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2014年11月15日 (土)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 45-48 第17回目の授業 - フィリピンだって政教分離はある

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

 

毎週一回2時間、教科書を基に教授とのQ&Aと雑談をしています・・・

今週は水曜日に時間がとれなかったので土曜日になりました・・・

 

 

前回うっかり見過ごしていた部分から:

 

シリーズ41の最後の部分:

 

― インディーズの評議会の構成員の中にcosmographer(宇宙構造学者?)

  とあるのはどんなことをする人なのか?

 

社会学者のような仕事である・・・

人間関係、環境との関係、天文学、哲学などを専門とする.

 

 

シリーズ45について:

 

― poloという強制的な労働の日数が40日間から15日間に短縮

  されたとあるが、この理由は農民の反乱によるものか?

  なぜスペイン軍はそれを鎮圧できなかったのか?

 

農民の反乱によって短縮を迫られた・・

この時期にはあちこちで農民の反乱が発生していたが、

スペイン軍はフィリピン全土で3千人程度のものであり、

地方都市には150人ぐらいの軍隊しかいなかった.

よって、あちこちで発生する反乱を鎮圧できるほどの力はなかった・・

 

 

― この強制労働は、スペインの白人、スペイン系フィリピン人、

  中国人は免除されていた・・とあるが、なぜ中国人は免除

  されていたのか・・他の外国人はどうだったのか?

 

「メスティーソ」という言葉は、元来、スペイン系とは限らず

国際的な結婚によって生まれた者すべてのことである・・

中国人はこの当時は永住移民ではなかった・・

又、中国人はフィリピン人とは結婚しなかった・・・

ここでは外国人はすべて免除と書くべきところである・・

 

 

― 教科書とは直接の関係はないが、

  「万聖節」のような年中行事はいつ頃からフィリピンに定着

  していったのか・・・

 

スペイン時代の早い内から教会で始められた.

当初は、教会が建てられないうちからスペイン語の教育は

始まっていたが、数十年を経て、大学などが建てられ、

キリスト教が正しく理解されるようになってから定着したものと

考えられる・・・

 

 

― polo強制労働に関して、法律では日当や配給米がもらえることに

  なっていたのに、実際には決してもらうことはなかった・・とある

  が、これは取り締まる機関がなかったということか?

 

そのとおり、取り締まる機関がなかったからである・・

 

 

― poloの労働の中に、スペイン人の遠征の漕ぎ手というのが入って

  いるが、これはどんな遠征のことを言っているのか?

 

これは、フィリピンの近海でスペイン人の船があちこち行き来する際に

常勤の漕ぎ手に代わって臨時で使われた漕ぎ手である.

 

 

― 反乱を起こした スムロイの他に反乱のリーダーとして

  有名な者はいなかったのか?

 

スムロイはサマール島・レイテ島で活躍したが、

彼以外にも多くの反乱のヒーローはいた・・

反乱は多発していた・・

 

 

シリーズ46の部分:

 

 

― 奴隷制度が1591年に王室令で廃止されたとあるが、

 Polo強制労働の制度は1650年ごろに始まったとある・・

  この間はどういう状況だったのか・・・

 

この二つの制度の間には、カサンバハイというのがあった.

これは今で言うならば Domestic Helper 家政婦・夫とでも言うべき

もので、実態は奴隷と変わらない・・・

 

奴隷ではない農民の内、ある程度の蓄えがある農民は、

Faliaという免除してもらう為のお金を払って、poloからも

逃れていた・・・

 

 

― 州政府のところで alcalde mayorというのがあるが、

  これはどういう立場の地位か?

 

今の州知事の地位である.

 

 

― corregimientos特別区というのはどんな地区だったのか?

 

これは唯単に「治安の悪いところ」ぐらいの意味である・・

現在でもフィリピン政府のコントロールが効かないミンダナオ島

のある地域みたいなものである・・

 

― マニラ湾にあるコレヒドール島(観光で有名)

  このcorregidor(行政を行う軍人)という言葉と関係が

  あるのか?

 

コレヒドール島は この正にこの行政官の地位の名称を

そのまま使っている・・・

 

― alcaideメイヤーというのはどういう地位なのか?

 

州知事の地位であるが、その権限が司法と行政に分割され

前者がalcaideメイヤーで、行政はci vilガバナーに託された.

 

― civilガバナー、民政州知事というのは、民間から選ばれた

  者なのか?

 

民政を担当するという意味であって、軍人や聖職者という者

でもあった・・・

 

 

シリーズ47の部分:

 

 

― Province(州)の中は city(市)とmunicipal(町村)に区分

  されていると考えていいのか?

 

その通り・・・

Municipalは政治用語であり pueblos(町)は普通名詞である.

Municipalの長は通常はcapitanと呼ばれていた・・・

町長あるいは村長の意味である・・

 

 

― 町長の選挙において、当初はその町のすべての既婚男性

  よって選ばれていたものが、その後 退任する町長の

  グループである13人の選挙人による選挙になったという

  のは選挙という意味では後退ではないか?

 

すべての既婚男性というのはフィリピン人も含む全てであるが、

セドラ税(現在の市民税)登録証明書を持っている者に限られていた.

よって、実際には普通の農民や奴隷のような居住者には

関係ないことだった・・・

 

 

― 町の役所の役職が4つ書いてあるが、これはどんな仕事を

  していたのか?

 

Chief  lieutenant 軍のチーフ

Justice of the fields 各地を廻る巡回判事

Justice of cattle 家畜のトラブルに対応する判事

Municipal secretary 書記官

 

 

― 「市」の議会に alcalde(州知事)が含まれているが、

  いわゆる市長が書いてないのは何故か?

 

このalcaldeは 州知事のことではなく、

Alcalde mayor de ayuntamiento つまり市長のことである・・

名称は同じだが、州知事と市長は別人である.

 

 

― 「宣教師とスペインの植民地化」のところの書き方が

  かなりキリスト教を宣伝するような書き方になっている

  と感じるが どう思うか?

 

確かに、この部分はキリスト教寄り、スペイン寄りの表現に

なっている・・・

 

― 政教分離、三権分立は どうなっているのか?

 

最近のことで言えば、1935年に憲法が作られた時から、

三権分立であり、宗教と政府は干渉しないことになっている・・

聖職者が政界に出る場合には、聖職者の地位を捨てなければ

ならない・・・

 

― フィリピンに宣教団がやってきたのは1565年の

  レガスピの時にアウグスティノ会が最初と書いてあるが、

  日本にはその以前1549年にイエズス会のザビエルが

  インドから宣教に来ている・・

 

当時のキリスト教は、フリーメイスンがキリスト教から分離され

弱体化していた時期であり、多くの派が作られ、海外に宣教に

出た・・・フィリピンに最初に来た宣教師はマゼランの時であり

始めてのミサも行っている・・・1521年のことだった・・

=== フリーメイスンについてはこちら:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3

「両者の対立はカトリックによる一方的な圧力に留まらず、逆に政教分離を主張したフリーメイソンリーなどの影響で、公立学校から聖職者が追放される事態も起こった。1983年に破門は一応解除されたが、カトリックは公的にフリーメイソンを危険視する姿勢を崩していない。しかし、カトリック信徒でフリーメイソンリーに入会する者は少なくないという。」

シリーズ48の最初の部分のみ:

 

― 大司教(archibishop)と司教(bishop)がいるが、

  この地位はすべて教皇の指名によるものなのか?

 

この二つのポジションはローマ教皇によって指名されている・・

バギオ大聖堂の司教も同じである・・

ただし、フィリピンで生まれた独自の宗派はこの限りではない・・

 

 

 

=== 以上、今回の授業はここまで ===

 

 

 

 

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