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2015年8月28日 (金)

汚い乞食と きれいな乞食

フィリピンの乞食にどう対応したら良いかってことは
なかなか悩ましいんですけど、一応、私としては
食べ物はあげてもいいけど、お金はあげない、って決めているんです。

しかし、タイミングよく、食べ物をあげられるってことは
なかなか無いわけでして・・・

一度だけ、道路にオープンになっているカフェで、
小学生ぐらいの汚い男の子たちがやってきた時には、
たまたま食べていたパンをあげたことはあるんです。

ただし、そのカフェでは、そういう物乞いがお店に来たときには、

お店のスタッフが 「入ってきちゃ駄目だよ」とやっているんです。

 

1~2週間前のことですが、FACEBOOKで廻ってきた写真がありまして、
その説明書きをちらっと読んだら、
「バギオにこんなに素晴らしい韓国人がいたぞ」ってものでした。

ファスト・フード・レストランのカウンターに、汚い格好をした
お婆ちゃんがやってきて、多分物乞いをしていたんでしょう。
そこにたまたまやってきた韓国人の男性が、そのお婆ちゃんの
食事の支払いをしてあげた。
それだけならありそうなことですが、その後、その男性は
お婆ちゃんと同じテーブルに座って食事をした・・・って話。

おそらく、ことの次第を見ていた人が撮影したんでしょう。
その男性とお婆ちゃんが食事をしている写真が掲載されていました。

まあ、FACEBOOKですから、本当にあったことなのかどうかは
疑えばきりがないですけど、「この人こそキリスト様のような人だ」
ってな感じの話になっていました。

・・・それで、自分ならどうするかなあ~~、なんてちょっとだけ
考えたりしたんですが・・・まあ、自分には無理だな、という
結論になったわけ。

その写真のイメージがまだ消え去らない今日のこと・・・

7pmごろ、もう家に帰って夕食でもと思っていたんですが、
あいにくの雨で タクシーがつかまらない・・

しょうがなく、ラーメン屋さんに行って、わかめラーメンなどを
食べ終えて、コーヒーを飲んでいたんです。
店の外にあるテーブルで 道行くタクシーの様子を見ながら・・・

そこへ現れた若者。
おそらくイロカノ語かタガログ語なんでしょう、私に何かを
言おうとしている。

「英語じゃないと分からないんだけど」

「英語はあまり出来ないんです。」

「どうしたの?」

「何か、食べたいんです。」

「困ったなあ・・・今 食べ終わっちゃったんだけど・・」

「お金がないんです。」

「いつから食べてないの?」

「今日は食べていないんです。」

男の子は、物乞いながら、割と小奇麗な格好で、
そこいらにいくらでもいる ハイスクール生や大学生と
変わらない。
軽そうなバックパックを背負っている。

「ちょっと待って、今 注文するから・・・」

男の子はとなりのテーブルに腰を下ろした。
気の弱そうな、なかなかのイケメンタイプ。
なんで、こんな子が 物乞いなんぞをやっているんだろうか。

「どこに住んでるの?」

「トゥディングです。」

「お父さんとか、お母さんは?」

「お父さんは死んだんです・・・」

「お母さんは?」

「ヌエバ・ビスカヤ州に行っちゃいました・・・新しい男の人と・・」

「兄弟はいないの?」

「いません・・・」

・・まあ、つまりは、母親に捨てられた、ということらしい。

「どこに住んでいたの?」

「ラ・ウニオン州です。」

「あっ、そう。 いつバギオに来たの?」

「2009年・・・」

・・・ 6年ぐらい前のことらしい。

「・・で、今住んでいるところには、親戚がいるの?」

「いいえ、友達のところ。 お店です。」

「仕事はしていないの?」

「前は お店で働いていたんですけど、今はないんです。」

・・・ わかめラーメンが来た。
ラーメン屋のお姉さんは不思議そうな顔をしている。
そりゃあもっともだ・・・
この男の子だれ? って感じ。

今会ったばかりの 物乞いです・・・とも言えず。

・・・男の子は、おそらく初めてのことだろう、
わかめラーメンを食べ始めた。

「これ、スプーンですか?」

レンゲを不思議なものでも見るように眺めながら、
スープを飲みだした・・・
手元にあった割り箸を渡す。

「すみません、フォークをくれますか?」

お店の人に頼む・・・
しばらくしてから出てきたのは コークだった。

「コークじゃなくて、フォークね。 彼に・・・」

・・・彼は、もくもくとラーメンをすする。

「何歳なの?」

「16歳です。」

「学校はどうしてるの?」

「小学校だけ・・・」

・・・今16歳だとすると、2009年には10歳ぐらい
だったわけで・・その前に 父親が無くなり、母親が別の男の人の
ところに行ったということになる。

そして、友達のところに転がりこんで、お店の手伝いでも
やっていたようだ。

英語がまともに出来ないってことは、おそらく、小学校も
卒業はしていないのだろう。

ラ・ウニオン州に親戚がいるのかどうかも分からないが、
親戚もいないバギオにやってきたということは、少なくとも
今は天涯孤独ということのようである。

たまには、母親と会うことはあるのだろうか・・・

大学を卒業していても、仕事を見つけることは至難のフィリピン。
小学校を出ていたとしても、前途は厳しい。

それにしても、あの韓国人男性が助けた小汚いお婆ちゃんと、
この小奇麗な16歳の男の子の違いはなんだろうか。

もし、同じ状況だったとしても、彼が汚い乞食だったら
食事をわざわざ注文しておごったりはしなかっただろう。
お店にとっては、迷惑なことだろうから。

普通のハイスクール生あるいは大学生に見える彼は
幸いなことだった。

「馬子にも衣装」と言うが、乞食にも衣装である。

しかし、乞食は乞食らしく、汚い格好をしていなければ
一般的には施しを受けるチャンスは少なくなるのだろう。

私のいわゆる「善行」もいい加減なものである。

 

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2015年8月23日 (日)

日本史の授業の副読本にどうかな 「舞い降りた天皇」加治将一著

台風15号の余波で、暴風雨が続き丸二日間停電。

蛍の光窓の雪・・・お陰様で「雨読」が進むこと・・・

Img_1913

加治将一著の「舞い降りた天皇」上下巻を読み終わっちゃいました。

この文章も、停電の中、パソコンのバッテリー頼みで書いています。
停電二日目の夜です。

Img_1908

私は高校時代に一応日本史をやったんですけど、
苦手中の苦手な科目で、本当に面白くなかったんです。

しかし、こういう歴史小説っていうのか、推理歴史小説ってのか、
古代のロマンを語る小説って、面白いですよねえ。
この本は特に、スリルとサスペンスもあるしね。

なんで、高校時代にこういう本を授業の副読本にしてくれなかったんだ、
って思いますよ。

まあ、歴史の先生としては、立場上、なかなかそういう訳にも
いかないんでしょうけどね。

最近の邪馬台国論争がどうなってんだか、私は知りませんけど、
一応 九州出身なんで、九州説を応援しようかな?

それに、この本は実に、我が長崎県の対馬と壱岐を軸に
ストーリーを展開しているんで、やっぱ県人会の端くれとしてはね。

ってことで、この本の中から 「へえ~~」と思ったところを
抜き書きしてみましょう。

上巻p27
「奇妙に思うだろうが、昔のチャイナの文献に目を通すと、
倭人圏は我々の持っているイメージと、かなり違っている
対馬・朝鮮海峡を挟んだ一帯を指しているようなのだ。
すなわち朝鮮半島南部、対馬、九州北部全域が倭人エリア
というわけである。」

「したがって、我々の感覚で倭人を単純に今の日本人と
重ねると当時の雰囲気は伝わらない。」

「列島にまったりと住んでいた縄文人と倭人は別人種ということになる。」

p273
「歴史がいまひとつ爽やかでないのは、いつの間にか政治が
介入してしまうことだ。・・・倭人が朝鮮半島は、今の金海から南に
土着していて、南下する高句麗軍と果敢に戦って敗れたのは
紛れもない歴史だ。」

「鉄の輸入は加羅の倭人の肝煎りで運ばれています・・・・
・・加羅 - 対馬 - 壱岐 - 北九州 ・・・」

下巻 p59

畿内は秦、対馬、壱岐勢力で固められていたんですな。
・・・対馬の「日神」である天照と、壱岐の「月神」を、
天津神ランキングのトップにすえられた・・・」

p62

「天皇は後に「藤原」の姓を中臣に与え、・・・中臣は祖先を
「天児屋根命」だと自称している。 ・・どういう神かというと、
天孫降臨の時の従者だ。 ・・・
・・・壱岐氏 - 中臣氏 - 藤原氏 ・・・」

p74
邪馬壱国である。 「対馬」の馬と「壱岐」の壱をくっつけた
のではないだろうか。 」
(この「やまいこく」の「い」はパソコンに漢字がないので
 便宜上「壱」を使っています。)

・・・ ここで、パソコンのバッテリー残量が厳しくなり断念 ・・・

Img_1911

夜10時・・・二日ぶりに電気が復帰・・・・

p77
天孫降臨は、現在のどこになるのか
一般には宮崎の日向、高千穂だ。 しかし・・・
「古事記」によれば<筑紫・・・に降り立った>のである。
筑紫はどこか? 宮崎ではない、古代も現代も筑紫は北九州と
いうことになっている。
地図をひろげれば、糸島半島の付け根に「日向峠」がある。
ただし読み方はヒュウガではなくヒナタだ。・・・・
対馬の伊豆山、筑紫の櫛触山、天皇の痕跡を示すものは故意に
ぼかしてしまうのである。」

p88
「「細石神社
ぎょっとして身を乗り出した。
「細石神社って、「君が代」の?」
・・・サザレというのは古代朝鮮語だと解説した。
「「小さい」「細かい」という意味で、正確にはジャジャレと
発音します」・・・
「君が代」の曲の源は英国人から生まれ、歌詞に古代朝鮮語
が含まれているとしたら・・・・」

p152
ここら一帯が邪馬壱国に違いないのだ。・・・・
使者は北九州から遠賀川を遡る。 どういうコースで
ここに到達するのか?
・・・遠賀川は途中彦山川に二つに分かれ、彦山川を
さらに上ると険しい筑紫山脈に入り、そこはもう耶馬渓である。
「たしかに似ている」
邪馬壱国と耶馬渓。・・・ここら一帯はその昔、ヤマと呼ばれて
いた地域でそれがヤバに転化している。・・・」

p258
「倭人は地元の縄文人とはまったくの別物です。
分かりやすく言えば、倭人というのは縄文人、チャイナ系、
朝鮮系のミックス
と考えればぴんとくるかもしれません。
つまりブレンド、ハイブリッドです。」

p268
「未開人はころりと騙されます。 いやいや、時代が下った
近代でも1946年1月1日、GHQの要請により天皇自ら
自分は人間だと「人間宣言」するまで「現人神」だと洗脳され、
命を捧げることをやめなかったのは、いったいどこの誰なのでしょう。
未開人を笑ってられません。」

p271
「奴国王はやはり、大和の纏向エリアに拠点を築いたのかもしれません。
ゆえに「奴国」の「国」が後々、同じ意味の古代朝鮮語「羅」
置き換えられ、「奴羅」になり、「奈良」となったという説・・・」

p288
卑弥呼は日見子で、天を見て占う女シャーマンが女王なわけです。
その伝でゆくと卑弥弓呼は日見彦で天を見て占う男シャーマンが
大王です。 あきらかにシャーマンが軍司令官より偉い、司祭が
トップなのです。」

p290
「この男弟が表に出ない陰の実力者、伊都国王に違いないと
目星をつけています。なにせ<国を治めている>男ですから。
・・・呪術と表の顔は卑弥呼に任せ、自分は裏に回る。・・・
チャイナの情勢が不透明で、いつ大軍団が海を渡って来るかも
しれない情勢ですから、早くから豊国に引っ込み、それでもまだ
安心できないと見えて、近畿に遷都を企画し、大量の技術者集団を
かき集め、送り始めるのです。
チャイナを読み、素早く手を打っています。「孫子」を完全に
知っています。」

p293
「「魏志倭人伝」によると、伊都国の「官」の名は「ニキ」(パソコン
に漢字なし)です。
壱岐を表す「一支」(いき)とサウンドはきわめて近い。
壱岐勢力が伊都国を造ったという僕の推理はここからくるのです。
そしてもう一つ、・・・ニニギです。 三種の神器を携えて天から
降臨した神で、天皇の祖です。」

p302
「ヤマトに入った有力勢力は大別すると、日神の対馬と月神の
壱岐という二つのグループです。・・・」

p304
「対馬 = 草薙の剣 = 熱田神宮
 壱岐 = 八たの鏡 = 伊勢神宮
・・・対馬のシンボルは剣で、剣は男性を表します。
そして壱岐のシンボルとしては銅鏡で女性です。」

p316
「「日本書紀」には、大物主の呪いによる疫病という形で
描かれているやつだ。
天津神 = 壱岐系 = 伊都国系 + チャイナ系
国津神 = 対馬系 + 出雲系 = 新羅系」

Img_1917

・・・・・ってことで、気になる部分だけを羅列してみました。
古代日本史に興味のあるかたなら何のことだかお分かりでしょうが、
私はもう一度反芻しないと分かりません。

しかし、長崎県人としては、嬉しいですねえ。
対馬と壱岐ですか・・・行かなくちゃ・・・

私は歴史が趣味という訳じゃないので、単なる観光に
終わるのは目に見えていますけどね。

でも、倭人については、フィリピンの歴史繋がりで、
倭寇の話もあるので、ちょっと気になっているんです。
倭人が縄文人を追い詰めたというストーリーもなかなか
興味深いですね。

そして、その生き残りの「サンカ」という秘密結社。

この小説は、日本史を学ぶ高校生が副読本として読んだら、
歴史の学び方も面白いものになると思うんですけどねえ。

真実を探るための推理・・・っていうか仮説ですか?
それを文献や考古学で突きつめて行く。
そういう歴史の授業って面白そうだと思いませんか?

 

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