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2014年10月10日 (金)

「日本人の脳」 角田忠信著 -  気にかかっている説

 

角田忠信著 「日本人の脳」 に関連しそうな記事をチェックしています:

こんなサイトが見つかりました・・・

 

外国語が下手な日本人

青柳武彦

http://www.glocom.ac.jp/project/chijo/2001_07/2001_07_26.html

 

上のサイトから角田氏の説に関連すると思われる部分を引用すると:

 

日本語は正確な子音の発音よりも単語や文節のアクセントに重点をおく傾向がある。したがって日本人は、聞き取れなかった子音の部分は無意識のうちに予測と補完を行うという習性を持っている。

 

各国の言語の声域には、それぞれ固有の優生な周波数帯があって、それを「パスバンド」と呼んでいる。日本語は1251500ヘルツまでの比較的低くて狭い周波数帯にある。それぞれの言語を使う民族の大脳言語野の細胞は、その固有のパスバンド内の音しか言語として認識しない。それ以下、および以上の周波数の音が聞こえていないわけでは決してないが、それらの音は聴覚野で言語以外の音として仕分けされて、言語野以外の感覚野に送られてしまうのだ。

 

外国語の聞き取りにもっとも重要な子音は殆どが日本語のパスバンド以上の周波数帯に属しているのだ。イギリス英語は200012000ヘルツの間である。米語はもう少し低くて10004000ヘルツ位、フランス語は10002000ヘルツの間で、ロシア語を使うスラブ民族は1258000ヘルツという広い帯域を使っている。

 

例えば「l」と「r」、「h」と「f」の区別が重要であるが、日本語では区別する必要はない。la li lu le lo でも ra ri ru re ro でも同じ「ラリルレロ」として通用するのである。

 

人間は、どんな周波数の音素でも認識するのに必要な種類の細胞をすべて持って生まれてくる。しかし、誕生後2年くらいまでの間に頻繁に耳にする言語の周波数帯に反応する細胞を残して、他はすべて消滅してしまうのだ。

 

ただし幼児が言葉を解するようになったら、つまり言語野が発達してきたら、その音素を使った言葉で話し掛けてやる必要がある。そうしないと、その細胞は聴覚野の他の部分で発達してしまって、肝心の言語野で発達しない。

 

米国のクール(P.K.Kur)が行った実験1によると、生後6ヶ月の幼児にして、すでに自国語の音素特性の変化(自国語の音声知覚マップ)のみに反応し、他国後のそれには反応しなくなり始めることが観察されるとのことである。

 

幼児期に死滅してしまった細胞が復活することはあり得ない。しかしその後でも、訓練を重ねることにより、別の種類のニューロン2の軸策が伸びてシナプス3を形成し、新たなネットワークを形成する。そのネットワークが、死滅した細胞が担うはずであった機能を代替して備えることがあり得る。

 

ATR人間情報通信研究所の山田玲子研究員は、成人のボランティアを募って「l」と「r」の識別実験を行った。light(光)と right(右、権利)、love(愛する)と rub(こする)のような単語の272組を、5人のネイティブに発音してもらう聞き取りテストを行った。そして、テスト結果に基いて組み上げたカリキュラムにより特訓を行った。その結果、被験者の9割近くは何とか識別が出来るようになったとのことである。

 

外国語が聞き取れないのは、高い周波数の音が聞こえないからではなくて、それを脳の聴覚野が仕分けの段階で言語野以外の感覚野に送ってしまうからである。

 

=== 以上の引用から考えられることは、角田氏の説はかなりの

    説得力をもつということになるということだとと思う.

    つまり、日本語の母音を主体とした言語が 日本語で育った

 

    人間の脳の働き方を決定しているということである.

    日本語の母音が言語脳に振り分けられる音になっているという

    ことのようだ.

    角田説では「脳の中にスイッチがある」というような言い方を

    しているのが、ここでは細胞レベルの話になっている.

 

 

youtubeにも書評がありました・・・

角田忠信氏の説が5分で分かります・・・

http://www.youtube.com/watch?v=msqpOCCNlMM

 

 

 

言語について  周波数 母音・子音

http://ha-service.jp/gengo.html

これは補聴器サービスをしている会社のサイトだが、

ここでも音声の周波数のことが書いてあった・・・

角田説に関わりそうな部分を引用:

 

標準の日本語の母音にはa/i/u/e/oの五つがあり、比較的開かれた声帯を通る有声音が使われ、 低い周波数エネルギーと音量があり、長い発声時間をとります。

 

===ここにあるグラフをみると、あ、い、う、え、お の周波数は

 

   いずれも800Hz以下のところにあるようです・・

 

再度、英語の周波数について書いてある表などを引用すると:

 

上の表は英語の会話におけるものです。母音の成分が多い500Hz以下の会話のエネルギーは全体の60%を占めていますが、会話の了解度に貢献する度合いはわずか5%にすぎません。

500Hzから2000Hzの範囲が全体の70%を占め、最も重要な周波数帯となります。

日本語の場合はこの表の通りではなく、母音単独でも意味を持つこともある日本語の場合はもう少し500Hz以下の周波数帯の理解度に対する貢献は高いとされます。

 

=== この※のところのコメントが いみじくも

    「日本語の場合は・・・母音単独でも意味を持つこともある・・」

    「500Hz以下の周波数帯の理解度に対する貢献は高い・・」

    と書いてあり、ここも角田説を支持する内容かと思います.

    つまり、日本語の場合は 母音が重要であるという部分です.

 

 

さて、ここで、日本人は自然の音を「言語脳」で処理しているという

角田説のポイントなんですが・・・

自然の音は 日本語の母音と似た周波数なのかどうか・・・

そこで、ちょっとポイントがずれているかもしれませんが、

下のようなサイトをみつけました・・・

(ただし、スピリチュアルなことを書いてあるサイトなので

 どこまでが科学的なのかは疑問ですが・・・)

 

「これらの自然の周波の全ては、432Hzで振動し、それは宇宙の自然周波数でもあります。」

https://pure432.wordpress.com/tag/%EF%BC%94%EF%BC%93%EF%BC%92%EF%BD%88%EF%BD%9A%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AE%E5%91%A8%E6%B3%A2%E6%95%B0/

 

このサイトから引用してみますと:

 

不思議な事に街から田舎に出ると、生き返るような感じ  色彩の濃淡、音、鳥、カエル、流水の音などは、心の癒しの効果があります。これらの音は、ヘルツ(Hz)で測定される振動周波数で構成されています。これらの自然の周波の全ては、432Hzで振動し、それは宇宙の自然周波数でもあります。

 

シャーマンや他の宗教さえアヤフアスカ・ヒーリングの儀式の際に、彼らの歌に432Hzのトーンを使用しています。ティベットのシンギングボウルでさえ、432Hzに調整されています。そして他の古代の楽器の多くも共にこの自然周波数にチューニングされています。

 

 

こちらのサイトには、虫の声の周波数が書いてありました.

遠くからは聞き取りにくい虫の声

http://nakaikemi.com/mushinone.htm

 

引用:

虫の声は周波数が4Hz以上と高いものが多く、若い人の耳ならともかく、老化し始めた耳には聞き取りにくいようです。ところが、カンタンだけは鳴く虫の中でも周波数が低く、2kHz前後なので年を取った人の耳にも良く聞こえるわけです。

 

88鍵のピアノの鍵盤を押した時に出る音の周波数(c/sHz、ヘルツ)を表したものです。白鍵52、黒鍵36の皆さんの家にもある普通のピアノを例にとって説明します。最低音は27.5Hz、最高音は4186Hzになっています。

 

トンボの羽音周波数は鍵盤では最も低い2030Hz近傍の「ラ」「シ」に当たります。ミツバチは190Hzで「レ」の音に近いですね。イエバエでは200Hzで「ミ」の近くです。虫たちは「ラー」とか「シー」とか「レー」とか「ミー」のように羽音をたてていたというわけです。

 さて、人の声はどのあたりの周波数なのでしょうか。人の声の周波数は大体80Hzから1,100Hz1.1KHz)だといわれています。ということは、ミツバチやイエバエや蚊の羽音の物真似は故江戸屋猫八さんや江戸屋子猫さんのように、我々人間にも出来るわけですね。 

 

=== ここは 角田説とちょっと合わないのかなと思う部分です・・

    角田説では、自然の音、声が 日本語の母音の周波数に

    似ているのじゃないかと読めるのですが、虫の声については

    周波数がえらく高く、一方で虫の羽音はかなり低くなっています.

 

    また、角田説では、洋楽器と邦楽器の周波数の違いととれる

    話が出てくるのですが、このサイトには洋楽器の周波数しか

    掲載してないので、邦楽器との差については分かりません・・

 

 

そこで、いろいろ検索してみたところ、こんな和楽器(邦楽器)に

ついて書いてあるサイトが見つかりました:

 

 

 

しの笛の特徴 歴史 和楽器 音について

http://shinobue-wako.neosailand.com/category7/

 

引用:

 

ですから和楽器の三味線や箏、尺八や横笛などは自然の音を積極的に受け入れ自然の音、自身をも音楽として捉えています。風や空気など自然の音も音階に組み入れています。

 

もともと、日本古来の音楽は言葉から生まれたそのままの姿で行きつづけてきたのである。

これは今日でもその通りでたとえば、師匠は弟子たちに「決して歌おうとするな、語ろうと思え。語ればおのずから歌になる」

と教えている。 

 

和楽器は非常に広い範囲の周波数を含んだ音を一度に出します。中心になる音の周りには、むらなく高音、低音、倍音等の成分が一緒に楽器から創出されます。

 

西洋の楽器のようなにエネルギー量の狭い音幅で継続的に出せる楽器とは異なります。

 

 

日本古来の音楽と近代ヨーロッパ音楽とはいわば水と油にある。これは、こと和音構造の面に限ってみてもその通りで

ヨーロッパ音楽の充填された和音に対して日本音楽のそれは、洗練に向かうほど天と線の簡素な構造を指向する性質があることからもわかる。

 

外国人の脳は、音楽において「器楽曲・機械音・雑音」を処理するとともに日本人の脳では言語脳に取り込まれる「母音・笑い声・泣き声・嘆き声・いびき・ハミング」及び「虫の音・鳥や獣の鳴き声」を処理し言語脳は「子音を含む音節<子音ー母音、子音ー母音ー子音ーまたは、それに似た音形>及び計算」を分担する。

 

従って「遺伝子因子は否定され」日本型の脳は「母音が有意である日本語の理解と発語に最も適した単脳言語パターンへの定着

による、という観察が成り立つ。

 

=== このサイトの著者は 角田説と思われる考え方を

    披露しています・・・

    しかし、残念ながら周波数などの科学的考察は

    書いてありません・・・

    しかし、あえて捜すと、和楽器は雑音みたいなものも含む

    広い範囲の周波数の音がでる一方、西洋楽器は狭い範囲だと

    書いてあります・・

    つまり、和楽器の場合は、日本語の母音の低い周波数の

    部分もカバーするような周波数帯の音も出しているという

    話に理解できます・・

    西洋楽器は高い周波数の部分で狭い範囲の音だということに

    なります・・・

 

残念ながら、角田説に出てくる諸々の音に周波数を確認することは

出来ませんでしたが、この説を支持する人はかなりいるような

気がします・・・

 

 

また何かを発見したら続きを書きたいと思います・・

 

角田説の詳しいことは、シリーズの1へ戻ってご覧ください.

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/06/post-a802.html

                   

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2014年10月 9日 (木)

フィリピンの停電・・・計画停電、融通停電?? ブラウンアウト??

フィリピンでは停電は、昔ほどではなくなったとは言うものの、一カ月か

二か月に一度くらいは バギオでも計画停電があるんです・・・

昨日の事だったんですけど、

「明日は 朝7時から 夕方5時まで 停電だよ」

と伝えられまして・・・・

「あれれ・・・いつもは9時からなのに なんで?」

と聞いたところ、今回の停電は 普通の計画停電じゃないっていうんですね・・

「他の地域に電力を融通するための停電だ」

・・って話で、こんな理由は初めてでした・・・

じゃあ、早目に起きて、朝7時には停電になってもいいように準備しとかなくちゃ、と早く起きたんですが、結局 家を出る8時30分までは何事もなく・・・

日本語教室の会場に行ったところ、

「今日は 停電です・・・・」

9時前から始まっていました・・・・

結局 授業はあきらめ、 土曜日に振り替え授業をすることに決定.

生徒たちがわざわざ出てきてくれていたので、

カフェ・バイ・ザ・ルインズで 朝のコーヒー・タイムをすることに・・・

Burnham_park_002

そこで出た話なんですが:

「フィリピンじゃあ、停電のことを BROWN OUT って言うよね?」

「はい、ブラウン・アウトです・・・」

「でも、本当の英語って BLACK OUT じゃないの?」

「はい、 英語は BLACK OUT ですね・・・・」

「じゃあ、なんで BROWN OUT なの??」

生徒たちはしばらく考えてから・・・・

「BROWN OUT は 短い時間の停電で、 BLACK OUT は 長い時間の停電だと思います・・・」

「私は、以前から思っていたんだけど、 BLOWN OUT のことを言っているのかなと思っていたんだけど・・・・」

・・・・

まあ、こんな話がありまして、 家に戻ってから 辞書で調べました:

http://translate.weblio.jp/

BROWN OUT 

点灯制限; 電圧低下; 電圧低減; 灯火管制

(電圧削減による)節電.

節電 節電せつでん)は、電気の使用量消費量)を節約すること。

光の消滅によって生じる暗闇敵機目に見えない都市のように

BLACK OUT 

(灯火管制によって)〈などを〉暗くする, 消灯する.

(停電などで)真っ暗になる.

停電; 消灯; 灯火管制.

停電; 電源喪失; 報道管制; 一過性黒内障; 所内全停; ブラックアウト; 暗黒視症; 灯火管制; 黒くらみ; 停電事故

BLOW OUT

明かりなどを〉吹き消す.

明かりなどが〉フッと消える.

【電気】 (ヒューズが)とぶこと.

火事または明りのように消す

ってことが やっと確認できました・・・

つまり、生徒が説明してくれた 「短い時間、長い時間」の違いが

BROWNOUT と BLACKOUT の違いであると 言えなくもなさそうです・・・

私が思っていた BLOWOUT もあながち間違いではなさそうですけど・・・

ちなみに、日本語から英語をひいてみると:

停電 :

power outage; electricity outage; blackout; failure of electricity supply

service interruption; blackout; electric outage; power cut

とりあえず、すっきりしました、 ブラウン・アウト !!

ところで、今日の融通停電ですど、

朝のお茶会の後、 映画館で一本映画を観て時間を潰し、

その後、3時ごろにラーメンを食べて下宿にもどったら、

なんと4時前だというのに、電気が戻っていました・・・

めでたし、めでたし・・・・

Burnham_park_003

 

 

 

 

 

 

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2014年10月 8日 (水)

おめえさん・・・誰に話しているんだよ・・・ フィリピンと日本の・・

いきなり運転手が言った・・・

「セルフォーン!」(携帯電話)

・・・えっ??

私はタクシーの後ろの席に座っていた・・・

俺に話しているんかな??

 

・・・最近は、タクシーの運転手も、ヘッドセットを頭につけて

他のタクシーの運ちゃん仲間と話していたり、

従来型の無線を使って 話していたり、

ひどい奴になると、携帯電話を手に持って話したりするんで、

そのいずれかかな・・・と思って観察しても

それらしき道具を触ったりはしていない・・・・

日本だったら、もちろん無線で車の手配の連絡はするだろうが、

私用のおしゃべりをやっているのは聞いたことがない・・・

公私の区別は はっきりしている・・・

しかし、俺に向かって いきなり 「携帯電話!」 と言われても

まったく心当たりもない・・・

そして、運ちゃんは その後 黙って運転している・・・

運ちゃんは後部席の俺を気にしている風でもない・・・

しばらくして、

「セルフォ~~ン!!」

という声が ラジオから聞こえてきた・・・・

イロカノ語で話されているというラジオ番組だが、

どうも これは 視聴者参加で放送されている クイズ番組であるようだ・・・

司会者の声と それに答える若い人の声が ラジオから聞こえてくる・・

つまり、クイズの答えが 「セルフォーン」携帯電話だったようだ・・・

運ちゃんは ラジオから流れてきた クイズの問に 声を出して答えたわけだ・・

しかし、いきなり 「セルフォーン!」なんて言われたらびっくりするよなあ~~

もっとも、携帯電話を手に持って だれかとおしゃべりされるより

ずっとマシなんですけどね・・・

 

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フィリピンの歴史教科書から学ぶ 43 スペイン国王によるチェック機能

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で

歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をして

います・・

 

7 SPANISH COLONIAL SYSTEM  第七章 スペインの植民地体制

027


 

p105

The Residencia 在住者 ? 執務調査法廷

 

 

Residencia とは、スペインによってフィリピンに導入された特有の司法機関である.

それは出国する総督やその他のスペイン人公職者が義務付けられており、在職中の行為について釈明を求められる審理である.

この審理は、その後任者あるいはこの目的の為に特別に任命された判事によって実施される.   

 

このresidenciaに臨んだ最初のスペイン人総督は Guido de Laezaris総督

(1572-75年)であった. 彼は 後任者であった そのResidenciaの議長であった Francisco de Sande総督によって有罪とされたのだ.  懲罰として、 Laezarisは Sandeによって、BetisLubaoencomiendas(エンコミエンダス)を返却することを命じられた. 

Laezarisは在任中に自分自身をその地位に置いていたのだった.

 

 

=== さて、ここで 意味不明のスペイン語らしい言葉がでてきまして・・

 Encomiendasで調べたところ、

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%80%E5%88%B6

「エンコミエンダは、スペイン王室がスペイン人入植者に、その功績に対する王室からの下賜として、一定地域の先住民を「委託する(エンコメンダール)」という制度であり、エンコミエンダの信託を受けた個人をエンコメンデーロ(encomendero)と呼んだ。征服者や入植者にその功績や身分に応じて一定数[1][2]のインディオを割り当て、一定期間その労働力を利用し、貢納物を受け取る権利を与えるとともに、彼らを保護しキリスト教徒に改宗させることを義務付けた。」

・・・つまり、植民地の原住民を使う権利を与えられた者、その制度のことを言うみたいです荘園制度の荘園主の先駆けみたいな地位のようですね・・・

 

p106

しかし、Laezarisは国王にこの裁判を申し立てた. 国王は、フィリピン征服期間の Laezaris働きぶりを認めて、彼を赦免し、ふたつのエンコミエンダを彼に戻した.

Sande総督自身も彼の任期(1575-80年)の最後に同じ悲運に見舞われることとなった.

このresidenciaにおいて、彼は後任者の Ronquillo de Panalosa総督によって、在任中に私服を肥やしたとして有罪とされたのだ.  それによって、Sandeは重い罰金を命じられた.

 

 

=== 初代の総督は、植民地化の功績によって赦免されたけれども、

    そこに追いやった二代目は その罠にはまってしまったんですねえ・・

    それにしても、この residenciaという用語をどう翻訳したらいいのか

    まだ分かりません・・・・スペイン語みたいなんですが・・

 

    ありました・・・

 http://kotobank.jp/word/%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%A2

 

「レシデンシア residencia

スペイン植民地における不正防止を目的とした執務調査法廷。副王,総督,長官など高級官僚の退任の際,義務づけられた任期中の行為の再審査機関。本来よりよい行政を意図したもので,罰金,投獄,財産没収などの処罰を伴うきびしいものであったが,現実には裁判官が買収され,本国政府もときには腐敗を黙認したため,植民地官僚は私腹を肥やす者が多かった。」

 

 

=== この後も 何人かの総督が有罪とされたことが書かれていますが、

    翻訳は省略します・・・

 

 

p106

 

The Visitador (訪問者 ?? )

インディオ訪問官? イ ンデ ィアス枢機会議 の監察官Visitador ?

 

=== 翻訳がはっきりしませんが、訪問してくる監察官というのがよさそうです・・・これに対して、上のresidenciaは、地元での在住者による執務調査法廷と   いうことになるのでしょうか・・・

 

 

もうひとつのフィリピンにおけるスペイン人総督の強大な権力のチェックは

Visitadorあるいは監察官であり、この監察官は、スペイン国王あるいは

メキシコ総督が一定の時期にマニラに派遣し、フィリピンの状況や、総督及び他の

スペイン人公職者に対する不満を調査するものであった.

 

 

1629年、Nino de Tabora総督(1626-1636年)の統治の時期に、

フィリップ5世国王は監察官の Francisco Rojas、メキシコの王室聴聞会の

Oidor(メンバー)、をマニラに派遣し、Tabora総督とマニラの王室聴聞会

との間の口論を調査した. その口論は、植民地軍の使用の為に中国人商人が

武器弾薬をマニラに持ち込むことを許可する権限が総督にあるかどうかと

いうことであった.

聴聞会は総督の権力の乱用であると告発し、武器密輸の罪で裁判を

受けるよう中国人商人に命令した. Rojasは、その訴訟をさらに研究した後、

植民地防衛を強化する軍備を輸入するための軍事的力を総督は持っている

という理由で、総督に有利なかたちで論争を結審した. 

総督を解放するとは別に、Rojasは聴聞会の二人のメンバーの職務を停止し、

無罪の中国人商人を悩ますことをやめさせた.

 

1738年、メキシコ総督は監察官をマニラに派遣した.  この監察官は

メキシコの王室聴聞会のメンバーの Jose Ignacio Arzadunであった.

彼のフィリピンの状況の調査の間に、カガヤン州で、スペイン人治安判事長の

職権乱用を発見した. この治安判事長は、無力な地元民たちから金銭を

奪い取って、私腹を肥やしていたのである. 彼はこの堕落したスペイン人公職者

を罰し、金銭を被害者に返済し、政府機関から永久に追放するという判決を

下した. 

 

 

== この教科書には、フィリピン内でのスペイン人の悪行をスペイン国王の

   機関、制度が懲らしめる、フィリピンの地元民たちの味方であるような感じ

      の書き方に見えるんですが、教授の話では、著者自身がスペイン系である

   ことに由来するのでしょうか・・・

 

=== シリーズ44へ続く===

 

 

 

 

 

 

 

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2014年10月 6日 (月)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 42 フィリピンの総督は日本と戦争をすることも出来た?

 

7月から9月まで、いろいろなイベントやら日本語教室に忙しくて歴史の教科書にむかう時間も気力もありませんでしたが、やっとひと心地つきましたので、ぼちぼち再開します・・・

 

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

フィリピンで極一般的に使われている歴史教科書を 元大学教授で歴史の教鞭をとっていたRolando氏に教えていただきながら、雑談をしています・・

 

 

7 MEXICAN RELATIONS  第七章 スペインの植民地体制

 

p104

 

 

新大陸の法律

 

スペインの植民地を治める数多くの法律が編纂され、Recopilacion de

Leyes de las Indiasという名称の使いやすい植民地規則として出版された.

これは一般には単純に新大陸の法律(Leyes de Indias)として知られている.

 

 

総督

 

スペイン時代のフィリピンの最高責任者は、長官であり総司令官であった.

これが正式の職位であった. しかし、普通は総督と呼ばれていた.

最高責任者として、スペインからの国王令とその他の法律を施行していた.

彼は、植民地軍の最高司令官であった. 彼は植民地の役人を指名し、又

解任した. しかし、国王が指名した者は例外であった.

 

1861年まで Royal Audiencia(最高裁判所)の長官を務めていた.

植民地における国王の代理人として、王室の副後援者を務め、

教会教区の聖職者を指名する権威を持ち、又、宗教権威者間のの論争

に介入した.

 

スペインはフィリピンから遠く離れていたため、総督は君主としての

力を行使した. 総督は東洋においては、中国、日本、シャム、その他の

国々との間で、戦争かあるいは平和かの宣言も出すことが出来た.

彼は、フィリピンばかりではなく、マリアナ諸島、カロリン諸島、

そしてパラオ(太平洋の諸島)も監督していた.

 

スペイン時代には、これらの島々はフィリピンの一部であると見なされて

いた. 

最終的には、この総督は、スペインからの国王令や法律に対しても

拒否権を行使することが出来た.

 

 

===拒否権があるってのが トラブルの元でしょうかねえ・・・

 

 

総督 gubernatorialの権力に対するチェック

 

絶大な力を持つ総督は以下によってチェックされます:

(1)スペイン時代の最高裁であった王室聴聞会

(2)国王の法廷において影響力のあった大司教や聖職者

(3)部下である公職者および市民から国王への直訴

(4)在住者、 出国する総督やその他のスペイン人公職者の審理で、

   在職中の彼らの行為についての釈明を求められた.

(5)訪問者、 国王あるいはメキシコ総督がフィリピンの状況を

   調査するために植民地に派遣した調査官.

 

=== 一応 いくつかのチェック体制はあったようですが、

    実際には どのていど機能したのか・・・・

 

 

p105

 

王室聴聞会

 

これはスペイン時代の最高裁判所でした. これは1583年5月15日に

国王の命令で設置されたもので、最初の会議は1584年6月15日にマニラで

開催されました.

 

 

初代の王室聴聞会の議長は総督のサンティアゴ・デ・ベラでした.

総督と判事の間にある種の軋轢があったため、1595年に再設置されるまで

1589年に廃止されてしまいました. 

 

 

=== なるほど、当然 そういうトラブルはあるでしょうね・・・

    フィリピンは メキシコ総督の監督下にあったし、

    スペインの国王からは遠かったでしょうから・・・・

 

王室聴聞会は訴えられたすべての刑事および民事事件を下級法廷で審理しました.

その土地の最高裁として、司法の機能とは別に、行政と立法の機能も果たしていました.

 

1719年まで、王室聴聞会は、現職の総督の死去や無能力の為に不在となった場合はいつも総督として機能しました. スペイン時代6回に渡って、王室聴聞会は国を支配しました - 1606-08年、1616-18年、1632-33年、

1689-90年、そして1715-17年です.

 

=== 無能な総督もいたってことになりますか?

 

 

王室聴聞会は又、その植民地の一定の法律を発布します. これらの法律は

autos acordados (合意された法令)と呼ばれますが、これはこれらの法令が

総督と王室聴聞会のメンバーとの合意に基づいて実施されることによります.

 

王室聴聞会によって許可された法令の例としては、中国人移民の制限、

主要な必需品の価格の決定、法的義務を遵守させるための命令などです.

 

さらに、王室聴聞会は、植民政府の総監査役としての役割もありました.

政府の毎年の支出を監査したのです.

 

=== 中国からの移民を制限したというのは いつごろの話なんでしょうか・・

    その原因も知りたいところですが・・・

 

 

=== シリーズ43へ続きます ===

 

 

 

 

 

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