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2017年5月 6日 (土)

「浄土三部経ー観無量寿経」を読む-その2- 殺人未遂か殺人か、それが問題だ

さて、観無量寿経の中身で、私が気になったところを抜き書き
してみます。

その前に、目次を見てみますと、
漢文和訳の部分は、32ページ、その註釈も32ページあります。
つまり、和訳しただけでは、その意味を理解することはなかなか
困難であるってことですね。
しかし、その註釈というのも、かなりの知識がないと訳が分かりません。

なので、いい加減なコメントを書きますので、ご容赦ください。

Img_2621




この観無量寿経には、サンスクリット原文が発見されておらず
現代語訳は漢訳本を元にされているそうなんですが、
それにしても、流布本、高麗本、宋本、元本、明本などが
相互にチェックされ、さらに、中国や日本でそれぞれの時代の
僧侶たちによって、様々に解釈されて発展して来ているので、それを
ど素人の私がどう感じるかのフィーリングだけの話になります。

=== では、まず、註釈から入ってみます。

p87
43 観無量寿経 -- 経の題名は無量寿仏(阿弥陀仏)と
その仏国土を思念の対象として観察する方法を明かす経
の意。
・・・阿弥陀仏は西方、極楽浄土の教主であるから、本経に説く
観察とは、その仏国土や教主をとりまく聖衆および阿弥陀仏自身を、
観行者がそれらの具体的形相によって自己の心中にそのまま現出
させて(事観という)観察し、あるいはまた、観察力の弱き者は
仏名を称えることによって、減罪・見仏・往生の利益を得る
ことを
目的としている。

=== まあ、これだけ読めば、全部読んだも同然の解説
    なんですけど、それじゃあ身も蓋もないので、
    我慢しながら読みましょう・・・あはは

p11

あるとき師は、千二百五十人もの修行僧たち、法の王子である
マンジュシュリー(文殊)を上首としる三万二千人の求道者
たちとともに、ラージャグリハ(市)の<鷲の峰>(グリドゥフ
ラクータ)に滞在しておられた。

註釈
p88 
43 - 文殊師利王子ーー文殊菩薩のこと。法王子とは
法(仏の教え)の王子、したがってやがて仏となる菩薩をいう。

43 - 王舎城 --すなわちラージャグリハは中インドの
マガダ国の首都。 ・・「無量寿経」や「法華経」もこの山
(霊鷲山)を説法の会座としている。

=== 33,250人・・・って本当かなあ??
    
https://kotobank.jp/word/%E8%A6%B3%E7%84%A1%E9%87%8F%E5%AF%BF%E7%B5%8C-49688
こちらのサイトでチェックしてみると、
「中国で424~442年ころ良耶舎(きょうりょうやしゃ)(カーラヤシャス)
によって翻訳されたというが、サンスクリット原典がなく、
チベット訳もなく、漢訳のなかでも他に異訳が存在しない。
ただウイグル語訳断簡が現存しているが、これは漢訳から重訳された
ものである。これらの点から、『観経』の成立については、インドで
編纂(へんさん)されたとみることは困難
である。」

・・・ 釈迦が生きていたのは、
釈迦(しゃか)は、紀元前5世紀ごろの北インドの人物で、仏教の
開祖である。」ってことですんで、釈迦の時代から800年ぐらい
後に多分中国あたりで作られたお経の可能性が高いってことですもんね。
日本の現在で言えば、鎌倉時代の話を今書いているって話ですもん。

しか~~し、こちらのサイトにこんなことが書いてありました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E4%BB%8F%E6%95%99
「上座の長老たちが新しい見解を否定して、ついに上座部と大衆部に
根本分裂した。仏滅後約100年のことで、この戒律の異議のため、
毘舎離で七百人の比丘を集めて第二結集が行われた。さらに仏滅後
200年には、アショーカ王の時代に、パータリプトラで1,000人の比丘
を集めて、第三結集が行われた。」

・・・・これがあったのが紀元前4世紀のころって話なんで、
この時に1,000人の修行者がいたってことになると、
その700年後に3万人ってのはアリですかねえ。

Img_2615

p11~15 「王舎城の悲劇」の親殺し事件の部分

・・・アジャータシャトル(阿闍世)と名づけられるひとりの
太子がいた。・・・父なる王ビンビサーラ(頻婆娑羅)をとらえ、
・・・幽閉し、・・・。
・・・大王を敬愛していた・・ヴァイデーヒー・・国王の大夫人は、・・
ひそかに王に(食物を)与えた

アジャータシャトルは・・・怒って・・・母を殺そうとして

ひとりの大臣が・・・「大王よ、・・・はるかな昔よりこのかた、
さまざまな悪王があり、帝位に早くつくためにその父を殺した者
一万八千人に上っている。しかし、未だかつて非人道にもその母を
殺したというためしは聞いたことがない。・・・」
・・・
王はこの言葉を聞いて、懺悔して救いを求めた。すなわち、剣を
捨てて、母を殺すことを止め・・・幽閉してふたたび外に
でられないようにした。

幽閉されたヴァイデーヒーは・・・・師を礼拝して・・・
如来よ、尊き師よ、・・・」・・・
師・釈尊の体は紫を帯びた金色に輝き、数百の宝石の蓮花の
上に座られ、マハーマウドガリヤーヤナは左に、アーナンダは
右に侍し、シャクラ(帝釈天)・ブラフマン(梵天)・護世の
天人たちは虚空にあって・・・・・

・・・十方の仏たちの清らかな美しい国土はすべてこの光の中にお
現れた。
・・・・ このような無量の仏たちの国土の荘厳で
きらびやかなありさまをヴァイデーヒーに見せしめられたのである。

・・・わたくしは今、<幸あるところ>という世界のアミタ仏
(阿弥陀仏)のみもとに生まれたいと願っております。

・・・師は・・告げられたーー
「あなたは知っているであろうか。 アミタ仏のいられるところが
ここから遠くないといいうことを。 あなたは思念を集中して
はっきりとあの仏国土を観想しなさい。・・・・・
・・・未来にあらわれる一切の生ける者どもの中で清らかな
行ないをしようとする者が、西方の<幸あるところ>という世界に
生まれることができるようにしよう

==== 11ページから15ページに渡って、概ね上のような
     ことが書かれているんですが、「父殺し」というのは
     書いてないんですよ。

     この後には、観想のマニュアルが書いてあるんです
     けどね。
     だから、観無量寿経の中では、父を幽閉し、母も幽閉
     したことしか書いてないんです。
     だから、「殺人未遂」に終わっているんですけどねえ。

=== そこで、註釈を見てみると、

p87
43 -- 「涅槃経」などの伝えによれば、父王は王子のいない
のを心配し占師に尋ねたところ、ある仙人がやがて死んで
王子として生まれるであろうと予言した。
父王は仙人の死をまちきれず殺させたところが、王妃韋提希
(いだいけ)はただちに懐妊した。 占師は、いつかは生まれ出る
王子すなわち阿闍世が仇を報ずるであろうといったため、
出産のとき高楼から産み落として殺そうと夫婦が相談した。
しかしながら、王子は手の指を折っただけで一命をとりとめたという。
これは阿闍世が父王を幽閉する動機となったという。

・・・

大乗涅槃経」は、王が父を殺害したために、心に悔熱を生じ、
それが原因で身体全体に瘡を生じ・・・・・ブッダの教えを仰ぎ
瘡癒えて菩提心を発したという。
親鸞は「教行信証」の信巻末に右の記事を長々と引用し、・・・
阿闍世王をあげ、もって如来の大悲に背きつつある愚悪の凡夫の
救われゆくすがたを暗示している。

=== この註釈にもあるように、結局「父殺し」の話は
    「観無量寿経」にはないみたいで、「涅槃経」にある
    みたいなんですねえ。
    「親殺し未遂」VS「親殺し」です。
    どういうこと!??
    ・・まあ、未遂とは言え、父親を餓死させようとして
    いたわけなんですけど。

=== 結論が判明しました。
    こちらを読むと、母親を幽閉した後に、食糧をもらえなく
    なった父親が餓死した
と書いてありました。
    やっと納得。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%88%E3%83%AB
    
「成長したアジャータシャトルは、釈迦仏に反逆し新教団を形成せん
としていた提婆達多(デーヴァダッタ)に唆され、その言を入れて
ビンビサーラを幽閉した。また母が身体に蜜を塗って王に施していた
事を知るや母も幽閉せしめ、ついに父王は餓死し命終してしまった
。」

・・・しかし、これだと、親鸞さんもいろんなお経から題材を
引っ張ってくるのに大変だっただろうなあ・・・・

殺人未遂と殺人じゃあ、インパクトが違うからねえ・・・・・

=== 註釈にこんな記事がありました。

p91
45 父を殺害するものーー王子が王位につこうとして父なる
国王を殺すということは、釈尊の時代またはその後に実際に
しばしば行なわれたこと
であった。
恐らく当時は異母の王子が多勢いたであろうから、王位に
即きたい王子は、こういう強行手段に訴えたのである。

・・・・家族が大きければいいってものでもなさそうですね。

=== では、その3 では、観想のマニュアルを読んでみます ===
  

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