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2017年3月30日 (木)

バギオ市ケノン・ロード散歩: 1904年の沖縄移民慰霊碑を探して Camp7からCamp6へ

Walking in Baguio :  from Camp7 to Camp6 along Kennon Road

バギオ市高原保養地開発の為の山岳道路ケノン・ロード(当初はベンゲット道)の建設工事に日本人労働者が多数関わったことはバギオ市民にも広く知られているんですが、その関係資料の中には沖縄からの労働者のことはほとんど触れられていないんです。

山岳道路が完成したのは1905年。 本土の日本人労働者が入ったのは1903年、そして今回の沖縄からの労働者が参加したのは1904年とされています。

沖縄からのお客様から、ケノン・ロードの有名な観光スポットであるライオン・ヘッドの近くに、沖縄から工事に参加して犠牲になった人たちの慰霊碑があるという話をつい最近になって聞きまして。

それは探さなくては、ってことで、写真撮影を兼ねて、ぶらぶらと散歩してきました。

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出発地点は この キャンプ7 の野菜・お土産屋が並んでいるところ。

7:30amのスタートです。

なんでこの時間に出たかって言うと、昼間は帰りのジプニーが少なくなるという話を聞いたからなんです。

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道路の右側は こんな感じ。

丘の向こう側には セント・ルイス大学バカケン・キャンパスがあります。

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ケノン・ロードは、あちこちで 道路拡幅や下水管の埋設工事などが頻繁にあります。

お陰で、交通渋滞。

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ここは、ケノンロードから ロアカン・ロードへの分かれ道。

ロアカン・ロードは、フィリピン・ミリタリー・アカデミー(日本の防衛大学に相当)や、キャンプ・ジョンヘイへの道です。

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さて、ここから目的地への距離は・・・

ライオン・ヘッドまで3キロありますね。

沖縄移民の慰霊碑は、ライオン・ヘッドの近くということなので、2.5キロから3.5キロぐらいの範囲を入念に見て歩くことにしました。

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ケノン・ロードを見下ろす 展望台が見えて来ました。

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展望台に とうちゃこ!!

ここの施設は 日系人会の北ルソン比日基金(通称アボン)が管理しています。

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展望台からの ケノン・ロード。

ジグザグ・ロードとも呼ばれています。

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これが記念碑。

アメリカ、フィリピン、日本が協力して作ったという絵になっています。

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谷底を覗くと、真ん中あたりに黄色いライオン・ヘッドの岩が見えます。

近そうなんですが・・・・・それが、なかなか・・・

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沿道にこんな果樹がありまして・・・

ちょっと柿に似ていなくもないんですが・・・フェイスブックで友達に聞いてみたところ、これは 地元では Chesa と呼ばれているそうで。

wikipediaで調べたところ、こんなことが書かれていました:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB

「一般的なフルーツの芳香や酸味、ジューシーさがなく、食べると口の中の水分を吸うため喉が渇く。食べ頃を判別するのが難しく、完熟にならないと非常に不味である。」

カニステルは栽培されている台湾や沖縄でもほとんど市場に並ばないマイナーな果実である。近年まで栽培しても売り物にならなかったことから、「蟹捨てる」、「金捨てる」など沖縄の農家の間で揶揄を込めた駄洒落で呼ばれることがあった。」

・・・なんだか、渋柿に似ているような・・・

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結構な坂なもんで、ジプニーもバイクも ぜいぜい言いながら登っております。

私は、帰りは絶対歩きません・・・笑

ただ、帰りのジプニーがあるかどうかが心配。

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バギオで名産品に入るらしい箒・・・・・

日本のホウキよりも柔らかくて細い植物の茎で作ってあるので、赤ちゃんのいる家庭で、静かに掃除をするのには向いているって話です。

日本にも輸出されているようです。

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こちらは家具屋さん。

手作りの家具です。 ケノン・ロード沿いには、いくつか骨董品になりそうな家具を作っているお店があります。

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沿道の民家は、石垣と花で彩られたところがあって、趣があります。

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こちらは 狭い 段々畑・・・・

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実は、こんな谷底の 段々畑なんです。

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山肌は かなり崩れ易そうな土質に見えます。

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坂道を サイクリングで登っていく人たちもいます。

山の麓からは およそ30キロあるんです。

山岳レースにでも出る人たちなんでしょうかねえ・・

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ここは、2年ほど前の台風で、大規模な土砂崩れが発生。

道路が完全に流されてしまった場所です。

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片側通行なんで、ここも渋滞のボトルネックですね。

今でも崩れ易い道路なんで、1905年の完成までの困難な工事が推測できます。

それに、台風なんかでちょっと大雨になったりすると、すぐに通行止めになったり、重量級の車両は 日頃から通行が禁止されています。

なので、バスなどは、マルコス・ハイウエイを使っています。

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これは、闘鶏のにわとりさんです。

趣味か商売か・・で、育てているんですね。

闘争心を育てるのがなかなか大変なんだそうです。

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ここは、家具屋さんというか、彫像みたいな置物なんかのお店。

このワンちゃん達、おとなしく寝てりゃいいのに、私が近付くと、俄然元気に吠えだしちゃって・・・ちゃんと仕事をしていました。

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はい、こんな感じの ジグザグ・ロードですね。

日本の「いろは坂」みたいな・・・・

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道路を造る為に削られたんでしょうね。

根っこがむき出しになって、それでも地面にしがみ付いています。

向こう側に ワンちゃんの姿が・・・・・

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上を見上げると、木が必死に手を広げているんですが・・・

枯れているのかな?

絵的には いい感じなんだけど・・・・

・・・で、一匹だけ姿が見えていたワンちゃんですが・・・

数匹が盛大にお出迎えしてくれまして・・・

おまけにその中の一匹が熱烈歓迎で、飛びついてきてくれました。

まあ、どっちかって言うと、嬉しさのあまり・・という感じの飛びつき方でしたが・・

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・・・う~~ん??

なんだか正体不明の造形物がありました。 なんだろな??

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さて、いよいよ、ライオン・ヘッドが目の前に現れてきました。

・・で、その手前に マリア像が・・・・

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こんなマリア様でした。

この小さな公園は、個人というか家族のプロジェクトで造ったと書いてありました。

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道路脇には、十字架も建ててあります。

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・・・で、カーブを廻ったところが ライオン・ヘッド。

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ここは、まだ キャンプ7 なんですねえ。

とうちゃこ時間は 9時・・・ 

3キロを1時間30分でぶらぶら歩いて降りてきたことになります。

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ここで、朝ごはん。

小さいカップ・ラーメンにお湯を入れてもらいまして、35ペソ(およそ85円)。

久々のカップ・ラーメンは 旨い !!

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・・・さて、沖縄移民労働者の慰霊碑なんですが・・・

このお店のお姉さんに尋ねてみたんですが、

「知らない」という答。

お姉さんが、周りにいた男たちにも聞いてくれたんですが、誰も知らない

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はい、ライオンさんの 正面です。

ちょっと前までは、色が真っ黒に塗ってあって、ライオンと言うより、ゴリラって感じだったんですが、今は この色なんで、まあ 大丈夫ですね。

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この近くに 「元祖ライオン・ヘッド」がある筈なんですが、発見できず。

元々は、これよりも小さい自然の岩が ライオンの頭に似ていたってことらしいんですが。

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こちらは、お店に並んだ 馬さん。

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さて、ライオン・ヘッドから さらに ゆるりと下ります。

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この辺りで、車を洗っていたお兄ちゃんにも 尋ねたんですが、

不発に終わり・・・・

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このお店に通りかかったところ・・・・標識に 「キャンプ4」 とある・・

なに・・・?????

キャンプ7 から いきなり キャンプ4 ってか???

ところで、このキャンプって意味なんですが、

このベンゲット道を建設中に 労働者がご飯を食べる飯場があったんです。

その飯場がキャンプでして、山の麓から Camp1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8 と 

キャンプ8まであるんです。

キャンプ8は、バギオ総合病院のちょっと下にあります。

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おかしいなと思って近づいてみると・・・・ 4 の上から 6 と訂正してありました

ここからが バランガイ キャンプ6 だそうです。

(バランガイっていうのは 「地区」ぐらいの意味で、れっきとした行政単位です。)

この辺りが、バギオ市とベンゲット州の境になるわけですね。

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このお店の前に座っていた 爺さんとお姉さんに 沖縄移民労働者の慰霊碑のことを聞いてみたんですが、ここでも「知らない」という答でした。

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・・・悲観的な気持ちが胸を覆い尽くし、谷底を覗きこむ・・・・

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岩がごろごろ・・・・

谷底に吸い込まれそうな・・・・なんてことはありませんでした・・・笑

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はい、ここでやっと バギオ市とベンゲット州の 州境っていうか、県境っていうか、はっきりとした標識が立ててありました。

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さらに下っていきますと・・・・・

村の「お肉屋さん」です。

お兄ちゃんたち二人が、それぞれに 鶏さんたちをぶらさげて出て行くところでした。

正に フレッシュ 鶏肉・・・・です。

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ベンゲット州 ツゥバ町 キャンプ6地区・・・・・です。

確か このちょっと下辺りだったと思うんですが、サリサリ・ストアの小母さんに、慰霊碑のことを尋ねました。 4人目の証言です。

その小母さんいわく:

「そうねえ、昔はそういうのがあったかもしれないけど、道路の拡幅工事をやったりしたから、もう取り壊されてしまったんじゃないかなあ・・・」

・・・という返事。

もしかしたら、この付近にあったのかもしれないんだけど、

はっきりと 「あった」 とは言わない小母さん。

おそらくこの周辺に日本人が来たりしていたんでしょう。

もしかしたら、第二次大戦の戦没者の慰霊碑と誤解しているのかと思ったんで、道路建設労働者の慰霊碑だよ・・って念押ししたんですが・・・

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・・・そして、さらに よたよたと坂を下って、サリサリ・ストアの横に 猫ちゃん発見。

ここまでで、目的の慰霊碑は発見できず・・・

我泣きぬれて 猫とたわむる・・・・・状態。

しかし、フィリピンで、猫が「繋がれて」いるってのは 初めて見たな。

私がこの横のベンチで、一服している間、一度も目を覚まさなかったし。

余程 この世に希望を見出せない生活をしているんだろうな・・・・涙

・・・・さて、ライオン・ヘッドから この最終地点までが 30分でした。

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・・・一服したお店の ちょっと下にあるお店の看板。

そこで3~4名の人たちがたむろっていて・・・・

ジプニーが登ってきたら それに乗り込んだ。

私も一服したお店を動かず、それが登ってくるのを待つ。

ジプニーに後ろから乗ろうとしたら、

セカンド・シートに廻りなさい

って言われて、前だ前だと言うので、助手席に行ったら、

「違う、違う、セカンド・シートだよ」

運転・助手席の後ろに横に一列の席があって、4名が座れるようになっていた。

こういうタイプのジプニーの座席は初めてだった。

・・・・

ジプニーが ブイブイとエンジンを唸らせ、息を吐きながら、急坂を登って・・・

キャンプ7の下宿に辿りついたのは、15分後だった。

とうちゃこ時間は 10:15amだったかな。

もうぐったり・・・

1時間半ばかり午前中の昼寝・・・・・

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