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2019年4月21日 (日)

世界文化遺産・長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産を巡る旅 - その5 大浦天主堂

 

世界文化遺産・長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産を巡る旅 - その5 大浦天主堂

World Cultural Heritage : Hidden Christian
Sites in the Nagasaki and Amakusa Region

http://kirishitan.jp/en

 

2018年から2019年にかけて廻った隠れキリシタン

・潜伏キリシタンゆかりの地を見ていただきましょう。

 

その5は、長崎市での2日間、今回の9日間のツアーの内

5日目と6日目の資料探しの旅です。

 

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長崎市での一日目は、新地中華街の隣のホテルから出発。

 

 

 

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坂道を登って、大浦天主堂を目指します。 

 

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大浦天主堂と右側に連なる博物館。

 

 

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公式サイトでの解説では、

https://nagasaki-oura-church.jp/history

「大浦天主堂は、正式には、「日本二十六聖殉教者聖堂」と言い、

1862年に二十六人の殉教者たちが聖人に列せられたのを受け、

捧げられた教会です。そのため、大浦天主堂は殉教の地である

西坂に向けて建てられています。」

との記載があります。

 

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国宝であり世界遺産になったのは、この潜伏キリシタンと

「信徒発見」によるところが大きいようです。

 

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こちらのマリア像「日本之聖母像」は、手を合わせた

「ルルド(地方)のマリア」と呼ばれている形のようです。

 

「この像は、「日本に数多くの潜伏キリシタンたちがいた」

というニュースが全世界に伝えられた際に、フランスから

その記念として贈られたものです。」と記載されています。

 

教会内部の様子は、こちらの公式サイトでどうぞ:

https://nagasaki-oura-church.jp/archives/category/point

 

「信徒発見のマリア像」は、教会の祭壇にあります。

 

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そして、石畳の坂を歩きながら、グラバー園へ向かいます。

 

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修学旅行で来て以来・・・何十年ぶりだろう・・・

旧グラバー住宅

昔はグラバー邸って言っていたように思いますが・・

 

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公式サイトはこちらです:

http://www.glover-garden.jp/about

 

 

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博物館の中。

さまざまな船のミニチュアが展示されています。

 

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博物館二階からの展望。

大型客船がすぐ近くに停泊していました。

 

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季節外れの桜も咲いていました。

今日は2018年11月5日です。

 

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もちろん 蝶々夫人の像もあります。 

 

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プッチーニと オペラ「マダム・バタフライ」。 

 

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長崎伝統芸能館は グラバー園の一部でした。

 

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「長崎のお祭り「長崎くんち」に奉納される龍踊りの白龍、

青龍、各町の奉納踊りを先導する「傘鉾(かさぼこ)」と

呼ばれる豪華な飾りなどが展示されており、長崎くんち

の映画も放映されています。」

http://www.glover-garden.jp/gardenmap/ntpa-center

 

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2019年8月にバギオ市で開催する日比友好イベントで

何を展示したらよいか迷っているところです。

もちろん、長崎のなにかをイメージできるものを

制作するということなんですが。

 

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坂本龍馬も魅力的なんですが、フィリピンとは

関係ないしなあ・・・

 

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四海楼のちゃんぽんを一度はこの店で食べてみたいんですが・・・ 

 

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満席でした。

インターネットショップでこの店のちゃんぽんと

称するものを食べてみたんですが、

微妙な味だったんですよねえ・・・

 

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大型客船がど~~んと横づけしていました。

こちらのサイトで、大型客船情報をどうぞ:

http://www.nagasaki-port.jp/index.html

 

「長崎港 は、1571年開港し、オランダや中国との交易で栄え、

さまざまな文化や学問を発信してきました。

 19世紀には、日本と中国(上海)の架け橋として、

多くの人の交流の場となりました。

 現在は、日本屈指の観光船寄港実績があり、長崎水辺の

森公園など親水空間が整備され、多くの人に親しまれています。」

 

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長崎と言えば、この路面電車も魅力。

便利です。 

 

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では、大浦天主堂から出島まで行ってみましょう。

 

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長崎港の「出島ワーフ」という処へ向かいます。

 

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さて、ここが「出島ワーフ」のカフェ。

ぬいぐるみみたいなワンちゃんもお散歩。 

 

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なぜここに来たかと言いますと、情報収集の為に

午後の約束があったからなんです。

で、その前にランチ。

 

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カプチーノを頼んだら、こんなんが出てきました。

 

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二階からの展望。 いいっすねえ~~、港町。

 

「長崎は今日も雨だった 内山田洋とクールファイブ」

https://www.youtube.com/watch?v=YGfseX5WdVE

 

「ああああ~~、ながさき~~わ~~

きょうも~~ はれ~~だあった~~」

 

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で、私がアポを取ったのは、

「長崎の教会群 インフォメーションセンター」です。

 

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インフォメーションセンター内の展示。 

 

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私がこの潜伏キリシタンの歴史の流れの中で

注目している部分は、

 

1637年: 「島原・天草一揆」 から

キリシタンの「潜伏」が始まり、

平戸、出津、大野、崎津集落での「黙認」時代、

 

そして、1797年の共同体維持のための移住先

として 久賀島、野崎島、頭ケ島、さらに佐世保の黒島

という流れです。 

 

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しかし、その前に、1582年に長崎から出航し、

1590年に長崎に帰着した「天正遣欧少年使節」とを

どういうストーリーで繋ぐか・・・なんです。

 

そして、この迫害時代に、日本とフィリピンとの

間でどのような交流があったのか・・・・

 

実は、このインフォメーションセンターのセンター長の

方が、「フィリピンと長崎のキリスト教500年の歩み」

500 Year History of Christianity in the Philippines

and Japan-Nagasaki という本を編集されていたので、

そのお話を伺いに行ったのでした。

(ただし、この本は 英語版だけがフィリピンで出版

 されているとのことでした。)

 

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次に私が行ったところは・・・・ 

 

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西坂の「日本二十六聖人殉教地」

ここへは、11月5日と6日の両日行ったので、

二日分をごちゃまぜに書きます。

 

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ここでは私にとっての大発見がありました。 

 

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最初のフィリピン人殉教者

聖ロレンゾ・ルイス

この像は、フィリピンから寄贈されたものだそうです。

 

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そして、マニラの世界遺産・聖アグスティン教会とも

縁のある アグスティノ会の司祭 トマス金鍔次兵衛。

 

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神出鬼没の司祭で、忍者のような活動で、

こちらのサイトには以下のように記載されています。

 

1631年、侍に変装して帰国に成功した。長崎奉行所の

馬丁になり、クルス町の牢に囚われた宣教師や信者を訪れる

など、至る所に出没して使徒職を果たした。隠密によって

彼の人相書きが作られるに及んで、次兵衛は外海の山中に逃れた。」

https://www.cbcj.catholic.jp/catholic/saintbeato/kibe187/densetsu/

 

 

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そして、こちらのユニークな塔をもつ教会。

この教会は、「二十六聖人のひとりで、メキシコ人フランシスコ会

修道士聖フィリッポ・デ・ヘススに捧げられた教会。」

であるとされています。

https://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/1076/

 

 

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こちらのサイトで、二十六聖人の中に

フィリッポ・デ・ヘススというメキシコ人の名前があります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本二十六聖人

 

「フェリペ・デ・ヘスス(またはフィリッポ・デ・ヘスス、

本名・フェリペ・デ・ラス・カサス)

メキシコ人、24歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。

メキシコの初聖人。」

 

メキシコ人でありフランシスコ会ということであれば、

当時のメキシコとフィリピンはスペインの領土でしたから、

おそらくマニラから長崎に渡ってきた人だと思われます。

 

この教会には、多くのフィリピンの人たちも礼拝に来ていると

聞きましたので、おそらくこのような歴史的背景も

あっての礼拝かと思います。

 

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次に 5日と6日の両日資料探しにいったのは

こちらの中町教会です。

 

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聖トマス西という フィリピンのドミニコ会で叙階された

司祭と、フィリピン人初の殉教者がここに含まれているからです。

 

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そのフィリピン人というのは、5番目にある 聖ロレンソ・ルイスです。

すでに上の方でその像を見た人です。 

 

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こちらの教会では、こんな像になっています。 

 

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そして、もう一人 気になるのが 7番目にある

「長崎の聖マグダレナ」なんです。 

 

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この写真の真ん中の女性です。

なぜ気になるかと言いますと・・・・

 

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実は、マニラのイントラムロスにある

世界遺産である聖アグスティン教会博物館に

こんな絵画が展示されているからです。

 

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博物館の一階から二階へいく階段の壁に

数点の長崎での殉教を描いたと思われる絵画が

展示されているんですが、その中にこの絵が

あるんです。

 

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タイトルは明記してないのですが、

学芸員の方によるとこれは「長崎のマグダレナ」

を描いたものだとの話でした。 

 

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ところで、この中町教会の場所なんですが、

実は昔は大村藩蔵屋敷があったんですね。

 

「大村純忠、大友宗麟、有馬晴信のキリシタン大名らは、

ヨーロッパのキリスト教文化を見聞させ、日本をヨーロッパに

紹介するため、10代半ばの4人の少年をローマに派遣しました。

一行は活版印刷機械などヨーロッパの進んだ技術や知識を

持ち帰り、日本文化に貢献しました。」

https://www.e-oomura.jp/sansaku/oomura

 

大村藩は 当時キリシタン王国を築いた藩でした。

 

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そして、少年使節と言えば、謎の多い千々石ミゲル。

この大浦天主堂博物館の研究部長さんのお部屋に

お邪魔して、千々石ミゲルの墓と思われるところの

発掘事業のことやら、日本とフィリピンとの関連性

についてお話を伺いました。

 

そこで伺った驚くような話。

大村藩の古文書の中に、大村藩に仕えたミゲルが

他の家臣と伴に、ルソン島に派遣されたようなことが

記録されているというのです。

これはその文書を読んでみるしかないのですが・・・・

 

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そして、主な長崎ツアーの目的のひとつはここでした。

 

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潜伏キリシタン関連の観光ポスターやパンフレットを

日比友好月間イベントに提供していただけるよう

お願いに上がったわけです。

 

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そうです、私はがんばらんといけんとです。

(長崎弁、佐世保弁に自信がなくなった・・・)

 

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長崎二日目のランチは 「トルコ・ライス」でした。

どこがどう「トルコ」なんだか分かりません。 

 

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そして、11月6日の午後、長崎から諫早を経由して

島原へ向かいました。 

 

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島原鉄道・・・

一番海に近い駅・・・ってのがありました。

 

ローカル線は 実に魅力的です。

 

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これが島原駅。 

 

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そして、下校中の高校生で満員の路線バスにのって

南島原市へ・・・・

バスを降りたら 辺りは真っ暗。

 

右も左も分からず、うろうろしていたら、

近くの体育館みたいなところで スポーツをやっていた

人が声を掛けてくれて、その夜の宿まで送り届けて

くれました。

なんと、その男性は、翌日訪問予定の南島原市役所の方でした。

ああ、ありがたや、ありがたや・・・

 

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お宿での晩御飯。

到着時刻が遅かったので、出前です。 

 

と言うことで、長崎ツアー6日目の夜は更けていきました。 

 

― その6 - に続きます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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