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2016年1月 5日 (火)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 67 スペイン時代の音楽・ダンス

 

なかなか前に進まない この読書と翻訳・・・・

我ながら呆れておりますが・・・まあ、ぼちぼちやりましょう。

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

9 OUR  SPANISH HERITAGE  第九章 スペインの遺産

 

 

p132

 

「音楽」

 

フィリピンの音楽は、スペインとメキシコの影響を受けてより豊かな

ものとなった。 人気のあるフォーク・ダンス、例えば

Polka, lanceros, rigodon, cariñosa, surtido はスペインからやってきた。

フィリピンの pandango, jarabe, kuratsa はメキシコ起源である。

フィリピンの歌曲もラテン・アメリカ化しており、

Sampaguita Dolores Paterno作曲)や Bella FilipinaT. Masaguer作曲)

が挙げられる。 Julian Felipeによって作曲されたフィリピン国歌には

スペイン国歌との顕著な類似性が見られる。

 

=== さて、これらはどんな音楽なんでしょう・・・

https://www.youtube.com/watch?v=B9qnjxfzPYw

 

この説明書きを読んでも、このダンスがどのカテゴリーなのかは

分かりませんが・・・

それに、地域によって いろいろなバージョンがあるみたいです。

 

こちらは明らかにポルカです。良く見るダンスです。:

https://www.youtube.com/watch?v=pkGphdK_N9s

 

こちらは lanceros ですね。

https://www.youtube.com/watch?v=10RDzXUHWK4

 

rigodonは これです:

https://www.youtube.com/watch?v=eLXxbiyHhXY

 

cariñosa も聞いたことがあるようなメロディー:

https://www.youtube.com/watch?v=Sy18EXrueu0

 

surtido はこちら:

https://www.youtube.com/watch?v=yBXektuE3gI

 

 

さて、メキシコ起源とされている パンダンゴは:

パンと団子が一緒になったってわけじゃない・・笑

https://www.youtube.com/watch?v=MLuWHNNi_Ug

 

この頭にランプを乗せて踊るのをバギオで見たことがあります。

バギオ・シティー・ナショナル・ハイスクールの子供たちが

演じてくれたダンスの中にありました。

 

フィリピンのダンスの jarabeでは見つからなかったので

メキシコの jarabeですが:

https://www.youtube.com/watch?v=WFz1AMqr0EQ

 

 

kuratsa もどこかで見たことがあるような踊り:

https://www.youtube.com/watch?v=0qCXjmNJbdA

 

 

こういうフィリピンのフォークダンスは、大きなレストランで

伝統的なショーをやっているところでも見られますし、

バギオ市の場合は、上記のようなハイスクールや

大学のサークルなどでやっているようです。

特に女性の衣装が華やかなので、女の子たちには人気が

高いようです。 パレードなどでも見かける衣装です。

 

 

ところで、ベンゲット州国立大学の教授から聞いた話なんですが、

随分前に 東京外国語大学のフィリピン語学科でフィリピンのダンス

を学んでいる学生たちが演技をしにやってきたことがあると

聞きました。

かなり研究した踊りだったそうで、もしかしたら今の

フィリピンで踊られているフォークダンスよりも、元々の形に

近いものが日本で研究されているのかも・・という話でした。

https://www.youtube.com/watch?v=LCi3hQReT30

 

 

 

 

p133

メキシコとヨーロッパからは、バイオリン、フルート、ピアノ、

ハープ、ギター、そして その他の楽器が導入された。

竹を使って、フィリピンの人たちは、外国からやってきたものに似た

楽器を作った。 スペイン時代の多くの町や村には、musikong buho

(竹の音楽家)と呼ばれた多くの楽団があった。

これらの音楽家達は、音楽学校で学んだわけではなかったので、

楽譜を読むことは出来なかった; それなのに、彼らは竹の楽器で

ヨーロッパ音楽を演奏することができた。

彼らは、実際にどんな音楽でも、耳を通して学んでいったのです。

 

 

=== 私が実際に聞いた噂でも、フィリピン人のミュージシャンは

    楽譜は読めないけど、耳で聴いて、それを演奏してしまう

    と言うことだそうです。

    もしかしたら、そういう能力があるから、いろいろな

    外国語も、日本人のように苦労せずに、耳学問で習得

    出来ているのかもしれません。

 

 

スペインの宣教師たちは、フィリピン音楽の発展に大いに寄与しました。

フィリピンの歴史の中で特筆すべき最初の音楽の師は、1582年にマニラに

到着したフランシスコ会の宣教師 Geronimo de Aguilar神父でした。

彼は音楽学校をマニラのフランシスコ会修道院に創設し、ビコール地方の

フィリピン人に最初に音楽を教えました。

1742年には、 Colegio de Niños Triplesと呼ばれる音楽学校が

大司教 Juan Angel Rodriguezによってマニラ大聖堂の中に創設されました。

多くの貧しくて才能のある少年たちが、この音楽学校で学び、有名な

音楽家になりました。

その一人は、Marcelo Adonay(1848-1928)で、ラグナ州Pakil出身、

一流の教会音楽のフィリピン人作曲家であり、素晴らしいオルガン奏者でした。

彼は、「フィリピンのパレストリーナ」として称賛されました。

 

=== パレストリーナとは、イタリアの作曲家だそうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8A

パレストリーナは 教会音楽の父とされていたようですね。

 

 

 

マニラの1~2マイル南にあるラス・ピーニャスの古いカトリック教会に

ユニークな古いバンブー・オルガンがあって、世界でも唯一のものと

されています。これは、1818年に Diego Cerra神父によって

作られたもので、彼はRecollect 司祭音楽家でした。

 

ラス・ピーニャスのバンブー・オルガンは、消えてしまったスペインの

過去の歴史的な遺物ということを超えて; フィリピン音楽芸術の

生きている栄光のひとつでもあります。

100年以上に渡り、そのオルガンは、完全な形で生き残り、

甚大な地震、台風、革命、そして国土を席巻した戦争をくぐり抜けた

ものなのです。

 

 

=== このラス・ピーニャスのバンブー・オルガンの演奏会を

    聴きに行ったことがあります。

http://laspinascity.gov.ph/home/article?cat=ls

 

随分昔に行ったので、ほとんど忘れていますが、

雰囲気のある良い演奏会でした。 教会の中での演奏会でした。

https://en.wikipedia.org/wiki/Bamboo_Organ

 

 

こちらのFACEBOOKサイトでは、

「インターナショナル・バンブーオルガン・フェスティバル」という

イベントの紹介もありました:

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=533678626676863&id=301430643234997

 

 

マニラあたりに長期滞在されている皆さんにはお勧めです。

 

 

=== シリーズ68に続く ==

=== このシリーズの最初のページは こちらです===

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/02/post-1103.html

 

 

 

 

 

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