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2016年11月24日 (木)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 91  独立したビガン王国?

 

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

フィリピンの大学などで教科書として使われているフィリピンの歴史

の本を読んでいます。 要点のみを引用して翻訳しています。

 

Img_3313

 

「第十四章 フィリピン人の反乱」の続き

 

 

p186

Bankawの宗教的反乱(1621年)」

 

ボホールTamblotの反乱がまだ猛威をふるっていたころ、

レイテの隣の島で反乱の炎が爆発した。

この反乱の指導者は、Limasawa年老いた族長で、Bankawであった。

彼は、1565年に 彼の島にやってきたMiguel Lopez de Legazpi

スペイン人を友好的に受け入れ、彼らが必要とするものを与え、

そのことによって、フィリップ二世が国王の命令で、

彼が行なった最初のスペイン人への親切なもてなしに対して感謝を

表明した人物であった。

彼はキリスト教に改宗し、スペインに忠誠を誓った。

しかし、歳をとってから、先祖の宗教的信仰に戻った

彼の息子たちと土地の聖職者(Pagaliと呼ばれた)の

助けを得て、レイテ島Carigaraの人々を扇動し、

昔の神々と宗教を守るために武装蜂起した。

 

その町から、反乱は野火のように広がり、他の町々へと

島全体を武装反抗の大混乱へと引き込んだ。

 

治安判事―市長 Alcarazoは、40隻の小艦隊を用意し、

数百人のセブ人と何人かのスペイン人砲兵を乗船させ、

レイテへと出航した。

反乱軍は和平を提案したが、彼らはその提案を拒否した。

そのため、反乱軍は丘の上の砦に逃げ込んだ。

スペインーフィリピン軍は、彼らを追跡し、決定的な戦闘

で打ち負かした。

 

==== こういう宗教戦争は、山岳地帯だけかと

     思っていたら、フィリピンで最初にキリスト教を

     受け入れたセブの近郊でも同じようなことが

     あったんですね。

     フィリピンのキリスト教がフォーク・カトリシズ

     と言われるのは、このような歴史的事情が

     あったのかもしれません。

 

     と言うのは、日本人が様々な迷信とかスピリチュアル

     (まあ、元々日本は八百万の神々ですけど・・)

     なものを何となく信じているのと同じように、

     フィリピンの若い人たちの間でも、近代的医学

     よりも、昔からの伝統的医療やいわゆる心霊療法

     のようなものを最後には頼りにしているような

     ところがあるからです。

 

 

 

p192

Diego Silangの反乱(1762-63年)

 

英国による占領時代の最も深刻な反乱は、Diego Silang

指揮の下に起った1762-63年の反乱であり、

彼はイロカノ人の中で最も偉大な英雄の一人であった。

著しい能力と知性をもったSilangは、マニラでもイロコス地方

でも良く知られていた。なぜなら、彼は、マニラとビガンの

間をつなぐ郵便事業を行ない、信頼されていたからである。

 

1762年10月5日にマニラが英国軍の手に落ちた後、

彼はビガンのスペイン当局に対し、いまいましい年貢を

廃止し、英国と闘うためのイロコス軍を組織するように

要求した。 それは、スペインがもう植民地を防衛する

ことが出来なかったからである。

この行動が理由となり、治安判事―市長は、彼を扇動者とみて、

収監した。 しかし、彼の友人たちと支持者たちは、

彼の早期の釈放に成功した。

 

短期間の収監に激怒し、Silangは支持者たちを行動に

駆り立てた。 彼の要求を拒否したスペイン人に対し、

1762年12月14日に、反旗を翻した。

愛国的なイロカノ人の支援を得て、彼はビガンから

治安判事―市長と他のいまいましいスペイン人たちを

追放し、行き過ぎた年貢と強制労働の廃止を宣言した。

彼は、ビガンを彼の独立した政府の首都とし、パンガシナン州

やカガヤン州へと革命運動を拡大した。

 

Silangは優れた軍の指導者であることを証明した。

ビガンをスペイン人の報復から守り、事実上の

無冠のイロカンディアの国王となった。

 

・・・・Miguel Vicos、スペイン系フィリピン人でSilang

友人は、刺客を志願した。 ・・彼は、1763年5月28日

ビガンにあるSilangの家を訪れた。 そして、背後から彼を

撃ったのである。

 

 

=== 私はフィリピンのテレビで、フィリピンの歴史

    を描いたドラマなどを見たことはないのですが、

    このような歴史を元にした「大河ドラマ」を

    見てみたいもんです。

    この教科書を読んでいると、なんだか日本の戦国

    時代の歴史を読んでいるような錯覚を覚えます。

 

    それにしても、この教科書に出てくる戦闘は、

    いずれも兵士の数でいうと数千人レベルなんですね。

    同じ時代の日本は、信長、秀吉、家康の時代で、

    何万人、何十万人という兵力で闘っているんですねえ。

    そういう意味で見ると、日本人ってなんと

    好戦的な民族なんだろうって思います。

 

・・・・

 

ではでは、次回 92号を お楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

 

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