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2016年7月30日 (土)

ややこしい日本語 14 -「なに?」か、「なん?」か・・・

「何」は「なに」と読む。

しかし、「なにですか?」とは言わない

そこで、いろいろ書き出してみると:

<「なに」と読むもの>
何味、何入り、何売り、何織り、何課、何着、何区、何家、何県、何者、
何子、何事、何様、何式、何寿司、何セール、何専科、何染め、何屋、何印、
何人、何色、何年、何月、

<「なん」と読むもの>
何円、何個、何寸、何年、何千円、何隻、何足、何人、何色、何年、何月、

そこで、インターネット検索をやってみると:

http://tscc.seesaa.net/article/366551498.html

その他、「なんですか?」、「なんの?」、「なんと?」

すべて、答えが書いてありました。 いや~~、便利だねえ。

なんで、こんなことを調べたかって言うと、
今 日本語教師養成講座をやっていて、日本人の受講者とフィリピン人の受講者が
いまして、日本人なら特に説明しなくっても分かるんですけど、
フィリピン人受講者の場合には なにが違うのかってことを
説明して、教え方を分かってもらわなくちゃいけないわけです。

もちろん、日本語教師は 外国人の生徒に教えることが仕事なんで、
日本語教師養成講座に 日本語の感覚が分からない人がいるってことは
悪くないですね。 かなり、意識的に考えるようになりますから・・

実際に、授業の演習をやったら、この 「なに」 と 「なん」 を
フィリピン人受講者は 間違ってしまうんです。

そこで、今日のまとめ :

(1) 何(なん)の場合は、数を表す場合が多く、後にくる漢字は
    音読みが多い。

(2) 何(なに)の場合は、数以外の意味の名詞が多く、
    その名詞の内容を聞くものが多い。 後にくる漢字は
    訓読みが多い。

(3) 後に 「です」、「の」、「と」、つまり 「です、の~~と」が
    くる場合は 「なん」になる。

・・・ってことかな。

 

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2016年7月28日 (木)

ややこしい日本語 13 - 「ゴルフは好きなんだけど、ゴルフは嫌いなんだよなあ」 文脈って どう教える・・?

「ゴルフは好きなんだけど、ゴルフは嫌いなんだよなあ・・・・」

って、この意味分かりますか?

実は、この台詞・・・私自身が

「ゴルフを一緒にやりませんか?」

って訊かれた時に 決まって応える台詞なんです。

・・・こういう一見意味不明の文を 日本語教室でどう教えたらよいか、
ってのが 今日の「お題」なんです。

ものの本によれば、「日本語は文脈だ」って言われている言語なんです。

要するに、全体の文章の流れが分からないと、一部の ひとつの文を
読んだだけでは その文意が分からない場合があるってことです。

「ゴルフは好きなんだけど、ゴルフは嫌いなんだよなあ・・・・」

という文だけを見ても、意味が分からない。

じゃあ、これを 「日本語は文脈だ」 ということを説明する
サンプルとして その文脈を付け加えていくと どうなるか・・・

その前に、「日本語に主語はない」 っていう話もあって、
この文も 主語が分からない文になっているので、それを補足してみましょうか。

「(私は)ゴルフは好きなんだけど、ゴルフは(私が)嫌いなんだよなあ・・・・」

分かりますか?

つまり、
「私自身は ゴルフは面白いと思っているんだけれど、
 そのゴルフは 私のことが嫌いなんです・・・要するに私はゴルフが下手なんです。」

・・という意味なんです。

一つの文で 意味が分かるようにしようと思ったら、こういう長い文にしなくちゃ
いけないわけです。

じゃあ、普通の会話の中で、「日本語は文脈だ」 というのを説明しようとしたら
どんな感じの文脈がありえるか・・・という 「お題」ですね。

・・・・・・・・・・・

「たもつさんは ゴルフはされるんですか ?」

「いいえ、今はやっていないんですよ。」

「・・と言うことは、以前はやっていたんですね。」

「はい、昔は お客さんの接待で やったことがあるんですよ。
 駐在員時代に、日本からのお客さんを相手に・・」

「ほお、そうだったんですか。 じゃあ、なぜ今はやっていないんですか?」

「いやいや、めちゃくちゃ下手なんですよ。
 お客さんの3倍も叩きますからねえ。
 おなじ料金でゆっくり時間をかけて・・あははは」

「おや、そういう話ですか、それは大変なお仕事でしたね。」

「はい、ゴルフは好きなんですが、ゴルフは嫌いなんですよ。 あっはっは・・」

・・・どうでしょうね。 分かりますか、文脈。

===================

<< おまけ >>

サッカーの澤選手・・・サンフランシスコで・・・・
 
「私は だんなが 二匹います。」
 
と、「鶴瓶の家族に乾杯」で発言。
こりゃあ難しい日本語だ・・・笑。
 
やっぱ、日本語は文脈が分からんと 理解不能な言語だな。
・・・・テレビをご覧になった方は 御承知のとおりなんですが・・・・
鶴瓶さんと澤選手との間で 犬の話題になった時に、
犬は可愛いという話になって、
鶴瓶が 「澤さんは犬を飼っているんですか?」
というような質問をしたんです。
それに対する返事が 
私は だんなが 二匹います。」
だったんです。
これを素直に 英語にしたら
I have two husbands (who are animals).
ですもんねえ・・・
 
日本人なら理解できますね。
私に関して言えば、だんなが 犬を二匹飼っています。」
As to myself,  my husband has  two dogs.
という意味なんですねえ・・・・
難しいですねえ・・面白いですねえ・・・
日本語って、本当に めちゃくちゃですねえ・・・
日本語を教えている日本語教師の身にもなってみてくださいよ。
 
 
 

 

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戦争体験者には正視できない映画なんじゃないか:: 戦後間もなく制作された「ひろしま」

映画 「ひろしま」・・・

1953年8月に作られた映画だそうです。

制作されたけれども 一般には あまり日の目をみることはなかった映画らしい。

予告編はこちらです: (予告編だけでも8分・・)

https://www.youtube.com/watch?v=y28tMyJjlns

今 本編を半分ぐらい観たところで いても立ってもいられず、アップしています。

(本編は 2時間半・・・長い・・・)

https://www.youtube.com/watch?v=a4MZXjgWARw

「ノー・モア・ヒロシマ」 という意味が、

初めて分かったような気がします。

私は戦後生まれの長崎県人ですが、

この映画は本当に恐ろしい映画だと思います。

全部観た後で、追記します・・・・・

・・・・

観終わりました・・・

これは政治的云々を超えた映画だと思います。

ドキュメンタリー・タッチで 淡々と話が進んでいくのが

底知れぬ恐ろしさになっているように感じます。

これだけ多くのエキストラを使った映画が

どのように作られたのか・・・

どのような思いで制作されたのか・・・

それが知りたいところです。

=== こちらのサイトに 詳しく書いてありました ==

Photo

1952年8月、日本教職員組合中央委員会が製作を決定。「いかにしてあの日を正確に再現するか」が主眼とされた。」

・・・とあります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%97%E3%81%BE_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

「同年9月、製作側が全国配給元として交渉していた松竹は、「反米色が強い」として登場人物の「ドイツではなく日本に原爆が落とされたのは、日本人が有色人種だからだ」という趣旨の台詞がある場面など3つのシーンのカットを要求していた[10]が、両者が譲らず、9月11日、製作側は「広島、長崎県は自主配給」の方針を決定した。」

・・・やはり、日本国内での上映は 難しい環境があったようですね。

この前 オバマ大統領が広島を訪問した際に、

被爆者の代表が 抱き合って涙を流したという意味、

アメリカに「謝れ」と言わなかった理由も、

なんとなく分かるような気がします。

・・・

政治的なものとか、謝罪云々とかいうことを 超えたものが

感じられた 底知れぬ映画だと思います。

========

私が小学生か中学生だったか、

同じ長崎県ですから 授業の中で 保健・養護の先生から

長崎の原爆のことを聞いたことがあります。

今でも良く記憶に残っています。

私の田舎は佐世保市。 長崎市へは今の高速バスで2時間ちょっとでしょうか。

当時はおそらく鈍行列車で向かったのでしょう。

その保健の先生は、看護師だったのだと思いますが、

「長崎の原爆の後、召集がかかって、医者や看護師が長崎市へ

 行ったんだけど、医療関係者に出来ることは ほとんどなかった・・」

「負傷者には 次々に蛆が湧いて、取っても取ってもだめ・・・

 そして次々に亡くなっていった・・・」

涙ながらに話をされました。

========

さて、最初に 「戦争体験者は この映画を 正視できないのでは・・」

と書きました。

それには理由があります。

数年前にバギオ市の100年祭がありまして、

その記念事業として 北ルソン日本人会で ミュージカルや演劇を

やったんです。

その一つが 「亡霊の彷徨う町」 という朗読劇でした。

それを観ていた日系人の男性が、途中で気分が悪くなって

お帰りになったんです。

それとは別に聞いた話では、

戦争体験者であるバギオの日系人の女性が

あるインタビューを受けた折りに、

話を始めてすぐに、泣き出し、インタビューにならなかったということでした。

・・・・

戦争体験者の皆さんは、

おそらく トラウマというのか、PTSDというのか、

そういう大きな心の傷を抱えていらっしゃるのだと思います。

語りたいけど、語れない・・・

そういうことなんだろうと思うんです。

・・・その意味で、この 映画「ひろしま」は、そういう人たちになり代わって

多くのことを教えてくれるのではないかと思います。

「ノーモア・ヒロシマ」 「ノーモア・ナガサキ」 の意味が

イデオロギーや、政治的立場を超えて、

人道的・・・という言葉をも超えて、

心に沁みた 「幻の名画」 です。

 

 

 

 

 

 

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2016年7月27日 (水)

フィリピン・バギオ市で 仙台流・七夕 七つ飾り ワークショップ

今年もまた 日比友好月間が参りまして、気ぜわしい毎日なんでありますが・・・

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7月23日と24日に 「仙台流七夕飾り」ワークショップが開かれまして。

「仙台の七つ飾り」ってのは何かといいますと、

上の写真の左側に書いてある絵のようなものを紙で作るわけです。

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さて、二日間にわたり3回開かれるワークショップの始まりです。

フィリピンでは、このように全員立ちまして、お祈りをするのであります。

「このような素敵な機会を与えてくださり、神に感謝いたします・・・」

ってな具合です。

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昨年までは、北ルソン日本人会や英語学校のボランティアの人たちにお願いして、作り方を英語で教えながらやったんですが、今年は、「もう作り方は覚えちゃったから 私たちだけで出来るわよ・・・」 ってなことで、楽になりました。

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日系人会の奨学生たちが ファシリテーターになりまして、

来場者に教えるわけです。

壁に貼ってあるのは、本場 仙台市の「たなばた祭り」のポスターなんであります。

仙台七夕まつり協賛会(仙台商工会議所)様からの頂き物です。

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正面の舞台の上に 貼ってある大きな絵は、

伊達政宗と 慶長遣欧使節の船「サン・ファン・バウティスタ号」なんであります。

いろいろ調べていたら 400年ほど前に 今のメキシコ、さらにスペイン、ローマへと 法王に謁見に行ったわけです。

そして、その帰りに 支倉常長さんが、マニラに二年ほど住んでいた、そしてなんと このサン・ファン・バウティスタ号が マニラで スペイン政府に売却されていたことが分かったんです・・・

・・・で、無理やりに 仙台七夕 - 伊達政宗 - 慶長遣欧使節 -支倉常長

- フィリピン - という連想ゲームで 結びつけたわけです。

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家族連れの人たちもいて、結構 楽しんでもらったみたいです。

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これは、フィリピン大学バギオ校美術学部のOGが作ってくれた 七夕セット・・です。

彼女は、数年前から 七夕イベントに関わってくれていて 会った当初は、大学の ソサイアティー・オブ・ビジョアル・アート(SVA)というサークルのメンバーでした。

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こちらの一角には、英語留学中の日本人の皆さん。

きっちり仕事をしている姿が印象的。

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こちらのテーブルには、国際交流基金の日本語パートナーズとして最近フィリピンに派遣されたばかりのお二人が・・・

「仙台流の七夕飾りは初めて・・・」

ということで、フィリピン人のファシリテーターに教えてもらっていました。

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「紙ごろも」 と 「吹き流し」 を作った女の子。

紙ごろもは ちょっと洋風ですな。

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やっぱ・・・作った飾りを 笹竹に結ぶのは ちょっとわくわくしますよね。

みんな とても楽しそうでした。

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なぜか・・・こんなもんまで置いてありまして・・・

日本人が 記念写真・・・

このアイデア ちょっと頂こうかな・・・と考え中。

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こんなんで 遊んでいる女の子もいましたね・・・

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「ファッション・デザイナーになりたい!」

という短冊がありました。

実は、このバギオ市に 山岳民族の伝統的織物のデザインを 世界的なブランドにした 山岳民族出身の女性がいましてね、仲良くさせていただいていたんです。

去年の七夕祭りの時には 一緒に AKB48の「恋するフォーチュン・クッキー」を踊ったりして・・・

でも、その著名なデザイナーのおば様は亡くなってしまったんです。

将来を担う デザイナーが出てくれると嬉しいですね。

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「両親が フィリピンに帰って来てくれますように・・・」

ああ、このお願いが 天に届くといいですね。

フィリピンの出稼ぎ社会という現実が こんなところにも現れました。

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・・・日本では、なかなか こんな雰囲気で七夕を楽しんだこともないんですが、

結構いいもんですね。

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これくらい飾ると、結構 いいもんですよね。

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・・・なんで みんなが横を向いているのか・・・ですか?

「みなさ~~ん、七夕飾りの方を向いてくださ~~い」

って注文を付けたんです。

ちょっと失敗だったかな・・・笑

・・・・・・・・・・・

実は、仙台市の本場の七夕祭りには まだ一度も行ったことがないんです。

3年ほど前に 「仙台流の七夕祭り」をバギオ市でやろう、と決めてから、

仙台市の商工会議所や、国際センター、仙台市博物館、石巻市のサンファン館なんかに 情報を仕入れには行ったんですけどね。

やっぱ、本場の七夕祭りを見たいなあ・・・

でも、バギオも 8月にやるんで、かぶっちゃって見に行けないんだなあ・・・

ああ、残念、残念・・・

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・・だから、仙台七夕まつり協賛会さんから この大きなポスターもいただいたんです。

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そして、これは 宮城県の四季を表すポスター・・・

宮城県観光連盟さんからの いただき物です。

 

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さらに、さらに・・・ 石巻市の サン・ファン館さんからも こんなポスターをいただきまして。

バギオ博物館で ポスター展をやることになりました。

嬉しいですねえ。

有難いですねえ・・・

皆さんも 是非 見に来てくださいね。

仙台市と同じ日、8月6日に バギオ博物館での展示がオープンします。

 

 

 

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