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2015年9月11日 (金)

フィリピン人の映画観賞は・・・・うるさくって、楽しい・・・

毎年 バギオで日本映画祭があるんですけどね・・

面白い作品だと 学生がうるさくって、・・でも、その反応を見ていると楽しいんです。

まあ、そうじゃなくても、普通の映画館でも よく感じることなんですが・・・

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・・・今年の上映作品のひとつは 「言の葉の庭」・・なんです。

とても美しい映像のアニメです。

Img_3068

ご存じの方も多いでしょうけど、ストーリーは、日本の高校の女性教師と男子生徒の話。

http://www.kotonohanoniwa.jp/

Img_3058

今日の巡回上映は ベンゲット州国立大学での上映・・・

この大学だけじゃなく、セントルイス大学で上映した時には、女の先生たちが大興奮。

「このアニメをもっと何回も上映してください!!」

・・ってリクエストがあったりして。

Img_3075

・・今日は、ちょうどオーディオ・ルームに私が入った時、この映画の佳境に入るところだったんです。

二人が新宿御苑で大雨のためにずぶぬれになって、女先生の部屋に行くんですね。

そして、濡れた衣服を乾かしている間に、男子生徒がオムライスを作っている。

・・すると、オムライスの美味しそうな映像に・・

「ああ~~、美味しそう・・・」

男子生徒が 告白をすると・・・

「きゃあ~~~~~~~」

女先生が 冷たい返事をすると・・・

「はあ~~~~」

そして、椅子を倒して 男子生徒を追いかけると・・・

「おお~~~」

・・・で、最後の盛り上がるシーン・・・

「きゃあ~~~~」

・・・ってな調子で 映画館は大騒ぎ・・・

そして、エンディング・テーマの曲が・・いいっすねえ・・・

このエンディング・テーマが鳴っている間、というか、映画の製作者などの関係者の名前がぞろぞろと出てくる、あれ、テロップ・・ですか?
(和製英語では「エンドロール」、「スタッフロール」、英語では「エンドクレジット」というそうです。)

テロップがえらく長くて、普通だったら お客はもう立ちあがって、映画館を出てしまうぐらい長いんですけど、でも、今日見ていたら 大学生は出て行かないんです・・

やっぱ、エンディング・テーマがいいんですね。

https://www.youtube.com/watch?v=NgxTYCbr-K4

・・・そして、エンディング・テーマが終わると思ったら・・・

最後の最後のラストシーンが ちょっと出てくるんですねえ。

う~~ん、良く計算されているっていうのか、

よほど この曲に自信がないと、こんな長いテロップの後に こんなシーンはもってこられないですよね。

いや、素晴らしいアニメを有難うございました。

 

 

 

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2015年9月 9日 (水)

仙台流とコスプレが フィリピン・バギオ市の「七夕祭り」の特徴!?

フィリピン・バギオに定住して11年目・・・

北ルソン日本人会が出来たのが2007年9月・・・

そして、2015年9月、こんなバギオ七夕のプロモーション・ビデオができました。  

    TANABATA FESTIVAL
仙台流とコスプレのバギオ七夕祭り

https://www.youtube.com/watch?v=b6o0OzOFAuo

Img_0829

振り返ると、日系人団体、日本大使館、国際交流基金、JICA、地元バギオの博物館、その他いろいろと地元の人たち、とりわけ「コスプレ」などの日本文化を愛好する若い人たちとの関係ができて、2015年には 「コスプレ七夕祭り」の4年目と、「バギオ七夕祭り」の6年目を無事に開催することが出来たんです。

「コスプレ七夕祭り4」のフォト・ギャラリー
http://janl.exblog.jp/21492617/

「バギオ七夕祭り6」のテレビ報道の様子
http://janl.exblog.jp/21538160/

・・・・・それで、このバギオでの七夕祭りなんですけどね、

毎年 そのテーマをどうするかってのが、悩みの種なんですねえ・・・

それで、2014年の春に仙台市の商工会議所などを訪ねて、
「仙台七夕祭り」がどんなお祭りなのかをお尋ねに行ったりして・・・

2014年の7月に 日系人会のアボンで 初めて「仙台七夕の七つ飾り」
に挑戦してみたんです。
http://janl.exblog.jp/20042264/

初めての試みだったんで、まあ、こんなもんだよな・・・って思ったんです。

七夕祭りのテーマは、まだこの時は無難に、

「君のささやき、輝く星へ」 だったんです。

・・まだ、「仙台七夕でいくぞ~~!!」 にはなっていなかったんです。

ところが、コスプレ団体のOTAGKIが 「吹き流し・コンテスト」 ってのをやってくれたんですねえ。

http://janl.exblog.jp/20003753/

・・そうか、こういうやり方があるのか・・って教えてもらったんです。

それで、今年2015年は、始めっから これを計画することにしたんです。

そこで、テーマとしても、「仙台流」でいかなくちゃってことに。

・・・しかし、それだけじゃ、今一つ弱いなあ・・・・と思ったわけ。

で、やっぱりここは 伊達政宗さんでしょ、ってことに。

・・・・・

ところで、伊達政宗って 仙台七夕 となんか関係があるんだっけ?

で、本家のホームページを検索してみると・・・・

「伊達政宗公の時代より続く、日本一の七夕 : 仙台七夕まつり」

http://www.sendaitanabata.com/

・・・って、堂々と書いてあるじゃないです。

これはやっぱり 「いただき!」でしょう。

ってことは、どうしても 「伊達政宗」さんが いないとねえ・・

ってことで、 コスプレ団体に相談したんです。

「作ります!」 という快諾。

いいですねえ・・・日本だと、なかなか こんなに簡単にはいかないでしょう。

・・・・・・

伊達政宗が登場するってことは、やっぱ 馬じゃないとねえ。

伊達政宗さんが 「歩いて」登場じゃあ、格好つかないっしょ。

で、バギオには ライト・パークっていう乗馬が出来る公園があるんですねえ。

それに、北ルソン日本人会には、その馬を持っている人もいたんですねえ。

・・・ってことで、伊達政宗さんが 馬上から 堂々のご挨拶、ってことになったわけ。

05img_1118

・・・・・ 日本じゃあ、こんな簡単には 出来ないでしょう??

・・・・・・・・・・・・・

さて、こんなことで目途が立ちまして、

2015年のテーマは、「伊達な七夕、不楽是如何!」

ってことにしたんです。

「不楽是如何」というのは伊達政宗が作ったと言われている漢詩の一部なんです。

http://kanshi.roudokus.com/bajyousyounen.html

「楽しまずんば 是いかん!」

現代語訳としては、いくつか解釈があるらしいんですけどね、
こちらとして都合の良い 「好きに楽しまないでどうするのだ。」
をいただくことにしちゃったわけです。

・・・・

これで、一応 今年は受け狙いで うまくいったんじゃないかな?

・・・・

問題は 来年以降なんですねえ・・・

そうそう都合よく、伊達政宗さんっていっても、七夕に繋がるいろんなネタがあるわけじゃないでしょうしねえ。

いろいろインターネットで検索していたら、「これは使える」が見つかりました。

慶長遣欧使節団・・・支倉常長の使節団です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E5%80%89%E5%B8%B8%E9%95%B7

この使節団が、なんと、ヨーロッパから日本に戻る時に
フィリピンに立ち寄っているんですねえ。

いいですねえ 「伊達丸」っていうガレオン船を 伊達政宗が造っていたんですねえ。

http://www.santjuan.or.jp/

「宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)は、日本における20世紀最後で最大のガレオン船「サン・ファン・バウティスタ復元船」を係留・展示する博物館です。今から約400年前、石巻市月浦(つきのうら)から出帆した慶長使節の偉業や大航海の様子を、展示や映像、乗船体験を通して紹介します。」

・・・・う~~ん、いいですねえ、いいですねえ・・・・

ってことで、これをネタにして、来年もやってみよう、って思っているんです。

・・・だれか、ガレオン船を造れる人 います????

 

 

 

 

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2015年9月 7日 (月)

中国語の先生が共産党員・・・語学教育とはなんだろう・・・

フィリピン・バギオの某所で中国人の若い女性に会ったんです。
にこやかな女性で、なかなかの美女。
特に話をした訳じゃないんですけどね。

たまたま、その女性をよく知っている男性と酒を飲んだ時の話。

「彼女、なかなか魅力的だったんだけどねえ。バリバリの共産党員
なんですよ・・・」

「へえ~~、そうだったの?」

「だから・・、なんで日本人と仲良くしているんだ、ってうるさいんです。」

「彼女の仕事はなんなの?」

「バギオで中国語を教えてるんですよ。」

「へえ~~、語学の先生がそんなことを言うんだ・・・」

・・・私も一応 2001年から日本語を教えていますけど、
語学教育ってのは国際理解の手段だってことを習ったんです。

だから、中国語の先生が それとは全く反対のことを言うとは・・・

「あなたには、中国人の血が流れているんだから、日本人とは
仲良くするな、ってなことを言うんです。」

「あははは、ナンセンスだね。 個人的なつきあいに政治を
持ち込むなんて・・・」

「そうなんですよ・」

「ところで、中国系の何世なの?」

「中国系フィリピン人3世」

「ほお~~、中国は どこから? 台湾?」

「上海なんですけどね・・・」

「・・・でも、なんで中国系の名字じゃないの?」

「曾祖父がフィリピンに来たのが、まだスペイン植民地時代だったんで、
名前をスペイン風にしなくちゃいけなかったんですよ。」

「ああ、そうなんだ。 ってことは、中国名をそのまま使っている
中国系の人たちは、アメリカ植民地時代になってから移民してきた
人たちってことか・・・」

フィリピンと中国との人の交流の歴史は相当長い。

歴史の本によれば、フィリピンの歴史がスペインとの遭遇に
よって始まった頃には、既に中国人との交易などがかなり
進んでいたようだ。

それにしても、中国語の先生が 国際的な交流を是としないのには
驚いた。

聞くところによれば、彼女は中国政府から派遣されてきた
バリバリの共産党員で、中国では大学の教授であるらしい。

しかし、考えてみれば、日本も昔、フィリピンで似たようなことを
していたんですな。

日本語教育の海外での展開は、戦前に始まっているんですが、
日本語教育関係の歴史には こんなことが書いてあるんです。
特にフィリピンの例をあげてあります。
http://www.koidekinen.com/pdf/2000_kamiya_michio.pdf

「陸軍はフィリピン、英領マレー・ボルネオ、ビルマ、スマトラ、
ジャワを担当し、海軍はその他の占領地域を担当した。陸軍主担任
地域においては地域ごとに南方各軍のもと行政統治機構として
軍政勝部が設立され、日本語教育も軍政の一環として行なわれた。」

「①日本語により「大東亜共栄圏構想」の理念を普及、徹底し、
日本文化の浸透を図る ②日本語を「大東亜共栄圏」の共通筒語とする。
③円滑なる軍政の遂行。」

・・・まあ、つまり「軍政の一環」としての「日本語教育」なわけ
ですね。

だから・・・かの中国共産党の先生を批判しても、「天に唾」する
ような格好になっちゃうわけ。

まあ、なんちゅうか、かん中華、今の中国は昔の日本みたいな
ことをやってるっていうのかなあ・・・

斜視で眺めると、昔の帝国日本が成しえなかったことを
今の中国がなぞっているような気さえするんですなあ・・・

ちなみに、噂では、バギオにある「愛国中学」っていう
中国系の学校には、中国から派遣された共産党員が校長を
務めているそうな・・・

・・・言っておきますけど、私なんかが国際交流イベントで
一番頼りにして、頼りにもされている地元の若者の中には中国系
フィリピン人が結構多くて、いつも一緒にコスプレやったりしているんですよ。

特にバギオの場合は、元々が山岳民族がひっそりと暮らしていた
山の上に、アメリカが造った高原避暑地兼軍事基地ですからね。
中国人、スペイン人、アメリカ人、インド人、ヨーロッパ人、日本人、
そして、フィリピンの低地から移住してきた人、山岳民族・・・
といろいろ混ざって出来た「都市」ですから、
「メルティング・ポット」とも言われているんです。

そういう場所柄、今の時代には、垣根を作らない
語学教育であって欲しいもんです。

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