍は山岳部に敗走し、飢餓と疫病、地元ゲリラとの戦闘で多く
が死亡した。大岡昇平はミンドロ島で捕虜となり後にこの島を舞台とした数々の
戦記小説を書いているほか、1956年になってもミンドロ島からは4人の残留日本兵
が帰国している。

との記述がありますが、 この著書の下記の部分は、戦時中の話と
戦後に再訪したときの話が混ざっていますので、残留日本兵の話がいつの
時点のものかは分かりません.

71ページ

マギャン族は深山に住む種族で、ミンドロにしかいない.
・・・農作物も作っているが主に狩猟をやっていた.
猪や鹿などを弓か投げ槍で捕殺するのであるが、槍や矢の先には植物で作った
毒が塗ってある.  彼らには金は必要ないようで、時々村落に降りて、猟で捕った
肉や毛皮などを塩と交換しているのを見ることがあった.
もちろんフィリピン人としての国籍はないようで、学校へもいかない.

服装は男は赤い布の越中褌一つで、頭にも赤い布をつけていた.
女は木の皮で作られた腰巻きと、これも竹か何かで作ったもので乳だけは
隠していた.
散髪する様子はなかったが、髭をはやしている男性に出会ったことはなかった.
・・・身だしなみは良かった.
つねに男も女も子供まで腰にはポロと呼ばれる蛮刀をつけていた・・・

彼らは歩くというか、その早いのに驚く. 一日に80キロや100キロくらいは
平気で歩くことが出来るという.
・・・道案内を頼んだことがあったが、後をついていけるものではなかった.

知事夫人の話では、日本の兵隊さんがマギャンの女と結婚して山の中に
住んでいて、彼らは日本に帰りたくないと言っているという.

============

こちらのサイトに2011年の情報がありました・・・・

http://kiokutokiroku.funaoosamu.com/?month=201101

しかし、残念ながら結論がありません.

========

さて、これに対して、最近のマギャン族(マンニャン族、マンヤン族)がどのように
書かれているかをインターネットでチェックしてみますと:

こちらのNGOのサイトでは・・・・
http://www.ngo.ne.jp/modules/news/article.php?storyid=7494&utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
「島の人口の10%以上を占めるといわれているマンニャン族は、厳しい山岳地帯を
中心に焼き畑、狩猟採取を生業とした半遊牧生活を営んでいますが、今日にいたる
まで人口のほとんどが学校に行くことすらできず、識字率ほぼゼロ%、極端に高い
乳幼児死亡率(場所によっては対1000で300以上)、マラリア結核などの感染に
あえいでいます。」

http://www.21ca.ac/21c/kigen.html
「ちなみに、「マンニャン」とは「人間」の意味で、とくに「ハヌヌオ」は「本当のマンニャン」と、
他の部族よりぬきんでていることを誇りとして自称したことばです。 」
「実はフィリピンにはスペイン侵入以前から文字があった。しかもその文字は
マンニャン族のものだったという興味深い研究です 」

英語によるサイトは こちら:
http://en.wikipedia.org/wiki/Mangyan_peoples

Mangyan are mainly subsistence agriculturalists, planting a variety of sweet potato,
upland (dry cultivation) rice, and taro. They also trap small animals and wild pig.
Many who live in close contact with lowland Filipinos sell cash crops such as
bananas and ginger.

上記の著書では戦時中には狩猟が中心であったようですが、最近は農業の方に
比重が移っているようですね・・・

同朋社発行の 「フィリピンの辞典」 には以下のようにあります:

マンヤン(族)
ミンドロ島山地に居住する人々の総称. 推定人口は約3万(1970).
・・・山腹を利用して焼畑農業営み、陸稲、サツマイモ、マニオク、タロイモ、
ヤムイモ、バナナ、トウモロコシなどを栽培する.
ブタやニワトリを飼育・・・・狩猟をすることもある・・・・
精霊信仰が宗教生活の主軸をなし・・・

============

ところで、ミンドロ島と 日本兵に関しては、新聞でも一時期騒いでいた 「偽日本兵の遺骨」 の事件がありました・・・その後 今はどうなっているんでしょうか・・・

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/837

「約一年前、小誌は空援隊が集めた「英霊の遺骨」の中にフィリピン人の骨が大量に含まれている可能性を指摘。その報道に一度はブログで反論した登山家の野口健氏が昨年五月、説明責任を果たしていないことなどを理由に理事を辞任、同団体を離れた。」

NHKの番組 「追跡」 での報道は:

http://diamond.jp/articles/-/9652

そして、

「報道機関からの指摘を受けて、ことし3月から遺骨のDNA鑑定を進めていました。その結果、現地に保管されている110の遺骨のうち、半分近くの54の遺骨はフィリピン人に多く見られるDNAの型だったことが分かりました。さらに、女性や子どもとみられる骨も混入しているということで、厚生労働省は、収集された遺骨の中に日本兵ではないものが混入している可能性が高いとしています。」

http://blog.goo.ne.jp/omoi51to49hitotuomoi_2011/e/282790503aaf9671bc7aa3bb93f8fe5b

平成23年に厚生労働省から こんな文書が出ていました:

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001qkjd-att/2r9852000001qkku.pdf

 

 

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