« フィリピンの歴史教科書から学ぶ 62 ラテン・アメリカはスペイン語だけって?? | トップページ | フィリピンのバギオ市で アニメ・コスプレ・クレイジーANICRAZE4 開催 »

2015年3月26日 (木)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 63  最初の大学、小学校

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY   GREGORIO  F. ZAIDE

 

9     OUR SPANISH  HERITAGE  第九章 スペインの遺産

 

 

p128

 

「教育」

 

スペインはフィリピンにヨーロッパ式の教育を持ち込んだ.

設立すべき最初の学校はスペイン人の宣教師を先生とする

教区の学校であった. フィリピンの子供たちは、カトリックの教義、

三つのR(読み、書きそして算数)、音楽、そして様々な

技能と商業であった.

 

最初の男子の大学(カレッジ)は、1589年にマニラでイエズス会に

よって創設された.  当初マニラ大学と呼ばれたが、後に

サン・イグラシオ大学に変更された. イエズス会は他にも

セブにサン・イルデフォンソ大学(1595年)と マニラに

サン・ホセ大学(1601年)を創った. その後、1859年に、

マニラの男子公立学校である Escuela Pia  の管理を引き受け、

これをアテネオ・デ・マニラというフィリピンでも名声のある

大学のひとつへと改変した. 

 

イエズス会に引けを取るまいと、同じように良き教育者であった

ドミニコ会は、マニラに Our Lady  of  Rosary大学(1611年)

を創設し、その後 サント・トーマス大学となった.

1630年に、マニラにもうひとつの大学を創った、San Juan  de

Letran大学である.  これは、フィリピンに現存する最も古い

男子の為の大学である. 

 

男子カレッジの履修課程はヨーロッパのカレッジに習ったものだった.

ギリシャ語、ラテン語、スペイン語、哲学、修辞学、自然科学、

そして人文科学で構成されていた.  その課程は5年間であり、

その後卒業生はA.B.(教養学士)の学位を授与された.

カレッジのコースを修了すると、大学へ入る準備が整った

ことになる. 

 

=== 上記は、いずれも「カレッジ」のことを書いてあるん

    ですが、翻訳の都合上「大学」としています.

    英語の辞書をみても、「カレッジ」と「ユニバーシティ

    の区別は必ずしも明確ではないとあります・・

    普通は単科大学と総合大学とするようですが・・・

 

    バギオ市にある大学の例をみると、

    日本で言う学部のことをカレッジと呼び、全体を

    ユニバーシティーと呼んでいるようです・・・

 

p128

フィリピンの大学(ユニバーシティ)教育は、アメリカよりも

随分古いものである.  フィリピンにおける最初の大学は

サン・イグナシオ大学であった.  元々は1589年に

カレッジとして創設され、1621年にグレゴリオ15世によって

大学のランクに格上げされた. この大学は、イエズス会が

フィリピンから撤退した1768年に閉鎖された.

(中略)

 

=== この後は、2番目、3番目の総合大学の話が

    出ていますが、省略します・・

 

 

p129

 

これらの総合大学、特にサント・トーマス大学は、ヨーロッパの

大学と同様のコースを提供し、法学、医学、薬学、哲学、

神学、及び人文科学などであった.

スペイン時代の全ての総合大学は男子の為だけのものであった.

 

 

スペイン体制の間は、女子は特別教育を与えられた.

二つの種類の学校が女子教育の為に作られた、つまり:

Colegioという女子の為の通常の学校と、beaterioという

学校と女子修道院がひとつになったものであった.

(中略)

 

 

フィリピンにおける最初の公立学校制度は、1863年

教育令に従って、スペインが作り上げた. この法令は

それぞれの町に、男子の為の公立小学校と 女子の為に

もうひとつを創った.  よって、男女は別の学校で学んだ.

スペイン体制の間は、フィリピンに共学はなかった.

 

 ===ちなみに、日本の小学校はと言いますと:

 

明治 5 年(1872年):学制発布

 ・学制により学校種、教科名称等も規定されたが、文部省はまず

  は小学校の設置に注力。」

http://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/pdf/kenkyu_01.pdf

 

===フィリピンより10年ばかり遅かったんですね・・

   でも、まあ、藩校とかずっと前からありましたしね・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8F%B2#.E4.B8.BB.E3.81.AA.E8.97.A9.E6.A0.A1.E3.83.BB.E7.A7.81.E5.A1.BE.E3.83.BB.E9.83.B7.E5.AD.A6

 

「江戸時代後期(幕末)の教育制度は、、幕府の財政難や体制の

危機が深刻化するなかで、武士の生活難も目立ってきた諸藩は

教育の改革を断行する。諸藩では藩学(藩校)・郷学・塾(私塾)

を設立して子孫の教育を行った。また、庶民の個別指導教育と

して寺子屋が開校。これらは全て、我が国の学校制度の始まり

とされている。」

 

 

寺子屋はこちらで:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E5%AD%90%E5%B1%8B

 

「実務教育の需要が一層高まり、先ず江戸や京都などの都市部に

寺子屋が普及して行った。1690年代頃から農村や漁村へも広がり

を見せ始め、江戸時代中期(18世紀)以降に益々増加し、幕府

御用銅山経営、西江邸内には江戸中期創建の手習い場が現存している。

特に江戸時代後期の天保年間(1830年代)前後に著しく増加した。」

 

 

=== シリーズ 64 に続く ===

 

 

|

« フィリピンの歴史教科書から学ぶ 62 ラテン・アメリカはスペイン語だけって?? | トップページ | フィリピンのバギオ市で アニメ・コスプレ・クレイジーANICRAZE4 開催 »

コメント

Japanese Pioneer の本に 1906年にイースタースクールの建築にも 日本人が関わったと書いてありました・・


  

投稿: させ たもつ | 2015年3月27日 (金) 17時52分

ちなみにバギオで一番古い学校はイースタースクール 1906年創立で私の母校です。

投稿: ささき | 2015年3月27日 (金) 12時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/61342841

この記事へのトラックバック一覧です: フィリピンの歴史教科書から学ぶ 63  最初の大学、小学校:

« フィリピンの歴史教科書から学ぶ 62 ラテン・アメリカはスペイン語だけって?? | トップページ | フィリピンのバギオ市で アニメ・コスプレ・クレイジーANICRAZE4 開催 »