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2014年11月28日 (金)

バギオの物乞い・・・・お金か食べ物か・・・カフェの店先で

先日、久々に床屋にいかなくちゃと目抜き通りのセッション通り近くのカフェ
昼ごはんを食べていた・・・
バギオ大学やセントルイス大学病院へつながるアサンプション通りにある
ボヘミアンである.

このカフェは、韓国人の経営らしく、ちょっと洒落ていて、お店が道路に面して
開放してあるので、通りを歩く人たちを眺めながらのんびりできる・・・
そして、原則禁煙になっているセッション通り周辺地区にあって、数少ない喫煙が
許可された飲食店でもある・・・

私が注文したのは エビチリ・パスタであったが、「スパゲティーで頼む」と
言ったのに出てきたのは 「きし麺タイプ」のパスタだった・・・
まあ、こういうことはよくあることなので、たいした期待もしていないのだが・・

名称が気になったので 「パスタの種類」を検索してみたら、こんなサイトが
あって、正しくは 「タッリアレッテ」という種類のパスタであろう・・・
http://matome.naver.jp/odai/2139648914408533601

ただ、これを 「タッリアレッテじゃなくて・・」と言ったところで、店員には
分からないだろうから、出てくるものは同じだろう・・・

さて、そのエビチリ・タッリアレッテであるが、
さらの上に、麺がのり、その上にエビ・フライが載せてあり、
トマト・ソースがからめてあり、チリでぴりりとする・・・
味はまあまあなので、文句はない・・・

そして、添え物として、ガーリック・トーストの三角形のが2枚載せてある・・・

私はサンミゲールのビールを飲みながら、ぴりりとくるパスタを食べていた.

そこへ、三人の男の子たちが入って来た・・・
おそらく小学生高学年くらいの年令だろう・・・
その中のリーダーみたいに見える格好の子ともう一人は私が座っている
のとは反対側の客席に向かった・・・
そして、もう一人の痩せた子が私の席へやってきた・・・

以前にも 何回か この店で こういうことはあった・・・
しかし、お金を手渡すことには 納得できていない私は 今まで無視を
続けてきた・・・

フィリピンに出張で来るようになった20年ほど前から、
マニラの物乞いは シンジケートがあって、組織され、お金をもらった
物乞いたちは、ピンハネされている・・・ だから、可哀そうだと思うのなら
お金ではなく、食べ物をあげる方がいいよ・・・」
などという話を聞かされていた・・・

常々、もしそういう機会があったら、お菓子でもあげよう、と考えていたの
だが、なにせ、お菓子などはほとんど食べないし、ましてや持ち歩く
ことは皆無に近いので、食べ物をあげようと思っていても それは
今迄実現していなかったのだ・・・

痩せた男の子は、薄汚れた手を私の前に差し出した・・・
私の目の前には、ガーリック・トーストが 「私はここですよ」とばかりに
存在をアピールしていた・・・
私は ほとんど何も考えずに、その一切れを手づかみにして、
男の子の手のひらに載せた・・・

男の子は、もらうやいなや、すぐに一口だけかじり、にっこりとした・・
そして、それを他の二人に見せながら、食べている・・・・

私は、「お金ではなく食べ物を・・」という話を まともには信用してはいなかった・・
物乞いは食べ物じゃなくお金が欲しいのではないかという思いが
あったからだ・・

しかし、初めて食べ物を 物乞いの子にあげてみて、
その笑顔を見たときに・・・これでいいんじゃないか、と何だか腑に落ちたのだ・・

こんなことがあった 2~3日前のこと、

「フィリピンの歴史教科書」の個人授業を受けている教授と雑談をしていた時に
こんな話が出た・・・・

バギオの繁華街、特に歩道橋辺りやセッション通り周辺に物乞いがいるん
だけれど、バギオの条例では一応禁止されている・・

それに、眼が見えないから物乞いをやっていると見える人たちも
いるんだけど、本当は眼が見えないわけではない人たちもいる・・

マハリカ・ビルの屋根裏の食堂に行ってごらんなさい・・
お昼時には 物乞いの人たちが集まって 眼を見開いて食事したり
おしゃべりしたりしているんだから・・

噂では、毎日目抜き通りへ「出勤」してくるお婆ちゃんの物乞いなどは
実は家に帰ると結構立派な家に住んでいたりするのだと言う・・

そして、最近日本人の知人から聞いた話では、
あの歩道橋のあたりで物乞いをやっている人たちは、その知人が住んでいる
バギオ市からちょっと外れた地区にすんでいて、グループで繁華街へ
毎日出勤しているのだそうだ・・

少なくとも、大人の物乞いの場合は 立派なビジネスになっているようである.
そして、その営業場所もほぼ定位置となっているらしい・・・

小学生ぐらいの物乞いはどうなのだろう・・・
レストランなどを歩き回っている子供たちは・・・

最近はあまり聞かなくなったが、乞食という言葉がある・・
元々の乞食の意味は仏教から来たのだと言う・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9E%E9%A3%9F
「乞食(こつじき、こじき)とは、
1.本来は仏教用語で「こつじき」と読む。比丘(僧侶)が自己の色身(物質的な身体)
を維持するために人に乞うこと。行乞(ぎょうこつ)。また托鉢。」

・・・たしかに 「食を乞う」のであるから「乞食」である・・
しかし、上のサイトの説明にもあるが、今は差別用語ということになっているらしい.

お釈迦さんも乞食をやっていた・・・
修行をする為には 托鉢乞食をやらなくてはならないのである・・・

ブッダの言葉」には下のように書いてある:
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/05/post-bd63.html

387 諸々の色かたち・音声・味・香り・触れられるものは、ひとびとを
    すっかり酔わせるものである。 これらのものに対する欲望を
    慎んで、定められたときに、朝食を得るために(村に)入れよ

・・托鉢で朝食を得るわけですね。
しかし、むやみに村に行っちゃいけないよと言っています。
それに、外界のいろんな刺激に酔ってはいけない。厳しいねえ。

388 そうして修行僧は、定められたときに施しの食物を得たならば、
    ひとりで退いて、ひそかに座れよ。自己を制して、内に顧みて
    思い、こころを外に放ってはならぬ。

=== 子供たちの物乞いが物乞いに終わらないことを祈りたい・・・

 

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