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2019年4月23日 (火)

世界文化遺産・長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産を巡る旅 - その8(完) 長崎・外海とハウステンボス

 

世界文化遺産・長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産を巡る旅 

- その8(完) 長崎・外海とハウステンボス そして 熊本城

 

World Cultural Heritage : Hidden Christian
Sites in the Nagasaki and Amakusa Region

http://kirishitan.jp/en

 

2018年から2019年にかけて廻った隠れキリシタン

・潜伏キリシタンゆかりの地を見ていただきましょう。

 

その8は、過去に行ったことのない 長崎の外海です。

パックツアーの旅、ハウステンボスも込み込み・・・・・

ついでに、熊本城へも・・・・

 

 

2019年4月2日の朝・・・・

 

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生まれて初めての佐賀空港へ・・・

本来なら長崎空港直行なんでしょうが、これも良し。 

 

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桜も真っ盛り・・・ 

 

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川登サービスエリアで 「天ぷら」・・見るだけ。

 

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目的地は 長崎外海地区の世界遺産 出津の集落。

 

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私の本当の気持ちは、世界遺産の出津集落ではなく、

右端にかろうじて描いてある黒崎地区の枯松神社だったんですが・・・

 

と言うのも、隠れキリシタンの時代も、そして今も

神社とキリスト教が共存していると聞いたからです。

 

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で、何はともあれ、出津教会堂。

この教会の背が低いのは 風当たりが強い場所に

あるからだそうです。

 

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この教会では、我々が内部を拝観した時に、

韓国語でのミサが行われていました。

 

 

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ガイドの方に伺ったところ、韓国からの巡礼ツアーの

団体だとの話でした。 

 

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出津の集落で有名なのは マルコ・アリ・ド・ロ神父です。 

 

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神父は村人の窮状を救うため・・・授産・福祉施設に私財を投じたそうだ。 

 

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この石積みの塀が特徴的なものだとのことです。 

 

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 ところで、「外海」(そとめ)とはどこなのかと言いますと

上の地図のように長崎市から北西に入った山々に囲まれた

ところで、隣の村へ行くにも大変なところです。

 

禁教時代に、全国から九州へ、九州から長崎へ、

長崎から外海、そして五島などの島々へと

隠れキリシタンの移住が進んだのです。 

 

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ここには 「沈黙」の遠藤周作文学館もあります。 

 

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バスの車窓から撮影した 黒崎教会。

出津の集落は世界遺産に含まれていますが、

黒崎の集落は入っていません。         

 

https://www.at-nagasaki.jp/spot/1096/

1897年にド・ロ神父の指導で敷地が造成され、1899年から

建設計画が進行、1920年に完成した、遠藤周作の小説『沈黙』

の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会。」 

 

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「沈黙」の海が光っていました。 

 

私が外海に興味を抱いたのは、金鍔次兵衛の関連資料が

あるかもしれないと思ったからです。 

 

しかし、残念ながら、出津の外海歴史民俗資料館には 

私の目当てのこれというものはありませんでした。

バスの出発時刻が迫っていたので、ささっと見て廻ったん

ですけど・・・

 

https://www.cbcj.catholic.jp/catholic/saintbeato/kibe187/densetsu/

「大村家の記録には、西彼杵半島の横瀬浦と面高から長与に

至るまで行われた「金鍔狩り」の様子が詳しく記されている。

その後、戸町の裏山の洞穴に身を移し、「金鍔谷」と

して知られるその場所から長崎の中心部に潜入した。」

 

耐久力があれば、この「次兵衛岩」に行きたいところなんですけど・・

https://blog.goo.ne.jp/rarirari-pinot/e/86be20943fc0d4d477a21d0e43cb9fe9

「外海の先、神ノ浦地区に「次兵衛岩」(その山中にも潜んでいた)

というのがあるのですが、そこへは山道を1時間以上登らないと

行けないそうなので、いつかはチャレンジしてみたいのです。

そこは金鍔岩とは言わなくて、次兵衛岩なんですけどね。

入口にはこんな案内板が立っています。」

 

・・・なぜ、この忍者司祭である金鍔次兵衛にこだわるか

と言うと、天正使節の4名、特に千々石ミゲルとの

接触が潜伏期間になかっただろうかと思うからです。

 

そして、もう一点は、隠れキリシタンの時代に

神社、寺などの年中行事に隠れキリシタンの人びとが

どのように関わっていたかを知りたいからなんです。

枯松神社のように・・・・

 

 

 

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そこで、この 諏訪神社(鎮西大社)なんです。

 

鎮西大社 諏訪神社

https://www.osuwasan.jp/

「長崎は、戦国時代にイエズス会の教会領となり、かつて

長崎市内にまつられていた諏訪・森崎・住吉の三社を、

寛永2年(1625)に初代宮司青木賢清によって、西山郷円山

(現在の松森神社の地)に再興、長崎の産土神としたのが始まりです。」

 

何と言っても有名なのは「おくんち」ですね。

https://www.osuwasan.jp/page0115.html

「一年でもっとも重要な祭典を例祭といいます。

当神社では107日~109日に行われる一連の祭典

がこれに当たります。

当神社の例祭は「長崎くんち」と呼ばれ、昭和5423

に国の重要無形民俗文化財に指定されています。

荘厳な御神幸と国際色豊かな奉納踊により日本三大祭

と称されています。」 

 

そして、何かの本でも読んだことがあるのですが、

「長崎くんち」が始められた理由が興味深いのです。

これは、島原の精霊流しにも共通する理由なんです。 

 

「長崎くんちが始まった衝撃の理由とは?」

http://kininaru-trend.net/post-2635/

 

「この祭りを始めたのは、長崎奉行・榊原職直(さかきばら

もとなお)。武家出身で池上本願寺の僧となっていましたが、

徳川家康の命で「徳川四天王」の一人、榊原康政の養子と

なった人です。

長崎は、江戸時代を通じ幕府の直轄領で、幕府の奉行所が

置かれていました。


長崎奉行が「長崎くんち」を始めたのはなぜか?

その理由は、キリシタンの弾圧でした。

諏訪神社の祭礼(長崎くんち)を、長崎の町の神事と認定。

町民を神社の氏子にさせました。その背景には、キリシタンを

改宗させたり、弾圧する目的があったと言われています。」

 

・・・と言うことが歴史的にあるらしいので、


今年の日比友好月間イベントの「17世紀の日比交流」と

いうテーマの中で、どんなコンセプトにするか

悩みどころということです。

 

 

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長崎の港・・・そして出島

 

 

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そして、長崎市で最初に行ってみたのが出島です。

 

 

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異国人の靴が汚れないように、石畳にしたという話も

ありました。 

 

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これで見ると、マニラ以外にも、カガヤンやパンガシナンに

寄港していたというのが目新しい情報です。 

 

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こんなミニチュアの南蛮船を展示できたらいいん

ですが、金欠病なんで・・・・ 

 

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蘭学のことなどは 誰でも知っていることなんですが・・・ 

 

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「須弥山儀」なるものがあったなんて、初耳です。 

 

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出島の南蛮人や紅毛人は ビリヤードをやっていたらしい。
実際、現物が置いてありました。

 

 

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長崎も 春爛漫でした。 

 

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そして、夜には、 

 

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稲佐山の展望台からの夜景。 

 

この夜景ツアーのバスガイドのお姉さんにちょっと質問をしたんです。

何故かって言うと、ガイドさんご本人が長崎・外海地区の

出身だということが分かったからです。

それで、これ幸いと 今回のツアーで知りたかったことを

尋ねました。

 

「外海などに住んでいる隠れキリシタンの人たちは

 日本の伝統的な季節の行事、例えば七夕祭りなんかも

 普通にやるんでしょうか?」


「はい、一般的な年中行事はやっていますよ。」

 

ああ、これこそ聞きたかった言葉です。

なんとなく イベントのコンセプトをイメージできそうな

大発見になりました。

 

さて、パックツアー二日目の 4月3日・・・

今日は大浦天主堂、長崎平和公園からハウステンボスへ向かいます。 

 

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浄土真宗の境内からすぐ隣にある大浦天主堂をちらりと望む・・・

 

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その妙行寺のおニャン子ちゃん。

 

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こっちは、大浦天主堂の猫ちゃん。
後ろ足が不自由な猫ちゃんでした。 

 

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バスの車窓から撮影。

原爆で半分が吹き飛ばされたという鳥居。
分かりますか?

 

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平和の泉から望む 平和祈念像。 

 

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母子像 

 

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長崎市平和会館の展望台から・・・・

 

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長崎の桜・・・ほぼ満開でした。 

 

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ランチタイムは、

角煮まんじゅうと皿うどん。

皿うどんには やっぱウースターソースですかねえ。

 

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さあ、佐世保出身なのに、今まで中に入ったことがない

ハウステンボスです。 

 

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何度も倒産の危機があり、HISに助けてもらった

大規模な施設。

 

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様々なアトラクションを 次から次に打ち出さないと

安定した経営は非常に難しいのでしょうね。

 

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こういうショーは、寒かったけど、一見の価値は

ありました。

 

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夜のライティングは素晴らしい。
絵画を見ているような・・・

 

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ハウステンボス内の 大村湾に繋がる運河は

素晴らしいものでした。

 

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ホテル・ヨーロッパは

パックツアーならではの格安設定。

 

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朝ごはんに シャンパン付いてます。 

 

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チェックアウトは ボートで・・・・ 

 

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展望台からヨットハーバーを見下ろす。

大村湾の一部です。

 

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自宅からボートでお出掛けの生活はいかがですか? 

 

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保育園の子供達もお散歩に来ていました。

 

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「天翔けるブーツ ~長崎での竜馬~」 観ました。 

 

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ミニ「宝塚」で、初体験。
田舎な佐世保で こんな歌劇を観られるとは

まさに驚きでした。

 

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もちろん 食べました。 佐世保バーガー。 

 

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ハウステンボスを一歩出たところに

「変なホテル」もありました。

外国人観光客に人気があるようです。 

 

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さて、ここから、私だけパックツアーを離れて

熊本へ向かいます。 

 

そして、 4月5日・・・熊本・・・

 

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熊本市国際交流会館での待ち合わせ。

 

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天草市の古楽器アンサンブル・グループ

「コレジヨの仲間」との演奏会の打合せ。

 

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目の前に熊本城。 

 

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熊本地震で大きな被害を受け・・・・ 

 

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建物の修復はあと2年ほど、

そして石積みの石垣は あと20年ぐらい掛かるとの

ボランティアガイドさんのお話でした。

 

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どの石垣がいつの時代に造られ、補修されたのかを

忠実に 元の材料で復元するのだそうです。

 

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熊本空港から羽田へ向けて・・・

熊本空港も初体験。

 

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さあ、東京へ戻ってきました。

(・・・・と、埼玉人は言う・・・笑)

 

おやすみなさい。 

 

― これで一連の 長崎・天草の資料探しツアーは終了です。 -

― お付き合い、ありがとうございました。 -

 

 

 

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