« 2013年2月10日 - 2013年2月16日 | トップページ | 2013年2月24日 - 2013年3月2日 »

2013年2月23日 (土)

Baguio Flower Festival 2013 ダンシング・パレードの後は、コンテストが凄い!

フィリピン・バギオのフラワーフェスティバルは、

毎年2月の最終土曜日がダンシング・パレードで、その翌日の花車パレードが目玉になっているんですが、ダンシング・パレードの後の ダンス・コンテストを見逃してはもったいない。

131

パレードは、バーンハム公園の隣にある 陸上競技場のアスレチック・ボウルに集合し、ここでダンス・コンテストが繰り広げられるのです。

かなりの見応えがある、凄い競演が見もの。

144

ダンス・コンテストは、マス・ゲームのようなものなんですが、ハイスクールや大学のチームが、素晴らしいパフォーマンスを繰り出します。

上の写真は、山岳民族の地元の伝説に基づく 大蛇の話を踊りに表現したもの。

164

バギオ近郊のベンゲット州はもとより、イフガオ州、マウンテン州のボントックや、アパヤオ州などからもエントリーしています。

171

あちこちの地方の昔話などを 物語風に構成したダンスは、その音楽ともあいまって なかなかの迫力です。

上の大蛇は 日本の「うわばみ」、「八岐のおろち」のように 大酒飲み。

190

そして、これは、日本の「お神輿」ですね。

男たちの褌姿も 凛々しい。

206

一方、これは アパヤオ州からのエントリー。

お気づきですね、かなりの「ミニ」スカートです。

まあ、男どもが褌ですから、驚くにはあたりませんが・・・・

しかし、フィリピンでは、ほとんどがジーンズを履いていますから、ミニを見るなんてことはめったにありません。 貴重なんです。

さて、それはともかく、

このダンス・コンテストは、パレードが終わった後、今年は10amぐらいから1:30pmごろまで続いたようです。

パレードの興奮もいいのですが、グループの本当の実力が表現される このコンテストは気合の入った演技をじっくり楽しむには お薦めです。

去年は、ベンゲット州カバヤンのハイスクールが優勝し、バギオ・ナショナル・ハイスクールは3位だったようですが、今年はどうなんでしょうか・・・

・・・・

さて、明日は 花の山車が練り歩くパレードの日です。

19番の山車の前に バギオ大学のコスプレ・グループ「可愛い家族」が歩くことになっているそうです。

そこに、「ピカチューとドラえもん」も 友情参加することになっていますので、宜しくね。

このお二人は、日本人の英語留学生で、ボランティア参加してくださることになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィリピン・バギオのフラワー・フェスティバルは 大震災からの復興を期していた。 東北にも祭りを・・

フィリピンのバギオ市近郊で1990年に起こった大震災。

そして、その大震災からの復興を願って本格的に バギオ市のフラワー・フェスティバルは始まっていた。

006_2
(ケーブルテレビの映像を撮影しています。)

The festival, held during the month of February, was created as a tribute to the city's flowers and as a way to rise up from the devastation of the 1990 Luzon earthquake.

 

この祭りは、2月に開催されるのですが、バギオの花々への賛辞であると同時に、1990年のルソン島での大地震の廃墟から立ち上がる方策として考えられたものでした。

 

詳しくはこちらのサイトをご参照ください。

http://en.wikipedia.org/wiki/Panagbenga_Festival

1996年に始まった バギオ市のPANAGBENGA(フラワー・フェスティバル)は、最近ではお祭りの期間中に100万人を超える観光客を集めるようになり、20年間の通算で 2016年には 1,000万人を目指しているとの話です。

041_2

2月の最後の土曜日には、ダンシング・パレード。

日曜日には花の山車が練り歩くことになっています。

毎年、バギオ市の中心部は 大渋滞、大混雑になるので、今年は家でテレビ観戦。

047_2

ルソン島北部の山岳民族の伝統的織物のパターンを活かした、なかなかお洒落な衣装です。 だれがデザインしたんだろう・・・・

082

ひまわり、が シンボル・マークです。

高原避暑地のバギオならではの花々が フィリピンの人たちを魅了するのでしょう。

084

これは何だと思いますか?

完全無欠の「エコ・カー」です。(笑)

つまり、木製のスクーター。 下り専用です。

これも山岳民族のアイデアと、ちょっぴり冗談でしょうか・・・

111

ダンシング・パレードは、ほとんどが、小学校、ハイスクール、大学のグループ参加で、バギオばかりではなく、近隣の地方からもエントリーがあります。

パレードは今年は8時スタートで10AMごろには最後のグループの出発が終了。

130

SMバギオの下のスタート地点は、人で溢れます。

しかし、これで終わりではありません。

ダンシング・パレードを終わったグループは、陸上競技場のある アスレチック・ボウルでの ダンス・コンテストに参加するのです。

次のページへ続く・・・・

 

 

 

philippine baguio panagbenga flower festival 2013 dancing parade and contest

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月22日 (金)

「君が代」 は 外国人には どのように聞こえるのだろうか・・・・

バギオのフラワー・フェスティバルに合わせて バギオを訪問している 姉妹都市の代表団の歓迎夕食会に参加するかと・・・・バギオ市からの突然のお呼び出し。

028

日本の姉妹都市も来るのかと思ったら、日本からは来ないとの話。

それじゃあ 出ても仕方なかっぺ・・・で、「欠席」を告げる。

025

それじゃあ、ワークショップに出てください、との依頼が・・・

何のワークショップかと聞くと、

姉妹都市関係のスペシフィケーションを作るんだ・・・と。

なんのこっちゃ分らぬまま、暇だから様子を見に出てみることにした。

002

あららら・・・。

バギオ・カントリー・クラブの会場は、こんなことになっていまして・・・

席につくなり、いきなりサンドイッチが出てきて・・・・

004_2

むなしく 日本の姉妹都市の 名札が・・・・

しかし、どんなワークショップなのかと 耳をこらしていると、

バギオと海外の姉妹都市との間で、

どんなプロジェクトが実現可能であるかを お昼を食べながら作ってくれと・・・

おいおい、

姉妹都市の当事者でもない我々に なにが作文できると おっしゃいますやら・・・

023

嫌な予感がしていたもので・・・ お二人を道連れに・・・(スミマセン)

参加していただいて 助かりました。

この左側のフィリピン人男性は、ワークショップのファシリテーター。

なんと、偶然にも数年前からの知り合いの舞台俳優などをやっているアーティストでした。

お陰様で、「バギオの空気の排気ガスによる汚染を 電気自動車で いかに無くしていくか」 という作文を まとめることができました。

・・・・・

ところで、君が代の話なんです。

この会合の中で、参加各国の国歌を流すことになっていたんです。

フィリピン、アメリカ、カナダ、中国、韓国、日本の6か国の国歌です。

フィリピンの国歌は、さすがに映像と音楽がきちんと 出たんです。

アメリカあたりから、映像は出るのに、音楽がでなくなり・・・・

アメリカ、カナダ、中国、韓国と 順番に 参加者が一緒に歌うことになってしまって・・・

それで、それぞれの人たちが歌って、歌ったあとに、会場には拍手が流れたんです。

そして、君が代。

3人で一緒に歌いました。

その時には音楽も流れていたんです。

だから、まあ、恥ずかしがることもなく フツーに歌ったわけなんです。

終わりました・・・・・

会場には だれの拍手も 起こらなかったんです・・・・

他の国の国歌には なにがしかの拍手があったんです。

でも、君が代には だれも拍手をしなかった・・・

これは なぜ だったのか・・・・

君が代は 外国の人たちに どのように 聞こえているのか・・・

いつか、フィリピンの人たちに聞いてみることにします。

ちょっと、聞き比べてみましょうか:

フィリピン

アメリカ

カナダ

中国

韓国

日本

ついでに、君が代の英語訳

こんな 英語訳もあります。

君が代を  imperial reign とか emperor's reign と訳すかどうかで 印象がかなり違ってくるかもしれませんね・・・

 

いかがですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月21日 (木)

フィリピンの治安、バギオの秘密、日本、マニラと犯罪率を比べると? 

バギオ市は、フィリピンの一大高原避暑地なんですけど、こちらのバギオ市のホームページによりますと、バギオ市の人口は:

http://www.baguio.gov.ph/?q=content/about-baguio-city

303,540 by 2010. The city has a very young age structure as 65.5 percent of its total population is below thirty years old.

2010年の人口は303,540人

30歳未満が65.5%の若い人たちの街なんですね。

ただし、この人口データは、バギオ市に正式に登録されている人だけなので、実際の人口は一説には 40~50万人とも言われているんです。

バギオ市には大学、専門学校、英語学校などがたくさんありますし、若い学生が街中に溢れているわけです。

バギオで有名な大学はこちらでチェックしてください:

http://www.gobaguio.com/most-popular-baguio-schools.html

いろんな大学、教育機関などをカウントすると30以上あるようです:

http://www.gobaguio.com/bbd-education.html

そういう中で、バギオ市の治安、犯罪はどうなんだ、ってことなんですけど。

データが古くて申し訳ないんですが、下記のページをご覧ください。

日本、東京、マニラ、シドニーなどとの比較をしています。

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2008/08/post_b71a.html

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2008/08/post_4800.html

ところで、「バギオの秘密」って何だ? なんですけど。

これは10年ほど前にバギオのロータリークラブの懇親会で聞いた話なんで、どこまで本当なんだか分りませんけど、バギオ特有の「安全の秘密」があるって言うんです。

マニラでは政治的なからみで爆弾事件なんかが起こったりすることがありますけど、バギオのように結構大きな地方都市で なぜそういうものが発生しないのか・・・

その理由は、政治的な右派も左派も、大統領も、軍の高官も、経済界のドンたちも、み~~んな バギオ市に別荘を持っているからだそうです。

「バギオには手を出すな」 というトップ同士の暗黙の紳士協定があるのだとか。

もちろん、いろんな犯罪はありますけどね、上にリンクしたとおりです。

ただ、もうひとつの安心材料は、バギオ市警察署が フィリピンの中では 珍しくきちんと機能しているとの話なんです。

理由は、バギオ市はある程度警察に回すお金があること。

マニラやフィリピンの多くの地方では、まず警察にまわすお金がないのだそうです。 だから、警察官がアルバイトに忙しかったりするそうなんですね。 お金がないから、そろそろ取り締まりでもやるか、ってね。

この話は、私の下宿のお婆ちゃんに聞きました。

お婆ちゃんの亡くなったご主人は、バギオ市の昔の副警察署長だった人なんですね。

警察署長に昇格すると、バギオを離れて転勤しなくちゃいけないので、署長への昇格推薦を断ったんだそうです。

バギオ市は、マルコス時代までは、「夏の首都」 とされていて、夏場には、マニラの首都機能が バギオに移ってきて、大統領を始めとして政府高官や議会議員などが バギオに住んでいたそうですから、バギオ市警察と大統領は 顔なじみだったようです。

そういう背景もあって、バギオの治安は、他のフィリピンの町とは違うのでしょう。

・・・・

でもでも、特にフラワー・フェスティバルの時は、出稼ぎスリ団がマニラからやってくるそうですから、ご用心、ご用心。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その48(まとめと感想) 中村元著「龍樹」: 般若心経の「空」とは何か

講談社学術文庫 「龍樹」 中村元著 <まとめと感想>

一応全部読んだんですが、それをまとめることも出来ず、
感想もなかなか難しくて、放りっぱなしにしていました。

「般若心経」の「空」とはなんなのかを考えています。

長くなりますが、(47)回に分けて書いてきたものを
1ページに凝縮してみたいと思います。

まず、目次は以下のようになっていました。

I. ナーガールジュナ(龍樹)の生涯
II. ナーガールジュナの思想
 1.大乗仏教の思想
 2.空観はニヒリズムか
 3.論争の相手
 4.空の論理
 5.論争の意義
 6.縁起
 7.空の考察
 8.否定の論理の実践
III. ナーガールジュナの著作

IV. ナーガールジュナ以後

では、既に抜き出したものの中から私が大事かなと思ったところを
さらにピックアップしていきます。
==>> の印のあるところは、私の感想コメントです:

p5
仏教の伝統的用語では「空」の思想を「空観」とよぶ。
空観とは、あらゆる事物(一切諸法)が空であり、それぞれのものが
固定的な実体を有しない、と観ずる思想である

ー すでに原始仏教において説かれていた
ー 大乗仏教初期の「般若経」で発展、基本的教説となった。
ー 龍樹がこれを哲学的・理論的に基礎づけた。
ー 日本において「八宗の祖師」と呼ばれる。

==>> 空の理論は大乗仏教のものかと思っていましたが、
     原始仏教の時点ですでにあったんですね。

p16
大乗仏教は、もろもろの事象が相互依存において成立しているという
理論によって、空の観念を基礎づけた。

p17
無も実在ではない。 あらゆる事物は他のあらゆる事物に条件づけられて
起こるのである。
二つのものの対立を離れたものである。・・・空とは、あらゆる事物の
依存関係にほかならない。

==>> 原始仏教にもその種はあってお釈迦さんがそれらしきことは
言っていた。 そして、大乗仏教の初期に発展したんだけど、
「空だ、空だ」って大声で叫んではいたんだけど、
それがどういう理論なのかはみんなはっきりさせてはいなかったんですね。

そこに龍樹さんが出現した。

p24
(龍樹は)「世界のうちに説かれている教えのうちには、道が甚だ
多い。 仏の経典は絶妙で、すぐれてはいるけれども、理をもって
これを推しはかってみると、いまだ{理}を尽くしていないものがある。」

p34
かれは出家し、師はアミターユス(阿弥陀仏)、死王の征服者の円壇で、
かれを僧の位につけ、{アミターユスの}陀羅尼(呪句)をとなえさせた。
・・・かくしてかれは死王から脱することができた。

==>> 「仏教学者の中村元は、浄土教・浄土経典は部派仏教がいちおう
確立したのちに出現したものとする。140年頃かそれ以前には、『無量寿経』
・『阿弥陀経』が漢訳されたとする。」
とあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E9%87%8F%E5%AF%BF%E7%B5%8C#.E7.B5.8C.E5.85.B8.E6.88.90.E7.AB.8B.E6.99.82.E6.9C.9F.E3.81.A8.E7.B7.A8.E7.BA.82.E8.80.85

大乗仏教の阿弥陀仏とはいいながら、結構早い時期に既にあったんですね。

p48
尊師(ナーガールジュナ)は多くの陀羅尼と十万の詩句(頌)の
般若(経)をもたらしたが、幾多の仏弟子たちは、それらは
ナーガールジュナの著したものであると見なした。
このときよりものちには大乗経典は新たにできることはなかった。
実体の存在を想定する仏弟子たち(声聞)の争いを除くために、
かれは五部の論理学書などを著した。

p56
ー 紀元100年前後の仏教界においては、伝統的保守的仏教が
  圧倒的に優勢な社会的勢力をもっていた・・・
  ・・新たな宗教運動が起こりつつあった。
  それがいわゆる大乗仏教である。

p57
ー 大乗仏教は、・・民衆の間からもり上がった宗教運動であり、
  荘園を所有していなかった。
  ・・その信仰の純粋にして清きことを誇りとした

p58
ー 大乗仏教は・・・利他行を強調した。
  大乗仏教では慈悲の精神に立脚して、生きとし生けるもの(衆生)すべて
  を苦から救うことを希望する。

==>>自分が解脱することを修行を通じてやっていたいわゆる小乗仏教に
たいして、利他行を強調したけれども、ただ、こういうことを凡人がやるのは
大変なので、煩悩の多い庶民でも出来る方法というのを考えだして、
信心ということが重要視されるようになったということでしょうか。

ー 諸仏・諸菩薩に帰依し、その力によって救われ、その力にあずかって
  実践を行うことが説かれた。

p59
ー 中央インドのマトゥラー市と西北インドのガンダーラ地方とが
  仏像政策の中心地であった。
  前者は・・インド国粋美術の伝統に従っているが、
  後者にはギリシア美術の影響がいちじるしい。

==>> 元々お釈迦様は、個人崇拝はだめだといっていたようですが、
仏教が拡大するにつれて仏像も出てきたんですね。

「般若経典における空観」

p60
ー 原始仏教において、世間は空であると説かれていたが
  (たとえば、「常に心に念じて、(何ものかを)アートマン(我)
  なりと執する見解を破り、世間を空であると観察せよ。
  そうすれば死を度るであろう」)

ー 般若経典では・・さらに発展せしめ、大乗仏教の基本的教説とした。

==>> この経典としては、「大般若波羅蜜多経」、「般若心経」、
「金剛般若経」、「理趣経」などがあるとしています。

p60
ー われわれは固定的な「法」という観念を懐いてはならない。
  一切諸法は空である。 何となれば、一切諸法は他の法に条件づけられて
  成立しているものであるから、固定的・実体的な本性を有しないもので
  あり、「無自性」であるから、本体をもたないものは空であるといわねば
  ならぬからである。

p61
ー かかる実践的認識を 智慧の完成(般若波羅蜜多)と称し
  与える(布施)・
  いましめをまもる(持戒)・
  たえしのぶ(忍辱)・
  つとめはげむ(精進)・
  静かに瞑想する(禅定)
  という五つの完成と併せて<六つの完成>(六度、六派羅蜜多)と称する。

==>>「六派羅蜜多」という言葉は初めて気づきました。
座禅はこの中にあったんですね。

「在家仏教運動」

ー 空観からの論理必然的な結論として、輪廻とニルヴァーナとは
  それ自体としては何ら異ならぬものである、と教えられた。
  しからばわれわれの現実の日常生活がそのまま理想的境地として
  現し出されねばならぬ。

==>>ここでニルヴァーナですけど、「涅槃」とも言われますが、
中村元さんによれば、「心の安らぎ、心の平和によって得られる楽しい境地
としているようです。

p62
ー 理想の境界はわれわれの迷いの生存を離れては存在しえない。
  空の実践としての慈悲行は現実の人間生活を通じて実現される

「浄土教」

p63
一部の大乗教徒は現世を穢土であるとして、彼岸の世界に浄土を求めた。
阿しゅく仏(あしゅくぶつ)の浄土だる東方の妙喜国、弥勒菩薩の浄土である
上方の兜率天(とそつてん)などが考えられ、これらの諸仏を信仰する
ことによって来世にはそこに生まれることができると信じたのであるが、
後世もっとも影響の大きかったのは阿弥陀仏の浄土である極楽世界の
観念である。

ー 阿弥陀仏の信仰は当時の民衆の間に行われ、諸大乗経典の中に
  現れているが、そくに主要なものは左の浄土三部経である。

==>> そこで、「仏説無量寿経」、「仏説観無量寿経」、「仏説阿弥陀経」
の三つが紹介されています。

しかし、上記の理想から言えば、「空」の実践は現実の人間生活を通じて
ってことですから、あの世に浄土を求めるってことはちょっと「?」になりますかね。

阿弥陀仏さんは昔は法蔵菩薩だったそうで、その時に
衆生を救うという四十八の誓願を起こしたってことになっているわけですね。

そして、その中の第十八願なんですけど、

p64
ー 「もしわれ(未来の世に)仏となることを得んに、十方の衆生が
  至心に信じねがって、わが国に生まれんと欲し、乃至十たび念ずるも、
  もし(わが国に)生ぜずんば、われは正覚を取らじ(仏とはならず)」
  と誓ったが、いまや仏となりたもうたから、仏を念ずる人は
  必ず救われるはずであるというのである。

==>>これこそ、日本の法然さんが「私は念仏に決めた」って言った根拠と
したところですね。

ー 現世の意義が後代の浄土教では大いに問題となる・・・

==>>なるほど、現世を肯定して衆生を救うという点と、浄土って
いうのが相反するってことなんですね?

p65

有名な鳩摩羅什訳による「妙法蓮華経」によれば、
声聞乗(釈尊の教えを聞いて忠実に実践すること)
縁覚乗(ひとりでさとりを開く実践)
菩薩乗(自利利他をめざす大乗の実践)
の三乗があるんだけれども、それをひとつにまとめる一乗という
考え方のようです。

p65
従来これらの三乗は、一般に別々の教えとみなされていたが、
それは皮相の見解であって、いずれも仏が衆生を導くための方便として
説いたものであり、真実には一乗法あるのみである、という。

伝教大師は法華経が説くこの一乗思想に立って、すべての法門を融合
させた仏教というものを模索されました。その結果、比叡山は円教・密教・
禅・戒律・念仏すべてを実践する仏教総合大学となったのです。こうして、
すべての人の成仏を説き、一切の法門を内包する比叡山には多くの人材が
集まり、鎌倉時代にはその門下から道元・栄西・法然・親鸞・日蓮などが
それぞれ一宗を起こす偉業を成し遂げられたのです。」

「実は、釈尊は永遠の昔にさとりを開いて衆生を教化しているのであり、
常住不滅である。 人間としての釈尊はたんに方便のすがたに
ほかならない。」

==>> として、いろいろな仏様として人間の前に現れるんだってわけですね。

p67
「中論」の思想は、インド人の深い哲学的思索の所産の中でも
最も難解なものの一つとされている。
その思想の解釈に関して、近代の諸学者は混迷に陥り種々の批判を
下している。

p70
中観派は無を説いたとして、各学派から排斥されている・・・

p71
ところがこのような解釈はきわめて困難な問題に遭遇する。
「中論」はけっして「無」を説いているのではない
その理由の一つとして「中論」の本文である詩句の中において
有と無との二つの極論(二辺)を排斥している、・・・

p71
ナーガールジュナは「有」を否定するとともに、「有」がない以上、
当然「有」と相関関係にある「無」もありえない、と主張する。

p73
「中論」は終始、有部、経部、とく子部、正量部などの諸学派を
攻撃し、その教理を批判して、これらの諸派と厳然たる対立を
示している。 この事実をみて近代の研究者は、たいてい、
大乗仏教は、従来の仏教とは全く異なったものであると解している。

==>>この辺りが、大乗仏教は仏教じゃないという説がある
理由になっているんでしょうか。
難しい理論が、時代と言語を超えて伝わるうちに、研究者の解釈も
様々に混乱をしたようです。

p73
戦前の西欧における随一の中観研究者であったスチェルバツキーは
・・ブッダによって説かれた教えは徹底的な多元論であり、
これに対して「中論」などの大乗仏教は一元論であり、
・・「同一の宗教的開祖から系統を引いていると称する
新旧二派の間にかくもはなはだしい分裂を示したことは
宗教史上他に例をみない事例である」と述べている・・・

==>>ブッダの徹底的な多元論というのはどういうところが
そのように理解されているんでしょう・・??
又、反対に「中論」などの大乗仏教が一元論というのは・・・

で、著者の中村元さんは、このように言います。

p74
もしも中観派の所説がブッダの教えと非常に異なるものであるならば、
それでは何故に自説をブッダの名において説きえたのであろうか。
この理由を西洋近代の学者は全く説明していない。

p74
古来「中論」はもっぱら「般若経」の思想を蘭明するものであると
いわれている。

p78
「中論」がどのような学派の説を攻撃しているかという点に
関しては、古来学者のあいだに種々の議論があり、定説という
ものは存在しない。

p80
縁起とか無我とかいうような思想は元来仏教が他派に対して
独自の立場を明らかにするために説いたのである
から、
これを説明する「中論」は当然仏教外の諸派をも排斥している・・

「中論」は主として仏教内の諸派を相手にしているのであり、
仏教外の諸派はつけたしである・・・

しかしながら「中論」の主要論敵は何といっても説一切有部
あろう。

・・・それは事物または概念の「自性」すなわち自体、本質が
実在すると主張する人々である。
「中論」はこれに対して無自性を主張した・・・

p82
伝統的保守的仏教(いわゆる小乗仏教)諸派のうちで、最大の
社会的勢力をもっていた「説一切有部」は、「一切が有る」と
主張したといわれる。

漢訳大蔵経のうちに伝えられている小乗仏教の論書はたいてい
有部のものである。

p83
仏教思想は、つねに法に関する思索を中心として発展している。
これに対して大乗仏教、たとえば「中論」は「法有」に対して
「法空」を主張した・・・

法とは「きまり」「軌範」「理法」というのが原義であるといわれている。

p85
法とは一切の存在の軌範となって、存在をその特殊性において、
成立せしめるところの「かた」
であり、法そのものは超時間的に
妥当する。

その法の体系として、五種類の法の領域である個体を構成する
五つの集まり(五蘊)、認識および行動の成立する領域としての
六つの場(六入)などが考えられていた。

法の体系を可能ならしめる根拠はどうか、・・・これを基礎づける
ために縁起説が考えられていた・・・
十二支の系列のもの(十二因縁)が決定的に優勢な地位を占める
ようになった。

==>> つまり、元々は縁起説で統一してあったものが、あまりに
通俗的になってしまったんで重要とはされなくなったんですね。
本来はアカデミックだったものが、手垢がついちゃって
権威が落ちちゃったってことか?
その手垢がついた縁起説を取り戻そうと理論化したのが龍樹さん。

p86
有部は縁起によって法の体系を基礎づける立場を捨ててしまった
その代わり法を「有り」とみなすことによって基礎づけた。

==>>元々縁起説でやっていたものを、有部は方向転換したって
ことになりますね。

初期仏教における「・・・であるありかた」としての法が、
有部によって「・・・であるありかたが有る」と書き換えられたのである。

「である」から「がある」へ、と論理的に移っていったのが、
法有の立場の成立する理論的根拠である。

p95
実有の意義
無為法(生滅変化を超えた常住絶対なるもの)
有為法(原因・条件によって生滅する事物)

p99
まず第一に実有は、男、女、瓶、衣、車乗、軍、林、舎などの
仮有または施設有から区別される。 すなわち瓶とか車とか
いうような自然的存在は実有ではなくて仮有である。
これに反して、「随触を領納すること一般」「像を取ること一般」
という「ありかた」としての「受」「想」のごとき法のみが
実有であるとされている。

有部はたんなる実在論ではなく、むしろ観念論的傾向さえもそなえている・・

==>> 観念の実在論ですか?

p101に著者が要約したところを、さらに簡単にまとめると:

第一: 実有=自然的存在を可能ならしめる「かた」としての「法」
    のみにいわれうる。
    仮有=自然的存在
    名有=自然的存在の中に対象を見出しえない。
    和合有=実有なる五つのあつまり(五蘊)の仮の和合(プドガラ)

第二: 法は自然存在の「ありかた」
    他に依存せず、独立
    よって、相待有とは異なる。

説一切有部の「一切が有る」の意味はなんなのかってところです。

p102」
「一切」」とは五蘊十二処十八界であるといわれ、あるいは
たんに十二処であるともいわれる。

十二処 = 眼などの六つの器官(六根)
      それらの対象(六境)
      

十八界 = 六根 + 六境 + 六入
      十八の要素で構成される主観・客観のすべての世界

有為法 = つくられた現象的存在
無為法 = それ自体で存在する永久不変の存在

五蘊は有為法のみ。

p102
「一切」とは過去・現在・未来の三世である、とも説明されている。
・・仏教は時間という独立の実体を認めないから、「三世に属するもの」
であったろうと思われる。

p105
インド一般の集合説と共通な、「ありかた」が有る、と解する
立ち場に従うならば徹底的に実有なる法の範囲を拡大せねばならぬ
はずであるのに、仏教である以上それが許されない。
何となれば、実有という概念の範囲を拡大すれば、ますます
経験論的実在論の立場に・・・接近するからである。
ここに有部の弱点があり、・・・

「4. 空の論理」

p116
「中論」における論敵排撃(破邪)の論理は、概念や判断内容の
実在性を主張する論理(法有の立場)を排斥しているのであり、
概念や判断の内容を説明しているのではないから、・・・
註釈者によって著しく異なった解釈がされるということはなかった
のである。

第二章の第一詩をみると、

「まず、すでに去ったものは、去らない。また未だ去らないものも
去らない。 さらに<すでに去ったもの>と<未だ去らないもの>
とを離れた<現在去りつつあるもの>も去らない」

p119
ところが已去と未去とが去らないということは誰でも常識的に
理解しうるのであるが、しかし現在の<去りつつあるもの>が
去らないということはいえないはずではないか、という疑問が

起こる。

p121
すなわち<去るはたらき>と<去るはたらき>とは互いに相い依って
成立しているものであり、<去るはたらき>があるとすれば
必ず<去る主体>が予想される。 故に<去るはたらき>が
二つあるとすると<去る主体>も二つあらねばならぬことになる。
このように全くありうべからざる結論を付随して引き起こすから、
「去りつつあるものが去る」ということはいえないと主張
している。

p123
「中論」は何故に「去りつつあるものが去る」というと二つの
去るはたらきが随伴すると主張するのであろうか。

常識上われわれの理解に苦しむところである。

==>> はい、私もさっぱり理解できません・・・

「あり方そのもの」(法のみ)であり、他のいかなる内容をも
拒否している二つの実体がいかにして結合しうるであろうか。

これがナーガールジュナの論点である。

・・破邪という言葉は否定の論理ということのようです。
空観から出発する大慈大悲の利他行が何故成立するのか。」を
目指した破邪であるべきという、著者の考えのようです。

p129
そもそも基本的な態度として、<空>の哲学は定まった教義なる
ものをもっていない
。中観派はけっして自らの主張を立てることは
しないという。 このことはすでにナーガールジュナの明言した
ところである。

==>> 「空」の理論といいながら、その理論というようなものは無いってこと??

p130
中観派の哲学者たちは、自分たちの立場が論駁されることはありえない、
という確信をいだいていた。 そうして大乗仏教が、(禅を含めて)
神秘的な瞑想を実践しえたのは、そのような思想的な根拠があったから

である。

p132
「中論」の論法を説明するには、ただその代表となるべき論法について
その特質を明らかにすれば「中論」の論法全体を説明するための鍵を
与えることとなると思う。

==>> そして、その否定的表現の代表的なものとして、
次の「八不」というのがリストアップされています。

不生、不滅、不常、不断、不一、不異、不来、不去

p135
たんなる実在論においては、ここに一人の人が有り、その人が
歩むからその人を<去る主体>といい、歩む作用を抽象して
<去るはたらき>というにすぎないから、両者の一異という
問題は起こらない。

ところが、法有の立場は自然的存在を問題とせず、その「ありかた」
が有る、となすのであるから、一人の人が歩む場合に
「去る」という「ありかた」と「去る主体」という「ありかた」
とを区別して考え、それぞれに実体視せねばならないはずである。

法有の立場を理論的にどこまでも突きつめていけば結局ここまで
到達せねばならない。
しからば両者の一異如何が問題とされることになる。
ナーガールジュナは実にこの点を突いたのである。

したがって、ナーガールジュナは概念を否定したのでもなければ、
概念の矛盾を指摘したのでもない、概念に形而上学的実在性を
付与することを否定したのである。

p138
元来ブッダは仏教外の諸派の説を断または常の見解に堕するものと
して排斥したのであるから、かりそめにも仏教徒たるものは
けっして断滅と常住との偏見をもつことは立場上許されない。

p139
すなわちいかなる個人存在もまたいかなる事物を永久に存在する
(常住)と考えてはならないし、また反対にただ消え失せて
しまうだけである(断滅)と考えてもならない。

「不断不滅」は仏教徒にとっては絶対の真理である。

==>> そこで、龍樹さんの主張はっていうと、

p140
「何故に業は生じないのであるか。 それは本質をもたないもの
(無自性)であるからである。 またそれが不生であるが故に
(生じたものではないから)、滅失することはない」

「もしも業がそれ自体として(自性上)存在するならば疑いもなく
常住であろう。 また業は作られたものではないことになるで
あろう。 何となれば常住なるものは作られることがないからである。」

==>> そして、著者の中村元さんは この二つの論理についてどう
いっているかといいますと、

p142
(双方の)自己の説においては断常の理論的欠点の無いことを
お互いに主張し合っている。
どちらがブッダの真意に近いかという問題に関しては、なお独立の
研究を要する・・・

としています。

p143
「中論」はけっして従前の仏教のダルマの体系を否定し破壊したのでは
なくて、法を実有とみなす思想を攻撃したのである。
概念を否定したのではなくて、概念を超越的実在と解する傾向を
排斥したのである。

・・・西洋中世哲学史における類例を引いてくるならば、実念論的な
思惟を排斥しているのである。

p151
「いま現に消滅しつつあるものが住するということはありえない。
またいま現に消滅しつつあるのではないものはありえない」
これは生住滅の三相または生住異滅の四相を立てる有部の痛い
ところを突いている。 仏教によれば一切は無常であるはずなのに
住(続)という原理を立てるのは何故であろうか。

仏説に背反するおそれはないか。

p153
中観派の運動否定論は、運動に関する肯定判断の否定であるというのが
適当であるということに帰着する。
しかし、・・・運動に関する判断を問題にしているのではなくて、
きわめえ実念論的な仕方で、つまり実在する実体とみなされた
(「運動」という)観念についてなされたのであった。

p155
それは否定の論理を通して縁起を解明しようとしたことである。
そこでおのずから「縁起」が問題となってくるのである。

==>> ここで「縁起」っていうのが一番重要な意味をもってくるわけです。

p155
その最後の目的は、もろもろの事象がお互いに相互依存または
相互限定において成立(相因待)しているということを明らかに
しようとするのである。

すなわち、一つのものと他のものとは互いに相関関係をなして
存在するから、もしもその相関関係を取り去るならば、何ら
絶対的な、独立のものを認めることはできない、というのである。

p158
「中論」の中心思想をどこに求むべきかは学者によって種々に
説が異なるであろうと思う。

本邦においては普通常識的には「中論」は空または諸法実相
(事物の真相)を説くといわれている。

しかし三論宗によれば「中論」は主として二つの真理(二諦)を
説いている、と定められている。

・・・ところがここに困難な問題が起こる。
「中論」と題する以上、「中論」の中心思想は二つの真理では
なくて、<中道>ではないか
、という疑問がそれである。

p160
ナーガールジュナは「中論」の冒頭において次のようにいう。
「不滅・不生・不断・不常・不一義・不異議・不来・不出であり、
戯論が寂滅して吉祥である縁起を説いた正覚者を、諸の説法者の
中での最も勝れた人として稽首する
」とあり、
この冒頭の立言(帰敬序)が「中論」全体の要旨である。

p162
故に「中論」は最初は縁起をもって説き始め、最後も縁起をもって
要約している。 
それでは、「中論」全体が縁起を説いている
といいうるのではなかろうか。

現在なおわが国では「中論」の縁起説は閑却されているが、
しかし、「中論」の中心思想を縁起に求めるということは
近代諸学者の承認を得ていることであり、何らさしつかえない
と思う。

p164
さらに「中論」の基づく「般若経」も縁起を説いている
・・・縁起を説明したあとで、「善現よ。まさに知るべし。
諸の菩薩・摩訶薩は、般若波羅蜜多を行ぜんと欲せば、まさに
かくのごとく縁起を観察して、般若波羅蜜多を行ずるべし」という。

p165
したがって「中論」のみならず、一般に空観を説く書は縁起を
問題としている。
ここにいう<縁起>とは相依していることという意味であり、
<空>と同義である。

p167
「中論」は縁起を中心問題としている。
「中論」は従来から小乗で説く<十二因縁>に対し独自の縁起を
説き、しかも対抗意識をもって主張している。

p168
小乗アビダルマの縁起説は、生あるもの(衆生)が三界を輪廻する
過程を時間的に十二因縁の各支にひとつひとつあてはめて解釈する、
すなわち三世両重の因果によって説明する胎生学的解釈である、
と普通にいわれている。

p175
最初期の仏教において縁起の種々なる系列が説かれ、
何故かくも多数の縁起の系列の型が説かれたのか、
現在のわれわれにははなはだわかりにくくなっているが、
それらの縁起説に通ずる一般的な趣意は
「これがあるとき、かれがあり、これが生ずることから、
かれが生じ、これがないときかれなく、これが滅することから、
かれが滅する」ということであり、これが種々の縁起の系列
に共通な思想であるといわれている。

p182
「中論」の主張する縁起とは相依性(そうえしょう)(相互依存)
の意味であると考えられている。

p184
小乗においては、縁によって起こること、時間的生起関係を
意味すると解されていたこの句が、中観派においては
「あたかも短に対して長があるがごとし」とか、あるいは
「長と短とのごとし」というように全く法と法との論理的
相関関係を意味するものとされるに至った。

長と短が相依ってそれぞれ成立しているように、諸法は相互に
依存することによって成立しているという。

==>> 現代の研究者の混乱は言語の問題、当時のインドでの
思想的常識、社会環境、そして何百年もの時の流れもあってなかなか
難しいんでしょうが、小乗から大乗への解釈の変遷というのも
元はと言えばお釈迦様が自分ではなにも書き残さず、
問答によってその思想を表現しただけだったからなんでしょうね。
まあ、書かれたものであっても解釈の違いというのは、本人以外には
当たり前のことではあるんですけど。

p187
自然的存在の領域においては父があって子が生まれるのであるから、
父は能生であり、子は所生である。 ・・・ところが「ありかた」と
しての父と子を問題とすると、そうはいえない。
父は子を生じない間は父ではありえない。 子を生ずることによって
こそ始めて父といいうる。 父と子は互いに相依っているので
あるから、互いに独立な父と子とを考えることはできない・・・

p193
・・これに対して、「また有為が成立しないが故にどうして
無為が成立するであろうか」という。
有為法が成立しないから無為法も成立しえないという議論は
中観派の書のうちにたびたび現れている。

有為法も無自性であり、無為法も無自性であり、両者は
相依相関の関係において成立している。

==>> なんとなく分かりました。
説一切有部は、有為法と無為法を区別して、無常のものと常住不変のもの
とを前提として 無常のものには縁起があるとするけれども、
龍樹さんは 有為法と無為法も相依っている関係にあるから
全て縁起が関係するって言っているわけね?
それが一元論ってことになるわけかな?

法然さんの浄土宗や親鸞さんの浄土真宗に、私が一元論というか
一神教的なものを感じるのは、この辺りにあるのかも・・・

p196
「中論」の縁起説は華厳宗の思想と根本においてはほとんど
一致するといってよい。 ただ華厳宗のほうが一層複雑な
組織を立てている点が相違するのみである。

==>> 華厳経は 真言宗、大日如来につながっているようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%AF%E5%8E%B3%E7%B5%8C
「あらゆるものは無縁の関係性(縁)によって成り立っている」

p202
さらに「大智度論」をみると三種の縁起を区別している。

・・・とあって、以下のような三種を書いてあります。

1. 「凡夫の肉眼に所見」のもの。
   生死流転する「凡夫人」に映ずる縁起。
   凡夫の迷っている状態。

2. 「二乗
   (仏の教えを聞く声聞乗、ひとりでさとりをひらく緑覚乗)の人
   および
   未だ無生法忍(空なる真理をさとり、心を安んじること)を得ざる
   菩薩の観ずる」ところ。
   「法眼を以って諸法を分別する」
    ==上の「世諦縁起」に当たるもの。

3. 「諸の菩薩摩訶薩・大智人」なる「利根」の人の観ずる縁起。
   「無生法忍を得たるより乃至道場に座す菩薩の観ずるところ」

・・そして、著者は、

p202

故にこの第三の縁起がほぼ「中論」が主張しようとする縁起に相当
するのではなかろうか。

・・・としています。

ブッダは形而上学的実体を仮定する当時のインドの思想を排斥して、
ただ人間の生存の構造を問題とした
そうして十二因縁のうちの前の項が順次に次のものを基礎づける
という構造をおっていた。

==>> つまり、ブッダの真意は小乗仏教の時間的生起という
解釈とは違っているってことですよね。

p205
小乗仏教では一般に縁起を人間の輪廻の過程における時間的生起の
関係と解しているが、「中論」の縁起はそうではなくて、相依相関
関係の意味であるとすると、ここに問題が起こる。

p207
要するに有(もの)が生ずるということは、理に合わない。
また無が生ずるということも、理に合わない。 有にして無
なるものの生起することもない。」・・・・
という論法に従って縁起が<不生>であるということを論証
しているのである。

p213
要するにナーガールジュナを始めとして中観派の諸哲学者は、
「自生」「他生」「共生」「無因生」という生起のあらゆる
型を否定することによって縁起を成立せしめようとしたので
ある。

p214
「諸法の不生」ということは「般若経」のうちにくりかえし
説かれているところであるが、縁起を不生と解する思想は
最初期の仏教までさかのぼりうる。

ブッダは苦または苦楽あるいは十二支のひとつひとつに
ついて、
それが自ら作られたものでもなく、他のものによって
作られたものでもなく、自作にしてもまた他作のものでもなく、
自作にも非ず他作にも非ざる無因生のものでもなく、
実に縁起せるものにほかならぬと説いたという

したがって縁起が時間的生起の関係を意味するのではないという
思想は最初期の仏教に由来する点もあるということは明瞭である。

==>> お釈迦様の考え方を 般若経や龍樹さんは引き継いでいる
ってことになりますか。
逆に、小乗仏教はそうじゃなかったってことですね。

p218
ナーガールジュナは何故にとくに 不滅・不生・不断・不常・不一義・
不異議・不来・不出 の八つのみを選んだのであろうか・・・

p220
古来「中論」は「般若経」にもとづくと解せられているから
八不も「般若経」から受けているのではなかろうか、と思われる。

p224
仏教の伝統的観念である<無我>は、「中論」ではかなり独自の
特徴的な意味に理解されている。

p226
これは驚異的な発言である。
われわれは平生は我欲に悩まされているから、我欲を離れた
境地に到達したいと思う。ところが我欲を離れた境地という
ものが別にあると思う人は、実は真理を見ていないのである。

==>> こりゃあ困りましたね。
ほとんどの人が「無我の境地」に入りたいと思っているわけですよね
普通に日本人が考えるところは・・・

p226
故に「中論」が<無我><無我所>を説くのも、上述の諸註釈
の文からみると、結局諸法実相を明かすためであるといいうる。

諸法実相とは我および我所の定まった特質の不可得なることで
あると説明され、空と同一視されている。

==>> 「無我」=「空」=「縁起」ってことですか。
著者が言うのは、

p227
このように無我が諸法実相、空、無自性と同じ意味であるならば、
当然「無我」とは「縁起」の意味に解してさしつかえないのでは
なかろうか。

p230
「中論」によれば無常なるものは必ず縁起しているし、また
縁起したのではないものは無常ではないというのである。
したがって「中論」は諸行無常を縁起によって基礎づけている
ことが明瞭である。

p234
中観派によれば空性とは縁起の意味であるという。
空とは「縁起せる」という意味であり、不空とは「縁起せざる」
と同義である。

p235
「どんな縁起でも、それをわれわれは空と説く」

==>> 「空性」=「縁起」=「無我」

p238
もろもろの事物(諸法)は無自性であるが故に、現象界の変化
も成立しうると中観派は説明している。

少なくとも中観派以後においては「「縁起」(とくに「相互
限定」「相互依存」)の意味にほかならないということがわかる。

p241
「縁起せるが故に空である。」
縁起が理由であり、空は帰結である。

「縁起せるが故に無自性である」
縁起が理由であり、無自性は帰結である。

「無自性の故に空である」
無自性が理由であり、空は帰結である。

・・要約すれば、縁起はつねに理由であり、空は常に帰結である。
「縁起ー>無自性ー>空」という論理的基礎づけの順序は定まって
いて、これを逆にすることはできない。

・・・著者のここでの結論としては:

論理的基礎づけの順番は:
縁起ー>無自性ー>空

なんだけれども、
初期大乗仏教における歴史的発展の順序は:
空(およびその同義語)->無自性ー>縁起

と真逆になっているとしています。

p247
元来空観は仏教の根本思想であり、たんに大乗においてのみこれを
説くのではない。
仏教成立の当初から空の立場は一貫して存続している。

==>> ここんところが この本を読むまでは 分かっていませんでした。

p247
近年の研究(宇井伯寿博士や西義雄博士)によれば、小乗において
さえも法空が説かれているという。
通常いわれるように小乗は個人存在の空(人空)のみを説いていた
のではなくて、法空をもすでに説いていた。

p248
・・ところが「般若経」の始めの部分が成立したころに、反対派の
人々はその主張を聞いて、空を無の意味に解し、空観を虚無論で
あるとして非難するに至ったのであろう。

・・そこで後になると、・・・空の意味を一層明らかにし
誤解を防ぐために、最初期の仏教以来重要であった「縁起」という
語をもってきて、それを「相互限定」「相互依存」の意味に
解して空および無自性とは縁起の意味であると説明するに
至ったのであろう。

p249
「中論」が著されるよりも遥か以前にすでに大乗仏教は空を
説いていたのであるが、空に対して「疑見を生じ」る人が
現れ、「種々の過ちを生ずる」に至ったので、
・・・決して反対者の誤解するような意味ではないということを
「中論」によって蘭名したのである。

==>> つまり、お釈迦様の真意と思われる初期仏教の「空」を
龍樹さんは 理論的に語り直したってことでしょうか。

p254
チゃンドラキールティの註によると「それ」とは空をさしている。
空がすなわち中道であり、中国一般の解釈のように空を空じた
境地に中道が現れるのではない。

空は有と無という二つの極端(二辺)を離れていることとなる
故に空は二辺を離れた中道である、ということになる。

==>> 「中道」の意味を、私は漠然と 両極端の中間と思って
いましたが、「有」と「無」の間の「空」だったんですね。

そして、ここで、著者は、縁起説が何故中道を説くことに
なるのかを展開します。
その概略の例を書き出しますと:

苦しみについて、

苦しみが自ら作られたものであることを説くもの
= 常住を執する見解(常見)= 「一切は有である」思想
= 「霊魂と身体とは同一である」という主張

苦しみが他のものによって作られたことを説くもの
= 断滅を執する見解(断見)= 「一切は無である」思想
= 「霊魂と身体とは異なっている」という主張

これらは二つの一方的な見解(二辺)である。

上の二つに対して、縁起はどちらでもないから、中道である

p261
中観派は中道を中心問題として扱い、それを縁起の意味で
あるとした。 この点においては中観派は仏教の最初期の
立場に復帰したといいうる。

p281
故に「般若経」の中にたびたびもろもろの事物の無が説かれて
いるけれども、それは対立のうちに終始している凡夫の立場を
脱せしめるために仮に説かれたのであって、空と同義であり、
有と対立した無とは区別する必要がある。

p283
「諸法実相」の原語は多数ではあるが、結局は同一の趣意、
すなわち、諸法が互いに相依り相互に限定する関係において
成立している如実相を意味し、「縁起」と同義である。

・・・したがって諸法実相は「他のものによって知られる
のではなく」であり、すなわち、言語によって表現されえない
ものだということになる。

==>> 「言語によって表現されえない」ってことは
体感するしかないってことになりますか。

われわれは生存に執著して、妄執によりあくせくしてはならない。
しかしまた非生存(断滅)にとらわれて、人生を捨てて虚無
主義になってはならない、と原始仏教が説いていたことは
事実である。

「もしも<五蘊(個人存在を構成する五種の要素)を>取って、
あるいは<因縁に>縁って生死往来する状態が、縁らず取らざる
ときは、これがニルヴァーナであると説かれる」
と説くから、相互に相依って起こっている諸事象が生滅変遷する
のを凡夫の立場からみた場合に、生死往来する状態または輪廻と
名づけるのであり、その本来のすがたの方をみればニルヴァーナ
である。

人が迷っている状態が生死輪廻であり、それを超越した立場
に立つときがニルヴァーナである。

==>> 凡夫として見たときに この世とあの世が 別の世界に
なるけれども、超越した視点を持つことができれば この世も
あの世も同じ世界であるから、心が安らかになるってことなんですかね?

p294
輪廻というのは人が束縛されている状態であり、
解脱とは人が自主的立場を得た状態をいうのである。

両者は区別して考えられやすいけれども、その根底をたずねる
ならば両者は一致している。

==>> 「自主的立場」って言葉が分かりにくいんですけど、
「束縛から解放された立場」と言い換えると分かるような気がします。
素粒子は この世もあの世も 行ったり来たりしている、って
雰囲気ですかね?

p295
ニルヴァーナという独立な境地が実体としてあると考えては
ならない。
ニルヴァーナというものが真に実在すると考えるのは凡夫の
迷妄である。
故に「般若経」においてはニルヴァーナは「夢のごとく」
「幻のごとし」と譬えている。

それと同時に輪廻というものもまた実在するものではない。

==>> 「夢のごとく」・・・いいですね。
人生そのものが「夢」のようだと思いませんか。
信長さんも そう言っていましたね。

p299
われわれが夜眠れないときに、「眠ろう」「眠ろう」と努めると、
なかなか眠れない。 眠れなくてもよいのだ、と覚悟を決めると、
あっさり眠れるようなものである。
・・・結局各人の体験を通して理解するよりほかに仕方がない
のであろう。

金剛経」の説くところは徹底している。
ーー身相をもって仏を見てはならない。あらゆる相は
皆虚妄であり、諸の相は相に非ず、と見るならば、
すなわち如来を見る。 かかる如来には所説の教えがない。
教えは筏のようなものである。 衆生を導くという目的を
達したならば捨て去られるーーと。

p302
われわれの経験するこの現象世界がそのままブッダなのである
これも、一切の事物と如来とは別なものではなく、究極において
一致しているという「般若経」の説を受け継いだものであろう。

「中論」の説くこのような如来は、諸註釈からみると法身
(仏の真実の身体)を意味している。
・・・この如来の法身とは、真如、実際、空などと同じ意味で
あるという。そうしてこれらの諸語は・・・縁起と同一の意味
であるから、・・・縁起の理法そのものを意味するに違いない。

==>> 「現象世界」=「ブッダ」=「一切の事物」=「如来」
=「法身」(仏お真実の身体)=「真如」=「空」=縁起」
しかし、この飛躍はちと不可解です。
ブッダがその自分の身体を含めて「空」であると言ったから
こういう図式になるということかな?

p304
この縁起の如実相を見る智慧が<明らかな智慧>(般若)である。
「大智度論」においては、諸法実相を知る智慧が
般若波羅蜜であると説明されているが、結局縁起を見る智慧
を意味していることに変わりはない。

p310
法の領域においては諸法は相関関係において成立しているもの
であり、その統一関係が縁起と呼ばれる。
その統一関係を体得するならば無明に覆われていた諸事象
が全然別のものとして現れる。

この「縁起を見る」こと、および縁起の逆観はすでに最初期
の仏教において説かれている。

==>> だから、著者は、この龍樹さんは、最初期の仏教の
正統な発展を理論的に継承した人ではないかと言っているんです。

p435
ナーガールジュナの著した「十住毘婆沙論」の浄土教関係の
部分は、後世の浄土教の重要なささえとなり、
またさらに密教も「華厳経」などの影響を受けてはいるが、
ナーガールジュナの思想の延長の上に位置づけることも
できよう。

p442
中観派の哲学者たちは現象世界における変化を否定して、
真理は言語では表現できないものであるという理論を述べた。

p445
<空>の教義は虚無論を説くのではない。 そうではなくて
「空」はあらゆるものを成立せしめる原理であると考えられた。
それは究極の境地であるとともに実践を基礎づけるものである
と考えられた・・・・

==>> ここが一元論と解される所以でしょうか。

・・空の中には何ものも存在しない。 しかも、あらゆるもの
がその中から出て来るのである。 それは鏡のようなものである。

p446
宗教的な直観智による認識は、鏡が対象を映すことに
たとえられる。 ・・・大乗仏教、とくに唯識説では、
われわれの存在の究極原理であるアーラヤ識が転ぜられて
得られる智を大円鏡説と呼んでいる。

・・・「空」の真の特質は「何もないこと」であると同時に、
存在の充実である。 それはあらゆる現象を成立せしめる
基底である。 ・・・空を体得する人は、生命と力にみたされ
一切の生きとし生けるものに対する慈悲をいだくことになる。

慈悲とは、<空>--あらゆるものを抱擁することーー
の、実践面における同義語である。

p450
空観のような思想は、・・・東洋では大乗仏教を通じて
一般化した(浄土真宗の教学といえども、空の理論を基礎と
している。少なくとも教義の上では表面的には基本思想と
みなされていたのである)。

==>> 「空」=「慈悲」(実践面での)
う~~ん、なるほど。 仏教の言う「慈悲」とは「空」そのもの
だったんですね。
最後の最後に、浄土真宗についてことさらに書いてあるのが
興味をそそりますが、それはおいおい噛みしめたいと思います。

まだまだ、頭の中が散乱状態ですが、
「空」のことが少しは理解できたような気がします。

============

お読みいただき有難うございました。

「その1」から詳しく読み返したい場合は、こちらへどうぞ:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/11/post-60ca.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月18日 (月)

フィリピン・バギオがなんで? - カントリー・ウエスタン バギオ音楽祭 

BAGUIO MUSIC FESTIVAL 2013 の三日目は ロックとカントリー・ウエスタンの夕べでした。

002

キャンプ・ジョンヘイの スカウト・バレーが会場となったバギオ音楽祭3日目。

なぜかカウボーイ、カウガールの姿が・・・

008

Camp John Hay っていうのは、昔の米軍基地なんですけど、元々100年ほど前に バギオという町がアメリカによって開発されたときに、米軍の家族などの保養地として造られているんです。

019

陽が沈む前はロック・ミュージックだったんですが、陽が落ちて雰囲気が出てきたところで・・・

034

このカウ・ガールのダンスが出て来ました。

「ガール」と呼ぶにはちょっと「?」で、ほとんどがリタイヤしたオバチャマたちなんだそうで、 「まだ踊ってんの?」などと冗談が飛び交っていました。

本場アメリカの人からダンスの指導を受けているとか・・・

047

バギオには カントリー・ミュージックのバンドも多くて、結構あちこちに カントリーを聞かせるお店なんかがあるんです。

049_2

どうして バギオで カントリー・ミュージックが盛んなのか・・・

ちょっとバギオの100年前の姿を見てみましょうか。

003

バギオ開拓時代の およそ100年前の写真です。

これはアメリカの軍人だと思いますが、まさにカウボーイ・スタイルですね。

006

100年ほど前のバギオのマップだそうです。

この時代は、おそらくアメリカの本物のカウボーイが 馬に乗って闊歩していたのでしょう。

そして、カントリー・ウエスタンの音楽も入ってきたんじゃないでしょうか。

ちなみに、戦前のバギオでは、フィリピン大統領が白馬にまたがって、バーンハム・パーク周辺で 朝の散歩をしていたのだそうです。

060

そんな昔を思いながら・・・・火を囲んでのひととき。

バギオには アメリカン・カントリーが なぜか似合っているんですね。

 

 

 

 

 





| | コメント (6) | トラックバック (0)

バギオにもあった「座禅」クラブ、バギオにもいた仏教の尼僧・・・

バギオ在住のアメリカ人からの情報。

久しぶりにバギオ音楽祭で会ったアメリカ人から思わぬ情報が。

仏教徒であることを表明し、FACEBOOKなどでも盛んに 仏教イベントなどをシェアしている人だったので、バギオの仏教寺院のことを聞いてみたんです。

090

以前、こんなことをこのブログで書いたんですけどね、

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/04/baguio-buddha-1.html

未だにその住職には会ったことがないんです。

「セントルイス大学の横に仏教のお寺がありますよね。」

「うん、知ってるよ。」

「あそこには中国人のお坊さんがいるらしいですね。」

「知ってるよ。 お友達ですよ。」

「えっ、それじゃあ、中国のお寺から派遣されてきた人なんですかね。」

「それは、ちょっと分らないけど・・・」

「英語は出来る中国人ですか?」

「中国人だけど、アメリカに長年住んでいた中国系フィリピン人だからね。」

「へえ~~、そうなんですか。」

「尼さんだよ。」

「おや、そうなんですか。」

「私が調べた範囲では、臨済宗みたいなんですけど、座禅なんかやっているんですかね。」

「宗派は分らないけどなあ。 座禅だったらクラブみたいなのがあるよ。」

「バギオ市内にあるんですか?」

「うん、ミリタリー・カット・オフのキリスト教の施設で、毎週やってるよ。」

「ええっ? キリスト教で座禅なんてやってもいいんですか?」

「瞑想をするってことだから、割と寛容だよ。」

「どういう人が教えているんですか?」

「二年に一度くらい、日本の鎌倉のお坊さんが教えに来てるみたいだね。」

「バギオ仏教寺院の尼僧さんは、お葬式なんかはやっているんですか?」

「まあ、リクエストに応じて やってはいるみたいだね。」

「バギオの日本人のためにもやってもらえますかねえ?」

「でも、一応そのお寺とのお付き合いがないと無理かなあ・・・」

「まあ、そうなんでしょうね。 檀家みたいにならないと・・・」

・・・・・

5img_2617

俄然 バギオの仏教寺院に 興味が湧いてきました。

今後、その尼僧さん、座禅クラブのことを もっと教えてもらいます。

ちなみに、バギオ仏教寺院は、バギオの大学生たちの中にも ある程度浸透しているらしいんです。

寺院の施設の一部は、大学生の寮にもなっていて、結構厳しい寮の規則もあるらしい。

面白そうです。

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

BAGUIO MUSIC FESTIVAL - Camp John Hay 二日目 - 女性は怖い・・・?

バギオ音楽祭2日目。

バギオの女性4人の歌、ってのがあったんです。

005

どんな女性が歌うのかなあ~~って言うことよりも、キャンプ・ジョンヘイの 

AYALA TECHNO HUB って場所でやるって書いてあったんで、

そっちの方が興味があって見に行ったんです。

013

アヤラ・テクノ・ハブ ってんですけど、何があるかって言うと・・

018

まあ、こういう コール・センターなんかがあったりするわけ。

2千人くらい働いているって話を聞いたことがあるんですけど、当然のことながら、銀行から、コンビニから、かなりお洒落なお店なんかが集まっているところなんです。

030

そのすぐ横にこんなスペース、松林の広場みたいなんがあるわけですよ。

キャンプ・ジョンヘイですからね。

038_4

見上げれば こんな雰囲気で、たまには来たくなる場所ではあるんですねえ。

バギオの中でも 憧れ満点の場所ってことになるでしょうね。

044

・・・で、女性4人衆の一番手が 始まりました。

この日は音楽祭2日目なんですけど、昨日のクラシックの次の今日は、ポップス系の音楽でした。

056

FOUR WOMEN, FOR WOMEN って書いてありますね。

4人の女性が、女性の為に、歌うってことみたいです。

075

一番前に、こんな風に女の子たちが座って・・・

座り込める芝生ってのが、日本にはあまりなくて・・・・

116

6pmをちょっと過ぎたころになると、雰囲気も盛り上がるんですけど・・・

気温がガクンと下がって、風邪を引きそうになったんで、引き揚げちゃったんです。

By_kosaka_r0045002_1

(photo by Mr. Kosaka)

私が帰ったあとには、4人目の歌姫が出て、最後は4人が一緒に歌ったんだとか・・・

この4人の歌姫ですけど、それぞれに歌手として生活を維持するのは難しく、4つも5つもの顔を持っているのだそうです。

4人の内の2人は 正看護師だそうで、歌手や、舞台俳優や、マーケティングの仕事や、教師やら・・・

Photo_by_raye_baquirin_s

(photo by Raye san)

で、この写真の4人なんですけど・・・

恥ずかしながら、私はぜ~~んぜん知らない人だと思っていたんです。

ところがどっこい、一番右側の Rayeさんが 私に歩み寄ってきて、私の名前を呼んで、挨拶をするじゃないですか・・・

顔には覚えがあったんです・・・

「誰だったっけ・・・?????」

ず~~っと、それが気になって・・・・

一日経って思い出しました。

Photo_by_raye_baquirin_ss

(photo by Raye san)

2009年に バギオ100年祭の折にミュージカルを作ったんですけど、その時に出演してくれた女優さんだったんです・・・

なんと、今年の市議会議員選挙に立候補しているらしい・・・

http://pinoygov.blogspot.com/2013/02/elections-2013-Local-Candidates-Baguio-City.html

・・・

それに、右から2人目の女性・・・

私の記憶には全くなかったんですけど・・

向こうから、これも私の名前を呼んで・・・

声を掛けてきたんです。

「まっ、まずい!!」

話を聞いたら、この歌姫のお母さんと バギオの会社で一緒に仕事をしていたんです。

そう言われてみたら、顔がそっくり・・・

Photo_by_ryle_danganan_ss
(photo by Ryle san)

3~4年前に うちの下宿で ハロウィン・パーティをやったときに、お母さんと一緒に来たっていうんですよ・・・

「すみません。 勘弁してください。 覚えていない・・・」

しかし、女性って怖いなあ・・・

良く覚えているし、化粧は変わるし、衣装も、顔も、変わっているでしょう・・

でもねえ、こっちは外国人だから よく覚えられてしまうんだけど、

私の周りは フィリピン人ばっかりなんだから・・・

覚えられない・・・

フラッシュ・メモリーも 超弱いし・・・

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国際結婚 フィリピン人との離婚はどうする・・・・ 離婚届けだけじゃあ・・・

この情報は個別の事情によって、またお役所の窓口によっても、違うかもしれませんので、参考程度にお読みくださいね。

フィリピン人と日本人夫婦の離婚手続き

日本人同士の夫婦の場合、いわゆる協議離婚が一般的で、
市町村の役場に「離婚届」を提出すれば、それが戸籍に反映されて
一件落着となります。

しかし、日本人とフィリピン人の間の国際結婚をしている夫婦の
場合は、日本での離婚は簡単ですが、フィリピン側での離婚手続き
は簡単ではありません。

一般的に、世界の多くの国では、裁判による離婚が当たり前で、
日本のような届出だけで離婚が認められる国はあまりないとの
話です。

元々、フィリピン人同士の夫婦の場合の離婚は出来ないことに
なっていますので、日本人との間の離婚が日本国内では
既に成立していても、フィリピン人配偶者がフィリピン国内で
離婚を認められ、再婚する権利を保証されるために

以下のような手続きが必要であるとのことです。

この手続きについては、マニラの日本大使館の領事班の方が
バギオに出張サービスに来られたおりに、教えていただいた
内容です。

ただし、個別の事情によっては、この一般的な例が適用されない
場合もあるかもしれませんので、ご注意をお願い致します。

又、私の仕事のひとつである翻訳の業務の中で扱った事例に
基づいた手続きの一例も書いております。
ご参考にとどめていただくようお願い致します。

この事例は、あくまでも日本側での離婚手続きが完了していることを
前提としております。

(1) マニラの日本大使館を通じて手続きをするケース

1)日本大使館に以下の書類を提出する。

  - 戸籍の写し(離婚が記録されているもの)
    あるいは、離婚届の証明書。
    (市町村役場で発行)
  - 委任状
    日本人配偶者が書いた離婚証明書の発行についての委任状。
    (大使館は日本人配偶者に対して証明書を発行するので、
     その日本人からの委任状が必要。)
  ー 日本人の身分証明書(パスポートや運転免許証など)

  <日本人配偶者と連絡が取れない場合ー例外処置
  ー 上記の戸籍の写し 及び フィリピン人配偶者の身分証明書

2)日本大使館が 証明書を発行

3)マニラのフィリピン外務省(DFA)
  - 上記の書類と証明書を DFAに提出し、
    レッド・リボン(赤いリボン)を付けて認証する手続きを
    してもらう。

4)マニラ市役所へ届け出る
  - 上記の認証されたすべての書類を マニラ市役所へ提出。

5)裁判所において、日本に於ける離婚を認定(RECOGNITION)する。

6)マニラ市役所にて離婚の登録
  - 婚姻証明書に日本で離婚したことが付記される。

以上の処理によって、フィリピン人の再婚が認められます。

詳しくは大使館でご確認ください。

下記の専門的会社のサイトも参照してください:

http://rikon.ois-japan.com/reportofdivorce.html

http://www.solicitor-sanooffice.com/philippines/philippines02.html

(2)フィリピンの家庭裁判所などを通じて
   日本での離婚の認定を獲得する場合

上記(1)の手続きが一般的だとのことですが、フィリピン人配偶者が
地元の家庭裁判所などを通じて行う手続きの流れもあるようです。

1)フィリピンの地元の家庭裁判所に必要書類を提出し、
  裁判所から日本人配偶者宛ての命令書などを作成

2)フィリピン外務省へ依頼

3)日本のフィリピン大使館へ送達

4)日本の日本国外務省へ送達

5)日本の最高裁判所へ送達

6)日本の地方の裁判所へ送達

7)日本人配偶者へ命令書などの送達

この手続きは、フィリピンの裁判所から日本の裁判所への依頼に
基づき、日本人配偶者への命令書が届られるかたちになっています。

このルートを使う場合は、
命令書を受け取った日本人配偶者から、裁判所が指示した期間内に
対抗処置がとられない限り、フィリピン人配偶者がフィリピンの裁判所
に訴えた内容が、そのまま裁判所の決定とされて

その結果として、フィリピン側でも離婚が正式に認定されるという
形になるものと思われます。

皆様の身近に、
離婚手続きに関して困っている方がいらっしゃるようでしたら、
上記を参考として、日本大使館などに相談されることを
お勧めします。

尚、この情報は、「離婚の勧め」ではございませんので、
誤解のないようにお願いいたします。(笑)

<<オフレコ情報・怖~~い話>>

某関係者との雑談の中で、以下のようなケースが時々あるとの
話がありましたので、ご参考まで。

日本人配偶者のパスポートをフィリピン人配偶者家族が奪い、
日本人を軟禁状態にして、年金などをフィリピン人家族の
生活費としているケース。

大使館の窓口に、フィリピン人家族に取り囲まれた
年金生活の日本人が助けを求めてきたことがあったそうです。

若いフィリピン人女性と結婚したのは良かったが、
その後年金はほとんどすべてをフィリピン人家族が使ってしまい
日本人は軟禁状態にされて家の中で冷遇され、
一年に一度の年金受給の手続きの際に、大使館で在留証明書を
もらいに来た時に 「助けてください」 と訴える日本人
いるとの話です。

大使館として出来ることは限られているが、
日本にいる親戚などとの連絡がとれて、航空券の手配など
金銭的な問題が解決されれば、日本への帰国をサポートする
ことは可能であるとのことでした。

・・・・・

皆様、くれぐれも 日本への逃げ道、経済的バックアップ体制を

日本に残しておくようにしておいてくださいね。

日本の家族、兄弟姉妹、親戚と 喧嘩しちゃだめよ。

そうじゃないと 「困窮邦人」になって、ニッチモサッチモいかなくなりますよ。

ああ~~、こわい、こわい、饅頭怖い・・・・

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2013年2月10日 - 2013年2月16日 | トップページ | 2013年2月24日 - 2013年3月2日 »