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2019年2月13日 (水)

若桑みどり著「クアトロ・ラガッツィ」<下巻>を読む - その21 有名な大公夫人との舞踏

 

 

 

若桑みどり著

「天正少年使節と世界帝国・クアトロ・ラガッツィ」

よんで、私が感じたことを ランダムに書いています。

 

<下巻>の2回目です。・・・・・

 

006

 

p23

 

マンショは「いや実際、ひとつにはその所作を知らぬための

羞恥の念と、今ひとつにはかような婦人に対する畏敬の思いや、

・・・とても困惑した。 ・・・野暮臭くみえないようにと

・・・勇を鼓し、あえてそれを敢行するほかはなかった」と、

まるで戦場に行ったときのように武勇談を語っている。

 

 

マルティーノは「・・・マンショとミゲルのおかげで

あとに続くわれわれはすこし羞恥の念が軽くなるはずだった

(しかし・・・・)。 ・・・ジュリアンが相手の女性を

選ぶときに、じっと自分を見ていた婦人を選んだのだが

それは(もうダンスをしない)老女だったので、みんなが

どっと笑ったんだ」

 

p24

 

リノ「いや・・・・観衆はかたや紅顔の少年、片や年齢の

重荷を背負った老婦人とがともに顔を赤らめるのを見て、

その組み合わせをおもしろがったのだろう」

 

 

実際ダンスなどというものは日本人にはまったくやっかい

ものだ。

・・・マンショが・・・・自分の外交的使命を自覚し、

不得手なことも一所懸命、日本人の恥になるまいとして

がんばっていた。 けっこう身につまされる話である。

現代になっても、初期の留学生はみなこういう思い

したものだった。

 

=== 昔の舞踏会は 当然のことながら

    社交ダンスでしょうから、そりゃあ経験がないと

    大変だったでしょうねえ。

    私も米系の会社だったので、若い時には、

    銀座のダンスホールに通ったりして基本的な

    ものを習ったこともありました。

 

    今は、どうでもいいダンスが多いので

    テキトーでもごまかせますが・・・・

 

    外国で生活していると、嫌でも日本人代表みたいに

    扱われることがあるので、外交的な態度がなんとなく

    要求される場面におかれることがあります。

    しかし、あまりに外交的になってしまうと、

    これもまたよそよそしい雰囲気になってしまうので

    難しいですねえ。

 

 

 

p25

 

フィレンツェの年代記作者セッティーマーニの・・・記述では、

「この四人の少年は髭がなく、・・・あまり背は高くないが

つり合いがとれている。 彼らは扁平な顔、扁平な鼻、小さな頭

をもつ。 体色は白く、外見では、単純、善良、柔和な相を呈す」

とある。 

 

p26

 

しかし、彼らを「インドの王」と誤報したシェナの

マルカントニオ・トロメイの・・・書簡では「顔色浅黒く、

黒人に似た顔つきで、目は外に出て灰色にして小さく、

あたかも高いところをみることができないようであり、また唇

は厚く、そのほかもすこぶる醜い」とある。

 

これなどは第二次大戦中に、白人が日本人はサルに似ているから

脳が小さく知能が低いと言い、日本人は白人が目がひっこんで

いるから左右を見ることができないので、すぐれた飛行士では

ないと言ったのとよく似ていて、・・・・

 

・・・国王や大公の宮廷人たちは国際外交に慣れているので

「差異」によってではなく「共通性」によって彼らの教養と

礼節を評価している。 

 

=== 先日から NHKの「100分 de 名著」の

    オルテガ著「大衆の反逆」をちょこちょこと見て

    いたんですが、この「共通性」によって評価するという

     いわゆる「高貴」な人たちの態度が話題になって

     いました。

     高貴というのはなにも大金持ちとか成功した人と

     いうのではなく、普通の人たちの中にもいる

     「高貴」な人のことなんですが、

 

http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/84_ortega/index.html#movie

 

「「一つの同質な大衆が公権力を牛耳り、反対党を押しつぶし、

絶滅させて」いくところまで逢着するという。」

 

「オルテガは、大衆化に抗して、歴史的な所産である自由主義

(リベラリズム)を擁護する。その本質は、野放図に自由だけを

追求するものではない。そこには「異なる他者への寛容」が含意され

ている。多数派が少数派を認め、その声に注意深く耳を傾けること。

「敵とともに共存する決意」にこそリベラリズムの本質があり、その

意志こそが歴史を背負った人間の美しさだというのだ。」

 

=== 私がここで理解したのは、様々な人びとの違いを認めた

    上で、多様性の中で平和に生きていくことを旨とする

    人たちこそが「高貴」であるということじゃないかと

    思ったわけです。

    そういう意味では、最近の世界も日本も変な道に

    入りつつあるんじゃないかと危惧しています。

 

 

p27

 

長いあいだの経験によって断言するが、イタリアで無知で教養の

ない人または自分がえらいと思っている視野の狭い中流の

女性、こういう人間は頭から東洋人を「遅れている」と信じていて、

われわれをあわれむように見る。

・・・この経験はじつに微妙で、またしばしば起こる。

 

いっぽう教養のある人びとはすぐさまわれわれの「高い」教養や

知識を理解し、相応に尊敬する。 理解は階級によって文化的

水準によってさまざまだ。 

 

 

しかし、概して80年代以降は、とくに若者はもう人種を

なんとも思っていない。 いい人間かどうかしか判断しない

からである。

 

=== この著者の経験の部分は概ね分かるような気がする

    んですが、最後の「いい人間かどうかしか判断しない」

    という言葉は どういう意味で言っているんでしょうね。

    もっとしっかり相手の教養や知識をみて尊敬に値するか

    どうかを判断しなくちゃダメだっていうことですか?

 

 

p32

 

「・・・ヴァリニャーノは、これらの使節のために、教皇の

指摘な謁見を望み、おおげさな設えや、いかなる豪華さも

どうかやめていただきたい、・・・・と願っていた」

 

しかし、この年代記は続けて、・・・壮麗な歓迎を受けることに

なった経緯を要約する。

・・・・日本では少年は十四歳になるかならぬかで、刀をもたず

には外に出ない。 ・・・高貴な武士の刀の鞘はきわめて豪華、

真珠母貝で絵を描き、・・・」

さてこうした装いで彼らはスペイン国王に謁見、王子、二王女

とともに、「国王はカッパ(マントのことをカッパという

日本語で合羽になった。)を肩に、・・・・謁見した

 

 

p36

 

「このような結論を得たので、グレゴリオ教皇はヴィテルボの

副公使チェルソ師に命じ、使節が教皇領に入ったときには

すべての方式にのっとって盛大に一行を迎えるように指示した。」

そこで使節一行は二百人もの騎馬軍隊に迎えられて一日を

ヴィテリボで過ごし、つぎに枢機卿ガンバラの別荘バニャイアに

行き、・・・・・・

 

ここで使節がなにを見せられたのか・・・・・

 

 

=== つまり著者は、ヴァリニャーノの弁護士であるわけ

    なので、ここでも 大袈裟なことにしたのは

    ヴァリニャーノのせいではないから、非難されたり

    疑われたりするには及ばずということなのでしょう。

 

    ここでは、合羽がカッパ(マント)から来た外来語

    であったことが分かっただけでも、日本語教師としては

    ありがたいことです。

 

    さあ、では、何を見せられたのか・・・つづきます。

 

 

<その22に続きます>

 

 

 

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