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2017年4月 5日 (水)

バギオの地元の女を口説いたら、西田幾多郎を知っていた? 何者だ!

先日のこと。
日本からの客人がバギオに来たんです。

目抜き通りのバーで、3人で飲んだんですが、その客人の一人が
なかなかの人で、バーのお客だった地元の女性を口説いたんです

で、ライブ・ハウスに一緒に行こうって話になって、
3人で行ったんですが、いろいろ話を聞いているうちに、
そのフィリピンの女性の口から 「ニシダキタロウ」という
日本人の名前が飛びだして来たんです。

5img_1498

この女は何者だ!?・・って思ったんです。
はい、日本の有名な哲学者「西田幾多郎」です。

大学の先生だったという自己紹介は聞いていたんですが、
もうびっくり仰天。

大学で何を教えていたんですか?」

「哲学と倫理です。」

「へえ~~、西田幾多郎を知っているフィリピン人に
 初めて会いましたよ。」

「今度 セントルイス大学で哲学の教授たちが集まって
 学会があるんですけど、来ませんか?」

「とんでもない。 私が勉強していたのは45年も前の
 ことだし、フッサールの現象学なんてのを3日やって
 脱落しましたからねえ・・」

Img_1487

・・・いやはや、そんなところに出て行っても
まんず理解は不能だな・・・
内容的にも英語的にも・・・

ってことで、お断りしましたけどね。
なかなか理知的な感じの女性で・・・電話番号聞くの忘れた・・・

私が二十歳の頃でした
哲学を真正面からやっていたというより、哲学っぽい
一般向けの本をかじっていただけなんですけど。
まあ、「かぶれ」ってやつですね。

覚えているのは、
亀井勝一郎、小林秀雄、三木清、西田幾多郎、プラトン、
カント、デカルト、ショーペンハウエル、ニーチェ 等。

その中で、今でも印象に残っているのは
亀井勝一郎の「愛の無常について」、
西田幾多郎の「哲学概論」、そして、
ショーペンハウエルの「意志と表象としての世界」でした。

まだ二十歳の頃の私は、この三冊だけで、宇宙を手に入れた
ような気分になっちゃったんですねえ。

おそらく、埼玉の自宅の本棚の奥底に、その頃に一所懸命 本から
書き写した 汚い手書きのノートが眠っている筈です。

・・で、それじゃあ、西田幾多郎の超有名な「善の研究」を
読んだのかって言うと、それは挫折。
枕になっただけ・・・・

カントの「純粋理性批判」なんかをまともに読んだのかって
言うと、これも敢え無く撃沈ですから、まあ、私の頭は
その程度のものだったってことですね。

Img_1490_2

・・・・・

たまたま、2日ほど前、NHKでこんなものをやっていました。

NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
豆腐が、生き方を教えてくれた
http://www.nhk.or.jp/professional/2017/0403/index.html

豆腐屋さんなんですけど、まあ、凄い人ですね。

生きているのか。 死んでいるのか。」ってのが突きつめた
人生の判断基準なんですね。

「成功していることが幸福ということではない。」

・・・・これは、私はすっと胸に入って来ました。

この豆腐屋さんは、早稲田大学の政経学部卒で、大手への
就職も決まっていたのに、嫌いで堪らなかった家業を
自分が潰してはならんってことだけで家業を継いだけど、
「死んでいた」って言うんですね。

そして、豆腐というシンプルなものを作る中に
面白さがあることに気が付いて、それ以来「生きて」いて
「幸せだ」ってことらしい。

その豆腐屋さんが、凄い読書家で、それも哲学書なんですね。

私は、プラトンじゃなくて、アリストテレスだ、って言ったんです。

プラトンは一元論。 アリストテレスは多元論。

この豆腐屋さんは、自分はアリストテレスだって言うんです。
人にはそれぞれに、様々な人生があって良い、それが幸福だ。
豆腐の豆には それぞれの良さがある。
これが一番だというものは、それぞれの豆にあるってんです。

私の理解では、一元論は一神教。 多元論は多神教。

私が二十歳の頃は、プラトンが好きでした。
しかし、今は、この筋に沿って言えば、アリストテレスになって
しまっているかもしれません。

・・・・

そして、その翌日・・・・

一所懸命哲学をかじっていた頃に、出会った一冊です。

NHK 100分de名著
「人生論ノート」 三木清
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/64_jinseiron/index.html

私が読んだ当時は、三木清という人がどういう人だったかという
ようなことは知らず、今みたいにインターネットで ささっと
人物像が分かるような時代じゃなかったんで、改めてそういう
人だったのかとテレビで今頃知ったわけ。

テレビでは、この本は難しい、難しいと言っていたんですが、
その当時の私は、良く理解していたつもりになっていましたねえ。
一所懸命 ノートにも書き写しました。

その著者の背景を知ると、それなりの読み方ってのがあるんでしょうね。

・・・でも、私は、本というのは著者の手を離れたら読者のものだ
って思ってますからねえ。 そのように理解するしかないっすね。

馬鹿な奴には馬鹿なりの、利口な人にはそれなりの・・・・
それで許していただきましょう。

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・・・で、今回思ったのは、
自分は昔の自分ではないってことです。

記憶を辿れば、勿論自分は自分として継続的な存在ではあるんで
しょうが、脳細胞もいろいろ複雑に展開してきたり、最近は
委縮してきたりしてんでしょうから、45年前の自分と同じで
あるわけがないですもんねえ。

でも、上に書いた豆腐屋さんと同じく、(レベルは段違いだけど)
今の私は「生きて」いて、「幸せ」だなあと思います
結局、金や物に興味がなくて、「成功」は無しでしたけどね。

私が二十歳の頃に心に刻んだのは、

耳を澄まして生きていこう」・・・でした。

感性に乏しい自分自身に言い聞かせた言葉です。

・・・なんか、既に、「この世とおさらば」モードですね。

あはははは

 

 

 

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