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2018年2月26日 (月)

イスラム教ってどんなん?  日本人に一番ぴったりする?

随分昔の話なんですけど、
「仏教の本」「キリスト教の本」「イスラム教の本」「神道の本」・・
なんていう宗教の入門書みたいなのをひととおり読んだんです。
そこで思ったことは、日本人の性格だったら イスラム教が一番
合ってんじゃないかね・・・という印象でした。
002a
 
もうほとんど忘れているんですけどね、
なぜそう思ったかっていうと、 ひとつは共同体を大切にすることと、
一億総中流と言われた時代の平等という感覚、それに、
ゴミの分別なんかをしっかりやれる規則を守るという性格が
他の宗教よりも 日本人に合ってんじゃないかって・・・
・・・それで、「まんがで読破」シリーズで宗教関係を数冊積んで
置いたのが目について、簡単な復習をしてみようかなと思ったんです。
005
 
ここで「クルアーン」と書いてあるのは「コーラン」のことだそうです。
元々が同じルーツのキリスト教では、「イエスは神の子」だそうですが、
イスラム教では「イエスは人間であって、救世主とか預言者」という
位置づけらしい。
日本人としては、仏教が多いことから言えば、お釈迦様は
あくまでも人間であって、ブッダ=神様という感覚じゃないですもんね。
006
 
・・・これはびっくり。しらなんだ。
イスラム教では、十字架で殺されたのは イエスじゃなく
その弟子が身代わりになったんだそうな。
010
・・・で、そのイエスはどうなったかっていうと、
イスラム教では、 120歳まで生きたんだと。
そして、 そのイエスが イスラム教のムハンマドが現れることを
預言したんだそうな。
・・・しりませんでした。
 019
 
終末はキリスト教もイスラム教もあるみたいですね。
世界が終わって人間は全部死ぬらしい。
で、イスラム教の場合は、一旦滅んだ人間がみんな生き返って
その後に最後の審判があって、天国に行くか、地獄に行くかが
決められるそうです。
まあ、日本の仏教も浄土と地獄があるんで、このあたりは
似ています。
・・・
・・・・
ちなみに、日本人の宗教は、こちらにあるように:
神道 99%、 仏教 80%、 キリスト教 1%・・・
なんだそうですよ。
・・・・・・
・・・・・
022
・・・
・・・
そして、もうちょっと詳しくみようとしたんですが、人数は分かりませんが、
こちらのサイトには こういう記事があります:
・・・
・・・
 
「信者が最も多い宗教・宗派の地図を見ると、信仰ありの比率の高い西日本・北陸地域では、「浄土宗・浄土真宗系」が多く、信仰ありの比率の低い関東・東北地方では「天台宗・真言宗系」あるいは「禅宗系」が多くなっている。特に禅宗系は他がすくない分、東北で目立つ。また西日本の中でも四国や岡山では天台宗・真言宗系が多い(西日本の中で多い北関東より比率的には大きい)。なお、日蓮とその弟子が多くの寺を開いた山梨では、唯一、「日蓮宗系」が最多となっている。」
・・
・・
 
「なお、上のグラフでは、この他、全国的に信者が分布している創価学会が大阪と広島で特に比率が高い点、またキリスト教信者が知識人の多い東京、隠れキリシタンの伝統をもつ長崎、そして米軍の影響が強い沖縄で多い点などが目を引く。」
・・・と書いてあります。
・・・
・・・
 
つまり、来世の浄土とか地獄とか、死んだ後のことが主流のようです。
まあ、日本仏教は葬式仏教と言われるくらいだから、そういう話に
なるんでしょうね。
ただし、空海さんの真言宗は、現世で成仏すると言われています
から、必ずしも来世というんじゃなさそうですね。
・・・
・・・
 
いろいろ読んだ中では、日本の浄土真宗は阿弥陀様の一神教で
キリスト教に近いともいわれています。
個人的には、日本の仏教は、法然さんの浄土宗までは戒律や修行で、
親鸞さんの浄土真宗から信仰になったような気がします。
・・
・・
 
日本の仏教のイメージとしては、禅宗が強いんですが、
これは 世界的にも修行や座禅というイメージでしょうか。
フィリピンのバギオでも、キリスト教徒が座禅なんかを
瞑想という位置づけでやっています。
024a
・・
イスラム教にも 五行というのがあるそうです。
「信仰告白」をして教徒になるそうですが、割りとシンプルらしい。
・・・
026a
・・・
この「喜捨」というのが 共同体を維持する財源になるんでしょうか。
寄付金という感じじゃなくて、義務なんですね。
でも、税金ということでもないらしい。
026b
 
 
こういうシステムなら、おそらく 貧富の格差がどんどん拡大していく
世界の動きからすれば、イスラム教が世界中に拡大している
動機付けになるような気がします。
029a
・・・
さて、言葉の問題です。
イスラム教は 地元のアラビア語じゃないとダメみたいですよ。
・・・
私がキリスト教が日本でいまいち広がらないのは、
あのめっちゃバタ臭い日本語訳の聖書が原因なんじゃないかって
思うぐらい、言語は重要な要因だと思います。
・・・
ちなみに、戦国時代にやってきたヨーロッパの宣教師が
日本人に「キリスト教はこんな教えだよ」って説明したら、
そんなんだったらもう日本にあるよと日本人が答えたそうな。
その宗教は浄土真宗だったというお話。
 
・・・
・・・
しかし、不思議なのは、仏教だって 紀元前のお釈迦さんの
インドの言語で お経を読んでいるわけですよねえ。
それをなんだか有難いものとして訳も分からず聞いている。
・・・
 
032
・・
このムハンマドが新しい宗教を興したわけじゃないというのは、
仏教のお釈迦さんと同じですね。
社会変革をしようとしていたそうです。
・・・
どうも、世界宗教と呼ばれるようなものは、元々はその教祖と
されている人が意図的につくったものではないことが多いようです。
その後継者みたいな人たちが集まって作っている。
・・・・
034a
 
聖職者はいない・・・というのは 日本人から遠目にみていると
よくわからないところですかねえ。
イメージ的にいうと、キリスト教ならプロテスタント、
仏教なら浄土真宗みたいに 聖職者と信徒の間に明らかな
違いがないということでしょうか。
・・・・
 
034b
・・・
ここに書いてある 「神格化するな」という言葉は お釈迦さんと同じ
ですね。
お釈迦さんは、弟子たちと問答はしたけれど、それを文書にしちゃ
いけないと言ったり、 仏像みたいなのを作ってもいけない、などと
言ったそうな。
おまけに、文書(経典)にするんなら、文語体の言語じゃなくて、
そのお釈迦さんの地方の口語の言語でかけと言ったらしい。
 
・・・・
042b
・・・
部族主義を超えた共同体。
もしかしたら、戦国時代の藩の争いを超えた江戸時代みたいな??
家康教に基づく共同体??
でも、イスラムの場合は 士農工商のような身分制度はなさそうですね。
 
・・・
043a
 
ほお~~、豚はもともと食べていなかったんですね。
なぜなんだろう・・・
・・・
ってことは、宗教的理由という話は どうなんだ???
・・・
 048
・・・・
ここがポイントですかねえ。
・・・
「アラブは元来 高度に発達した契約社会」
「自立した個人主義の社会」
「極端な個人主義を戒めた」
・・・・
どうも こういう側面が、今後の世界のニーズに答えそうな
気がするんですよねえ・・・
つまり、資本主義と自由主義の行き詰まりのような世界。
・・・
050a
・・・・
これって、もしかして、日本の現状の深刻な問題みたいに
見えませんか?
・・・・
少子高齢化とか異常な殺人事件とか、関連しそうなものもありますし。
・・・・
050b
・・・
既存の国家と結びつくという意味では、日本の仏教も同じですね。
時の権力と結びついて 仏教は広まった。
・・・
ただ一方では、「イスラームは自ら国家を生み出した」に似たもの
としては、一向一揆みたいなものに近いんでしょうかね?
・・・
あるいは、最近の ISのイスラム国のようなものも こういう発想が
あるんでしょうかねえ・・・
・・・
056
・・・
さて、ISと言えば ジハード ですね。
侵略はしない。
報復はOK。
だけど、許す行為はそれ以上の罪の償いになる、ということみたいです。
・・・・
056a
 
ここがポイントなんでしょう。
ごく普通のイスラム教徒にとっては、
「小さなジハード」と「大きなジハード」がある。
・・・・
自己の内面との戦いが「大きなジハード」だそうです。
・・・
すなわち、ISは間違っているというのが 多くの敬虔な
イスラム教徒の真摯な思いなのでしょう。
・・・・・
・・・
 
ちなみに、私の親は浄土真宗でした。
だから、とりあえず 浄土真宗なんですけどね。
母は、結婚前は キリスト教の洗礼を受けていた。
・・
・・・
最近 事情があって、
親鸞さんから 空海さんに 乗り換えるかも・・・です。
政治的にもいい加減なら、宗教的にも節操がない拙僧です。
・・・・
・・・
一方で、元祖仏教の お釈迦さんの原始仏教なんかには、
特に「空」の概念ですけど、 密教の曼荼羅とかも、
最近の量子物理学とか多元宇宙とかの理論が
なんだか似てきてるんじゃないって話もあるんで、
世界宗教の中では、仏教が一番面白そうだと思って
んですけどねえ。
・・・
・・・
経済格差とかいろんな社会的格差が多くなる社会では、
イスラム教が拡大していく素地は多いにあると思います。
では、また。
002
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2018年2月23日 (金)

こりゃあ面白い 「チンギスの陵墓」、最先端量子論がてんこ盛り!!

 

こりゃあ面白い 「チンギスの陵墓」、最先端量子論がてんこ盛り!!

 

 

シグマフォース・シリーズ8

ジェームズ・ロリンズ著 桑田健 訳

「チンギスの陵墓」 上・下

・・を読みました。

 

009

私は小説はあまり読まない方なんですけどね、

この小説、昨年11月に一時帰国した折に、本屋の店頭に

並んでいたものを、何気なく買っていたんです。

そして、バギオに戻り、そのまま3か月ほど「積んどく」状態。

 

たまたま、ちょっと暇になった時に、目に入ってきたので

読み始めたら、面白いのなんのって・・・・

 

なにが凄いって、この物語は、アメリカ、マカオ、香港、イタリア、

カザフスタン、アラル海、北朝鮮、韓国、モンゴル・ウランバートル、

バイカル湖・・・とあっちこっちに転戦して、活劇が繰り広げられ、

おまけに、最近私がもやもやと考えてきた、最先端量子論

の時間と次元を超えた話が絡まっているんです。

006a

私がどんなことを考えてきたかについては、

こちらでどうぞ:

「意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、

そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その1」

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2018/01/post-a067.html

 

上下二巻の大作なのに、あれよあれよと読んでしまいました。

 

014a

3つばかり、印象に残ったところをご紹介しましょう。

 

p110

「我々の脳という膨大なニューラルネットワークによって

生成される量子場の内側に存在しているということよ」

「つまり、意識は量子効果というわけか」

 

p344

「複数の運命がもつれ合っている中で、死というのは

この時間軸における命のポテンシャルが崩壊したにすぎず、

ほかの扉が開くことで意識が新しい方向へと流れていく

可能性があるということあった。」

 

p357

「未来に通じる道は無数にあって、分かれ道の先には

また分かれ道があるといった具合に続いている。 一本の道が

閉ざされたとしても、別の道が別の宇宙に出現するかもしれない

・・・そうすれば、我々の魂は、あるいは我々の意識は、別の

宇宙に飛び移り、いつも正しい道を見つけながら、未来への

旅路を継続することができる」

 

 

この小説の素晴らしさは、最先端量子論の具体的なひとつの

あり方を分かりやすく示してくれていることじゃないかと

感じたんです。

 

018a

そして、読者が途中で気が付くように。

私も気が付いたように。 期待通りのことが最後に起こるん

ですねえ。

いいですねえ。

 

それでは、またお会いしましょうね。

さいなら、さいなら、さいなら・・・・

 

 

 

 

========

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子猫ちゃんを抱いた女の子に 涙ぼろぼろ - 日本語教師の連想ゲーム

 

 

たまたまFACEBOOKで こんな動画が入ってきたんです。

https://www.facebook.com/GoAnimalsOfficial/videos/1676786985702219/

 

もう、涙ぼろぼろで参りました。

こんなに素直な、素敵な子がいるんだなあと、感動しちゃったんです。

何度みても ぼろぼろになるんで、困ります。

泣きたいときにお薦めです。

 

まあ、皆さんにも泣いてもらおうと思って、ここにリンクを

張っているんですけどね。

 

 

・・・で、もうひとつの理由は、英語なんです

よく「日本語には主語がない」という話になると、

英語が出来る人たちから、

英語だって会話の場合はそういうことあるよ」という意見を

聞くんです。

 

Img_5943

それがふっと頭に浮かんじゃって・・・日本語教師なんで・・・

 

ということで、この動画に書いてある英語字幕をちょっと

日本語にしたらどんなことになるんだろうと・・・思って・・・

(比較の為に 一行目は、出来るだけ直訳調で訳してみます。)

(そして 二行目には、出来るだけ日本語らしく訳してみます。)

 

This sweet girl lost her beloved cat, Simon, earlier in the year.

この優しい女の子は彼女の大切な猫、サイモンを、その年の早い時期に亡くしました。

 

Who turn my light on ?

だれが私の灯をつけたの?

だれが点けたんだろう。(まず、「私の灯を」なんて言いませんね。 A

 

Her mom decided to give her a new loving kitten to take care of !

彼女のお母さんは愛する子猫ちゃんを娘に与えて世話をさせようと決めた。

 

(ここで、女の子が籠の中の子猫に気づく)

 

Mommy! Mommy! Mommy!

お母さん、お母さん、お母さん

 

We get to keep it ?

私たちは それを飼い始めるの?

これを飼うの? (「私たちは」という主語は使わないですね。 B

 

 

Yes, Yeah…

はい、 うん・・・・

 

 

Are you happy ?

あなたは幸せなの?

嬉しい? (「あなたは」などと言いませんね。 C

 

 

Yeah mama yeah !

うん、お母さん、うん!

 

 

I am. I am mommy I am!

私は。 私は、お母さん。 私は!

嬉しい、 嬉しい、お母さん、嬉しい。

(これが最大の問題のところですねえ・・・)

(日本語では、ま~~ず、「私は」だけを繰り返すというのは

    あり得ないですね。 D

(「嬉しい」も繰り返すのはあまり普通じゃないけど、

    やはりこちらでしょう。 E

(あるいは、「嬉しい」じゃなくて、「かわいい、かわいい、かわいい」かな?)

 

Thank you !! 

ありがとう。

 

Your welcome

どういたしまして。

 

 

I love him mama!

私は彼が大好きよ、お母さん。

猫ちゃん大好き。 お母さん。

「私は」は言わないし、「彼が」も言わないですね。 F

抱きしめている子猫ちゃんを「彼」と言うことはあり得ないですね。 G

 

 

I thought you would !

私は あなたがそうだと思ったわ。

きっとそうだと思ったわ。

(「私は」と「あなたが」は、日本語的には消えますね。 H

 

I love it !

私はそれが大好き。

猫ちゃん、大好き。

(「私は」はないですね。) I)

(「それ」も日本語的にはあり得ないですね。

 抱いている猫だから日本語的には「これ」ですね。 J)

 

 

それでは、上記の A)からJ)までをいくつかに括って考えてみましょうか。

 

A)は目的語lightが日本語では消える

もっと日本語的に言うと、

「あれ? なんで点いてるの?」ぐらいでしょうか。

 

B、C、D、E、F、H、I)は 私、あなた、彼は日本語では消える

・・・ここで思ったのは、英語は「神の視点」の言葉だという

学者の言葉です。

英語は、地上の話し手などを空中から俯瞰するような視点で

発想されているという学説です。

 

G)は、やっぱり日本語的には「猫ちゃん」ですね。

あえて言い換えるとしても、「彼」じゃなくて「これ」ですかね?

 

J)は、同じ猫ちゃんが it になってますね。

上では him なんですよねえ。

日本語的には 「抱いている猫」は どう考えても「これ」

にしかなりませんからねえ。

この感覚の違いはどうにも理解できないですね。

 

=== 結論、

    やっぱり英語と比べると、

    日本語には主語がない、そして、相手を表現する

    言葉もほとんど消えてしまう。

    つまり、上記の学者の説のとおりで、

    日本語の場合は、地面にへばりついたところで、

    話者とその相手との空間、お互いの状況が了解された

    空間で、言わなくても分かっている状況の中で

    言葉が交わされるということのようです。

 

 

そして、もうひとつ頭に浮かんだことがあるんです。

 

上の動画の例は、「嬉し泣き」だと思うですが、

この「泣く」というのはどういう感覚、感情から引き起こされる

ものなんだろうと、ふと思ったんです。

 

例えば、

嬉し泣き

悔し泣き

もらい泣き

・・・というように、「~~泣き」という言葉がありますね。

 

「泣く」という言葉は普通なら「悲しい」から泣くもの

だと思いますが、「悲し泣き」という言葉はない。

まあ、「悲しい」というのが「泣く」ことの前提だから

重ねて言う必要もなく、こういう言葉にはならなかったの

かもしれません。

 

じゃあ、他に「~~泣き」という言葉にはどんなのがある

んでしょう。

http://kanji.quus.net/jyukugo371/4jijyukugo.htm

 

悔し泣き 喜び泣き 作り泣き 酔い泣き 託ち泣き 締め泣き 

忍び泣き 噎び泣き 咽び泣き 貰い泣き 嬉し泣き 忍び泣く 

 

これを眺めると、

「感情+泣き」あるいは「感覚+泣き」の繋がりみたいなもの

もあるし、泣き方を形容する動詞と繋がったものもあるように

見えます。

 

つまり、

「感情+泣き」――「嬉し泣き」

「感覚+泣き」――「xx泣き」

「動詞+泣き」――「作り泣き」

 

A) 感情を表す言葉にはどんなものがあるか?

 

喜ぶ、嬉しい、楽しい、笑う、幸せ、満足、

怒る、悲しむ、憐れ、可哀そう、寂しい、虚しい、

憂い、恐ろしい、情けない、恥ずかしい、好き、

嫌い、落胆、失望、諦める、悔しい、恨む、

辛い、苦しい、切ない、感動する、焦る、和む、

驚く、呆れる、

 

・・「・ここで無理やり作るとすれば、

「笑い泣き」「憂い泣き」・・・なんか、竹中直人になっちゃうかな?

もっとあるかなと思ったけど、不発ですね。

 

B) 感覚を表す言葉

 

眩しい、臭う、美味しい、痛い、痒い、沁みる、くすぐったい

 

・・・「感覚+泣く」があるかなと思ったんですが、

無いですね。

ありそうなのは、「痛い+泣く」「痒い+泣く」「沁みる+泣く」

「くすぐったい+泣く」なんですけどねえ~~~

結局、痛い以外の言葉は、痛いに集約されちゃって、

痛いから泣くという前提に包括されちゃうのかな?

こじつけですが。

 

 

C) 動詞(名詞)+泣く

 

上のリンクのリストにある中で、「動詞+泣く」は、

 

喜び泣き 作り泣き 酔い泣き 託ち泣き 締め泣き 

忍び泣き 噎び泣き 咽び泣き 貰い泣き 忍び泣く 

 

・・・ですね。

なんか、聞いたこともないような言い方がありますね。

酔い泣き 酒に酔って泣くこと。

託ち泣き かこち‐なき 恨み嘆いて泣くこと。

締め泣き 声を抑えて泣くこと。しのびなき。

 

・・・なんだか、まとまらない話になっちゃいました。

では、バイナラ。

 

 

 

 

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2018年2月19日 (月)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その8(完)

 

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その8(完)

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

さあ、いよいよ最後の章です。

「最後の謎 - 自発的隷属とその歴史的起源」 です。

 

001a

― 私も最初、史実を知ったときは、かなりのショックを

  受けました。 けれどもさらに歴史を調べてみると、

  そうして落ち込む必要など、まったくないことがすぐに

  わかったのです。

 

・・・・はい、私もショックで、こりゃあどうしたら

ええんじゃろ・・って感じです。

でも、この著者は、

 

― 現在の日本が直面する苦境とは、実は日本人みずからが

  生み出した認知上の歪み(ひとことでいえば、

  「自発的隷属状態」)に主な原因があり、問題を整理

  して再出発することができれば、まだまだ日本の未来には

  無限の可能性があるからです。

 

・・・ってことで、この著者の処方箋を見ていきます。

 

― 結論から言えば、その答えは、

  「歴史的経緯のなかで、日本人自身が米軍の駐留を希望したから」

  「そこには昭和天皇の意向が大きく影響していたから」と

   いうことになります。

 

・・・確かにここまで読んでくると、この二つが結果的には

日本国民が落としどころみたいなものにしたと思えます。

 

 

― 結局はソ連がすでにヤルタ密約で対日参戦を決めていた

  こともあって、・・・・日本政府内で決定された和平条約

  の具体的条件は、

  「国土については、将来の再出発のことも考え、なるべく

  多く残すよう努力するが、最悪の場合、「固有本土」が

  残ればよしとする」となっていました・・・

  「沖縄、小笠原、樺太を捨て、千島は南半分が残ればよい

  とする」ものだったのです。

 

― 天皇の顧問、寺崎英成氏・・・・アメリカが沖縄その他

  の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望して

  いると、明言した。 天皇の見解では、そのような占領は、

  アメリカのためになり、また日本にも保護をあたえることに

  なる。

 

・・・そうですか。「固有本土」という言い方があったんですね。

だから、元は琉球王国だった沖縄は切り捨てられた。

 

実は、私が今住んでいるバギオ市に通ずる「ケノン・ロード」

という山岳道路は、1905年にバギオに米軍の高原保養地を造る

ために、日本人労働者も参加して建設されたんですが、

その時に本土からの日本人は1903年、そして沖縄からの

日本人労働者が1904年にバギオ入りしているんです。

 

今あるバギオの日系人会名簿の中に沖縄出身の人の名前が

ほとんどないので、不思議に思って調べたところ、

道路工事で亡くなった人たちの慰霊碑も別々だし、

当時のダバオ市あたりのマニラ麻生産に従事した日本人の

中でも、沖縄からの人たちは、地元のフィリピン人からも

本土の日本人とは別の日本人と見られていたとの記事が

ありました。

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/08/post-44c5.html

 

少なくとも戦前には差別があったことは事実のようです。

 

それに、今現在の中国が、尖閣諸島などを中国の領土だと

主張するのも、このあたりの歴史にその理由を求める

のでしょうね。

 

 

― (アメリカの)国務省は、沖縄を非軍事化したうえで

  日本に返還することをふたたび主張し、同時にアメリカの

  世論も、軍部による南海諸島の戦略的信託統治構想を、

  「偽装された領土の併合である」

  「国連におけるアメリカの道義的地位をそこなう」と

  批判していると書いています。

 

― 翌1947年になっても、沖縄返還をめぐる国務省と

  軍部の対立はつづいていました。

 

― 「天皇のそのような措置(=米軍による沖縄の軍事占領

  の継続)は、ソ連の脅威ばかりではなく、ソ連が日本に

  内政干渉する根拠に利用できるような「事件」を引き起こす

  ことを恐れている日本国民のあいだで、広く賛同を得る

  だろうと思っている」

 

― 米軍駐留を日本側から、しかも昭和天皇が日本の支配層の

  総意として要請した。

 

― 冷戦の始まりによってアメリカの世界戦略が変わり、

  対日軍事政策も、従来のマッカーサー路線(本土は非武装化

  し、代りに沖縄を軍事要塞化する)から、冷戦対応型の

  新しい路線(沖縄にも本土にも巨大な米軍基地をおき、

  日本全体を反共の防波堤にする)に方向転換したからです。

 

米軍の日本への駐留に反対のアメリカ国民は

多かった。国務省もそうだった。 しかし、戦後の冷戦

に突入するなかで、「アメリカに駐留してもらった方がよい」と

日本自身が考えたってことですね。

 

― 日本国憲法のふたつの欠点

 

― ひとつは・・・「自分で書いていない」ということ。

  ・・・その内容を命がけで守るという社会勢力が

  いなければ、どんな理想も絵に描いたモチに終わって

  しまいます。 それがいま、まさに日本で起きている

  ことだと私は思います。

 

― もうひとつは憲法九条二項ですが、・・・なにより

  重要なのは、九条一項(戦争放棄)と二項(戦力および

  交戦権の放棄)をはっきり分けて議論するということです。

  ・・・「憲法九条を守れ」とひとくくりに主張してしまうと

  米軍を撤退させることが永遠にできなくなってしまうのです。

 

― この条文(憲法九条と国連憲章二条)は多くの挫折を

  経験しながら、現在もなお国際社会の基礎でありつづけて

  います。 こうした不戦条項は日本だけのものでなく、

  イタリアやフィリピンなど、多くの国にも存在します。

 

― みずから希望して九条を執筆したケーディスも、その主な

  目的は、「日本を永久に武装解除されたままにしておくこと

  でした」とのべています。

 

・・・・つまり、日本国憲法はしっかり今の日本国民が

自分の手で書いて、それを死んでも守るという大多数の国民が

いないことには 単なる紙っぴらになるということですね

実際に 今の憲法は解釈改憲でぼろぼろにされていますし・・・

おまけに、裏マニュアルで 首相なんか屁でもないという

裏組織によってコントロールされている・・・らしい。

 

― 私がおすすめしたいのは、日本と同じく戦争放棄条項を

  もつ、フィリピンやイタリアの憲法から学んで、二項を、

  「前項の目的を達するため、日本国民は広く認められた

  国際法の原則を自国の法の一部として取り入れ、すべての

  国との平和および友好関係を堅持する」とすること、

  つまり国連中心主義の立場をあきらかにすることです。

 

― フィリピンはこれとほぼ同じ条文のもとで米軍を撤退させ、

  しかもアメリカとの安全保障条約を継続しています。

  したがうべきなのは国際法の原則ですから、アメリカの

  違法な戦争につきあう必要もありません。

 

 

・・・ おお、フィリピンってそんなに凄いことをやった

国だったんですねえ。

日頃からいろいろな面で、日本はフィリピンから学ぶべきこと

があるとは思っていたんですが、こんなものまで

「フィリピンから学ぶべき」リストに加わるとは思いも

しませんでした。

 

011

 

― 日米安保条約をめぐる最終交渉でダレスから、

  日本を再軍備させたうえで、その軍隊を米軍の指揮下に

  おくという条約案を見せられたとき、吉田首相はこんな

  取り決めが国民の眼にふれたら大変だ、どうしても削除

  してほしいと頼んだ。

  その代わりに、今後そうした在日米軍に関するさまざまな

  問題を議論するため、合同委員会を設けたいという提案を

  したのです。

  ・・・それが、「安保村の幹部養成機関」である日米合同

  委員会の起源なのです。

 

― ですから「オモテ側の役者」である安倍首相をいくら

  批判しても、この大きな流れを食い止めることはできません。

  ・・・唯一、状況を反転させる方法は、憲法にきちんと

  「日本は最低限の防衛力をもつこと」を書き、同時に

  「今後、国内に外国軍基地をおかないこと」を明記する

  こと。 つまり「フィリピンモデル」です。

 

― 日本がふたたび侵略的な戦争をする国になることを防ぎ、

  加えて「大地震の活動期を目前にした原発再稼働」という

  狂気の政策を止めるには、この方法しかありません。

 

・・・・皆さん、お疲れ様でした。

これで読書を完了しました。

 

私の意見ですか?

私は、以前から「どうしたもんかなあ、この閉塞状態は・・・」

などと考えてはいたんですが、そのもやもやが晴れたような

気持ちがしています。

 

基本的に、今の憲法を素直に読む限り自衛隊は違憲だと

思います。 それはちゃんと憲法を書き替える必要がある。

 

かと言って、戦争を、少なくとも侵略的戦争をするような

国であっては困る。

その為にはどうしたらいいんだろ・・・と思っていたわけです。

 

それに、一番わけが分からないのは、憲法が国会議員に

よってぼろぼろにされている、あるいはその裏で別の

グループが実質的に日本をコントロールしている。

 

その辺りの、もやもやが この本を読んですっきりしました。

なので、

最初に書いたように、この本を全国の高校生たちに授業の

副読本として是非勉強して欲しい。

 

私なんかはもうすぐあの世行きですからね。

国会議員ももうすぐ死んじゃうような輩ばかりですから

実際に今から10年後、50年後の日本を背負う若い人たちに

しっかり自分たちや、自分の子どもや孫の命ことを考えて

自分の手で憲法を書きなおして欲しいと思います。

 

是非、是非、「新・日本国憲法/草案コンテスト」を

全国の高校・大学でやってちょうだい。

きっと、「ロボコン」より重要だと思うよ。

 

 

== 完 ==

 

 

 

=====

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2018年2月16日 (金)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その7

 

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その7

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

 

さて、いよいよ日本国憲法の核心部分に入ります。

 

011a

 

― 究極の夢「憲法九条二項」と、マッカーサーの暴走

 

― マッカーサーが日本国憲法をつくるにあたって部下たちに

  示した「マッカーサー三原則」には、九条のもとになった

  「戦争と戦力の放棄」についてこう書かれていました。

 

― 「国権の発動たる戦争は、廃止する。

  日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己

  の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。

  日本はその防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある

  崇高な理想にゆだねる。

  日本が陸海空軍をもつことは、今後も許可されることはなく、

  交戦権が日本軍にあたえられることもない」

 

・・・そして、この本には、その理想というのは国連軍構想を

意味していたと書いてあります。

ところがどっこい・・・・

 

― 大統領選で、マッカーサーもまた無残な敗北を喫して

  しまいます。

 

― 「集団的自衛権」という例外規定が、やがて猛威を振るい

  始め、「個別国家の戦争=違法」という国連の理念はその

  実態を失っていきました。

  その結果、日本国憲法九条二項は現実の世界における

  基盤を完全に喪失してしまうことになったのです。

 

― その結果として起きている現実は、米軍による日本全土への

  永久駐留であり、民主主義国家アメリカの「基地帝国化」

  だからです。

 

 

・・・マッカーサーは国連の理想を描いていて、その過程で

日本国憲法を指示したんだけど、結局大統領にもなれず、

国連も実質的な力を持つことができなかったってことのようです。

で、憲法九条二項が育ての親がいないまま孤児になった。

 

 

― 私たち日本人が知らなければならないのは、戦後世界には

  もうひとつ、とんでもない差別があるということです。

  それが敗戦国である日本やドイツを対象とする、いわゆる

  「敵国条項」(国連憲章第五三条、一〇七条)です。

 

― 現在200近い国が国連に加盟していて、それらの国が

  結んだあらゆる国際協定のなかで、国連憲章が最優先される。

  ・・・これが大西洋憲章で米英が定めた「第二次大戦後の

  世界」の基本的な枠組みでした。

 

― 「(敵国条項の)主な目的は、ドイツと日本の永久的かつ

  有効な非武装化であり、それら二か国の支配である」

 

― 戦後七十年たった現在でも、この敵国条項はまだ削除されて

  いません。

 

― 敵国条項の削除に賛成しない常任理事国とは、いったい

  どの国なのか。 中国なのか、ロシアなのか、それとも

  同盟国アメリカなのか。 あるいは五大国すべてなのか。

 

・・・つまり、削除されていないってことは、世界の国々、

少なくとも英米などの主要国はいまだに日本を疑惑の眼で

見ているってことにはなりませんか。

だから、加盟国の平等を謳いながら、米国による日本の実質的

駐留を認めている、あるいは日本政府も訴えない・・・

ってことですかね?

 

まあ、これを逆に皮肉な言い方をすれば、

日本が変な方向に転がりだしたとしても、アメリカがこれを

抑えにかかるってことでしょうか?

しかし、それは、アメリカの都合でお付き合いはさせられる

ということになるのかな?

 

― なぜ沖縄が21世紀のいまになっても、まだ米軍の

  軍事占領状態にあるのか。 また本土でも、なぜ

  首都圏の上空全体が米軍に支配されていて、日本の

  飛行機はそこを飛べないなどといった、信じられない

  状態がつづいているのか。

 

― 1952年に発効したサンフランシスコ講和条約にも、

  「連合軍のすべての占領軍は、この条約の効力が発生した

  あと、なるべくすみやかに、かつ、いかなる場合にも

  90日以内に、日本から撤退しなければならない」

 

― 右の条文の次に、

  「ただしこの条文の規定は、二国間で結ばれた協定

  (=日米安保条約)による外国軍の駐留をさまたげるもの

  ではない」 

  と書かれていたからです。

 

・・・つまり、この例外規定が優先して、米軍がいまだに駐留

しているってことのようです。

 

― 「日本は、アメリカが国連に対して、沖縄や小笠原などを

  信託統治制度のもとにおくという提案をした場合、無条件で

  それに同意する。」

 

― 信託統治制度というのは、・・・国連の管轄のもとに、将来の

  独立や自治を前提として統治することが原則なのです。

 

― 「そうした提案がおこなわれるまでアメリカは、それらの

  島や住民に対し、行政、立法、司法上のすべての権力を

  行使する権利をもつ」

 

― 結局アメリカは、1972年の沖縄の本土復帰まで、

  一度もそうした提案をしなかった。

 

・・・・つまり、アメリカは提案をしないことによって、沖縄を

独裁的に統治したということになります。

そして、それがなぜ世界の国々から黙認されてきたかというと、

著者の分析はこうなります・・・

 

 

― ところが、この一〇七条がのべているのは、「敵国」に

  対する戦後処理については、そうした条項はすべて適用

  されない、適用除外になるということなのです。

 

― ・・・・日本に駐留する米軍や、・・・支配された沖縄に

  関しては、いくらその実態が「民族自決の原則」や

  「人権の尊重」に反していても、国際法には違反しないと

  いうことになるのです。

 

・・・あらららら・・・日本では国際法上は人権はないみたい

ですねえ。 

 

― 国連で働く日本人の方に・・・・沖縄の現状・・

  「残念ながらそれは無理です。 問題にできるとしたら、

  人種差別についての勧告ということになります」という返事

  がきたのです。

 

― 国連の主要な目的のひとつが、「すべての人間の人権の尊重」

  であると書いています。

 

― それなのになぜ、沖縄の問題だけは、国連の人権理事会が

  任命する特別報告者は声明を出してくれないのか。

  人種差別とは、いったいなののことなのか。

 

― 日本の講和条約をめぐる問題については、国連憲章は効力を

  発揮しないので、沖縄の米軍基地問題について、いくらそれが

  人権を侵害していても、国連人権理事会はアメリカ政府に

  対し勧告をおこなうことはできない。

  しかしそうした現状を放置していることは、沖縄人(琉球民族)

  という「人種のちがう民族」への差別にあたるとして、

  日本政府に対し勧告することはできる。

  これが国際法の現場で実際に起こっている現実なのです。

 

・・・う~~ん。 要するにがんじがらめにされているんですね。

アメリカに勧告はできない。 日本政府に勧告ができるけど、

どうせ政府はそんなものに耳を傾ける心もなさそう。

それに、いろんな勧告は出ているけど、強制力もないし。

 

沖縄県知事が、実質的な決定権がない日本の首相を飛び越して

アメリカに直訴に行くという理由がやっとわかりました。

 

― アメリカの考えとしては、NATO型の集団安全保障体制を

  つくって、その枠組みのなかで日本に米軍が駐留しつづける。

  そうすれば、憲法九条二項によって軍事的空白地帯となった

  日本を防衛するとともに、日本がふたたび軍国主義化する

  ことをふせぎ、周辺諸国の安全も確保することができる

  (オーストラリアやニュージーランド、フィリピンは、

  形式はどうであれ、米軍が沖縄にとどまることを強く望んで

  いました)。

 

・・・なるほどねえ。。。。日本の歴史教育では、日本が加害者で

あったということはあまり教えられていませんから、のほほんと

被害者意識を膨らませてきたんですが、周辺の国々は

よっぽど警戒をしていた、または、いまでもしているんでしょうね。

 

 

― もともと日米安保条約とは、「日本という国」の平和と安全の

  ためではなく、「日本という地域」の平和と安全のために

  結ばれたものであり(だから米軍は日本の国境を越えて自由に

  行動する)、その地域内でもっとも「攻撃的な脅威」となる

  可能性が高いと想定されていたのは、なんと当の日本国だった

  ということです。

 

・・・いやいやいやいや・・・これは参ったね。

そういう目的だったんであれば、すべて腑に落ちるという感じじゃ

ないですか、皆さん。

一番危ないのは日本だから、米軍を置いとかないと、こいつら

何をやらかすか分かったもんじゃないって話です。

 

実はね、私はね、以前から「日本人には薄気味の悪いところがある」

と思っていたんです。

どうも、ある空気の中で、抵抗もせずに、粛々と一定の方向に向かって

一億総火の玉で動き出す怖さを秘めている。

私自身の自戒を込めて言っているんですよ。

私はちょっとしたことで、右翼にも左翼にもなりそうな体質がある。

そういう薄気味の悪さを日本人は持っているから、周りから信用されて

いないんじゃないのか。

 

― キッシンジャーと周恩来の在日米軍基地をめぐる会話

 

― 「もしわれわれが(日本から)撤退するとなると、原子力の  

  平和利用計画によって日本は十分なプルトニウムを保有してい

  ますから、非常に簡単に核兵器をつくることができます。

  ですから、われわれの撤退にとってかわるのは、決して

  望ましくない日本の核計画なのであり、われわれはそれに

  反対なのです」

  「・・・日本が大規模な再軍備に乗り出すのであれば、中国と

  アメリカの伝統的な関係(第二次大戦時の同盟関係ほか)

  が復活するでしょう。」

 

・・・・おお、随分正直なアメリカの態度ですね。

アメリカと中国との同盟こそが伝統的なものだそうですよ。

 

 

― 「米軍機は日本全土の原発を爆撃するために低空飛行訓練を

  している」・・・

 

・・・・ここまで来ると流石に凄いですね。

著者も陰謀論に聞こえるかもしれないが、事実だと述べているんです。

日本の教育は、日本が他の国から本音ではどのように思われて

いるのか、真面目に教える必要がありそうです。

 

― (ドイツの)第五代首相のヘルムート・シュミットも

  ・・・日本の外交問題について意見を求められるたびに、

  「日本は周囲に友人がいない。 東アジアに仲のいい国が

  ない。 それが問題です。」と・・・・

  ・・・それは同じ敗戦国だったドイツからの、本当の、

  心からの助言だったのです。

 

 

― 米英仏ソの駐留軍はすべて1994年までにドイツから

  完全撤退していきました。 現在ドイツに残っている米軍は、

  基本的にNATO軍としての制約のもとに駐留しており、

  そのドイツ国内での行動にはドイツの国内法が適用されて

  います。

 

― アメリカに従属していれば、その保護のもとで「世界第三位の

  経済大国」という夢を見ていられます。

  しかし、ひとたびアメリカから離れて自立しようとすれば、

  世界で一番下の法的ポジションから、周辺国に頭を下げて

  やり直さなければならない。 それはまさに戦後の西ドイツが

  歩んだ苦難の道そのものです。

 

 

・・・皆さん、どうですか?

私は疲れました。 にっちもさっちもいかないじゃないですか。

どうしたらいいんでしょうね。

 

これははっきり言って、官僚には解決できない問題ですね。

よほど理想に燃えた、周辺国に疑念を持たれない、崇高な理念を

世界に発信できるようなスーパー政治家じゃないと無理だなあ。

 

そんな人材を発掘するためにも、高校生たちの日本史や

世界史の授業をしっかり充実して、若い人たちに考えて

もらわないと、戦後100年経ってもこの第二次大戦の

軛からは抜け出ることは無理だと思いませんか?

それを乗り越えないことには、日本は本物の自由主義、

人権主義、民主主義を手に入れることはできないと

思うんですがねえ・・・

 

今から明治維新をもう一度って言うんなら、こういうことを

やれる二十代の人たちを育てていかないと・・・・

 

 

007

== その8 に続く ===

 

 

 

 

 

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2018年2月15日 (木)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その6

 

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その6

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

 

ちょっと時間がとれなくてさぼっていましたが、続きをやります。

 

今日は第四章の

「安保村の謎 - 国連憲章と第2次大戦後の世界」のところを読みます。

 

001a

国連というのはそもそもどんな組織なのかという話が続きます。

 

― たとえば中国が尖閣問題で日本を非難するとき、国連総会で

  こんな演説をします。

  「日本政府による尖閣諸島の購入は、世界反ファシズム戦争に

  おける勝利という結果への公然たる否定で、戦後の国際秩序と

  国連憲章への挑戦でもある」

 

― 私たち日本人はこれを聞いて、

  「なにをわけのわからないことを言っているんだ」

  と思います。しかし、これは日本以外の国の人にとっては

  当然の表現、少なくともすぐに意味がわかる表現なのです。

 

・・・確かに、私なんかにとっても、「なんじゃこりゃ」ですが、

この本を読んでいくと「なるほどなあ」と思います。

要するに 日本は軍国主義で敵国だったという話ですね。

日本人はそんなことはすっかり忘れちゃっているし、

マスコミも日本が戦争で叩きのめされてすっかり被害者みたいに

なって、8月15日前後に戦争は惨めだったみたいに書いたり、

放映したりしていますからねえ。

ほとんど加害者としての意識はないですもんね。

フィリピンに住んでいると分かります。

 

― ポツダム宣言が「戦後日本」の原点なら、こちらは

  「戦後世界」の原点です。

  その名は、大西洋憲章(正式名称は「イギリス・アメリカ

  共同宣言」)といいます。

 

 

― ポツダム宣言もそうですが、この大西洋憲章もまた、

  戦後日本の圧倒的主流派である安保村にとって、

  非常に都合が悪いものだからです。

 

― 「第二次世界大戦後の世界」の基本的な枠組みは、

この1941年8月に出された短い共同宣言のなかに、

  ほとんどすべて書かれているのです。

 

― 三。 両国はすべての民族が、自国の政治体制を選択する

     権利を尊重する。 両国は、かつて強制的に奪われた

     主権と自治が、人びとに返還されることを望む。

 

― 七。 そのような平和は、すべての人びとが妨害を受ける

     ことなく、公海・外洋を航行できるものでなければ

     ならない。

 

― 八。 両国は、世界のすべての国民が、現実的または

     精神的な理由から、武力の使用を放棄するように

     ならなければならないことを信じる。

     ・・・いっそう広く永久的な一般的安全保障制度

     が確立されるまでは、そのような国の武装解除は

     不可欠であると信じる。

 

・・・・これを見て、何かに似ていると感じませんか?

これは フランクリン・D・ルーズベルトとウィンストン・

チャーチルの間で交わされた共同宣言だそうです。

それも 戦争が始まる前の話です。

いかに英米がシナリオどおりに戦争をすすめ、その後の

処理までやり通したかということになりますね。

 

― あまい見通しのもとに戦争に突入し、自国の兵士を

  大量に餓死させるような計画ばかり立てていた日本政府

  にくらべて、なんという違いかと思わずにはいられません。

 

・・・ これを読んでいると、今現在のアメリカの大統領は

まるっきり反対の性格のような気がします。

そして、いろいろとキナ臭い話が世界を覆っています。

当時とその後の現実はともかくとして、上に書いてあるような

一見理想主義的な戦略というものが今の世界にあるのか

というのが気になります。

 

 

― この事実は、日本とドイツ、イタリアとの三国同盟が、

  結局軍事的になんの連携プレーもできないまま終わった

  ことを考えあわせると、非常に大きな意味をもっています。

  軍事力だけでなく、政治的スキルにおいて日本とアメリカ・

  イギリスは、まさに大人と子どもほどのちがいがあったのです。

 

 

― なぜこれが重要かというと、それから約1年半後の1946年

  2月にGHQが作成した日本国憲法草案、とくにその戦力

  放棄条項(のちの第九条二項)は、国連憲章そのものよりも、

  むしろこの原案に書かれていた国連の基本理念を見た方が、

  その本質が理解しやすいからです。

 

― 原案にあった理想主義的な「世界政府構想」が、

  日本国憲法九条二項を生んだ

 

― 国連安全保障理事会だけが「世界政府」として軍事力の使用権

  を独占し、ほかの国はそれをもたないという、国連憲章の

  原案にあった理想主義的構想が、のちの日本国憲法九条

  二項が執筆される大きな前提となっているのです。

 

 

・・・さて、今日はここまでにします。

第四章がけっこう長くて 一ページには収まりません。

 

では、次回 その7は いよいよ どのように日本国憲法は

作られたのか・・の核心の部分に入ります。

 

いやあ~~、それにしても、今から50年前、私が高校時代には

日本史の授業はこんなことは教えてくれなかったし、

近現代史は時間切れ大学受験に突入って感じでしたからねえ。

今の高校生たちは どの程度 日本の近現代史を教えて

もらっているんでしょうか・・・なんか危ういなあ。

 

011a

 

=== その7 に続く ===

 

 

 

 

 

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2018年2月 8日 (木)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その5

 

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

「安保村の謎」で副題が「昭和天皇と日本国憲法」の続きです。

 

 

さすがに日本国憲法という話は長いです。

・・・で、誰が書いたのかという点では、いろいろ議論が

あるようなんですが、この本では、

 

― 「書いた」のは100パーセント GHQだった

 

・・・と断定しています。

011a

 

が・・「書いた」にカッコがついているところがミソなんですね。

 

― なぜならGHQ自身が、1949年にそのことを本に書いて

  公表しているからです。

 

― 1946年の2月4日から12日にかけて、GHQ

  9日間で日本国憲法の草案を書きました。

  ・・・ケーディス大佐を中心に、25人のアメリカ陸軍

  の軍人たちが、11の章ごとに分かれて執筆した。

 

― 「自分たちが憲法草案を書いたことに関する一切の言及

  を、メディアや手紙でおこなうことを禁じた」と公表している。

 

・・・ 上のようなわけで、書いたのはGHQというのは

明確なんですけど、この著者は 今までの左派の考え方を

批判して次のように述べています。

 

― 「内容が良ければ、だれが書いたかなんて、どうでも

  いいんだ」などと言います。

  よくありません。 それはまったくのまちがいです。

  憲法というのは国家を運営するうえでの原理原則、

  根幹です。 そこにあきらかなウソがあっては、

  枝葉の部分はめちゃくちゃになってしまうのです。

  それがいまの日本なのです。

 

・・・これはもっともなことだと思います。

実際にそういう状況になってしまっていますしね。

 

 

― こうしてGHQが書いたという事実を隠したうえに

日本の「法学」を組み立ててしまったため、戦後の日本社会

の法的な基礎は本当に脆弱なものになりました。

 

― この点は、社会科学の先進国であるドイツやフランスを

  見習う必要があります。 日本は・・・・政治指導者たちが

  論理的思考が苦手だという点だけは、どうごまかすことも

  できません。

 

― ドイツは政治指導者や知識人がすぐれていた。

  まず占領中はいくら言われても絶対に正式な憲法をつくらず、

  1949年5月の独立時に各州の議会代表会議によって

  基本法という形で「暫定憲法」を定め、そのなかに、

  「この基本法は、ドイツ国民が自由な決定により議決した

  憲法が施行される日に、その効力を失う」という条文を

  入れています。

 

・・・ ああ、残念無念なことですねえ。

日本語教師としては、日本語という言葉が論理的じゃないという

話はよく聞くことなんですが、政治指導者の論理的思考が

まずダメって話ですか。

ってことはですよ、今も同じ状況だとしたら、今憲法改正を

やったって ろくなもんは出来ないってことになりませんか。

まず、政治指導者を再教育して論理的思考ができるように

しなくちゃいけない??

 

実はね、日本語事態が外交にも向いていないという学者だって

いるんですよ。 困ったもんです。

 

でも、もし言語的に日本語にはそういう問題があるとすれば、

英語で草案が書かれたってのはもしかして正解?

あとは それを日本人が考えて、日本人がつくればいいってこと?

 

 

― 現在、「日本国憲法はGHQが書いた」という事実を否定して

  いるのは、世界で日本の左派だけです。 ここに現在の

  日本の主権喪失状態が、アメリカのせいではなく、日本人

  地震の問題だという理由があります。 本当は論争になる

  はずがない話なのです。

 

― 連合国の中には、日本の天皇も裁判にかけろという声が

  根強くあったわけです。 アメリカ国民のなかにも有罪にしろ

  という声が多かった。

  そうした事態を避けるために、「天皇も日本も将来絶対に

  軍事的脅威になる可能性はない」という形で新しい憲法を

  つくる必要が、どうしてもあったわけです。

 

・・・ つまり、憲法をつくることも 戦争だったわけですね。

マッカーサーも天皇を上手につかって、アメリカ兵を死なせないで

済むようなやり方を考えていた。

戦後処理を上手くやるためのひとつの手段になっていた。

だから日本国民の意志を反映しないまま、ドタバタと作った。

 

― アメリカ国務省や米軍に関する機密解禁文書を読んできた

  経験からすると、彼らは最重要のミッションをあたえられた

  とき、徹底的にロジカルに行動します。 あらゆる手段を

  使って敵の情報を集め、分析し、次の行動を予想して、

  なにがあっても負けないという体制をつくってから動き始める

  のです。

 

― 占領軍が被占領国の憲法草案を執筆し、それを被占領国自身が

  作成したことにした。 それは西側諸国では他にほとんど

  類例のない、きわめて異常な出来事である。

  ・・・議論も許さない「絶対護憲主義」は、しょせん戦術論

  でしかありません。

 

・・・ この点は 私も同意です。

絶対反対は戦術でしかないと思います。

その前によって立つべき信念を憲法草案として持っておかなくては

いけないと思います。

解釈改憲でになった憲法を自分たちはどう立て直すのかを

きっちり議論し、それぞれの党が、それこそ敵をしっかり分析して、

論理的な議論を国会でやるべきだと思います。

 

・・・でもなあ、国会って、相手の話を聞かない場だからなあ、

日本の場合は・・・ああ、絶望的・・・・

 

 

― 当時まだ39歳と若かったケーディスは、あくまで本国の

  政府が決めた大きな方針の枠内ではあるものの、理想主義的

  な見地から「新しい時代の、模範になるような憲法を

  つくりたい」と強く思っていたことでしょう。

 

― 「九条をつくったアメリカ側の目的は 日本を永久に

  武装解除されたままにしておくことでした。 ただ自国を

  保存する権利は残しておく。」

 

― 「人類究極の理想」を憲法に書き込もうとした。また、

  天皇という君主をのこしながら、完全な民主主義国として

  再出発することも憲法に書かなければならなかった。

 

・・・ そうですか、39歳の米軍の男が一人で書いた

んですか。 凄いですね。

ってことは、今の日本の40前後の人たちにも書けるという

ことになりませんか。

30歳から50歳までの日本人を集めて、まったく新しい

日本国憲法を草案してもらいましょうよ。

手垢にまみれて ボロボロになった今の憲法は忘れましょう。

ジジイは引っ込んでろ・・・って感じでいいんじゃないですか?

ところで、明治維新に憲法を作った人たちは何歳ぐらい

だったんですかね??

 

― 憲法についての日本の悲劇は、「悪く変える」つまり

  「人権を後退させよう」という勢力と、

  「指一本ふれてはいけない」という勢力しかいないことです。

  「良く変える」という当然の勢力がいない。

 

・・・はい、私はその「いない」勢力の一人です。

勢力にはならないか・・・残念。

本音を言うとですね、「立憲」民主党には期待はしているんです。

一応「立憲」と言っていますからね。

ただ、今のところ、その中身が見えませんけど・・・

 

立憲民主党が新しい憲法草案をつくったら賛成するかも。

 

私は自衛隊に反対じゃないですよ。

なにせ海軍の町 佐世保うまれですからねえ。

・・関係ないか。

 

― 事実を公開するアメリカと、隠蔽したまま進んでいく日本

 

― ひとりの人間にたとえて考えてみてください。

  そもそも過去の記憶がなければ、個人としての統合性

  がたもてるはずはありません。

  現在の日本の混迷の大きな原因のひとつは、国家全体が

  過去の記憶を隠蔽・廃棄し、その当然の結果として

  インテグリティを喪失した状態になっているというところに

  あるのです。

 

― なぜ日本人は自分たちで まともな憲法を書けないのか

 

 

・・・・ 日本全国で、高校生以上の人たちで、

まあ、せいぜい50歳以下でいいと思うけど、

「新憲法草案コンテスト」ってのをやったらいいんじゃね?

高校生・大学生は全員に強制する。

「お前たちが今後生きていく日本なんだから お前たちが作れ」

と国の命令でコンテストに参加させる。

コンテストに参加しない輩には 災害があった時に

強制的に災害救援隊に徴兵する・・・なんてどう?

あたまを使わない奴は身体を張って国の為に尽くせ、

という何とか主義・・・ははは

 

001a

 

 

=== その6 に続く ===

 

 

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2018年2月 7日 (水)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その4

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

 

次の章は 「安保村の謎」で副題が「昭和天皇と日本国憲法」

となっています。難しそうです。

 

ちなみに、私が天皇皇后両陛下にどんな感覚を持っているかと

いいますと、もちろん戦後生まれですから、いわゆる象徴としての

天皇しか知らないわけです。

戦後の昭和天皇と平成天皇ですね。

 

なので、天皇陛下バンザイと言うのは抵抗がありますし、

現人神的に崇拝するというようなことはありません。

おそらく一般的なイメージと同じく、普通の日本人の

良心を体現して、国内や国外での公務をされている姿を

尊敬していると言えばいいかもしれません。

 

2016年の一月に、両陛下がフィリピンを公式訪問され、

たまたま偶然にも日本人会のメンバーであったので、

生まれて初めて生で両陛下にお会いし、二言三言言葉を交わす

ことが出来ました。

 

その時の様子はこちらに書いています。

「天皇・皇后両陛下のフィリピン訪問と「御接見」」 

http://janl.exblog.jp/22333650/

 

もちろん、ご接見の場ですので、写真撮影はご法度でした。

 

この時につくづく感じたんですが、両陛下のお仕事は本当に

大変なことだなあと思いました。

あれだけのご高齢でありながら、こんなに過密スケジュールで、

多くの人たちに丁寧に応じて言葉を交わされているのを見ると

よほどの体力と気力がなければ務まらないと・・・

 

さて、そこで、この本に書かれている昭和天皇には

第二次世界大戦の前後にどのようなことがあったのか。

そしてそれが、どのように日本国憲法を形作ったかを見ていき

ましょう。

001a

 

 

― これまでアメリカ国務省による最高裁への秘密工作や、

  安保条約改定後も在日米軍の基地使用の権利に変更はない

  とした「基地権密約」のような衝撃的な事実が、アメリカ

  政府の公文書という第一級資料によってあきらかになって

  います。こうした場合普通の国ならもちろん徹底した

  調査をおこないます。

 

― ところが日本の場合、ほとんど調査することがなく、・・・

 

・・・ ここでは、日本ではなく、アメリカで公開された資料

に基づき、密約があることが明確であるにもかかわらず、

日本では むにゃむにゃと誤魔化して無かったことにしちゃう

という話です。

まあ、今でも国会でそんなことが白昼堂々まかり通っています

から さもありなん・・なんですけどね。

 

― 沖縄へのオスプレイの配備・・・・・アメリカ本国では、

  住宅の上を飛ぶのは論外として、野生のコウモリに悪い

  影響があるといった理由でさえ、訓練が中止になって

  いるのですから・・・・

 

― なぜ私たち日本人は、ここまでのべてきたような

  「あきらかにおかしな状況」を自分たちの手で正す

  ことができないのか。 その原因はどこにあるのか。

 

・・・ まさにこの点なんですね。

なぜ 日本人はこんなことになってしまっているのか。

そこに第二次世界大戦の時の天皇と日本国憲法の話が

からんでくるわけです。

 

 

-     2012年4月に自民党が発表した憲法改正草案でした。

  この草案を見て、国連の人権理事会をはじめ、世界中の

  有識者たちが腰を抜かすほど驚いたのです。

  「これは何世紀前の憲法なのですか」と。

  近代憲法というのは、権力者が国民に向かって

  「このように暮らせ」と命令するためのものではなく、

  あくまでも主権者である国民が、権力者が自分たちの

  人権を侵害しないよう、しばりをかけるために存在する。

  これを「立憲主義」といいます。

 

― かつてダグラス・マッカーサーが日本人のことを、

  「近代文明の尺度で測れば、十二歳の少年くらいでしょう」

  と言ったことは有名ですが・・・・

 

・・・ 憲法や法律の条文をどのように読めばいいのか

私にはなかなか難しい問題ですが、権力者の為の憲法という

内容になっている草案だとすれば、それは鼻で笑うしかない

ですね。

 

― 原子力村の経済規模が年間二兆円とすれば、安保村の

  経済規模はなんと年間五三十兆円、つまり日本のGDP

  すべてといっていい。

  なぜなら占領が終わって新たに独立を回復したとき、日本は

  日米安保体制を中心に国をつくった。

  安保村とは、戦後の日本社会そのものだからです。

 

・・・  この経済規模をどう計算したのかは分からないんですが、

もしこれが本当なら、どうにもならん・・ってことですか??

 

― そうした日米安保中心の国づくり、もっとはっきり言えば、

  軍事・外交面での徹底した対米従属路線をつくったのが、

  実は昭和天皇とその側近グループでした。

  それがアメリカ側の公開資料でわかっている。

 

・・・ さて、いよいよ核心の部分に入っていきますよ。

今 台所で 鍋を火にかけているあなた・・・

ちょっと火を止めておいた方がいいんじゃないかと思いますよ。

 

 

― 「日本国天皇ヒロヒトの身柄の処遇」というアメリカ政府の

  基本政策文書にも、10月8日付の結論として、

  「ヒロヒトは、戦争犯罪人として逮捕・裁判・処罰は

  まぬがれない」と書かれていました。

 

― 「日本本土への無血侵攻を達成するためには、われわれは

  天皇の協力を要求した。 天皇の命令により、全日本軍の

  700万人もの兵士が武器を捨て、すみやかに動員解除され

  つつある。 そのことで何万何十万ものアメリカ人の死傷が

  避けられ、戦争は予定よりもはるかに早く終結した。

  天皇をそのように利用しながら戦争犯罪人として裁くなら、

  日本国民の眼には裏切りと映るだろう・・・・」

 

・・・ と言う事になって、「免責」とされたようです。

確かに、日本人的に言っても、もし天皇が全責任を負って

処刑されたりしていたら、日本はどんなことになっていたか

想像もつかないですね。

 

― そもそも昭和天皇自身が、自分に戦争責任があることは一番

  よくわかっていて、敗戦後、何度も退位して責任をとろうと

  しています。・・・・しかし結局、マッカーサーが退位させ

  なかったわけです。

 

― 1942年9月の段階ですでに、

戦争に勝ったあとは日本に、「ヒロヒトを中心とした傀儡政権」

  をつくれば、アメリカの国益にかなうという提案を陸軍省に

  対しておこなっていました。

 

・・・ アメリカは凄いですね。 戦争の始めっから、

勝つことを前提に その後どうするかを決めていたって言うん

ですからねえ。

日本の場合はどうだったんでしょうねえ。 負けたらどうする

というプランはあったんでしょうかねえ。

・・・まあ、なかったから こんなことになってんでしょうけど。

 

 

― 同じ日に結ばれたサンフランシスコ講和条約に

  日本側代表六人全員がサインしたのに対し、

日米安保条約には吉田茂ただひとりがサインしたことは

  よく知られていますが、理由は非常に単純で、そもそも

  日本語の条文がなかったので、ほかの五人の代表は

  安保条約の内容をほとんどわかっていなかったのです。

 

― 日本国憲法の草案も最初は英語で書かれていました。

  ・・・敗戦翌年の1946年1月1日、昭和天皇が

  人間宣言を出します。 これも最初は英文で書かれて

  いました。

 

・・・・あじゃじゃじゃ・・日本語惨敗だったんですねえ。

それじゃあ話にもなんにもなりゃしない。

日本の若い人たちよ。 英語ぐらいは勉強しといてね。

またアメリカに負けるかもしれないんだから・・・

 

― 皇居はなぜ爆撃されなかったのか。

  皇居への攻撃は、大多数の日本国民が天皇個人に対して

  いだいている忠誠心を傷つけ、日本国民の戦争続行の意志

  を高める結果となるだろう。

 

・・・ こういう言わば文科系的分析まで周到にやっている

ところがアメリカの凄さですかねえ。 物理的に破壊する

計画だけじゃなくて、心理的効果まで徹底してプランして

いるんだもんなあ。 負けるわけだ・・・・

 

― 戦後、CIAの実質的な創設者となる アレン・ウェルシュ・

  ダレスだったということです。

  ・・・このあと1950年代に冷戦期のアメリカの世界

  戦略を支え、「反共」を軸としたその戦略に、日本も半ば

  積極的に組み込まれていくことになります。

 

― つまり天皇と皇室の運命は、これから天皇自身がどう行動

  するかにかかっている。

 

― 昭和天皇にとっても、終戦の「ご聖断」につづく生涯最大の

  賭けだったと思います。 マッカーサーがそのことに驚き

  昭和天皇の態度や資質を高く評価したことは事実だと

  思います。

  ・・・その結果・・・「アメリカ占領政策=日本の国家

  再生計画」という共同プロジェクトを進めていくことに

  なるのです。 それはまた、「天皇+米軍」という、

  安保村の基本構造が誕生した瞬間でもありました。

 

・・・ ここで、天皇と占領政策、そして 日本国憲法の

関係がしっかりと形作られて行くわけですね。

 

 

― 敗戦翌年の五月には東京裁判が始まることになっていて、

  うかうかしていると昭和天皇が起訴されて戦争犯罪人と

  なってしまう可能性も残されていた。ですから基本的には

  人間宣言も日本国憲法も、この時期に急いでつくられた

  最大の目的は、天皇を東京裁判にかけないように、国際世論

  を誘導するところにあったのです。

 

― GHQ民間情報教育局のカーミット・R・ダイク局長が、

  ・・・「天皇はみずから国内を広く巡行されて、国民の

  声に耳をかたむけられるべきである」という意向も伝え

  られます。・・・・天皇巡行です。

 

― 当時の日本の庶民にとって、天皇がどれほど大きな存在

  だったかわかります。 その天皇が主導して、こうした

  日米合作の戦後体制を築いた。 だからそれから70年

  たって、いくら矛盾が露呈しても、安保村の基本構造が

  非常に変えにくいということがあるのです。

 

・・・ つまり、天皇は自らの命や皇室の存続との引き換えに、

占領政策の道具として使われたということでしょうか。

しかし、それにしても、その基本構造が70年経っても

国民の力で変えられないほどになってしまった理由は

どこにあるのでしょうね。

錦の御旗という思いが日本人の心の底辺に沈殿していると

いうことなのでしょうか。

 

 

― 敗戦後もなお天皇制が、そして天皇制日本が、ふたたび

  存続していくためには、天皇が神であることを否定するだけ

  でなく、「この(軍部が暴走した間違った時代、突然変異的な

  時代)」とする歴史観がどうしても必要だった。

  ・・・こうして戦前戦中の軍国主義に関して、悪かったのは

  軍部の暴走だけだったとするこの日米合作の歴史観を、

  日本国民も受け入れてきました。

 

・・・・これは司馬遼太郎の歴史観と同じだと書いてあります。

そして著者は、それは少し違うのではないかとも言っています。

明治時代がすべて良かったとは言い切れないと。

私は近現代史はほとんど知りませんから自分の考えというものは

ありませんが、以前から何かちょっとした違和感があるのは

事実です。

何故かといえば、私の母は聞くところによれば、いわゆる

愛国少女だったし、バギオ市で会った当時小学生だった方も

大日本帝国イケイケみたいな高揚感があったと聞かされたから

です。 そして私の父は満州鉄道関係の商社で働いていた。

軍部だけの独走だったと言い切ると、国民は総無責任

ということを認めなくてはならなくなると思うからです。

 

 

― 重要なのは、第二次大戦後の世界において、主権国家が

  憲法に条文として書き込んでしまえば、それほど強いもの

  はないということです。

  ・・・「主権平等の原則」は、国連憲章でアメリカ自身が

  示した戦後世界の大原則でした。 ですから一度憲法に

  書き込んでしまえば、いくら超大国でもどうすることもできない。

  憲法は、力の弱い国が強い国に立ち向かうための最大の武器

  なのです。

 

― フィリピンはその武器を使いました。

  憲法改正で1992年に米軍を完全撤退させています。

  フィリピンという国は、戦前はアメリカの本当の植民地で、

  だから独立したあとも、沖縄などくらべものにならないほど

  巨大な米軍基地がいくつもありました。

 

― 重要なのはその時点で、東南アジア10か国に外国軍基地は

  ひとつもなくなったという事実です。

  ・・・欧米列強による東南アジアの植民地支配の歴史に、

  ついに終止符が打たれたということでもありました。

 

・・・  従って、日本は世界第二位の経済大国であった頃から

今に至るまで、実質植民地状態から抜け出ることが出来なかった

と言うことになりそうです。

 

もしかして、これも、英語ができない日本人と 英語ができる

フィリピン人の差なのでしょうか??

アメリカ人の考え方まで分かっていたフィリピン人だからこそ

アメリカ人の弱点も知っていたということですかねえ・・・・

 

実際のところ、フィリピンは二重国籍を認めていて、

アメリカとフィリピンの両方を持っている人は多いですからねえ。

それに、フィリピン人の退役軍人と言えば、アメリカ軍として

沖縄で勤務していた人も大勢いるようですし。

 

 

=== その5 に続く ===

 

 

 

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2018年2月 6日 (火)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その3

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

007  

 

さて、今日は 「福島の謎」の部分です。

 

東日本大震災から1年ほど後に、私は被災地ツアーというやつで

あちこち見て廻りました。

基本的には観光ツアーみたいなものでしたが、それでも

被災地の人にとっては 来てもらうと助かるというような

話もありましたし、我々としても必ず見ておくべきものだと

現地で思いました。

 

その時の感想はこちらに書いていますので、ご覧になってください:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/05/post-671f.html

 

その後、いかに鈍感な日本人とは言っても、意識は大きく

変わるだろうと思っていたんですが・・・・

どうも、日本人というのは目的に向かってロジカルに考える

ということが出来ない国民なのかなとがっかりしているんです。

 

「人の噂も七十五日」なんて言葉や「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とか

いう言葉がありますが、どうも日本人は「しょうがない」とか言って

雰囲気に流されたり、忘れたり、思考停止したりする癖があるらしい。

 

で、この本を読んで、福島で起こったことを思い出し、

その裏側に潜んでいる諦めの原因を読んでいこうと思います。

 

この章の副題は

「日本はなぜ、原発をとめられないのか」となっています。

 

― いくら室内をふいても、またもとにもどってしまう放射線

  の数値。 とくに小さなお子さんをもつお母さん方の

  苦しみは、まさに言葉では言い尽くせないものがあったでしょう。

 

― 少し事態が落ち着いてくると、被災者たちは信じられない

  出来事に次々と直面することになったのです。

  なかでも、もっともおかしかったのは、これほどの歴史的

  大事故を起こし、無数の人々の家や田畑を奪っておきながら、

  その責任を問われた人物がひとりもいなかったということでした。

 

― おそらく普通の国なら半年もたたないうちに大訴訟団が結成

  され、空前の損害賠償請求が東京電力に対しておこなわれた

  はずです。

  しかし日本ではそうならなかった。

  ・・・それはいまの日本社会では、いくら訴訟をして

  「お上にたてついて」も、最高裁まで行ったら必ず負ける

  という現実を、みんなよくわかっているからでしょう。

 

― チェルノブイリで起きたように、先天性障害や心臓病に

  なった子供たちも数多くあらわれることが予想される。

  裁判所がそれを認めているのです。

  しかし、それでも子どもを救うための行政措置をとる必要は

  ないという判決が出てしまった。

 

― 「当裁判所は、(関西電力側が展開したような)きわめて多数の

  人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの

  問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の

  当否を判断すること自体、法的には許されないことであると

  考えている」

  日本の司法は、まだ死んではいなかった。

  しかし・・・少なくとも最高裁までいったら、それが必ず

  くつがえることを、みんなよくわかっているからです。

 

 

・・・ ここですよね。 私が腹に据えかねるのは。

国の政権というのは国民から選ばれて、国民を守るために

あるんじゃないのか・・って思うわけですよ。

こんな私は 極右でも極左でもいいんですけど、

とにかく不可解極まりないと思うんです。

 

それで、こんなに理不尽なことになってしまう裏側に

何があるのかって話です。

 

 

― 福島原発事故という巨大な出来事の全貌があきらなになる

  には、まだまだ長い時間が必要です。政府はもちろん

  情報を隠蔽しつづけるはずですし、米軍基地問題のように、

  関連するアメリカの機密文書が公開されるまでには、

  三十年近くかかります。

 

― 歴史的経緯がきれいに解明されたとき、すでに日本全土が

  放射能で汚染されていては意味がない・・・・

 

・・・ まさに、この情報開示の問題が大きいと思います。

アメリカはその点、遅くはなってもちゃんと公開する。

でも、日本は みみっちい情報まで 無いとか廃棄したとか

姑息なことばっかりやっているし、公開されたら真っ黒けと

いうのがフツーになっちゃってますよね。

 

もっとも、まともな議論をしたり、ロジカルな文書でもなく、

なんだか言語明瞭意味不明なことが好きな人たちだから

書かれていることが真実だなんて信用もできないかな?

 

ともあれ、

とてもとても、自由で民主的な国とは 恥ずかしくて言えない。

確か そんな名前の政党もあったようですけど・・・

(とりあえず ここで断っておきますが、今の現存する

 政党はいずれも 信用できません。 だって、公約したって

選挙が終わったら すっかり忘れるんだもん。残念です。)

 

― 日本の憲法よりも上位にあることが確定している。

  ・・・そうしたウラ側の「最高法規」が積み重なって

  いるのです。

  この「密約法体系」の存在を考えに入れて議論しないと、

  ・・・「なぜ沖縄や福島で起きているあきらかな人権侵害

  がストップできないのか」・・・ということが、

  まったくわからなくなってしまうのです。

 

― 問題は占領の終結後、それがどう変わったかです。

  サンフランシスコ講和条約と日米安保条約を同時に結び、

  1952年に独立を回復したはずの日本の実態はどう

  だったのか。

  答えは「依然として、軍事占領状態が継続した」ということ

  になります。 沖縄だけの話ではありません。

 

― そもそも現在沖縄にある基地は、すべて米軍によって

  強制的に奪われた土地につくられたものです。

  ・・・ もし今回、辺野古での基地建設を認めてしまったら、

  それは沖縄の歴史上初めて県民が、米軍基地の存在を

  みずから容認するということになってしまう。

 

・・・・ この辺野古の問題の大事なポイントが書かれているん

ですが、昨日の市長選挙の結果をみると、理不尽な日本政府に

押し倒されたという雰囲気ですね。

 

それはとりもなおさず、日本政府がアメリカに負けたということ

のように、私には見えます。

 

しかし、この後、この本には その「ウラ」の日本政府の話が

詳しく書かれているんです。

それは、じっくり本を買って読んでもらうとして、

私が気になったところを引用します。

 

 

― 「外国軍が駐留している国は独立国ではない」という事実です。

  だからみんな必死になって外国軍を追い出そうとします。

  ・・・フィリピンやイラクがそうです。

  フィリピンは憲法改正によって、1992年に米軍を完全

  撤退させました。

  イラクもそうです。 あれほどボロ負けしたイラク戦争から

  わずか8年で、米軍を完全撤退させています。

 

― 「自国内の外国軍に、ほとんど無制限に近い行動の自由を

  許可すること」 と、 「民主的な法治国家であること」は、

  絶対に両立しないからです。

  その大きな矛盾を隠すために、「戦後日本」という国は、国家の

  もっとも重要なセクションに分厚い裏マニュアルを必要とする

  ようになりました。

  ・・・ 独立した法治国家であるはずの日本の国内で、

  米軍および米兵に事実上の「治外法権」をあたえるために

  つくられた裏マニュアルです。

 

― こうした形で司法への違法な介入が繰り返された結果、

  国家の中枢にいる外務官僚や法務官僚たちが、オモテ側の

  法体系を尊重しなくなってしまったのです。

 

 

・・・・ さあ、みなさんお立合い。

これでもあなたは この日本という国に絶望しませんか???

我々の日本は 憲法で動いているわけじゃないんですってよ!!

・・・まあ、昔から訳の分からん「解釈改憲」ってのが

ありますけどね。

つまりは、解釈改憲で、オモテの憲法をウラの憲法に合わせよう

としてきたんでしょうかねえ。

 

そんな憲法なら 捨てちゃいましょうよ。 馬鹿々々しい。

(かなり投げやりな気分・・・・)

 

そして、マッサラなところから 改憲なんてケチなこと言わずに

新憲法を国民がつくっちゃいましょう。

戦争が好きならそういうのでもいいし、平和が好きなら

それをしっかり守る新憲法です。

・・・ってなこと言いながら、私はもうそろそろこの世から

退場の時期ですけどね。 へへへ

 

 

― 少なくとも「国家レベルの安全保障」については、

  最高裁が絶対に憲法判断をせず、その分野に法的コントロール

  がおよばないことは確定しています。

  おそらく一昨年改正された「原子力基本法」に、

  「前項(原子力利用)の安全の確保については、わが国の

  安全保障に資することを目的として、行うものとする」

  という条文がこっそり入ったのもそのせいでしょう。

  この条文によって今後、原発に関する安全性の問題は、

  すべて法的コントロールの枠外へ移行することになります。

 

― どんなにめちゃくちゃなことをやっても憲法判断が

  できず、実行者を罰することができないからです。

 

・・・・やっと出てきました。 原発事故みたいな

国家を滅ぼすような大事故があっても、無責任なことしか

やらないことを決めちゃっているらしい。

 

・・・ でも、まだ分からないのは、この日本を滅亡

させるような大事故が今後も起こる可能性があるのに、

なぜ そういう無責任状態を強化しようとしているのか

ですよね。

 

 

― この裁判で東京電力側の弁護士は驚愕の主張をしました。

  「福島原発の敷地から外に出た放射性物質は、すでに東京電力

  の所有物ではない「無主物」である。 したがって東京電力

  にゴルフ場の除染の義務はない」

  はあ? いったいなにを言っているんだ。

  この弁護士はバカなのか?

 

― ところが東京地裁は、・・・・「除染方法や廃棄物処理の

  あり方が確立していない」という、わけのわからない理由を

  あげ、東京電力に放射性物質の除去を命じることは

  できないとしたのです。

 

― 日本には汚染を防止するための立派な法律があるのに、

  なんと放射性物質はその適用除外となっていたのです。

 

― だからこうした問題について、いくら市民や弁護士が

  訴訟をしても、現在の法的構造のなかでは 絶対に

  勝てません。

 

・・・・ まさに阿保そのものですね。

そんなんだったら、始めっから 原発なんかつくらせちゃ

いかんだろう・・・・と私は頭に血がのぼっています。

老い先短いと思います

 

今後は 環境省なんて不要だね。

日本民族を絶滅させようとする輩の謀略に違いない。

馬鹿々々しい・・・・

 

 

― 日米原子力協定の「仕組み」

  米軍基地の問題と同じで、日本側だけではなにも

  決められないようになっているのです。

  条文をくわしく分析した専門家に言わせると、アメリカ側

  の了承なしに日本側だけで決めていいのは電気料金だけ

  だそうです。

 

― もし野田首相が、鳩山首相が辺野古の問題でがんばった

  ように、「いや、政治生命をかけて2030年代の

  稼働ゼロを閣議決定します」と主張したら、すぐに

  「アメリカの意向をバックにした日本の官僚たち」によって

  政権の座から引きずりおろされたことでしょう。

 

・・・・みなさん・・・これでも極右になったり、極左に

なったりしたいと まだ思いませんか?

 

― 大量虐殺の犠牲者となったユダヤ人たちは、

  「なぜ時間どおりに指示された場所に集まり、おとなしく

   収容所へ向かう汽車にのったのか」

  「なぜ自分たちが一万五千人いて、監視兵が数百人しか

   いなかったとき、死に物狂いで彼らに襲いかからなったのか」

  それらはいずれも、まさに現在の日本人自身が問われている

  問題だといえます。

 

 

・・・皆さん いかがですか。

これで「福島の謎」を終わりました。

 

ここまで読んでも、まだまだ「天誅」組を作ろうとか思わない

んですか?

そうですか、随分 良識のある方なんですね。

私にも良識があります。

だから、私は なにもせずに汽車にのって収容所に

行くのです。

 

011a

 

=== その4 に続きます ===

 

 

 

 

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2018年2月 5日 (月)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その2

 

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

 

さて、読後の結論は その1に書いたのですが、

この本は読めば読むほど 日本の政治に絶望感を覚え、

阿保らしくなってしまいます。

 

しかし、私が昔からずっと思っていた「日本の政治はなんで

こうなるの?」という疑問に その理由を教えてくれました。

 

では、その絶望的な話を 引用していきましょう。

 

001a

 

(1) 「沖縄の謎」

 

― でも、そんな米軍機が、そこだけは絶対に飛ばない場所がある。

  ・・・こうしたアメリカ人が住んでいる住宅の上では絶対に

  低空飛行訓練をしない。

 

― だから問題は、その「アメリカ人並みの基準」を日本国民に

  適用することを求めず、自国民への人権侵害をそのまま放置

  している日本政府にあるということになります。

 

― 相手が自国では絶対にできないようなことでも、原理原則なく

  受け入れる。 その一方、自分たちが本来保護すべき国民の

  人権は守らない。 そういう人間の態度を一番嫌うのが、

  実はアメリカ人という人たちなのです。 だから心のなかでは

  そうした日本側の態度を非常に軽蔑している。

 

・・・そりゃあそうでしょうね。

そんな日本のリーダー達は 軽蔑されるのが当たり前だと

思います。 少なくともサムライではない。

 

 

― ところがこの2009年のケースが異様だったのは、

  9月に民主党が政権をとったあとも、検察からの

  攻撃がやまなかったことでした。

  鳩山首相と小沢幹事長、つまり国民の圧倒的な支持を

  得て誕生した新政権のNo1とNo2を、検察がその後も

  ずっと野党時代と変わらず攻撃しつづけた。

  ・・・大手メディアも、それに足並みをそろえた。

  この時点で日本の本当の権力の所在が、オモテの政権とは

  まったく関係のない「どこか別の場所」にあることが、

  かなり露骨な形であきらかになったわけです。

 

― 戦後初めて本格的な政権交代をなしとげた首相が、だれが

  見ても危険な外国軍基地をたったひとつ、県外または国外

  へ動かそうとしたら、大騒ぎになって失脚してしまった。

  ・・・・鳩山さんの証言にあるように、そのとき外務官僚・

  防衛官僚たちが真正面から堂々と反旗をひるがえした。

 

― 官僚たちは・・・・「別のなにか」に対して忠誠を誓っていたと、

鳩山さんは語っています。

 

・・・・ ここですね。ポイントは。

選挙で選ばれた首相がだれであれ、自民党であれ、共産党であれ、

本当の権力は別のところにあるって話です。

 

― 2006年にアメリカ国務省自身が認めているように、自民党

  は1955年の結党当初から、CIAによる巨額の資金援助を

  受けていた。 その一方でCIAは、社会党内の右派に対しても

  資金を出して分裂させ、民社党を結成させて左派勢力の

  力を弱めるという工作もおこなっていました。

 

・・・これで頭に浮かんだんですけど、今の東京都知事は

誰でしたっけね?

もしかして 彼女は 野党分断の刺客の役割を果たしたん

でしょうか?  これ、陰謀論ってやつですけど・・・

今なんて、野党の名称すらまともに思い浮かばなくなっちゃって。

 

 

― 沖縄の地上は18パーセント、上空は100パーセント、

  米軍に支配されている。

 

― 飛行機というのはアッという間に飛んできて、飛び去って

  しまいますので、実際に住んでみないとその危険性は

  よくわからないのです。

 

・・・ この感想文を書いている間にも、テレビからは

佐賀県で 自衛隊のヘリが民家に墜落したことを報道しています。

 

―  日本じゅう、どこでも一瞬で 治外法権エリアになる。

 

― 日本国の当局は、 所在地のいかんを問わず合衆国の

  財産について、捜索、差し押さえ、または検証を行う

  権利を行使しない。

  (日米行政協定第十七条を改正する議定書に関する合意

   された公式議事録 1953年9月29日)

 

・・・・ だから、日本政府は 米軍の飛行機が不時着したり

墜落したりしても、何の手出しも出来ないって話です。

植民地ですね。

 

― 一度、世界中の人に見てもらいたいと思います。

  自分たちが事故を起こしておきながら、「アウト、アウト」

  と市民をどなりつけて大学前の道路から排除し、取材中の

  記者からも力ずくでビデオカメラをとりあげようとする

  米兵たち。 一方、そのかたわらで米兵の許可を得て

  大学構内に入っていく日本の警察。

 

― 「沖縄の人は、なんてかわいそうなんだ」

  と、最初は怒りのないような感情がこみあげてきます。

  しかしすぐに、そのかわいそうな姿は、本土で暮らす

  自分自身の姿でもあることが、わかってくるわけです。

 

― まったく沖縄と同じなのです。

  法律というのは日本全国同じですから、米軍が沖縄で

  できることは本土でもできる。

  ただ沖縄のように露骨にはやっていないだけ。

 

・・・ 今、これを書いている間にも、

沖縄の市長選挙の分析をテレビで報道しています。

ちょうど、この沖縄国際大学構内への米軍ヘリの墜落事故

のこともやっています。

 

 

― 本土の米軍基地から、ソ連や中国を 核攻撃できる

  ようになっていた。

 

― 緊急時には、すぐにこうした弾薬庫から核爆弾が

  ・・・飛行機に積み込まれ・・・それが本土の米軍

  基地に運ばれ、そこからソ連や中国を爆撃できるように

  なっていたということです。

 

・・・ つい先日 トランプ大統領が核開発について

なんだか物騒なことを言っていましたね。

昔のソ連は今のロシアですけど。

要するに、日本はアメリカの核攻撃の前線基地という

話のようです。

そうだったら、もちろん相手は その前線基地を

最初に潰しますよね。

素人考えですけど・・・・

 

 

― 憲法九条二項と、沖縄の軍事基地化はセットだった

 

― つまり 憲法九条を書いたマッカーサーは、沖縄を軍事

  要塞化して、嘉手納基地に強力な空軍を置いておけば、

  そしてそこに核兵器を配備しておけば、日本本土に

  軍事力はなくてもいいと考えたわけです。

 

― だから日本の平和憲法、とくに九条二項の「戦力放棄」は、

  世界じゅうが軍備をやまて平和になりましょうというような

  話ではまったくない。沖縄の軍事要塞化、核武装化と

  完全にセット。 いわゆる護憲論者の言っている美しい

  話とは、かなりちがったものだということが分かりました。

 

― 米軍駐留に関するあるひとつの最高裁判決によって、

  在日米軍については日本の憲法が機能しない状態、

  つまり治外法権状態が「法的に認められている」ことが

  わかりました。

 

― 安保条約とそれに関する取り決めが、憲法を含む日本の

  国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定した

  わけです。

 

・・・ 要するにここでは、平和憲法の裏側には、アメリカが

日本をいわゆる「不沈空母」にするというはっきりした意図が

あったってことです。

で、多分、本土でそれを露骨に表すと日本国民の反発が

強くなるだろうから、沖縄に基地を集中させているって

ことのように見えます。

そして、日本の憲法は まったく最高法規ではないってこと

になりますね。 その上にアメリカ軍の都合がある。

 

― 「日米合同委員会」という名の組織なのですが、・・・・

  外務省北米局長を代表とする、日本のさまざまな省庁から

  選ばれたエリート官僚たちと、在日米軍のトップたちが

  毎月二回会議をしている。 ・・合意したが議事録には

  書かない、いわゆる「密約」もある。全体でひとつの国の

  法体系のような膨大な取り決めがあるわけです。

  しかもそれらは、原則として公表されないことになっている。

 

― 「鳩山首相を失脚させたのは、本当はだれなのか」

  ・・・彼らは日本国憲法よりも上位にある、この

  「安保法体系」に忠誠を誓っていたということだったのです。

 

 

・・・ はい、これで「沖縄の謎」は終わりです。

 

今 盛んに憲法論議をやろうじゃないかという雰囲気づくり

が行われていますけど、こういう話が事実であるとすれば、

憲法なんかどうでもいいってことですよね。

改正してもいいし、改正しなくても大差ないってことじゃ

ないんですか?

 

だから 私は絶望したって言ったわけです。

 

まだ、あなたは絶望しませんか?

なかなかしぶといですね。(笑)

 

じゃあ、次の 「福島の謎」にいってみましょうかね・・・・

 

011a

 

==  その3 に続く ===

 

 

 

 

 

 

=======

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「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その1

 

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

矢部宏治著 集英社インターナショナル

 

 

私は基本的にノンポリでして、

一応選挙にはちゃんと行くんですけど、

その時々の風見鶏で完全無欠の浮動票なんです。

政治的な信念なんてありません。

なので、過去を振り返ると、右は自民党から、左は共産党まで

浮気しまくりでした。

 

まあ、そんな私なんでありますが、東日本大震災以降、原発に

関してだけは、なんて無責任な日本なんだとうと思ったわけです。

そして、無責任と言えば・・・ってことで、沖縄のことが

妙に気になり始めた。

 

そんなところに目に飛び込んできたのがこの本のタイトルだった

ってわけです。

001

 

私は一応高校時代に日本史は授業をうけたんですが、

全くの苦手科目でして、 それも政治的な歴史なんて

さらさら興味はなかったんです。

 

フィリピンに住むようになって、第二次世界大戦中の

日本兵や在留邦人がフィリピンで50万人以上犠牲になったとか、

フィリピン人はその二倍以上の犠牲があったという話を聞き、

六十を超える歳になって バギオ周辺の歴史をちょこちょこと

調べるようになり、フィリピンの大学で使われている

フィリピンの歴史教科書などもちびちびと読むようになりました。

 

そんな今日この頃、日本の姿が 外から見ているとなんとなく

変な国に見えて来たわけです。

 

一時期は経済大国として世界第二位ともなった日本が、

なんでアメリカの植民地みたいなままで 戦後70年も

やってきたんだろうか。

なんで、わけの分からん解釈で憲法を捻じ曲げて来たんだろうか。

なんで、沖縄いじめばかりをやって、日本政府は少しも自由民主の

世界の旗手であるはずのアメリカと対等にやりあえないのだろうか。

あれだけの国家的被害と将来にわたる不安を抱えたまんま、

今後増えるであろう地震、津波、火山の自然災害列島の中で

よくまあ原発再開なんてことが出来るものだと呆れかえって

いるんです。

 

要するに、政治的な右も左も関係なく、日本って不思議な、

理不尽な、訳の分からん国だなあ~と思いながら この本を読んでみました。

 

・・・で、読後感の結論を最初に書いてしまいますと、

 

この本は日本の高校生すべてに歴史の授業の副読本として

しっかり読ませるべきものだ・・・ということです。

 

なぜかって言うと、私を含めて、今にも死にそうな老体や

既に政治的な旧来のやり方に汚染されちまった大人どもには

変革は期待できないと思うからです。

 

では、この本の中で、フィリピンに住んでいる日本人として

一番印象に残ったこの一節を まず掲げておきましょう。

 

「「オモテ側の役者」である安倍首相をいくら批判しても、

この大きな流れを食い止めることはできません。

長年リベラル派が闘ってきたように「憲法には指一本ふれるな」

と言って食い止めることも、もうできない。

唯一、状況を反転させる方法は、憲法にきちんと

「日本は最低限の防衛力をもつこと」を書き、同時に

「今後、国内に外国軍基地をおかないこと」を明記すること。

つまり「フィリピンモデル」です。」

 

 

=== その2 に続きます ===

 

 

 

 

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2018年2月 1日 (木)

意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その5

 

 

意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その5  <おわり>

 

(4) 他人の体験を信じるか、他人の科学的理論を信じるか

 

 

とりあえず、(1)から(3)まで、臨死体験やら宇宙論やら

量子物理学、そして仏教の話なんかをみてきたんですが、

いずれにせよ、これは全て「他人事」なわけです。

 

私は最先端科学の理論をきっちり理解し、納得できるわけでもなく、

また 他人の霊的体験をそのまま丸のみできるほど素直でもありません。

 

じゃあ、このような私は、他人事をまるで宗教のように

信じ込めるのかっていうと、それも出来ないんですねえ。

だから困っちゃう。

001_2

 

お釈迦様も こんなことを言っているんです。

 

「有名な「毒矢のたとえ」です。 あの世があるかないか、霊が

あるかないか、考えるのは時間の無駄。 大事なのはこの世での

悩み苦しみを解決することであり、そのために修行しなさいと

釈迦は言っているのです。」

 

・・・つまり、「時間の無駄」なんです。

人を「苦」から救うという目的から言えば、確かにそういうことに

なるんですけど・・・

 

それは分かるんですが、せっかく霊と素粒子の関係が云々される

時代に突入したってことだから、どういう仕組みになっている

んだか知りたいですよねえ。

 

そこで、ここでは、臨死体験をしたという他人の話や、

バギオ市で善意の人から聞いた体験談などと、

宇宙論・量子論などで書かれていることとの似ている点を

並べてみようと思います。

 

054

 

C04

体がなくなって意識だけの存在になると、空間が移動できるの

ではないか。 私はそう思いました。

 

私はあのときのことを思い出そうとしました。するとその

瞬間、私は夏の千曲川の川原に移動していたのです。

 

あの日、あのときの光景がそっくりそのまま目の前で

繰り広げられていました。

 

肉体を離れた意識は、空間だけでなく、時間も超えて自由に

移動できるのだ!

 

・・・ これは通常の臨死体験よりも一歩先の第二次臨死体験の

・・・ 様子を描写している部分なんです。

・・・ 第一次臨死体験というのは 数多く聞く話のこと。

・・・ 要するに意識だけが 時空を超えたと言っています。

 

A11

量子力学によれば、高い精度で粒子の運動を測定することが          

できないほど短い時間ならば、その粒子は、光よりも速い速度で

動いてもかまわないということが示唆されるのである。

しかし、もしも光よりも速い速度で動いているとしたら、

アインシュタインによれば、その粒子は時間を逆行しているかの

ように振る舞うはずなのだ!

 

A24

電磁気学の量子論では、不確定性原理によって決められる時間内       

で消滅する限りにおいて、空っぽの空間から粒子がひょっこり現れても

よいのだった。 それからの類推で言えば、可能な時空の範囲に

わたって、量子的なファインマンの総和を取る際に、小さくてコンパクトな

空間そのものが現れる可能性を考慮しなくてもよいのだろうか?

より一般に、いくつもの「穴」が開いていたり、コーヒーカップのような

「ハンドル」がついていたりする空間が、時空の中に突如浮かび上がる

としたらどうだろう?

 

E03

さらに、ハミルトン博士は、意識は量子レベルで時空を超えて

存在するとも語っている。キリスト教などにおいては、死後、

人間の「魂」は天国や地獄に行くとされているが、博士の考えに

よれば、天国も地獄も存在せず、魂はこの世界に留まり続けると

いうことだろう。これは、「エネルギーは創造されもしないし、

破壊されもしない。ある形から別の形へ変わるだけである」と

語ったアインシュタインの物理学とも通底するように思われる。

 

 

・・・ これが本当なら、素粒子的「霊」が時空を超えることも

・・・ 有り得ないことではない??

 

 

C06

意識と肉体が分離した時点で・・・大きな「我」に吸収          

されてしまうのだと思います。

あるいは意識だけの状態になったまま、過去や未来をさまよい、

どこにも戻れない人(意識)も出てくるのではないでしょうか。

それが亡霊とか幽霊とかいわれるものではないかと思います。

 

こんなにたくさんの白いかげろうをいっぺんに見たのは

初めてでした。 しかも、今回は声まではっきり聞こえました。

おそらくこれは東日本大震災のとき、一瞬にして津波に

飲まれた方々の意識だったのではないかと思います。

 

・・・ これも第二次臨死体験の中で、自分が意識だけの

・・・ 状態の時の感覚を描いているんです。

・・・ 個人的な「我」という意識と、それを飲み込んでしまう

・・・ 宇宙的な「我」みたいな意識を感じたと言うんです。

・・・ そして、その二つのどちらにもなれない中途半端な

・・・ 意識が いわゆる彷徨っている亡霊みたいなもの?

 

E01

魂”は天国に行かないことが判明! 英化学者「意識はこの世に留まり、

存在し続ける」

世界中の科学者・哲学者が今も頭を悩ませ続けている“人間の意識”。

人類が数千年にわたり挑み続けてきたこの難問に、この度、一石を

投じる理論が提唱されたとのニュースが舞い込んできた。

なんと、意識はあなたが生まれる以前から存在し、死後も永遠に

存在し続けるというのだ!

 

E02

「我々一人一人は人間として地球上に誕生する前から存在しました。

我々は純粋な意識ですが、現在は身体的・物理的レベルで存在して

いるということです」(ハミルトン博士)

 

E04

ランザ博士によると、意識は物質よりも根源的な存在であり、肉体は

意識を受信するためのアンテナに過ぎないという。

 意識の問題を主題的に扱う哲学の一分野「心の哲学」でも、脳や

神経細胞といったレベルの構成においてはじめて生まれるのでなく、

宇宙の根本的レベル、つまりクォークやプランク長といったレベル

において原意識という形で存在するとされているという「汎経験説」

が提唱されている。

 

E06

ひとつの理論は、意識は、原子以下のスケールで、宇宙に常に含まれ

ているエネルギーを通して、量子の上に創造されるというものだ。

 

その理論は アインシュタインの有名な言説に基づくもので、

そこで彼は 「エネルギーは産み出されることも、壊されることも

出来ない。 それはひとつの形から別の形に変化することが出来る

だけだ。」と言ったのです。

 

E10

ロバート ランザ博士は、同様の理論を共有しています。

彼は、私たちの心は、我々の身体に含まれ、また一旦物理的な

存在が死ねば「バイオセントリズム」と彼が呼ぶプロセスの中で

解放されるエネルギーを通じて存在すると考えています。

そのようにして、私たちの物理的身体が死ぬ時、我々の意識の

エネルギーは量子レベルで存続することができるのです。

 

 

・・・ ここでは、意識あるいは霊が身体を離れても存在

・・・ し得るという理論なわけですが、こういう理論を

・・・ 支持している科学者がどれほどいるかは知りません。

・・・ 素粒子レベルに意識みたいなものが属性としてあって、

・・・ 我々の身体はたまたま その意識を この世で

・・・ 具現化している テレビ装置みたいなもんだ

・・・ って言っているんです。

 

・・・ そういう意味では、一般的な日本仏教のイメージ

・・・ つまり「輪廻転生」とか「迷わずに成仏して」と

・・・ 合致するわけですが、大元の原始仏教のお釈迦さんは

・・・ 霊のことなんか考えるのは時間の無駄と言った。

・・・ それでも、お釈迦さんは「縁起」とか「空」とかいう

・・・ 概念においては、量子論的な宇宙感を持っていた。

 

 

 

C09

五次元では退屈なので何かをしようと意識が意図的に何かを

思うことで、密度が変化し、空間にゆがみが生じていたのです。

ゆがみは渦を作り、渦の先端はすぼまった漏斗状態になっています。

そしてその先端に向けて、私が臨死状態で見たときは、小さな

粒子のようなものが集まってくるようでした。

 

C10

私はどんどん引き寄せられていきます。そして最後は巨大な

渦の真っただ中に巻き込まれてしまったのです。

・・・そこから三次元のこの世界に吐き出され、戻って

いたようでした。

その渦の中で大音響で響いていたのが、まさしくカーラジオ

から流れてくるあの音楽だったのです。

・・・曲名はアレクサンドル・ボロディンの「ダッタン人の踊り」

というものだとわかりました。

・・・原型となるメロディは東アジアや中央アジアの遊牧民

の間で古くから伝わる民謡だといわれています。

 

・・・ これは 臨死体験から現実の世界に引き戻されて

・・・ いる段階を描写したものです。

・・・ なんだか、ブラックホールに吸い込まれているような

・・・ 絵を思い出しますね。

・・・ それに、異次元の世界との出入りを描いているような。

 

・・・ そして、ここに 私がバギオ市で聞いた話を

・・・ 追加しますと。

 

E09

フィリピンの伝統的助産婦であるヒーロットと呼ばれる人たちの中に、

いわゆる霊と呼ばれるものを見ることのできる人たちがいるんです

けど、そのオバサンたちから聞いた話では、あの世の亡霊とか幽霊

とかいう存在ではなくて、この我々と同じ空間に住んでいる

「生身の人間とは別の人たち」が一緒に住んでいるって言うんです。

これは世界中であちこちで聞かれる 精霊とか、もののけ、とか言う

類なのかもしれません。

 

・・・ そこで、こういう異次元の世界の存在を 最近の

・・・ 先端科学の学者たちが どう言っているかっていうと。

 

E11

ランザ博士は、「無数の宇宙があって、発生する可能性があることは

何でも、いくつかの宇宙で起こる。」と言います。

結果として、彼は 意識は並列する宇宙に存在し続けると理論立て

ています。

 

Wikipediaでは以下のようにあります:

多元宇宙は、理論として可能性のある複数の宇宙の集合である。

多元宇宙はすべての存在を含む。これは、われわれが一貫して

経験している歴史的な宇宙に加え、空間、時間、物質、および

エネルギーの全体、そして、それらを記述する物理法則および

物理定数なども含まれる。この語は1895年にアメリカの哲学者

で心理学者のウィリアム・ジェームズによって造られた。多元宇宙

が含むそれぞれの宇宙は、平行宇宙と呼ばれることもある。

 

A08

暗黒物質はその本性として、光を生じさせる電磁的な相互作用を

しないので、通常物質との相互作用はほとんどsないと考えられる。

・・・たとえ一日に何百万個もの暗黒物質粒子がわれわれに衝突

しているとしても、その大部分はわれわれをするりと通り抜けて

しまうし、地球でさえも通り抜けてしまうからだ。

 

A10

地球に降り注ぐ宇宙線を調べていた実験家たちが、電化の符号が

逆であることを別にすれば、電子とまったく同じ性質を持つ新粒子が

存在する証拠をつかみ、その粒子を陽電子と名づけたのである。

・・・今日では陽電子のことを、電子の「反粒子」と呼ぶようになっている。

 

自然界のほとんどすべての素粒子には、反粒子が存在するのだ。      

・・・粒子と反粒子とが出会うと、両者は互いに打ち消しあって

消滅し、後には放射だけが残される。

 

A14

インフレーション・モデルやひも理論によると、宇宙はひとつでは

なく無数に存在するという。 とすると、われわれの宇宙は、

人間が存在するのに適した宇宙にすぎないのではないか。

 

A15

じつは理論的な状況について言えば、マルチバースは単なる        

可能性にとどまらない。 それどころか、現在の素粒子論研究を

牽引する重要な説はすべて、マルチバースを必要としているように

見えるのである。

 

A16

次元がもっとたくさん存在するかもしれないとなって、

われわれの宇宙だけが宇宙であるはずだという前提は

見直しを迫られている。 ・・・異なる物理法則、異なる力、

異なる粒子を持ち、異なる対称性に支配された、異なる種類の

四次元宇宙が生じることになるからだ。 理論家の中には、

ひとつの十次元ひも理論から、10種類もの、数学的には

矛盾のない四次元宇宙が生じるという予測を導き出した人

たちもいる。

 

A17

三次元空間の中で互いに切り離された無数の宇宙ではなく、       

われわれの空間の中のひとつの点に、無数の宇宙が積み重なった

ようなものである。 それらの宇宙は、われわれには見ることが

できず、個々の宇宙はびっくりするほど異なる性質を持つことに

なるだろう。

 

 

A18

宇宙の九十九パーセントは、われわれの目には見えないもの      

――おそらくは何か新しい素粒子だとみられる暗黒物質と、

それよりもさらに大量の暗黒エネルギー ――でできていることが

明らかになり、それらの起源は今のところまったく謎であることも

わかった。

 

A22

逆に、星や銀河を構成している粒子をすべて反粒子に置き換えた        

反物質宇宙を考えることもできる。 その宇宙は、われわれの住む

この宇宙とほぼ同じに見えるだろう。

 

・・・ 以上が、最近の科学の新しい理論みたいなんです。

・・・ こういうのばっかり読んでいると、「霊はある」と

・・・ 洗脳されそうですよね。

・・・ もしかして、例の オウム真理教もこんなんだったのかな?

 

・・・ さて、苫米地さんはどう言っていたかっていうと。

 

D04

脳と心の解明には、量子論や相対論などを含む、人間がこれまで

培ってきた知の体系をすべて学ぶ必要があるでしょう。釈迦は

2500年前に、量子論や相対論によって導きだされた結果を

語っていました。 

 

D04

「空」は、釈迦が説いた「縁起」の思想にも通じるだけでなく、

不確定性原理や量子力学にも合致しています。 電子や素粒子と

いった、量子レベルに小さい存在は、位置と運動量を同時に知る

ことができないという原理が不確定性原理です。 さらに、

超ひも理論では、ひもが振動しているとき素粒子は「有」とされ、

振動していないときは「無」だということが発見されました。 

・・・しかし、科学者の目から見ると一番確かな宗教と言えるのです。

 

D07

釈迦はアートマン(魂、自我)を否定することで、輪廻転生がない

ことを説きました。 にもかかわらず、一部の仏教寺院では

いまだに輪廻があるようなことが言われています。 

例えば、六道輪廻という概念があります。

 

D06

儒教では人が死ぬと、精神である「魂」と肉体部分の「ハク(白+鬼)」

に分離されると考えられています。 

 

・・・ もし、最先端の量子論の 上記のような理論が正しい

・・・ って話になっちゃうと、お釈迦さんが悟った内容は

・・・ 霊については語らなかったんだけども、

・・・ もしかしたら、その後の密教への発展の中で

・・・ フォローされたと考えればいいのかな??

 

D09

仏教はインドで密教に変わったとき、超能力思考が強まりました。 

バラモン教との勢力争いにおいてオカルトを利用したという側面

もあるのですが、一方で密教のメリットもあります。 それは

密教を学ぶことで、「この世が幻である」ということを

身をもって体感できることです。

 

D13

自分が現実だと思っている世界をゲームと同じように認識するには、

大きな壁があります。 ですが、すでに物理学の世界では、量子論で

証明されたことであり、科学を学ぶことでそれを理解するのは

難しくありません。 ・・・小学生でも空を理解することが出来る

ようになるのではないでしょうか。

 

悟りとは言語を超えた体感です。 縁起も空も言語にすぎません。

 

日本では、本来悟りについて言葉で説明すべき顕教が「密教化」する

一方、体感を得るための密教の方法論は軽んじられ、密教の超能力

部分がカルトに利用されてしまっている。 これが現状なのです。

 

・・・ これが 「まとめ」ってことでいいいんでしょうかね?

・・・ つまりは体感するしかない。

・・・ 科学的理論が分からん奴は、密教みたいなもので

・・・ 曼荼羅のようなマルチバース、多元宇宙を体感しろ。

・・・ ただ、生身の人間としては すべてが幻であり空である

・・・ ことを体感することが 最高の悟りだってことに

・・・ なるのかな?

 

=== 以上、 始めっから まとまるわけもないことを ===

=== なんとなく流れ着くままに試してみました。   ===

=== 皆さんは ちょっと洗脳されましたか??    ===

 

 

ところで、2018年2月3日にこんな情報を発見

 


「物質は意識から生まれる・・・・・」

http://tocana.jp/2018/02/post_15848_entry.html

 

シュワルツ教授によると、これまでの科学は物質主義的な世界観に反する現象は“非科学的”だとして排除されてきたが、このような態度は科学的ではなく1つのイデオロギーやドグマに過ぎないという。たとえば、心臓発作に伴う臨死体験やテレパシーなどの超能力は、臨床データや実験データがあるにもかかわらず、科学的な例外として排除されてしまうことも、科学というイデオロギーのためだというわけだ。」

意識や精神は、脳活動の副産物ではないことはますます明らかになってきています。このことは最終的に人類史最大の科学革命をもたらすと思っています」(マリオ・ボーリガード博士)

意識と物質の問題を考える上で、量子力学の専門家は外せないだろう。」

シャーマニズムや古代宗教を研究している人類学者や宗教学者の名前がないこと、意識の解明にとくに取り組んできた宗教である仏教の専門家や瞑想修行者の名前がないことも問題かもしれない。」

=== おまけに、こんな記事も ===

パンサイキズム(汎心論)とは?

http://tocana.jp/2017/11/post_15040_entry.html

ゴフ准教授らが提唱する哲学的パンサイキズムにおいては、“意識”とは何らかの形の主観的経験を意味するだけであり、これは人間が持つ思考のような洗練された形でなくともよいとされる。そして、この主観的経験としての意識が世界の基礎であり、一部の生命体に特有の現象ではなく、普遍的であるという。」

 

パンサイキストらは、この“弱まるが決して消えない連続性”を無機物にも延長していき、電子やクオークが初歩的な形態の意識を持っていると仮定する。」

 

 

・・・なんだか、凄いことになってきましたね。

楽しみです。

 

 

<おわり>

 

 

 

 

 

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意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その4

 

 

(3) 仏教から見た 肉体と霊魂の関係

 

仏教、それも日本仏教の一般庶民、私みたいな人間、から 

肉体と霊魂なんてことを考えると、当然のことのように

「慰霊」とか「亡霊」とか「お盆にご先祖の霊が帰ってくる」とか、

長崎で言えば「精霊流し」とか、「冥福を祈る」というものがあるって

のが前提みたいになってんですけど、実は 私の実家の浄土真宗を 

改めて本なんかで読んでみると、あっと驚くんですねえ。

かなりイメージが違っていたんです。

 

例えば、

「浄土真宗の教えでは「臨終即往生」と言って、亡くなられたら

すぐに極楽浄土に行って仏様になるので、他教のように「冥福を祈る」

「死出の旅路につく」という概念はありません。」

「浄土真宗で「旅路」は生きている間に終わらせてしまう物で、死とは

ゴールですので、迷うような事はあり得ないのです。」

「死後はすぐに仏様となり、穢れ(けがれ)ではありませんので、

お葬式につきものの「お清めの塩」等も用意しません。

故人は、死後旅をしたり閻魔様のお裁きを受けたり草葉の陰で迷ったり

は決してしません、と心がけておいてください。」

https://www.お葬式なら格安葬儀.net/j-honganjiha/

 

ってことで、そんじゃあ、大元であるお釈迦様はどんなことを

説いていたのかってことで、苫米地英人さんの本をメインに

紐解いてみたいと思います。

001

 

D01

この現代の科学者たちが何十年もかけて証明した結論を、

2500年前に語っている人がいました。 それが釈迦です。 

釈迦は数学も物理学も用いず、瞑想という思考実験でそれを解明して

みせました。 宗教で量子論と同じ結論に至ったのは、仏教しか

ありません。      

 

D02

― そもそも仏教は「あの世」に行くための宗教ではありません。

・・・釈迦は一言も浄土について語ったことはないのです。 

それどころか、釈迦は葬儀に僧が関わることを禁止していました。

― 有名な「毒矢のたとえ」です。 あの世があるかないか、

霊があるかないか、考えるのは時間の無駄。 大事なのはこの世での

悩み苦しみを解決することであり、そのために修行しなさいと

釈迦は言っているのです。

 

D04

― 脳と心はひとつのものである、が現代の脳科学の考え方です。

それらを別の存在と考えることは、物理的な身体とは別に魂(霊)

があると考えるのと同じです。・・・霊もあの世も、それを信じる

人の脳(心)の中にのみ存在するものです。

― 脳と心の解明には、量子論や相対論などを含む、人間がこれ

まで培ってきた知の体系をすべて学ぶ必要があるでしょう。

釈迦は2500年前に、量子論や相対論によって導きだされた

結果を語っていました。  

 

D05

自分をいくら細かく定義しても、そこには自分以外のものしかあり

ません。 自我は数学でいう「点」に似ています。 

・・・点も自我も人の頭の中にある概念であり、実在はしないのです。

 

D06

― 儒教では人が死ぬと、精神である「魂」と肉体部分の

「ハク(白+鬼)」に分離されると考えられています。 

― 死を穢れと考える、または呪いの思想は、道教や儒教から

伝わったものだと考えられます。

― 最古の仏典である「スッタ・ニパータ」には、釈迦の言葉

として、「出家者は呪術や占いをおこなってはいけない」という

記述が明確に残されています。

 

D07

釈迦はアートマン(魂、自我)を否定することで、輪廻転生がない

ことを説きました。 にもかかわらず、一部の仏教寺院ではいまだ

に輪廻があるようなことが言われています。 例えば、六道輪廻

という概念があります。

 

 

D08

カントの時代には、時間と空間はアプリオリだと考えられて

いました。 しかし、相対論以降、アプリオリなものはなく

なりました。 アプリオリなものは何もないということを、

釈迦は「縁起」という概念を使って説明しました。 縁起とは

「縁」によって「起」こると書きますが、それ単体で成り立つ

ものは何もなく、すべては他のものとの関係性によって成り立

っているという思想です。

 

D09

仏教はインドで密教に変わったとき、超能力思考が強まりました。 

バラモン教との勢力争いにおいてオカルトを利用したという側面

もあるのですが、一方で密教のメリットもあります。 

それは密教を学ぶことで、「この世が幻である」ということを身を

もって体感できることです。

 

D10

悟るのも難しくなければ、悟りについて理解するのはもっと簡単です。 

ただ「この世は幻」と知るだけのことです。 「幻」と聞くと

「この世が存在しないなんて恐ろしい」と思う人がいるのですが、

この世が「ない」とは言っていません。 物理空間では、素粒子の

状態にすぎないということです。

 

D12

釈迦は瞑想によって自我はない(または空である)と知りました。

それが悟りの状態です。 自我がなくなった状態ですから、

すべてのスコトーマが外れており、すべてを認識することが

可能になっています。 

 

 

・・・・「自分」も「宇宙」もすべてを同時に認識できるのです。 

・・・ ここには私が仏教の常識だと思っていたことが

・・・ かなりぶっ壊されるようなことが書いてあるんですが、

・・・ 実際に 「ブッダの言葉」という原始仏教の本を

・・・ 読むと、なるほどな・・と分かります。

・・・ それほど、日本仏教は釈迦のものとは違うということです。

 

嘘だと思う方は、是非 こちらのページで ご確認ください:

「「ブッダのことば」(スッタニパータ)(42)感想・まとめ」

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/08/post-4c5c.html

 

 

・・・ それはともあれ、苫米地さんは かなり大胆だと

・・・ 思いませんか?

・・・ 現代の最先端の物理学・量子論を お釈迦さんは

・・・ 体感して理解して、それを説いていた・・と言いきって

・・・ ますからねえ。

 

・・・ ただし、その3の(2)で書いたこととは内容が

・・・ 違っていますね。

・・・ (2)では 霊魂というか意識みたいなものが

・・・ 肉体から離れて 宇宙の中で存在できるような

・・・ ことになっていましたが、

・・・ 苫米地さんは、釈迦は霊魂みたいなものについては

・・・ 否定的であるとしています。

 

要するに、この部分が私の興味が一番集中するポイント

なんですけど、現代の量子論的な考え方において、

一部の科学者は、意識というものは素粒子レベルにある

ってなことを言っているんですね。

 

008

 

苫米地さんのこの本は2010年に出版されているんですけど、

その後の量子物理学の発展やあらたな科学的発見の結果として

今現在はどのように判断されているのかなあ~~と思うんです。

 

 

(4)・・・ 未だ 考えが思い浮かびませんので

       タイトルが出てきません・・・

 

=== その5 に続く ===

 

 

 

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