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2014年7月11日 (金)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 40-41 第15回目の授業 - クリスマスの慣習いろいろ

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

毎週一回2時間、教科書を元に教授とのQ&Aと雑談をしています・・・

 

シリーズ40の部分

p99

 

― LENTEN レンテンとはどんな慣習なのか?

Lentenというのは季節の行事であって四旬節と言われる.

これは time of reflection (沈思回想の時)とか crucifixion of Jesus

(キリストの磔刑)がキーワードとなる.

 

前者は、罪を許していただくように願うことや、断食をすることなどが

含まれる. また、十字架での磔の行事はパンパンガ州など一部の地域

で行われる.

 

自分で自分を鞭打つ慣習については、フィリピンの全土でみられる

慣習であるが、バギオ市では例外的にオープン・シティーということで

この慣習は見られない.

この鞭打ちは、ルソン島北部の山岳地帯でも行われている.

これは、家の中でも出来るものなので、やっている人は多いと

思われる.

この慣習は、バチカン - メキシコ - フィリピンへと伝わった

ものと考えられる.

 

― クリスマス期間中に家庭でベレン(かいば桶)を飾るなどと

  書いてあるが、このベレンとは何か?

 

ベレン(かいば桶)は 家畜小屋(barn)の中で家畜に餌を与える

時に使われる桶のことである.

キリストが誕生した時にこのかいば桶の中に入れて育てられたことから

クリスマスの飾りのひとつとして その小屋とかいば桶、赤ちゃんで

あるキリストなどが飾られる.

 

=== これはバギオでも見たことがあるような気がします.

 

― 聖職者による動物や植物への慣習上の祝福、と書いてあるが

  これはどんなことなのか?

メキシコから来た慣習とあるが、これはフィリピンではあまり

見ないものである.

 

― 通りに色とりどりの提灯、食べ物、人物や動物の人形を飾る、と

  書いてあるが、これは 日本のお盆の慣習にも似ているし、

  中国から来たものではないのか?

 

提灯や食べ物については、メキシコというよりも、中国から伝わった

慣習であると思われる.

人形については、メキシコからの慣習である.

 

― 提灯と星形のパロルとの関係は?

 

元々は中国の提灯であった.

教授自身が子供の頃はほとんどが中国式の提灯であった.

1970年ごろから星形の灯りパロルが登場した.

PAROLは灯りのことであり、元々メキシコではparolaは灯台という意味である.

 

この星形パロルは、ターラック州やパンパンガ州の名産になっている.

小学校などでも竹を使ってパロルの作り方を教えたりしている.

尚、september, October, November, December berが付く月

フィリピンではクリスマスの季節とされており、9月1日から

パロルの季節であり、クリスマス・ソングも流れ出す.

 

― panawagan(パナワガン)の慣習というのはどんなものか?

パナワガンは、イエス・キリストが誕生したことをアナウンスする、

知らせる、エンジェルたちが人々に知らせる、という意味である.

教会で12月16日から24日までの間に行われる.

メキシコのPasadasと同じである.

 

p100

― メキシコの言葉がフィリピンの中に見られる、とあるが、

  メキシコの国語と公用語の違いはどうだったのか?

ちなみに、国語はnational languageで、公用語はofficial languageであるが、

メキシコはスペイン国の一部であったので、スペイン語が公用語であった.

 

=== Wikipediaによれば・・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3

「公用語は定められていないが、事実上の公用語はスペイン語(メキシコ・

スペイン語)であり、先住民族の65言語(ナワトル語、サポテカ語、

マヤ語など)も政府が認めている。メキシコは世界最大のスペイン語人口

を擁する国家である。」

 

フィリピンでは、法律がスペイン語であるため、当然スペイン語が

法律的に認められた公用語であった.

なお、アメリカ時代には法律が英語になったため、今でも法律を学ぶ 

ものはスペイン語と英語が必要である.

 

=== ちなみに、フィリピンの場合は・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3#.E8.A8.80.E8.AA.9E

国語はフィリピン語 (Filipino)、公用語はフィリピン語と英語であるが、

母語として使われる言語は、合計172に及ぶ。これらのほとんどは

アウストロネシア語族に分類されるが、アウストロネシア語族の言語間にも

ほとんど意志の疎通が図れないほどの違いがある。他に使われる言語には

スペイン植民地の歴史を反映してスペイン語(フィリピンのスペイン語)

やチャバカノ語(スペイン語とそのクレオール言語)、中国語(北京語や

福建語)、イスラム教徒の間で使われるアラビア語がある。」

 

=== これを見ると、フィリピンの言語事情は想像以上に複雑

ですねえ・・・・一応公用語は英語とフィリピン語で、国語として

フィリピン語(実質はタガログ語)も決めてあるんですね・・・

 

― 「メキシコへのフィリピンの貢献」の中に

  様々な物品に混じって indian muslimsというのが書いてあるが、

  これは何のことなのか?

教授にも意味が分からない・・・

そのまま言葉どおりに理解すれば、イスラム教徒のインド人ということ

になるので、もしかしたら奴隷あるいは商品として売られた人たちが

いたのかもしれない・・・

 

p101

― 「フィリピンはメキシコの革命家に必要な資金を供給することに

   よってメキシコ革命に貢献した」というようなことが

  書いてあるが、内容をみるとただ単に強盗を働いただけに 

  思えるのだが、教授はどう思うか?

この部分はこの著者とは考え方が違う・・・

メキシコの独立の為にフィリピンが貢献したとは思わない.

他の歴史の教科書では、この部分については削除されているものが

多い・・・・

ただし、フィリピンに住んでいたスペイン人(=メキシコ人)の

中に、母国メキシコの独立を支持していたものはいたと考えられるので、

その意味においては資金を援助した可能性はある.

 

シリーズ41の部分

「第七章スペインの植民地体制」

 

p102

― Leyes de Indias という法律はどのような訳語が適切か?

Laws of New Worldぐらいがいいのではないか・・

Indiasというのはアメリカの新大陸だけではなく、スペインから

アメリカ大陸を経て、フィリピンからインドまでの間に

発見された新しい植民地をすべて含む 新世界であるから・・

 

― Laws と code という言葉の関係が分からない・・・ 

Lawsは個々の法律のことであり、codeというのは個々の法律を

まとめて編纂した集合体としての本である.

例えば、Legal Code(法律大全集)みたいなものの中に

様々な法律が綴じられているようなものを言う.

 

― この時代に、メキシコの法律とフィリピンの法律はどういう

  関係にあったのか?

 

メキシコはスペインの一部として スペインの法律がそのまま

適用されていたが、フィリピンは上記の「新世界の法律」が

適用されていた.

 

― 「すべての植民帝国のために出版された中で最も慈愛深く

   最も包括的な法律」と言っているが、具体的には

   どういう内容だったのか? 

法律の上では、奴隷をなくそうということも書いてあった.

ただし、現実は別である.

 

― 「スペインの植民地化の狙い」に「神、黄金、栄光」の順に

  書いてあるが、普通に考えれば 黄金が先にくるのではないか?

 

教授としては、栄光、黄金、神の順だと考える.

世界の覇者としての栄光が第一番に考えられる.

 

ポルトガルの植民地化の目的は、もっぱらアジアの香辛料が

欲しかったと考えられ、経済的な目的が明らかであるし、

植民地の人々を改宗させようとはしていない・・

例えば、マレーシアやインドネシア・・・

 

― 軍事的な意味はなかったのか? 

当時はスペインとポルトガルが世界を二つに分けようとしていたが、

そもそもヨーロッパの王家はほとんどが親戚筋であって

元を辿ればひとつである.

 

p103

― スペインは・・植民地化することによって経済的成功を

  治めることには失敗した、とあるが、本当にそうなのか?

 

教授はこの見解には反対である.

スペイン人や、(当時スペイン人と呼ばれていた)メキシコ人は

フィリピンから経済的な成功を収めているはずである.

王室の貿易がどうだったかという話とは別に・・・

 

― crown colony 直轄植民地という言葉が出ているが、

  例えば フィリピン人が生まれた時には それが登録されて

  いたのか? 

メキシコ独立の前でも後でも、スペイン王の名の下に経営されて

いたので、フィリピン人にも出征証明書などがあった.

ただし、役所が発行するものではなく、教会の管理の下にあった.

 

=== さてさて、この教科書の400ページの内の100ページに

    やっと辿りついたわけですが・・・

    およそ4ヶ月で4分の一ですか・・・先は長いなあ・・・

027


=== シリーズ42へ続く ===

=== 授業の16回目は こちら ===

 

 

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