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2016年11月28日 (月)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 98 ナショナリズムってなんだろう?

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

フィリピンの大学などで教科書として使われているフィリピンの歴史

の本を読んでいます。 要点のみを引用して翻訳しています。

 

Img_3979_16

 

p214

 

「第十六章  フィリピンのナショナリズム」

 

=== さて、PHILIPPINE NATIONALISM という章に入るんですが、

    このナショナリズムってのが曲者でして、

    英和辞典によれば:

    国家主義、民族主義、国粋主義、愛国心、民族自決主義、

    国民主義、国家本位、官営主義、独立運動、

    国を愛すること、

国の文化と趣味が他の国より優れているという主義、

国が独立して行動すべきであるという主義、

国家独立への望み・・・・・

・・・などなど、いろんな意味があるんですねえ。

今の時点では、その意味を確定することは出来ないので、

とりあえず「ナショナリズム」ということで読んでいきたい

と思います。

でも、まあ、この教科書の流れから言えば、

おそらく「国家独立へ望み」というのが、ここでは合って

いるのかもしれません。

 

=== ちなみに、日本では どういう定義になっているかって

    言うと、wikipediaでは:

    「ナショナリズムは日本では、文脈や立場によって、

 国家主義国民主義民族主義愛国主義国粋主義

     とも訳されており、その一義的な定義は困難である。」

    ・・・ってことになっていますねえ。

    結局 文脈で決めるしかなさそうです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

 

 

 

p214

海外からの自由主義思想の流入、1868年のスペイン革命、

1869年のスエズ運河の開通、そして Gomez神父、Burgos神父、

Zamora神父の殉教が、フィリピンのナショナリズムの誕生を

もたらした要素であった。

それらが人々に、国民性、共通の血と人種、共通の習慣と伝統、

共通の歴史と宿命、そして共通の不満と熱望をもっている

ひとつの国としての意識の火花を発火させた。

 

 

「自由主義思想の流入」

 

フィリピンがスペインによって、世界貿易へ開かれた時、

ヨーロッパとアメリカの自由主義の思想がフィリピンにも

流れ込み、海外の港から船や人々によってもたらされた。

これらの自由主義思想、書籍や新聞に掲載されていたものは、

アメリカやフランスの革命のイデオロギーであり、

モンテスキュー、ルソー、ボルテール、ロック、ジェファーソン、

そしてその他の政治哲学者の思想であった。

 

これらの考え方に影響を受けて、フィリピン人は彼らの

嘆かわしい状況に疑問を持ち始めた。 政治、司法、そして

自由を語り始め、時が経つにつれて、政府の改革を要求する

ほどに勇敢になった。 ―― その改革は、フィリピン人の間

にある苦難を引き起こしている条件を修正するために、

緊急に必要なことであった。

 

 

「1868年のスペイン革命」

 

1868年に、スペインは美しいが手腕のない女王イサベラ二世

(1833-68年)の専制政治に対して、Juan Prim将軍と

Francisco Serrano将軍に率いられた革命が席巻した。 

革命は成功し、女王は王座から引きづり降ろされた。

その成功に勢いづけられ、スペインの愛国者たちは、1873年

2月12日に、ブルボン王朝の廃墟の上に、第一スペイン共和国

を樹立した。

 

=== この1868年の革命は こちらのサイトでは

    「9月革命」ということになっています。

    1898年のパリ講和条約でスペイン帝国は滅亡

    するわけですね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%83%B3%E6%9C%9D

 

 

p214

自由主義のスペインでの勝利は、海外の植民地の海岸にも

海を隔てて鳴り響いた。 

フィリピンの人々は、初めて自由主義体制の甘い万能薬

を味わうことになった。 それは、言論の自由、報道の自由、

集会の自由、そしてその他の人権を含んでいた。

多くの植民地の官吏たち、とりわけ、Carlos Ma. de la Torre

司令官は、民主的な考えと情感をもっていたのだが、マニラに

派遣された。

 

 

 

=== この教科書では、「フィリピンのナショナリズム」に

    ついて、214から220ページまで、7ページ

    割いているんです。

    そこで気になったのが「日本におけるナショナリズム

    ってのが日本の教科書ではどう扱われているかってこと。

 

    手元にある1990年前後に発行されたの古~~い大学受験用

    の日本史参考書を見たところ、両方ともに「ナショナリズム」

    という言葉は索引にはなく、「国粋主義」「国家主義」

    「国民主義」などの言葉は、明治時代の思想のひとつとして

    出ています。

    これらのナショナリズムに相当する言葉は章レベルにはなく、

ひとつの章として出てくることばは、「ファシズムの台頭

    という言葉が、30ページほども割かれていますので、

    フィリピンの教科書とはかなり様相が異なります。

    つまり、日本史においては、ナショナリズムという言葉

    よりも、ファシズムという言葉の方が日本では歴史的には

    重い意味があるようです。

 

・・・・・・

 

翻訳したものが、徐々に貯まってきたので、そろそろ元大学教授の

フィリピン人の歴史の先生に家庭教師に来てもらって、

雑談をしようかなと思っているところです。

 

・・・・・・

 

それでは、続きは 99号をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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