カテゴリー「学問・資格」の記事

2019年2月15日 (金)

若桑みどり著「クアトロ・ラガッツィ」<下巻>を読む - その26 カトリックの傀儡だ??  ぼ~~っと生きてんじゃね~~よ・・・

 

 

 

 

若桑みどり著

「天正少年使節と世界帝国・クアトロ・ラガッツィ」

よんで、私が感じたことを ランダムに書いています。

 

Nhk_013


あの~~。 パレードの絵にこだわっているんです。

前回は、NHKの「その時 歴史が動いた」の絵の解説

間違っているよって書いたんですけど、それを補強できる

大学生のろんぶ~~んを見つけました。

 

卒論の準備段階での研究旅行だったようです・・・

また、この大学生は若桑みどりさんの本に触発されたようです。

 

「ヨーロッパから見る、西欧文化と日本の最初期の頃の出会い」

http://www.seinan-gu.ac.jp/kokubun/report/2016/yamasoto.pdf?fbclid=IwAR1nNLp8EcO7hECEqvVgsV0IPs395TzCzzLJqcI3ppiFJZkrBRdwPoTNIaE

 

 

                             

 

Nhk_012

該当するページをパソコン上で撮影しました。

「ラテラノ教会行幸図」の写真の中に丸が4つ加筆してあります。

使節は4人が写っていて、和装ではありません。

教皇シスト五世によるパレードだと書いてあります。

 

 

。。

 

 

Nhk_001

(上はNHK番組のビデオ動画です。

バチカン宮殿に向かう三人の少年というナレーションになっています。)

Nhk_007

一方、NHK番組のビデオでは、ナレーションを聞くと

グレゴリオ教皇に謁見と言いながら、同じ絵を流しているんです。

グレゴリオ教皇との謁見では、3人であることが強いられ

中浦ジュリアンは参加できませんでしたし、

和装での謁見が指示されていましたから、この絵を使ったのは

間違いという話です。

 

また、シスト教皇のパレードは、戴冠式の為のパレードで、

サン・ピエトロ寺院であると書かれています。

 

ああ、すっきりした。

鬼の首を取ったような気分です・・・あははは

 

 

=== では、本を読み進めましょう・・・

    ここから先は、引用したい部分がたくさんあるん

    ですが、多すぎるので、本を買って読んでください。

 

p94

 

マカオにおいてヴァリニャーノは一行の見聞録をまとめ、

これをサンデにラテン語訳させて出版し、さらに日本人

ロヨラに日本語訳させるつもりであった。

・・・ラテン語の見聞録は昭和になるまで日本人に

読まれることはなく、読まれたあともその評価は極めて

低い。

 

・・・文化史に疎い過去の日本人歴史家が見落とした

ばかりではない。 それがもっぱら「カトリック的宣伝臭」に

満ちているということが価値を下げた第一の理由である。

それでは私は訊きたい。この世のどこになんらかの思想的

政治的傾向をもたない史料があるのかと。

 

=== いいっすねえ、この反骨精神。

    ここで、著者は過去の日本の歴史家が歴史的に

    大きな意味のあることを偏見に基づいていかに見落として

    来たかを語っているんです。

    まあ、自分に都合の良いことしか、人間は

    見ようとしませんからね。 私もですけど・・・

 

p94

 

これはヴァリニャーノが日本の神学生に読ませるために書いた

宗教文化史的教科書である。 それをいかに読むかが

歴史家に問われているのだ。

 

・・このように家永氏は、彼らは西欧の建造物、都市などの文明

ばかりでなく、音楽について、服装や文字の合理性、ローマ字の

長所について、身分階級の保証、法律の整備などを学んだのだと

指摘している。

 

・・・「ミゲル   すべての人は完全な権利の内に確保され、

かつ士族および貴族が平民になんらかの暴力を加えるという

こともなく、万民が平等の権利をもって生活し、めいめいに応分

の権利がある」

 

ミゲル   わたしはヨーロッパの富強の原因は、ヨーロッパが

平和と静穏の中に生きていることにあると思う。・・・・

・・われわれ日本においては全国を通じて絶え間ない戦争の災厄

が浸潤しているので、容易に畑に種をまくことも、収穫をとりいれる

こともできず・・・・・

第三の原因は交通の便にある。・・・・あらゆる海をわたり、

要するに祖国を富ましめ国威を高めるためのあらゆる方法を

追求している。・・・・」

 

p97

 

「このようにもし彼らがほんとうに自分で考えたならば

幕末明治の先覚者と似た日本の進歩改善になったであろうが・・・」

 

 

岡本良知氏はこれを世界史的に見る。

「凡そ古来の遣欧使節のうちでは、その時代の外国・日本の

双方の情勢からみて天正の遣使ほど意義が大きく、歴史的

興味の深いものはない。・・・・」

「その人物にして傑出していたならば、いかにも大きな結果が

期待せらるべきであった。 然しながら天正の我が使節は

この条件を完全には具えていなかった。・・・・・」

 

「極端に考えれば「彼らはキリスト教の傀儡であったというて

差支えあるまい。」・・・・」

 

 

p99

 

この岡本氏にかぎらず、キリスト教徒ではない歴史家たちは、

おおよそ、少年たちをヴァリニャーノの傀儡であり、・・・

・・・社会の真実を洞察することはできなかったとするか、

あるいは、見聞録と称するものは結局はヴァリニャーノの

創作であるから、・・・・

 

新村出氏は彼らを竜宮を見て来た浦島太郎のように

見ている。

 

私はこれらの先人の時代と社会の認識のずれに呆然とする。

遣唐使の昔から、日本の朝廷や、高い権威をもった寺からは、

仏教を学ぶため、あるいはそのほかの学問や文物を

輸入するために選ばれた学識者が外国に入り、帰国して

その知を広めてきた。

また明治が近代国家の体裁を整えようとしたとき・・・・

 

日本を世界に知らせ、世界を日本に知らせるために

一神父が企画した少年使節は、日本の政府、日本の国策とは

いささかのかかわりもないものであった。

 

 

p101

 

しかし、それは彼らが傑出していなかったからだろうか?

彼らが傀儡だったからだろうか? いったいだれが、

封建制の上に立つ絶対権力を組織化しているさなかの日本で、

法と正義と平和の主張をなしえたであろうか?

 

・・・少年たちが見たもの、聴いたもの、望んだものを

押し殺したのは当時の日本である

世界に扉を閉ざし、世界を見てきた彼らの目を暗黒の

目隠しで閉ざしたのは当時の日本である。 

 

p102

 

人間の価値は社会において歴史において名前を残す

「傑出した」人間になることではない。

それぞれが自己の信念に生きることである。

 

=== パチパチパチパチ!!

    若桑みどりさん、凄い!!!

    わかくわ屋~~~~~ にっぽんいち~~~~~!!

    私は信念もなく、ぼ~~っと生きている庶民ですが・・・

 

 

 

<その27に続きます>

 

 

 

===========

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月 2日 (土)

若桑みどり著「天正少年使節・・」を読む - その6 日本の「愛する」はエロスだった

 

 

 

 

若桑みどり著

天正少年使節と世界帝国・クアトロ・ラガッツィ」を

よんで、私が感じたことを ランダムに書いています。

 

004

 

p209

 

カブラルはヴァリニャーノに解任されてしまうのだが・・・

・・手紙に彼はこう書いている。

 

「第一に、日本人は生来必要な天賦の才に欠けています

それはまた国の風土と天体の影響によるものであります。

それはあたかも不断の落ちつきのなさと絶えまない新奇さ

を求める気持ちが人びとを支配しているかのようだからです。」

 

日本では「すべての田夫野人が狡知または暴力で領主たらんとし、

奸計を心中に隠しています。 家臣はより多くの収入を得る

ために主君の敵となり、子ですら親を裏切ります。

他人を信用する者は皆無です。」

 

このようなカブラルの考えは、姉川の戦いや比叡山焼き討ちの

あった年に日本に来て、本能寺の変のあった年まで日本にいた

外人が当然もったものかもしれない。

 

=== おそらくこんな乱世に立ち会ってしまったら、

    それも、外国人としてしばらくの間だけ見てしまったら、

    普通はこういうコメントになるでしょうねえ。

    日本人ってなんと野蛮な奴らなんだって・・・・

    しかし、このカブラルという人物が

    「天賦の才に欠ける」のが「風土と天体の影響」って

    言っているのが訳わかりません。

    それと、「絶え間ない新奇さを求める」というのが

    悪いことなのか良いことなのか・・・・

 

 

 

p223

 

ウォーラーステインは、十六世紀にさかんになった世界経済には、

「中心」である西欧と、その周りにいて、略奪や植民の対象に

なる「辺境」とがあったと、世界をふたつに分けているが、

「日本はそのどれでもなかった」と考察している。

日本は、世界経済にとって「外部世界」であった。

 

 

なぜなら世界経済の「辺境」とは、価格の低い商品を生産する

広大な土地と大量の奴隷を提供するものでなければならないからだ。

その生産物とは、おもに食糧で、西欧人が生きていくのに

なくてはなあないものだった。

 

実際、いまヨーロッパ人にとってなくてはならない食べ物の

多くが新大陸からこのときに入ってきたものだと思うと、

これらの食糧が入ってくる前のヨーロッパ人の食卓

貧しさは想像もできない。

なぜなら、主食に近い根菜のじゃがいも、トマト、不可欠の

コーヒー、砂糖、カカオ、タバコ、みなそうだからだ。

 

 

=== これは現代から未来にかけての深刻なヒントに

    なりそうなことが書かれていますね。

    ヨーロッパにはまともな食糧がなかった、

    だから辺境に出て行って食糧を調達した。

    ってことは、今後温暖化などで世界各国が

    食糧の調達に困難を覚えるようになったら

    どんなことになってしまうのか・・・・

 

 

p227

 

カブラルは・・・

表向きは、日本人は天然自然に才能がないから外国の言語を

覚えるはずがないということだが・・・・

日本人は野蛮人ではないどころか、けっこうできる人間たちで、

「当然」主人であるはずのポルトガル人が、日本人に主人づら

をされるようなことがしばしばあって、・・・・・

 

当然、戦国時代のさむらいは外国人を見下していた。

こっちはこっちで彼らを野蛮人だと思っていた。

南蛮ということばがそれをはっきり示している。

 

これは文字どおり南方(天竺)からきた野蛮人という意味で

ある。 このことばはもとは中華思想から出たもので、自分が

世界で一番えらいと信じていた中国人がヴェトナムなど南方の

民を読んでいた蔑称である。

 

=== まあ、西欧人が日本人を野蛮人だと思っていて

    結構出来る奴らがいたんで生意気だと思うのは

    分かりますが、サムライが西欧人を見下して

    いたのはどんな理由からなんですかねえ・・・

    宣教師がみすぼらしい身なりだったからという

    のがあったのか、それとも白人にたいする

    現代の日本人のような劣等感がなく、

    単純に南方からきた野蛮人だと思ったのか・・

 

 

p232

 

(カブラルが・・・)

ラテン語を習わせなかったのは、彼らはいかなる学問も

学ぶ必要はなく、何人も司祭になるべきではないと考えたから

です。 

 

 

p233

 

主要な地域の障害は、アジア人を劣等視し、中国人や日本人の

ように高度の文化的国民に対してすら、黒人と称した

ポルトガル人の態度であった。

 

 

p236

 

南アメリカやアフリカで色の濃い人びとを「発見」したとき、

カトリック教会は彼らに布教することができるのかどうか

真剣に議論した。 キリスト教は人間の霊魂を救うことだから、

霊魂のない存在 - 動物 - は布教の対象にならない

黒人は動物か? それとも人間か?

 

したがって、カブラルが日本人を黒いと言うとき、

それは、日本人には知性がなく精神もないから、教育しても

しかたがない野蛮人だと言っているのであり、

ヴァリニャーノが白いと言うとき、それは日本人には知性も

あり精神もあり文明ももっていると言っているのである。

 

=== 日本人は白人なのか黒人なのか・・・・

    この本の著者は14ページあたりでこんなことを

    書いているんです。 著者自身が留学のために

    客船に乗っていたときの話。

 

    「船のなかでは、フランス語を流暢に操るフランス

     政府留学生がおおぜいいて、客席の世話をする

     コルシカ人の客室主任は彼らを尊敬し、名誉白人

     のように扱っていた。・・・・

     私がイタリア語を話すので、私も名誉白人の

     仲間に入れていた。 彼は、香港から臭い匂い

     のする質素な身なりの中国の少女が私と同室に

     なったことをひどく詫びた。・・・・

     私もひどくいやな気分で、一日部屋に帰らない

     ことが多かった。」

 

     「私は起きて彼女を見たが、私たちがとても

      よく似ていることにそのときはじめて気づいた。

      ・・・サイゴンで黄青霞は手を振って降りていった

      客室主任は「マドマゼル、追っ払いましたよ!」

      と言った。

      でも、私は傷ついた。

      青霞は私だったからだ

      黄色い東アジア人なのだ。

      その日から私は名誉白人の仲間には入らなかった。」

 

 

p239

 

日本の風習と形儀に関する注意と助言」である。

それがのちに「日本の礼儀作法」としてイタリア語で出版された。

 

この本は、巡察師が日本の風習に適応した布教を行おうとして

試みたさまざまな事業のなかでも、決定的なまた天才的なもの

だったと絶賛している。

 

 

p248

 

これは人間の理性と道徳の普遍性への信頼であって、これが

ないと双方とも相手の思想体系が理解できない。

多くの未開の国ではそれができなかった。言語と観念に互換性

(たがいに共有できる性質)がなかったら、いったいどうしたら

よいだろう。

 

日本には霊という言語と観念があった。死んだあとの生に

ついての観念おあり、後生の救いはみなの求めているものだった。

 

=== 確かに、翻訳する時に 2つの言語の間に

    共通する概念がなければ 意思疎通はできませんね。

    1~2年前の話ですが、南米の奥地の新たに発見

    された先住民族の生き残り2名の話があって、

    しばらくしてからその片方が亡くなり、

    一人だけ残された男のドキュメンタリーをやって

    いましたが、外部の人間とのコミュニケーション

らしいことはほとんど出来ていないようでした。

ちなみに私は、小さい子供に日本語を教えるのは

まったく苦手です。直接法で教えるので

大人と同じような概念がわかって、類推できる

ことが必要だからです。

 

 

p249

 

キリスト教の教えを日本語で書いて出版した「どちりなきりしたん

(キリスト教教義)」は、改宗した僧侶が参加して宗教用語を

考案したので、キリスト教の基本的な考えを示す多くのことばを、

仏教のことばのなかにみつけることができたのであった。

 

=== どちりなきりしたん はこちらで:

    https://kotobank.jp/word/どちりなきりしたん-855948

 

    こんなyoutubeもありました:

    「Ⅳ~男声合唱のための「どちりなきりしたん」

    https://www.youtube.com/watch?v=rGX1Igml4JQ

 

 

p251

 

これはただ翻訳の問題ではなくて、キリスト教の思想を

盛り込む日本語、つまり観念が日本にすでにあったという

ことである。

 

日本語にその概念がなく、ふさわしい日本語にできない

ことばは、ラテン語の日本語なまりで教義書にかかれた。

 

なかでも、西洋人の考える「愛」ということばは、

日本語になおすことがたいへんむずかしかった。

 

・・・・愛し、愛するという動詞はある

それは愛情のしるしを示す、または快楽を与えるもの

楽しむという感情的な楽しみをあらわすものだった。

 

・・・聖書でキリストが言ったような愛は、そういう

肉体的な感覚的な愛ではなかった。

 

・・・これは、男女のエロスではなく、相手のために

相手を思う心である「愛」のことなので、他人を

「たいせつに思う」と訳した。

 

キリスト教は仏教のもつ慈悲や、救いを求める心を

下敷きにして、それとはちがった愛や救いがあることを

教えた。

 

 

=== ふ~~ん、昔の日本語の愛するはエロスだったんですね。

    語源由来辞典で「愛」や「愛する」を検索したんですが、

    出て来ません。 「恋」は出てくるんですけどね。

 

    ちなみに、wikipediaではこのように説明されています:

    https://ja.wikipedia.org/wiki/

    「日本の古語においては、「かなし」という音に「愛」の

文字を当て、「愛(かな)し」とも書き、相手をいとおしい、

かわいい、と思う気持ち、守りたい思いを抱くさま、

を意味した。」

 

「仏教での愛と慈悲

 kaamaはふつう「性愛」「性的本能の衝動」「相擁して離れ

がたく思う男女の愛」「愛欲」の意味に用いられる。

これを「婬」と表現することが多い。」

 

この説明を読むと、この仏教で言う kaamaに近い

ようですね。

 

 

 

<その7に続きます>

 

 

 

 

 

============

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月26日 (水)

日本人の日本語能力???  RSTってなに?? AIとお付き合い?

ご無沙汰でした。
2か月ほど 日本に一時帰国しておりましたので、
すっかりブログの方はさぼってしまいました。
..   
一時帰国中は9日間「長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産
12カ所の内8カ所ぐらいをささっと見て廻りました。
その旅情報は後日ゆっくりアップすることにして、
今日は 下のような「衝撃的」情報がありましたので、
日本語教師の端くれとしては黙っていられなくなりまして・・・
.
.
「衝撃!
日本語が読めない日本人」は案外いる AIに仕事を
奪われる、中学生以下の大人たち 」

岩本 宣明 2018/12/26 09:00
https://www.msn.com/ja-jp/news/money/衝撃%ef%bc%81%ef%bd%a2日本語が読めない日本人%ef%bd%a3は案外いる-aiに仕事を奪われる%ef%bd%a4中学生以下の大人たち/ar-BBRqY1z?ocid=spartanntp#page=2
.
.
「仕事の半分以上がAIに取って代わられる時代が来ると予想されている。
そうした時代には、AIには代替えできない、読解力を要する仕事
できる人材が求められる。」
.
全国の中学生857人の正答率は、なんと57%。「2択問題」の正答率は
当てずっぽうでも50%になることを考えれば、驚異的な低さと言えます。」
.
「「イメージ同定」の正答率は中1で約3割、高1で5割弱。
「具体例同定」は例題のような理数問題だと中1で2割弱、高1では3割強と
いう低い正答率でした。」
.
「イメージ同定:文章と図形やグラフを比べて、内容が一致しているか
どうかを認識する能力
 具体例同定:定義を読んでそれと合致する具体例を認識する能力」
.
「「読解力の不足が、学力の不足の一因となっている」可能性を示唆して
います。つまり、生徒の学力を向上させるには、数学の問題を解いたり、
歴史上の出来事や年表を暗記したり、化学式や数学の公式を暗記したり
するだけではなく、教科書を読む力を高めることも重要である可能性を
示していると言えます。」
.
「一部上場企業の社員のRST正答率の一部が紹介され、RSTの能力値が
中学生の平均並みの社員がいた事例が紹介されました。」
「医師や大卒のベテラン看護師の指示をそれ以外のスタッフが正確に
理解できていない可能性があり、「適切に指示をしたはずなのに、
指示とは異なる処置が悪意なく行われるリスクがある」と新井さんは
指摘します。」
.
・・・・・
.
さて、以上のような由々しき情報なんであります。
日本人の日本語読解力がおかしくなっているんですね。
.
RSTテストってのが いつから実施されているのか・・・
まさか、江戸時代からやってるわけじゃないよね、
ってことで見てみましょうか。
.
まず、RST リーディング・スキル・テストって何?
ってことで、チェックしましょう。
.
https://www.s4e.jp/
「日本語のルールに従って教科書の文章を読むことができな
生徒がいるのではないか」という仮説のもと、
診断法や教授法の開発を目的に設計及び調査が進められている
基礎的な「読む」力を測るテストです。」
.
「リーディングスキルテストは、人が文章を「読む」際の11の
読解プロセスに着目しました。
11の読解プロセスとは、「文節に正しく区切る」「『誰が』
『何を』『どうした』のような構造を正しく認識する」
.
「常識や知識から推論して、未知の用語の意味を位置づける」など、
文章の読解に必要な力を11段階に区切ったもの。
本テストでは、この11のプロセスが正しく実践されているかを
測ることができます。」
.
・・・・ということですね。
.
.
このようなテストが出来た時期がいつなのか・・・ですけど、
こちらのサイトで見ると、関心をもたれたのが
1990年代のようですね:
.
「元々の兆候は、1990年代始めからありました。
「あれれ?最近の大学新入生の学力って低下しているんじゃない?
.
それから数年後、
1996年に「大学基礎教育アンケート調査」を行なったところ、
特に数学を理解するために必要な論理的思考力の低下や、抽象的な
概念を理解することの困難を指摘する意見が多く出ました。」
.
2011年に「(人工知能)東ロボくん」プロジェクト始動
人工知能東ロボくんは、東大合格を目指します。」
.
「東ロボくんの解答は、「世界史を理解しようともせず、ただ教科書を
丸暗記して部分点を狙ってくる受験生の答案に似ている」と、
採点をした人に言われていました。「ならば、本物の高校生たちは、
どのように答えているのかな?」
.
「2015年にRSTの予備調査が行なわれました。
すると、公立中学では、ほぼ半分の生徒が、教科書の内容を
読めておらず、約2割の生徒は、基礎的な読解力すら無いこと
が分かりました。」
.
「「読解力の無い生徒が想像以上に多い」「なぜ、読解力が無い
のかも分からない」「これだとAIに負ける」「それどころか
勉強もできやしない」「英語?プログラミング?それ以前に、
そもそも日本語を理解できていない
」「生徒達の読解力向上が
最優先課題だ」 「もっと情報収集をしよう」」
.
「RSTは、
コンピューターなどで言うところの「入力→内部処理→出力」を、
「 入力(読解力)→内部処理(思考力・創造力など)→出力
(文書作成能力)」としたとき、
人の入力する力を計るテストだと言えそうです。」
.
・・・・・ってことで、そもそもは AIの開発段階で
あれれっと言う人間様の問題が見えて来たという話のようです。
.
.
・・・・さて、そこで、
私が日本語教師の端くれとして 上記の情報を読んだ時に
発作的?に頭に浮かんできたことなんです・・・・
.
2002年ごろ、私がまだ日本語教師養成学校で講師を
やっていた時のことなんです。
私のクラスに、国語教師を定年退官した女性がいまして、
教授法のコースが終わった折に、こんな感想を聞かせて
くれました。
.
国語の授業というのは、日本語がすでに分かっている子供達に
文章をどう解釈するかという方法を教えることなんです。 
外国人に日本語を教えるというのはそれとは全く逆方向の
授業なんですね。」
.
・・・つまり、国語は読解の仕方を教えるけれど、
日本語は文章の組み立て方、作り方を教える、ということ
だというんです。
.
確かにそうだと思いました。
.
私も、十数年日本語を教えてきて、一番大切だと気付いたのは
生徒に日本語の構文能力をつけるということでした。
.
本人が言いたいことをどのように日本語で組み立てれば
良いのか、その方法を教えるってことです。
いわゆる国文法を教えるという意味ではありません。
.
.
そこで、上記のRSTの話に戻るんですけど、
国語の読解が出来ないってことは、日本語がどう組み立て
られているのかが分かっていない子供がいるってことですよね。
.
それで、ふと思ったことなんですが・・・
「イメージ同定:文章と図形やグラフを比べて、内容が一致して
いるかどうかを認識する能力」
と言うテストがあるそうなんですが、
こちらのサイトに例題が掲載されています。
https://www.s4e.jp/example
.
.
最近の国語教育がどのようにされているかは 古い人間なんで
知らないんですけど・・・
.
私が教える日本語クラスでは、文章を読ませて、生徒に絵を描かせる
テストをしたり、 文章の意味を分かりやすくするために
教室内に場面設定をして演劇のように会話をさせたり、黒板に
絵を描いて生徒に絵の説明させたり、日本の昔話を読ませて、
その要約文を書かせたり、生徒本人の地元の遊びの絵を描かせ
それを説明させたり・・・つまり、或る程度の構文能力が
ついた段階では、プレゼンテーションする力を持てるような
授業を心がけているんです。
.
Abong_primary_class_018
.
要するに、ゼロから始める学習者なんで、
日本語を英語に翻訳して解釈して理解するというアプローチではなく、
日本語のブロックを一から積み上げて文を構築するという
作業をして、本人が他の人たちに伝えたいことを本人に
作らせ、プレゼンさせるということをやっているんです。
・・・
.
.
先日 テレビのある番組で面白いのがありました。
某エッセイストが書いた文章について、学校の先生が
国語の試験問題を作り、書いた本人を含む3人がその答を
書くというものでした。
.
その結果は・・・
なんと、書いた本人であるエッセイストの試験結果が
一番悪かったんです
.
そのエッセイストはショックを受けたらしく、
「しばらく筆を折ります」なんてことを言っていました。
.
.
ことほど左様に、ものを書くというのは難しく、
一旦書かれたものは 他の人には意図された通りには
届かないこともあるということのようです。
.
しかし、それでも、人間社会は一応コミュニケーションが
出来ているつもりで動いているんですね。
.
そこにAIなるものが入って来た。
AIが理解できる入力をしなくちゃいけなくなった。
それを調べていたら、人間様の方にいろいろと問題点が
見つかってきた。
.
.
もしかしたら、日本人も、外国人がゼロから日本語を
学ぶように、勉強していかなくちゃいけない時代が
来るのかもしれません。
.
国文法を学ぶという意味ではなく、
日本語での文章の作り方を学ぶという意味ですけど。
.
速い話が、構文能力、作文能力でしょうか・・・・・・
.
上に引用した中に、
「診断法や教授法の開発を目的に設計及び調査が進められている」
とありますので、何等かの教授法が出てくることを期待
しましょう。
.
.
.
==========

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月11日 (金)

日本語で作文: フィリピンの昔話や伝統的な遊びやスポーツ

2017年4月に始まった入門日本語に続き、初級クラスをやってきたんです。
週に2回、一日2時間の授業なので、通算で180時間をやるのに2018年の
5月まで掛かってしまいましたが、やっと修了式を迎えます。
それで、修了式を前に、いっちょう作文でも書いてもらおうかってことで、
題材を フィリピンの昔話・民話とか、フィリピンの伝統的な子供の遊び、
スポーツなどについて書いてもらうことにしたんです。
・・・・
 
005
・・・・
そして、本人が日本語で書いた作文の内容を英語で簡単に解説してもらうことにしまして。
作文の内容を漫画にして書いてもらいました。
ここで、そのいくつかをご紹介します。
・・・
 
015
・・・
フィリピンの昔話・・・「太陽と月」
・・・
01scan_img_20180509_00010
・・・・
どうでしょうか?
読めますかね?
一部 分からないところがありますが、
「月が出た時に、星たちにさわることを禁止されました。」
と読んでください。
・・・
 
さて、二つ目の作文は フィリピンの子供達の伝統的な遊び 「シパ」に
ついての作文です:
・・・
017
・・・・
輪ゴムなどを束ねたものを 足で蹴って 地面に落とさないように
蹴り続けるという遊びだそうです。
・・・・
02_scan_img_20180509_00040
・・・・
さて、三つ目の作文です。
これは、「フィリピンのスポーツ」という題で、伝統的なスポーツについて書いてもらいました。
020
・・・・
フィリピンの国技が 以前と今では 変更になったことも紹介してあります。
・・・・
03a_scan_img_20180509_00110
・・・・
03b_scan_img_20180509_00120
・・・・・
03c_scan_img_20180509_00130
・・・・・
(鉛筆が薄いので読みにくいと思います。
 画像をクリックすれば拡大ができます。9
・・・・
上の三つ目の作文は、ご覧のとおり 添削する必要のない作文になっていて驚きました。
180時間しか学んでいない学習者なんですが、ここまで書けるとは凄いもんです。
・・・・
ちなみに、この学習者は、英語学校で教えている英語教師です。
語学の才能があるんでしょうねえ。
・・・
038
・・・・
本人が書いた作文の内容についてプレゼンをする学習者です・・・
・・・・
 
046
・・・
024
みんな頑張って作文に取り組んでくれたんですが、
中には解読するのが大変な作文もありました。
しかし、このような形で 自分の国の昔話や伝統的なことなどを
考える機会になり、そして、それを読ませてもらえる者にとっても
なかなか面白いものだと思います。
生徒の皆さん、お疲れ様でした。
解読が終わったら、もしかして、他の作文もアップしてご紹介するかも
しれません・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月30日 (月)

助詞「が」と「の」の危険な関係? 日本語教師は狂いそう・・・

 

 

 

私の故郷、長崎県の佐世保では 

「赤ちゃんねとるけん 静かにしとってね。」 

あるいは 「赤ちゃんねとらすけん、静かにしとってくんしゃいね。」

などと言うんです。

(故郷を離れて50年ですから、絶対かって言われると・・・)

038

 

助詞の「が」と「の」の関係を、学習者にどう教えるのがいいか、

その違いだけを解説するのではなく、使い方になんらかの規則性が

あるのか、どう使い分けたらいいのか・・を考えていた時に頭に

浮かんだ文章です。

昨夜は、これを考えていて、ベッドの中でなかなか眠れませんでした。

 

上記の例で言えば、標準的には

「赤ちゃん寝ているから、静かにしておいてね。」

と言う事になるのですが、助詞の「が」が方言では「の」になってしまっている

 

ちょっと並べてみましょう: (接続助詞~~からの文)

「赤ちゃん寝ているから、静かにしておいてね。」〇 標準語

「赤ちゃんが寝とるけん、静かにしとってね。」  △ 佐世保弁

「赤ちゃんの寝ているから、静かにしておいてね。」× 標準語

「赤ちゃん寝とるけん、静かにしとってね。」  〇 佐世保弁

 

・・・つまり、接続助詞の文の場合は、標準語では助詞「が」だけ

佐世保弁では 「が」をあまり使わないんです。

少なくとも「の」を使うのがより自然なんです。

 

では、次の場合は、どうか。(名詞句~~所の文)

「赤ちゃん寝ている所は、隣の部屋のベッドですよ。」〇 標準語

「赤ちゃんがねとっとは、となりん部屋のベッドばい。」△ 佐世保弁

「赤ちゃん寝ている所は、隣の部屋のベッドですよ。」〇 標準語

「赤ちゃんねとっとは,となりん部屋のベッドばい。」〇 佐世保弁

 

・・・つまり、名詞句の文の場合は、標準語では「が」と「の」

どちらでもOKなんですが、佐世保弁は、助詞「の」の方が優勢

 

さて、下の例は、どっちも使いそうですよね?

 

彼女持っているバッグは私の母持っていた物に似ていた。〇

彼女持っているバッグは私の母持っていた物に似ていた。〇

 

社長言っていることが分からんでもないけど、

          無茶通らないこともあるよね。〇

社長言っていることが分からんでもないけど、

          無茶通らないこともあるよね。〇

 

では、次はどうでしょうか?

 

彼女持っているから、あれは彼女のお母さんのバッグだね。〇

彼女の持っているから、あれは彼女のお母さんのバッグだね。×

 

社長言っているから、しょうがないね。〇

社長の言っているから、しょうがないね。×

 

何が言いたいかといいますと、

「彼女が持っているバッグ」のような名詞句の中では

助詞の「が」も「の」も使える

 

しかし、「彼女が持っているから」のような名詞句ではない文では

助詞の「の」は使えない・・・ってこと・・かな?

(上記の場合は、理由・原因を表す接続助詞「から」の句の中ですね。)

(標準語の場合の話です・・・)

 

そして、さらにさらに、ここでビックリなのは、

我が故郷 長崎県佐世保市あたりの方言では

 

「彼女持っとらすけん、ありゃあん人のお母さんのバッグやろね。」

「社長言いよらすけん、しかたんなかたいね。」

などと言えたりするんですねえ・・・不思議ですねえ・・・

名詞句じゃないのに、この場合も、あまり「が」は使わない。

(福岡や熊本あたりでも、「の」を使うことがあるらしい・・・)

 

====

 

では、ちょっと国語辞典で確認してみましょうか。

 

ふる~~い三省堂の国語辞典によれば:

― 文の中の節に使ったとき、主語をあらわす

 「友達の来る日」

 

小学館の日本語新辞典によれば:

― 文の一部になっている句の中の主語を示す

 「坂の多い町だ」「雨の降る日」「歌の上手な子」

 「父のおこるのももっともだ」

 「顔色の悪いのが気になる」

 

・・・これらの辞典に書かれている例文はいずれも

助詞「の」を「が」に置き換えても大丈夫ですね。

そして、例文はすべて名詞句になっていますね。

~~日、~~町、~~日、~~子、~~の(=こと)

 

結論としては、標準語においては、

上記の例文のように名詞句となっている場合は、

日、町、子、事という名詞を~~の文が修飾していて、

その主語を表す助詞としては「が」と「の」のどちらでも

使えるってことになりそうです。

 

一方で、

「社長言っているから、しょうがないね。」のように

名詞句ではなく「~~から」のような接続助詞などの場合は、

主語を表す「が」は「の」にはならない・・ってことのようです。

 

しか~~し、一部の方言においては

「社長言いよらすけん、しかたんなかね。」のように

「の」に置き換えられてしまうこともある・・ようです。

 

そして、こんな文章が見つかりました:

ある本の「古語と方言」という章の中に本居宣長の文章がありまして。

「すべて田舎には、いにしえ残れること多し。

肥後ノ国人きたるがいふことを聞けば・・・」

ここでも「の」が主格を表しているようです。

ってことは、もしかしたら 佐世保弁の「の」は この辺りにルーツが

あるのかもしれません。

今後のお楽しみが出来ました。

・・・ああ、やっと個人的には すっきりしました。

 

 

いろいろとFACEBOOKなどで情報をくださった皆さん、

有難うございました。

なにか、別の言い回しで「が」と「の」の使い方に面白い

発見がありましたら、ご連絡ください。

 

 

ところで、こちらのサイトに こんな論文がありました:

熊本方言における「が」と「の」の使い分けに関し て

https://tohoku.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common...

要 旨
本稿は、熊本方言に見られる主格「が」と「の」の使い分けに関して、語順との
関係から考察し、 「が」と「の」の分布を明らかにしたものである。従来、 「が」
と「の」の使い分けは、意味的違いに基づくものであるとされてきたが、熊本方
言における「が」と「の」の使い分けは、 「が」名詞句と「の」名詞句の構造上の
位置の相違を反映したものでもあることを示した。また、方言研究の重要性に関
しても論じている。

標準語では、 (I)に示されるように、主格を表す格標識として「が」が使われる。
それに対し、熊本方言や佐賀方言を含む肥筑方言では、 (2)に示されるように、標
準語の「が」に対して「が」または「の」のいずれかの使用が可能である。
しかしながら、常に標準語の「が」が肥筑方言において「の」に置き換えられ
るわけではない。 (3)のように、他動詞の主語は「の」に置き換えると非文法的な
文になる。

 

・・・ここでは、さらに深い研究がされています。

興味をお持ちの方はどうぞ。

 

 

こちらのサイトでは 我が長崎弁について述べています。

 

~長崎の方言における「の」の使い方~ 」

http://myfavoritenagasaki.blogspot.com/2015/01/blog-post_12.html

長崎弁では、先ほど紹介したものとは異なる用法があるのです。では、一体どう使われるかというと…
 
A:「あれ?テーブル上に置いとったケーキいっちょん見当たらん!」
 
B:「あ~、さっき兄ちゃん食べよったばい!」

後者の「の」主語に付く助詞(主格助詞)として使われるのです。これは、標準語における「が」に相当します。

 

・・・・これは、私が気になった内容とほぼ同じ話です。

 

 

 

=======

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月29日 (日)

可能形「れる」「られる」の教え方はどれがいいのか? 動詞の活用の教え方

 

 

一応日本語教師なんで、教えるたびに ふと「どう教えたらいいかな?」

ってなことを考えるんです。

 

動詞の活用ってのがありますよね。これがなかなか骨でして。

日本語教育の教授法に関する本も何冊か読んだんですけど、

網羅的にすっきりとまとめたものはなかなか見つからない。

 

日本人だったら、いわゆる国文法なるものを覚えさせられるまでもなく

この動詞はこう使うってのが、あまり意識しなくても使えるわけです。

 

ところが、一から覚えなくちゃいけない日本語初級者にとってみれば

どの動詞をどう活用するかってのは なかなか難しい。

 

国文法の活用ってのは、日本語ができる日本人が「へえ~~、そうなのか」

ぐらいに勉強するものなんですが、それを元に作文をするわけでもない。

もうしゃべっているわけだから・・・

 

でも、外国人は動詞を使って作文をしたり、しゃべる場合には

どう使うかをある程度のルールを覚えて使うしかないわけですね。

 

その為に、国文法とは別に 日本語の文法なるものがあるんですねえ。

私はいろいろと教授法を学ぶ中で、文法とは呼ばずに 使う上での

規則性ということで学んだんですけど・・

 

それで、動詞の分類ってのがあるわけです。

教え方は、日本語学校や教授法によって異なるんですねえ。

やっかいと言えば厄介です。

 

それで、以前から気になっていたんで、ここらでちょっと

動詞の活用の教え方にはどんなのがあるのかを整理してみようと思います。

インターネットは便利ですねえ。

いろんな教え方を引用しながら整理してみます。

 

ここでは、いわゆる「ら」抜き言葉をどう教えるかというのがきっかけ

なんで、その点を気にしながら考えていきます。 動詞の可能形です。

つまり、どの動詞が「られる」で、どの動詞が「れる」かってこと。

 

そして、私にとって、教えやすいか、教えにくいかを考えてみます。

 

 

(1) ローマ字で教える

 

まず、「書く」「書ける」と「食べる」「食べられる」の可能形の例

http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/ja/gmod/contents/explanation/074.html

 

グループ1の動詞は辞書形からuをとって-eruをつけます。

例:かく(kaku) kak- + -eru → kakeru かける

 

グループ2の動詞は辞書形からruをとって-rareruをつけます。

例:たべる(taberu) tabe- + -rareru → taberareru たべられる

 

 

http://www.nkc.u-tokyo.ac.jp/study_info/study_info01_02_j.html

辞書形の最後の3つのアルファベットが-eru-iruならばタイプII

そうでなければタイプIというルールです。

 

たとえば「okiru(起きる)」〈get upwake up〉や「neru(寝る)」

go to bed, sleep〉はタイプII、「hanasu(話す)」〈speak〉や

kiku(聞く)」〈listenhear〉はタイプIです。

 

こうして識別した上で、それぞれのタイプのルールに応じて変化させれば

いいわけです。

(「辞書形の最後の3つのアルファベットが-iru-eruなのに、

タイプIであるもの」が存在する、ということなのですが、日本語全体では

結構あるものの、初級の動詞の中ではごくわずかで「帰るreturn・入るenter

走るrun・切るcut・知るknow」の5語、もう少し多めに見ても10語程度です。)

 

=== この教え方は、動詞を3つのグループに分けているので

    易しそうではあるんですが、ローマ字を使って教えるという

    のが私の主義に反するんで、乗り気になれません。

    実は、私は日本語入門コースのオリエンテーションで

    まず二つのことを宣言するんです。

1.  日本語の文法は上級になってから、日本の大学で勉強せよ。

2.  ローマ字は日本語ではない。

・・・なんてことを言っちゃうもんだから、ローマ字は使いません。

 

    ローマ字は国によって発音が違うので、ひらがなやカタカナの音

    をローマ字で表示するのはちと面倒なことがあるからです。

    ただし、ワープロを使うほどのレベルの日本語学習者であれば、

    ローマ字変換を覚えなくてはいけないので、その点では

    あながち全否定ということではないんですけどねえ・・・

 

    それに、3つのグループで教えると、少ないとはいえ、例外が結構

あるし、グループ1の中も結局さらに分類しなくちゃいけないし。 

 

(2)「つ・る・う」「ぬ・ぶ・む」「く・ぐ」「す」「□る」「る」のひらがな

表記の辞書形のグループ分けで教える

 

「つ・・う」: 使う-使おう-使える (-おう は -える)G1 使って

   滑る-滑ろう-滑れる (-ろう は -れる)G1 滑って

   練る-練ろう-練れる (-ろう は -れる)G1 練って

   切る-切ろう-切れる (-ろう は -れる)G1 切って

 

「ぬ・ぶ・む」: 飲む-飲もう-飲める (-もう は -める)G1 飲んで

 

「く・ぐ」: 書く-書こう-書ける (-こう は -ける)G1 書いて

 

「す」:   話す-話そう-話せる (―そう は -せる)G1 話して

 

□る」:食べる-食べよう-食べられる(-よう は -られる)G2 食べ

 

」:   寝る-寝よう-寝られる(-よう は -られる)G2 寝

       着る-着よう-着られる(-よう は -られる)G2 着

 

「する」  する - しよう - される   サ変  して   G3

「来る」  くる - こよう - こられる  カ変  来て   G3

「行く」  いく - いこう - いける   五段  行って

 

http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/ja/gmod/contents/card/043.html

東京外大でも この分類を採用しているが、「行く」については述べていない。

(「〇く」の「て形」を「〇いて」としているが、「行く」は「行って」となる。)

 

上の例示した語彙をみればわかるように、「て形」が「」になるもの

可能形が「られる」になるってことですね。

あるいは、意志形が「よう」になるものは可能形が「られる」となる

とするのが一発でいけそうです。

(「する」「来る」「行く」と「ある」「いる」は例外ですけど・・)

 

=== 私が使っているのは この分類方法なんです。

    一応東京外大もこれを使っているようですけど、何故か

    上記のように「行く」については例外扱いをしていません。

    日本語初心者が覚えるには、辞書形の最後の文字で分類が

    出来るので、使いやすいと思います。

 

    ただし、辞書形の最後の文字が「る」となる動詞が3つの

    グループにまたがるので、そこの判別がネックですね。

    「切る」と「着る」みたいに同音異義語が異なるグループなんで、

    漢字を覚えないとどうにもなりませんからねえ。

    なんで日本語はこんな面倒なことになっちまったんでしょうかねえ。

 

 

(3) 下一段・五段活用などの動詞の分類で教える (国文法方式)

 

未然形―連用形―終止形―連体形―仮定形―命令形

(つまり、日本語文法での「て形」や「意志形」がない

 

●五段活用(文語では四段活用)

・活用の法則性:

活用語尾が「a・i・u・u・e・e」と、「aiue」音で変化

 

書かない-書きます-書く-書く時-書けば-書け-(書こう)書いて

行かない-行きます-行く-行く時-行けば-行け-(行こう)行って

(「行く」は国文法では五段活用に入っているが、「て」形では違ってくる。)

 

●上一段活用

・「きる(着る)」、「みる(見る)」、「にる(似る・煮る)」、
    「いる(射る)」

着ない-着ます-着る-着る時-着れば-着れ―(着よう)

 

●下一段活用

・「見える」「得る(える)」「捨てる」「寝る」「食べる」「入れる」

えない-えます-える-える時-えれば-えろ-(えよう)

寝る-寝ます-寝る-寝る時-寝れば-寝ろ-(寝よう)

 

●カ行変格活用

・「来る」だけ

こない-きます-くる-くる時-くれば-こい-(こよう)

 

●サ行変格活用

・「する」だけ

しない-します-する-する時-すれば-しろ-(しよう)

 

●ナ行変格活用

古い文語の「死ぬ」「往(去)ぬ」の2語だけ

 

●ラ行変格活用

古い文語の「あり」「をり」「はべり」「いますがり」の4語だけ

 

●上二段活用

・活用の法則性:活用語尾が「i・i・u・uる・uれ・iよ」と、

「i・u」音で変化

(「起く」「恋ふ」など古い文語

 

●下二段活用

・活用の法則性:活用語尾が「e・e・u・uる・uれ・eよ」と、

「u・e」音で変化

(「消ゆ」「与ふ」など古い文語、口語は「得る」ぐらいしかない。)

えない-えます-うる-うる時-うれば-えよ-(えよう)

 

=== この国文法の活用分類は、古い文語を基本にして分類されて

    いるような感じなので、日本語学習者にとっては理解

    しにくいし、作文などで動詞を使って書いていくには

    使いにくいですね。

 

    上にも書いたように、日本語文法でいう「て形」や「意志形」

    が分類するときの形に入っていないのが困ります。

    元々国文法と日本語の文法は発想が異なりますからねえ。

    結論的には、外国人に日本語を教える時には役に立たない

    って話です。

 

(4) 3つのグループで教える

 

日本語学校では動詞を3つのグループに分けています。

日本人が習った文法用語/学習者に教える文法用語

五段活用動詞/動詞Ⅰグループ

上一段活用動詞/動詞Ⅱグループ 

下一段活用動詞/動詞Ⅱグループ

カ行変格活用動詞 「来る」/動詞グループ

サ行変格活用動詞 「する」/動詞グループ

「行く」については どうするの??

 

☆辞書形が「る」で終わっていなければ1グループ

☆「る」で終わっている動詞は、「て形」にしたとき小さい「っ」が出てくれば1グループです。------

 

=== これは グループ分けとしては(1)と同じです。

    国文法での分類をベースに 日本語文法でのグループ分けを

    しています。

    日本語学習者が使う国語辞典であっても、動詞の分類は

    国文法での分類表示、例えば(動他五)みたいな書き方なので、

    辞書の使い方に慣れていればいいかもしれないですね。

 

    「☆「る」で終わっている動詞は、「て形」にしたとき小さい「っ」

が出てくれば1グループです。」と書いてあるんですが、

学習者にとってみれば、どの動詞が「て形」にするときに

「って」となるのかが分からないんだから、そこが

困るんですよねえ・・・・

 

つまり、「切る」が辞書で(動他五)って書いてあれば、て形が

「切って」になることが読み取れるということ。 分かる順序が

逆だもの。

日本人の視点からじゃなくて、日本語初心者の外国人の

視点で 作文で動詞を使う時のことを考えて欲しいなあ。

 

=== ってことでですね、結局 わたくし的には

    慣れ親しんだ 上記(2)のやり方をもっと洗練していく

    しかないのかなあ~~ということになります。

    ただし、他のやり方も 上級段階でどう教えるかということを

考えれば、学習者のそれまでの勉強の仕方を踏まえて

工夫するのが良さそうです。

 

以上、あちこちからのコピペで 私なりにまとめてみました。

間違いがありましたら、ご教授ください。

 

 

 

 

==========

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年12月14日 (木)

ややこしい日本語 16 どう教えるか - 中と内の違いは? なかなか微妙

 
日本語を教えるってのは なかなか面倒なことでして、
いろんな辞書で調べてみたところで 堂々巡りになるのが落ちなんです。
 
初級の日本語の授業の中で、どうやったら「中」と「内」の違いを
感覚的に理解してもらえるかってことが難しいんですねえ。
日本人が日本語で説明しようとしても難しいのに、
それを分かりやすく教えようってんだからねえ・・・
まあ、いろんなやり方があるんでしょうけど、
試しに下のような図を描いてみたんです。
 
 
P1
P2
どうですかねえ・・・・
 
あなただったら、どう教えますか?
 
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月 7日 (月)

だれが誰を好きなのか・・・やっかいな日本語・やっぱり文脈?

「Aは 花子が好きな太郎が 好きになった。」

たまたまテレビを見ていたら
「Aが好きなB」という話が出てきて 気になったんです。
日本語教師の病気です。

(1)「花子が好きな太郎」には二つの解釈ができる:

ー 花子は太郎が好き : 花子 =>太郎
ー 花子を太郎が好き : 太郎 =>花子

(2) Aは 誰を好きになったのか?
 
ー Aは太郎を好きになった       : A=>太郎
ー Aは太郎から好かれるようになった  : 太郎=>A

(3)Aは 男なのか女なのか・・・

・・・上から判断すると普通ならAはおそらく女だろう。
しかし 最近は同性同士の場合もある。

・・・ 上記の 太郎=>花子 プラス 太郎=>A の
コンビネーションは やばい関係ってことになりますかね?

やっぱり 日本語ってやつは 文脈がないと正確な理解は
出来ない言語らしい。

じゃんじゃん・・・・

  

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月12日 (金)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 103 フィリピン文学の開花とリサールの風刺演劇

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

フィリピンの大学などで教科書として使われているフィリピンの歴史

の本を読んでいます。 要点のみを引用して翻訳しています。

 

「第17章 ポロパガンダ運動とカティプナン」

 

Img_3312

p223

 

La solidaridad、プロパガンダ運動の組織」

 

プロパガンダの目的を宣伝するマス・メディアの重要性を認識し、

グラシアノ・ロペス・ジャエナは 隔週発刊の新聞 

La Solidaridadを、バルセロナで、1889年2月15日

設立した。

この日の創刊号で、ジャエナは大胆にも、彼の社説で

La Solidaridadの目的を以下のように宣言した:

(1)フィリピンの惨めな状況を鮮やかに描く、

(2)政治的及び社会的改革を平和的に行なう、

(3)中世的及び反動的な悪の力と闘う、

(4)自由主義の考えと発展を主唱する、

(5)民主主義と幸福の為のフィリピン人の合法的な願望を

擁護する。

 

p224

La Solidaridadは2月15日から1889年10月31日まで

バルセロナで印刷され、その後、マドリードに移って、

1889年11月15日から1895年11月15日に最後の

発行をするまで印刷された。1889年12月15日に、

M.H.デル・ピラールがジャエナに代わり、編集者となった。

そして、7年間存続して、1895年11月15日に

La Solidaridadが活動停止するまで続いた。

 

La Solidaridadへの貢献者は主にフィリピン人で、

以下の人々であった。

M.H.デル・ピラール、ホセ・リサール博士、マリアノ・ポンセ

・・・(以下多くの人の名前を列挙)

 

La Solidaridadの最終号(1895年11月15日)で、

M.H.デル・ピラールは彼の別れを告げる社説で、

「我々は確信しています。 何の犠牲も無いということでは、

 奴隷制度で抑圧された国に権利と自由を勝ち取ることは

 ほとんど出来ないということを。」と書き記しました。

 

=== おそらく、ここでは、敗北宣言ということに

    なるのでしょうか。

    それが、その後の改革から革命、平和的運動から

武力闘争に変化するってことですかね?

 

ところで、これは半分冗談ですけど、

ある事業に貢献した人たちの名前をたくさん

列挙するというのは、こういう教科書にも

その伝統が表れているんでしょうかねえ。

いろんなイベントやらに参加すると、

そのイベントに協力した偉い人たちがいちいち

紹介されるというのが、フィリピン・スタイル

なんですよねえ。

それも、一回ならいいんだけど、スピーチを

する人たちが同じことを言うんだよねえ。

日本のスピーチは簡略で、長々とやると

嫌われますけどね。

 

 

p224

「プロパガンダ運動の文学」

 

政治的精神ではあったが、プロパガンダ運動は、フィリピン文学

の開花に貢献した一定の賞賛すべき文学作品を産み出した。

それは最初のフィリピン小説 Ninayを産み出し、それは

法学博士であり文筆家のペドロ・A・パテルノ博士によって、

1885年にマドリードで出版された。

・・・・

 

=== この小説については、以下のサイトで詳細を

    ご覧ください:

Nínay

https://en.wikipedia.org/wiki/N%C3%ADnay

 

Nínay is the first novel authored by a native Filipino. Originally written

in the Spanish language by Pedro Alejandro Paterno when he was

twenty-three years old and while living in Spain in 1885, the novel was

 later translated into English in 1907 and into Tagalog in 1908.

 

・・・ここにあるように、フィリピン小説とはいいながら、

最初は1885年にスペイン語、1907年に英語、

そして、1908年にタガログ語に翻訳されているんですね。

 

・・・で、どんな小説なのかっていうと:

 

The novel explores the life and love story of the female protagonist

named Ninay, a heartbroken young woman who died of cholera.

Her heartbreak was due to her separation from her lover Carlos

Mabagsic. Ninay's misfortune became harder to bear because of the

 loss of her parents.

 

小説のタイトルは主人公の女性の名前なんですね。

そのニナイの、人生と愛の物語だそうです。

失恋をして、両親を亡くして、コレラで死んじゃうんですね。

悲しいですね。

 

 

p224

グレゴリオ・サンシアンゴは、エコノミストで法学博士でも

あったのですが、El Progreso de Filipinas(マドリード、1881年)

という本と、フィリピンの植民地経済と政治の学術論文を著した。

M.H.デル・ピラールは、法律家でジャーナリストですが、

政治的なパンフレット著者として優れていました。

・・・・・

 

 

p225

リサール博士は、もちろんプロパガンダ運動の最高の著作者でした。

彼の有名な小説(Noli Me Tangere と El Filibusterismo)に加えて、

文学的価値のある多くのエッセーや詩を著しました。

彼はまた恐るべき論客で、中傷者への皮肉な返事で明らかでした。

その中傷というのは、とりわけ La Vision del Frey Rodrigues

(1889年)で、その中で、ホセ・ロドリゲス修道士という

ノリメタンヘレを攻撃した最初の修道士の愚かさと無能さを暴露し;

そして Por Telefono(1891年)で、ノリメタンヘレを

禁止しようと検閲委員会の報告書を書いた サルバドール修道士を

風刺したのでした。

 

 

=== この著書については、こちらにサイトがあります:

下のサイトでは Frayとありますが、教科書には Freyとなって

いますね。

下のサイトの英文には The Vision of Friar Rodriguez となって

いますので、 FreyFray=Friar=修道士と考えられます。

 

La Vision de Fray Rodriguez

http://en.wikipilipinas.org/index.php/La_Vision_de_Fray_Rodriguez

La Vision del Fray Rodriguez (The Vision of Friar Rodriguez) is a satire
written by Philippine national hero, Jose Rizal, pictures a conversation
between Saint Augustine and the Augustinian priest Friar Jose Rodriguez.

To counter the effects of “Noli Me Tangere,” especially those from
Fr. Jose Rodriguez, Jose Rizal wrote “La Vision del Fray Rodriguez”
(The Vision of Fr. Rodriguez) through a small pamphlet. He used his
pen name Dimas Alang (Cannot be Touched) and made it as a satire
with a simple plot.

Por Telefono

http://en.wikipilipinas.org/index.php/Por_Telefono

Por Telepono or By Phone is a play written by Philippine national hero,
 Jose Rizal. It discusses social issues and plans for the Philippines
by two Friars.
It was published in 1889 as a reply to a friar named Fr. Salvador Font
in connection to his discrimination about Noli Me Tangere and for
initiating the banning of Noli in the fall of 1889. The first pamphlet was
printed in Barcelona under the authorship of Dimas Alang.
Por Telefono is a satirical comedy about Father Font, who was
at Madrid speaking with a provincial priest in San Agustin Monastery
using a telephone line that is spear-headed by The Trans-Oceanic
Telephone Co.

=== これは、ホセ・リサールが Dimas Alangという名前で書いた
風刺コメディーの演劇のようですね。

 

・・・・ 次回 シリーズ 104号には フリーメースンが登場です。・・・

 

 

 

 

 

======================

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 3日 (水)

「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その8- 金色の仏像には革命的仏教思想があった

漢文書き下し文の 註釈をピックアップして
勝手なことを考えています。

Img_2579

ちょっと漢文書き下しのところに戻って、

p155

3. たとい、われ仏となるをえんとき、国中の人・天
ことごとく真金色ならずんば、正覚を取らじ。

=== これの註釈がなかなか興味深いんです。

p303
155  3 --悉皆金色の願

梵本によれば、「すべて、一色、すなわち金色で
ないようであったら」とあり、色は皮膚の色をさすと
同時に、インドのカースト制度からいえば、同一の
種姓を意味する。
「漢訳」以外の諸本はすべて金色、真金色と訳出して
いるが、これはおそらく右の諸本の成立時代における
インドの経済・文化の影響に基づくものと思われる。

紀元後のインドが中近東やギリシャの諸国との貿易により
多量の金を保有したことと、バラモン教の興隆に伴って
カースト制度が次第に固められ、外来人の渡来とその
文化の接触が白色・黄色・黒色などの雑多な皮膚
人種差別を惹起したことなどから、カースト制度を打破し
一味平等の平和社会を建設しようとする仏教の理念が、
この願文の中に同一の金色の皮膚をした人々の社会建設
として、宗教的に打ち出されている・・・・

「呉訳」は、人・天とせずに「わが国中のもろもろの菩薩・
阿羅漢」とし、かつ、第六天の人のごとしとする。

=== な~~るほど。 前出の時に、極楽浄土に
    往くのはいいけど、自分の身体がキンキラキン
    になっちゃうのは嫌だなあ~~とか、
    仏像がキンキラキンも嫌だなと書いたんですが、
    こんな社会的背景が当時のインドにあったん
    ですねえ。

    海外のキンキラキンの仏像もそういうことだったんですね。
    そういうことなら、キンキラキンでも納得です。 
    でも、自分の顔が金色になったら、どんな感じになるかなあ。   

    それに比べて、今の仏教界の情けないこと・・・

    まあ、仏教界に限らず、政治も世界的に
    理念を無くしちゃって混乱状態だけどねえ。

    人間の幸せという原点に戻って、政治理念を
    追究してほしいもんです。

p312

19ーー臨終現前の願
・・・この願は、諸本を通じて阿弥陀仏の見仏と臨終来迎
を誓っている願にほかならない。 阿弥陀仏信仰がインドに
おいて発生し伝播した過程において、見仏ないし来迎
期待する宗教的情念が主流をなしていた点を見落としては
ならないであろう。

親鸞が不来迎の説をたて、臨終来迎は待つべきではないとの、
平生業成の立場をとったのは、親鸞独自の発揮による。

=== おお、これもびっくりです。
    阿弥陀仏来迎図のお迎えなんですが、浄土真宗の
    場合は、不来迎・平生業成と言って、出迎え無用
    と言っているそうです。
   
    「平生業成」については、こちらのサイトで:
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%94%9F%E6%A5%AD%E6%88%90
    、「平生に業事成弁(生きている平生に、往生の業事が、
      完成(成弁)する)」
    http://labo.wikidharma.org/index.php/%E5%AE%89%E5%BF%83%E8%AB%96%E9%A1%8C/%E5%B9%B3%E7%94%9F%E6%A5%AD%E7%94%9F
    「「平生」とは臨終に対する語で、つねに日ごろという意味。
     「業成」とは業事成弁とか業因成就という意味で、
      往生の業因が行者の上に成就することであります。
     臨終になり、仏の来迎を得ることによって往生が決まる
     (臨終業成)というのに対して、平生業成とは、つね日ごろ
      仏法を聞信したときに往生は決定するというのであります。」

    2012年に浄土真宗はかなりユニークだってことは
    読んだんですが、これは知りませんでした。
    http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/05/post-9417.html
    
    詳しいことはお調べください。

=== さてさて、註釈に 法然さんと親鸞さんの違いの部分を
    書いてありました。

p324

四十八願建立について、浄土宗と真宗とは見解を異にする。
浄土宗では「大経」の説の通り、一国王が発心・出家し、
世自在王仏の教えをうけ、五劫の思惟をへて本願を立て、
その願が成就して阿弥陀仏となった。 その本願の成就
すなわち成仏は今から十劫の昔であって、久遠の弥陀を
説かない。

真宗では、久遠実成の阿弥陀仏と十劫正覚の阿弥陀仏を
考え、久遠の弥陀が方便を現じて法蔵菩薩となり、十劫の
昔に本願を成就して仏となった(十劫正覚)。
釈尊は久遠の弥陀の応化身であるから、釈迦・弥陀二尊は
一致するという。 その意味で、池本氏は弥陀の本体は
釈尊が菩提樹下においてさとった法であると論じている・・

=== なかなか難しい註釈です。
    私の理解が当たっているかどうかは分かりませんが、
    こんな風に解釈しました:

ー 法然さんは、この無量寿経に書いてあるとおりに
  理解して、法蔵菩薩が世自在王仏に教えをうけ
  願を立てて成就し阿弥陀仏となった。
  それ以外に阿弥陀仏はいない。 お釈迦様とは別人
  である。
  言い方を変えれば、多仏思想

ー 親鸞さんは、永遠の存在である阿弥陀仏を考え、
  方便として法蔵菩薩となり、その後 その同じ
  阿弥陀仏がお釈迦様に化身して現れた。
  つまり、法蔵菩薩もお釈迦様も阿弥陀仏が
  姿を変えて現れた同一人物ってことのようです。
  言い方を変えれば、阿弥陀仏の一神教
  
・・・これは、前回その7で書いたことと同じです。

私の今までの理解は、法然さんの浄土宗までは多仏思想で、
親鸞さんから阿弥陀さんだけの一神教になったということ
ですかね?

p358

202 弥勒菩薩 -- これまでは阿難(アーナンダ)を
相手に説法してきたのが、以下は釈尊についでこの地上に
仏となる弥勒・・・を専ら対告衆の代表として出す。

=== 途中でアーナンダさんから弥勒菩薩に代わった
    理由は書いてありませんが・・・

p359

202 善をなしーー浄土宗は善を称名念仏ととり、
真宗は廻向された念仏の功徳を得ると解す。

202 道の自然なるを念じ --浄土宗は因としての
念仏往生の道が熟するとき、仏果をうること自然である
という道理を信ずると解す。
真宗は阿弥陀仏の本願の大道が願力自然(他力)であって、
凡夫のはからいを離れているということを信ずるとみる。
親鸞は他力を自然法爾とも呼んだ。

p364

212 五悪ーー 五悪を解釈するのに二通りあり、
浄土宗は不殺生・不偸盗・不邪婬・不妄語・不飲酒の
五戒に背くことを五悪とする。
真宗は五善を仁・義・礼・智・信の五常ととり、
五悪はその五常に背くことと解する。
しかし、中国仏教以来、不殺生などの五をそれぞれ、
仁・義・礼・信・智に配当して、五常と五戒は異名同義
だと考える説も行なわれた。

・・・・浄土宗は「不飲酒」がしっかり書いてあるな・・・笑

・・・・ 上記の「廻向された念仏の功徳」の関連は、こちらで:
回向(廻向、えこう、: Pariṇāmanā, パリナーマナー)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9E%E5%90%91
自分の修めた善行の結果が他に向って回(めぐ)らされて所期の期待を満足することをいう。善行の報いは本来自分に還るはずだが、大乗仏教においては一切皆空であるから、報いを他に転回することが可能となる。善行の結果を人々のためになるよう期待し、それを果すのを「衆生回向」といい、善行の結果を仏果の完成に期待するならば、それを果すことは仏道への回向である。」

 

=== 同じ経典を元にした、法然さんの浄土宗と
親鸞さんの浄土真宗ですが、註釈のページを読むと
上記以外にも多くの解釈の違いを書いてあります。

かなり難しいので、私にはきちんと理解できません。

ちなみに、2012年にこんな本を読んでいましたので、ご参考まで:

「山折哲雄著「法然と親鸞」を読む(15) 決定的な法然と親鸞の違い」http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/09/post-0295.html

 

以上、中途半端な感じですが、これで一応
「無量寿経」が全体としてどんなものかは分かった
つもり・・・としましょう

お付き合い有難うございました。

 

=====================

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧