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2017年4月13日 (木)

バギオの神社? 戦時中の神明神社の痕跡を探して - PAGASA周辺を歩く

前回は、こんなことを書いたんですが、今ひとつすっきりしないままでした。http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/04/post-05b1.html

前回は、二つ目の予定があったんで、気象観測所の周辺をじっくり見て廻る時間がなかったんで、今日は 2回目の探索をやったんです。

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昭和19年3月8日に造営されたという「神明神社」です。

まさに戦時中にバギオ市の今のバギオ・コンベンション・センターの裏山に造られたという神社なんですね。

昭和20年の1月から3月ぐらいの間には、米軍による絨毯爆撃があったそうですので、その間に破壊されたものと思いますから、およそ1年間ぐらいしかなかった幻の神社と言えるかもしれません。

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神明神社の写真は、この本「第七十四平坦病院」の中にあるとの情報をいただきました。

この本は非売品だそうですが、この本の編集をされた宍倉公郎氏が 「イフガオの墓標」という本の著者でして、その本の中の 「神山信雄著「病院の自活態勢と患者の練成」の章より」 というところに神明神社のことが書かれています。

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これが 「イフガオの墓標」 なんですが、この本には戦時中のバギオ市周辺の出来ごとがかなり詳しく書いてあります。

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・・・そして、この本のこの写真に、

裏山から望む分院全景」というのがあるんですねえ。

「中央松林の向こうの凹地にバギオ市街が展望された」 とあります。

・・・この裏山に 「神明神社」があったんですが、その場所を探しているわけ。

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さて、そこで、まずは前回 確認できなかった、バギオ・コンベンション・センターの裏側あたりからつぶさに見ながら歩いてみます。

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これはコンベンションの裏通り

左側に松林があって、右側には手前が最高裁判所、その向こう側からPAGASA(気象観測所)の入口の長い坂道、さらにその先に最高裁関係の住宅地があります。

その又先には、右側にビクトリー・ライナーのバス・ターミナルが続いています。

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・・で、これは右側にある 最高裁の敷地の中にある立派な屋敷。

この家の裏側には、山と言えるほどのものはなさそうなんですよねえ・・・

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・・・で、この最高裁の屋敷の右側に廻ってみます

ちょっと丘みたいに見えるんですが・・・・

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ちょっと不法占拠しました・・・みたいな建物があって、この上に登ってみたいんですが、他人の家に侵入しなくちゃいけない感じなんで・・・・

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裏山の右側をぐるりと廻って、登る道がないかを探します・・・

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・・・で、左方向に登る階段があったんで、登ってみたんですが、こちらも民家でどんずまり。 そこのお兄さんに山に登る道がどこかにないか・・って聞いたら、「PAGASAの方からしか入れないよ。 グリーン・ゲートから入るしかないよ。」 ってことでした。

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・・・で、前回と同じ PAGASAの入口から 長い坂を登ります。

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そして、前回はこの道の左の測候所の建物の方はみたので、今回は右に最高裁の建物を見ながら真っすぐ進んでみることにしまして・・・・

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こちらも 測候所の建物なんですが・・・

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これは 仕事の場じゃなくて ゲスト・ハウスみたいな感じでした。

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ここで「裏山」が終わっています。 この写真の右側に 最高裁やコンベンション・センターがあるんです。

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左側を見まわしても 裏山はここで終わり・・・・

・・・ってことは、裏山というのは 今は気象観測所の敷地だけ・・ということになりそうです。

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そこで、前回にも見て廻った 測候所の建物の周囲で この山っていうか丘を下る道があるかどうかをチェック

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測候所の建物の正面に こんな階段があるんです・・・・が・・・

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この階段の下の道は、民家の敷地で どんずまり・・・・

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・・・もうひとつの階段を辿ると・・・・

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こちらも この先は 民家の敷地で どんずまり・・・・

・・・つまり、測候所の敷地に出入りする道は、最高裁の並びの長い坂道しかないってことになりました・・・・

イフガオの墓標」の中には、この神明神社の参道について、以下のような記述が残っています:

p339

「一方では、室井隊より山頂に至る、表参道、裏参道も、軽症患者の手に依って併行して建設が進められた。

・・・社殿、石垣、柵、表参道、裏参道、一の鳥居から三の鳥居まで建設され・・・」

・・・・ってことは、つまり、少なくとも二本の道があったわけです。

その表参道かあるいは裏参道が、今のPAGASAの正門からの道だとすれば、少なくともその反対側にもう一本の参道がある筈なんですがねえ・・・

 

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・・・で、今度は、PAGASAの入口を出て、右側。

つまり、裏山に向かって 左側から廻ってみることに・・・・

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するとすぐ右の角に 「最高裁判所」の表示のゲートが・・・

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・・・これがゲートで、この中にたくさんのコテージが並んでいます。

おそらく最高裁関係者の住宅になっているのではないかと思います。

・・・昔、戦時中には、ここに一時期住んでいた日本人もいたと聞いた記憶があります。

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その角を右に廻ると 左がビクトリー・ライナーとガソリン・スタンド。

右側は 最高裁の住宅地です。

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ジプニーのたまり場にもなっています。

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・・・さて、裏山を左側から廻るんでした。

最高裁の住宅がしばらく続きます。

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この写真の右上に 最高裁住宅の敷地の塀があって、ここで終わり。

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お隣は 小学校が続いています。

裏山に登る道は 左側にもありませんでした。

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・・・つまり、結論的には、神明神社があった裏山というのは、今は気象観測所PAGASAの敷地になっていると考えてよさそうです。

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・・・で、ひとつだけ 気になるのは、その位置関係なんですねえ。

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裏山から撮ったとされる この写真。

この写真のどの位置に 今のコンベンション・センターがあるのか・・ってこと。

もし、今のコンベンション・センターが、この写真の中の 左側の方にある 空き地みたいなところに建てられたのであれば、イメージは合うような気がします。

つまり、写真手前の立派な建物は 今は最高裁の敷地なんじゃないか

ってことは、この写真の中心部の庭園みたいになっているところは、今は フィリピン大学バギオ校の入口の正面にある松林のところであれば、裏山との位置関係が納得できそうな感じです。

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そんなことを考えながら、小学校の前の車寄せを通り過ぎ・・・・・

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汗を拭きふき こちらの有名店へ・・・・

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ここには たま~~にしか来ないんですが、

ワインとスパゲティーを食べに来るんです。

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スパゲティーのイメージとはちょっと違う海鮮パスタ。。。

このちょっと平たい麺は なんて言うんですかね?

きし麺じゃないことだけは確かだけど・・・・

こちらのサイトでチェックすると、

https://matome.naver.jp/odai/2139648914408533601

”切るという意味のtagliareをその名の由来とする幅が5mmから10mm前後の平麺タイプのパスタ。

・・これに一番近いかな?

メニューに書いてあった名前を忘れた。

私はこの麺よりも、丸棒タイプのスパゲッティが好きなんで、

そのつもりで 「スパゲッティにしてね」 と頼んだつもりだったんだけど・・・・・

やっぱりね。

次回、またチャレンジしてみっかな?

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ワインの酔いを グリーン・マンゴ・シェークで醒まして・・・・

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バタンガスの地震の記事をちょっと読み。

しかし、最近、フィリピンも地震が多くなったよなあ・・・・

マニラから南が多いようですね。

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ガードのお兄ちゃんは 真面目に仕事をしてんのかな?

一所懸命 携帯をいじっていたけど・・・・

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・・と思っていたら・・・・

マネジャーみたいな人が 水が落ちて来ていたのに気づき、

ガードのお兄ちゃんに、「ここを ちゃんと拭いて・・・・」 などと指示しちゃって・・・

しかし、天気はいいのに、なんで上から水が落ちてくんの??

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遅いランチを終わって・・・・

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多分、宗教系のバンドだと思うんですが、賑やかな演奏と歌が 近くの体育館みたいなところから流れてくるのを 聞きながら、ふらふらと・・・・

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ロアカン・ロードの入口。

ミリタリー・カット・オフ通りと サウス・ドライブが交わるロータリー。

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これは インディアンではありません。

イゴロットの雄姿。

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・・・・ってことで、一応 「裏山の神明神社」 は一件落着ということにしました。

この記事の最初に掲載した 神社の写真を見ると、今の気象観測所の広さと ほぼ感覚的には一致するので、いいんじゃないかなと思います。

・・・・・

ところで、最近 こんなニュースを見たことはありませんか?

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50609?page=3

「2016年12月19日、フィリピンの地元紙に小さな記事が掲載された。

山下財宝を探しているフィリピン人男性が、バギオ市内にあるトンネルの発掘許可を市当局に申請したというのだ。戦後71年を経てもなお山下財宝は「ニュース」であることを改めて印象付けた。」

実は、このニュースにある現場というのが、バギオ・コンベンション・センターからフィリピン大学バギオ校の辺りだという地元紙の報道があったんです。

・・・で、私が思い出したのが、上記の「イフガオの墓標」にあるこんな文章です。

p339

「分院の裏には五十米足らずの丘があった。 山の頂上から見渡す、バギオの町は美しく、ボルハンパーク、セッション通り、ハリソン通り、市役所が一望に見える。 此の裏山には既に拡大な地下防空壕が構築されていた。」

・・・ なんと、今の気象観測所の山っていうか丘の下に 巨大な防空壕があったっていう話なんです。

上の地元紙の中では、当時の地元の若者が日本軍が何かを運ぶのを手伝わされたというような話が今回の山下財宝の噂になっているようです。

フィルスター新聞:

http://www.philstar.com/nation/2016/12/18/1654658/treasure-hunter-asks-govt-permission-search-yamashita-gold

Treasure hunter asks gov't permission to search for Yamashita gold

BAGUIO CITY — A treasure hunter asked the local government to allow him to dig up alleged truckloads of gold believed to be part of the World War II loot supposedly left by Japanese forces in a tunnel between the Baguio Convention Center and the University of the Philippines-Baguio residence hall for girls.

But Cabusao argued that a 90-year old Baguio-born half Japanese man who has been a US resident since the mid 70’s had pointed to him the alleged location of the treasure. 

“We have explored and detected around the convention center using different detecting tools and equipment and all converged on a small grassy area five meters from the concrete sidewalk toward the UP ladies dormitory,” Cabusao claimed.
 
 
インクワイアラー新聞:

http://newsinfo.inquirer.net/881131/hunt-for-yamashita-treasure-in-baguio-on  

Hunt for Yamashita treasure in Baguio on

The permit would allow Cabusao to first drill 10-centimeter wide holes in six key areas near the Baguio Convention Center (BCC) in front of the University of the Philippines Baguio campus.

The man of Japanese descent, who was born in Baguio, was in his teens when he and several others were ordered to hide the treasure, Cabusao said.


この新聞記事では、バギオ生まれの日系人、当時十代が、財宝を隠すのを手伝わされたという話になっているようですが・・・・・

・・・・・・

どこの範囲まで 裏山の防空壕が広がっていたのか知りませんが、フィリピン大学の近くまで地下通路が延びていても不思議ではない距離かと思います。

・・・ 断っておきますが、山下財宝を探しなさいって言っているわけじゃないっすよ。

あはははは

 

 

 





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