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2014年1月25日 (土)

NHK TVドラマ 「足尾から来た女」 を見る小太郎・・・

小太郎が ドラマをじっと見ている・・・・

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・・この前は、NHKで ペンギンの親子の番組に じっと視線を固定していたから、 動物番組が好きなんだろうと思っていたんですがね・・・・

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・・今回は、なんと シリアスな 「足尾から来た女」 ですよ・・・

こっちの方が うとうとしているのに、小太郎は しっかり画面を見ている・・・・

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・・小太郎は きっと天才猫に違いない・・・・

・・・そのうち、テーブルの上に置かれた 仏教の本や 司馬遼太郎の本なんかを 読みだすに違いない・・・・・

にゃんちゃって・・・!!!

 

 

 

 

 

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2014年1月24日 (金)

鶴瓶の家族に乾杯! 速水もこみち 長崎県佐世保市(後編) 我が故郷を行く

鶴瓶と速水もこみちの長崎県佐世保市での「家族に乾杯」、その後編.

今回は 我が故郷ながら、知らないことがたくさんありました・・・・

前編で お店が満員で食べそこなった「グリル門」の「レモン・ステーキ」

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これですねえ~~、旨そうだ・・・

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なんと、ここで「佐世保流」の ご飯の食べ方・・・

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鶴瓶 「こんなことやったら 怒られちゃう・・・」

確かに普通は 「そんな汚いことやらないで・・!!」 とかなんとか言われそうですね.

しかし、考えてみると、欧米なんかでも、パンは こういうソースを付けて食べるというのが普通らしいですよね.

せっかくの美味しいソースをきっちり食べるということではもっともなマナーかな・・・

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さて、お次は 海の幸・・・

日本一とは知りませんでした・・・いいね!!

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・・いろんな製品もあるんですね・・・美味しそう・・・

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「いりこは丸ごと食べる」

はい、私も小さいころに 丸ごとたくさん、おやつ代わりに食べていました・・・

それで、一応歯が元気なのかもしれないですね・・・

でも、これって全国的に フツー じゃないんですか???

味噌汁の出汁を取った後のいりこは さすがに味がないから、猫ちゃんにあげていましたけどね・・・

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そして、これは「世知原茶」・・・

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世知原茶だったどうかは知りませんが、小さい頃はよく緑茶を飲んでいたもんです・・・

最近は・・・ほとんど珈琲・・・・というか・・麦汁かなあ・・・・

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この緑茶をうがいに使う・・・・って・・・・ それ「佐世保流」 ??

これは知らなかったなあ・・・・いつからやっているんでしょうね.

うちは貧乏だったから・・・これは無理だったと思うなあ・・・・

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・・さあ、ここから、鶴瓶さんは浅子町、もこみちさんは三川内へ行くんです・・・・

私の生家は、佐世保駅から 駆け上がって10分くらいかな・・・・

坂がしんどいんで、今は走るなんてできないですけどね.

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・・浅子町のカトリック教会・・・

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浅子地区の市民はほとんどがカトリックなんだそうです.

http://www1.odn.ne.jp/tomas/asago.htm

私はここには行ったことがないんです・・・・灯台元暗し・・・ですね.

超真面目だったんで、家と学校の行き来しかしてないですもんね、高校まで・・・

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これが浅子教会ですが、12月1日からは・・・・

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・・・こうなるんだそうですよ・・・

私の生家からちょっと下ったところに三浦教会というのがあるんですけどね、こんな感じで、時々敷地内に侵入して 遊んでいたもんです・・・

http://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/270/

「佐世保へ多くの信者が移住し、1897(明治30)年、佐世保天主公教会がはじまった。1931(昭和6)年、現在地に教会堂が建つ。」

私は三浦教会としか覚えていなかったんですけど、正しくは「三浦町教会堂」だったんですねえ・・・

戸口から、中を覗いたりして、讃美歌なんかを聞いたりしていました・・・

http://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/building/inside.cfm

「軍港である佐世保港を一望できることから第二次世界大戦中は軍からの監視を受け、さらに空襲をさけるためとして白い外壁にコールタールを塗られ黒一色の姿になったが、1945年(昭和20年)6月28日佐世保大空襲では焼失を免れている。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E7%94%BA%E6%95%99%E4%BC%9A

へえ~~~、確かに教会からの見晴しはいいですもんねえ・・・

ところで、佐世保市のキリスト教の信者数ってどれくらいなんでしょうかね?

http://blogs.yahoo.co.jp/kmy22jp/37665124.html

このサイトに、建設当時は 1200人余り とありますが・・・・

「建設当時の信徒数は1200人余り、これら信者は明治中期以降の都市の急膨張と共に平戸、田平、長崎、外海等から移住してきた人達であった。」

日本のカトリック教会については、こちら:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E6%95%99%E4%BC%9A

さすがに、長崎は1県としては飛びぬけて多いですね・・・

私の家は 浄土真宗でしたけど、高校時代は英語の勉強の為に、一時期 英和対訳の聖書なんかを読んでいたことはあります.

友達の中にカトリックの人がいたという覚えはありません・・・

私の母は、独身時代に東京でカトリックの洗礼を受けたという話は聞いたことがありますが、結婚して浄土真宗になったみたいです・・・

それに、母方の叔父は、鹿児島の郷土史家として、キリスト教伝来や隠れキリシタンなどに詳しく、信者のグループの人たちに史跡の案内をしていたほどでした・・・・ ただ、本人はこれも浄土真宗でしたが・・・

・・・・さて、一方の 速水もこみち さんですが・・・・

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・・・三川内(みかわち)焼の 窯元を訪問・・・

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平戸松山窯(ひらど・しょうざん・がま)の 三川内焼なんですが・・・

こちらの公式サイトがありました・・・

http://www.hiradoshouzan.com/

三川内焼の歴史をちょっと読んでみましょうか・・・・

http://www.hiradoshouzan.com/tsuite1.html

「三川内焼は、十六世紀末 当時の平戸藩主 松浦鎮信公が、「朝鮮の役」の時 平戸に連れ帰った 陶工達に焼き物を作らせたのが始まりとされます。そのため三川内焼は別名平戸焼といわれます。 」

・・・要するに、朝鮮半島の専門家を 拉致して連れてきたってことでしょうか?

実は、たまたま2~3日前に読み終わったばかりの本がありまして、

これが 司馬遼太郎の 

 

「故郷忘じがたく候」

ー 異国の地で 四百年を生きた 陶工たちの望郷の詩 -

・・ってやつでして、

この本は、鹿児島県の苗代川に 同じような 「古朝鮮人」によって作られた陶工たちの村があることを 司馬遼太郎が探し求めていったことが書いてあるんです.

http://www.amazon.co.jp/%E6%95%85%E9%83%B7%E5%BF%98%E3%81%98%E3%81%8C%E3%81%9F%E3%81%8F%E5%80%99-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8F%B8%E9%A6%AC-%E9%81%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4167663147

その薩摩焼・苗代焼については、こちらのサイト:

http://fujimototougeikan.jimdo.com/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E9%99%B6%E6%A5%AD%E5%8D%94%E5%90%8C%E7%B5%84%E5%90%88%E7%AA%AF%E5%85%83%E7%B4%B9%E4%BB%8B/%E3%81%AA-%E3%81%AF%E8%A1%8C-%E7%AA%AF%E5%85%83/%E8%8B%97%E4%BB%A3%E5%B7%9D%E7%84%BC%E8%8D%92%E6%9C%A8%E9%99%B6%E7%AA%AF/

・・・さて、話を三川内焼の 速水もこみちさんに 戻しますと・・・・

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・・なんと、体験入学・・・初めてなんだそうですが・・・・

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「ここに就職したらどう??」

と言われるほどの、「思い切りの良い筆運び」でした・・・

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・・なかなかの出来栄え・・・

・才能のある人は いろんなことが出来るんだねえ ~~~素晴らしい

私は、すぐ近くの場所であったのに、この三川内には行ったことがないし、この焼き物を手に取ってみたこともないんです・・・

ただ、どこかで良く見かけた「唐子」は 覚えています・・・

http://www.hiradoshouzan.com/tsuite2.html

「絵柄は、伝統的に三川内焼きで描かれてきた『唐子絵』が中心です。その他、草花や生き物など様々なモチーフがあります。『唐子絵』は、江戸時代に『献上唐子図』と言われ藩の命により『七人唐子図』が献上品として描かれていました。」

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・・そして、最後に、まったく知らなかったこのお寿司・・・・

平戸寿司

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・・お寿司の中に 具をしっかりつめて・・・・

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・・・押し寿司のように型を押して・・・・

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・・・下から抜く・・・わけです・・・

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・・・ってことで、「腹の中は見せない」 んですね・・・

・・つまり、逆にぎり寿司 OR 角おにぎり OR 平戸風押し寿司 ??

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・・というお話でした・・・・

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・・・いや~~、やっぱり ふるさとは いいねえ~~~

 

・・・・ と思いつつ、ふっと、伊之助のことを思い出しました・・・

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/01/post-ca1d.html

先日 こんなことを書いたんですけど、この伊之助は 100年前に フィリピンに来て、ちゃんと故郷に帰ったんだろうか・・・?

おそらく、当時は 農家の長男以外は 口減らしの運命にあったんじゃないかと思うんです・・・それで移民した・・・ そうせざるを得ない 日本の状況だった・・・

そして、今.

私が フィリピン・バギオに住んでいるわけですねえ・・・

日本に何代にも渡って地元に住み、その地場産業を支えて来た人たちは素晴らしいなあと、時々思うんです・・・

もちろん、都会に憧れて出て行った人は多いと思うんですが、本人の意思に反していたとしても、地元の産業を伝統的に支えて来た人たちがあってこその 日本の文化であり産業だと思うんです・・・

地方にそのような様々な人たちが居て、日本という国がある.

私の場合は、兄貴が和菓子屋を継ぎましたからね、私は家を出なければならんかったわけですよ・・・

でも、私が中学・高校の頃、その兄貴が「グレ」てましてね・・・笑

兄貴が家に戻らないんなら、俺が和菓子屋を継ぐしかないな・・・などと なんとなく覚悟を決めていたような思いもあったわけです・・・

しかし、そうはならず、兄貴が家に戻ったんですね・・・

あの時、歴史が変わった・・んですねえ・・・笑

そして、今、私はフィリピン・バギオに、まるで 伊之助のごとく フィリピンに居る.

そして、それはそれで、なんとなく幸せなこと・・・・

しかし、このブログのハンドル・ネームを 「させ たもつ」 としているところに、切ってもきれない、望郷の念があるんでしょう・・・・

「故郷忘じがたく候」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月22日 (水)

小太郎が バギオは寒いって泣くもんで、お家を作ってもらいました

フィリピン・バギオの冬は寒いんです・・・

フィリピンに「冬」なんてものがあるのか!?

・・それが、あるんです.

バギオは標高1300から1600メートルぐらいのところにあるもんで、寒いんです・・

1月、今現在は 昼間で 17度前後なんですが、夜ともなれば、10度以下、最低気温は 6~7度なんです・・・

そんなもの寒いとは言わないだろう~~??

「涼しい」のうちじゃないか・・・??

確かにね、日本に比べりゃ、そうなんですがね・・・・

私もバギオに移り住んだ当初は、皮ジャンやら、厚手のセーターやら、毛糸の帽子やらが、店頭に並んでいるのを見て、フィリピンでこんなものを着るやつがいるのか・・・と 鼻で笑っていたんです・・・

それから10年・・・私の身体は すっかり バギオ仕様になっちゃったんですね・・・

コタツが欲しいです・・・

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 さて、本題に入りましょう・・・・

 小太郎は トラちゃんの息子でして・・・初めての越冬なんですな・・・

 左がトラちゃんで、右が小太郎・・・

 この小太郎が 1月になってから、ちょっと私の部屋に入れてあげたら・・・

 「世の中には こんなにあったかい、南国リゾートみたいな場所があったのか・・・」

 なんてことで、毛布を膝にかけて 司馬遼太郎を読んでいる、私の膝に乗っかっていたわけです・・・・・

 本を読んでいると、突然、小太郎がすっくと立ち上がり、

 なにかをジッと見つめているんですね・・・・

 その視線の先には・・・・

 NHKの番組で、 ペンギンの親子が 映っておりまして・・・

 ・・・ああ、それ以来、味をしめちゃったわけですな・・・

 こんなに南国みたいな場所で、ペンギンが見られる・・・

 私が 部屋に戻るたびに、するりとドアを抜けて、人様の部屋に潜り込むようになっちまって・・・・

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 そして、寒い夜に 部屋から閉め出すと・・・

 ドアの外で 「入れてくれ~~~、入れろ~~、鬼~~~!!」

 などと叫ぶわけですな.

 私としては、近所の手前、「鬼」などと叫ばれるのは 心外ですからな・・・

 品格のある店子としては、大家さんに恥をかかせるわけにもいかず・・・

 これは対策をとらねば・・・ってことで、

 それに、部屋に入れると、いずれ 蚤地獄になりますんでね・・・・・

 大家さんに

 「小太郎の寝床をなんとか・・・・」

 とお願いに及んだわけですよ.

 それで、出来たのが、写真の右の方に置いてある

 段ボール箱なわけです・・・

 中には、足ふきに使っていた厚手の布も入れてありました・・・

 大家さん・・というか・・ヘルパーさんの心づかいが嬉しいねえ・・・

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 さて、トラちゃんなんですが・・・・

 相変わらず 男である小太郎が 近づくと

 「う~~、う~~、 近づくんじゃないよ・・・・」

 と威嚇はするんですがね・・・

 食事の時は、一応仲良くやっているわけです・・・

 そこで、疑問が湧いて来たんですね.

 犬も この家では飼っているんですが、

 この犬の親子は、食事ともなると 仲良くなんてやってない・・・

 まさに、争奪戦・・ 親子といえども 仁義なき戦い になっちまうんですねええ・・

 なんで???

 

 それはともかく・・・・

 この小太郎ちゃん、

 オス猫は 普通 大人になると 放浪の旅に出るみたいなんですね・・・

 いつ頃 いなくなるのか・・・・

 それを考えると、今から ちょっと切ない・・・なあ・・・・

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今、小太郎の家の前を通りかかったら、

 段ボール箱から顔を出して

 「みゃ~~」 と 私に向かって 声をかけた・・・・

 この「みゃ~~」 は、

 「うらめしや~~~」 なのか 「ラッキー」 なのか・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月20日 (月)

バギオ・ミッドランド新聞の NOMINATION 2013 ; 一年を振り返る

フィリピン・バギオ市を中心に週刊の新聞でありながら最大の部数を誇ると
言われているバギオ・ミッドランド新聞.

このバギオ周辺でもっとも信頼されている新聞社が毎年年末に行う
NOMINATION ノミネーション 2013 を読んでみましたところ、
日本あるいは、日本人関連で 以下のようなものが掲載されていました.

NOMINATIONS 2013
http://www.baguiomidlandcourier.com.ph/nominations2013.asp

ちなみに、2012年の年末はこちら:
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2013/01/post-3d55.html

Coffee planter of the year =  Mariko Sorimachi
http://cordillera.exblog.jp/21200569/
環境NGOのコーディリエラ・グリーン・ネットワークの活動で、
山岳民族に現金収入をもたらしながら、山々の木々を守っていこうとの
植林活動です.

Consistent but silent donor of the year - JICA
継続的に支援をしてくれる日本・・・
・・それも静かにやってくれている・・・控え目なJICAということでしょうか・・

Most enterprising foreigner of the year - Hiro Okuda
enterprisingという単語は 辞書によれば
「進取的な、積極的な、進取の気性に富んだ」ということで、
この「積極的な外国人」は素晴らし評価を受けているのかなと思いきや、
実は 強烈な皮肉 だと、地元の人から聞きました・・・
このバギオ・ミッドランド新聞を日頃から読んでいればわかるのだそうです.

Nagsusulputan of the year  - Japan Surplus stores
http://www.mybaguio.biz/component/option,com_classifieds/Itemid,61/catid,0/searchadv,baby/type,1/limit,11/limitstart,33/
nagsusulputanという言葉は、「次から次に・・・」という意味合いのタガログ語
なのだそうですが、インターネット翻訳には出てきませんでした・・・
japan surplus と言うのは、「残り物」とか「余ったもの」という意味ではあるのですが、
実際のその看板を掲げたお店に行ってみると、「日本で捨てられたもの」
日本の中古品」が店頭に並んでいます.
つまりこの意味合いは、最近 あちこちに開店した 「日本の中古品屋さん」が
どんどん増えてます・・・ということを言っているようです.
私が聞いた限りでも 4軒以上あるようです・・・

Non-performing asset of the year - La Trinidad’s black hole machine
http://www.sunstar.com.ph/baguio/local-news/2013/07/03/blackhole-inventor-faces-la-trinidad-council-290433
この 「全然働いていない資産」というのは、バギオ市の隣町 ラ・トリニダッド町に
導入されたごみ処理機、その名も 「ブラック・ホール」という怪しげな装置です.
名前からして怪しげだったんですが、実際導入されてから一度も動いていないとの
話です・・・・それが日本製だって言うんですから、困っちゃうなあ・・・・

Oriental medicine loss of the year - Dr. Charles Cheng
http://newsinfo.inquirer.net/499619/baguio-doc-leaves-behind-proofs-of-kindness

http://janl.exblog.jp/16943245/

この方、チャールズ・チェン医師は、漢方薬や針灸を施す中国系フィリピン人の先生なのですが、文化活動などの分野でも日本人に対して様々なご協力をいただいた方で、上記サイトの平和慰霊祭でのレクチャーもされました・・・.
お元気な方でしたが、突然他界され、残念に思っています・・・合掌

Papermaker of the year - Asao Shimura
http://cordillera.exblog.jp/19044195/
http://www.manila-shimbun.com/award/sp008/award209262.html
志村朝夫さんは、上のサイトでご覧のとおり、北部ルソン島の山の中で
手すき和紙を制作しているアーティストです.

2014年が 益々 日本人がフィリピンで活躍してくれる年になれば、嬉しいですね・・・・

 

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