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2014年6月28日 (土)

「日本人の脳」 角田忠信著- 18 日本人は動物を隣人として見ている

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

 

「日本人の文化の窓枠と創造活動」

 

p361

他の文化圏を観察し、自然を認識する窓枠は日本人である限り、

日本的窓枠から抜け出て西欧の窓枠に組み替えることはでき難い

のではなかろうか?

そしてこのような借りものの窓枠で自然認識を続ける限り、日本人の

頭脳で考えた日本的独創というものは決して生まれてこないのでは

なかろうか?

 

鎖国し易い地理的条件を持つ日本が、その長い鎖国の間に熟成した

特異な文化は主として日本人の美意識に根差すもので、決して

自然科学に志向する形には創造活動が進められなかったことは、

日本人のもつ、自然認識の窓枠を理解する上で重要なことであろう.

 

=== 前にも書いてあったように、日本語の脳は、

    西欧語ならば右脳で処理する自然を言語脳である左脳で

    処理してしまうため、客観的な見方ができないとあった

    わけなので、西欧語型の脳とは異なる枠組みでしか

    自然を対象にできないってことでしょうか・・・

 

    もしかしたら、日本人が日本には八百万の神がいると

    感じてきたのも、自然の音が右脳ではなく言語脳である左脳で

    処理されるために、自然の中に何らかの言霊のような

    もの、意味あるものを感じてきたからでしょうか.

 

 

p362

母音のウエイトの大きい言語であるという特徴が情動の働きを 

主として左の言語脳に偏らせ、これが日本に独特の母音文化とも

いうべきものを発達させてきた.

 

実験で得た西欧人の自然音認知のパターンからすると、理性と、

自己の感性をも含めた自然との対立という文化の窓枠が彼らの

自然観の根底をなしているといえよう.

 

=== つまり、西欧語型の人間は、「自己の感性をも含めた自然」

    を客体化してそれを左脳で見ることができるから、

    自然を人間とは対立するものとして捕えることができ、

    一神教も生まれたのだと繋がるのでしょうかね?

    人間以外は 神様が人間の為に創ってくれたという話も

    これに通ずるのでしょうか・・・

 

日本人の自然音認知のパターンでは、自然を客体としてみなさないで、

理性と感性と自然とも合体させて、人間みずからを自然の一部として

考え、自然との共存・調和を計るという、心と「もの」との対立と

して窓枠が捉えられる.

 

p363

このように対象とみずからを一本化することによって、西欧的窓枠

の真髄でる科学的という概念とは違った、明らかな科学的発見を

なしとげているのである. また日本人は、動物をいわば人間の

隣人としてあつかっていたがゆえに、進化論は明治の日本人には 

すぐに理解されたといわれる・・・

 

=== ここで例として挙げられているのは大分県の高崎山の

    猿の研究なんですが、猿の心の深層にまでメスをいれた

    研究であったそうです.

 

    進化論については、日本人には当たり前の常識になって

    いますが、キリスト教などでは進化論を認めていない

    宗派もあるやに聞きますね・・・自然科学を発展させて

    きた西欧人の間でそういう考えがあるというのが

    不思議でなりませんが・・・

 

p364

 

ハイゼンベルクは・・

日本からもたらされた理論物理学への大きな貢献は、

極東の伝統における哲学的思想と量子論の哲学的実体の間に、

なんらかの関係があることを示しているのではあるまいか・・・

 

量子力学の領域の日本人の創造活動が、実は西欧的窓枠からは

異質な発想に基づくという評論は興味深い・・・

 

=== 最近の最先端の科学の中では、一神教的、西欧型の

    自然科学の理論が、行き詰まりを見せている分野も

    あるような話を本で読んだ記憶がありますが・・・

    そういうことを言っているんですかね?

 

・・・岡潔氏の数学は情緒であるという指摘・・・

数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した広中平祐氏の

「アイマイな予感の中で新しいアイデアを考える仕事は、

東洋に向いている」という情緒を重視する考え方・・・

 

 

=== このことがどういうことを言っているのか、

    ど素人には全く理解を超えています・・・

    岡潔さんや、広中平祐さんが書いたものでも読んでみないと

    いけませんね・・・(さあ、大変だ・・笑)

 

    おおおおお、驚きました・・・こんなサイトがありました・・

    「「一滴の涙」 岡潔著

      【3】 情緒とは何か

    「http://www.okakiyoshi-ken.jp/oka-itteki03.html

 

    「http://mba.kobe-u.ac.jp/eureka/2004/040126/square/mizutani.htm

 

     広中平祐博士へのインタビュー    「http://slashdot.jp/journal/564625/%E5%BA%83%E4%B8%AD%E5%B9%B3%E7%A5%90%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC

 

 

=== その19へ続く ===

 

 

 

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2014年6月27日 (金)

「日本人の脳」角田忠信著- 17  日経ビジネスにこんな記事が 「はい論破・・」

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

日経ビジネスのサイトの2014年6月27日のページに

こんなものがありました・・・

 

「はい論破。」は誰も幸せにしない 

空気を読むコミュニケーションは日本の長所だ

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140624/267432/?P=1

 

「榎本:日本語と英語は言語構造が全く違います。英語はまず主語の

IとかYouが最初に来る。一方、日本語は人称代名詞がTPOによって

様々に変化する上、多くの場合で主語が省略されてしまいます。こう

した言語構造の違いがコミュニケーションの違いを生み、自分と相手

の関係性の違いを生んでいるのです。心が全く違うわけです。」

 

=== この日本語の構造と言われるものが、

 日本語の母音が日本人の脳の機能を西欧語型とは違うものに

 してしまったところに根源があるとしたのが角田忠信氏の

「日本人の脳」であるわけですね・・・

 

 「聞く相手にも理解するための配慮を求める言語であると説明されて

いたのがとても腑に落ちました。」

 

=== しかし、だからこそ、日本語は外交には不向きだとも言われて

いるわけですね・・・

 

「日本人とのコミュニケーションは日本流で、外国人と交渉したり

やり合ったりする時は欧米流モードになってやればいい。今はどっちも

中途半端で、目的が不明確になっている。」

 

 「だから、そういう交渉にかかわる政治家とかキャリア官僚には欧米流

特訓すべきです。」

 

==== はい、これが正しいと思います・・・

     しかし、普通の日本人には そう簡単には「欧米流モード」

     になれといってもなれるもんじゃあないと思うんです・・

     日本語の表現自体がそうなっていないからです・・

     同じひとりの人間でも、日本語を話している時と

     英語を話している時では人格が変わります・・

     これは私自身の経験からも言えることですが、

     英語を使っている時の方が余計な気づかいがなく

     自分の考えをはっきり言えるという感じでしょうか・・

 

     政治家とか官僚だけでなく、真実の報道をすべき

     メディアの人間こそ、まっさきにこういう特訓をうける

     べきだと思います・・・

 

     例えば、周りに気にして落としどころを探るような

     メディアでは困るわけです・・原発の問題とかね・・・

     しがらみを離れて、論理的な、客観的な記事を書いて

     もらわなければ国民が進路を誤ってしまう・・・

 

 

言語能力が低いほど、うつ的な気分になりやすいという実態も

あります。悩んだ時に、それを言語化して言葉で解決できない

からです。心を形成するのは言語です。それを無視して、全く言語

構造の違う外国語の早期教育を行うのは間違っていると思います。」

 

=== これは本当なんですかねえ?

    高学歴で文章能力も高い人にも結構うつ病に近い人たちも

    多いように思いますけど・・・

    言語化できないと人間は考えることができないということ

    は本当だと思いますが、言語化というのは言霊に脅かされる

    ということでもありますからね・・

    余計なことを言語化し、その言葉によって妄想が広がり

    実態がないのに その妄想に押しつぶされることのほうが

    多いんじゃないでしょうか・・・

    言語能力が低いほど鬱的になりやすいのなら、

    赤ちゃんや古代の人類や類人猿が鬱に成り易いってことに

    なりませんか?

 

    お釈迦様も言っていますよね・・・

    「こだわりを捨てよ」って.

    こだわりっていうのは、言語化された概念に縛られる

    ってことじゃないですか?

    だから座禅や瞑想で、言語化された妄想から解放されようと

    するんじゃないでしょうか・・・

    つまり、座禅によって、左脳の世界から、右脳の世界に、

    言い換えれば、言葉にならない未分化の世界に

    入って実体が無いことを感じ取れということですよね・・

 

 

 「日本人のコミュニケーションの意味が、きっと外国人には理解

されていないでしょう。日本人ですらはっきり認識していないの

ですから、そこを努めて解説してあげるといったことでしょうね。」

 

=== 日本人ですら認識していないものを、外国人に説明

    できるわけがないじゃないですか・・・

    右脳と左脳の機能自体が日本語は特殊だということを

    考えれば、日本人に説明することすら厳しいのに

    ましてや外国人が理解してくれるなんて思うことは

    あまりにも呑気じゃないですか?

 

    日本人は特殊だと言えばいうほど、日本人は人種差別主義

    だって話になっちゃうということを著者の角田忠信さんも

    経験しているらしいですからねえ・・・

 

 

母音を、自然の音を右脳ではなく左脳で言語として処理する

脳を持っているのが日本語とポリネシア語を母国語とするグループ

だけだとするならば、世界のほとんどの国々に、中国や韓国を含めて

日本人の独特な考え方を分かってくれと無駄な努力をするよりも

西欧型の思考方法を日本人が理解することの方が数倍重要だと

いうことになりませんか?

 

その為には、ディベートはどんどんやるべきだと思います.

日頃訓練していないものが世界で通用するわけもなし・・

 

そして、そのディベートが何故日本人的に違和感を覚えるのかも

知っておくべきだと思います.

 

もし出来ることなら、ディベートは、英語でもやれる能力がつけば

理想的だと思いませんか・・・

日本語でのディベートは、というより、酒の上での日本人の

議論は時として喧嘩になります・・・

相手の話を聞いているようで、ほんとは聞いていないんですよね・・

自分の言いたいことの言いっ放しで、意見が合わないと人間関係 

まで簡単に壊してしまう・・・

「和して同ぜず」という良い言葉があるじゃないですか.

右翼でも左翼でも構わないんですが、日本人の場合はちょっと

突出する意見をいうと、全体の中では敬遠されますよね・・・

あるいは、その場にいる有力者の意見が なんとなく全体の雰囲気に

なってくる.

 

そして、それに流されてしまうのが日本人の「事なかれ」だと

するならば、やっぱりディベートを日本人の中に根付かせるのが

日本人にとっても、日本人が世界を理解する為にも、日本人が

世界から理解される為にも、日本の政治をもっと客観化するため

にも、必要なんじゃないかと思うんです・・・

 

自然と一体化できる日本人の特殊な脳の働きを伝統的な良さとして

自然と一緒に生きるという日本人の素晴らしさを守る為にも・・

 

 

==== 上の記事をブログに書いて、外出し、夕方になってニュースなどを読んでいたら、こんな記事をみつけました:

「榎本氏の主張は、得てして間違った守旧派の論理を正当化するために使われる危険性があるように思います。その意味で、誤った考えを追及していくためには、「微笑み」を封印して、言うべきことは言っていかねばならない、そのような時代であるとも言えます。」

ニューズ・ウィークのサイト

「日本人の神秘的な微笑とは何なのか?」

冷泉氏のコメントです・・・

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/06/post-659_2.php

 

こういうコメントに私は賛成です!!

=== その18に続く ===

 

 

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著- 16 煙草や酒は 言語脳を使う

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

p322

「劈かれた脳」(=さかれた脳)

p327

1975年に私は嗅覚刺激、煙草、トランキライザー、鎮痛剤、 

アルコールなどによって、日本人では非言語音が言語脳優位に 

逆転することを発見した.

 

・・・このように多くの情動刺激が検査結果にこれほど重大な影響を

与えるものであるならば、いままで一側偏移型として分類した人の

なかには実験条件を一層厳しくコントロールすることによって

本来の正常型のパターンに戻る可能性がでてきた.

 

p329

正常な優位性パターンのヒトの非言語音の優位性を言語側へ 

一時的に逆転させることは、スイッチ機構のところで説明したように

極めて容易であるが、しかしこの状態をもとに戻すことが出来なかった.

 

p330

しかし、香水を少し嗅いだぐらいの情動刺激でも、スイッチ機構が

働かされて言語脳に切り替わり数十分は元に戻らないことから

考えてみると、言語活動下の切り替わりというものがすぶに戻る

のではなくて若し長時間の知的活動や言語活動に従事した場合には

その影響が長く残って優位性に影響を与えることも当然あり得る

筈である. 

永い試行錯誤の繰り返しの末に、・・・この病的偏移パターンを

元に戻す方法を見つけることができた.

遂に一度も正常パターンを示すことなく、言語脳へ錆付いた

スイッチ機構を元に戻せるかどうか、先ずNさんにご登場いただいて

実際にその効果のほどを確かめてみたのである.

この試みは成功した. 脳は劈かれたのである.

 

=== この実験例は、女医のNさんのことが書かれているんですが、

    「国立大学・大学院を卒業した才媛」、「素直な被験者とは

     およそ程遠い感じ」、「検査にどんなごまかしもあいまいさ

     も容赦しないという気負いさえ感じる」、「大変批判

     精神に富んだ」人であって、仕事上などから、

     脳のスイッチ機能が右の言語脳の方へスイッチオンしたまま

     固定状態になっていると著者が思った人であったそうです.

     上の話は、その固定状態を解除して正常に戻ったという

     話のようです・・・・

=== しかし、いろいろな刺激によって、言語脳に切り替わり易く

    なるんですね・・そして、なかなか非言語脳へ戻りにくい

    ということもあるらしい・・

 

「日本人と創造性」

 

p356

・・「波・サーフブレイク・フロム・ジャマイカ」というテープが

大流行した・・・

渚に打ち寄せる波の繰り返しで、最後にカモメの鳴き声で終わる・・

・・心が静まり、聴きながら寝入ると熟睡できるとこの音の功徳

を力説していた・・・

 

日本語にはもの音の擬声語は多く、小川のせせらぎ、波の音、

鐘の音、風の音、露地を歩く駒下駄の音までも言語化している.

これが、即興的に庶民が俳句に入り込める重要な一因をなして

いるのかもしれない.

 

p357

・・・この波の音を負荷した状態で純音の優位性を調べてみた.

母音や邦楽器音を負荷したときのように純音は言語脳優位に 

逆転することがわかった.

まさか波の音がと日本人の耳のふしぎさに驚かされた.

・・テスト音源は日本人にとっては明らかに言語脳優位の音で

あることがわかった・・・ 

=== へえ~~、なんと、心が静まると思っていた波の音が

    言語脳(左脳)で処理されるって・・・

    日本人の脳は休まる暇がないじゃないですか・・・

p358

邦楽器音には拒絶反応を示す若者も、自然回帰の風潮にピッタリ

の波の音へと衣替えしただけのことで本質は少しも変わっていない・

 

梵鐘のなかでも名鐘といわれるものには、このような性質のものが

あるかも知れない. 日本人の神秘的な審美感がこのような方法で

表現される可能性は充分にあると考えられる・・

 

・・・日本人は環境音の多くに意味を持たせ、一定のカテゴリー 

に当てはめてしまう. このことが擬声語・擬態語の豊富な理由に

なるが、さらに多くの情動刺激によって平常な脳のメカニズムを

乱され易いという特徴が日本人の知的な働きにどのように

影響するのであろうか・・・

 

=== 残念なことに、ここの部分からは、「若い研究者の方々の

    活躍に期待したい」となっております・・・

    アルコールみたいな刺激によっても、左脳になりやすい

    ってことは、残業をやって疲れたところで 同僚と

    一緒に飲み屋で一般なんてやると、ますます左脳が

    働かされて、それも右脳に戻りにくいって話ですね・・

    言語脳である左脳は休む暇がないわけだ・・・

    やっぱ、日本人が通勤の電車の中で朝から寝ている理由は

    これなんですかねえ・・・

=== ところで、「劈く」という漢字ですが・・知りませんでした・・・

      漢和辞典によれば:

 

読み

音読み)「ヘキ
訓読み)「く」「つんざく」

意味

さく。切り裂く。
つんざく。

・・・・・だそうです・・・・

=== その17に続く ===

 

 

 

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2014年6月26日 (木)

「日本人の脳」角田忠信著- 15  ポリネシア人は日本語型の仲間です

 

 

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

 

音楽関係のところをどど~~んと飛ばして読んでいたんですが、

ちょっと面白いところがあったので、つまみ読み・・・

 

p157

 

「音楽の和洋折衷は可能か」

 

角田 「・・・日本楽器と西洋楽器とまぜあわせる・・・違和感が・・」

 

小泉 「あります. それは一度もうまくいった試しがないのです.

例えばバイオリンとかピアノを伴奏にしながら琴や尺八を演奏している

グループがあります. その場合に普通だと全然うまく行かないのですが、

たった一つのグループだけ割合にしっくり行っているのがあるのです.

・・・尺八も琴も本来の独特の特徴を失い、また技法を止めちゃって

ピアノに合うように従属させているのです・・・」

 

角田 「ただおもしろいのは西洋楽器の音を使いましても演奏法を

変えてやると日本の音になるのですね」

 

小泉 「ええ、なりますね. 近い音を出すことはできます・・」

 

   「・・西洋の現代作曲家が、尺八とかの技法をそのまま

フルートやオーボエに使っています」

 

=== 前回YOUTUBEで聴いてみたAKI & KUNIKOの演奏は

    どうなんでしょうね?

    意識して聞くと、ギターの方が琴の音に寄り添っている

    ような気もしますが・・・

 

 

 

角田 「・・・西欧人にとってはノン・バーバルとしてなのでしょうね.

聞き方が違うのではないかと思う. ・・日本人にとってはまさに

違和感そのものだが、西洋人にとっては・・」

 

角田 「・・音楽としてか雑音として聞くかどうかはわかりませんが.

「スキャット」みたいにハミングだけの音楽でも、われわれはそれを

言葉として聞いていますが、西洋人はそれを楽器のように聞くこと

が可能ですからね」

 

=== これでしょうかね・・・ギターが打楽器のような音に

    なれば琴とも溶け合うとか・・・分かりませんけど・・

 

 

 

角田 「・・・ドナルド・キーン教授のうけうりなんですが、

日本語は)形容詞が少ないらしい. だから音楽の表現でも、副詞的

にはできるが形容詞的にはなかなかできないのじゃないですか」

 

小泉 「しかし、本来、音ではないようなものも日本人のばあいは

擬声語で表現しちゃいます.

 

角田 「ノン・バーバルの音さえ全部言葉にしますからね

 

 

=== ここでは、日本語について、日本人は犬や猫の声を

    ワンワン、ニャンニャンと定型にはめて表現するが、

    西欧人の場合は、それが無い分、実際の声をなんとか

    忠実に再現しようとするから、創造性があるとか・・・

 

 

=== この後は、「脳内スイッチ機構」についてのいろいろな

    実験の話が続くので、どど~~んと飛ばします・・・

 

    そして、わたしが一番興味のある部分に入ります・・

 

 

「ポリネシア語と日本語の母音認知機構の類似性について」

 

 

p300

 

トンガ語

典型的な日本人型を示し、左脳が言語脳であることが知られた.

・・本人は母音の場合は右耳から、純音では左耳から遅延音が

入った時に非常に邪魔になると述べている.

こおろぎの音、篠笛も左半球優位であった.

 

マオリ族

典型的な日本人型を示した. 

 

東サモア

典型的な日本人型を示した.

 

 

p306

日本語の祖語を求める研究の中でポリネシア語は母音の音韻構造

から日本語との類似性が注目されている.

大野晋氏によるとポリネシア語では母音は aiueoの五つ・・・

 

・・・多少の相違はあるが、あたかも古代日本語の音韻の

特徴を記述しているかの観があるという.

日本語の周囲に、日本語の特徴である r とlの区別がなく

すべて母音で終わることなど含めて、これほど日本語に類似した

音韻上の特徴をもった言語を見出すことは困難であるという.

 

 

p307

このようにしてみると、ポリネシア語と日本語の母音だけから

なる有意語の豊富さにはあらためて驚かされる.

 

 

=== これで安心・・日本人だけが一人ぼっちじゃなかたん

    ですね・・・これが日本語の起源にどう結びつくのか

    分かりませんが、なんかワクワクしますね・・・

 

 

p315

山岸先生に伺った限りでは先天盲の方々の情緒の発達は正常者と 

変わりなく、特に問題となることが少ないとのことであった.

おなじ障害者であっても視覚には異常はないが、聴覚が高度に

障害された「先天ろうあ」の方々では情緒の未発達が問題に

されることが多いのと対照的である.

ヒトの情緒の発達に話言葉のもつ意義の重大さに今更のように

驚かされる.

 

・・・いまから考えてみると我々の社会はろうあ者にも

日本人としての等質の情緒性を求めているのではかなろうか.

 

 

=== ここのところは、詳しくは分かりませんが、

    音が聞こえないと生まれた時から日本語の音が

    聞けないことになってしまうので、「日本語族」

    「日本語教」になれないってことなわけですね.

    そうすると、日本語教に染まっている健常者には

    理解されにくいことになって、情緒不安定になる

    ということでしょうか・・・

 

 

=== その16へ続く ===

 

 

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2014年6月25日 (水)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 36-38 第13回目の授業 - 年号の間違いも当たり前?

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

毎週一回2時間、教科書を元に教授とのQ&Aと雑談をしています・・・

 

 

シリーズ36の部分

 

p93

第六章 メキシコとの関係

 

― ガレオン船のガレオンとはどういう意味なのか・・

 

大きな商船というほとの意味である.

 

ちなみに、この「メキシコとの関係」という第六章は、1980年代に

追加された章である.

 

 

― 「メキシコの宗教裁判所は、commissaryが代行していた」とあるが、

  このcommissaryとはどんな組織なのか・・・

 

この組織は役所のようなものではなく、神父や軍人などの有力者が

集まる委員会のようなものである.

 

― 「全ての白人は、異端であると疑われた者すべてが・・・」

  という場合の「異端」とは、どういうグループか・・・

 

この当時は、カトリック以外は異端であって、

アングリカンやエピスコパルなども異端とされていた・・

 

 

― メキシコ総督からの助成金が年平均で25万ペソと書いてあるが、

  今の貨幣価値に換算するといくらくらいのものなのか・・

 

1米ドル=2ペソだった時代と当時を比べると ほぼ10倍くらいの

価値があると言われてきた・・・

(金の価値に換算した場合の数字として)

従って、250万ペソぐらいということになる.

ただし、最近の為替レートは 1米ドル=42ペソぐらいである..

 

― メキシコで出版された書籍の中で、有名な本として

 Sucesos de las Islas Filipinas というのがあるが、この本については

  大学などでどの程度の内容が扱われているのか・・

 

これはあくまでもスペインが植民地化に成功したという内容の本で

あるので、大学ではその内容までは教えていない.

 

又、ホセ・リサールによる注釈というのは、上記の書籍に書かれて

いるフィリピン人の性質などの描写についてであって、全般的

な注釈というようなものではない.

 

 

p94

― メキシコで出版された書籍のリストがあるが、

  この中で大学などで教えられているものはあるか・・

 

ここで紹介されている本はいずれも宣教師が書いたものであるので、

神学などを勉強するような、将来宣教師などになるような人が

読むものであって、一般の学生などは読まない.

 

 

― フィリピンの大学で歴史を専攻している学生は、論文などを

  書く際には、何を元に調査をするのか・・・

 

(ここで、私は非常に驚いたんですが、教授が今読んでいる教科書を

指差したんです・・)

 

1 - 学生はこのZAIDE氏が書いた教科書を読んで論文を書く.

2 - もっと調べたい場合は、各地の役人や歴史家が書いた

    本や文献をその地方の図書館で調べることになるが、

    地方都市によってはそのような本が無いところもある.

    1986年当時にはおよそ6割ぐらいにしかなかった.

3 - 教会が保存している資料が一番信頼できるものでは

    あるが、それを調べるには教会組織の上層部まで

    許可が必要になるので、非常に困難である.

    又、多くがスペイン語で書かれているので、

    その点でも難しい・・・

 

 

― フィリピンの国の機関として研究チームはあるのか?

 

フィリピン大学ディリマン校のバイレン教授を中心とした

研究チームはあるが、国からの予算が出ないため難しい.

 

 

― リストの2番目に「・・・日本において殉教を勝ち取った 

  マニラからの15人のフランシスコ会宣教師の物語」

  というのがあるが、日本での宣教活動に結果的に失敗

  しているのに「勝ち取った」というのはどういうことか?

 

ここでの意味は「殉教」という宣教師にとっての名誉を

勝ち取ったということであって、勇気や犠牲によって「聖人」

になれるという意味合いである.

 

 

― イエズス会は日本での布教活動に成功していたのに、

  マニラから日本に入ったフランシスコ会は、その布教の

  方法が異なっていて秀吉に禁止、迫害されているが、

  同じカトリックなのに どうしてこのようなことに

  なったのか?

 

その当時のカトリックの宣教師には、以下のようなグループが

あった:

 

OP = Order of Preacher

Dominican(ドミニカン)

Jusuits(イエズス)

これらの3つは スペイン人、ポルトガル人、フランス人などが

多く、比較的穏やかな布教活動をしていた.

 

Franciscan(フランシスコ)

この宣教師は オランダ人が多く、布教の仕方はかなり

強引なものだった・・・インドやマレーシアなどでの布教は

オランダ人が行っていたが、そこでも結局は失敗している.

 

CICM = Immaculate Heart of Mary

バギオ市で有力だったのはこのグループで、セントルイス大学

なども創設している. ベルギー人が布教した.

 

 

シリーズ37の部分

 

p94

 

― 「スパニヤード」という言葉のニュアンスはどのようなものか?

 

当時のスペインは大帝国であり、ヨーロッパでも南米大陸でも

大きな力を持っていたが、その領土になっていた国の人々は

スパニヤードと呼ばれていた.

 

スペイン人は、メキシコ人をスパニヤードと呼び、フィリピン人を 

「インディオ」と呼んでいた.

 

ちなみに、レガスピは 純粋なメキシコ人であり、スペインとの

混血ではない.  それでも、メキシコ人からもスパニヤードと

呼ばれていた.

 

フィリピン人は、スペイン人から INDIOインディオと呼ばれて

いたが、これは 「教育の無い人」という意味合いであった.

 

フィリピン人の中には、ILLUSTRADOと呼ばれた人たちもいたが、

これは「教育を受けたフィリピン人」と言うほどの意味である.

ホセ・リサールのような高い教養のあった人たちでさえ、

スパニヤードとは呼ばれなかった.

 

この教科書の著者であるZAIDE氏は、スペインの血が流れて

いたが、それでもスパニヤードと呼ばれなかったことに

悔しい思いがあったのではないか・・・

 

p94のところに、「植民地時代に決してスパニヤードとは

呼ばれていないのです」と書いてある部分は、その悔しさが

滲み出ていると読める.

 

 

― it is high time that those Mexicans be given their proper national

 label so that due credit may be accorded to the Mexican nation.

  この文章は どのように理解したらよいか?

 

(スパニヤードと呼ばれている)メキシコの人々に、そろそろ

適切なメキシコ人という呼称を与えて、メキシコという国に

正当な敬意を表してもいいのではないか.

 

・・・という理解でよろしい・・・

 

(この部分は、前回37 p94の翻訳を訂正します・・・)

 

 

― レガスピの孫が死んだ時に、その資産をイロコスの原住民

  に譲ったということが書いてあるが、普通に考えれば

  彼の後任の支配者がその資産を引き継ぐのが当たり前

  だと思うが、教科書に書いてあることは本当なのか?

 

レガスピの孫がそのようなことをしたという記録はない.

大学の授業などでもそのような疑問が出される.

 

 

― フランシスコ会のフェリペ・デ・ヘススが日本26聖人

  として殉教したのが1567年と教科書に書いてあるが、

  私が調べたところ、明らかにこれは1597年

  ことであった.

  このような明らかな間違いが教科書にある場合、

  フィリピンの国の機関かなんらかのグループが

  それを指摘し、訂正する制度はあるのか?

 

そのような仕組みは無い.

私(教授)の両親の時代は歴史の勉強という面では一番

デリケートな時期であった. スペインとアメリカの歴史のみが

大学で教えられていたので、フィリピンの歴史は学んでいない.

祖父や祖母の時代は、スペイン語の時代であった.

フィリピンの歴史を新しく構築するにしても、スペインや

アメリカの歴史から持ってくるしかないのが現実である.

 

 

― 日本の場合は、大学入試で日本の歴史を選んだ場合には、

  教科書はもちろん、いろいろな関連の本でみっちり

  勉強して、何が何年に起こったかを記憶しなくては

  ならないが、フィリピンの大学入試ではどのように

  行われているのか?

 

歴史の入試問題は5~6つぐらいしかない.

大学の歴史の授業は、もっぱら様々な議論に費やされる.

歴史上の事実かどうかが不明なものが多いからである.

 

 

p95

 

― スペインが保有していたガレオン船は何隻ぐらいだったのか?

  また、マニラとアカプルコの往復にどの程度の期間が

  掛かったのか?

 

船の名前が分かっているのは5隻ぐらいである.

往復に掛かったのは、あちこち廻って、停泊もいれて

およそ2年間である.

 

 

シリーズ38の部分

 

p96

 

― フィリピンから積み出された真珠や陶器はどこで

  作られていたのか?

 

真珠は、スールー諸島が中心で、サンボアンガからセブ島を

経由してマニラへ運ばれた・・・

 

陶器は、イロコス北部、南タガログなどで作られた.

 

 

― 南米からマニラへ持ち込まれた ウール(木材は間違い)、

  カカオ、コチニール(赤い染料)などは、フィリピン国内で

  どのように使われたのか?

 

金持ちの西欧人が購入したと思われる.

それらを使った加工製造などはなかったと思われる.

 

 

― 「メキシコやペルーのように金や銀を産出することは

   出来なかった」とあるが、何故なのか?

 

スペイン時代はマニラの辺りしか探していなかったと

考えられる・・・アメリカ時代になってから鉱山が

本格的に動き出した.

 

 

 

=== フィリピンでの歴史教育はいろいろと問題が多くて、

    制度的にも財政的にもかなり困難であることが判って

    来ました・・・・

    フィリピン人の立場からの事実に基づく歴史を

    作り上げるのは並大抵のことではないことが

    じわじわと分かってきました・・・

 

=== シリーズ39に続きます ===

 

 

 

 

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「日本人の脳」 角田忠信著- 14 日本語の脳は「物」と「心」に分かれる

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

対談「母音文化と子音文化」

p133

角田 「初めは現代の情報科学の分野で人の脳が言葉の認識にどのように

働くかを研究していました.

医学の分野では主に診断学、障害者のリハビリテーションをする

ための障害の評価・・・・難聴者や失語症者の脳の構造がどうなって

いるかさっぱり判らなかったのです・・・」

p134

角田 「「母音」と「純音」の脳のとらえ方がちょど左右の脳で 

対称的になるんです. そこで母音は確かに言葉の音として使える

ということで研究を続けてきたんです」

 

p137

角田 「コオロギの音が日本語の母音と非常に似ていることが

分かった途端に、われわれの文化と西欧の文化の異質性がここに

あったかと直観的にすべてが分かったような気がしたのです・・」 

p138

角田 「西洋人の場合は理性的なもの、子音を含んだ音節単位の

音は左脳で処理するが、しかしそれ以外の一切合財の音を右脳の

方で処理しているという差がでてくるわけです. これでわかる

ようにロジカルなものと、感情的なものとをはっきり分ける

考え方が、西洋人の脳の仕組みにぴったりと合っているわけですよね」 

p139

日本人は脳の左半球使用過多 

角田 「非言語脳で処理される音は西洋楽器の音、それから純音、

雑音などのいわゆる物そのもの、マテリアルのようなものになって

しまうのですね. だから、日本人の脳は「心」と「物」というふうな

形に分かれるのだろうと思います・・・」

=== 西欧言語の脳は 「論理」と「感情」に分かれ、

    日本語の脳は 「物」と「心」に分かれるという差があると・・

 

角田 「西洋人の場合には、自分の感性も含めた自然界全体と、

理性的なものを峻別している. ですから彼らは言葉を受け持つ 

左半球の方を主体的に働かせて、自然界の音・虫の声を雑音と同様

右半球で処理するわけですから これらを客体化できるわけです.

=== これはなかなか面白い見方ですね・・

    随分前に日本語学関係の本を読んでいて、なるほどと

    おもった記述がありました・・・

    それによれば、英語は空中から地上を俯瞰するような言語で

    あって自分を含む全体を客観化したような言語であるが、

    それに比べて日本語は 地上に這いつくばって会話を

    しているような言語だっていうんですね・・・多分そんな

    感じの内容だったと思います・・・

    日本語は全体を客観化できない、主観的な言語であると・・ 

=== こちらのブログに書いていました・・・

    「古来、日本人は話者自身を指す「私」の視点で周りや事象や

     人物をとらえる」

    「英語話者は、自分を包んでいた自然から自己を引き離し、 

     もはや自分自身すらも対象化して、出来事の外部の上空から 

     客観的に眺める・・・」

     「http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/02/post-6c6c.html

     これが本当だとすると、日本外交は危険をはらむことに

     なりかねないですね・・・・

     日本人自体も主観的に走り出す恐れがあるってことだし・・

p140

角田 「これは一つの音の形に応じてスイッチのような働きによる

ものと私は考えています. だから、日本人のもつ自動スイッチの

働きは耳よりもいいかもしれないのです.

・・・ちょうど母音の構造に似たようなスペクトルを持った音が

入りますと、日本人の場合には、それを全部言葉の方に組み入れて

しまうようにスイッチの作動範囲が日本語学習によって決められて

しまっているのです・・・」 

p141

角田 「あ・い・う・え・お」みんな意味をもっている.

・・・それが大和言葉としてどこまでさかのぼれるかわからないの

ですが、日本語の母音の特質が原点にあって、多くの自然音も

言葉の方の左脳に取りいれてしまうのです.

だから、日本人は左半球使用過多なのです・・・・」 

=== 日本人は どうしても 左半球を使いすぎることに

    なってしまうんですね・・・日本語が悪い!!

    だから、日本人は朝から電車の中で寝ているわけです・・か? 

p142

小泉 「・・・日本人がつくったオペラというのは、どれを

聞いても非常に違和感があるのです・・・・

・・・ただ発声法を聴いているような・・・練習曲をやって

いるような感じで・・・・

 

 

・・母音であることに気が付いたのです.

・・ドイツ語やなんかですと母音の「あ・い・う・え・お」とか

がそれほどはっきりしていなくても、子音の方が非常に強い

ですから言葉がある程度わかるのです・・・・

ところが、日本語は母音がはっきりしなかったときには 

何を言っているのかわからなくなってしまうのです・・・ 

しかもアクセントが日本語の場合は関西と関東と反対に

なったりしますから、アクセントが決め手にはならないのです・・」 

p143

小泉 「・・・とにかく、発声法を西洋の発声法のようにやりますと、

母音の違いが非常にでにくい・・・・

音楽学校を卒業したような声楽家が一たび日本語で

もって歌うと結局それは全部日本語じゃなくなっちゃうのです.

伝統的な感情を何もあらわせなくなってしまう.

=== たしかに、こういう感じはありますね・・・

    私の知り合いにも声楽家がいますけど、日本語の歌の

    場合は なかなか意味が取れないくらいはっきりしない・・

    日本語はやっぱり演歌の歌い方がいいんでしょうかねえ・・ 

「十歳までの時期が問題」

p146

角田 「おそらく日本に生れて育った朝鮮の人が本国へ行った

場合には非常な違和感を感じるんじゃないかというふうな気が

するのです」 

小泉 「それは幾つぐらいの年齢で決まっちゃうものでしょうか」 

角田 「大体十歳までです・・・・

だから、イタリアオペラなどをやるなら子供を四、五歳のときから

イタリアに送ってやれば、不可能じゃないと思うのですが・・・」 

角田 「そうすると、日本人でなくなっちゃうわけですね・・」 

=== これは昔からいろいろ言われていて世のお母様方が

    いろいろと悩むところですよねえ・・・

    しかし、やり方を間違うと、母は日本人の脳、

    子は西欧人の脳、ってなことになっちゃう可能性が

    あるってことになりますね・・・・

    母は情緒的、その子は論理的になってやり込められるかも?

 

=== その15に続く ===

 

 

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著- 13  韓国語・朝鮮語は西欧語型である

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

「朝鮮語と日本語」

p124

被験者は母国語によって二群に分けられる. すなわち、韓国、北朝鮮

で生まれ韓国語、朝鮮語(以後、朝鮮語とする)を母国語とする

一世グループ11名、 日本語を母国語とした二世グループ4名である.

 

朝鮮一世グループでは日本語/あ/、同国人によって発声された

母音/あ/の優位性は全例右半球優位で、純音Pと同側にあった.

自然音についてもハミング、泣き声、嘆声、こおろぎ、牛の鳴き声は

劣位半球優位の西欧語型を示した.

雅楽、篠笛の優位性も劣位半球優位であった.

 

一方二世グループでは純音の優位性は右半球優位であるが 母音/aA

泣き声、嘆声、こおろぎ、牛、猫の鳴き声、篠笛などは左半球優位で

あった. この型は典型的な日本語型パターンである.

==== 日本語に一番似ているのは韓国語だと常々聞いていたん

     ですけど、意外や意外という実験結果ですよね・・・

     私は長崎県生まれですから、韓国には近いわけですけど、

     18歳で関東に出てから、九州弁を遠くで聴いていると

     なんだか韓国語を聴いているような気持ちになったもん

     なんです・・・

 

p196

金田一春彦氏によると「一般に、一つの言語が時代とともに変化する

ときに・・・音韻の面が一番変わりにくく、文法の面がこれに次いで

変わりにくい・・・長く祖語のおもかげを伝えるのは、当然、第一に

音韻の部面であり、第二に文法の部面である」

母音を音源として脳の処理機構を調べ、これによって日本語の祖語を

求める可能性は充分に残されている・・・・

=== 是非 フィリピンの人たちや 台湾の人たちも

    研究に含めて欲しいなあ・・・

    最新の研究結果が知りたい・・・ 

一世グループはすでに日本生まれの二世の性格に対する漠然とした 

異質性を感じているようである. 

表現法はいろいろであるが、「情緒的、ソフトで周囲の人々の意見を

うかがい、自分の意見を強烈に出さない」、「悪くいえば、腑抜けに

なっている」、「けんかをしない」などであった. 

・・・・これは丁度われわれが、かつて、米国、南米の日系二世に

抱いていた、異質の感じと丁度逆の関係になってはいないだろうか. 

=== なるほど、日本人からみると韓国人は「激しい」感が

    ありますけど、韓国人の一世から二世をみると

    「腑抜け」って雰囲気になっちゃうわけですね・・・ 

p127

文部省の統計数理研究所で過去20年間にわたって行われてきた、

日本人、ハワイの日系人を対象とした、「日本人の国民性」調査の

データが最も科学的に、この問題に答えている・・・・ 

いくつかの質問に対する回答の中心となる、もっとも優位な

考えの筋が、義理人情的発想にもとづくものであることが

明らかになったという.

そして次に強いのが、現実的実利を重視した義理人情、すなわち、

ドライさに裏打ちされた義理人情ということになるらしい・・・ 

ハワイの日系人の調査では、・・・重点の置き方が逆になり、

日本のような義理人情が二番に現れるという.

=== 義理人情ってのはよく日本人の性格を表すものだと

    言われますが、客観的データでもそうなんですね・・

    日本以外の国の人たちの国民性は この文部省のデータでは

    こんな分け方をしているんでしょうかねえ・・

    ちなみに、私自身はかなり「ドライな義理人情」グループ

    に入るんじゃないかなあ・・・

 

p128

「日本人とユダヤ人」という本の中で、・・・・

彼によれば、日本人とはまず日本教であり、その中にキリスト派、

創価学会派、マルクス派、進歩的文化派などの分派がある・・・

ロゴスとパトス的な脳が同居するという、日本語を母国語とする

われわれに宿命的な共通の基盤をさしているのではなかろうか・・・ 

日本語の持つ魔力は、日本に永住する外国人を二代目からはほぼ 

確実に日本教徒に改宗させてしまう.

そしてこのことが、元来異質な民族の混合といわれる日本人に

精神構造の画一性をもたらしたのではなかろうか・・・ 

=== なるほど 日本教ですか・・それよりも「日本語教」と

    ここでは呼ぶのがより根源的かもしれませんね・・・

    日本の文化自体が日本語の母音で規定されてしまって

    いるというわけだから・・・

    「元来異質な民族の混合」というのは確かにそうなん

    でしょうね・・・「日本民族」などといっても

    渡来人の寄せ集めなんでしょうから・・・

    今からは「日本語族」ってことにしますか・・・ 

p129

大野晋氏の縄文人の南方系言語と、弥生人のアルタイ系言語と江南系

言語の同化したものが混淆して、日本語を作ったという混成語説に

強くひかれる・・・・

=== この辺りの最新事情も知りたいなあ・・・ 

p130

我々は左右に同重量の脳をもちながら、余りにも言語脳に 

傾いた使い方をしているから、西洋の器楽曲は疲れやすい言語脳

を開放するという大きなメリットを持っていることを忘れては

なるまい・・・

=== 皆さん、最近 自然の音を癒しの音楽なんてのが

    ありますけど、それは脳を休めることにはならないですよ.

    日本人は 自然の音を言語脳で聴くんだから・・

    歌が入っているのもダメなんですからね・・・

    西欧音楽の器楽曲じゃないと無駄ですよ・・・

    では、ゆっくりと左脳・言語脳を休ませてください.

=== その14に続きます ===

 

 

 

 

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2014年6月24日 (火)

「日本人の脳」 角田忠信著- 12 西欧人にとっては邦楽は難解で異質 

 

 

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

「言語と音楽 - 日本の伝統音楽の特徴」

 

さて皆さん・・このYOUTUBEで まず

琴とギターの協演を聴いていただきましょうか・・

http://www.youtube.com/watch?v=B5YsX2bGPWA

 

このバギオで開かれたお二人の演奏会は めちゃくちゃ

盛り上がったんです・・・素晴らしい演奏でした・・・

これを我々日本人の脳は おそらく左脳で受け取ったんでしょうが、

フィリピンの観客はどうだったんでしょうね・・・

 

p111

 

音楽の起源について・・・鳥の鳴き声に起源をもとめるダーウィンの説、

・・・リズム起源説、・・・お互いに呼び合って連絡をとるために

・・・普通の言葉から歌というものが分離していった・・・

・・・スペンサーに代表される言語起源説があるという・・・

ザックスは楽器を持たず歌だけをもっている民族が文化の最も

低い段階にあるとみられることから、当然、音楽の起源は声楽にあると

しているといわれる・・・・

 

西欧語の母音の役割は音韻的であるよりも、むしろ声性的であり、

音声のリズム・イントネーション・個人差・情緒性・方言差・声の

大きさに重要であるといわれるが、 日本語の場合には音韻的且つ 

声性的の特徴をもつと考えられる.

話し言葉と歌の差は・・・母音の使い方の差・・・母音をひき伸ばすことによって会話から歌が分離・発達した・・・

 

p112

・・・日本語を母語とするものにとっては避けられないハンディキャップ

を負いながらも日本人の洋楽、特にクラシック音楽のファンは少なく

なく、・・・他方西欧人にとっては日本音楽は難解な異質の音楽

みなされていて、その理解者は少ない・・・

 

=== そこで著者は ここから

    「日本楽器音と西洋楽器音の大脳半球優位性」の実験

    展開しているんです・・・

 

p116

日本人の成績は・・・日本楽器音の優位性は母音/あ/やハミング、

虫の音などと同じ側にあり、言語半球優位である・・・

西欧人12名・・・日本楽器音の優位性は全例が母音/あ/・純音

P側にあり、非言語半球優位であった.

一方、西洋楽器音は 日本人、西欧人、日系二世・三世ともに

非言語半球が優位であった.

 

p117

フラッター奏法は・・・急速な半音階を奏するに適し、

Drrrと発音するのににた舌の運動で行われ・・・一種のトレモロ

のように響き、大気中にふるえる小鳥の群れに似た音の効果

もつといわれる.

 

p119

 

日本人被験者では通常の奏法のリコーダ・フルートA音に対して

は音楽脳である非言語脳が優位であるが、フラッター奏法・ 

音声を加えた奏法では、篠笛と同様に言語脳が優位となることが

知られた.

 

=== 要するに、自然音に近いフラッター奏法や音声が入る

    楽器音の場合は、和楽器である篠笛と同じように、

    日本人の脳では言語脳つまり左脳で処理されるってこと

    ですね・・・

    これに対し、西欧人・日系二世・三世の結果は、

    すべて音楽脳が優位だとあります.

 

p120

「脳内スイッチ機構と音楽

 

p121

三味線は弦楽器であると同時に、打楽器の役割を兼ねていて、

必然的に胴皮と撥によって発せられる雑音が生じる.

このような奏法は三味線の本家である琉球にも中国にも存在しないと

いわれる.

邦楽は洋楽に比べて雑音的要素をはるかに重視し、日本の管楽器では

能楽の能菅や尺八では意識的に息音を大きく発して、表現の一部に

用いるという.

 

p122

西欧人や日系二世・三世の脳のスイッチ機構はinharmonicな楽器音

に対しても音楽脳で応じるが、われわれ日本人だけが、これらに 

言語脳で感じているのは、・・・日本語母音の処理機構の特異性

に基づくスイッチ機構の働きと考えられる・・・

 

=== ここで私が驚いたのは、琉球の三味線にも本土の三味線

    のような奏法がないってことなんですけど・・・

    そうなんですかねえ・・

    是非沖縄の元々の言語についてもこの実験をやって

    欲しいところですけど、元々の琉球語だけで育った

    人なんていまどきいないんでしょうね・・・

    日本型・ポリネシア型の言語ではないんでしょうか?

    それに、フィリピンの山岳民族の言葉なんかも調べて

    欲しいなあ・・・

 

・・では、最後に AKI & KUNIKO のもうひとつのライブをお楽しみください・・・・

これは ドイツでの演奏だったようです・・

ドイツ人の耳・・いや脳には どう伝わったんでしょうか・・・

http://www.youtube.com/watch?v=lixPdSsNJ5A

 

次回は、「朝鮮語と日本語」の話に入ります・・・

 

=== その13へ続く ===

 

 

 

 

 

 

 

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「日本人の脳」 角田忠信著- 11 邦楽器は自然の音と同じ言語脳

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

「西洋音楽愛好へのきっかけと現代音楽」

p105

・・・私は日本古来の雅楽で重要な楽器の一つである笙について

日本人と西欧人の優位差を調べていた.

笙の音は・・・日本人にとっては神聖かつ、荘厳な響きをもっている.

笙の音の優位性は、日本人では言語脳が優位になっているが、西欧人

では音楽脳が優位になることが、見出されていた.

・・・楽器の種類をふやして、尺八・三味線・箏・胡弓・薩摩琵琶・ 

能菅・篠笛・竜笛・笙(一本吹き・合竹)・ひちりきを選んだ.

洋楽器には、バイオリンA音・オーケストラによるA音の斉奏・

弦楽合奏・木管合奏・チェロを選んだ.

 実験の結果・・・洋楽器の音は日本人も西欧人も日系二世・三世も等しく、音楽脳が優位になる成績が得られた.

 

・・・日本楽器の音は西欧人・日系二世は西欧楽器と同様に

音楽脳が優位となるが、日本人では何故か、言語脳優位にでる.

  

p106

日本の伝統楽器の音は日本人にとってはすっかり言語音に

近い性格をもってしまっている・・・

 

・・・このことから日本音楽では歌と楽器と自然界にある 

鳥や虫の音とが対立することなく、美しく調和するということが

説明できる.

 

西洋音楽では歌唱法を純粋に楽器音である楽器に近付けて、

ハーモニー感覚主体の声楽が発達してきたことが理解される.

=== う~~ん、凄いことですね.

    日本人は伝統的に、歌でも音楽でも自然の音でも、言語脳で

    調和させて聴いていたんですね・・・

    昔から思っていたことがあるんですけど、

    アメリカあたりの歌のグループのあのハーモニーの素晴らしさを

    なんで日本人には出来ないんだろうと・・・

    西欧人の歌声は楽器音に近いんですかねえ・・・

 

 

p107

・・脳内スイッチ機構のところで述べたように、西洋楽器や

オーケストラを用いても、なんらかの操作で日本人の言語脳で

鑑賞する音楽を作り得る可能性は残されているが、

この逆すなわち、日本楽器を用いて日本人の音楽脳で鑑賞する 

様式には決してできないのである.

最近試みられている日本楽器によるバッハの演奏などは

この意味からは少々おかしいことになる.

 

「ノヴェンバーステップス」には豊富に尺八と琵琶がとり入れ

られているが、賢明にも邦楽器とオーケストラとは協奏曲の

ように、決して混じり合って演奏されることなく、琵琶と尺八が

単独あるいは両者が一緒になってオーケストラとのかけ合いの

形で演奏されているのである.

・・・勿論日本人にとっては、この曲を聴くときには左右の脳で

交互に鑑賞することになろうし、西欧人では終始器楽曲として聴く

という文化の差があらわれるのは当然である・・・

 

=== 邦楽器は日本人にとっては言語脳、西欧人にとっては

    西洋楽器と同じく楽器音で音楽脳になるんですねえ・・

    日本人は左右の脳を交互に使わなければいけないわけか・・

    混じり合った音は、日本人にとってはどういう音に

    なってしまうんでしょうねえ・・・

    それに、西欧人にとっての邦楽の音というのはどのように

    聞こえるものなのでしょうか・・・

    自然の音が分からない西欧人の脳には、邦楽器の音は

    ちゃんと受入れられるのでしょうか・・・

 

 

次回は、「言語と音楽 - 日本の伝統楽器の特徴 」の章に入ります.

 

 

=== その12に続く ====

 

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著- 10  ザビエルが言った「日本語は悪魔の言葉」

 

 

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

 

話はちょっと本のことから飛んでしまうのですが、日本語がらみ

で面白いものを見つけました.

 

たまたまインターネットでニュース関係を読んでいたところ、

こんな記事がありまして、その中に「日本語は悪魔の言葉」という

フレーズが出てきました.

 

米国は集団的自衛権行使容認をどう見ているのか

安倍政権の「暴走」に懸念も

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140623/267307/?P=2

「かって日本で布教活動をしていたカトリック教宣教師は、日本語を『悪魔の言葉』(Devil's own language)と呼んだことがあるが、当たらずとも遠からじだ。今回の集団的自衛権を巡る論議はそれに似たところがある。まさに『神学論争的なところ』がなきにしもあらずだ」

 

=== この悪魔の言葉というのがどういう意味で使われているのか、

    それが気になったんです.

    この日経の記事の中では、「神学論争的」あるいは、

   「煮え切らない議論」、つまりは「禅問答」みたいなところが

    日本語の特徴だというような意味合いのようです・・・

 

=== さらに、この悪魔の言葉をキーワードにして検索したところ

    こんなページが見つかりました.

 

Is the Japanese language the Devil's Tongue?

http://riosloggers-riodan.blogspot.com/2014_01_01_archive.html

世界で一番有名なアメリカの週刊誌タイムに掲載された日本語特集の記事に、 日本語は「悪魔の言葉だ」と、はっきりと書かれていました。確かに、日本語には、不規則で理解しにくく、ルールが矛盾しているのでは、と思われる部分が沢山有ります。日本語が母国語でない人々がそれをマスターするのは、極めて難しい事の様に思えます。

 

日本語は幅が広く奥ゆかしく、論理的というより、むしろ情緒的な言葉ですので、頭脳というよりは、心の奥深くに届く点が、素晴らしいと思います。

 

=== これは、言語として学ぶという立場で日本語はマスターするのが

    難しい言語だという趣旨で使われているようです.

    ただ、ここには「論理的というより、情緒的な言葉」といい、

    「頭脳というよりは、心の奥深く」という日本語の特徴も

    述べられています.

 

 

 

Teaching “the Devil's Own Tongue”:

The Challenges of Offering Japanese in a College Environment

http://infohost.nmt.edu/~armiller/japanese/devilstongue.htm

LEGEND has it that Saint Francis Xavier, who arrived in Japan in 1549 and immediately dubbed the Japanese “the finest people we have yet encountered” (Boxer 37), left several years later a frustrated and discouraged missionary and blamed his lack of proselytizing success in part on the Japanese language, which, the legend says, he reviled as “the devil's own tongue.”

 

=== このサイトでは、日本語を教える立場からの話が書いてあります.

 

 

 

Briton Hadden, Henry Robinson Luce

Time Inc., 1983

http://books.google.co.jp/books?id=jxofAQAAMAAJ&q=Saint+Francis+Xavier%E3%80%80devil+own+tongue++japaneselanguage&dq=Saint+Francis+Xavier%E3%80%80devil+own+tongue++japaneselanguage&hl=ja&sa=X&ei=K_ioU8XDDoGCogTa1YGoAg&ved=0CDoQ6AEwBA

 

The Devil's Tongue Misunderstandings can create both obstacles and insulation The World's Biggest Newspaper ... The "devil's language" is the description generally attributed to St. Francis Xavier. the 16th century Jesuit missionary. ... To cross that barrier, translators and interpreters are more necessary but less effective, since the Japanese language not only is ... because priests had trouble transcribing kanji, they invented another set of phonetic symbols all their own (katakana).

 

=== そして、ここには本の見出し的な極一部ですが、

    ザビエルが日本語について そもそもどういうことを話したのかが

    ちょっとだけ垣間見える記事がありました・・・

    しかし、全体としてどのようなことを言ったのかは分かりません.

 

 

日本の宣教を問う

http://www.geocities.jp/tillich37/sasaki.japanesemission.html

西欧のものはほとんどなんでも優れていると思えた、少数派の日本人だったわけです。したがって彼らは、「日本の文化は福音の敵だ、悪魔の砦だ」という宣教師たちに、容易に共感できたのです。彼らは欧米宣教師たちにも増して、日本文化の敵対者となりました。キリスト教書店に行くと、その類の書籍が並んできます。

 

日本人に大切なのは善か悪かではありません。真実か虚偽かでもありません。白か黒かではないのです。そのようなものすべてをやさしく覆う「和」なのです。日本人の社会生活を支配しているのは、この「和」の精神です。

 

実は、日本人の神意識の曖昧さは、以前から日本の宣教の妨げとなってきたといわれているのですが、確かにそのとおりであるといわざるを得ません。「神」とは本来の日本語の「カミ」に漢字の「神」をあてたもので、本来の日本語の「カミ」はたんに「上」という意味しか持っていなかったと言われています。

 

最近の調査によると、選ぶならばキリスト教と答えた日本人は25%ほどに減っています。それでも、25%もあるのです。ところが実際のクリスチャン人口は25%の100分の1にも満たないのが現状です。理由は、「キリスト教は悪くはない。実際良いところがたくさんある。しかし今、自分にそれは必要ない」からです。また、「クリスチャンになると、周囲の人たちと穏やかに過ごすことが出来なくなる」からです。

 

=== こちらは、キリスト教関係者のサイトのようですが、

    日本でのキリスト教の布教がなぜうまく行かなかったのかが

    述べられていて、「日本の文化は福音の敵だ、悪魔の砦だ」

    という部分が柱になっていて、ザビエルと日本語については

    長文の中から見つけ出すことはできませんでしたが、

    日本文化そのものが障壁になっていることが書かれています.

 

 

今読んでいる「日本人の脳」の内容とは、直接結びつく内容を

捜し出すのは大変ですが、なんとなく根底の部分で

ザビエルが日本での布教の難しさを感じたことと、日本語の特殊性

が、「自然の音」を「神々の声」として聴いてしまう日本人の

左脳の働きが西欧人とは異なっているということが、

「カミ」というものに対する考えというか、思いというか、

そういう情緒的な部分、非論理的な部分が、ザビエルの困難さの

奥底にあったんじゃないかな・・・などと思ってしまうわけです.

(この文章、支離滅裂ですが・・・分かりますよね? 笑)

 

 

=== その11に続く ===

 

 

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著- 9  邦楽は日本人の左脳でしか分からない?

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

p99

日本人の西洋音楽の専門家で、世界的レベルで活躍しているのは、

主としてオーケストラの指揮者とか器楽の演奏にあるのではなか

ろうか. 声楽となると、東と西の文化の差 ――私はそれを言語差

と、日本語の脳処理機構の特異性として捕えている ――が介入して、

如何とも超え難い一線があるように思えてならない.

 

どうして日本人はこんなに西洋音楽が好きなのか?

果たして本当に好きなのか、わかっているのか?」という疑問が

日本音楽を理解し難い西欧人から、よく寄せられるということであるが、

私は、日本人が、西洋音楽のうち少なくとも器楽曲については

充分鑑賞し得る能力をもっていると考えたい.

これが声楽、特にオペラとなると大分事情が変わってくるのでは

なかろうか、日本語版の西欧オペラを聴くときには、歌詩とメロディー 

の不調和にいらだちを覚えるし、邦人の作曲したオペラでも非常な

違和感を感じる.

 

=== この部分は、音楽の専門家でも、特別な愛好家でもない

    私には理解ができません.

    オペラはその一部の曲を日本人の有名な声楽家が歌うのを

    聞いたぐらいですし、ミュージカルも随分昔に

    染五郎の「ラマンチャの男」を帝劇で見たぐらいしか

    ありません・・・

    ただ、日本語パターンの人と西欧語パターンの人は、

    脳の機構においては、はっきり二分化されるということで

    その中間はいないということですから、

    お互いに相手方の人たちがどのようにオペラを感受して

    いるのかの理解は出来ないということになるんじゃない

    でしょうか・・・

    「なんとなく違和感がある」と言っても、それを説明する

    のは難しいんでしょう・・・

    ちなみに、私が「ラマンチャの男」を観劇した時には

    えらく感動したのを覚えています・・音楽的にというより

    内容に、日本語の台詞に感動したのかもしれませんが・・

 

p100

日本の楽器は肉声に近付ける努力がなされ、西欧の歌唱法は肉声を 

楽器に近付けようとしているといわれているが、西欧人の理解

し難い、日本音楽の特徴とは何であろうか?

 

p101

邦楽では音楽というものを、純粋に人工的な抽象音だけで 

作ろうとしないで、楽器の胴をたたくとか、弦を爪でこするとか

いった雑音を、巧みに楽音と対比させる考えの中には、邦楽が

永い間育ててきた独自の境地が見られ、到底西洋美学の範囲では

語り尽くせないものがある・・・

小泉氏の所論は日本と西洋の歌の違いを母音の扱い方の差

して捕えていることで、私の母音説と実によく合致している.

 

歌のメロディーは・・・聴き手の音楽脳で楽器音のように感じさせる

歌い方と、日本人のように言語音として聴かせる歌い方には基本的な

差があるはずである.

 

=== つまりは、日本の歌の場合は、日本人固有の歌い方が

    あって、聴く側としては、言語脳を使った聴き方になる

    ということなわけですね・・・

    だから、もしかして、日本人にはリズムというものより

    歌詞の意味が分かるような歌い方が身に染みるってこと

    なんでしょうか・・・

 

    そして、邦楽ってのは、日本語脳である左脳でしか

    理解できないってことになるんでしょうか・・・

    なんてったって日本語の母音は西欧人にとっては

    雑音ですもんね・・・自然音も雑音だし・・・

    コオロギの声が聞こえないという西欧人の脳に、

    どんな感じに聞こえるんでしょうか・・・

 

=== その10へ続く ===

 

 

 

 

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2014年6月23日 (月)

「日本人の脳」角田忠信著- 8 Japanese Language Brain vs Western Language Brain

 

 

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

I have been reading a book written by Prof. Tadanobu Tsunoda.

 

 

インターネットで、この本の関係のサイトがないかと探してみました

ところ、内容を要約したサイトがありました:

 

ここで見つけたのは、日本語の脳が

「母音、泣き声、笑い声、嘆きの声、虫と動物の声、波音、風音、

雨音、水音、そして日本の楽器音を左脳(言語脳)で処理する」

という部分です・・・

 

 

The Japanese Language Brain

 By Masaomi Ise

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/file/jog240e.html

 

Left Brain, Right Brain

But Prof. Tsunoda found a difference in the location where the sound of

 insects is processed. His experiments revealed that while Westerners

process insect sounds together with machinery and noise sounds in the

 music sphere, Japanese capture insect sounds in their language sphere,

meaning that Japanese hear insect sounds as "insect voices." 

 

Using this method and many different types of sounds to find the difference

between the left and right brains, it was shown that Japanese and

Westerners alike heard music, machinery and noise sounds in the right brain

and language sounds in the left brain, but Japanese heard vowels sounds,

 crying, laughing and sighing, the cries of insects and animals, waves, wind,

rain, running water and Japanese musical instruments in the left brain, the

same as language, while Westerners heard these sounds in the right brain

together with music and noise.

 

 

「日本人の脳の働きと音楽」

 

p90

(吉田秀和氏の評論の一部)

西洋音楽をきいている時は、それが良い音楽で良い演奏であればあるほど、

途中で人間の声がきこえてきても、ひどく邪魔になるものだ.・・・

だがこの軽井沢の野鳥の叫びがこんなに邪魔になるとは、私には予想外

だった. 

日本の音楽、邦楽は虫の声にこんなに乱されるだろうか?

 

 

p92

発振器から出る1000ヘルツの純音とか雑音などの機械音は、

当然音楽脳で処理されるが、こういう機械音であっても、被験者

に、ラジオのニュースをきかせて、言葉に注意を向けさせた状態

で優位性を測ると、この場合には言語脳優位に逆転してしまう

ことがわかった.

 

=== つまり、音楽脳(右脳)で聴いている時に、言語の音が

    同時に入ってくると、言語脳(左脳)に切り替わって

    しまうってことですね・・・

    だから、西洋音楽を静かに聴いている時に人の声や

    虫の声が聞こえてくると 邪魔になるという話です・・・

    もちろんこれは日本人の場合です・・・

    日本人というより日本語を母語とする人ですね.

 

p93

被験者に実験中に、本を読ませるという負荷を加えた場合にも、

純音は言語脳で処理されることも確かめられた.

 

言語脳と音楽脳とが、言葉と音楽などを別々に処理している

わけではなく、言語脳の方に一緒にとりこまれて処理される

という、「言語情報優先の原則」のあることを確かめたわけ

である.

 

p94

・・・言語活動をしている際には、西欧人といえども、母音、子音

の区別なく、左の言語脳が主に働き、・・・東西の差はみられない

ことになる.

 

・・・脳の音の受容メカニズムの差が、特に顕著に現れるのは

言語活動をしていない、無意識のぼんやりした状態とか、

非言語活動をしているとき、音でいえば・・・例えば器楽曲を

聴いている時などに限られることになる.

 

p95

我々日本人にとっては、どんな、ささやきも、咳払いもご法度

である. 音楽脳で注意を集中して器楽曲をきいている際に、

野鳥の声が入ると、われわれ日本人の脳にとっては、言語音に

近い野鳥の声は器楽曲より優位であるから、その瞬間、専門家

といえども、音楽処理は言語脳処理へと移動してしまうのである.

 

指揮者が指揮棒をあげ、演奏に入る直前のしわぶき一つせぬ

緊張した一瞬の静寂、演奏中の静けさは、確かに誉められる

だけのことはあるように思う・・・実は器楽曲の鑑賞については

人声や社会音が絶対に介在してはならないという、日本人の脳の

メカニズムからみた必要最小の条件を満たすために・・・

 

 

==== だから、特に日本人の場合は、完璧な音楽ホールじゃ

     ないと西洋音楽を聴けないってことになるんですね.

     西欧人の場合は、いわゆる雑音も音楽と同じ脳で

     処理されるから問題ないわけです・・・

 

 

p97

言語や論理からの逃避としての音楽の意味を・・・・

・・この目的に合った音楽は、音楽脳で受容される器楽曲が望ましく、

歌曲はそぐわないと考えられる.

疲れた言語脳を癒すには、・・・器楽曲を聴くことが有効であろう.

 

 

p98

日本人の言語脳は言語以外に情緒音も分担しているが、このことが

人間関係において、日本人を必要以上に疲労させているのでは

あるまいか.

 

・・・日本人が朝から電車の中で眠ったり、目を閉じているのを

評して、日本人は慢性的ビタミンB1の欠乏症と判断・・・

我々は別に不思議にも思わないのだが、西欧人にとっては甚だ

無気味なものであるらしい・・・・

 

 

=== う~~ん、なるほど、そうですか・・・

    私もさんざん電車の中で眠っていましたが、もしかしたら

    左脳を使いすぎる日本人特有の症候群だったのかも

    しれませんね・・・

    それを癒すには、邪魔な音が一切入ってこない専用の

    部屋で西洋の器楽曲を聴いて癒すしかないわけですか・・・

    部屋は無理だからなあ・・・ヘッドホーンでもいいのかな?

 

 

=== その9へ続く ===

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著 -  7  日本人以外は論理的? 日本人は情緒的

 

 

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

 

 

「日本人と西欧人の自然音の中枢処理機構の差と精神構造の特徴」

 

 

p83

西欧語を母国語とする人々では言語半球は音節を基本単位として

言語・論理を組み立てるが、情緒に関係すると考えられる

人声(泣・笑・嘆・母音)は非言語音として論理的な脳からは

区別される. 

 

我々日本人にとって情緒を伴って聴かれる虫の音などの動物の啼き声

も明瞭に、(西欧人にとっては)機械音・ノイズとして論理的な脳から

は区別される.

 

このような(西欧人の)左右の脳機能の分担は西欧哲学で認識過程を

ロゴス的(理性的―言語・計算)とパトス的(感性的)認知とに

分ける考え方と合致する.

 

これと対照的に日本人にみられる特徴はロゴスとパトス的な認知

機構が言語半球に共存し、然も同程度の優位性の偏移量をもっている

ことにある.

 

p85

日本人にみられる脳の受容機構の特質は、日本人及び日本文化に

みられる自然性、情緒性、論理のあいまいさ、また人間関係に

おいてしばしば義理人情が論理に優先することなどの特徴と

合致する.

 

=== この辺りまでは、従来の日本人論を 脳の働き方から

    補強するような話です・・・

    ただ、そういうことが脳のレベルで決まっちゃうというのも

    なんだか寂しいですけどね・・・

 

p85

西欧人は日本人に比べて論理的であり、感性よりも論理を重んじる

態度や自然と対決する姿勢は脳の受容機構のパターンによって

説明できそうである.

西欧語パターンでは感性を含めて自然全般を対象とした科学的態度

生れようが、日本語パターンからは人間や自然を対象とした学問は

育ち難く、ものを扱う科学としての物理学・工学により大きな関心

が向けられる傾向が生じるのではなかろうか?

 

 

=== この辺りになると、結構飛躍があるみたいですが、

    確かに情緒にながれる人だと自然を対象とした客観的な

    研究は邪魔されるかもしれませんね・・・

    その点、純粋な物理学とか工学は純粋な分邪魔が入らない

    ってことになりますか?

 

 

p87

我々日本人が虫の音に特別の感情をもっていることは、

それが詩や俳句の重要なモチーフとなっているばかりか、現在でも

テレビのドラマに過剰なほどに背景音として使われていることでも

わかる.

 

・・・西欧人は日本の子供が昆虫に似た怪獣映画を好み、

悪魔的なかぶと虫、くわがた虫から こおろぎ、鈴虫などが

デパートで売られていることに一様に異様さを感じると述べている.

 

p88

日本人の意識構造は甚だ画一的であり、かつ極めて異質なもので・・

・・画一性は同一言語で統一されて・・・日本語母音が有意語である

という特異性が西欧人とは異質な自然音の認知機構と感覚をもたらし

・・・・・独特な精神構造を作り上げた・・・

 

・・日本人の精神構造は日本語が続く限り、過去・未来を含めて

共通した基本的特徴を持続するものと考えられる・・・

 

 

=== いやいやいや・・・これは、ある意味大変なことですよ・・

    日本以外の国、中国、朝鮮半島、欧米は同じ脳の働き方

    をする人たちだけど、日本だけが特殊ってことですもんねえ・・

    ってことは、感性の部分での連合軍に日本人は入れない

    ってことになりませんか???

 

    あるいは、それを逆手にとって、他の国々では考えも

    及ばない最先端の理論や技術も可能ってことになりますね.

    そういう日本人の特徴をよく知った上で、外交もうまく

    やって欲しいんですけどねえ・・・

 

    しかし、情緒的とはいえ、自然の音を言語ので処理するわけ

    だから、その方が自然の研究には向いているような気も

    するんですけどねえ・・・にゃんにゃん、わんわん・・・

 

 

次回からは、「日本人の脳の働きと音楽」という章にはいります

 

Img_7299

 

=== その8に続く ===

 

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著 -  6  昆虫、動物、小鳥の声は日本人には「言語」である

 

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

さて、母音が特徴的な言語である日本語は、その文化にどんな影響を

与えているのだろうかというお話に入ります・・・

 

「日本人と西欧人の文化型と音認識 

 - 日本人の精神構造母音説」

 

p71

日本人では母音と子音の区別なしにこれらは言語音として言語の

局在する方の脳(優位半球)で優位に処理されるが、印度ヨーロッパ

語を母国語とする人々では子音は言語半球が優位であるが、母音は

非言語音として劣位半球(通常右)で処理されていることが判った.

私はこの事実から世界の言語が単脳言語(日本語パターン)と 

複脳言語(印欧語パターン)に分類している.

 

p72

このような偶然の発想から生まれた虫の音を日本人に応用してみると、

これが母音と同じ側の言語脳が優位になってびっくりした.

同じ虫の音を西欧人に応用してみると驚いたことに今度は判っきりと

劣位脳優位になってしまうことがわかった.

 

日本人が秋の虫の音に季節感や安らぎ、またもののあわれを感じる

ということは日本人に特徴的な音の処理機構に根差すのでは

なかろうか?

 

p76

一方、機械音に対しては例外なく劣位半球優位の成績を示した.

このように日本人では被験者の全員が言語音・感情的な人声・昆虫・ 

動物・小鳥などの啼き声に対しては言語半球が優位であることが

確かめられた.

しかも言語音と自然音の優位性(dbで偏移量が示される)の間に差が

見られないことが著しい特徴といえよう.

 

=== 日本人の皆さん・・・凄いですねえ・・

    昆虫、動物、小鳥の声などの自然音が「言語」と同じ脳で

    つまり普通は左脳で処理されているんですって・・・

    西欧人は右脳で処理する音ですよ・・・

    もしかして、日本人には動物の声が解るってこと??

 

 

「西欧人の言語音・自然音・人声・機械音の大脳半球優位性パターンについて」

西欧人では母音、合成母音をはじめ人間の感情的な声、虫の音

動物の啼き声は純音、FM音などと同様に劣位半球が優位となって

いるのが著しい特徴であった.

 

=== つまり、西欧人の場合は、これらの音は音楽脳

    普通は右脳で処理されるということになります・・・

 

p79

日本人と西欧人の言語音・人声・自然音などに対する中枢処理機構に

差のみられることは、両者の複合音の認知機構に違いがあると考え

なければならない. ・・・単純な持続母音(五母音のすべて)が

言語半球優位となるメカニズムは、母音を構成するホルマント構造

にあり、言語半球優位となり得る最小の条件は二つのホルマント

が存在することであることをつきとめた.

 

=== ホルマント構造という難しい話が出てきました・・・

    分かりません・・・こちらでどうぞ・・・    「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88

    「フォルマントまたはホルマント(英: formant)とは、言葉を

     発している人の音声のスペクトルを観察すると分かる、時間的に

     移動している複数のピークのこと。周波数の低い順に、第一

     フォルマント、第二フォルマント…というように数字を当てて

     呼び、それぞれF1, F2とも表記する」

  

p80

西欧人では複合音のうちで言語半球優位となる音を見出すことは

著しく困難であり、今迄のところ子音を含む音節以外には見当たらない.

即ち西欧人では音節が言葉の基本的単位となっていることが知られる.

 

日本人の母音が言語半球で言語音として優位に処理されることの

説明としては、著者は日本語の母音が有意な単語であること、また

単語でなくとも「あ、そうか」の/あ/、「え、ほんと」の/え/の

ように日常頻繁に使われる有意語として用いられることが、母音を 

子音と等価の言語音として言語半球で処理する最も有力な原因である

と考える.

 

=== 日本語では、母音が子音とおなじ重さをもって言語として

    処理されるところが、子音だけを主な言語音として処理する

    英欧語との違いだってことになりますね・・・

 

著者は皮質下に複合音の「選別スイッチ機構」の存在を想定している.

ここでは外来からの音をその音形から優位・劣位の半球で処理される

音に自動的に選別するが、日本人では母音の音形に似た多くの自然音は

言語半球側にとり込まれる.

 

即ち、言語音以外に人の構音器から発せられる声(泣・笑・嘆・

ハミングなど)はホルマント構造を有することから母音と全く同様に

扱われる. ・・・動物の啼き声の多くも人声に似たホルマント構造

をもっている. 人間の母音・ハミング・牛・猫・こおろぎの鳴き声

そしてバイオリンの音のスペクトログラムを・・・

 

p82

最近世代間の断絶が深刻な問題として大きく取り上げられているが、

世代を超越して日本人に特徴的な共通の音の認識機構をもっている

ことは、個人の社会環境が異なっていても各世代に共通な

日本語に原因を求めることができよう.

 

=== ところで、この中で、著者が「優位半球」とか「劣位半球」とか呼んでいるのは、普通の人たちの場合は 「優位半球」=「左脳・言語脳」で、「劣位半球」=「右脳・音楽脳」ということになっています・・・

ただ、中には例外的に左脳と右脳の機能が逆転している人たちもいるようなので、簡単には右脳・左脳とは言えないようです・・・

 

=== その7へ続く ===

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著 -  5  「あ・い・う・え・お」には意味がある

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

  

p62

「母音の知覚様式と大脳半球優位性

 

西欧人にみられる母音の劣位半球優位の所見は持続母音のみの

優位性を測定したときに始めて成立するが、同時に文章の聴取、

黙読、更にCVC音節の聴取下にあっては母音の優位性が言語半球側に

移動することが筆者の実験によって確かめられている.

 

このため西欧人における母音の知覚過程は単独母音の場合と 

連続音声中などの動的状態とをはっきり区別して考えねばならない.

 

===つまり、日本語で育った人(日本人)の場合は、日本語の中の

   母音が普通は言語脳である左脳で処理されるところ、

   西欧人の場合は、母音の劣位半球(通常は右脳)であるが、

   それは持続母音の時に成立するということですね・・

   ただし、文章や音節になると(つまりはっきりと言語になると)

   言語半球(普通は左脳)に移るってことなわけですね・・・

 

p65

母音の受容半球は言語によって異なり、西欧語では非言語音として

劣位半球で主に処理されるが、日本語では優位半球で範疇的に処理

されるという所見、及び非言語音の優位性は、視覚・聴覚の何れの

形でも言語の受容下には言語優位側に移動するという成績などから

従来の諸家の言語音認知に関する見解の相違は合理的に説明できる・・

 

「日本語の母音の特徴」 

現在のところこれが如何なるメカニズムによるかを説明できるだけの

充分な知識も資料もない・・・

 

p66

フライらによると一般に母音の役割は音韻的であるよりも、むしろ

声性的であるといわれる. 例えば英文ではその母音を全部抹消したに 

しても、その意味は充分に理解しうると言われ、子音の重要さが

強調されている.

一方、音声のリズム、イントネーション、個人性、情緒性、方言差

などは殆ど母音によって伝えられるものと考えられている.

 一方日本文をローマ字書きして母音を全部伏せたとしたら全く意味をなさないであろう.

日本語は母音が音韻知覚の面でウェイトを大きく占める特殊な言語で、

個々の母音がそれぞれ有意な単語をもっていることも母音が範疇化

される有力な原因となろう.

 

=== 前回ちょっと遊んだ 英文と日本文のローマ字表記から

    母音を消したら意味が解るかと言う話です・・・

    日本語の母音である 「あ・い・う・え・お」には

    その音だけである意味=範疇を持っているから

    単なる音ということではなく意味をもった言語として

    脳が認識するってことのようです・・・

 

p67

日本語以外の大部分の言語では、単一母音が有意語を持たないと

いわれるが、スエーデン語には例外的に小川を意味する母音がある

といわれる.

しかし、日本語母音の豊富さとは比較にならない.

母音の二つ以上の組み合わせからなる有意語になると日本語の

特徴は更に鮮明になるし、子音のすべてが開音節で母音で終わる

ことなど、日本語における母音のウエイトの大きさには驚かされる.

あいうえおの順に図の位置をたどっていくと、舌の運動が連続的に

ならず、どの場合にも反対の方向に動かして、中間母音を許容しない

という特徴があることに気付かされる. すなわち、個々の母音を

独立してはっきりと発音するのに都合のよい順序になっている.

 

p68

日本語型が他の言語にも見出し得るか否かは今後研究範囲を

拡大することによって確かめられ、あるいは日本語の祖語を

追求する新しい緒が得られるかも知れない・・・

 

日本人の世界に冠たる外国語の会話下手は日本語の特質

由来するものではなかろうか?

 

=== おお、最後の台詞は、日本人にとっては絶望的な

    宣告に聞こえちゃいますね・・・笑

    いずれにせよ、西欧語はあいまいな母音を許す言語

    だけれども、日本語は母音の発音自体が明確に区別

    されるような「あいうえお」という口の動きが大事だって

    ことで、日本語を教える立場にとっては貴重な話です.

 

Img_7299a


=== その6に続きます ===

 

 

 

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フィリピンの歴史教科書から学ぶ 38 ガレオン船、フィリピンからの宝船

 

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で

歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をして

います・・

 

 

6 MEXICAN RELATIONS  第六章 メキシコとの関係

 

 

p96

ガレオン船の積み荷

 

ガレオン船は正真正銘の宝船であった.

ガレオン船は国王の身代金にも匹敵する高価な積荷を運んでいた.

彼らのアカプルコへの航海においては、中国の陶磁器や絹布、

ペルシャの絨毯、アラビアの香水、モルッカ諸島の香辛料、インドの織物、

そして、フィリピンの真珠や陶器が積まれていた.

これらのアジアの商品はアカプルコで陸揚げされた.

アカプルコからは、それらはロバの行列で運ばれ、メキシコ市、

PueblaGuadalajaraVera Cruz そしてその他のメキシコの都市へ

届けられた. ガレオン船の積荷の一部は、グアテマラ、エクアドル、

ペルー、チリ、そしてアルゼンチンへ出荷された.

 

マニラへの帰路では、ガレオン船は毎年の助成金、メキシコの銀の

ペソ(商品の購入代金相当)、そしてメキシコからの輸出品を

積んでいた.  このメキシコからの輸出品の中には、

Saltilloからの有名なウールChiapasTabascoからのカカオ、

Oaxacaからのコチニール(赤い染料)があった.

 

=== フィリピンからは完成品、メキシコからは原材料というような

    感じなので、ちょっと不思議な印象ですが、

    スペインとメキシコの貿易の中身が気になるところです・・・

    フィリピンからのガレオン船の積荷の何割がスペインまで

    届いていたんでしょうか・・・

 

 

メキシコからの助成金

 

・・・フィリピンはスペイン政府にとって経済的な負担でした.

フィリピンでは、メキシコやペルーのように金や銀を産出

することは出来なかったのです.

植民地政府の歳入は歳出を補うまでに至らなかったのです.

従って、スペイン国王はメキシコ総督に対し、毎年助成金をマニラに

送るように指示したのです. その資金は、メキシコの国庫とガレオン貿易

からひねり出されました. 助成金の金額はフィリピン政府の必要に

応じて決められました. 一番少ない年は1725年で72,801ペソ、

一番多かったのは1799年の1,200,000ペソでした.

 

・・・1821年2月6日の国王令に基づいて、助成金は1821年に

ついに廃止されました.

 

=== そうでしたか・・・金や銀が思ったようには採れず赤字経営

    が続いたんですね・・・1605年から1821年まで

    よくまあ赤字経営を続けたもんですね・・・

    そして、ついには、スペインはフィリピンをアメリカに

    二束三文で売っちゃうみたいですけど・・・

    「フィリピン割譲に対して、アメリカがスペインに2,000万ドル

     を支払うこと。」になったようです.

    「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E6%9D%A1%E7%B4%84_(1898%E5%B9%B4)

 

    このことによって、スペインの世界支配が崩れ、新興国であった

    アメリカが台頭したわけですね・・

    ・・・ってことは、今 アメリカの力に陰りが出ているって

    ことは、今度はどこが台頭してくるんでしょうか?

 

028

=== 36-38の授業へ ===

=== シリーズ39へ続く ===

 

 

 

 

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フィリピンの歴史教科書から学ぶ 37  教科書の..年号の間違い めっけ!! 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で

歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をして

います・・

027

6 MEXICAN RELATIONS  第六章 メキシコとの関係

 

p94

フィリピンのメキシコ人

 

多くのメキシコ人はフィリピンの植民地の歴史と自分たちを

区別していた. 残念なことに、フィリピン人もスペイン人の歴史家も

メキシコ人を「スパニヤード」と見なしていた.

 

               

正当な信用がメキシコという国に与えられるように、それらのメキシコ

人が彼らの適切な国のレッテルを貼られなければならないよい時期です.

(・・・上の二行はどういう意味合いなのか理解が難しい・・)

 (以下に教授に教えてもらって 翻訳の訂正・・・)

(スパニヤードと呼ばれている)メキシコの人々に、そろそろ

 

適切なメキシコ人という呼称を与えて、メキシコという国に

 

正当な敬意を表してもいいのではないか.

 

彼らはスペイン人に従属していました. それは本当です. しかし、

彼らはメキシコ人なのです - 生まれも、国籍も、そして好んで

メキシコ人だったのです.

フィリピン人も、彼らと同様、スペインに従属していました;

しかし、植民地時代に決して「スパニヤード」とは呼ばれていないのです.

 

=== こちらのサイトを読むと、数十万人のスペイン人

    16世紀にメキシコとペルーに移住していると書いてあります.

    「http://en.wikipedia.org/wiki/Spanish_people

    また、1850年から1950年の間には350万人

    スペイン人が南米に渡ったともあります.

    そういう人数の多さが、メキシコではなくスペイン人という

    話になってしまった理由でしょうか・・・

    元々メキシコに住んでいたメキシコ人は何人ぐらいだったん

    でしょうか・・・

 

フィリピンの歴史上、名声を勝ち得た最初のメキシコ人は Juan de Salcedo

で、レガスピの勇猛な孫でした. このメキシコの征服者は、イロコス地方

の最初の支配者でした. 他のスペイン人支配者とは異なり、彼はその

支配地の原住民を虐待したり搾取したりはしませんでした.

彼が死んだ時、彼はその資産をイロコスの原住民に譲ったのです.

彼の兄、Felipe de Salcedo船長も、フィリピン征服時代にスペインに

対して大きな役割を果たしました.

 

p95

最初のメキシコ人で、マニラのフランシスコ修道会に参加したのは

Felipe  de  Jesusでした. 彼は、1567年に日本の長崎

キリスト教殉教者として死去しました.

003a

 

=== 日本26聖人に それらしき名前があるんですけど・・・

    「フェリペ・デ・ヘスス(またはフィリッポ・デ・ヘスス)

     メキシコ人、24歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。」   「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%85%AD%E8%81%96%E4%BA%BA

     ・・・しかし、この人物だとすると、1567年に死んだ

     というのは一致しませんね・・・

 

     26聖人の処刑は

     「日本二十六聖人(にほんにじゅうろくせいじん)は、

      159725日(慶長元年1219日)、豊臣秀吉の命令に

      よって長崎で磔の刑に処された26人のカトリック信者。」

      1567年っていうと30年も前の話なんですけど・・・

001a

 

      このサイトにありました、

      サン=フェリペ号事件

      「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%9A%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

      「1596(文禄5年)7月、フィリピンのマニラを出航

       したスペインのガレオン船サン=フェリペ号がメキシコ

       を目指して太平洋横断の途についた。同船の船長は

       マティアス・デ・ランデーチョであり、船員以外に当時

       の航海の通例として七名の司祭(フランシスコ会員フェリペ・

       デ・ヘスースとファン・ポーブレ、四名のアウグスティノ

       会員、一名のドミニコ会員)が乗り組んでいた。サン=

       フェリペ号は東シナ海で複数の台風に襲われ、甚大な

       被害を受けた。」

 

      「スペイン人たちは海賊であり、ペルー、メキシコ

      (ノビスパニア)、フィリピンを武力制圧したように日本 

       でもそれを行うため、測量に来たに違いない。このこと

       は都にいる3名のポルトガル人ほか数名に聞いた」と

       いう秀吉の書状を告げた。」

       ・・・なるほど、秀吉は、フィリピン事情も分かって

       いたんですねえ・・・・

       それにしても、歴史の教科書で 年号の間違いって

       ちゃんとチェックしている学者グループはあるのかね??

 

p95

マニラ-アカプルコ貿易

 

毎年、ガレオン船は、アジアの産物をアカプルコへ運んでいました.

その復路でメキシコの輸出品をもたらしました.

最初のメキシコからフィリピンへ、そしてメキシコへ戻ったガレオン船は

1564-1565年のサン・ペドロ号で、レガスピ遠征隊の旗艦であった.

フィリピンからアカプルコへの帰還のルートを発見したのはUrdaneta

神父であったことを思い出して欲しい.

 

=== さて、ここでガレオン船ってどんなの、ということで・・・

    「 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3

 

    どんな船か、その姿は・・・

    「http://saudinomad.karuizawa.ne.jp/Jeddah-4-5.html

    このサイトの ...のところに絵があります・・・

    「フィリンピン(Philippines)のマニラ(Manila)とメキシコ(Mexico)

     アカプリコ(Acapulco)の間の太平洋を年に1-2回航海する交易船

     として使われたマニラ ガレオン船(Manila Galleon)は良く知られ

     ているが、これは例外的に2,000トンにもなる大型船もあった。」

 

p95

フィリピンにおけるスペインによる植民地化の初期には、

マニラとアカプルコの間で自由貿易が行われていた.

この貿易は、フィリピンとメキシコの貿易商に大きな繁栄をもたらした.

それは、メキシコとのスペイン人の貿易に割って入った、

なぜならメキシコ人はマニラ・ガレオン船によって運ばれてきた

アジア産物の常連客だったからである.

セビリア、キャディズ、その他のスペインの都市は、スペイン国王に対し、

アジアからの安い産物がスペインの産物をアメリカのマーケットから 

追い出していると苦情を申し立てた.

 

スペイン国王は彼らの苦情を心に留めた. 

国王は1593年からマニラ-アカプルコ貿易を規制したのである.

 

規制によって、マニラ-アカプルコ貿易は政府の独占となった.

貿易は政府の役人によって管理監督され、政府所有のガレオン船で

運ばれ、そして国王令によって規制された.

 

=== 昔むかしから、国内産業の空洞化に関しては

    トラブルがあったんですねえ・・・

    自国民を守るためには政府が独占をするしかなかったのか・・

    さて、今の時代、グローバルな時代に、政府は何を、誰を

    守るのでしょうか・・・

    国民を守るのか、自国の大企業を守るのか、はたまた

    他国のグローバル企業を守るのか・・・

    国益って だれの益 ??

 

=== シリーズ38に続く===

 

 

 

 

 

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2014年6月22日 (日)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 36 フィリピン植民地は赤字経営だった

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で

歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をして

います・・

 

 

6 MEXICAN RELATIONS  第六章 メキシコとの関係 

p93

初期の3世紀の間(1527-1821年)、フィリピンとメキシコの

間には深い関係がありました.

Saavedra(1527), Villalobos(1543) そして Legazpi(1564)の遠征は、

メキシコで装備の調達をし、メキシコで資金の調達をし、メキシコ人

で人員を整えたのです. これらの2か国をもっと親密にしたのは、

マニラとアカプルコの間でのガレオン船貿易でした.

フィリピン人とメキシコ人が 現在でも過去の歴史に郷愁を覚える

のは不思議でもなんでもありません.

 

=== メキシコとフィリピンの両国を旅して廻った人に

    聞いたことがあります・・・よく似た国であると・・・

 

 

メキシコの下にあったフィリピン

レガスピの時代から1821年まで、フィリピンはメキシコの

総督府の一部となっていました.  メキシコの総督がスペイン国王の

名の下にこの国を治めていたのです.

毎年、メキシコ総督は、役人、宣教師、そして軍の増援部隊などの

公的な派遣団をマニラに送っていたのです.  マニラのスペイン当局は

フィリピンの状況や必要なものに関して、総督に報告書を提出して

いました.

 

宗教的な事柄に関しても、フィリピンはメキシコの管轄下にありました.

メキシコの宗教裁判所は、マニラの軍の兵站監が代行していました.

全ての白人(スペイン人、フランス人、アイルランド人、イングランド人

など)は、異端であると疑われた者すべてが、マニラで逮捕され、

裁判のためにメキシコへ送還されました.

マニラの司教の職は、1595年に大司教に登る前には、メキシコの

大司教の監督管区でした.

 

=== なるほど・・・キリスト教といっても、いろいろな

    宗派が植民地をターゲットにしていたんですね.

    私が西アフリカのベナン共和国で日本語を教えていた時、

    もう10年ほど前の話ですが、日本領事館はまだ無く、

    日本のJICAなどの日本人も数えるほどの頃でしたが、

    キリスト教系のいくつかの宗派や 日本の某新興宗教の

    人たちがいると聞いて、驚いたことがあります.

    一番驚いたのは、日本に近い国から来た人がいるよと聞いて、

    その方の食堂に行ってみると、統一教会の集団結婚でやって

    来たというフィリピン人の女性でした.

 

 

 

さらに、フィリピンは財政的にもメキシコに頼っていました.

政府は毎年植民地予算が赤字となっていました. スペイン国王の命令に

よって、メキシコ総督は国王の助成金(real situado)を毎年マニラへ

送っていました. この助成金は、年平均25万ペソに上り、メキシコの

国庫から支出されました. それが植民地政府の赤字を補っていたのです.

 

=== 植民地経営にはお金が掛かるってことですね.

    金持ちの国じゃなきゃあ経営なんて無理ってことでしょうか.

    戦前の日本が、庶民が喰うにも困って海外への移民も多かった

    ころに、南方へと植民地経営に出て行こうとしたのは

    所詮むちゃなことだったんでしょうか・・・

 

 

メキシコで印刷された書籍

スペイン時代に、フィリピンの歴史、言語学、経済学、そして

宗教に関する多くの価値のある書籍がメキシコで出版されました.

Antonio de Morga博士の有名な本、Sucesos de las Islas Filipinas、は

1609年にメキシコ市で出版されました.

フィリピン人の学者はこの本を、初期のスペイン時代にフィリピンに

関してスペイン人が書いた本としては一番の歴史的業績であると

考えています.

多くのスペイン人の著者とは異なり、Morgaは偏見無しに書いています.

フィリピンの最大の英雄であり学者であったホセ・リサール博士は、

Morgaの本に感銘を受け、1890年にパリで、彼自身が注釈を

付けて、その本を再出版しているのです.

 

=== おお、素晴らしい. そんな本があったんですね.

    このホセ・リサールによる注釈というのがここにありました:

    「http://joserizal.info/Writings/Other/morga.htm

    その元になった、Morgaの本の英語版はここにありそうです:

    「http://www.gutenberg.org/ebooks/7001?msg=welcome_stranger

    そのうち、私がこれも日本語に翻訳してみましょうかね

    ・・・・なんちゃって!! ムリムリ

 

 

 

p94

 

その他の、植民地時代にメキシコで出版されたフィリピン関係

書籍は以下の通りです:

(詳しい内容は省略します・・・タイトルと著者のみ)

 

. An account of the missionary labors of the Augustinians

  「in Mexico and the Philippines from 1533 to 1592. 

  「 by Fr. Juan de Grijalva

. Story of fifteen Franciscan missionaries from Manila

  「who won martyrdom in Japan from 1613 to 1624.

 

. A memorial addressed to Msgr. Juan de Palafox y Mendoza,

  「Royal Counsellor of the King and Bishop of Puebla, Mexico.

  「by Juan Grau y Monfalcon

. A philological study of the Tagalog language

  「Fr. Melchor Oyanguren de Santa Ynes

 

. Practica de testamentos, en que resuelven los casos ….

  「by Fr. Pedro Murillo Velarde

 

===最後の5番目の本は英語での書名が書いてないので、

   スペイン語の原本しかないってことですね.

   それにしても、自分の国の歴史を紐解くのにスペイン語

   じゃないと勉強も出来ないというのは日本人には

   いささか理解を超えるものがありますね.

   と言いながら、日本の古代史なんかは、中国の歴史書に

   頼らないといけないわけですけど・・・

   卑弥呼さんの時代とかね・・・

 

   しかし、しかし、2番目の本は興味をそそりますね・・

   「1613年から1624年に日本において殉教を

 

    勝ち取ったマニラからの15人のフランシスコ会

    宣教師の物語」

   というタイトルですもんねえ・・

 

   こちらのサイトに書いてあるのは、1596年の話ですけど・・

   秀吉の時代ですね・・・ フランシスコ会の布教の仕方が

   それまでのイエズス会とは違っていたことが迫害の始まり・・??

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%85%AD%E8%81%96%E4%BA%BA

 

   こちらに1613年以降のことが書いてありました・・・

   この時は 家康の時代になっていますね・・・

   「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%8F%B2

   「しかし1612年に岡本大八事件(有馬晴信がからんだ疑獄事件)

    が起こると、関係者がどちらもキリシタンであったことから、

    家康は諸大名と幕臣へのキリスト教の禁止を通達、原主水など

    キリシタンであった旗本が改易された。翌年になると側近崇伝

    の手による「排吉支丹文」によってキリスト教信仰の禁止が明文化

    され、全国で迫害が行われるようになった。

 1619年に京都で52名が殉教し、1622年に長崎で55名が殉教

   (元和の大殉教)、1623年江戸でも55名が殉教した。」

 

 

    これらのフランシスコ会の宣教師たちは、マニラから日本へ入った

    ということになりますかね・・・

    上記のサイトの日本26聖人の中にスペイン人4名

    ポルトガル人1名、メキシコ人1名が入っていますしね・・・

 

 

=== シリーズ37へ続きます===

 

 

 

 

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バギオの歯医者 日本語もOK 平日は5pm、土曜日は1pmから、日曜日は予約のみ

フィリピン・バギオの歯医者さんの中で、2014年6月現在 日本への留学経験があり、日本語も出来る先生は ノートルダム病院で歯科クリニックをもっている Dr. DAET ダエット先生お一人です.

以前は、ポルタバガのビルの中にもお二人の日本留学経験者の歯科医がいらっしゃいましたが、今は、マニラ方面、中東方面へ 大学で教鞭をとるためにバギオを出られました.

02_drdaet_020

このノートル・ダム病院は、バギオ大学のすぐ隣にあります.

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こちらを ずーっと奥へお入りください・・・

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手前の新館には 救急治療室があります・・・

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いろいろな科のお医者さんたちが入っているのは、奥にある旧館です.

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入ると 受付や薬局などがあります・・・

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受付の前から二階に上がると お医者さんたちのクリニックが並んでいます・・・

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209号室に ダエット先生の歯科クリニックがあります.

平日の診療は 5PMから

土曜日は 1PMから

日曜日は 予約のみを受けるそうです

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ダエット先生の携帯番号は 上のとおりです・・・

14_drdaet_004

クリニックの中を覗いてみましょう・・・・

15_drdaet_002

こちらが あなたの特等席です・・・笑

17_drdaet_001

はい、こちらの先生が ドクター・ダエット です.

先生は、平日の昼間は バギオ大学で 歯科学部の教授であり、

又、日本語のクラスを 3~4つ受け持ってもいるそうです.

でも、土曜日、日曜日に診てもらえるのはありがたいですね・・・

古い情報ですが、もっと詳しくは こちらのサイトでどうぞ・・・

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2008/03/post_1bd6.html

尚、フィリピンの医療事情は歯科も含めて 日本とは異なりますので、

親不知など複雑な治療は 日本の親不知を専門で扱う歯科医などで

治療されることをお薦めします・・・

ところで、治療費の目安ですが:

2014年6月に 私自身が治療をしてもらった料金は以下の通りでした・・・

虫歯3本の詰め物を入れて 1,500ペソ (1時間15分)

歯のヤニ除去クリーニング 1,000ペソ (30分)

以上、ご参考までとしてください・・・・

では、お大事に・・・・

こちらの歯医者さんは今 中近東の大学の教授になっています:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/01/post-3e29.html

 

 

 

 

 

 

 

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「日本人の脳」角田忠信著 -  4 どんな言語環境で子供を育てるかで脳が決まる・・

 

 

角田忠信著「日本人の脳」を読みながら、自分の脳の中を整理しています・・

 

 

「日本語の特徴 

 - 大脳レベルに見出される西欧語と日本語の母音認知過程の差

 

p46

この研究に用いた方法が日常生活で遭遇することのない極めて

特殊な条件下に脳のレベルで出現する現象を扱っている・・・

 

寧ろ我々が日常何気なく信じ込んでいた基本的事象のうちに、

それが脳のレベルに迄さかのぼって追求すると驚くほど豊富な未知の

世界が残されていることにまず気付いていただくことが必要である

 

 

p47

・・・左の優位半球が障害されて起こる失語症の場合には、ことばの 

コミュニケーションは重大な障害を蒙り、・・・右の言語劣位半球の

障害例では少なくとも言語の理解に障害を示すことは稀とされている.

 

 

p50

・・・一般に言葉の刺激に対しては左半球優位、メロディーなどの

非言語音に対しては右半球優位の成績が得られることが定説となって

いる. 筆者はキムラ法が自覚検査であることから発展性に乏しい

と考え、新しい他覚検査法として次のような条件に合うものを追求

してきた.

 

=== ここでは、実験に使われる検査法について、

    それが客観的なデータとなりうるためには、自覚的な

    ものではだめで、他覚的な検査法にしなくてはならない

    ということが述べられています.

    聴覚で調べるわけですから、普通はある人 本人が

    「聞こえています」「聞こえていません」みたいな話に

    なっちゃうわけですよね・・・それではいけないと・・・

 

p51

大脳半球優位性テスト(角田)について」

この方法は遅延聴覚フィードバック効果を利用した方法である.

以下DAF効果と略す. 我々は自分の言葉を聴き乍ら発声をしている

ので、若しこの聴覚のモニターに異常があると言葉にも異常が

起こってくる. 

 

・・・即ちモニターし易い音とそれを妨害する音を両耳に同時に

与えるという左右の耳の競合状態で、どちら側がDFA効果に鋭敏

であるかを検出する方法である・・・・

 

=== この辺りは、著者が開発した検査方法の詳細が書かれて

    いますが、よく理解できないのでパス !

 

 

 

「日本人の各種の音に対する優位性のパターンの特徴」

p54

・・・日本人では母音は子音と同様に言語優位半球が優位となり、

非言語音では劣位半球優位となることが実証されている.

 

 

「西欧諸国人にみられる母音の大脳優位性パターンの特徴」

p56

・・・非言語音の優位性に関しては両者間に矛盾はないが、

母音については大きな相違がみられる. 

 

p58

25名の成績は・・・母音と純音の優位性は一致して、日本人型

母音と純音の優位側が異なる)は見られなかった.

・・・・西欧人の中でも母音機構が日本語に似ていると言われる

スペイン語、イタリア語においても優位性の立場からは

日本語との類似性は全く見出し得なかった.

 

 

母音/あ/が純音とは異なり、言語優位半球優位である日本人

パターンは、日本人に特異的な遺伝因子によるものか、または

日本語という特殊な言語環境によるものであろうか?

 

 

=== ここでの実験対象は、

    東京在住の西欧人24名、バングラディッシュ人1名、

    内訳は、フランス人6名、米国人7名、オーストラリア人3名、

    イギリス人1名、スエーデン人2名、イタリア人2名、

    スペイン人1名、ベネゼラ人1名、オーストリア人1名・・

    となっています.

    さて、そこで、この結果が遺伝的なものなのかどうかっていう

    話に進むわけです・・・・

 

 

p60

日本人の特徴が遺伝因子によるものであれば、西欧語を母国語

とする環境で育っても日本人本来のパターンを維持するであろうし、

また若し言語環境によって変わるものであれば、日本人であっても

西欧語パターンを示すであろう.

 

 

p61

・・・以上のことから母音の優位性パターンは、十歳以下の 

母国語によって定まり、文字学習によって強化されると 

この型は一生を通じて維持され、第二外国語を学習しても

それは元の優位性パターンを変えるまでには至らぬことを示している.

 

西欧人被験者のなかには、在日期間が長く日本語に全く不自由の

無いひとが含まれているが、優位性パターンは西欧型のままで

変わっていなかった.

 

p62

以上のことから日本人に見られる母音の優位性パターンの特徴は

日本語の特殊性に由来するものと結論することができ、

遺伝因子は否定される.

 

=== と言うことでありまして、遺伝じゃないんですねえ・・

    この検査は、日系人などを対象に実施されて、実証されています・・

    日本語の母音の音が、日本語環境で生まれて生活している

    十歳以下の間に、大脳にある種の機能をもつスイッチを

    作ってしまうってことになるわけですね・・・

    虫の声を 言語として認識するような人間になるためには

    生まれて数年間は日本語・・はたまた、その反対の脳に

    したければ自分の子供を西欧語の環境で育てるしか

    ないわけですね・・・

 

 

 

== その5に続く ==

 

 

 

 

 

 

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