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2013年5月30日 (木)

フィリピン・バギオで ラーメン ?  ほとんど諦めてはいるんですけどね・・・

フィリピンのマニラだったら、あちこち美味しいラーメンが食べられるんですけど、バギオはねえ・・・・

以前はSMバギオに 来々軒があったんですけど・・・・

で、あちこち試してはみたんですが、

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結局、2013年5月現在は、これしかなさそうなんです。

「コリアン・ラーメン with キムチ   120ペソ」

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で、どこのお店のメニューかって言うと、

バギオの目ぬき通りである セッション・ロードと バギオ大学へ入っていく アサンプション・ロードの角にある ボヘミアン っていうお店です。

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聞くところによれば、このお店は 韓国人経営だそうです。

なので、基本的に このラーメンも インスタント・ラーメンではあるんですけどね。

まあ、他の店に比べると 入っている具の種類と量が、これでも結構多くて、味もまあまあで、 一応 ラーメンを食べたなという 感じにはなりました。

120ペソですからね。 他と比べると 確かに高いのは高いんですけど。

・・・で、上のメニューを見て、なにか気づきませんでしたか?

ラーメンが アペタイザー(前菜?)の区分に書いてあるんですねえ。

「コリアン・キムチ・フライド・ライス」 は メイン・ディッシュに入っているのに、 な~~んで ラーメンは メインじゃないのか・・・・

パスタの区分に入れてもいないし・・・・

欧米では スパゲティーみたいな麺類は アペタイザーだっていう話は 聞いたことはありますけどね。

 

上のメニューによれば、  

ラーメンは 前菜で、  キムチ・チャーハンが 主菜・・・・ってことか?

納得いかね~~なあ~~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

philippine  baguio city  session road   assumption road   bohemian  cafe coffee shop  ramen and beer

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変幻自在の演奏に はしゃいでしまった夜 - Hikaru Tanimoto Guitar Live in Baguio City

いやあ~~、参りましたよ。

youtubeで岩本光さんの演奏を見て、これは絶対聴かなければと思ってはいたんですよ。

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しかしねえ、期待値を超えるってことはそうそうあるもんじゃあないじゃないですか。

それが 超えたも超えた、  期待値の3倍でしたよ。

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会場はここ、バギオでも高級レストランで知る人ぞ知る CASA VALLEJO という歴史的建物の中にある HILL STATION です。

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日本人ギタリストだって言うんで、めったにないことですから、日本人の人たちも10人ぐらい集まりました。

一応 6:30pm に開場ってことで、まあ、フィリピン時間だとしても 7pmか7:30pmには 演奏が始まるだろうって思うじゃないですか。

・・・・とんでもなかったんですねえ。

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会場が満席となり、ビュッフェが一巡して、まだかまだか・・・とお客さんたちが待ちに待って、 やっと8:30pmごろにお二人が登場。

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ギタリスト岩本光は まさにエンターテイナー。

こんなパフォーマンスを出来るひとが 日本にもいたんだ、ってことが 実に誇らしく思えて。 

英語学校の門限が9pmだという日本人男性は、「もう 門限なんか どうでもいいよ」 ってことになり、大興奮冷めやらず。

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会場の席を全部まわりながらの 演奏と、 英語でのおしゃべりは、しっかりお客さん達の心をつかんで離しませんでした。

歌手の早川絵里可さんの 日本語の歌、「なだ(涙)そうそう」 には、泣いてたまるかと思っていたのに、恥ずかしながら ハンカチを取り出してしまって・・・  同じ席に座っていたフィリピン人の若いカップルの手前 笑いながら目頭を押さえ・・・

「いい日旅立ち」やら「花」やらも、・・・・ もう たまりませんでしたよ。

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そして、この演出だったのか、偶然の飛び入りだったのか、スペイン風の曲の時には、お姉さんが飛び出して 踊りだし・・・・・

ギターでの 三味線の音色で津軽三味線風演奏とか、インド風、ペルシャ風、ドイツ風、などなど、会場いっぱいの聴衆は もう興奮のルツボと化しまして。

・・・いや、これ、冗談でも 誇張でも ないっすよ。

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それが証拠に、最後はこんな状態で、いつまでも記念写真の撮影。

私と言えば、このお店のオーナーの女性の踊りに ついつい加わって 踊ってしまったり、 日頃はあまり飲まない 赤ワインを 5~6杯ばかり飲んでしまい、請求書が確か3枚くらい来ちゃったり、 おかげで 翌日は 壱日中 ぼお~~~っとしていたんですから。

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しかし、しかし、 それでも、それでも、 ほんと~~に、素晴らしい夜でした。

ありがとう 谷本光さん、早川絵里可さん、そして、ダグーパンから来られたプロモーターの方と Hill Station のオーナー。

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(photo by  Ric Maniquis )

あああああ、 本当に 何年振りかで ハシャギ過ぎました。

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下記のサイトで 地元のレポーターによる記事がありましたので、ご覧ください。

http://ph.news.yahoo.com/blogs/the-inbox/trickster-guitar-122359117.html

Swing Journal, a reputable magazine for jazz music, named Tanimoto among the Top 20 best guitarists, although he would be the first to aver that jazz is not his forte. He calls his technique of playing as “acoustic with tapping, finger-style guitar.”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月28日 (火)

妄想近未来短編小説 「従軍女房連隊」 ー 橋下慰安婦発言鎮騒歌

 

 

 

西暦20x3年、アメリカは民主党コハマ大統領の圧倒的な選挙戦勝利に湧いていた。

コハマ大統領は選挙戦の中で中国における人権問題に過去の政権よりもさらに踏み出すことを掲げ圧勝したのであった。

中国はすでにアメリカのGDPを遥かに凌駕し、米国経済は政府の債務問題を解決できず、同盟国日本もすでに膨大な債務を抱えたまま3年前の世界的大恐慌の引き金をひき、年金制度も息の根を止められ、日本国内はもとより、世界的に瀕死の状態に陥っていた。

 

世界地図の上では、尖閣諸島は釣魚島となり、沖縄は独立を前提とした国連保護下にあった。北朝鮮には中国軍が駐留し、韓国の駐留米軍は台湾やフィリピンに分散撤退していた。

アメリカの錦の御旗は民主主義と人権であった。

 

ジョンはチベット戦線の米軍に所属、ジョンの妻メアリーも同じ連隊に所属していた。

その連隊は巷では従軍女房連隊と呼ばれていた。15年前の米国憲法の改正で、男女間の差別をなくすことが争点となり、女であっても男と同じ軍の仕事に就くことが可能となっていた。

しかし、その改正で始まった軍の運営は行き詰まった。原因は軍内部での性犯罪の横行であった。米軍はその処理に頭を悩ませていたが、30年前の日本でのある市長の従軍慰安婦問題での失言とも言える発言をヒントにして5年前に従軍女房連隊を米軍の基本的な編成にすることを議会が可決したのであった。

 

米軍への入隊は夫婦単位であることが基本的要件となり、夫婦は同じ連隊に所属することが義務付けられていた。 最前線での軍の編成も夫婦単位が基礎となり、小隊の編成も必ず夫婦が同じ小隊に所属することが原則とされた。

 

このような夫婦単位の編成を可能にしたのは、日本の先端ロボット技術であった。

日本の国家プロジェクトとして始まったプロジェクトX20x1は国家機密として行われていたアメリカ、ドイツ、イギリスとの共同プロジェクトであり、このアーマー(最先端戦闘服)が男女間の肉体的差異を無きものとしていた。 このアーマーさえ着ていれば、体力差を意識することなくゲーム感覚での戦闘ができるようになっていた。

 

憲法改正の時に人権の問題が議論され、男女差別もさることながら、男だけが何故戦場に行かなければならないのか、同時に何故貧困層だけが兵役に応じなければならないのかということが争点となったのである。

男女平等は最先端アーマーで克服されたが、貧富の差を乗り越える議論は共和党の猛烈な反対で頓挫しかけた。 しかし、選挙戦の真っ最中に共和党候補が兵役を金を使って逃れたことがスキャンダルとなり、コハマ大統領が圧勝。

共和党の大物ファミリーであろうが、大統領のファミリーであろうが、国民背番号によって管理されたデータ・ベースによってランダムに徴兵される制度が議会を通ったのであった。

 

そもそも戦争自体が人権無視も甚だしいことではないのかということが議論となったのだが、人権の無い国を放置してはならないという議論にすり替わり、人権を最優先する世界連合の樹立を達成するまでは、戦争は人権追求のためであれば非人道的な行為ではないと米国憲法に明記されるに到ったのだ。

 

そして、その標的となったのが中国のチベット政策であった。

奈落の底に沈んだ世界経済の中で、仏教国連合とキリスト教連合が、日本と米国、そして中国進出を狙うバチカンを中核として同盟状態にあった。

 

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2013年5月28日。バギオ。

午後の猛烈な雷雨によって停電、現在夜9時となるも、電気は回復せず。

その真っ暗な中で、懐中電灯でパソコンのキーボードを照らしながら、妄想のままに書いてみました。

 

この短編小説、続編はありません。

未完のまま・・・あとの妄想は 皆様に委ねることといたします。(笑)

関連する記事が AFP通信社から出ていました。

「解放者」米兵、ノルマンディー住民にとっては「女性に飢えた荒くれ者」

  • 2013年05月27日 14:38 発信地:ワシントンD.C./米国

http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2946474/10810152

 

 

 

 

 

 

 

 

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