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2016年11月13日 (日)

八百万の神々か? 「空気の研究」 山本七平著 を読む - その10

小池東京都知事が NHKのニュースの中で
ちらりと言及した 「空気の研究」を読んでいます・・・
キリスト教や原理主義に関する部分なので、さらに迷路。。。。




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私には結構難しいので、分かるところだけをピックアップ。
後から反芻するためのメモみたいなもんです。

p186

聖書絶対主義」は当然に親政制を指向する。

=== という文章で始まっているんですが、この後は
    かなりのスペースを割きながら キリスト教の
    宗教改革の歴史と議論の内容を語っています。
    元々 歴史が苦手科目だった私にとっては
    この手の海外の歴史は頭に入ってきません。
    ってことで、ここの部分はほとんどスキップ・・・・

p200

彼らにとって、一つの合理性追求と聖書絶対は一体に
なっているのであって、・・・神学が要請されているわけで
ある。 従って合理性と聖書的神政制とは、宗教と科学という
形で必ずしも対立しているのではなく、一方の追究は究極的
には一方の成就という発想になる。
これは科学者のファンダメンタリストにはほぼ共通しており、
これはピューリタンのものの考え方に起因しているように
思われる。

もちろん「ピルグリム物語」は一つの「神話」にすぎず、
これは「アメリカ建国神話」と見るべきものであろう。
しかし現実に、国民とよばれる者を拘束するのは「神話」で
あって事実ではない。

p201

天孫降臨」の建国神話と「維新神話」が戦前の日本人を
拘束し、それと同系統の「戦後神話」が現代を拘束している
以上、「アメリカへの天孫降臨神話」が彼らを拘束して
当然であろう。

彼らは、「アメリカという地に、ロビンソンの「神勅」を
もって降臨した天孫たち」である。

=== さて、ピルグリム物語ってのは何だろうということで
    検索しますと:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%82%BA
「信仰の自由を求めた清教徒を含む102人がメイフラワー号に乗って
アメリカに渡った。メイフラワー号船上での「メイフラワー誓約
(右図)」は社会契約説に基づくものとして知られる。1620年11月
に北アメリカ大陸に到着したピルグリムファーザーズは、キリスト
教徒にとって理想的な社会を建設することをめざした。」

    要するに メイフラワー号の清教徒が「天孫降臨」
    したということですね。

p206

一体全体、われわれの「ファンディ」はどこにあるのか?
戦後か、明治か、否もっと古くか。
「日本人が憲法を扱う態度は、まるで根本主義者が聖書
に対するようだ」という一アメリカ人の批評は、ある意味
であたっているが・・・

p207

伊藤(博文)など足下に及ばぬ天才新井白石が、すでに
同じ考え方をしているのである。
そして白石の生き方こそ伝統であり、かつ、だれ一人
疑わぬ常識であり、・・・

p208

明治憲法は、それが発布された時点においてはそれなりの
合理性と何らかの有用性とを持ちえたかも知れぬ。
しかしそれは、日本的非合理性の上に立ってその”力”を
制御して、改革に転化させるべく構成されたものではない。

その憲法は、制御装置としての力は発揮できず、実質的
には空文と化してしまう。

=== なんだかよく分からないんですが、
    どうも昨今の立憲主義の破壊がすすむ現状を
    みていると、この空文化が起きているようですね。
    この本が書かれた33年前からずっと起きて
    いるのかも・・・

p209

国内の一切の勢力は、本当は「何をしてよいのか一切
わからない」という状態になり、その非合理性は、
制御なきままに、どこかへ走り出す。
このとき、”伊藤博文の路線”はもう無力である。

p210

そして制御し得ていないと感じたとき、まず出てくる
のが、輸入の制御装置を絶対化することにより・・・

p211

われわれは自らの”ファンディ”を再把握する以外にない。

・・・それは「神の前での平等」と対比さるべき「一君万民的
家族的平等」であり、この平等主義に基づく一つの
倫理主義であり、その倫理主義を強行しうる「強権」への
喝采である。

しかしその基盤となっている一つの絶対性は、彼らの如き
教義(ドグマ)の絶対化でなく、むしろ家族的相互主義
に基づく自己および自己所属集団の絶対化とでもいえる
ものであろう。

p212

これが恐らくわれわれのあらゆる体制の背後にある神政制
だが、この神政制の基礎はおそらく汎神論であり、従って
それは汎神論的神制と呼ばれるべきものである。

=== この部分が 日本教原理主義の肝の部分のようです。

    これって、汎神論というのが多神教、神道、
    八百万の神々って話と同じならば、
    結局神道が日本人の原理主義の根元にあるって話
    ですか?
    その上で、いわば自分が属する家族的な集団を
    絶対化して、空気を作り、水を差し、
    熱くなりやすく冷めやすい回心を繰り返して
    いるってことになるのでしょうか。

p213

日本人は「情況を臨在的に把握し、それによってその情況に
逆に支配されることによって動き、これが起こる以前に
その情況の到来を論理的体系的に論証してもそれでは
動かないが、瞬間的に情況に対応できる点では天才的
という意味のことを・・・

=== 確かにそういう意味では天才的なんでしょうが、
    しかし 原発事故にはこれでは対応できなかった
    ように感じます。
    天災に囲まれて生きてきた日本人の特性かも
    しれませんが、原発事故は一時的なことでは
    済みませんからねえ。 理詰めでいかないと。

p216

人は、論理的説得では心的態度を変えない。
特に画像、影像、言葉の映像化による対象の臨在的把握が
絶対化される日本においては、それは不可能と言ってよい。

p217

人は未来に触れられず、未来は言葉でしか構成できない。
しかしわれわれは、この言葉で構成された未来を、
一つの実感をもって把握し、これに現実的に対処すべく
心的転換を行なうことができない。

論争の際でも相手の言葉の内容を批判せずに、相手に対する
ある種の描写の積み重ねで、何らかの印象を読者すなわち
第三者に与え、その印象に相手を対応さすことによって、
その論争に決着をつけてしまおうとする。
この結果生じたのが「世界で最も罵詈讒謗に弱い」という
批判をうける状態であった。
いわばある種の情況を創出されることを極端に恐れ
その情況による人びとの心的転換を恐れるという態度である。

=== ふ~~ん。
    これは何だか、最近の核拡散防止の署名に
    被爆国である日本が参加しなかったという話と
    つながるような気がしますね。
    署名しなかったことによって 日本にとって
    世界からリスペクトされないという情況を
    自ら作ってしまったように思います。
    この本の趣旨とは違うでしょうが・・・
    他からどう思われるかを気にする日本人に
    あるまじき行為 ??

    きっちりと論理で世界の国々と渡り合える
    ようにならないと外交も難しいということに
    なるんでしょうか。

p218

「空気」に基づく行動が、まわりまわっていつしか自分の首を
しめて行き、その判断で動き回っているとどうにもならなくなる
ことを、人は、否応なく実感せざるを得なくなってくる・・・
戦争直後にこのことはいやというほど実感させられた・・・

=== それで、一応 空気、水、日本の原理主義ってものが
    分かったようなつもりにはなったんですが、
    著者は 最後に 以下のように書いています。

p219

自由」はいかなる位置に立ちうるのか
それを探すには、かつての彼らが、黙示録的支配から
何によりいかにして脱出して来たかの歴史が、一つの参考
となるであろう。
だが、その問題については、また別の機会に記したいと
思う。

=== なんてことで締めくくってしまっているんです。
    オー・マイ・ゴッド !!
   
    この本の後に そういう本が出版されたのかどうか
    分かりませんが、まあ、自分で考えろってこと
    なんでしょう。

・・・・・・

次回 その11 では、「あとがき」を読んでみます。

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