« フィリピンの歴史教科書から学ぶ 57  農業、人口、繁栄から革命へ | トップページ | フィリピンの歴史教科書から学ぶ 59 これは道徳の教科書なのか? あまりにも宗教的な・・ »

2015年3月23日 (月)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 58 キリスト教、食事と衣服の変化 

 

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

9 OUR  SPANISH HERITAGE  第九章 スペインの遺産

 

005


 

p123

 

征服の権利により、スペインは3世紀(1565-1898)

渡ってフィリピンを治めた. この長きにわたって、スペインは

その宗教、言語、慣習、芸術そして科学をフィリピン人に強いた.

フィリピンの人々の人生の節目節目において、スペインの影響を

感じない時はなかった.  スペインの文化的遺産は、その政治的

及び経済的に与えられたものよりも恩恵があり、幅広いもので

あったと言うのが公正であろう. 

 

 

「キリスト教、スペインの最大の遺産」

フィリピンの人々にとって最大のスペインの遺産はキリスト教の

信仰であり、特にローマ・カトリックの宗教である.

不思議なことに、この宗教はその起源においてはアジアの

ものであり、パレスチナのイエス・キリストによって創始された

ものである; キリスト教は、キリストの磔刑の後、かなり経って、

西ヨーロッパへ拡がり、16世紀と17世紀に、スペインが

大西洋を越えて新世界(西インド、北アメリカ、中央アメリカ、

そして南アメリカ)へ伝播させ、太平洋を渡ってフィリピンへ

伝え、フィリピンを最大の勢力としたのである.

 

=== ここで、ええっ? と思った方はいませんか?

    キリスト教はアジアの起源

    パレスチナはアジア?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2

 

「アジア(亜細亜、Asia[ 1])は、アッシリア語で東を意味する「アス」

に語源をもつ。

古代では、現在の小アジアを指したが、現在では一般的にヨーロッパを

除くユーラシア大陸全般を指す一方で、政治的・経済的な立場の違いに

より、異なった様々な定義がなされる場合がある。」

 

・・・私なんかのイメージだと「中近東」という感じですかね・・

いずれにしても、はっきりした区分がないようですね・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%BF%91%E6%9D%B1

 

 

フィリピン人のキリスト教化は、スペイン宣教師たちの実に

最も顕著な業績であった. これらの宣教師たちはスペインの

征服者たちと一緒にやってきた.  後者は人々をスペインに

隷属させるために征服したので、彼らをキリスト教に改宗させた.

かれらの使徒的な働きの結果として、フィリピンの人々は

アジア世界全体の中でも他に類のない唯一のキリスト教国に

なったのである. 

 

=== この辺りは、さすがにキリスト教の国としての

    記述とみえますね・・・

    日本史の教科書なんかには見られない宗教に関する

    書き方じゃないでしょうか・・

    元々はイスラム教が特にフィリピンの南の島々では

    多かったはずですから、それがどのようにキリスト教化

    されていったのかにも興味が湧きます・・

 

 

p123

「日常の食事と服装」

 

スペインは新たな食用植物を導入して人々の食事を改善した・・

それは、小麦、とうもろこし、パタタス(白いじゃがいも)、カカオ、

コーヒー、キャベツ、パパイヤ、チコ、そしてグアバなどである.

 

=== へえ~~、パパイヤやグアバもスペインが持ち込んだん

    ですねえ・・・なんだか不思議な感じです・・

 

 

パパイヤ:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%A2

「メキシコ南部から西インド諸島を原産[2]とする(草本性)常緑小高木[3]である。」

 

グアバ:

http://www.kudamononavi.com/zukan/guava.htm

原産地:熱帯アメリカ

 

・・・なるほど、両方ともにアメリカ大陸なんですね・・

メキシコ経由で持ち込まれたようですね・・

 

 

p123

小麦は真っ白な小麦粉に製粉され、オーブンで焼かれ、パンになった.

初めて、フィリピンの人々はパンを食べることを学んだのである.

カカオの種からはチョコレートが作られ、朝食あるいはおやつの飲み物

として人気が出た. また、コーヒーも飲まれるようになった.

その他のスペインによってもたらされた食品は、

ビーフ(牛の肉)、マトン(羊の肉)、ロンガニーサ(ソーセージ)、

jamon(ハム)、そしてイワシであった.

 

=== ロンガニーサは朝食の定番メニューですね・・

    イワシってフィリピンの近海では獲れないみたいですね、

    こちらのサイトでみると、イワシはもっと北の海

    なんですね:

    「http://shimura.moo.jp/osakana4/30.htm

 

    私の下宿でも、イワシのトマト煮の缶詰が時々

    朝食に出てきますよ・・・

 

p123

スペイン時代に、フィリピンの人々は初めてヨーロッパからの

缶詰食品を食べることを知りました. 例えば、chorizos de Bilbao

スペインの鰯、オリーブオイル、そして英国からのピクルス;

そして、食事をしたり、ワインを飲む時に、スプーン、フォーク、

グラス、テーブルナイフ、ナフキンを使うことも・・

 

 

=== こちらにスペインの食べ物のサイトがありました:

http://www.laespanolameats.com/mm5/merchant.mvc?Screen=FOODGUIDE

Chorizo de Bilbao: 

One of Spain's most popular cooking chorizos, this is another sausage originally from the Basque provinces and around Pamplona.

 

 

・・・ただ、今でもスプーンやフォークではなくて、手で食べる

   人たちも結構多いみたいですね・・

   日本だったら さしずめお寿司を手で食べるようなもの

   でしょうかね?

   こういうスペインからの輸入品を一般のフィリピン人が

   食べたとは思えませんが・・・

 

 

p124

 

服装の変化については、スペイン時代に著しい変化があった.

男のジャケットやBahagは、西欧のコートとズボンに

とって変わった.

コートはアメリカ(メキシコ)から導入されたので、

よくアメリカーナと呼ばれていた. 男たちは、Putongの代わりに、

帽子をかぶり始め、そして、足にはスリッパや靴を使った.

 

 

=== ここの「ジャケット」や「コート」ってのが

    どんな変化だったのかイメージがつかめませんね・・

 

=== Bahagというのは これですね:

http://vachalenxeon.deviantart.com/art/Loincloth-Bahag-214881447

日本のふんどしよりも カッコいいですね・・

バギオ市は山岳地帯の高原都市ですから、山岳民族の衣装を

特にお祭りなどの際に良く見かけます・・・

http://www.inquirer.net/?attachment_id=36333

 

こちらのサイトに 「ジャケット」の写真がありました:

http://image.slidesharecdn.com/philippinehistory-pre-colonial-period-130204062944-phpapp02/95/philippinehistory-precolonialperiod-7-638.jpg?cb=1359981140

 

Spanish Coatというのがありましたが、昔の時代のものがこれと

似ているのかどうかは分かりません:

http://duderanch.exblog.jp/17079008/

 

 

・・・ ここで、翻訳上のむずかしさがあるんです・・・

日本で言うジャケットと フィリピンで言うジャケットは物が

違うんですねえ・・・

例えば日本で言うジャンバーのことをフィリピンの人は

ジャケットと呼ぶんです・・

日本語のカタカナ言葉と英語とでも違いが多いにあるし、

アメリカ英語とイギリス英語でも若干の違いがある

ようなので、翻訳するときはイメージがつかみにくいんです・・

 

 

p124

 

女性たちも衣服のモードを変えました.

彼女たちは、Sarongをやめ、下半身にはSaya(スカート)を

身に着け、上着には長くて広い袖があるCamisa

それまでの長そでのジャケットに代えて着るようになりました.

彼女たちは、スペイン時代の前のご先祖と同じように、

宝石などで飾り続けました. 金のイアリング、指輪、ペンダント、

ネックレス、そしてブレスレットは使いましたが、

腕輪や足輪は使わなくなりました・・・

そして、スリッパ、靴、ストッキング、櫛、mantillas、そして

Panuelosをスペイン女性のように使うことを習いました.

 

 

Sarongは 腰布のことです:

http://en.wikipedia.org/wiki/Sarong

 

saya(スカート)とcamisa(ブラウス)は こちらで:

http://en.wikipedia.org/wiki/Mar%C3%ADa_Clara_gown

 

 

mantillaとは、レースまたはシルクのベール、あるいはショールだそうです:

http://en.wikipedia.org/wiki/Mantilla

 

penueloもショールの一種のようです:

http://mybarong2.com/women-panuelo-wrap-100532-turquoise-blue-made-order-p-689.html

 

 

・・・インターネットで検索しても、伝統的な衣服を説明

しているものがなかなかないので、上記のリンクにあるものは

当時のものとは違うかもしれません・・・

 

ちなみに、Penueloで検索すると、ほとんどが人名として

出てきます・・

 

 

=== その 59 に続きます ===

002


 

 

 

 

 

|

« フィリピンの歴史教科書から学ぶ 57  農業、人口、繁栄から革命へ | トップページ | フィリピンの歴史教科書から学ぶ 59 これは道徳の教科書なのか? あまりにも宗教的な・・ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/61326551

この記事へのトラックバック一覧です: フィリピンの歴史教科書から学ぶ 58 キリスト教、食事と衣服の変化 :

« フィリピンの歴史教科書から学ぶ 57  農業、人口、繁栄から革命へ | トップページ | フィリピンの歴史教科書から学ぶ 59 これは道徳の教科書なのか? あまりにも宗教的な・・ »