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2017年5月20日 (土)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 112  革命政府転覆の共謀とボニファシオ最後の闘い

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

フィリピンの大学などで教科書として使われているフィリピンの歴史

の本を読んでいます。 要点のみを引用して翻訳しています。

 

 

 

「第18章  フィリピン革命」

Img_3982_18_2


p246 

「新しい革命政府転覆の試み」

欲求不満のボニファシオは、好意での彼の指導力を失うことを

受け入れることを拒否し、新しく樹立された革命政府を転覆

しようと努力を傾けた。 

=== さて、この後は、ごちゃごちゃといろんなことが

    書かれているんですが、重要なポイントになる部分は

    すでに翻訳したところだと思うので、

    しばらく手抜きで進めます 

p247 

ボニファシオの、アギナルドとその革命政府を転覆させる

ために軍を組織しようという計画は、子供の風船がちくりと

針をさされたように破裂してしまった

 

Naic革命会議」

アギナルド大統領は、1897年4月17日にNaicに於いて、

革命会議を招集した。 度量の大きい男は、彼に対して

ボニファシオと共に陰謀を企てたマグディワンの役員たちを

許し、その会議に彼らを招待した。

このNaic会議で、アギナルド大統領は組閣を行なった

 

p248

Naic会議で取り上げられ承認された重要事項は以下の通り:

(1)新しい国旗、赤、白、青、白い三角形の中心に

太陽を描いたものを採用し、カティプナンの赤い旗を

置きかえる。

(2)革命軍に新しい戦闘部隊を加えて再編する。

(3)軍人の制服を採用 - rayadillo

(4)軍人の階級と階級章を新しい規則で定める。 

=== フィリピンの国旗については、こちらのサイトでどうぞ:

http://philippinesflag.facts.co/philippinesflagof/philippinesflag.php 

平和な時と、戦時とでは、国旗の掲げ方が違うんです:

http://labaq.com/archives/51810242.html

=== ちなみに、バギオ市内に、「アギナルド博物館」が

    あります。 独立当時と思われるフィリピンの国旗も

    館内に展示されています。

 http://janl.exblog.jp/13856326/ 

    また、こちらのマニラ新聞のサイトには、

    戦前にバギオに住んでいた古屋正之助氏

    アギナルド大統領との関係、そして国旗の写真も

    掲載されています。

 http://www.manila-shimbun.com/navi_manila/navi_pdf/vol3/navi0309.pdf

 

p248

「ボニファシオの最後の闘い - Limbon

彼の危険な試みが崩壊した後、ボニファシオは、彼の妻、

二人の兄弟、そして忠実な兵士とともに、Limbonに逃走した。

そこで彼は、彼の基地をつくった

・・・アギナルドは・・・Limbonに派遣し、ボニファシオと

その仲間を逮捕しようとした。 

・・・ボニファシオは抵抗し、激しい戦闘となった。

いつものように、ボニファシオは負けた。

・・・ボニファシオは、・・・囚人となり1897年4月29日に

Naicに連行された。 

p248

「ボニファシオ兄弟の軍法会議」

p249

次の日(5月6日)、戦争委員会はその裁定を下した。

ボニファシオ兄弟を有罪とし、死刑が宣告された

ボニファシオは、・・・「幽閉」に変更するように命令をだした。

・・・その減刑の命令を聞いて、ノリエル将軍とピオ・デル・ピラール

は、アギナルド大統領のところに急ぎ、その減刑の命令を取り下げるよう

懇願した、それは「ボニファシオを生かしておくことは、革命運動を

危機に落し入れる」からであった。

・・・説得され、アギナルドは、減刑の命令を撤回した。 

=== 革命のリーダーでありながら、戦闘では負け続けた

    ボニファシオ。 そして、革命政府転覆の共謀罪。

    なぜ、このボニファシオが人気があるのか、

    フィリピンの人たちに聞いてみないといけません。

    この本の著者がスペイン系の人らしいので、

    そこになんらかの理由でもあるんでしょうかね。

    この本自体がアギナルドに偏っているとか・・・

・・・ さて、次回 113号は 革命運動の章の最後の部分です・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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