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2014年1月24日 (金)

鶴瓶の家族に乾杯! 速水もこみち 長崎県佐世保市(後編) 我が故郷を行く

鶴瓶と速水もこみちの長崎県佐世保市での「家族に乾杯」、その後編.

今回は 我が故郷ながら、知らないことがたくさんありました・・・・

前編で お店が満員で食べそこなった「グリル門」の「レモン・ステーキ」

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これですねえ~~、旨そうだ・・・

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なんと、ここで「佐世保流」の ご飯の食べ方・・・

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鶴瓶 「こんなことやったら 怒られちゃう・・・」

確かに普通は 「そんな汚いことやらないで・・!!」 とかなんとか言われそうですね.

しかし、考えてみると、欧米なんかでも、パンは こういうソースを付けて食べるというのが普通らしいですよね.

せっかくの美味しいソースをきっちり食べるということではもっともなマナーかな・・・

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さて、お次は 海の幸・・・

日本一とは知りませんでした・・・いいね!!

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・・いろんな製品もあるんですね・・・美味しそう・・・

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「いりこは丸ごと食べる」

はい、私も小さいころに 丸ごとたくさん、おやつ代わりに食べていました・・・

それで、一応歯が元気なのかもしれないですね・・・

でも、これって全国的に フツー じゃないんですか???

味噌汁の出汁を取った後のいりこは さすがに味がないから、猫ちゃんにあげていましたけどね・・・

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そして、これは「世知原茶」・・・

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世知原茶だったどうかは知りませんが、小さい頃はよく緑茶を飲んでいたもんです・・・

最近は・・・ほとんど珈琲・・・・というか・・麦汁かなあ・・・・

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この緑茶をうがいに使う・・・・って・・・・ それ「佐世保流」 ??

これは知らなかったなあ・・・・いつからやっているんでしょうね.

うちは貧乏だったから・・・これは無理だったと思うなあ・・・・

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・・さあ、ここから、鶴瓶さんは浅子町、もこみちさんは三川内へ行くんです・・・・

私の生家は、佐世保駅から 駆け上がって10分くらいかな・・・・

坂がしんどいんで、今は走るなんてできないですけどね.

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・・浅子町のカトリック教会・・・

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浅子地区の市民はほとんどがカトリックなんだそうです.

http://www1.odn.ne.jp/tomas/asago.htm

私はここには行ったことがないんです・・・・灯台元暗し・・・ですね.

超真面目だったんで、家と学校の行き来しかしてないですもんね、高校まで・・・

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これが浅子教会ですが、12月1日からは・・・・

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・・・こうなるんだそうですよ・・・

私の生家からちょっと下ったところに三浦教会というのがあるんですけどね、こんな感じで、時々敷地内に侵入して 遊んでいたもんです・・・

http://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/270/

「佐世保へ多くの信者が移住し、1897(明治30)年、佐世保天主公教会がはじまった。1931(昭和6)年、現在地に教会堂が建つ。」

私は三浦教会としか覚えていなかったんですけど、正しくは「三浦町教会堂」だったんですねえ・・・

戸口から、中を覗いたりして、讃美歌なんかを聞いたりしていました・・・

http://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/building/inside.cfm

「軍港である佐世保港を一望できることから第二次世界大戦中は軍からの監視を受け、さらに空襲をさけるためとして白い外壁にコールタールを塗られ黒一色の姿になったが、1945年(昭和20年)6月28日佐世保大空襲では焼失を免れている。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E7%94%BA%E6%95%99%E4%BC%9A

へえ~~~、確かに教会からの見晴しはいいですもんねえ・・・

ところで、佐世保市のキリスト教の信者数ってどれくらいなんでしょうかね?

http://blogs.yahoo.co.jp/kmy22jp/37665124.html

このサイトに、建設当時は 1200人余り とありますが・・・・

「建設当時の信徒数は1200人余り、これら信者は明治中期以降の都市の急膨張と共に平戸、田平、長崎、外海等から移住してきた人達であった。」

日本のカトリック教会については、こちら:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E6%95%99%E4%BC%9A

さすがに、長崎は1県としては飛びぬけて多いですね・・・

私の家は 浄土真宗でしたけど、高校時代は英語の勉強の為に、一時期 英和対訳の聖書なんかを読んでいたことはあります.

友達の中にカトリックの人がいたという覚えはありません・・・

私の母は、独身時代に東京でカトリックの洗礼を受けたという話は聞いたことがありますが、結婚して浄土真宗になったみたいです・・・

それに、母方の叔父は、鹿児島の郷土史家として、キリスト教伝来や隠れキリシタンなどに詳しく、信者のグループの人たちに史跡の案内をしていたほどでした・・・・ ただ、本人はこれも浄土真宗でしたが・・・

・・・・さて、一方の 速水もこみち さんですが・・・・

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・・・三川内(みかわち)焼の 窯元を訪問・・・

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平戸松山窯(ひらど・しょうざん・がま)の 三川内焼なんですが・・・

こちらの公式サイトがありました・・・

http://www.hiradoshouzan.com/

三川内焼の歴史をちょっと読んでみましょうか・・・・

http://www.hiradoshouzan.com/tsuite1.html

「三川内焼は、十六世紀末 当時の平戸藩主 松浦鎮信公が、「朝鮮の役」の時 平戸に連れ帰った 陶工達に焼き物を作らせたのが始まりとされます。そのため三川内焼は別名平戸焼といわれます。 」

・・・要するに、朝鮮半島の専門家を 拉致して連れてきたってことでしょうか?

実は、たまたま2~3日前に読み終わったばかりの本がありまして、

これが 司馬遼太郎の 

 

「故郷忘じがたく候」

ー 異国の地で 四百年を生きた 陶工たちの望郷の詩 -

・・ってやつでして、

この本は、鹿児島県の苗代川に 同じような 「古朝鮮人」によって作られた陶工たちの村があることを 司馬遼太郎が探し求めていったことが書いてあるんです.

http://www.amazon.co.jp/%E6%95%85%E9%83%B7%E5%BF%98%E3%81%98%E3%81%8C%E3%81%9F%E3%81%8F%E5%80%99-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8F%B8%E9%A6%AC-%E9%81%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4167663147

その薩摩焼・苗代焼については、こちらのサイト:

http://fujimototougeikan.jimdo.com/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E9%99%B6%E6%A5%AD%E5%8D%94%E5%90%8C%E7%B5%84%E5%90%88%E7%AA%AF%E5%85%83%E7%B4%B9%E4%BB%8B/%E3%81%AA-%E3%81%AF%E8%A1%8C-%E7%AA%AF%E5%85%83/%E8%8B%97%E4%BB%A3%E5%B7%9D%E7%84%BC%E8%8D%92%E6%9C%A8%E9%99%B6%E7%AA%AF/

・・・さて、話を三川内焼の 速水もこみちさんに 戻しますと・・・・

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・・なんと、体験入学・・・初めてなんだそうですが・・・・

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「ここに就職したらどう??」

と言われるほどの、「思い切りの良い筆運び」でした・・・

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・・なかなかの出来栄え・・・

・才能のある人は いろんなことが出来るんだねえ ~~~素晴らしい

私は、すぐ近くの場所であったのに、この三川内には行ったことがないし、この焼き物を手に取ってみたこともないんです・・・

ただ、どこかで良く見かけた「唐子」は 覚えています・・・

http://www.hiradoshouzan.com/tsuite2.html

「絵柄は、伝統的に三川内焼きで描かれてきた『唐子絵』が中心です。その他、草花や生き物など様々なモチーフがあります。『唐子絵』は、江戸時代に『献上唐子図』と言われ藩の命により『七人唐子図』が献上品として描かれていました。」

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・・そして、最後に、まったく知らなかったこのお寿司・・・・

平戸寿司

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・・お寿司の中に 具をしっかりつめて・・・・

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・・・押し寿司のように型を押して・・・・

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・・・下から抜く・・・わけです・・・

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・・・ってことで、「腹の中は見せない」 んですね・・・

・・つまり、逆にぎり寿司 OR 角おにぎり OR 平戸風押し寿司 ??

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・・というお話でした・・・・

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・・・いや~~、やっぱり ふるさとは いいねえ~~~

 

・・・・ と思いつつ、ふっと、伊之助のことを思い出しました・・・

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/01/post-ca1d.html

先日 こんなことを書いたんですけど、この伊之助は 100年前に フィリピンに来て、ちゃんと故郷に帰ったんだろうか・・・?

おそらく、当時は 農家の長男以外は 口減らしの運命にあったんじゃないかと思うんです・・・それで移民した・・・ そうせざるを得ない 日本の状況だった・・・

そして、今.

私が フィリピン・バギオに住んでいるわけですねえ・・・

日本に何代にも渡って地元に住み、その地場産業を支えて来た人たちは素晴らしいなあと、時々思うんです・・・

もちろん、都会に憧れて出て行った人は多いと思うんですが、本人の意思に反していたとしても、地元の産業を伝統的に支えて来た人たちがあってこその 日本の文化であり産業だと思うんです・・・

地方にそのような様々な人たちが居て、日本という国がある.

私の場合は、兄貴が和菓子屋を継ぎましたからね、私は家を出なければならんかったわけですよ・・・

でも、私が中学・高校の頃、その兄貴が「グレ」てましてね・・・笑

兄貴が家に戻らないんなら、俺が和菓子屋を継ぐしかないな・・・などと なんとなく覚悟を決めていたような思いもあったわけです・・・

しかし、そうはならず、兄貴が家に戻ったんですね・・・

あの時、歴史が変わった・・んですねえ・・・笑

そして、今、私はフィリピン・バギオに、まるで 伊之助のごとく フィリピンに居る.

そして、それはそれで、なんとなく幸せなこと・・・・

しかし、このブログのハンドル・ネームを 「させ たもつ」 としているところに、切ってもきれない、望郷の念があるんでしょう・・・・

「故郷忘じがたく候」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

あははは、最後のオチがいいっすねえ・・・・

フィリピン親父に調理「させた もつ」料理ってことで、酒の肴に一番ですから・・・

しかし、指でもOK ってのは・・・??? だな~

まあ、もともと指でご飯を食べるから いいのか・・?

   

投稿: させ たもつ | 2014年1月25日 (土) 22時43分

「たか おかし」 高岡市です。

手前も望郷の念が強いです。
同じ県内、JR城端線で高岡まで約50分の、この街に住んでさえ、
高岡市のニュースに釘付けになったりしますもの。

フィリピンから帰国した時は、ふるさとの二上山を見て愛おしく感じます。


ソースの話題は同感です。
前妻のパンガシナンの実家では、お祝い、お悔やみ、
バカンスで... とにかくスパゲティ ナポリタンを超大量に作ります。

麺を食べ終わって、お皿にはソースだけがベットリ。
そこで手前は、舌を伸ばしてペロペロとやった瞬間。
前妻から罵声の雨嵐!!
あんたは 犬か?

「いや、戌年だが 犬ではない。」と、手前は反論。

ソースはパン (指でもOK) に付けて食べるのがマナーですね。
「お皿を直接、舌でペロペロは犬!!」
それがフィリピンの常識みたいですね~~

じゃ、その犬を食べるのは..... どーぉなんだよ!
おおぅ

投稿: 越中屋店主 | 2014年1月25日 (土) 02時35分

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