« 2013年1月13日 - 2013年1月19日 | トップページ | 2013年1月27日 - 2013年2月2日 »

2013年1月24日 (木)

SMノースEDSA : SMって軍事施設でしたっけか?

バギオからVICTORY LINERで マニラへ向かい、初めて SMノース・エドサってところで下車したんです。

001

こういうデカい立て看板がたっている交差点でした。

大きな台風なんかがやってくると、時々こういうのが倒れたりするみたいなんですけど・・・

002

SMを背にして、左側、マニラ方面です。

004_2

こちらが、バギオ方面です。

で、この写真にある 歩道橋を渡って SM側へやってきたわけ。

車は日本と反対で、右側通行ですからね。

005

そして、これが SM ノースEDSA の入り口なんです。

EDSAっていうのは通りの名前ですね。

006

おおおお・・・ ユニクロだあ~~~!!

去年の11月に開店したみたいですね。

頑張ってください。

・・・で、話はですね、警備員なんです。

この写真の左端に 警備員の制服姿がみえるでしょ?

007

私がこういう写真を撮っていたわけですよ。

そうするとね・・・ 警備員がやってきて、

「ここで写真撮影をしちゃいけないんですよ。」

「えっ、どうして?」

「友達なんかとスナップ写真をとるのは構わないんですけど、建物なんかはダメなんです。」

「はあ~~?? フィリピンにはそういう法律でもあるの?」

「ダメなんです・・・」

「SMの店内を撮っちゃいけないってのは分るよ。 ここは公の場所でしょう。」

たった今、歩道橋を渡ってきて、SMにつながる歩行者デッキみたいなところの 一番端っこで写真を撮っていて、それがダメ??

歩道橋に戻って全体を撮影すればいいわけ???

意味が分からない・・・・

「日本から来て観光してんだけど、写真とっちゃだめなの?」

嘘ですけどね・・・嘘も方便・・・(笑)

そうしたら、フィリピン人の太ったおっさんが奥さんらしき人を引き連れて 

たまたま通りかかり・・・

その「日本」ってのを小耳にはさんだようで、流暢な日本語で、

「日本から来たの? 大丈夫ですか・・・」

「ああ、大丈夫ですよ。」

これをチャンスとばかりに 警備員の忠告は一切無視して、

「悪いけど、ハンバーガーのお店 どこ?」

「ああ、あっちです・・・・」

008

こういう ちょっとデカい ハンバーガーを注文。

011

アーミー・ネイビー 、 つまり 陸軍さん・海軍さん って名前のバーガー屋なんですね。

「おなかを空かせて入ってきて、ハッピーになって帰っていく」

っていう使命を このお店が掲げているんです・・・

012a

ちょっと大きめのバーガーに、ベーコンとチーズを追加して、コーラを頼んで、全部で 275ペソ(おおよそ600円)。

これはなかなか 庶民には手が出ませんねえ。

ハッピーになって家に帰るどころか、財布をみたら泣き泣き帰るんじゃないの?

ちなみにですね、私の故郷の有名な「佐世保バーガー」ですけど。

そのお値段が こちらのサイトにあるように、だいたい同じくらいなんです。

http://sasebo-burger.jp/grand-menu/index.html

フィリピンの学生なんて、普通は50ペソ(110円)くらいの食事をしているんですからね。

その5倍くらいの値段ですよ。

日本の経済感覚でいったら、牛丼が400円だとしましょうか、それが庶民感覚だとすると、その5倍ですから 2,000円くらいの日本人感覚ですよね。

とてもとても、フィリピンの庶民に手が届くなんてもんじゃありません・・・

名前も アーミー・ネイビーだし・・・

やっぱり SMノースEDSA が 軍事施設だから、庶民も近寄れないし、写真も撮っちゃいけないところみたいですね。 (笑)

 

 

 

 

 

philippine  manila baguio quezon city  army navy  sm north edsa  burger shop victory liner

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月22日 (火)

日本語教師症候群 再発3 : 「~~過ぎる」と「複合動詞」

もやもやしたまま、インターネットで「調べ過ぎた」ので、
ちょっと手元の専門書に救いを求めてみたんです。

「複合動詞の構造と意味用法」
姫野昌子著 ひつじ書房

この本の19ページには「過ぎる」は次の分類がされています。

影山(1993-96)では、B類として次の27語が
挙げられている。

過剰行為: ~過ぎる

(影山氏については、16ページに、
 生成文法の立場から複合動詞の「派生過程の違い」に着目し、
 大きく2種類に分類している。
 A類 語彙的複合動詞
    具体的に意味から見ると語彙的な結合制限がある。
    例: 飲み歩く
 B類 統語的複合動詞
    意味的制限がない。補文関係として分析できる。
    例: 飲み始める  )

そして、「~~過ぎる」の例としては、
「働き過ぎる」-->>「働くことが過ぎる」を挙げている。

まあ、ここまでは別に私にとってはどうでもいいんですけどね。
いわゆる「前項動詞」が「後項動詞」によってなんらかの
制限をうけるのかどうかが知りたいんだけどなあ・・・

そして、25ページには、「後項動詞の中で、異なり語数の多い
順に上位30位までを挙げる」とあって、

順位8位 ~~過ぎる 173

とあるんですね。
要するに、「~~過ぎる」という複合動詞は173あるってこと
みたいです。

その173の動詞がどういう分類に属する動詞なのかを知りたい
んだけど・・・
無理みたい。

31ページにこのように書いてあります:

国立国語研究所の調査の中で造語力の強い次の語である。
(3) 過剰を表す 「~~すぎる」

ありました、ありました・・・

33ページ

(3) 過剰を表す「~~すぎる」

他の後項動詞と違って、形容詞、形容動詞、副使、「である」等
と結合する。 これは、大きな特徴である。

大きすぎる
なさすぎる(否定形には「さ」が介入する)
静かすぎる
ゆっくりすぎる(「~だ」の形を持ち得る副詞の類)
怠慢でありすぎる

城田(1998;149,150)では、
「~~すぎる」は、量的な過剰のみではなく、「標準を超え、
過度に陥っていることを表す。」・・・・・
「過剰」の意味も、文脈によってさまざまな意味合いを持つと
いうことであろう。

・・・・ああああああ、やっぱダメだ。
目次をみても、これ以上のことは書いてありませんなあ。
どんな前項動詞があるのか、国立国語研究所の調査なるものを
見るしかないんだろうか・・・

ってことで、この日本語教師症候群は 当分の間
棚上げになります。

ちなみに、国立国語研究所のサイトにこんな情報がありました。

複合動詞に関する調査研究の為のデータベース構築のようです。

http://www.ninjal.ac.jp/lexicon/%E7%A5%9E%E5%B4%8E(2012-09-24).pdf#search='%E3%80%8C%E8%A4%87%E5%90%88%E5%8B%95%E8%A9%9E%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E3%81%A8%E6%84%8F%E5%91%B3%E7%94%A8%E6%B3%95%E3%80%8D+%E5%A7%AB%E9%87%8E%E6%98%8C%E5%AD%90'

なかなか難しい分野のようです

複合動詞の検索サイトがありました。

http://csd.ninjal.ac.jp/comp/index.php?mode=wordlist

うまく使えるといいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピン バギオ 日本語学校 日本語教師養成 The Blue Files Learning Center Japanese language school     Teacher Training  baguio city philippines BBCCC bldg assumption road

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本語教師症候群 再発2 : 「~~過ぎる」と「瞬間動詞」

そこで、いろいろと動詞に「過ぎる」をくっつけてみて、
それがどういう意味(量、時間、回数など)で使われている
のかを考えてみたんです:

食べすぎる = 食べる程度が度を超えている  量 回数 
飲み過ぎる = 飲む程度が度を超えている   量 回数
乗り過ぎる = 乗る程度が度を超えている   時間 回数
使い過ぎる = 使う程度が度を超えている   時間 回数
書きすぎる = 書く程度が度を超えている   量 時間 回数
聞きすぎる = 聞く程度が度を超えている   量 時間 回数
読みすぎる = 読む程度が度を超えている   量 時間 回数
見過ぎる  = 見る程度が度を超えている   量 時間 回数
着すぎる  = 着る程度が度を超えている   量 時間 回数
履きすぎる = 履く程度が度を超えている   量 時間 回数
行き過ぎる = 行く程度が度を超えている   量 回数
来過ぎる  = 来る程度が度を超えている   量 回数
住み過ぎる = 住む程度が度を超えている   時間
居過ぎる  = 居る程度が度を超えている   時間

起きすぎる = 起きる程度が度をこえている   X
死に過ぎる = 死ぬ程度が度をこえている    X
出発しすぎる= 出発する程度が度をこえている  X
終わり過ぎる= 終わる程度が度をこえている   X

という動詞の例をリストアップしてみると、いろいろと複雑なんですよね。
とりあえず、こういう繋がり方はないだろうってやつに X印を
付けてみました。

ただ、文脈によって意味が微妙に変化するようなんですが・・・

たくさん食べすぎる  何度も食べすぎる
長い時間乗り過ぎる  何度も乗り過ぎる
たくさん書きすぎる  長い時間書きすぎる  何度も書きすぎる
たくさん行き過ぎる  何度も行き過ぎる

ここで X印をつけた動詞っていうのは「瞬間動詞」と呼ばれている
動詞じゃないかと思うんです。
どうも、そこに ルールが潜んでいるような気がするんです。

瞬間動詞ってどんなのかって言うと、下のサイトに説明があるん
ですけど、
http://aquaries-school.com/wm/3inter-cultural/inter-cultural6-3.htm

瞬間動詞:
動作、出来事が瞬間的に完了する動詞、と言われていますが、
そう考えるよりも、「着る」や「ふとる」のように主体の変化を表す
動詞と捉えた方がわかりやすいと思います。
「~ている」の形になったとき、ある動作、出来事が完了し、その結果
が何らかの形で残っている状態(結果の残存、結果状態)を表す動詞で、
「結果動詞」とも呼ばれます。
例:教室の窓が開いています。

・・・とあります。

ここでは、「着る」とか「ふとる」という例があるんですが、

「着すぎる」
「ふとり過ぎる」

ってなって、これは X ではないってことになってしまいますね

もうひとつのサイトを見てみましょう:
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-1954.html

瞬間動詞 (punctual or momentary verbs) )
瞬間動詞は一瞬のうちに終わる動作を表す。完結動詞。
ものごと全体をひとつの点、「時点」として見る。瞬間動詞=点。
時点がある(始点も終点もある)。
進行形にすると反復型と接近型の2種類になる。

ここに出ている動詞の例としては、
<反復型>
まばたきする、壊す、せきをする、爆発する、しゃっくりする、
打つ、ジャンプする、蹴る、ノックする、うなずく、くしゃみをする、
軽くたたく、ウインクする、

<接近型>
到着する、 ~になる、 始める、 建てる、閉じる、来る、
死ぬ、溺れる、落ちる、終える、忘れる、行く、 着陸する、
紛失する、 開く、描く、腐る、止まる

ここで、<反復型>と呼んでいる動詞は、一応「~~過ぎる」を
くっつけることが出来そうですね。

しかし、<接近型>の場合は、微妙です。
例示されている動詞の中で、以下は X印だと思っていいんじゃ
ないでしょうか。

到着しすぎる
閉じすぎる
死に過ぎる
溺れすぎる
終えすぎる
着陸しすぎる
止まり過ぎる

これはどうも、「これが最後のポイント」「これで終わり」という意味合いの

動詞の場合に「~過ぎる」って動詞をくっつけることは出来ない、って感じでしょうか。

上記の「時点がある(始点も終点もある)」の「終点」の場合に X印のような。

・・・それにしても、動詞の分類だけで、これだと言い切るのは
難しそうですね。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本語教師症候群 再発1 : 「~~過ぎる」はめちゃくちゃ過ぎる

以前からとても気になっているんですが、
「過ぎる」をインターネットの国語辞典で検索すると:
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/117760/m0u/

7 (動詞の連用形、形容詞・形容動詞の語幹などに付いて)
行為・状態などが度をこえている。はなはだしく…する。
または、はなはだしく…である。
「めだち―・ぎる」「働き―・ぎる」「テレビの音が大き―・ぎる」
「欲がなさ―・ぎる」「地味―・ぎる着物」

・・と書いてあるんですが、

こういう複合動詞としてそれだけを引っ張り出すと問題は
ないんですけど、実際にテレビなんぞで喋っている人の
生の使い方を聞いていると、こんな言い方が結構多いように
思うんです:

A「朝早く起きすぎて、会社に早く着きすぎた。」

B「速く飲み過ぎて、気管にジュースが入ってしまった。」

C「長い時間待ちすぎて、もう寝ちゃいましたよ。」

D「一瞬で終わり過ぎて、どんな映像かよく分からなかった。」

E「ハンドルを早く切り過ぎて、縦列駐車に失敗した。」

・・・なんか変だと思いませんか?

A: 起きるのが早すぎて、着くのが早すぎた
   「起きすぎる」ってのは有り得ない。

B: 飲むのが速すぎて
   「飲みすぎる」というのは「飲む」のが「過ぎる」場合ならOK
    だけど、この場合は「飲む」行為が「速すぎる」ってこと
    ですもんね。

C: 待つのが長すぎて
   「待ちすぎて」というのもありのような気がするんですけど、
    どちらかと言えば「待っていた時間」が「長すぎた」って
    ことですもんね。

D: 終わるのが一瞬すぎて
   「終わる」ことが「過ぎる」ってあり得ないですよね。
   「一瞬」という時間が「短か過ぎる」ってことですからね。

E: ハンドルを切るのが早すぎて
   「過ぎた」のはハンドルを切る「タイミング」が「早すぎた」
    ってことじゃないですか。

    
・・・ってことで、上に書き直した「~~過ぎた」という
繋がり方が正しいんじゃないか、って思うんですけどねえ。

まあ、言葉は生きているから、間違っていようがいまいが、
実際使われているんだから、意味も分かるわけだから、いいような
もんですけどね。

でも、日本語を教えるっていう場になると、そういうわけにも
いかないんですよねえ。

しかし、正しいと思われる繋がり方を教えるとなると
これがなかなか厄介なんですよね。

辞書に書いてある意味をチェックしてみると:
行為・状態などが度をこえている。はなはだしく…する。
または、はなはだしく…である。」

とあるんですけど、最初に上げた例文の問題は、
「動詞」+「過ぎる」の繋がり、つまり複合動詞の問題みたいなんですね。

だから、「行為・状態を表す動詞が度をこえている」例じゃないかと
思うんです。

 

 

       

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月21日 (月)

NHK 終の住処はどこに「老人漂流社会」: フィリピンで可能か?

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/0120/index.html

NHKの「老人漂流社会」は衝撃的だった。

001

フィリピンは日本人の「困窮邦人」が問題になっているが、日本国内にあっても このような現状があることが ことの深刻さを示していると思う。

009

いわゆる高齢者が日本の総人口の四分の一を超えた。

002

もちろん、元気な高齢者もいれば、病気の人もいる。

この番組は 元気で自分で自立生活が出来る人、

病気ではないが 生活支援が必要な人、

そして、医療サービスが必要な人、

という段階を踏んで、異なる支援が必要であることを指摘している。

010

まず、介護療養のベッド数が 政府の政策によって 減り続けていることが報告された。

家庭内で介護することを良しとしる考え方が背景になっている。

・・・だが、その背景は、前提は正しいのだろうか。

少子化の中で、子供は親の面倒が見られるという幻想は間違っていないのか。

013

年金額が大きな問題となっている。

月額65,000円の年金の場合、最低でも14万円の高齢者住宅には入ることが出来ない。

不足分を補おうとすれば、生活保護を受けるしかない。

015

これは、41.8%が 月額8万3千円しか年金がないことを示している。

14万円には程遠い。

つまり、年金をもらっている人の半数以上が生活保護予備軍という話である。

017

特別養護老人ホームという施設もあるにはあるが、寝たきり老人や認知症のケースがほとんどであって、入居は何年待ちという状況にあるという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E9%A4%8A%E8%AD%B7%E8%80%81%E4%BA%BA%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0

利用するには ハードルが非常に高い。

004

長期で入る施設が圧倒的に不足している現状では、ショートステイという介護サービスを受けるために、施設を1か月単位で転々としなければならないケースもあるという。

023

「無料低額宿泊所」なるものがあるらしい。

これは無料あるいは低額の宿泊所という意味であるようだが、実際にはほとんどのケースは生活保護を受けている人たちが多いという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E6%96%99%E4%BD%8E%E9%A1%8D%E5%AE%BF%E6%B3%8A%E6%89%80

しかし、これは宿泊所であって、介護も医療もあるわけではない。

024

3畳1間であっても、一ヶ月に14万円以上かかる。

021

専門家は、 低所得高齢者向け住宅 に 家賃補助 プラス 生活支援サービス が必要だと言う。

そして、もちろん、身体が動かなくなれば、介護が必要となり、

病気ともなれば 医療が必要である。

033_2

このような現実の中で、番組の最後には このような言葉が出てくる。

「お互いにできることは、お互いにやっていかないと・・・・」

つまり、高齢者同士が助け合う社会である。

034

「自分が出来るうちは、助けてあげる。

自分ができなくなったら、甘えて、助けてもらう。」

それを高齢者のグループでやっている民間の施設である。

しかし、それにしても 14万円近くの月額費用が必要だ。

・・・・

NHKの先日のドキュメンタリーでは、海外、特にフィリピンでの介護付き施設なども紹介されたが、経営難、人材の確保などが難しく日本人経営の施設が閉鎖に追い込まれようとしているという報道もあった。

もし フィリピンで上にあるような、「高齢者同士が助け合う」仕組みを作ることができたら、どうだろうか。

必ずしも同じ屋根の下である必要もないような気もする。

ある一定の範囲で、好きなところにアパートなどを借り、

それぞれが フィリピン人の介護人を雇い、

10人~20人でネットワークを作って、

元気な人は 助けが必要な人の家を訪問し、

助けが必要になったら 甘えられるという 仕組みを築くことができないだろうか。

・・・

日本国内にいても不安、海外にいても不安、

そして、どうころんでも 結局 高齢者自身が助け合うしかないとするなら、

コスト的には 日本よりも安い フィリピンの方が

若い介護人の数も 日本よりも多い フィリピンの方が、

条件は 「よりまし」 な気がするのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発:マニラ1泊2日 妄想の旅<その9>

久々にアメリカン・ブレックファストなる朝ごはんを食べ、
ホテルを後にした。

パサイのバス・ターミナルに着くころに、身体の変調を感じる。
後頭部が重い。

そんな時に携帯メールが入った。
「バギオに着いたら、うちに寄って食事でもいかがですか。」

元々バギオに戻ったら会う約束をしていた人物からだった。

「行くのは構いませんが、帰りのタクシーは夜でもつかまりますか?」

男は その行く先の情景を思い出しながら「面倒だな」と思った。
タクシーをつかまえるのに不便な場所だったからだ。

しばらく返事がこなかった。
おそらく、心配になって、誰かに問い合わせているのだろう。
「最近はタクシーの出入りも多くなっているから大丈夫ですよ。」

男は、「面倒だな」ともう一度思った。

体調は後頭部だけの問題でもなさそうな感じであった。
寒気のようなものまで感じていた。

こりゃまずい・・・
男はバギオのバス・ターミナルの近くで その人物と会うことに
決めた。

マニラは日本の大雪の余波で涼しかった。
ああ、それなのに、それなのに。
ビクトリーライナーの過剰サービス冷房は相変わらずの無頓着ぶり
だった。

男はそれに備えて、いつも厚手の上着は準備している。
頭上の冷気の排出口はもちろん止めている。
しかし、ズボンは日本の春秋用。
足もとからゾクゾクとしてくるのだった。

マニラからラ・ウニオン州まで、それでも、低地を走っている分には
まだよかった。

しかし、バギオへ登るにつれ、気温は下がる。
身体はすっかり冷え切ってしまった。

フィリピン人の我慢強さには、こういう時だけは感心してしまう。
我慢強いのではなく、もしかして、日本人以上に 長いものには
巻かれろ・・・ってことなんじゃないか。

なんと言っても、植民地時代が長すぎた国である。
今でも、大金持ちの荘園主みたいな地位の有力者に政治を
委ねている国民である。

ビクトリー・ライナー様様の「ルール」なるものがあるのだろう。
それに逆らってはいけないのに違いない。
しかし、ここでフィリピン人本来の「臨機応変」が発揮されないのは
どういうわけなのだ。

おそらく、大金持ちの経営者から、いつも冷房完備の豪邸に
住んでいる親分から、車内の冷房はエアコンなしのバスとの
差別化戦略なんだから、徹底的なサービスをしろ、とかなんとか
教育されているんであろう。
・・・しかし、教育なんてあってないようなのがフィリピンじゃ
なかったのか。

あああああ、分からない。
この国をもっと分かりやすい国にしてくれ!

・・・と、妄想が妄想を呼び、支離滅裂の境地に入っていくのであった。

楽しむべし、楽しむべし・・・

(完)

 

 

 

 

   
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発:マニラ1泊2日 妄想の旅<その8>

男は寒くて目が覚めた。
部屋はまだ暗かった。

枕元のテーブル・ランプを付け、腕時計を見ると未だ5時である。

困ったなと思いながらも、なかなか眠れなくなってしまった。

こういう時は、どうでもいい妄想ってものが次々に湧きあがる
ものであるらしい。

「空とはなにか」
「バス途中下車事件」
「ホテル料金事件」
「大震災被災地のひとり残された男」
「高齢困窮邦人」
「バギオ48はどうやれば作れるか」
「日本語はなぜめちゃくちゃなのか」

大体、こういう時に頭に浮かんでくることどもは、一度うとうと
と寝てしまうとすっかり忘れるものである。

男は、頭に浮かんでは消える妄想を紙に書きとめた。
眠れないと思ったときには、眠ろうとしないに限る
というのが「空」の教えである。

俺はなんで、こんなところで 一人でこんなことをしている
んだろうか・・・男はたまにそんなことを考える。

「ひとり」つながりで頭に浮かんだのが
大震災被災地の一人残された男」のことである。

それはNHK制作のドキュメンタリー映画だった。
震災後に初めて実施された「七夕まつり」だった。

その男は6人の家族を一度に失った。
そして、一人仮設住宅に暮らしていた。

しかし、七夕の櫓の上で毎年太鼓を叩いていた息子の為に
七夕まつりを引っ張った。

親より先に逝くのが一番の親不孝だ

男は小さい時に良く誰からともなく聞かされた。
小学校低学年の頃に、友達の家の塀の上で遊んでいて
落下し、さらに階段を転げ落ちて、それでも
自力で何もなかったように家に歩いて帰った、らしい。
本人の意識は塀から落ちた時点で無くなっていた。

様子がおかしいのに家族が気づいたが、
それから昏々と眠り、掛かりつけの医者が来た時には
瞳孔が既に開いていたという。

呼び出された伯母は、「こんなに小さいのに
XXちゃんはもう逝ってしまうの」と泣いてくれた
そうだ。

しかし、男は三途の川を渡らずに戻ってきた。

もしかしたら、それからなのかもしれない、
と男は時々思うことがある。

なぜ俺はこんなに人間が冷たいのだろう・・・と。

なんと表現したらよいのかは分からないが、
いわゆる子煩悩ではなかった、
子供と遊ぶということもほとんどなかった、
家族の記念日などというものにも無頓着、
大震災の後に流行った「絆」の連呼にも冷ややかだし、
単身赴任などで家族と離れていても
心底「寂しい」と思った記憶がない。

なにか人間的におかしいんじゃないか、
人間的な温かさというものに欠けているんじゃないか、
と感じるのである。

しかし、そう思っているにしても、だからどうする
と言われても困るのである。

あの時に塀から落ち、階段を転げ落ちた時に、
なにか大事なものが失われてしまったんじゃないか
などと思うのだった。

息子の為に、七夕を引っ張ったあの男のように、
あのような感情が俺には持てるのだろうか、
などと思うのだった。

ブッダは「家族を捨てて独り歩め」と言った。
人間としてそれでいいのか、と男は思う。

犬や猫は 一所懸命に子供の面倒をみている。
動物的な愛情にも劣る自分を嫌悪する男なのである。
しかし、そうだからと言って、何が出来るというのか。

妄想は暴走するだけだった。

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月20日 (日)

フィリピン・バギオ発:マニラ1泊2日 妄想の旅<その7>

ホテルの部屋は寒かった。
冷房を入れなくてもよいくらいだったが、ガンガンに効いている。
冷房を切り、換気だけにしたつもりがいつまでたっても寒い。

毛布にくるまって シナイ・ハマダ氏著の短編「TANABATA'S WIFE
を読む。

このタイトルを初めて見たとき「七夕の妻」だと思い込んでいた。
7月の季節行事の「七夕」ではないかと思った。
しかし、その七夕ではなかった。 人名だったのだ。

しかし、人名に「七夕」という漢字を使うのだろうか。
インターネットで人名検索を利用してみたところ「七夕」と出た。
他には漢字はないのだろう。

このシナイ・ハマダという人物はフィリピン・バギオ市では
著名人であるらしい。
http://en.wikipilipinas.org/index.php?title=Sinai_Hamada

このサイトの解説を読むと、
Sinai Hamada (1912-1991)
バギオ・ミッドランド新聞社の創始者であり編集者。

実際、ミッドランド新聞のサイトにも本人の顔写真らしきものが掲載されている。
http://www.baguiomidlandcourier.com.ph/charter09.asp

フィクション小説家。最も有名なのが短編小説「たなばたの妻」。
バギオで最初の弁護士。

とある。

又、このシナイ・ハマダは、リュウキチ・ハマダの息子と書いてある。

北ルソン比日基金が出版した「JAPANESE PIONEERS IN THE
NORTHERN PHILIPPINE HIGHLANDS
」という日系人100年(1903-
2003年)を記念した本によれば、その戦前のバギオ市在住の一世
名簿の中に次のように記載がある。

浜田リュウキチ 出身地 鹿児島

さて、「たなばた」が人名として使われているのには、何か
理由があるのだろうか。

もし本来人名があったのだとすれば、おそらく上記の記念誌に
その名前があるのではないか・・・
この短編小説に出て来る日本人の人名は、「たなばた」、
「おかもと」そして「かとう」だけである。

記念誌の名簿には、岡本と加藤の名前はあるが、七夕というのはない。

と言うことは、これには季節行事である「七夕」の意味が
何か示唆されているのではないか。

この小説を検索してみたところ、このサイトにその全文と
思われるものが掲載されていた。

http://books.google.co.jp/books?id=rsXZat9RphgC&pg=PA173&lpg=PA173&dq=sinai+hamada&source=bl&ots=aZlVyOo4d1&sig=eu4tIixhjumlt7SGqSAJ1mGTCSU&hl=ja&sa=X&ei=xU3xUKv9D8yrlQWuxIDIAg&sqi=2&ved=0CGsQ6AEwCQ#v=onepage&q=sinai%20hamada&f=false

これを読んでみると、ストーリーそのものは七夕とは関係がない。
敢えてこじつけるとするならば、日本人の七夕と 地元ボントック
出身の女が結婚し、ある事件を契機に離ればなれとなり、
最後にはその妻が戻ってくるという内容であった。

http://books.google.com.ph/books/about/Tanabata_s_Wife.html?id=WyN3HAAACAAJ&redir_esc=y

この短編小説は、少なくともバギオ周辺の大学などの授業で
教えられる文学作品のひとつだというのである。
教育学部で学んでいる現役の大学生が言うのだから本当である。

しかし、正直な日本人的感覚で言うならば、内容的には特に文学的だ
という印象は受けない作品である。

どちらかと言えば、当時の日本人の生活のエピソードを記録したもののような雰囲気である。

ただ、上記にあるように、バギオ市があるルソン島北部の歴史の
中で最初の弁護士であり、新聞社の編集者であり、小説家だと
いうことになれば、地域の中で世に出た最初の文学者という
位置づけにでもなっているのであろう。
それが日系二世であったということは誇るべき偉業と言える。

男は、「七夕の妻」を読み終わると、寒い部屋の中で
毛布にくるまって、明日の朝7時に起きられるかを心配しながら
寝入った。

しかし、そんな心配などは要らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発:マニラ1泊2日 妄想の旅<その6>

大使公邸での新年祝賀会は例年になく参加者が多かった。

並ぶのが嫌いな男に美味しい料理など残っている訳がない。

鉄火巻きなどの残りをかき集めていた大使公邸の接待係
に最後の一皿をもらって空腹を収めた。

「今年は随分参加者が多いみたいですけど、何人くらいなんですか?」

「600人以上だそうですよ。」

そのフィリピン人スタッフの女性は、笑顔で答えた。

この毎年恒例の行事は、日本国大使館、マニラ日本人会、
フィリピン日本人商工会議所の3者が主催している。

マニラ日本人会はほとんどが企業であり駐在員がメンバーで
あることから言えば、最近のフィリピン経済の活況を反映して
いるということなのであろう。

招待状は多くの団体・企業の場合は2名ぐらいの人数制限で
郵送されているらしい。

それでも多くの日系企業が招待から漏れるということから
言えば、小さい所帯の弱小日本人会から二名参加できると
いうのは有り難いことであるに違いない。
1名に制限されたらそれこそ困ってしまうというものではあるが・・・

男は、顔と名前を覚えるのが人一倍苦手ときているから
始末に負えない。
元々がそういう性質にもってきて、最近は脳細胞が劣化し
続けているという悪条件もある。
特別に良い印象か特別に悪い強烈な印象でも経験として
残っていないかぎり、偉い人物でも覚えられないくらいに
メモリーが弱いのである。

最近つくづくそれを経験するのは、若い人たちの顔である。
コスプレを趣味とする若い人たちと交流があるのはいいのだが、
覚えられない。
普通でも覚えられないところへもってきて、相手はコスプレの
衣裳なんぞを着て、化粧までしているとくれば、まるで
別人なんである。

なんらかのエピソードが、印象に残る事件でもない限り
メモリーから溢れてしまうのだ。

その元々性能が悪く、劣化が拍車をかけているメモリーを
頼りに、600人以上のゲストの波間を泳ぎながら、
顔認証装置のセンサーのごとくきょろきょろと眼を動かしていく。

とりあえず、大使館でお世話になった顔には挨拶をして廻る
こと、そして、領事関係の仕事をしている大使館職員に
「困窮邦人」関係の最近の情報を聞くこと、それが男の為すべき
今日の任務であった。

たばこを吸うという悪い習慣は、こういう時には意外な
効用をもたらす場合がある。
喫煙者は喫煙者を呼ぶのである。

運よく、大使館の職員の中にそういう人物がいてくれた。

男はまず、池田紫水のようなケースを話題にした。

「はい、そういうケースは多いですね。
確かに、そういう人はフィリピンには来ない方が安全ですよ。」

そりゃあそうだろう、大使館にしてみれば、困窮邦人予備軍に
そんなにあやふやな安易な一時的な感情で来られてはたまらない。
尻拭いをするのは彼等である。

では、青木昭一のケースはどうだろうか。

「いや、それも最近増えていますよ。
結婚していても破綻して離婚となるケースは多いです。」

そういえば、別のケースもあった、と男は思い出した。

数年前に一緒に働いた学校のスタッフが、久しぶりに携帯メールを
送ってきたかと思ったら、

「私の友達で、日本人と結婚した女性がいるんだけど、
日本人男性から離婚しようと言われて いろいろと悩んでいる
のでアドバイスが欲しい」

と言うのである。

これは、普通とは逆パターンのような気がする。
普通話題になるのは、フィリピン人女性に全てを持って行かれて、
すってんてんにされ、用無しとなって、捨てられるパターンだろう。
その方が、日本人の間に限っていえば、教訓としての意味がある。

だから、男は「おやっ」と思ったのだ。

その女性の不安は、
ひとつは フィリピンの法律では離婚が認められないが、離婚が
できるのかという問題であり、

もうひとつは、離婚後にも何らかの支援がもらえるのか、という
悩みであった。

日本人の男ばかりが結婚と離婚に悩んでいるわけではないのだ。
捨てられてしまったら、家族親戚の生活が成り立たなくなる
という現実の中に フィリピン人女性はいるのである。

その裏返しとして、不安な状態でいるくらいなら、
さっさとすべての資産を奪い取ってしまえ、という考えが
フィリピン人女性の側に湧き上がってきても可笑しくはない。
つまりは、妄想である。

日本人男性の妄想と、フィリピン人女性の妄想のせめぎ合い
がそこにとぐろを巻いている・・・
妄想が世界を動かしている。

赤ワインばかりを飲み、日頃は食べられない料理に
並ぶこともなく時を過ごした男は、ホテルへの帰り道
ピリ辛ラーメンをすすって、バギオでは食べることのない
日本のラーメンに満足していた。

「やっぱり、日本のラーメンは スープがうまいよね。」

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発:マニラ1泊2日 妄想の旅<その5>

青木昭一(仮名)の場合は、普通には信じられないケースだった。

青木は相談事があると、その男のところにやってきた。
2時間ほども待たされたのだが、それでも待っていた。

青木は50代、元は公務員に準ずるような立場の仕事をしていた。

「もう気が狂いそうなくらいなんです。刑務所と同じですよ。」

男は少し身構えた。
こりゃあ厄介なことに巻き込まれるのかな・・・

「妻が私にお金もくれないんですよ。一人で日本に帰れって言うんです。」

青木の話はこうだった。

結婚したのは15年以上も前で、子供はいない。
ずっと日本で生活し、青木の母が寝たきりであったため、その
介護をフィリピン人妻が長年やってくれた。
妻には感謝していた。

母親も亡くなり、今度は自分が妻の家族の為にフィリピンに移住し
一家を支えようという考えだった。

ところが、フィリピンに移住するや、妻の態度が一変した。
外国人には銀行口座は作れないと妻から言われ、言葉が分からない
青木は書類も読めず妻の言うなりになった。

マンゴーの畑を買ったりするのは、当然妻の名義、
食堂のような店の経営も妻任せだったが、帳簿などをチェック
しようにも、何の報告もなく、いつも親戚などが食堂に
来ては金も払わずに食べていく。

自分用にと現金200万円を銀行の貸金庫に預けたというのだが、
それもいつの間にか妻に使われてしまった。

毎日の小遣いは、5ペソか10ペソ。
ビールどころか、たばこも一本売りをたまに買うだけ・・・

妻はほとんど家に姿を見せなくなり、妻の父と言葉にならない
会話をするぐらい。

最低限のご飯とおかずを食べるのみで、洗濯なども自分で
やっている。

日本にいる姉に電話をしようにも、携帯電話もとりあげられ、
買う金もなく、電話料金さえも払えない。

その挙句に、「一人で日本に帰れ」と妻から通告された。

「それで、日本の預貯金や家なんかはどうしたんですか?」

男は青木の大らか過ぎる不用心さに呆れながら聞いた。

「いや、日本の資産は、バギオに来る前に全部処分してきたんで、
今は何もないんですよ。」

男は、元公務員のような立派な仕事をしていた日本人が
こんなに後先のことを考えないのか、と開いた口がふさがらなかった。

「えっ? 何にも残してこなかったんですか?
いざと言うときのことなんか・・・・」

まあ、15年以上も夫婦をやっていれば、それも長年母親の
介護をやってくれた愛妻であれば、信用するのはもっともなのだが・・

それにしても、銀行口座が作れないとか、何も自分の管理の下に
置いておかないとか、いくら言葉が分からないと言っても
不用心にもほどがある。

男は青木の話を聞きながら、本当にこいつは日本人かと思った。

日本人というのは、先の先のことを不安に感じ、そのために
余計と思われることまで先手先手で石橋を叩くという国民性なん
ではなかったのか・・

計画性のない、規律のないフィリピン人の対極にあるのが
日本人なのではなかったのか・・・

青木の話を聞きながら、男は呆れからイライラに変わった。

「ばっかじゃないの!?」

と口に出したい男であった。

青木は「妻と離婚して、裁判に訴えたい。」と言った。

「取られてしまった財産を少しでも取り戻したいんです。
どうしたらいいでしょう・・・」

「今、フィリピンで出来ることなんて何もないでしょう。
裁判をするにしてもお金がないと・・・
日本に帰るための航空券を用意してくれると奥さんが言うの
なら、それで一旦日本に帰るしかないんじゃないですか。」

「う~~ん、それしかないでしょうかねえ・・・」

「奥さんの土俵の中で、言葉も分からず身動きも出来ない
のなら、一旦日本に戻って、再起するしかないんじゃないですか?」

青木昭一は、男が差し出したビールを一本飲み干すと、
その場を去りがたいような歩き方でジープニー乗り場の方へ
歩いていった。

それから2か月以上の時が経った。
青木から男への連絡は一切ない。

男は、こういう妄想を頭の中にもやもやさせながら、
大使公邸の新年祝賀会の会場へと入っていった・・・

 

 

 

 

 

 

困窮邦人 日本を捨てた男たち フィリピン・パブ 結婚 離婚 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発:マニラ1泊2日 妄想の旅<その4>

池田紫水(仮名)の手紙には、日本で独りとなってしまった
思いが綴ってある。

26歳のメルリンが愛情を持ってくれるなら・・・・

フィリピンの温かい心を頼り、日本ではなくフィリピンの田舎に住みたい・・・

彼女の親の援助してやりたい・・・

もうフィリピンで結婚しているのなら諦める・・・・

彼女の誕生日にプレゼントをしたい・・・

男は思った、
おそらくこの池田という人物は、九州の素朴なおっさんなのであろう。
観光で2度フィリピンに来たことがあるというが、フィリピンに
抱く印象も、懐かしさのようなものを感じて、良かったのだろう。
心が癒される雰囲気がフィリピンには確かにある。

手紙を見知らぬ他人に送り付けることなどは失礼極まりないが、
文面には控えめな性格が溢れている。

しかし、男は 甘い、甘すぎる、と思った。

こういう池田みたいな老いぼれた純情男が 一番危ない。

結婚しなければフィリピンには永住できないと聞いている、
と池田は手紙にかいている。

そんなことも知らないのか、そんなことも調べていないのか。
男は、こんな日本人がいわゆる「困窮邦人」になるのだと
思うのだった。

手紙には池田の住所と携帯電話番号しか書いてない。
メールアドレスがないのである。

男への手紙の宛先は、インターネットで知ったとは書いてある
のだが、Eメールを使ってはいないらしい。

どうやって、この手紙への返信を送るか。
こんな手紙に封書で返信を送るのも馬鹿馬鹿しいと男は思っていた。

しょうがない、池田の携帯にテキスト(携帯メール)でも
送ってみるか。

男は、「お手紙拝受しました。メール・アドレスを送ってください。」
と池田の携帯番号に送信した。

しばらくすると、男の携帯電話が鳴った。
表示を見ると、0081から始まる日本の電話番号である。

来たか・・・・

「はい、もしもし・・・」

「鹿児島の池田と申します。 メールをいただきまして有難うございます。」

「はあ、初めまして。」

「ご迷惑をお掛けして大変申し訳けないのですが、助けていただけないでしょうか。」

「失礼な言い方ですが、文面を拝見した限りで言わせていただければ、
お止めになった方がいいのではないかと思いますが・・・」

「私がフィリピン語も英語も出来ないものですから・・・
彼女だったら日本語ができるので分かってくれると思うんですが。」

「バギオからイサベラ州へは、バスで7~8時間かかるほど離れていますので・・・」

「ああ、そうなんですか。 彼女の携帯に電話をしてもらって、
彼女のお父さんに メルリンがどうしているかを聞いていただけませんか?」

「申し訳けないんですが、池田さんのことを知りもしない者が、
それも、むこうのお父様も見ず知らずの私が、あなたの娘さんは
今どこでどうしていますか、というようなことは、とても聞けません。」

「そうですか、できませんか・・・・」

「フィリピンの困窮邦人という話をお聞きになったことはありませんか。
池田さんと同じようなケースで、フィリピンで乞食同然になる人たちが
増えているんですよ。 お止めになった方がいいと思います。」

「はい、分かりました。 考えてみます・・・」

九州なまりの、歳を感じさせる声が頼りなく響いた。

池田紫水は電話を切った。
しかし、納得などしてはいないだろう。

日本で孤独に陥ってしまった自分には、もし助けてくれる者がいるとすれば
フィリピンのメルリンしかいないと一途に思い込んでいるのだろう。

そして、彼女が「うん」と言ってくれさえすれば、
日本人の自分なら彼女の家族を支援することだって出来る、と信じ
込んでいるに違いない。

日本の普通の男にとって、日本国内の水商売の女は、商売でお客に
いい顔をしているのだから 本気になるなというのは当たり前の
ことだった。 ましてや、結婚を考えるなど、親戚中から
反対される、いわば反社会的考えでもあった。

それが、相手がフィリピン人の女だと、その垣根が一気に
崩れ去り、フィリピンまで追いかけて結婚してしまうというのは
何が起こっているのだろうか。

日本の水商売の女は、高齢者を相手にしてくれないが、
フィリピンの若い女の子たちは高齢者でも構ってくれるという
ことなのか・・・

男は、こういう日本の高齢者の男どもの意識が理解できずにいる。
もちろん、若い女の子に本気で好きになられたら、そりゃあ
天にも昇る気持ちであろう。
しかし、結婚を考えるほどの恋愛というものは何十年に一回のもの
であることを男どもはいくらでも経験しているはずである。
ましてや、老いぼれの爺さんを好きになる若い女の子が
そうそう居るはずもない。 ちょっと考えれば簡単なことである。

どうも、男というのは、女ほどには現実が見えない動物で
あるらしい。

そして、現実をしっかり見ているフィリピン人女性は
それをビジネス・チャンスとするのである。
もちろん、例外はあるが、その例外に自分が当たると
思い込んではいけない。

男は、日本でフィリピン人女性と結婚し、バギオへ移住してきた
青木昭一(仮名)のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

         

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発:マニラ1泊2日 妄想の旅<その3>

そもそも この男がバギオからマニラへやってきた理由は
日本大使公邸で毎年開かれている新年祝賀会に出席すること
であった。

男自身は、7時間余りも掛けて、こんなクンダリまで
お堅い式典に、ホテルに泊まってまで参加するというのは
「面倒くさい」と思っていたのだ。

しかし、今回は大使館の職員に聞きたいことがあった。

つい先日のことだった、
男の元に日本から封書の郵便が届いた。
池田紫水(仮名)という名前が国際郵便の封筒に書いてある。
知らない男であった。

今どき封書とは仰々しいな。 古風だな、とも思った。 今は、メールで失礼極まりない文面を一方的に押し付ける時代である。

封書には EXPRESS REGISTERED というスタンプが押してある。
書留至急郵便である。

「書留至急郵便ってのは、普通なら お金とか小切手とか
入っているもんだよねえ・・・」

男は、事務所のスタッフに語るともなく独り言をいった。

郵便の送り主の住所は 九州の鹿児島県になっていた。

手紙は便箋3枚にぎっしりと書いてある。
そして、書き出しは「日本人の池田紫水です」から始まった。

わざわざ「日本人の」と書いてある。
どういう感覚なのか、男には理解不能であった。
鹿児島には外国から日本に帰化して、日本名を使っている人たちが
多いという事情でもあるのか?

男の妄想は一行目から始まっていた。

池田の手紙は、フィリピン人女性とフィリピン・パブで出会った
ことから書き出してある。

はあ~~、これはやっかいな手紙かな、男は既に拒否反応が
自分の中にあることに気が付いていた。

池田は、鹿児島のパブでメルリンという26歳の女性と知り合った。
しかし、日本国内でフィリピン人タレントと称する職業の
規制が厳しくなってから、鹿児島の店はほとんどがたたんでしまい、
メルリンもフィリピンに帰国してしまった。

その後、メルリンに手紙や電話で連絡をとり、しばらくは
遠距離援助交際らしきものをやっていた。

池田の手紙には、時系列の記載はなかった。
いつメルリンに出会い、鹿児島でどのくらいの期間付き合いがあった
のか、どの程度の付き合いだったのか、それにはほとんど
触れてはいなかった。

その一方で、池田自身の家族環境が激変したことが綿々と書いてある。
父親が逝ったこと、仕事を継いだ事業の経営者であった兄が急逝し
そこで仕事を手伝っていた池田が会社を清算する仕事に追われたこと。

母親が90歳で亡くなり、後を追うように妹が病死したこと。
そして、池田は家族が誰もいなくなってしまった云々。

池田は自分の年齢を手紙に書くことはなかった。
しかし、おそらく60歳を超えているのであろう。

メルリンの故郷はイサベラ州にあるという。
そして、そこが過去の台風で被害を受けたおりに、そのメルリン
の実家も被害を受け、家を流されたらしい。
その頃までは、池田はお金を送ったりしていたのだが、
その後は 自分の家族を襲った不幸の中で、その対応に追われ
メルリンを支援する余裕はなかった。

そして今、事業の残務処理や心の整理ができ、メルリンのことを
思い出した。

住所もしっている、携帯電話の番号もある。
しかし、返事がない、父親らしき男が電話に出る。
その父親には言葉が通じない。
そして、メルリンが今、どこでどうしているのか分からない。

池田の手紙の目的は、
このメルリンが どうしているのかを知りたいというのである。
それを手伝ってくれと。

イサベラ州と男が住んでいるバギオ市は、バスで7~8時間の
距離である。
そこに今、住んでいるかどうかも分からない若い娘が
今どうしているかを調べてくれというのである。

馬鹿も休み休み言え・・・男は思った。

日本国内でこういう常識が通用するとでも思っているのか。
あるいは、日本国内では失礼なことであっても、
フィリピンに住んでいる日本人相手なら失礼ではないとでも
考えているのか。

鹿児島に住んでいる者が、東京に住んでいる見も知らぬ人物に
青森に住んでいるはずの一人の女のことを尋ねているような
ものであろう。

池田は、英語もフィリピン語も出来なかった。

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発: マニラ1泊2日 妄想の旅<その2>

ビクトリー・ライナーのデラックス・バスは、アラヤ駅の前で
停車した。

男の途中下車は達成された。
6時間の車内での男の妄想は、その努力の甲斐あって終わった。

久しぶりのマニラは、目的とはいえない目的が達成された
男にとっては、心なしか清々しかった。

MRTアラヤ駅の前でバスを降りた男は、頭の中に入れた
地図に従って、予約したホテルへ向かって歩き始めた。
数分で着けるはずの小さいホテルである。

有名な Dusit Thaniホテルは、男の眼の前にあって、
辿っている道が間違っていないことを示していた。

このホテルに昔泊まったことはあったが、年金生活者となった
今のこの男には無縁のホテルである。

久しぶりのマニラは、歩きやすかった。
いつもならちょっと歩くと大汗をかくマニラは涼しかった。

日本に大雪が降り、東京でも10センチにもなろうという
積雪をもたらした寒気が、バギオという標高1500メートル
のルソン島北部山岳地帯にも冷気をもたらし 9.5度Cという
記録的な低温になっていた。

セーターを着込み、ジャンバーを重ね、毛布をかぶって
テレビを見るのが 男のバギオ生活の常となっている。

男はその道路沿いに、いくつかの日本料理店があるのを
見ながら、ホテルへと歩いた。

この辺りだが・・・
以前一度泊まったことがあるホテルだったが、記憶にあった
イメージよりも小さいホテルは、男にはちょっと意外な気がした。

フロントにメールの写しを見せながら、予約番号を告げると、
フロントの女が、こう言った。

「大きいベッドの部屋でしたら 2,800ペソですが、
変更されませんか?」

男の妄想がまた始まる。
女連れでもあるまいし、ちょっと寝るだけに 600ペソも
上乗せしてどうすんだよ。

日本人は夜になると女を連れ込むというホテルマンの
常識でもあるのか?

・・まあ、そうでない自分がちょっと寂しいような気もする
男でもあったのだが。
ここは、見栄を張って2,800ペソにすべきなのか。

「予約した通りに 2,200ペソのシングルでいいよ。」

「このシングルのお部屋は 2,500ペソになっておりますが。」

・・・おいおい、ビクトリー・ライナーの次は ホテルもか・・・
「今更シリーズ」かよ。

男は予約した時のことを思い出して、あまり上等でもないくたびれた
脳みそをフル回転していた。

全く、不安があったわけではなかったことを思い出していた。

インターネットでこのホテルのサイトの情報を見たのだが、
その料金表には 確かに2,200ペソと表示されていた。
しかし、その横には PROMOという表示もあった。
だが、そのプロモ(割引料金)の期間の表示はなかったからだ。
もしかしたら表示はあれども、実は違うという類なんではないか。

それはプロモ料金ですが、今は期間中ではありません、ってなこと
を言われる可能性もあるな、と男はその時に一瞬思ったはずだった。

男は、旅行代理店を通じて、その料金を確認することにしたのだ。
同じプロモ料金だったら、代理店を通した方が安全だな。

代理店の予約の回答は、2,200ペソであった。
そして、そのメールの写しもフロントに見せた。

「そんなこと聞いてないよ。 このメールに書いてあるとおり
2,200ペソの部屋で予約の確認ができているんだけど。」

「本当は、この部屋は 2,500ペソのお部屋ですので、
次回からは 2,500ペソでお願いいたします。」

「次回ねえ・・・・ OK」

それが本当の料金なら、旅行代理店にも本当の料金を言いなよ。

男の勝利である。

ルールはあるが、ルールはない。
それがフィリピンであることが、ここでも裏付けられた。

臨機応変を是とするルールがあるらしい。

楽しむべし、楽しむべし・・・・

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオ発: マニラ1泊2日 妄想の旅 <その1>

バスは、バギオからマニラのパサイへ向けて出発した。

「これは直行便のデラックスなので、途中では下車できません。」

「ええっ? 今さらそれはないだろう! 乗る前に言ってくれよ。」

「今、上司に聞いたんですけど、ダメだとのことです。」

ビクトリーライナーバスのスチュワーデスは、運転手と相談し、
上司らしき人間に携帯電話でしばらく相談したあとに、そう言った。

「2日前にチケットを買ったときに、チケット売り場で
わざわざ確認したんだよ。 直行便だけど、パサイのターミナルに
到着する前に エドサ通りの途中で下車できるかって・・・
そしたら、チケット売り場の人は大丈夫だっていったんだよ。」

「・・・・・」
スチュワーデスという言葉を久しく聞いたことはなかったが、
要するにバスの車掌さんである
そのスチュワーデスは「はい」とは言わない。

「それに、このバスに乗った時すぐに、アラヤ駅の前で降ります
からって言ったじゃない。
なぜ、バスが発車する前に、ダメならダメと言ってくれなかったの?
それだったら、他の普通バスに乗り換え出来たじゃない。」

・・本心はそうではなかった。
普通バスに乗り換えたら、約束の時間には間に合わないのは
分かり切っている。
既に走っているバスの中だからこそ言えるハッタリである。

男の頭の中は 急に忙しくなった・・・

どういう理屈を言えば、正当な理屈になりえるのか。

日本だったら、こんなことはないだろう。起こりえない。
切符売り場の担当者が 会社の方針を知らないわけはない。
もちろん、バスの運転手や車掌が、いちいちそんなルールを
携帯電話で上司に聞くなんてこともあり得ない。
これは明らかに 会社内のルールに関する教育がなっていない
ってことだ。
そうだ、この点を突けば、単なる我がままな客のいちゃもん
ではないはずだ。

しかし、料金的にはどうか、
そうだ、このデラックス・バスは715ペソもするんだ。
普通バスに乗っていれば、ちゃんと途中下車もできるし、
料金も200ペソ以上は安い。
それに、このまま直行便に乗って最終目的地であるパサイに
連れていかれたら、そこからタクシーにのって戻らなければ
ならない。 
そのタクシー代は200ペソはするだろう。

そうだ、400ペソもの損害を受けることになる。
これは立派な、正当なクレームの理由になるじゃないか。

こういう理屈を運転手とスチュワーデスに話せば、納得して
止めてくれるんじゃないか。
途中下車を許してくれないんなら、バス会社に損害賠償の
請求を含むクレームを出すぞ、ってのはどうか。

しかし待て。
それじゃあ、この二人に対する脅迫みたいなもんには
ならないか・・・

男は、どういうタイミングで、どういう理屈を言えば
途中下車をさせてくれるだろうか、と思案していた。

そして、お互いに言いっぱなしのまま、バスは高速をひた走り、
その高速も降りてマニラ首都圏に入った。
渋滞でバスが止まった。

運転手のすぐ後ろの席に座っていた男は、運転手に声をかけた。

「アラヤ駅で止まってくれるの?」

それを見たスチュワーデスは、男を見て「うん」と眼で合図をした。

男はホッとして、座席に座りなおした。

ところが・・・・

高速を降りてしばらく走ったころ、バスが変なところで停車した。
なんだろうと思っていると、スチュワーデスのすぐ後ろに座って
いた二人の女性が、荷物を持ってバスを降りるではないか。

途中下車・・・

どういうことだ?

始めからそういう途中下車をする乗客がいたということなのか。

「なんなんだよ・・・」
男は思った。

それとも、男が途中下車をすることを認めたから、そっちの
女性二人も途中下車を認めざるを得なくなったのか・・・

携帯電話の向こう側にいた「上司」の「ダメ」は どうなったのか。

フィリピンにも法律はある、ルールもある。
しかし、決められた通りにならないのもフィリピンだという話もある。

これは、そういうことなのか。

フィリピンの人たちは、よくこのように言う。

「日本人には ディシプリンがある」と。

Discipline とは 規律である。

そして、フィリピン人にはそれが足りないと。

しかし、逆の見方をすれば Flexible とも言えなくもない。

柔軟性がある、適応性がある、融通が利く、臨機応変、と言えるかもしれない。

悪くいうなら いい加減である。

規律のある日本人の感覚でいえば、おそらくこっちの方だろう。

規律のある日本人なら 理屈で詰めていけば 相手の動きも
読めるというものだが、臨機応変なフィリピン人の動きは読めない。

そこに妄想のふくらむ余地もあるというものだ。

楽しむべし、楽しむべし・・・・

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年1月13日 - 2013年1月19日 | トップページ | 2013年1月27日 - 2013年2月2日 »