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2016年12月21日 (水)

山下財宝がバギオ・コンベンション・センターに?? フィリピンの人たちは今でもマジです。

戦争中に日本軍の山下奉文大将が隠したといわれている
いわゆる「山下財宝」の話。

以前から、財宝を探すために、あちこち掘り起こすには
一定の法律があって、それに従わなくてはいけないって噂は
聞いていたんですが、それがなんとバギオでこんな新聞報道
になりました。

コンベンション・センターでの金財宝探しを承認
Gold hunting approved at convention center

http://www.sunstar.com.ph/baguio/local-news/2016/12/14/gold-hunting-approved-convention-center-515022

「山下財宝の誘惑が今日でも続いている。
 Eliseo Cabusao Jr.氏は、第二次世界大戦中に日本兵によって
 残された戦利品の一部であると信じられている金の延べ棒トラック
 数台分を大量に集めるために、バギオ・コンベンション・センターで
 発掘することを許可するようバギオ市に申請している。」

「70年以上になる今でも、トレジャー・ハンターは、掴まえどころの
 ない山下財宝を探し続けている。」

「Cabusao氏は埋蔵された金塊の情報はバギオ出身の90歳の日系
 から教えられたものだと述べている。 彼は、70年代半ばから
 アメリカ在住であるが、Cabusao氏に対して、その財宝の
 噂の場所を示したと言う。
 それは、”バギオ市の彼の家で、それぞれの家族がいる前で
 なされたものだと。 -- そしてそこは、彼と日本人兵士たちが
 まだ十代の時に、現在のバギオ・コンベンション・センターの
 近くのどこかのトンネルの中に、トラック何台分かの金塊を
 隠した場所” だと言うのである。

日本語版のサイトはこちらです:
http://philippinearekore.blog.fc2.com/

・・・そして、関連記事を探していたところで発見したのが
このサイトです。
ここに面白いことが書いてあったんです。

マルコス大統領と山下財宝
http://www.filipiknow.net/facts-about-ferdinand-marcos/

このサイトの 12番目に Marcos and the Yamashita treasure
という記事があるんです。

そして、そこにいきなり、次のようなことが書かれているんですねえ。

「まず第一に、山下奉文陸軍大将は、かの悪名高い財宝とは
 実際のところ何の関係もなかった
。」

「”Golden Lily(黄金のユリ)"作戦を率いてアジアの領土を
 収奪したのは、裕仁天皇の弟である秩父宮親王だったのだ。」

「秩父宮の従兄である竹田宮恒徳王が、フィリピンの数百の
 秘密の地下壕に戦利品を隠すよう指示された。
 また、竹田宮は、その地図の写しを、フィリピン人の使用人に
 保管させていた。」

=== この「黄金の百合作戦」ってのは初耳なので、
    こちらでチェック:
http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/0c8bf2736c793069a8568eabb8bcf113

「日本のアジアからの略奪は、天皇裕仁の魅力的で教養のある弟、
秩父宮によって監督されていた。彼の組織は天皇のある歌に因んで
「黄金の百合」(ゴールデン・リリー)と暗号で呼ばれた。
より下位の皇子たちは占領地域を横切る「黄金の百合」の各地の
支部の長であった。日本からの情報によって、現在の時点で、
ベンの戦時中の主人は竹田宮恒徳(つねよし)皇子であったことが
確認された。」

「海上輸送ができなくなった。そこで、財宝を隠すことが決定的に重要
になった。財宝を隠すことができたら、日本が戦争で負けても、
金融的には負けることにはならないのだ。この戦争がどのように
解決されようとも、日本はフィリピンを維持することをずっと期待
していた。皇子たちによって監督されて、百七十五の「皇室」の
財宝を隠す地下室がこの島々の中に建設された。」

「別の訴訟が「黄金の百合」の略奪品が実際にフィリピンに隠されて
いたことを証明している。ロゲリオ・ローハースはフィリピンの
錠前師で、山下の司令部が置かれていたバギオの山のリゾート地の
病院
の裏にあるトンネルの中に隠されていた、一トンの重さの黄金
でできた仏像一体と数千の小さな金塊を見つけた。ローハースが
見つけたことを聞いて、すぐにマルコス大統領は黄金の仏像を押収
するために暴漢を送りつけた。ローハースが抵抗すると、彼は逮捕
され、拷問を受け、最後には毒殺された。一九九六年に、ハワイ州
の合衆国法廷は、マルコスの財産に対して四百三十億ドルの支払い
を相続者に対して言い渡した。これは歴史上最高額の市民に対する
罰金である。」

=== まあ、これの真偽は私には分かるわけもありませんが
    少なくともこのような情報を信じて、70年以上
    経った今日でも 宝探しを真面目にやっているフィリピンの
    人たちが結構たくさんいるってことです。

    このいわゆる 「ヤマシタ・トレジャー・ハンティング」財宝さがし
    にハマってしまった人たちは哀れな末路・・・という話も
    ありますんで、 良い子は真似をしないようにお願いします。

=== 2017年1月1日に こんな情報を発見しました。

      まともな情報です。

「山下財宝について近年の研究では「膨大な隠匿物資、金銀宝石という意味での『財宝』は風聞の域を出ない」というのが定説になっている。しかし、日本軍のマニラ撤退時に、ニッケルなどの貴金属、フィリピン人捕虜から接収した宝飾品や時計類、紙幣などが個人レベルや各部隊レベルで持ち去られたことは否定できないという。」

http://news.livedoor.com/article/detail/12487709/

ちなみに、我が下宿の大家さんの亡くなった父上は、バギオ市警察署の副所長だった時代に、市役所で上記の「黄金のブッダ」の警備をしたんだそうです。

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