« 「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その3- 第35願 「女人成仏の願」  | トップページ | 「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その5- 天国良いとこ、一度はおいで・・・ »

2017年5月 1日 (月)

「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その4- 天国では洗濯をしなくても大丈夫

さて、一応 この無量寿経の中での メイン・イベントである
第18願と第35願は読んだので、それ以外の部分
さらっと読んでいきます。

四十八の願の中で、ちょっと気になったものをピックアップ:
私のコメントは、いい加減な理解の元に書いていますので
誤解のなきようにお願いします。

Img_2571

第2願

「世尊よ。 もしも、かのわたくしの仏国土に生まれた
生ける者どもの中で、さらにそこから死没して地獄に堕ちる
者や、畜生(動物界)に生まれる者や、餓鬼の境遇に陥る
者や、アスラの群となる者があるようであったら、その間は、
わたくしは、<この上ない正しい覚り>を現に覚ることが
ありませんように。」

=== 阿弥陀さんは、一旦極楽浄土に引き受けたら
    その後地獄に落としたりはしませんよ、ってこと
    みたいですねえ。

    しかし、その極楽浄土で「さらにそこから死没」って
    ことが前提になっているのが怖いですね。
    輪廻転生が前提になっているわけですか。

第3願

「世尊よ。 もしも、かのわたくしの仏国土に生まれた者どもが、
すべて一色、すなわち金色でないようであったら、その間は
わたくしは、<この上ない正しい覚り>を現に覚ることがあり
ませんように。」

=== あっら~~。 極楽浄土に行ったら、みんな金色の
    キンキラキンの身体になるってこと
    日本の有名な美術品みたいな仏像なんかは
    キンキラキンは年代で落ちてしまって、渋い趣が
    日本的でいいなと思ってんですけど、
    日本以外の国の仏像は かなりケバケバしい金色
    ですよねえ。
    マジで言うと、ああいうキンキラキンは嫌だなあ。

・・・これから下の願の表示は、
「世尊よ。かのわたくしの仏国土において、・・・・・その間は
わたくしは、<この上ない正しい覚り>を現に覚ることがありま
せんように。」の同じ文の繰り返しを省略して、中身だけを書きます

第4願

「・・ただ世俗の言いならわしで神々とか人間とかいう
名称で呼んで仮りに表示する場合を除いて、もしも、神々たちと
人間たちとを区別するようなことがあるならば、・・・」

=== ここで「神々」が出てくるんですけど、注釈をみると
インド人は神々は単に人間よりはすぐれた存在にすぎぬと
解し、また多くは天に住むと考えられていた。 現代の口語で
「天人」と訳し得る場合もあるが、身体をもたない神々もいる。」
とあります。
・・・ってことは、日本の神話に出てくるような天孫降臨した
神々のイメージでしょうかねえ。
これはどっちかっていうと、自然崇拝の山の神とか海の神が
人格を持ったようなことで考えていいんでしょうか。

ヒンデゥー教では、めちゃくちゃたくさんの神々がいて、
その一部は日本の神様になったものもあるらしいですしね。

こちらのサイトで、ちょっとだけご確認を:
https://syukatsulabo.jp/article/355
「代表的な神様たちしかお伝えできなかったのですが、日本と
関係のある神様がいます。サラスヴァティーは弁財天
シヴァは大黒天、ラクシュミーは吉祥天というように日本でも
有名な神様たちは、ヒンドゥー教の神々が伝来し発展したものです。」

第10願

「・・・少なくとも自分の身体についてでも少しでも
執着する想いを起こすようであったら、・・・・」

=== 注釈を見ると、
「自分の身体について・・・ここには徹底した無我思想
見られる。 ここで「自分の身体」というのは「自分の存在
を意味する。 (原始仏教でも同様)」 とあります。

・・・ってことは、この世はすべて実体がないのだってことを
言っているのでしょうか?
色即是空で全て「空」だよ。だから、執着するのは止めなさい、
ってことになりますか?

第11願

「・・・大いなる心の平安(パリニルヴァーナ)に至るまで
の間、いつかは正しい目ざめ(仏となる)るに決まっている
状態にいないようであったら、・・・」

=== 注釈にはこうあります:
「大いなる心の平安 - ・・・漢訳に「大涅槃」という。
・・この文から見ると、極楽に生まれることは、ニルヴァーナ
に達する以前の前段階なのである。 往生即涅槃と解する
浄土真宗の教義は、日本で成立した独自のものなのである
。」

=== つまり、阿弥陀様に連れられて、極楽浄土に
行ったとしても、それは最終段階じゃないよってことです。
でも、親鸞さんは、そこをめっちゃ便利にしてくれて
往生即涅槃の直行便を作ってくれたという話・・・かな??

第32願

「・・・芳香ある種々の宝石の花の雨が常に降り注ぐことが
無く、また妙なる音声を出す楽器の雲が常に(音楽を)奏でて
いるということがないようであったら、・・・」

=== 匂いと、宝石の花の雨と、音楽・・・・
    なんだか、落ち着かないと思いませんか?
    極楽浄土ってのは、かなりギラギラしていて、
    匂いがきつくて、うるさい場所みたいな雰囲気なんだけど・・

第37願

「・・・求道者の中の誰かが、衣服の洗濯や乾燥や裁縫
染色をしようと思い立つと同時に如来が許された宝のような
立派な新調の衣服を自分の身につけていることも気がつかないで、
衣服の洗濯や乾燥や裁縫や染色の仕事をしなければならない
ようであったら・・・」

=== おお、こりゃあまた、凄いリアルな話が出てきましたね。
ここに書かれた「衣服の洗濯・乾燥・裁縫・染色」という仕事は
極楽浄土に行ったらやらなくてもよくなるよ・・・って言って
いるってことは、かなりの重労働だとの認識から来ているの
でしょうかね??

ちょっと注釈を読んでみましょう:

「宝のような・・衣服・・・極楽にいる菩薩たちは、宝石で
キンキラキンの豪華な服装をしていたのではなくて、伝統的
教団で許された僧衣をまとっていたのである。 それは、
マトゥラー美術の初期における、法衣をまとった菩薩像に
対応する。 
さらに、洗濯や裁縫をしなくてよい、というのは、伝統的
保守的僧団の理想
であった。」

=== 成程。 古代の僧侶は僧衣が寝袋みたいなことにも
使われて、托鉢をすることが日課だったようですから、
その衣服の手入れがかなりの負担だったんでしょうね。

現代の家庭でも、裁縫や染色というのは専門家任せですが、
洗濯や乾燥、そして片付ける作業は毎日の大きな負担
ですもんね。 かなり電化、自動化はされましたが。

私が小さかった頃は、裁縫と繕い物は母や姉がやって
くれていましたけど・・・
衣服は貴重品でしたからね。
うちは貧乏だったし。

第45願

「・・求道者たちが、説法を聞きたいと願ってそういう心
をおこすと同時に、期待するとおりの説法を聞くことが
できないようであったら・・・・」

=== へえ~~、これって「顧客第一主義」じゃないですか?
極楽浄土としても、お客様のニーズに的確に対応しないと
商売がうまくいかないっていう危機感ですかねえ・・・笑

流石に、この部分の注釈は書いてありませんね。
まあ、自由に解釈することにしましょう。

=== 48願あるはずなんですが、この本の中の番号は
    47番までしかなくて、その後に
    「さて、アーナンダよ。 かの修行僧ダルマーカラは、
     このような特別の誓願を説きおわって、その時に、
     仏の威力によって次の詩句を説いたーー」
    って書いてあるので、その詩句というのが
    第48願ってことになるんでしょうかねえ・
・・

=== その詩句が4ページほどありまして、最後は
    以下のような詩句になっています。

(ダルマーカラのことばに応じて)、
大地は震動し、花は雨と降った。
数百の楽器は空中に鳴り響いた。
天の甘美なxx檀の抹香が撒かれた。
(空中にあって言う)
かれは来世に仏となるであろう。」と。

=== これで、ダルマーカラ(法蔵菩薩)が阿弥陀如来への
    昇格を内定されたってことみたいです。
    誰が判子を押したかは書いてありませんけど・・・
    でも、次にこのようにありますね。

p53

「かの修行僧ダルマーカラは、かの世尊ローケーシヴァラ・
ラージャ如来の前で、神々と悪魔とブラフマン(梵天)とを
含む世人の前で、しゃもんとばらもんと民衆と神々と人間と
アスラとを含む生きとし生ける者どもの前で、これらの
特別な誓願を説示して、その通りに、誓願を実行した。」

・・・とありますから、もしかしてこれらの合議制ですかね??
ローケーシヴァラ・ラージャ如来というのは前出のとおりで
阿弥陀さんの師匠の世自在王仏のことですね。

=== この後は、お釈迦さんが弟子のアーナンダに話す形で、
    この阿弥陀如来を讃えるものや 極楽浄土の素晴らしさ
    を語る内容の文章が続いています。
    その中で 注記を含め、気になった部分だけを ちょっと
    抜き書きしてみます。

                          
    - その5 - に続きます

=====================

|

« 「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その3- 第35願 「女人成仏の願」  | トップページ | 「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その5- 天国良いとこ、一度はおいで・・・ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/65222000

この記事へのトラックバック一覧です: 「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その4- 天国では洗濯をしなくても大丈夫:

« 「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その3- 第35願 「女人成仏の願」  | トップページ | 「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その5- 天国良いとこ、一度はおいで・・・ »