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2014年3月 9日 (日)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 19 フィリピンの女たちは古代から強かった!

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で

歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をして

いきます・・

 

 

 OUR  EARLY ANCESTORS  第四章 我らの初期の祖先

 

p65

 

― 初期の社会に於ける女性の地位

 

古代のフィリピンに於いて、女性たちは高い地位を占めていた.

部族の法あるいは慣例の下では、女たちは男と同等であると認め

られていた. 女たちは、交易にも産業にも関与することができた.

首長の娘であって、息子がいない場合には、その娘は首長の地位を

引き継ぎ、村を率いることができた. 

 

p66

 

多くの女性たちが、歌や物語の中で有名になった.

その一人が、Sibabaeであり、世界で最初の伝説のファースト・レディー

であった; Lublubanは、ビサヤ地方の伝説的な立法者であった;

Lalahonは、ビサヤ地方の火と火山の神であった;  そして、

Kalangitanは、パシグのイスラム教国王妃であり、Lakan Dula

祖母であった.

 

=== Lakan Dulaについては、こちらでご覧ください:

 Lakandula (actually spelled as two separate words, Lakan Dula, as

  "Lakan" is a title itself) was the regnal name of the Lakan (king or

 paramount ruler) of the pre-colonial Philippine Kingdom of Tondo

 when the Spaniards first conquered the lands of the Pasig River

 delta in the 1570s.

 http://en.wikipedia.org/wiki/Lakandula

 

    これによれば、マニラのパシグ川のところにあった

    トンド王国の王様だったようですね・・・

    今こそ、トンドと言えば 「ごみの山」で有名で、日本人は

    フィリピンと言えば、マニラとトンドを思い浮かべるほどに

    フィリピンのマイナス・イメージを代表するものになって

    しまっていますが、古代にはトンド王国があったんですねえ・・

    日本に例えるならば、出雲や奈良みたいなところが

    スラム街になっているようなイメージでしょうか?

 

=== ちなみに、出雲は、こんな感じだったようです.

    「古代出雲は、青銅器を主とする西部出雲(現在の島根県出雲市

    付近)と鉄器を主とする東部出雲(現在の島根県安来市、鳥取県

    米子市、大山町)との二大勢力から出発し、以後統一王朝が作られ、

    日本海を中心とした宗教国家を形成したと考えられている。」

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E9%9B%B2%E5%9B%BD

 

    奈良は・・・・

    「平城京(へいじょうきょう)は、奈良時代の日本の首都。所謂 

    「奈良の都」である。唐の都「長安」や北魏洛陽城等を模倣して建造

    されたとされ、現在の奈良県奈良市及び大和郡山市近辺に位置して

        いた。」

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%9F%8E%E4%BA%AC

 

    トンド王国については、こちらで どうぞ:

 Originally an Indianized kingdom in the 10th century, Tondo built upon and

 capitalized on being central to the long-existing ancient regional trading

 routes throughout the archipelago to include among others, initiating

 diplomatic and commercial ties with China during the Ming Dynasty.

 http://en.wikipedia.org/wiki/Kingdom_of_Tondo

    10世紀ごろからスペインがやって来た16世紀まであった

    ようですね・・・

    ここに有名なThe Laguna Copperplate Inscription(ラグナ銅版碑文)

    のことが書いてあって、どうも領収書みたいなものらしいです

 The first reference to Tondo occurs in the Philippines' oldest historical record

 — the Laguna Copperplate Inscription (LCI). This legal document was written

 in Kawi, and dates back to Saka 822 (c. 900).

 

 

 

ここにkawi語(カウィ語)というのが出てくるんですが、

これについては、こちらのサイトに少し解説が出ています:

http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/56236/1/KJ00000131283.pdf

 

「古ジャワ文学というのは,空間的にはジャワ東部を創作活動の主な

中心とし,時間的には10世紀中ごろから15世紀初頭にかけて,言語的には

オーストロネシア語族に属する古ジャワ語(カウィ語)によって書かれた,

そして何よりも,サンスクリットを媒介としてインド文化の大きな影響を

受けて成立したヒンドゥー・ジャワ文化から生まれたさまざまな文献の

総称である。」

 

p66

 

― 娯楽

 

古代のフィリピン人は戦いや労働に明け暮れていたわけではない.

・・・彼らは、豊作、婚姻、宗教的捧げものや戦勝を祝って宴会を

開いた.

・・・彼らは、たくさんの酒を飲んだが、我を忘れるほどに

酔うことはほとんどなかった. もっと陽気になり、おしゃべりに

なっただけであった.  宴会の後は、助けを借りずに自分で家路に

つくことが出来た. 

・・・ 彼らは、カラバオ(水牛)の競争や、レスリング、

フェンシング、ボート・レース、そして石投げコンテストなどの

ゲームを楽しんだ.

 

=== ちょっと、ちょっと、・・・古代の生活、宴会の様子を

    こんなに見てきたように書いていいの~~??

    これは、やっぱり、歴史に名を借りた 道徳教育としか

    思えないですねえ・・・・笑

 

 

ところで、こんなデータをご覧になったことはありますか?

http://newsphere.jp/national/20131026-1/

「世界経済フォーラム(WEF)は「男女格差報告2013年」を発表した。

日本は対象国136ヶ国中105位であった。2昨年の101位より更に

ランクが下がり、日本は過去最低の順位となった。


 
WEFのリリースによると、男女格差の小さい国は、1位アイスランド、

2位フィンランド、3位ノルウェー。5位のフィリピンは、太平洋地域で

最も男女格差解消の取り組みが進んでいることが伝えられている。」

日本の皆さん、特に日本女性・・かわいそう!!!

 

 

ちなみに、100年前に日本人がフィリピンを訪問して、

こんなことを書き残しているんですねえ・・・

http://janl.exblog.jp/18939480

「p427
比律賓に来りて、最も旅行家の耳目をxx動するは、其の土人教育の盛大なる
にあり、爪哇、印度支那に於いては、吾人は容易に学校を見ず、学童に接せず、
馬来半島でも・・・・比律賓に来りて、吾人は学校と学生の多きに、今更の如く感じたり・・・

(爪哇=インドネシア・ジャワ島、印度支那=インドシナ、馬来半島=マレー半島)
 

p428
十五歳より二十五歳まで位の女子の学校に、往来する事なるを聞き、
一驚三嘆せざるを得さりき・・・・


比律賓を自治国たらしめんと欲せば、自治国民たるの資格を比律賓人に
与へざる可からず、・・・・」

=== シリーズ 20 へ続く ===

 

 

 

 

 

 

 

 

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