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2014年6月29日 (日)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 40 メキシコからどんな影響を受けたか

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で

歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をして

います・・

 

6 MEXICAN RELATIONS  第六章 メキシコとの関係

 

p99

「フィリピンへのメキシコの影響」

メキシコは、フィリピンの国と文化生活の開発に貢献しました.

フィリピンの植生はメキシコからの初期のスペイン人植民者たちに

よって導入された新しい植物によって豊かなものとなりました.

                        

 

==== この部分の著者の意味するところが今一つはっきりしません.

     いわゆる外来種の持ち込みによっていろんな植物が

     フィリピンに増えて 楽しいなあ~~ってことなのか??

     例えばどんな植物がその時期に入ったのか??

     はい、ちゃんと書いてあります・・・

 

これらの植物とは、achuete、 カカオ、 トウモロコシ、チコ、

Camachile、 マゲイ、 煙草などです.

 

Achuete アチュイト

http://www.maribehlla.com/vegetables/achuete-fruit/

スペイン料理に使うみたいですけどね・・・

It is most used in recipes that we inherited from the Spaniards like the dish

we call “menudo” or the famous “paella”.

パエリアに使うものですか??

achueteというのが検索してもなかなか見つかりません・・

 Achioteのことなんでしょうか? 

https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=hts&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4PRFD_enPH560PH560&q=achiote

 

これも似ているような気がする・・・

http://en.wikipedia.org/wiki/Bixa_orellana   )

 

camachileもよくわかりませんが・・・

http://ejje.weblio.jp/content/camachile

マゲイというのは、リュウゼツランの仲間だそうで、

日本では観賞用の蘭ですけど、いろんな用途があるとか・・

http://kotobank.jp/word/%E3%83%9E%E3%82%B2%E3%82%A4

 

明るい黄色のキャンドル・ブッシュ・フラワー(cassia alata)は

フィリピンでは11月から1月にかけて咲くもので、メキシコから

やってきたものです. アカプルコからやってきたものなので、

通常はアカプルコと呼ばれています.

その他のメキシコの花で、フィリピンに多量にあるものは、

アマリージャ(マリゴールド)、Cadena de amor(chain of love)

Calachuchi それと azucena です・・・

 

Candle Bush Flower ってこれのことかな?

http://davesgarden.com/guides/pf/go/371/

http://www.onalee.com/catalog.php/onaleeisrael/pd1741737

日本語では ゴールデン・キャンドルと呼んでいるのかな??

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB

Cadena de amorはここにありました:

http://stuartxchange.com/CadenaDeAmor.html

「カデナ・デ・アモール」と検索したら、こんなものが・・・

http://ja.aliexpress.com/popular/cadena-de-amor.html

似てるって言えば、似てないこともないかなあ・・・苦しい・・・

 

おお、ありました・・・日本語では・・

http://plaza.rakuten.co.jp/dolcepiano/diary/200808010000/

cadena de amoreニトベカズラ)の花です

 

calachuchi (カラチュチ?  プリメリア?)

http://maniladiary.tokyo23.org/open.cgi?jun04&671054pm44

azucena (アズセナ) は これです・・・

http://blog.livedoor.jp/cubanito/archives/433061.html

植物の名前はいろいろあって日本でどう呼ばれているのかを

探すのは一苦労ですねえ・・・

 

ある動物もメキシコからフィリピンへ入ってきました.

例えば、牛、馬、羊、そして闘鶏の鶏などです・・・ 

=== ここで牛 cattleと言っているのは、あの水牛は

    含まれているんでしょうかね?

    闘鶏の鶏もメキシコなんですか?

    なんかイメージ的にはアジアの中国辺りからやって

    きてもよさそうなもんですけどね・・・ 

    それと、昔からフィリピンにいた動物ってなんでしょうか?

 

現在のフィリピンの家族の中には、その血脈の中にメキシコの

血筋を持つ人たちもいます. そのような人たちは、メキシコの

役人や兵士の子孫であり、植民地時代にフィリピンの女性と

国際結婚をしたのです. このような人たちは、メキシコの

血族の人たちと同じスペインの姓を名のっています.

例えば、Amaya, De la Torres, Flores, Guzman, Lopez, Orozco,

Navarro, Velasquez, そして Zaldivarなどの苗字です.

・・・・

=== このメキシコの血というのは、国民性にどんな影響が

    あるんでしょうね?  いわゆるラテン系ですかね?

 

メキシコはフィリピン人に対して、教会で崇敬されている聖人たち

の多くの像を与えました.

それらの中には、 Our Lady of Peace及び Good Voyage of Antipolo,

Black Nazarene of Quiapo, そして、Our Lady of Guadalupeなどが

あります. 最初の Our Lady of Guadalupeの像は、ラグナのPagsanjan

後援によるもので、1687年にメキシコから到着したものです.

この像はその町で258年間崇拝されていました.

しかし、1945年3月15日に、当時日本軍に占領されていた 

その町をアメリカの飛行機が爆撃した時に破壊されてしまいました.

・・・・・

=== まあ、これは日本で言えば、中国、朝鮮半島あたりから

    もたらされた仏像に似た感覚なんでしょうか?

    だだ、日本の場合は「美術品」になってしまって「鑑賞」

    するという感覚だから、フィリピンの教会での信仰の

    対象という感覚とはちょっと違うのかもしれませんね.

 

メキシコの影響の痕跡はフィリピンの民謡にもみられます.

ギター、フルート、ドラム、トランペット、そしてバイオリン

植民地時代にメキシコからフィリピンへもたらされたものです・・

フィリピンのフォーク・ダンスの中でメキシコに起源をもつものは

Jarabe, Kuratsa そして Pandango sa Sambalilo などがあります.

 

El Jarabe Tapatio

http://www.youtube.com/watch?v=7GHcbFnpfsw

Kuratsa

http://www.youtube.com/watch?v=_Ig24-dYruA

 

Pandango sa Sambalilo 

http://www.youtube.com/watch?v=Gx0zShSSL3g

 

YOUTUBEは便利ですねえ・・・踊りが見られるのはいいですね・・

これは、あくまでもメキシコからであって、スペインではないん

でしょうかね??

 

多くのフィリピンの人々の慣習がメキシコに起源をもっています.

フィリピンの町や村での色鮮やかなお祭り(fiestas)のお祝い、市の日

ferias)を設けること、そして、鞭打ちの四旬節(lenten)の慣習など

はメキシコの影響がありました.

さらに、メキシコ起源のものは、聖職者による動物や植物への慣習上の

祝福、クリスマス期間中に家庭でベレン(かいば桶)、そして、

特定の宗教的お祭りの期間中に通りに色とりどりの提灯、食べ物、

人物や動物の色鮮やかな人形を掲げる慣習などがあります.

フィリピンのクリスマスのpanawaganの慣習は、メキシコのposada

由来するものです.

 

=== panagawaの意味がはっきりしませんが、

    英語では calling of names / summons となっていまして、

    名前を呼ぶこと /呼び出し などとなりますが、

    結局どういうことか分かりません・・

 

 Posadaについては、こちらにありました:

    「http://en.wikipedia.org/wiki/Las_Posadas

 Las Posadas is a nine-day celebration with origins in Spain, now

 celebrated chiefly in Mexico, Guatemala and parts of the Southwestern

 United States,[1][2] beginning December 16 and ending December 24,

  on evenings (about 8 or 10 PM).

    結局スペイン由来のもののようですね・・・

 

    しかし、ここに書きだしてある慣習は、なんだか日本の

    お盆の慣習に似ていませんか? もしかして中国あたりから

    入ってきたものがあるんじゃないかと感じますけど・・

 

 

p100

多くのメキシコの言葉がフィリピン語(タガログ語)の中に見られる.

・・・・ 

メキシコの国への今も続く記憶としては、パンパンガ州のメキシコ

の町でしょう. この町は、メキシコ人のアウグスティヌス派の

宣教師であり町の創設者であった Mateo de Peralta神父の

メキシコにちなんだ命名によるものです.

 

「メキシコへのフィリピンの貢献」

フィリピンもメキシコの生活や文化になんらかの影響を与えました.

メキシコの人々が植民地の遺産として大事にしている多くの東洋の品物

はマニラのガレオン船によってアカプルコへもたらされたものでした.

例えば、中国の磁器の花瓶、・・・中国の絹ショール・・・中国の

象牙がはめ込まれた家具・・Indian muslims(?)・・ペルシャ絨毯、

日本の漆細工、フィリピンの土製の壺や木彫り.

 

=== なるほど・・・日本の漆製品はマニラ経由でメキシコに

    渡っていたんですね・・・

        indian muslimsってのが意味不明なんですけど・・・

 

 

p101

フィリピンからメキシコへ入った植物もありました.

例えば、アカプルコの丘に豊かに育ったココナッツ; mangas de

Manilaと呼ばれる大きくて甘いマンゴ; lakatanとして知られる

大きくて美味しいバナナ・・・; ・・・

 

最後に、フィリピンは革命家に必要な資金を供給することによって、

独立の為のメキシコ革命(1810-1821年)の成功に貢献

しました.  ・・・資金を調達するために、彼はマニラへ向かう予定の

ガレオン船に船積みされるメキシコからサン・ブラス行きのロバの

行列に積まれていた 500万メキシコ銀ペソの金庫を没収した

のである・・・

 

=== これって貢献したって言うのかなあ・・・

    兵隊に給料が払えなくなったんで、強盗を働いたってことじゃ

    ないですか?  それがフィリピンがメキシコの革命に

    貢献したってことになるのかな?

    それも、その後 その所有者の息子が返済をメキシコ大統領

    に求めたけれど払ってもらえなかったそうなんですけど・・

    まあ、物語としちゃあ少しは面白いけど、国の歴史の

    教科書に書かなきゃいけない内容ですかね?

 

 

次回からは「第七章 スペインの植民地制度」に入ります.

 

 

=== シリーズ 41へ続きます ===

 

 

 

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