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2018年2月 7日 (水)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その4

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

 

次の章は 「安保村の謎」で副題が「昭和天皇と日本国憲法」

となっています。難しそうです。

 

ちなみに、私が天皇皇后両陛下にどんな感覚を持っているかと

いいますと、もちろん戦後生まれですから、いわゆる象徴としての

天皇しか知らないわけです。

戦後の昭和天皇と平成天皇ですね。

 

なので、天皇陛下バンザイと言うのは抵抗がありますし、

現人神的に崇拝するというようなことはありません。

おそらく一般的なイメージと同じく、普通の日本人の

良心を体現して、国内や国外での公務をされている姿を

尊敬していると言えばいいかもしれません。

 

2016年の一月に、両陛下がフィリピンを公式訪問され、

たまたま偶然にも日本人会のメンバーであったので、

生まれて初めて生で両陛下にお会いし、二言三言言葉を交わす

ことが出来ました。

 

その時の様子はこちらに書いています。

「天皇・皇后両陛下のフィリピン訪問と「御接見」」 

http://janl.exblog.jp/22333650/

 

もちろん、ご接見の場ですので、写真撮影はご法度でした。

 

この時につくづく感じたんですが、両陛下のお仕事は本当に

大変なことだなあと思いました。

あれだけのご高齢でありながら、こんなに過密スケジュールで、

多くの人たちに丁寧に応じて言葉を交わされているのを見ると

よほどの体力と気力がなければ務まらないと・・・

 

さて、そこで、この本に書かれている昭和天皇には

第二次世界大戦の前後にどのようなことがあったのか。

そしてそれが、どのように日本国憲法を形作ったかを見ていき

ましょう。

001a

 

 

― これまでアメリカ国務省による最高裁への秘密工作や、

  安保条約改定後も在日米軍の基地使用の権利に変更はない

  とした「基地権密約」のような衝撃的な事実が、アメリカ

  政府の公文書という第一級資料によってあきらかになって

  います。こうした場合普通の国ならもちろん徹底した

  調査をおこないます。

 

― ところが日本の場合、ほとんど調査することがなく、・・・

 

・・・ ここでは、日本ではなく、アメリカで公開された資料

に基づき、密約があることが明確であるにもかかわらず、

日本では むにゃむにゃと誤魔化して無かったことにしちゃう

という話です。

まあ、今でも国会でそんなことが白昼堂々まかり通っています

から さもありなん・・なんですけどね。

 

― 沖縄へのオスプレイの配備・・・・・アメリカ本国では、

  住宅の上を飛ぶのは論外として、野生のコウモリに悪い

  影響があるといった理由でさえ、訓練が中止になって

  いるのですから・・・・

 

― なぜ私たち日本人は、ここまでのべてきたような

  「あきらかにおかしな状況」を自分たちの手で正す

  ことができないのか。 その原因はどこにあるのか。

 

・・・ まさにこの点なんですね。

なぜ 日本人はこんなことになってしまっているのか。

そこに第二次世界大戦の時の天皇と日本国憲法の話が

からんでくるわけです。

 

 

-     2012年4月に自民党が発表した憲法改正草案でした。

  この草案を見て、国連の人権理事会をはじめ、世界中の

  有識者たちが腰を抜かすほど驚いたのです。

  「これは何世紀前の憲法なのですか」と。

  近代憲法というのは、権力者が国民に向かって

  「このように暮らせ」と命令するためのものではなく、

  あくまでも主権者である国民が、権力者が自分たちの

  人権を侵害しないよう、しばりをかけるために存在する。

  これを「立憲主義」といいます。

 

― かつてダグラス・マッカーサーが日本人のことを、

  「近代文明の尺度で測れば、十二歳の少年くらいでしょう」

  と言ったことは有名ですが・・・・

 

・・・ 憲法や法律の条文をどのように読めばいいのか

私にはなかなか難しい問題ですが、権力者の為の憲法という

内容になっている草案だとすれば、それは鼻で笑うしかない

ですね。

 

― 原子力村の経済規模が年間二兆円とすれば、安保村の

  経済規模はなんと年間五三十兆円、つまり日本のGDP

  すべてといっていい。

  なぜなら占領が終わって新たに独立を回復したとき、日本は

  日米安保体制を中心に国をつくった。

  安保村とは、戦後の日本社会そのものだからです。

 

・・・  この経済規模をどう計算したのかは分からないんですが、

もしこれが本当なら、どうにもならん・・ってことですか??

 

― そうした日米安保中心の国づくり、もっとはっきり言えば、

  軍事・外交面での徹底した対米従属路線をつくったのが、

  実は昭和天皇とその側近グループでした。

  それがアメリカ側の公開資料でわかっている。

 

・・・ さて、いよいよ核心の部分に入っていきますよ。

今 台所で 鍋を火にかけているあなた・・・

ちょっと火を止めておいた方がいいんじゃないかと思いますよ。

 

 

― 「日本国天皇ヒロヒトの身柄の処遇」というアメリカ政府の

  基本政策文書にも、10月8日付の結論として、

  「ヒロヒトは、戦争犯罪人として逮捕・裁判・処罰は

  まぬがれない」と書かれていました。

 

― 「日本本土への無血侵攻を達成するためには、われわれは

  天皇の協力を要求した。 天皇の命令により、全日本軍の

  700万人もの兵士が武器を捨て、すみやかに動員解除され

  つつある。 そのことで何万何十万ものアメリカ人の死傷が

  避けられ、戦争は予定よりもはるかに早く終結した。

  天皇をそのように利用しながら戦争犯罪人として裁くなら、

  日本国民の眼には裏切りと映るだろう・・・・」

 

・・・ と言う事になって、「免責」とされたようです。

確かに、日本人的に言っても、もし天皇が全責任を負って

処刑されたりしていたら、日本はどんなことになっていたか

想像もつかないですね。

 

― そもそも昭和天皇自身が、自分に戦争責任があることは一番

  よくわかっていて、敗戦後、何度も退位して責任をとろうと

  しています。・・・・しかし結局、マッカーサーが退位させ

  なかったわけです。

 

― 1942年9月の段階ですでに、

戦争に勝ったあとは日本に、「ヒロヒトを中心とした傀儡政権」

  をつくれば、アメリカの国益にかなうという提案を陸軍省に

  対しておこなっていました。

 

・・・ アメリカは凄いですね。 戦争の始めっから、

勝つことを前提に その後どうするかを決めていたって言うん

ですからねえ。

日本の場合はどうだったんでしょうねえ。 負けたらどうする

というプランはあったんでしょうかねえ。

・・・まあ、なかったから こんなことになってんでしょうけど。

 

 

― 同じ日に結ばれたサンフランシスコ講和条約に

  日本側代表六人全員がサインしたのに対し、

日米安保条約には吉田茂ただひとりがサインしたことは

  よく知られていますが、理由は非常に単純で、そもそも

  日本語の条文がなかったので、ほかの五人の代表は

  安保条約の内容をほとんどわかっていなかったのです。

 

― 日本国憲法の草案も最初は英語で書かれていました。

  ・・・敗戦翌年の1946年1月1日、昭和天皇が

  人間宣言を出します。 これも最初は英文で書かれて

  いました。

 

・・・・あじゃじゃじゃ・・日本語惨敗だったんですねえ。

それじゃあ話にもなんにもなりゃしない。

日本の若い人たちよ。 英語ぐらいは勉強しといてね。

またアメリカに負けるかもしれないんだから・・・

 

― 皇居はなぜ爆撃されなかったのか。

  皇居への攻撃は、大多数の日本国民が天皇個人に対して

  いだいている忠誠心を傷つけ、日本国民の戦争続行の意志

  を高める結果となるだろう。

 

・・・ こういう言わば文科系的分析まで周到にやっている

ところがアメリカの凄さですかねえ。 物理的に破壊する

計画だけじゃなくて、心理的効果まで徹底してプランして

いるんだもんなあ。 負けるわけだ・・・・

 

― 戦後、CIAの実質的な創設者となる アレン・ウェルシュ・

  ダレスだったということです。

  ・・・このあと1950年代に冷戦期のアメリカの世界

  戦略を支え、「反共」を軸としたその戦略に、日本も半ば

  積極的に組み込まれていくことになります。

 

― つまり天皇と皇室の運命は、これから天皇自身がどう行動

  するかにかかっている。

 

― 昭和天皇にとっても、終戦の「ご聖断」につづく生涯最大の

  賭けだったと思います。 マッカーサーがそのことに驚き

  昭和天皇の態度や資質を高く評価したことは事実だと

  思います。

  ・・・その結果・・・「アメリカ占領政策=日本の国家

  再生計画」という共同プロジェクトを進めていくことに

  なるのです。 それはまた、「天皇+米軍」という、

  安保村の基本構造が誕生した瞬間でもありました。

 

・・・ ここで、天皇と占領政策、そして 日本国憲法の

関係がしっかりと形作られて行くわけですね。

 

 

― 敗戦翌年の五月には東京裁判が始まることになっていて、

  うかうかしていると昭和天皇が起訴されて戦争犯罪人と

  なってしまう可能性も残されていた。ですから基本的には

  人間宣言も日本国憲法も、この時期に急いでつくられた

  最大の目的は、天皇を東京裁判にかけないように、国際世論

  を誘導するところにあったのです。

 

― GHQ民間情報教育局のカーミット・R・ダイク局長が、

  ・・・「天皇はみずから国内を広く巡行されて、国民の

  声に耳をかたむけられるべきである」という意向も伝え

  られます。・・・・天皇巡行です。

 

― 当時の日本の庶民にとって、天皇がどれほど大きな存在

  だったかわかります。 その天皇が主導して、こうした

  日米合作の戦後体制を築いた。 だからそれから70年

  たって、いくら矛盾が露呈しても、安保村の基本構造が

  非常に変えにくいということがあるのです。

 

・・・ つまり、天皇は自らの命や皇室の存続との引き換えに、

占領政策の道具として使われたということでしょうか。

しかし、それにしても、その基本構造が70年経っても

国民の力で変えられないほどになってしまった理由は

どこにあるのでしょうね。

錦の御旗という思いが日本人の心の底辺に沈殿していると

いうことなのでしょうか。

 

 

― 敗戦後もなお天皇制が、そして天皇制日本が、ふたたび

  存続していくためには、天皇が神であることを否定するだけ

  でなく、「この(軍部が暴走した間違った時代、突然変異的な

  時代)」とする歴史観がどうしても必要だった。

  ・・・こうして戦前戦中の軍国主義に関して、悪かったのは

  軍部の暴走だけだったとするこの日米合作の歴史観を、

  日本国民も受け入れてきました。

 

・・・・これは司馬遼太郎の歴史観と同じだと書いてあります。

そして著者は、それは少し違うのではないかとも言っています。

明治時代がすべて良かったとは言い切れないと。

私は近現代史はほとんど知りませんから自分の考えというものは

ありませんが、以前から何かちょっとした違和感があるのは

事実です。

何故かといえば、私の母は聞くところによれば、いわゆる

愛国少女だったし、バギオ市で会った当時小学生だった方も

大日本帝国イケイケみたいな高揚感があったと聞かされたから

です。 そして私の父は満州鉄道関係の商社で働いていた。

軍部だけの独走だったと言い切ると、国民は総無責任

ということを認めなくてはならなくなると思うからです。

 

 

― 重要なのは、第二次大戦後の世界において、主権国家が

  憲法に条文として書き込んでしまえば、それほど強いもの

  はないということです。

  ・・・「主権平等の原則」は、国連憲章でアメリカ自身が

  示した戦後世界の大原則でした。 ですから一度憲法に

  書き込んでしまえば、いくら超大国でもどうすることもできない。

  憲法は、力の弱い国が強い国に立ち向かうための最大の武器

  なのです。

 

― フィリピンはその武器を使いました。

  憲法改正で1992年に米軍を完全撤退させています。

  フィリピンという国は、戦前はアメリカの本当の植民地で、

  だから独立したあとも、沖縄などくらべものにならないほど

  巨大な米軍基地がいくつもありました。

 

― 重要なのはその時点で、東南アジア10か国に外国軍基地は

  ひとつもなくなったという事実です。

  ・・・欧米列強による東南アジアの植民地支配の歴史に、

  ついに終止符が打たれたということでもありました。

 

・・・  従って、日本は世界第二位の経済大国であった頃から

今に至るまで、実質植民地状態から抜け出ることが出来なかった

と言うことになりそうです。

 

もしかして、これも、英語ができない日本人と 英語ができる

フィリピン人の差なのでしょうか??

アメリカ人の考え方まで分かっていたフィリピン人だからこそ

アメリカ人の弱点も知っていたということですかねえ・・・・

 

実際のところ、フィリピンは二重国籍を認めていて、

アメリカとフィリピンの両方を持っている人は多いですからねえ。

それに、フィリピン人の退役軍人と言えば、アメリカ軍として

沖縄で勤務していた人も大勢いるようですし。

 

 

=== その5 に続く ===

 

 

 

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