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2013年4月 4日 (木)

「戦後史の正体」 孫崎亨著 : その35 小泉首相は この時変わった・・・

「戦後史の正体」 孫崎亨著 を読んでいます。
==>>の部分は 私のコメントです

第七章 9.11とイラク戦争後の世界

p335
米国は国連を軽視して世界中に軍事力を行使するようになり、
日本にその協力を求めるようになりました。

p336
2001年9月・・・アメリカン航空11便がニューヨーク世界
貿易センターの超高層ビルであるツインタワー北棟に突入し、
爆発炎上・・・・

この同時多発テロ事件で約3000人の犠牲者・・・

2001年10月・・アフガニスタン戦争
2003年3月・・イラク戦争

・・・正当化できる戦争だったか非常に疑問・・・

(タリバンは)民衆から一定の支持を得ており、けっして
単なるテロ組織ではありません
ところが、米国はアフガニスタン国内にいるアルカイダ指導者
の引き渡しを求め、タリバンがそれに応じなかったとして
アフガニスタン戦争にふみきったのです。

p337
イラク戦争は・・・
1 イラクは大量破壊兵器を大量にもっている・・・
2 イラクはアルカイダと協力関係にある。

米国の公的機関が 1も2も否定しました

p338
日本はイラク戦争に参加しました。
「米国に言われたから」 それ以外の理由はないのです

その道のりを振り返ると、米国がいかに長期的に対日工作
してきたかがわかります。

p339
「アメリカはイラク問題では、仏、独の反対にあい、国際
世論に抗する形で武力行使に踏み切った。・・・」

==>> こう読んでくると、いかに日本の情報力がないのか
ってことが分かりますね。 米国にこの戦争はやめておいた
方がいいよ、なぜなら日本が独自にとった情報では
そんなことはないよ・・・って言えるわけですもんね。
もし、情報力があればね。
多分、仏や独にはそれがあったんでしょうね。

個人のつきあいでもそうじゃないですか。
本当に友達だと思う相手なら、その友達が危ないことを
やろうとしていたら、やめさせるように説得しますよね。

もっとも・・・アメリカは日本を対等の友達とは
思っていないんでしょうけど・・・悲しいね。

p340
たとえ正論でも、群れから離れて論陣を張れば干される。
大きくまちがっても群れのなかで論をのべていれば、
つねに主流を歩める。 そして群れのなかにいさえすれば、
いくらまちがった発言をしても、あとで検証されることはない

これが日本の言論界です。

==>> アメリカには、上のように、正しかったかどうかを
検証する機関がある。 でも、日本には、それを正すべき
言論界からして まったくそういう気概がないってことを
言っているわけですね。 この著者は・・・

まあ、それは、東京電力の原発事故で 今も証明されつつ
あるのかもしれないですけど・・・・

新聞などの大マスコミが信じられなくなったわけですけど、
それを補って日本人が将来を誤らないように情報を
伝えてくれるのは、どこの誰なのでしょうね。

p340
小泉首相は歴代のどの首相よりも強い対米追随路線を歩みました。
そのきっかけは北朝鮮政策をめぐって、ブッシュ大統領から
おどかされたことにあります。

p342
ビィクター・チャ(米国の朝鮮半島問題の権威)・・は日本に
対して、「意味のない首脳会談をするなよ」と警告していた・・・
ところが・・・小泉首相は・・・北朝鮮を訪問します。

米国は核開発問題で進展がないなか、日本が国交回復をめざして
動き出したことに烈火のごとく怒ります。

p344
「日米同盟 未来のための変革と再編」というタイトルです。
それは日米の安全保障関係を根本的に変えるものでした。

同盟関係は「世界における課題に効果的に対処する上で
重要な役割をはたしている」とされています。
日米の軍事協力の対象が極東から世界に拡大されたのです

・・国連への言及はほとんどありません。

p346
ヨーロッパには「自分が正義だといって、その実現のために
他国と戦争することは避けなければならない」
という平和の
知恵が生まれました。それが国際法における「国家主権」の
概念です。 
・・・国連憲章も大きな流れとしては、そうした平和を
求める人々の願いのなかから生まれたものなのです。

その36へ続く

 

 

 

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「戦後史の正体」 孫崎亨著 : その34 日本の首脳とは知的会話はムリ?

「戦後史の正体」 孫崎亨著 を読んでいます。
==>>の部分は 私のコメントです

p322
他国で行う違法な裏工作について(元CIA長官)コルビーは、
どうしてそのような他国の主権を侵害するような違法工作が
許されるかといえば、国家は自国を守るためには武力を使う
こともゆるされている。 そこまでいかない裏工作は当然
許される
と著書に書いていました。

p323
それと同じ論理が、「軍事安全保障」の分野だけでなく、
「経済安全保障」の分野についても適用されることになった
のです。 しかもその対象となったのが、日本だったのです。

p324
日本の社会システムそのものを変更させて、米国企業が利益を
得られるようにする。 これは現在のTPPとまったく同じ

流れのなかにあるものです。

いまの日本政府や官僚はまったくTPPに反対せず、むしろ
推進の旗をふっていますが、このとき(1980年代)の
日本の首相と官僚はちがいます。
はげしく抵抗したのです。 政治家ではまず宮沢首相です。

p325
1990年代に入り、米国は「同盟国に公平さを求めれば、
米国自体が繁栄する」という時代ではなくなりました。
米国は露骨に自己の利益をごり押しするようになり、それを
黙って受け入れる相手国の首相が必要になってきたのです。

・・・結局宮沢首相は・・・総辞職しています。

p326
元駐日大使アマコストは・・・
「日本の経済と政府を牛耳ることを許している規制緩和制度
抜本的に変えようという動機は、官僚側にはほとんどない

だからあとは抵抗をつづける官僚機構をつぶせば、米国の
思うようになる
というのが、アマコストの考えです。

p327
日本国内では官僚たたきが激しくなりました。
1999年に起こった「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」
いわれる大蔵省接待汚職事件はその典型でした。

・・・日本社会では・・・官僚機構が「シンクタンク」の
機能をはたしてきた
といえるでしょう。
政治家は選挙区へのサービスと政争に明け暮れています。
学者は学会という身内の組織に閉じこもるか、たんなる
御用学者となっています。

わずかに残っていたシンクタンクとしての官僚機構を崩壊
させられた日本からは、国家戦略を考える組織が完全に
消滅してしまったのです。

p328
国際的平和維持活動といったとき、頭に浮かぶのは「人道的
援助」です。  ですから自衛隊も・・・すんなり参加する
ことができます。 ・・・海外派遣に疑問をもたなくなった
ころ、段階的に自衛隊を軍事面で使っていこうという計画です。

p329
結局、日本社会全体が、それが国益を害する場合であっても、
米国と波風を立てないことを選択した
のだと思います。

p330
(天安門事件のあと)橋本氏は、1991年、西側の
閣僚(当時大蔵大臣)として最初の中国訪問を行います。
・・中国とのあいだに親密な関係を築くこととなりました。
一方、1996年・・橋本首相は・・・普天間飛行場の返還
を要求しました。
1997年・・・「日本政府がもっている米国債を大幅に
売りたい
・・・」と発言・・・
米国は橋本首相を警戒していたのです。

p332
クリントン大統領は日本に対する関心を失っていました。

p333
小渕首相と森首相の時代、米国にとって日本は「歩」
近い存在です。

p334
森:「フー・アー・ユー?」
クリントン: 「アイム・ヒラリー・クリントンズ・ハズバンド」
森:「ミー・トゥー

もちろんジョークです。 しかし、当時の雰囲気はでています。
(このジョークのいきさつなどは この本を読んでください。)

この時期、クリントン大統領からも、ヒラリー夫人からも、
中国の首脳とは知的会話ができるが、日本の首脳とはまったく
できないという嘆き
が伝わってきていました。

==>> ああああ~~~、なにから何まで、アメリカに
やられ放題ってことじゃないですか。
マスコミに煽られ、日本国民自身が政権を選んだかのように
仕組まれ、アメリカの国益のために、日本の国益を犠牲にする
ように仕向けられてきたってこと・・・・ですか?

私自身を含めて、すっかり・・・まあ、自己嫌悪になりそうですなあ。

今後の優秀な若者には、是非、アメリカ人と対等に「知的会話」が
楽しめる、あるいはやり合える本物の英語力をつけて欲しいなあ。

私はビジネス英語だけしかできないんで、気の利いた知的会話は
ムリだなあ・・・残念。

その35へ続く

 

 

 

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2013年4月 3日 (水)

フィリピン・バギオ市でも 選挙戦が本格的にスタート

日本に居てもノンポリな私で、いわゆる「浮動票」なんですが・・・

もちろん選挙権があるわけでもなく、どんな政党がどんなことを公約にしているのかも知らず・・・

008

我が下宿の外が夕方7時ころから にわかに騒がしくなりまして。

まさか庭先でこんな選挙演説会があるとは びっくり・・・・

012_3

たまたま、下宿の大家さんの兄上が、市議会議員へ復帰するために立候補するっていうんで、現国会議員、現市長のグループがこの庭先で集会をやるということになったようで。

上の写真は下院議員さんの演説です。

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そして、これは副市長候補のようです。

現地の言葉なんで、何をしゃべっているのかさっぱり分りません。

私は、部屋でビールを飲み、テレビを見、パソコンをいじり・・・

その合間に、ちょくちょく写真を撮りに行ったんですけど。

035

10時ちょっと前くらいに、やっと現市長さんが現れて、トリの演説。

会場からは頻繁に大笑いの声がでて、居並ぶ候補者の皆さんも大笑い。

市長さんは、なかなかのコメディアンのようです。

内容はさっぱり分りません。

シニア・シチズン(高齢者)の話で盛り上がっていたようです。

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演説会の途中で、お決まりのお食事でも出るのかと思いきや、なんと、そういうことは微塵もなく、最後はこのような万歳スタイルで締めとなりました。

先日 中央の某新聞記事で、現フィリピン大統領がバギオ市の現体制を批判する記事が掲載されていたんです。

歴史ある、自然の多いバギオを現体制がダメにしている、というような内容でした。

地元の人に聞いたところ、バギオ市の現体制は、前大統領派であるので、バギオ市長は現フィリピン大統領がバギオ市を訪問しても、よそよそしいのだとか・・・

聞いてみなくちゃ分らない 政治の構図でありました。

投票日は、5月13日(月)だとのことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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「戦後史の正体」 孫崎亨著 : その33 日本は米国の敵である・・・

「戦後史の正体」 孫崎亨著 を読んでいます。
==>>の部分は 私のコメントです

第六章 冷戦終結と米国の変容

p309
冷戦が終わり、・・・米国にとって日本は、ふたたび
「最大の脅威」
と位置付けられるようになりました。

p311
コリン・パウエルは・・・米軍総合参謀本部議長をつとめた
人物で、・・・次のように書いています。
「1988年春、ゴルバチョフは私に「将来私は冷戦を
終わらせるつもりだ。 あなたは新しい敵を探さなければ
ならない
」とのべた。 「信じられない。しかし彼は本気だ」
私は口にこそ出さなかったがこう思ったものである」

p312
1991年、シカゴ外交評議会が「米国にとっての死活的
脅威はなにか
」という世論調査を行いました。

           一般人   指導者層
日本の経済力     60%    63%
中国の大国化     40%    16%
ソ連の軍事力     33%    20%
欧州の経済力     30%    42%

p313
結局は、「米国の軍事力は世界最強になったのだ。 これからも
それを維持すべきだ」という議論が勝利をおさめたのです。

p314
軍事力を維持するには、なにか米国への脅威が必要となるのです。
ここでイラン・イラク・北朝鮮という「ならず者国家」の存在
がクローズアップされます。

・・日本のあつかいはどうなるでしょうか。

日本をどう米国の軍事戦略に組み込み、お金をつかわせるかが
重要な課題となりました。

p315
1990年・・・サダム・フセインがクウェートに侵攻しました。

p316
米国議会は人的貢献に着目し、日本を消極的同盟国と位置付けた。
アメリカといっしょになって血を流す用意があるかどうかが
同盟国としてのテストなのだ」

p317
日本は130億ドルの資金協力を行いました。

p319
1993年・・・細川連立政権が誕生・・・
38年ぶりに誕生した非自民党政権でした。

p320
多角的安全保障」のほうが、「日米安全保障」の前に
きているのです。
・・当然、米国はこの動きを警戒します。

細川政権は対立があることをそのまま受け取り、これを
なんとか回避しようとする動きは示していません。

・・ここから、細川政権つぶしの動きが出てきます。

p320
米国は連立内閣のかなめである武村官房長官について、
北朝鮮に近すぎるから、彼を切るように」という指示を出します。

p321
細川首相自身が佐川急便からの借入金返済疑惑を野党自民党
から追及され、武村長官を切る前に自分が辞任してしまいます。

==>> そして、この後に、「多角的安全保障」を優先した
防衛問題懇談会の西廣整輝氏が1995年、実質的にそこを
とりしきっていた畠山蕃氏も1995年に癌で死亡
したという
ことが書いてあります。
この二人はともに、元防衛次官だったとのことです。

さて、次回は 「CIAは日本の経済力を米国の敵と位置付け、
対日工作を大々的に行うようになります」に入ります。

・・日本はこんなにも非力なのか、と暗澹たる思いになりますね。

日本の真の右翼はどこにいるのだろうか・・・・

その34へ続く

 

 

 

 

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2013年3月31日 (日)

「戦後史の正体」 孫崎亨著 : その32 今の円高は1985年のアメリカの我儘から始まった

「戦後史の正体」 孫崎亨著 を読んでいます。
==>>の部分は 私のコメントです

p294
「レーガン(大統領)は映画俳優組合委員長時代、FBIの
密告者でT-10と呼ばれ、共産主義者とおぼしき人々の
名をFBIに通報していた」

ソ連はレーガンの軍備拡張路線に引き込まれ、結局経済が
ついていけず、国家の崩壊につながったと考えられています。

しかし、米国の経済に大変な影響をあたえました。
また富裕層に対して減税をしたことから、巨額の財政赤字と
累積債務が激増します。
莫大な貿易赤字(経常赤字)と財政赤字が並存し、・・・
これが日本を直撃するのです。

p295
レーガン・・以前にも貿易紛争はよく起こっていました。
・・・貿易で負けても、相手国が不公正だという非難は
行わなかったのです。

「悪いのは相手国ではない、・・・・事態を直視した
真っ当な謙虚な通商政策であった」

米国の・・・考え方は・・劇的に変わります。
「米国産業が輸入品に負けるのは、・・・相手国が悪い
からだ・・・ 相手国が・・不公正なことを行って
いるからにちがいない
。・・・」

p297
米国は・・・国際的な約束を守ることが自分の国に有利な
時には、国際的な約束を守ります。 しかし自分の国が
不利になると、約束を破って行動するところがあります。

この半導体をめぐる摩擦は、まさにそうしたケースでした。

==>> 自由貿易の盟主であることを標榜しながら、
まあ、こんなに身勝手なガキ大将だってことですね。

もっとも、私自身が米系の半導体の会社で働いてきました
から、レーガン大統領のお蔭で、給料が順調に伸びたってこと
はあったかもしれません。(笑)
1986年に日米半導体協定が結ばれたとありますから、
間違いありませんね。

p301
現在、円高はすでに(1985年のプラザ合意以来)25年以上
つづいています。 振り返ってみると、この円高が始まった
時期の指導者、中曽根首相、竹下首相はどちらも、・・・
米国を、どうなだめるかで必死だったように思えます。

通貨問題は大蔵省の専管事項だとして、通産省など他の省庁と
協力して対応する体制をとらなかったのです。
残念なのはそうした状況が今日までつづいていることです。

p302
「米国にしたがっていればよい」という人は、ぜひ、プラザ
合意以降の円高を検証してみてください。
・・結果として日本の工業は空洞化し、雇用が減少しているのです。

p304
日本の銀行はBIS規制を守ろうとして結果、みずからの
経営の悪化と、日本経済の悪化をまねくことになったのです。
・・・このように米国は日本の利益を意図的に奪うことも
するのです。

p305
竹下首相は、なんでも米国のいうとおりに動いていたと思って
います。 でも実態はちがいます。 安全保障の分野で米国の
要求をはねのけていたのです。

p306
米国は軍事的貢献をしない竹下首相を望ましい首相とは思って
なかったでしょう。
 そうしたなか、リクルート事件が発生
します。 この事件も非常に不思議な事件です

1988年・・・朝日新聞が・・・これをきっかけにリクルート
から未公開株を受け取った議員のなが多数報道されます。
宮沢喜一蔵相もそのなかのひとりです。
・・・・そして最終的にこの事件は竹下首相の辞任につながりました。

p307
ロッキード事件に疑念をもっている田原総一郎氏は、リクルート
事件についても著書「正義の罠」のなかで、検察の作った
犯罪だったと書いています。

==>> なるほど・・・
こういう話が、庶民が義憤にかられた事件というのが、
実は米国の我がままを通すための、世論工作だったということに
なるわけですね。
この著者は、読売新聞と朝日新聞を特にその扇動者と
見ているようです。

いずれにせよ、「日本の自主独立派」は こうやって消されていく
というように、著者は読んでいるわけです。

その33へ続く

 

 

 

 

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「戦後史の正体」 孫崎亨著 : その31 日本は「不沈空母」 意訳?の凄さ

「戦後史の正体」 孫崎亨著 を読んでいます。
==>>の部分は 私のコメントです

p288
日米の軍事関係には、ふたつの形があります。
ひとつは、米国が在日米軍を使うという形。もうひとつは、
米国が自衛隊を自分の戦争に使うという形です。

基本的に対米追随をとった日本の「保守本流」路線ですが、
自衛隊の海外派遣だけはながらく拒否しつづけていたのです。

p289
日本にこのP3C(対潜哨戒機)を大量に買わせ、オホーツク海
にひそむソ連の潜水艦を見つける役割を日本にやらせようと
したのです。

日本政府は・・・(中東からの石油の)シーレーン防衛という
名目
のもと、P3Cの購入にふみきります。
だまされる日本が悪いのですが、米国はこのように日本を
うまく利用して、・・・

==>> まあ、この著者は こんなことまで書いちゃって
いいのかな、本当かな、などと思うんですが、
この孫崎さんって人は 元々外交官であり、情報局長であり、
防衛大学校で教授だった人ですからね。
こういう部分は本当なんでしょうね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E5%B4%8E%E4%BA%AB

p290
1982年・・・中曽根首相は・・・訪米では首脳会談も
さることながら、「不沈空母」発言が注目されました。

p291

中曽根首相は次のような発言をします。
有事の際は、日本列島を敵性外国航空機の侵入を許さない
よう、周辺に高い壁をもった大きな船のようなものにする

この発言を通訳が「アンシィンカブル・エアクラフト・キャリア
(不沈空母)」と意訳したというのです。

==>> 「不沈空母」問題は知っていましたが、通訳が・・・
の部分は初めて知りました。
当時から「不沈空母」とは、なかなか言い得て妙な表現だな
と関心したものです。 賛成不賛成はともかく、アメリカから
みれば日本の戦略的位置というのは そういうものなんだろう
と思ったわけです。

私もたまに、翻訳だとか通訳をすることがありますが、
この意訳ってのがなかなか難しいし、へたをすると
えらいことになるって話ですね。

そう考えながら、上に書いた中曽根首相の言葉ってのを
読み返してみると、具体的なイメージが作れない表現ですね。

p292
ソ連が日本を攻撃するときには、潜水艦ではなく、ソ連の陸上
に配備された大陸間弾道ミサイルで攻撃・・・
これに対して日本は無防備です
一方、P3Cが発見すべき潜水艦発射ミサイルは、日本向け
ではありません。米国向けです。

==>> 要するに、日本が日本防衛の為に本来準備すべき
対ミサイル用ではなく、米国を狙う潜水艦発射のミサイルを
防ぐための高い買い物をしたってことになります。

p293
私たちは、米国との良好な関係を望みます。
当然です。

しかし、日本と米国の利害はつねに同じではありません。

「自主」と「対米追随」の差は、

1. つねに米国との関係を良好にすることをめざすか
2. 少々米国とのあいだに波風を立てても、日本の国益上
   守るべきものがあるときや、米国の言いなりになると
   国益上マイナスになるときは、はっきりと主張するか

というところにあるのです。
私はもちろん後者の立場をとっています。

==>> この著者は、自分の立場を明確にしているところが
なかなかいさぎが良くていいですね。
しかし、そういう立場の人が 首相レベルになると
米国によって排除される、ということも同時に言っている
わけです。

その32へ続く

 

 

 

 

       

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