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2016年3月19日 (土)

日本語「直接教授法」と 英語教育・・・英語の教え方ってまだ今からなの?

下記のサイトの 日本語・直接教授法に関する論文
なかなか示唆に富むものでした。
自分の教え方に 今後 工夫を加えていく際の指針になりそうです。

Img_5981

日本語教育ですら教授法について昔からいろいろと論争があるのに、
今からやっと「英語を英語で教えよう」という日本の英語教育は
前途が大変ですねえ。

英語教員の教職課程に統一指針 英検準一級目標に

http://digital.asahi.com/articles/ASJ2R6FQMJ2RUTIL04J.html

少なくとも、現場の先生に「教授法は自分で考えろ」と押しつけるようじゃあ、
効果のある「英語で英語をおしえる教育」は失敗すると思います。

こちらのサイトでは、「英語を英語で教える」ことについての反論が掲載されています。

高校の「授業は英語で行うことを基本とする」の問題性

http://blogs.yahoo.co.jp/gibson_erich_man/29304480.html

次には、英語教育現場での、様々な現状:

「基本となる考え方―なぜ英語で教える英語の授業を目指すか」

http://www.tcnet.co.jp/~myasuyuk/whyineng.pdf

・・・

ここでの議論は、公教育での語学教育がどういう目的で行われるかなど、基本的な考え方の問題がありますから、それにはふれませんが、直接教授法の有効性自体については、

具体的な直接教授法を その分野での先進国に学ぶ必要があるんじゃないでしょうかねえ。

ちなみに、今後の英語の先生は、英検準一級の能力が求められるそうですが、
英語を直接教授法で教える際には、そこまでの能力は必要ないと
思います。 その教授法さえしっかり身につければ・・・。

なぜかっていうと、私が使っている教授法は、あまり日本語が堪能では
ない外国人でも使える教授法だからです。

では、下のリンクのサイトの示唆に富む論文を読みながら、
現場で苦労している日本語教師の「ぼやき」でも書いてみましょうか・・

===== 以下 引用と私の勝手なコメントです。

日本語直接教授法再考
http://libir.soka.ac.jp/dspace/bitstream/10911/3839/1/p.69-89_%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%85%88%E7%94%9F.pdf

「動詞の活用に五段活用と一段活用があるということを学ぶが、
教わって活用ができるようになったのではない。自分がすでに無意識に
使っている日本語の仕組みを理論として確認するためである。
これに対して外国語は、ヴィゴツキー(2001:319)が指摘するように
の順序で習う
ことになる。」

=== はい、まったくその通りです。
    国語教育と日本語教育の根本的な違いですね。
    

「このことは、高等学校の英語の授業を「英語で行うことを基本とする」とする文
部科学省の方針1)に対して、英語教育関係者から出ている批判と困惑への回答に
もなろう。」

「すなわち「わかる」ことと「できる」ことが別次元の問題であるということ
から出発しなければならない。言い換えれば、「知識・事柄の教育」から
表現の教育」への転換である。」

=== はい。 日本語を一から教える日本語教育では、
    退職した国語の先生が言ってくれた「国語はどう解釈するかの教育」
    である一方、「日本語教育は、どう積み上げて表現するかの教育」
    なんですね。

「具体的な指導法となると課題遂行型などが提案されてはいるが、高度な日本語習得を目指す学習法としては不十分であり、決定的なものではない。」

=== 日本語教育に関していえば、「学者の数ほど教授法がある」ってこと
    らしいです。
    ・・・ってことは、「私の」教授法ってのがあってもいいわけね?

「外国語教育に限らず、国語教育でも作文と会話の教育の難しさが語られるが、
それは内容を理解し、覚えるだけでは学習したことにならないからである。」

=== はい、そうなんです。
    要するに、自分が知っている語彙の範囲で、
    「自分が言いたいこと」をどう表現できるか、ですもんねえ。

「教科書のモデル会話とまったく同じことを話す現実場面などあり得ない。
テキストで学んだ語彙や表現を、学習者が自分が置かれた環境で自在に
使いこなせるようになってはじめて習得したことになる。」

=== まあ、モデル会話ってのは「ひとごと」ですからねえ。
    それを「わたしごと」にする方法が難しい。

「つまり、幼児に限らず大人でも、適切な場面や文脈があれば、未知の
言語の単語や文法はよく分からなくても、「文」の意味を察する
ことは可能なのである。」

=== はい。 日本語は文脈の言語だ・・って話もありますしねえ。
    同じ文章でも、文脈によって意味が違ってくることも
    ありますからねえ。
    「場面」っていうことで言えば、「電話の会話」が
    英語なんかを使っていても 一番難しいですもんね。
    その場の状況が目に見えないと、理解するのも難しい。

翻訳は4技能とは異なる第5の技能とみなすべきである。
それなのに、なぜ外国語を学ぶにはまず翻訳からというふうにな
ってしまうのだろうか。」

=== 私も、時々 翻訳の仕事をするんですけど、
    確かに これは 全く別次元のことだと思います。
    自分が言いたいことなら、それなりの表現が出来ますけど、
    他人が書いたことを翻訳するってのは、意図するところが
    ちゃんと分からないと、語彙の選択も出来ませんからね。

「運用力を育成するには、面倒なようでも一つ一つこうした使用場面の中で、
帰納的に教えていくことが重要である。」

=== この論文を読んでいて、私が「あれっ」て思ったのが
    この「帰納的」って言葉なんです。
    なぜかって言うと、私自身が思っていたのは、
    直接教授法ってのは、「演繹的」授業の進め方をするもの
    なんじゃないかと思っていたからなんです。
    
    「帰納・演繹」を辞書で見てみると、
    「帰納法:名](スル)個々の具体的な事例から一般に通用する
     ような原理・法則などを導き出すこと。
    「以上の事実から次の結論が―される」⇔演繹 (えんえき) 。」

・・・って意味なんですけど、
私が「演繹的」だと思ったのは、いわゆる日本語の約束事というか、
文法的なもの、日本語の構造などをベースにして、「一般から具体的
なものを展開する」のが教授法じゃないかということなんです。
しかし、ここで論文にある「帰納的に教える」って意味は
別の意味合いがあるみたいなんですねえ・・・
    

「言語習得というのは単に耳に音が聞こえることで達成されるのではなく、
自分に何か働きかけが行われている、何か受け答えをしなければという
実感が重要なのである。」

=== はい、これはその通りだと思います。
    私自身の英語を学んできた、中学時代からの50年ばかりの
    経験から言っても、まったくその通りです。
    すなはち、「間違って、恥かいて、なんぼ・・」ってこと。
    恥をかくと、一生ものになりますね・・・あはは

「知識として言語を覚えてからコミュニケーションの練習をするの
ではなく、計画的に組織されたコミュニケーション活動を通じて
言語を体得させる授業設計が望まれる。」

=== そういう教材があるのなら、手に入れたいな。

「これに対して直接法の基本は、帰納的指導であり、場面から出発す
る。受け身が自然に出てくる状況、困ったこと、嫌なことを考えさせてから、そう
いうときにはこのような言い方をするのだというふうに持っていく。」

=== はい、この部分ですね。
    私が「演繹的」と思っていたことと、この論文の著者が
    「帰納的」と言っている意味の違い、次元の違いがあります。
    「場面から出発」、つまり具体的な実感する場面から入って、
    一般化するという、逆の方向ってことですね。

「たとえば、足を踏まれたり、手紙を読まれたりする状況を設定してから、
学習に入る。授受表現と対比しながら進めれば、違いがより際立つ。
わざわざ媒介語で「日本語の受身とは…」と解説するまでもない
し、解説したからといって正しく使えるようになるわけではない
それよりも受身で述べるであろう場面を次々と学習者に提示して、
自ら考えさせる。」

=== なるほど。
    私も国語の授業で国文法ってのを習いましたけど、
    「へえ~~、そう。」で終わっちゃいましたからね。
    日本語教師になっていなければ、学校の授業で終わりでした。
    国文法は、日本語教育の文法とは違いますけど、
    まあ、参考にはなりますからね。
    そういう意味では、文法用語としての「受身」を教えるより、
    柔道で「受身」の練習をして、「これが受身だ」って
    やる方がいいのかもね。

「教師が日本語で意味や用法を説明をしてから、代入や言い換えなどの
機械的な練習をしたあと、さあ何か文を作りなさいでは、
真の直接法とは言えず、理解という点で媒介語を使って行う授業
よりかえって効率が悪くなる。」

=== この点は、なかなか 直接法にとっては、厳しいところですね。
    私の場合は、既に生徒が知っている語彙の中で
    新しい文型の意味や使い方を教えて、Q&Aで、理解の
    確認と使えるかどうかのチェックをしますけど。
    確かに、機械的な代入や言い換えは、文型のパターンを
    覚えたり、語彙を増やすにはいいかもしれないけど、
    使えるかどうかは疑問ですね。

「「~は~です」と「~が~です」の用法の違いをいくら丁寧に説明しても、
学習者が正確に使い分けられるようになるのは容易なことではない。
説明によって理屈を理解するよりも、場面や文脈によって判断できる
ようになればよい。」

=== これは、日本人が文法解説書を読んでも、
    「結局、どういうこと?」になっちゃいますからね。
    場面設定をしっかりやって、具体的に見せるしかないですね。
    文脈ってのが 曲者ですけど・・・・

「緻密に考案された積み上げ式シラバスの場合、それなりの指導技術
さえあれば、媒介語が使えないから教えるのに困るということはない。
重要なのはどうやって教えるかという知恵と工夫である。」

=== はい、これは納得です。
    実際に私が1年間学んだ教授法は、2~3年使ってみて、
    媒介語が使えない外国でも有効だったので、理解できます。

媒介語が利用できない環境で学習したからといって、学習時間が
何倍もかかるということはない。教授者に技術さえあれば、
きわめて効率的・効果的な授業ができる。」

=== はい、これは私も経験済みです。
    私が日本国内の日本語学校のホームページなどで調べた
    範囲で言えば、JLPT(日本語能力試験)のレベルと
    授業時間のおおよその関係は以下のとおりです:

    JLPT N5 = 200時間
    JLPT N4 = 400時間
    JLPT N3 = 800時間(会話が出来るようになる)
    JLPT N2 = 1200時間
    JLPT N1 = 1600時間(大学入学レベル)

    (1,600時間は 2年間のコースです。)

    私が過去に直接法で教えてきた経験値としては、
    優秀な生徒は、600時間でJLPT N3に合格できる
    レベルに達しました。
    又、750時間で、JLPT N2とほぼ同等になれました。

    フィリピンですから、英語を媒介語として使えますが、
    私は一切使いません。

    もっとも、ここで私の教える技能が高いのだと
    威張っているわけじゃないんですよ。
    教授法がしっかりしているんだと思います。
    おまけに、昔読んだ資料によれば、教授法の違いによって
    生徒の伸び方に著しい違いは見られないってことらしい
    ので、どんな教授法であっても、しっかり教授法を
    修得した先生なら 大した差は出ないってことみたいです。
    

「訳読は教師が教えたつもりになれる教え方にすぎない。
言語の習得は段階的に進めるべきであり、早期から難しいことを
学べば上達が速いというものではない。最終的な4技能の到達度から
見れば、難しい文章の訳読を長時間かけて行うよりも、直接法で徐々
レベルを上げていくほうが近道である。」

=== はい、別途書きましたけど、
    ペンギン・ブックスみたいに、易しい英語で書かれている
    本から、次第にレベルの高い英語で書かれている本へと
    進むのが自然なことだと思います。
    外国語の習得には、ネイティブレベルになるには、
    5,000時間ぐらい掛かるという資料もありますからね。
    焦っても仕方がないです。

「直接法=母語話者教師でなければならないというのは、教授法を
よく理解していないところからくる思い込みである。」

=== はい、これは本当です。
    8年ほど前に、入門クラスで私の生徒だったフィリピン人の
    女性は、今や私と同じ直接教授法で、日本語学校の経営者に
    なっています。

「直接法というのは、相手が理解可能、あるいは類推可能な範囲
語彙と表現で伝えなければならない。この教授上の大きな制約が
あることで、教師は学習者が理解可能な既習事項や容易に類推可能な
レベルの指示や説明を目標言語で行う。」

=== はい、おっしゃる通りです。
    そこが、日本語教師の頭の使いどころですね。

「この誤解は、初級指導はたいへんだし、自信がないが、中上級
なら教えやすい、簡単だという一部のネイティブ語学教師側の
思い込
みにも通底する。」

=== はい、それはまさしく 思い込みですね。
    レベルが高くなるにつれて、日本語教師の悩みは深く
    なると思います。
    私自身が、今、中級レベルを教えていて、教案を
    作る際に、一番工夫が必要なところです。
    日本人を相手に、日本語で解説するのも難しい
    日本語の使い分けなどを、どう外国人に分からせるか
    ってのは、そりゃあもう大変ですよ。
    

「何をもって理解とするのか。たとえば、日本人でも本当に理解
している人は少ないであろう「わび・さび」や「武士道」などの
概念を日本語で説明した場合とそれを媒介語で解説した場合では
理解度がどう違ってくるかは、教授法の問題ではない。
このような事柄になると、それは言語教育の段階を超えており、
異文化理解の領域である。」

=== はい、そんなこと説明できませ~~~ん。
    悪しからず・・

「教授法が重要なのは、学習者の表現力向上を目的とする場合である。
読解にせよ、聴解にせよ、そこに学習者の表現力を豊かにするための
素材があるかどうかであり、教授者はそれを取り上げ、適切に使
えるように導いていく。」

=== これは、難しいなあ・・・・
    教材のカスタマイズが必要だってことになるんですかね?

「直接法で授業を進めることの良さは、モデル会話や文章をどう
活用するかという点で発揮される。」

=== 私のやり方としては、試行錯誤ではあるんですが、
    教材にあるモデル会話を下敷きにして、
    生徒達自身に 寸劇を作らせるってことですかねえ。
    つまり、自分たちが演じる劇のシナリオを本人たちに
    書かせるってことです。

「短い文章であっても、それを授業で学習者の身近な話題
引きつけ、教材に含まれる表現を活用し、談話展開を参考にして
発話していくことで学習者は第2言語を自分のものにしていく
ことができる。それがいわゆる「教材で教える」ことの第一歩
であり、訳読との違いである。」

=== はい、これは確かに目標とすべき方向性ですね。
    ただし、これはクラスの人数にも関係するかと思います。
    今私がやっているのは、日本の同じ学校に留学する
    同じ目的の生徒たちで、人数も3名だけなので
    出来る可能性は高いのですが、
    これが10人以上となり、年齢や背景、学習目的など
    がばらばらのクラスになると、なかなか難しいだろうと
    思います。

「何冊も訳書を出版していても、会話力がほとんどない翻訳者
教師もいる。これはどういうことなのか。」

=== はい、上にもあった通りで、翻訳はまったく性質の
    ことなるものだと思います。

直訳的で不自然な日本語を抜け出せない留学生の大半は、
母国で翻訳中心の日本語教育を受けてきた者である。一度染みついた
翻訳癖の修正は容易ではない。」

=== 最近の生徒の中には、インターネット翻訳を使う
    不届きものもたまにいるんですが、
    一見して「インターネットを使ったな」ってのが
    分かります。
    不自然この上ない翻訳になりますからね。
    翻訳を宿題にするわけではないんですよ。
    作文を宿題にすると、英語で書いて、それを翻訳して
    くるんです。
    だから、「始めっから、今までに習った日本語で書きなさい」    
    って言うんですけど・・・

「 翻訳するにしても中級以上の文章では単語レベルでさえ、
さまざまな可能性が出てくる。一例として「focus」という語を
取り上げよう。意味がすぐわかる語でありながら日本語にしよう
とすると、文脈によって名詞だけでも「焦点、中心、病巣、震源、
注目の的、結集、結束、軸…」など適切な訳語を選択しなければ
ならない。」

=== はい、これは、翻訳の仕事をしていてつくづく感じる
    ことです。 原文を書いた人の仕事、業界、関連資料
    なんかの背景が分からないと翻訳なんて出来ません。
    通訳なんて仕事は、とてもとても無理ですね。

「常に翻訳する習慣が入門期に身に付くと、簡単な文章まで
いちいち翻訳して理解しようとするために、読解速度がな
かなか上がらない。文章を書く場合も頭の中で一度翻訳して
から文を組み立てていくと、時間がかかる上にどうしても母語の
干渉を受けて不自然さがつきまとう。」

=== 私の授業では、一日目から日本語でのQ&Aで
    進めます。大人としての常識と想像力を使えと
    オリエンテーションでは伝えますけど・・・
    そして、10日後(30時間後)ぐらいになると、ひらがな
    だけで書かれた筆記テストで、ちゃんと答えが書けるように
    なりますからねえ・・・
    もう、びっくりポンです。

=== さて、いよいよ、この論文の結論です:

「学習者の表現力を伸ばす言語教育の要点を整理すれば、以下の3点になる。

① 教師は自らを言語環境とし、学習者の発話を引き出すように心がける。
学習者の発話量が少なければ、説明依存の授業になっている。
② 場面と発話動機を重視した指導に徹し、学習者の類推力を活用する。
教科書の理解と暗記よりも、学習者の言語生活に結びつける。
③ 内容理解はパラフレーズや言い換え、要約などによって確認し、
さらに学習者の表現力が豊かになるよう工夫する。」

=== 1は、毎日常に心がけている点です。
    2も、生徒に対して質問をし、既に習ったことを引出たり、
     類推させるように仕向けています。
    3も、生徒の反応を見ながら、言い方を変えるように
     しています。
    つまりは、いかに生徒にたくさんしゃべらせるか、ですね。

=== この論文は、日本語教育にせよ、今後の英語教育にせよ、
    方向性として正しいことを指摘していると思います。
    場面設定を生徒の実生活に近いもににするというのは
    なかなか難しいんですが、それが一番生徒にとっても
    楽しい内容になるのだと思います。

今後の自分の授業に、もうひと工夫しながら、意識して取り入れたい
と思います。

===

ちなみに、ちょっと検索してみたら、英語の直接教授法についての記事が見つかりました。

「英語で有名な直接教授法にGDM(graded direct method 段階的
直接法)がある。これはベーシック・イングリシュの考案者のひと
り、I.A.Richards が Christine Gibson とともに開発した教授法
である。」

http://inme.at.webry.info/200709/article_2.html

こちらに書いてある英語直接教授法の考え方「方法の特徴」は、やはり日本語の場合と同じですね。

・教えることが簡単なものから、難しいものへと順序よく組み
 立てられている。
・使う範囲のなるべく広い基礎的な単語から身につけるように
 なっている。(ベーシック・イングリシュの選定単語を用い
 ている。)
 例)seat(chair, stool, bench, sofaを包含する。座布団に
    も使える。)
   book(dictionary, pamphlet, album, magazine を包含
   する。)
対象的な単語を並べて出すので、意味が明確化する。
   例)I と you
     here と there(近と遠)
     this と that(近と遠)
     on と off(接触と分離)
・単語の意味は中心的な意味から比ゆ的な意味へ広げていく。
・生徒は少ない単語数でいろいろ表現できるようになる。
・生徒が文を言いたくなるような状況を設定し、生徒が自分で
  考えて文を組み立てられるようにしている。
・実際の状況の中で単語を使って憶えるので確実に身に付く。
・教師よりも生徒が話している時間が多い

これらの特徴は私が使っている日本語の直接教授法と全く同じです。

私が学んだ日本語の直接教授法は、元々はドイツでのドイツ語の直接教授法を元にして作られたと聞きました。

問題は、現場での具体的教え方がどうなのか、ですね。

一番てっとり早いのは、実際にその直接法で教えている先生の授業を体験することです。

そして、もしその先生の教え方が 「なるほど素晴らしい」 と思えたら、その教授法の具体的教え方を実技として学ぶことですね。 本で読むだけじゃ理解はできません。 実際に自分の体を動かしてなんぼです。

私なんぞは、処理速度の遅いマイクロプロセッサ内臓なもんだから、今使っている教授法の素晴らしさを理解するのに、オーストラリアやアフリカで武者修行して、日本でも教えてみて、2~3年掛りましたからねえ。 じわじわっと実感しました。

ちなみに、こちらの資料の一番下の欄をみると、英語教育に直接教授法を使っている国は、中国、ドイツ、フランス、カナダ、そしてシンガポール(特殊ですが)などがあるようです。

「諸外国における外国語教育の実施状況調査結果(概要)」

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/082/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2011/01/31/1300649_03.pdf

フィリピンは、英語が公用語のひとつにもなっているので、ほとんどの科目が英語で行われていますけどね・・・(これがイマージョンって言うんでしょうか?)

それにしても、中国の外国語教育はかなり力が入っていますね。

だから、日本でも、直接教授法は、やってやれないことはないって話ですけどね。

英語の教員を目指す若い人たちの奮闘に期待したいと思います。

 

 

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