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2018年2月15日 (木)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その6

 

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その6

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

 

ちょっと時間がとれなくてさぼっていましたが、続きをやります。

 

今日は第四章の

「安保村の謎 - 国連憲章と第2次大戦後の世界」のところを読みます。

 

001a

国連というのはそもそもどんな組織なのかという話が続きます。

 

― たとえば中国が尖閣問題で日本を非難するとき、国連総会で

  こんな演説をします。

  「日本政府による尖閣諸島の購入は、世界反ファシズム戦争に

  おける勝利という結果への公然たる否定で、戦後の国際秩序と

  国連憲章への挑戦でもある」

 

― 私たち日本人はこれを聞いて、

  「なにをわけのわからないことを言っているんだ」

  と思います。しかし、これは日本以外の国の人にとっては

  当然の表現、少なくともすぐに意味がわかる表現なのです。

 

・・・確かに、私なんかにとっても、「なんじゃこりゃ」ですが、

この本を読んでいくと「なるほどなあ」と思います。

要するに 日本は軍国主義で敵国だったという話ですね。

日本人はそんなことはすっかり忘れちゃっているし、

マスコミも日本が戦争で叩きのめされてすっかり被害者みたいに

なって、8月15日前後に戦争は惨めだったみたいに書いたり、

放映したりしていますからねえ。

ほとんど加害者としての意識はないですもんね。

フィリピンに住んでいると分かります。

 

― ポツダム宣言が「戦後日本」の原点なら、こちらは

  「戦後世界」の原点です。

  その名は、大西洋憲章(正式名称は「イギリス・アメリカ

  共同宣言」)といいます。

 

 

― ポツダム宣言もそうですが、この大西洋憲章もまた、

  戦後日本の圧倒的主流派である安保村にとって、

  非常に都合が悪いものだからです。

 

― 「第二次世界大戦後の世界」の基本的な枠組みは、

この1941年8月に出された短い共同宣言のなかに、

  ほとんどすべて書かれているのです。

 

― 三。 両国はすべての民族が、自国の政治体制を選択する

     権利を尊重する。 両国は、かつて強制的に奪われた

     主権と自治が、人びとに返還されることを望む。

 

― 七。 そのような平和は、すべての人びとが妨害を受ける

     ことなく、公海・外洋を航行できるものでなければ

     ならない。

 

― 八。 両国は、世界のすべての国民が、現実的または

     精神的な理由から、武力の使用を放棄するように

     ならなければならないことを信じる。

     ・・・いっそう広く永久的な一般的安全保障制度

     が確立されるまでは、そのような国の武装解除は

     不可欠であると信じる。

 

・・・・これを見て、何かに似ていると感じませんか?

これは フランクリン・D・ルーズベルトとウィンストン・

チャーチルの間で交わされた共同宣言だそうです。

それも 戦争が始まる前の話です。

いかに英米がシナリオどおりに戦争をすすめ、その後の

処理までやり通したかということになりますね。

 

― あまい見通しのもとに戦争に突入し、自国の兵士を

  大量に餓死させるような計画ばかり立てていた日本政府

  にくらべて、なんという違いかと思わずにはいられません。

 

・・・ これを読んでいると、今現在のアメリカの大統領は

まるっきり反対の性格のような気がします。

そして、いろいろとキナ臭い話が世界を覆っています。

当時とその後の現実はともかくとして、上に書いてあるような

一見理想主義的な戦略というものが今の世界にあるのか

というのが気になります。

 

 

― この事実は、日本とドイツ、イタリアとの三国同盟が、

  結局軍事的になんの連携プレーもできないまま終わった

  ことを考えあわせると、非常に大きな意味をもっています。

  軍事力だけでなく、政治的スキルにおいて日本とアメリカ・

  イギリスは、まさに大人と子どもほどのちがいがあったのです。

 

 

― なぜこれが重要かというと、それから約1年半後の1946年

  2月にGHQが作成した日本国憲法草案、とくにその戦力

  放棄条項(のちの第九条二項)は、国連憲章そのものよりも、

  むしろこの原案に書かれていた国連の基本理念を見た方が、

  その本質が理解しやすいからです。

 

― 原案にあった理想主義的な「世界政府構想」が、

  日本国憲法九条二項を生んだ

 

― 国連安全保障理事会だけが「世界政府」として軍事力の使用権

  を独占し、ほかの国はそれをもたないという、国連憲章の

  原案にあった理想主義的構想が、のちの日本国憲法九条

  二項が執筆される大きな前提となっているのです。

 

 

・・・さて、今日はここまでにします。

第四章がけっこう長くて 一ページには収まりません。

 

では、次回 その7は いよいよ どのように日本国憲法は

作られたのか・・の核心の部分に入ります。

 

いやあ~~、それにしても、今から50年前、私が高校時代には

日本史の授業はこんなことは教えてくれなかったし、

近現代史は時間切れ大学受験に突入って感じでしたからねえ。

今の高校生たちは どの程度 日本の近現代史を教えて

もらっているんでしょうか・・・なんか危ういなあ。

 

011a

 

=== その7 に続く ===

 

 

 

 

 

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