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2014年3月12日 (水)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 23 言語、文学、教育、王様が兵法を教えた?

 

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で

歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をして

います・・

 

 

 OUR  EARLY ANCESTORS  第四章 我らの初期の祖先

 

p70

 

― 言語

 

古代のフィリピン人は多くの異なる言語と方言を使っていた.

しかし、ひとつの言語を学べば、他の言語を知ることは比較的

容易なことであった. それは、すべての言語が共通の言語学的源を

持っていたからである.  ― それはマレー・ポリネシアン言語で

あり、太平洋民族の母語であった. 

Pedro Chrino神父は次のように書いている:「フィリピン諸島全体

を通じて、単独のあるいは統括的な言語は存在しなかった. 

しかし、そのすべては、多くの異なる言語ではあったが、

大変似通っていたので、短期間に学び、話したのであろう.

 

すべての現地の言語の中で、初期のスペインの著述家が

一番だと考えたのはタガログ語であった.

Chirino神父は、「私はこの言語の中に、世界の四大言語、ヘブライ語、

ギリシャ語、ラテン語そしてスペイン語、の4つの特質を見出した;

ヘブライ語の難解さと不明瞭さ; ギリシャ語のように、冠詞と区別が

固有のものにも、普通名詞にもある(?); ラテン語のような優雅さ;

そして、スペイン語のような、洗練され、磨かれ、丁寧な言語である

ことを見出した」と書いています.

 

=== この神父さん、べた褒めじゃないですか?

    タガログ語ってそんなに凄い言語なんですか?

    これって、どういう人向けに書いたものの中に書いてあるん

    でしょうね?

 

 

p71

 

― 文書

 

古代のフィリピン人は、独自の書き方を持っていた.

Chirino神父によれば、ほとんどの人々が読み書きを知っていた.

Baybayinと呼ばれる彼らのアルファベットは、インドのアショカ文字

にその起源を持っている.  それは、3つ(実質は5つ)の母音と

14の子音 - 全部で17の文字からなっている.

 

彼らは、sipolという、鋭く尖った鉄の筆記用具を使っていた.

この鉄の用具で、紙として使われた竹の筒、木の板、そして植物の

葉の上に文字を刻んでいた. 書く方向は、水平で、左から右であり、

右から左に縦書きする中国語や日本語とは違っていた.

 

この古代の書き方は、ミンドロ島のMangyans族 や、パラワン島の

Tagbanuas族によって守られており、この二つは、今でも その

古代の文字を使っている.

 

 

 

― 文学

 

古代のフィリピン人は、口承と書き物による両方の文学を持っていた.

幸運なことに、彼らの口承文学は、世代から世代へと引き継がれ、

その民族の貴重な遺産として現在も守られている.

それは、awit(歌)、bugtong(謎々)、salawikain(ことわざ)、

神話、伝説、そして詩(叙情詩と叙事詩)から成っている.

しかし、残念なことに、これらの過去に書かれた文学は、ほとんど

失われてしまった.

 

スペイン時代以前の文学である興味深い民族詩の中では、以下のものが

幸運にも保存されている; イフガオ族の Alim and Hudhud

イロカノ族の Lam-ang、 ビコール族の Handiong、 カリンガ族の

Ullalim、 マラナオ族の Bantigan、 マギンダナオ族の Indarapatra

Sulayman、イラノン族の Agyu、そして、タオスグ族の Parang Sabil

ある.

 

=== 失われた文書が「あった」というのがどういう根拠に

    基づくものなのか・・・が疑問なんですよねえ~~.

    授業の度に、そこが教授と議論のネタになるんですけど・・

    この教科書には、「これだ」という写真もないし・・・

 

 

― 教育

 

古代のフィリピンの子供たちは、基礎的な教育が与えられた.

それは、アカデミックなものと、職業的なものの両方があった.

父親が、兵士、猟師、漁師、鉱夫、製材、造船の訓練を息子たちに

施した.  一方、母親は、料理、庭づくり、裁縫、そしてその他の

家事を、娘たちに教えた.

 

古代のパナイ島に於いては、bothoanと呼ばれるバランガイの学校が

あって、教師が担当していた. 通常は老人が教えていた.

このバランガイ学校で教えられていた科目は、読み、書き、算数、

武器の扱い方、そして lubuskinaadman又は魔除けを習得すること)

であった.

 

=== このbothoanについては、同じような内容がこちらの

    本にも書かれています.

    (googleで、「bothoan, panay, school」で検索すると出てきます)

 http://books.google.co.jp/books?id=SIq_FvJUr40C&pg=RA2-PA23&lpg=RA2-PA23&dq=bothoan+panay+school&source=bl&ots=QECKTUF-pY&sig=htHs3fK2cBEwIOXtGRBkDo48DIY&hl=ja&sa=X&ei=dC0fU_CSBca9oQT4gYHABg&ved=0CCgQ6AEwAA#v=onepage&q=bothoan%20panay%20school&f=false

The Filipino Moving Onward 5' 2007 Ed.

 著者: Sagmit, Et Al

 

 

=== こちらのサイトの、Introductionの第二パラグラフの一番下に

    このような記事があります:

 These countries' combat methods of Kuntao and Silat had a great

  influence on the development of Kali, which is the "mother art" of

  the Philippines. Legends claim that ten Datus (chieftains) left Borneo

 and settled in Panay where they established the Bothoan in the twelfth

 century. The Bothoan was a school where the Datus taught Kali along

 with academic subjects and agriculture. It was a kind of preparatory

 school for tribal leaders.

 

 http://www.usadojo.com/styles/about-filipino-arts.htm

 

    これを読むと、

    「bothoanは DATUS(王)が Kali(?)をアカデミックな

     科目や農業と一緒に教えた. それは、部族のリーダーの

     ための準備の学校のようなものであった」

    と書いてあるので、上記とは微妙に違うんですが、

    士官候補生の学校みたいなもんだったんでしょうかね?

    王様が直々に教えたみたいだし・・・

    しかし、「kali」ってのがなんだか分からないんですけど・・・

    (mother art of the Philippinesとあるんですが・・)

 

    それで、第一パラグラフにさかのぼって読んでみると・・

 Although known by many names, often descriptive of the styles and

 names of their founders and enemies (i.e., Binas Arnis, Italiana style),

 the Filipino warrior arts can be classified by three distinct territorial

 styles --Arnis, Eskrima, and Kali -- that are found in the northern,

 central and southern Philippines, respectively.

    ・・・どうも、戦い方の技術みたいですね.

    要するに、黒田官兵衛の戦略、戦術学みたいなもん

    でしょうか・・・

    中国だったら 「孫子の兵法」かな??

 

 

=== シリーズ24へ続く ===

 

 

 

 

 

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