カテゴリー「心と体」の記事

2018年2月26日 (月)

イスラム教ってどんなん?  日本人に一番ぴったりする?

随分昔の話なんですけど、
「仏教の本」「キリスト教の本」「イスラム教の本」「神道の本」・・
なんていう宗教の入門書みたいなのをひととおり読んだんです。
そこで思ったことは、日本人の性格だったら イスラム教が一番
合ってんじゃないかね・・・という印象でした。
002a
 
もうほとんど忘れているんですけどね、
なぜそう思ったかっていうと、 ひとつは共同体を大切にすることと、
一億総中流と言われた時代の平等という感覚、それに、
ゴミの分別なんかをしっかりやれる規則を守るという性格が
他の宗教よりも 日本人に合ってんじゃないかって・・・
・・・それで、「まんがで読破」シリーズで宗教関係を数冊積んで
置いたのが目について、簡単な復習をしてみようかなと思ったんです。
005
 
ここで「クルアーン」と書いてあるのは「コーラン」のことだそうです。
元々が同じルーツのキリスト教では、「イエスは神の子」だそうですが、
イスラム教では「イエスは人間であって、救世主とか預言者」という
位置づけらしい。
日本人としては、仏教が多いことから言えば、お釈迦様は
あくまでも人間であって、ブッダ=神様という感覚じゃないですもんね。
006
 
・・・これはびっくり。しらなんだ。
イスラム教では、十字架で殺されたのは イエスじゃなく
その弟子が身代わりになったんだそうな。
010
・・・で、そのイエスはどうなったかっていうと、
イスラム教では、 120歳まで生きたんだと。
そして、 そのイエスが イスラム教のムハンマドが現れることを
預言したんだそうな。
・・・しりませんでした。
 019
 
終末はキリスト教もイスラム教もあるみたいですね。
世界が終わって人間は全部死ぬらしい。
で、イスラム教の場合は、一旦滅んだ人間がみんな生き返って
その後に最後の審判があって、天国に行くか、地獄に行くかが
決められるそうです。
まあ、日本の仏教も浄土と地獄があるんで、このあたりは
似ています。
・・・
・・・・
ちなみに、日本人の宗教は、こちらにあるように:
神道 99%、 仏教 80%、 キリスト教 1%・・・
なんだそうですよ。
・・・・・・
・・・・・
022
・・・
・・・
そして、もうちょっと詳しくみようとしたんですが、人数は分かりませんが、
こちらのサイトには こういう記事があります:
・・・
・・・
 
「信者が最も多い宗教・宗派の地図を見ると、信仰ありの比率の高い西日本・北陸地域では、「浄土宗・浄土真宗系」が多く、信仰ありの比率の低い関東・東北地方では「天台宗・真言宗系」あるいは「禅宗系」が多くなっている。特に禅宗系は他がすくない分、東北で目立つ。また西日本の中でも四国や岡山では天台宗・真言宗系が多い(西日本の中で多い北関東より比率的には大きい)。なお、日蓮とその弟子が多くの寺を開いた山梨では、唯一、「日蓮宗系」が最多となっている。」
・・
・・
 
「なお、上のグラフでは、この他、全国的に信者が分布している創価学会が大阪と広島で特に比率が高い点、またキリスト教信者が知識人の多い東京、隠れキリシタンの伝統をもつ長崎、そして米軍の影響が強い沖縄で多い点などが目を引く。」
・・・と書いてあります。
・・・
・・・
 
つまり、来世の浄土とか地獄とか、死んだ後のことが主流のようです。
まあ、日本仏教は葬式仏教と言われるくらいだから、そういう話に
なるんでしょうね。
ただし、空海さんの真言宗は、現世で成仏すると言われています
から、必ずしも来世というんじゃなさそうですね。
・・・
・・・
 
いろいろ読んだ中では、日本の浄土真宗は阿弥陀様の一神教で
キリスト教に近いともいわれています。
個人的には、日本の仏教は、法然さんの浄土宗までは戒律や修行で、
親鸞さんの浄土真宗から信仰になったような気がします。
・・
・・
 
日本の仏教のイメージとしては、禅宗が強いんですが、
これは 世界的にも修行や座禅というイメージでしょうか。
フィリピンのバギオでも、キリスト教徒が座禅なんかを
瞑想という位置づけでやっています。
024a
・・
イスラム教にも 五行というのがあるそうです。
「信仰告白」をして教徒になるそうですが、割りとシンプルらしい。
・・・
026a
・・・
この「喜捨」というのが 共同体を維持する財源になるんでしょうか。
寄付金という感じじゃなくて、義務なんですね。
でも、税金ということでもないらしい。
026b
 
 
こういうシステムなら、おそらく 貧富の格差がどんどん拡大していく
世界の動きからすれば、イスラム教が世界中に拡大している
動機付けになるような気がします。
029a
・・・
さて、言葉の問題です。
イスラム教は 地元のアラビア語じゃないとダメみたいですよ。
・・・
私がキリスト教が日本でいまいち広がらないのは、
あのめっちゃバタ臭い日本語訳の聖書が原因なんじゃないかって
思うぐらい、言語は重要な要因だと思います。
・・・
ちなみに、戦国時代にやってきたヨーロッパの宣教師が
日本人に「キリスト教はこんな教えだよ」って説明したら、
そんなんだったらもう日本にあるよと日本人が答えたそうな。
その宗教は浄土真宗だったというお話。
 
・・・
・・・
しかし、不思議なのは、仏教だって 紀元前のお釈迦さんの
インドの言語で お経を読んでいるわけですよねえ。
それをなんだか有難いものとして訳も分からず聞いている。
・・・
 
032
・・
このムハンマドが新しい宗教を興したわけじゃないというのは、
仏教のお釈迦さんと同じですね。
社会変革をしようとしていたそうです。
・・・
どうも、世界宗教と呼ばれるようなものは、元々はその教祖と
されている人が意図的につくったものではないことが多いようです。
その後継者みたいな人たちが集まって作っている。
・・・・
034a
 
聖職者はいない・・・というのは 日本人から遠目にみていると
よくわからないところですかねえ。
イメージ的にいうと、キリスト教ならプロテスタント、
仏教なら浄土真宗みたいに 聖職者と信徒の間に明らかな
違いがないということでしょうか。
・・・・
 
034b
・・・
ここに書いてある 「神格化するな」という言葉は お釈迦さんと同じ
ですね。
お釈迦さんは、弟子たちと問答はしたけれど、それを文書にしちゃ
いけないと言ったり、 仏像みたいなのを作ってもいけない、などと
言ったそうな。
おまけに、文書(経典)にするんなら、文語体の言語じゃなくて、
そのお釈迦さんの地方の口語の言語でかけと言ったらしい。
 
・・・・
042b
・・・
部族主義を超えた共同体。
もしかしたら、戦国時代の藩の争いを超えた江戸時代みたいな??
家康教に基づく共同体??
でも、イスラムの場合は 士農工商のような身分制度はなさそうですね。
 
・・・
043a
 
ほお~~、豚はもともと食べていなかったんですね。
なぜなんだろう・・・
・・・
ってことは、宗教的理由という話は どうなんだ???
・・・
 048
・・・・
ここがポイントですかねえ。
・・・
「アラブは元来 高度に発達した契約社会」
「自立した個人主義の社会」
「極端な個人主義を戒めた」
・・・・
どうも こういう側面が、今後の世界のニーズに答えそうな
気がするんですよねえ・・・
つまり、資本主義と自由主義の行き詰まりのような世界。
・・・
050a
・・・・
これって、もしかして、日本の現状の深刻な問題みたいに
見えませんか?
・・・・
少子高齢化とか異常な殺人事件とか、関連しそうなものもありますし。
・・・・
050b
・・・
既存の国家と結びつくという意味では、日本の仏教も同じですね。
時の権力と結びついて 仏教は広まった。
・・・
ただ一方では、「イスラームは自ら国家を生み出した」に似たもの
としては、一向一揆みたいなものに近いんでしょうかね?
・・・
あるいは、最近の ISのイスラム国のようなものも こういう発想が
あるんでしょうかねえ・・・
・・・
056
・・・
さて、ISと言えば ジハード ですね。
侵略はしない。
報復はOK。
だけど、許す行為はそれ以上の罪の償いになる、ということみたいです。
・・・・
056a
 
ここがポイントなんでしょう。
ごく普通のイスラム教徒にとっては、
「小さなジハード」と「大きなジハード」がある。
・・・・
自己の内面との戦いが「大きなジハード」だそうです。
・・・
すなわち、ISは間違っているというのが 多くの敬虔な
イスラム教徒の真摯な思いなのでしょう。
・・・・・
・・・
 
ちなみに、私の親は浄土真宗でした。
だから、とりあえず 浄土真宗なんですけどね。
母は、結婚前は キリスト教の洗礼を受けていた。
・・
・・・
最近 事情があって、
親鸞さんから 空海さんに 乗り換えるかも・・・です。
政治的にもいい加減なら、宗教的にも節操がない拙僧です。
・・・・
・・・
一方で、元祖仏教の お釈迦さんの原始仏教なんかには、
特に「空」の概念ですけど、 密教の曼荼羅とかも、
最近の量子物理学とか多元宇宙とかの理論が
なんだか似てきてるんじゃないって話もあるんで、
世界宗教の中では、仏教が一番面白そうだと思って
んですけどねえ。
・・・
・・・
経済格差とかいろんな社会的格差が多くなる社会では、
イスラム教が拡大していく素地は多いにあると思います。
では、また。
002
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2018年2月23日 (金)

こりゃあ面白い 「チンギスの陵墓」、最先端量子論がてんこ盛り!!

 

こりゃあ面白い 「チンギスの陵墓」、最先端量子論がてんこ盛り!!

 

 

シグマフォース・シリーズ8

ジェームズ・ロリンズ著 桑田健 訳

「チンギスの陵墓」 上・下

・・を読みました。

 

009

私は小説はあまり読まない方なんですけどね、

この小説、昨年11月に一時帰国した折に、本屋の店頭に

並んでいたものを、何気なく買っていたんです。

そして、バギオに戻り、そのまま3か月ほど「積んどく」状態。

 

たまたま、ちょっと暇になった時に、目に入ってきたので

読み始めたら、面白いのなんのって・・・・

 

なにが凄いって、この物語は、アメリカ、マカオ、香港、イタリア、

カザフスタン、アラル海、北朝鮮、韓国、モンゴル・ウランバートル、

バイカル湖・・・とあっちこっちに転戦して、活劇が繰り広げられ、

おまけに、最近私がもやもやと考えてきた、最先端量子論

の時間と次元を超えた話が絡まっているんです。

006a

私がどんなことを考えてきたかについては、

こちらでどうぞ:

「意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、

そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その1」

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2018/01/post-a067.html

 

上下二巻の大作なのに、あれよあれよと読んでしまいました。

 

014a

3つばかり、印象に残ったところをご紹介しましょう。

 

p110

「我々の脳という膨大なニューラルネットワークによって

生成される量子場の内側に存在しているということよ」

「つまり、意識は量子効果というわけか」

 

p344

「複数の運命がもつれ合っている中で、死というのは

この時間軸における命のポテンシャルが崩壊したにすぎず、

ほかの扉が開くことで意識が新しい方向へと流れていく

可能性があるということあった。」

 

p357

「未来に通じる道は無数にあって、分かれ道の先には

また分かれ道があるといった具合に続いている。 一本の道が

閉ざされたとしても、別の道が別の宇宙に出現するかもしれない

・・・そうすれば、我々の魂は、あるいは我々の意識は、別の

宇宙に飛び移り、いつも正しい道を見つけながら、未来への

旅路を継続することができる」

 

 

この小説の素晴らしさは、最先端量子論の具体的なひとつの

あり方を分かりやすく示してくれていることじゃないかと

感じたんです。

 

018a

そして、読者が途中で気が付くように。

私も気が付いたように。 期待通りのことが最後に起こるん

ですねえ。

いいですねえ。

 

それでは、またお会いしましょうね。

さいなら、さいなら、さいなら・・・・

 

 

 

 

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2018年2月 1日 (木)

意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その5

 

 

意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その5  <おわり>

 

(4) 他人の体験を信じるか、他人の科学的理論を信じるか

 

 

とりあえず、(1)から(3)まで、臨死体験やら宇宙論やら

量子物理学、そして仏教の話なんかをみてきたんですが、

いずれにせよ、これは全て「他人事」なわけです。

 

私は最先端科学の理論をきっちり理解し、納得できるわけでもなく、

また 他人の霊的体験をそのまま丸のみできるほど素直でもありません。

 

じゃあ、このような私は、他人事をまるで宗教のように

信じ込めるのかっていうと、それも出来ないんですねえ。

だから困っちゃう。

001_2

 

お釈迦様も こんなことを言っているんです。

 

「有名な「毒矢のたとえ」です。 あの世があるかないか、霊が

あるかないか、考えるのは時間の無駄。 大事なのはこの世での

悩み苦しみを解決することであり、そのために修行しなさいと

釈迦は言っているのです。」

 

・・・つまり、「時間の無駄」なんです。

人を「苦」から救うという目的から言えば、確かにそういうことに

なるんですけど・・・

 

それは分かるんですが、せっかく霊と素粒子の関係が云々される

時代に突入したってことだから、どういう仕組みになっている

んだか知りたいですよねえ。

 

そこで、ここでは、臨死体験をしたという他人の話や、

バギオ市で善意の人から聞いた体験談などと、

宇宙論・量子論などで書かれていることとの似ている点を

並べてみようと思います。

 

054

 

C04

体がなくなって意識だけの存在になると、空間が移動できるの

ではないか。 私はそう思いました。

 

私はあのときのことを思い出そうとしました。するとその

瞬間、私は夏の千曲川の川原に移動していたのです。

 

あの日、あのときの光景がそっくりそのまま目の前で

繰り広げられていました。

 

肉体を離れた意識は、空間だけでなく、時間も超えて自由に

移動できるのだ!

 

・・・ これは通常の臨死体験よりも一歩先の第二次臨死体験の

・・・ 様子を描写している部分なんです。

・・・ 第一次臨死体験というのは 数多く聞く話のこと。

・・・ 要するに意識だけが 時空を超えたと言っています。

 

A11

量子力学によれば、高い精度で粒子の運動を測定することが          

できないほど短い時間ならば、その粒子は、光よりも速い速度で

動いてもかまわないということが示唆されるのである。

しかし、もしも光よりも速い速度で動いているとしたら、

アインシュタインによれば、その粒子は時間を逆行しているかの

ように振る舞うはずなのだ!

 

A24

電磁気学の量子論では、不確定性原理によって決められる時間内       

で消滅する限りにおいて、空っぽの空間から粒子がひょっこり現れても

よいのだった。 それからの類推で言えば、可能な時空の範囲に

わたって、量子的なファインマンの総和を取る際に、小さくてコンパクトな

空間そのものが現れる可能性を考慮しなくてもよいのだろうか?

より一般に、いくつもの「穴」が開いていたり、コーヒーカップのような

「ハンドル」がついていたりする空間が、時空の中に突如浮かび上がる

としたらどうだろう?

 

E03

さらに、ハミルトン博士は、意識は量子レベルで時空を超えて

存在するとも語っている。キリスト教などにおいては、死後、

人間の「魂」は天国や地獄に行くとされているが、博士の考えに

よれば、天国も地獄も存在せず、魂はこの世界に留まり続けると

いうことだろう。これは、「エネルギーは創造されもしないし、

破壊されもしない。ある形から別の形へ変わるだけである」と

語ったアインシュタインの物理学とも通底するように思われる。

 

 

・・・ これが本当なら、素粒子的「霊」が時空を超えることも

・・・ 有り得ないことではない??

 

 

C06

意識と肉体が分離した時点で・・・大きな「我」に吸収          

されてしまうのだと思います。

あるいは意識だけの状態になったまま、過去や未来をさまよい、

どこにも戻れない人(意識)も出てくるのではないでしょうか。

それが亡霊とか幽霊とかいわれるものではないかと思います。

 

こんなにたくさんの白いかげろうをいっぺんに見たのは

初めてでした。 しかも、今回は声まではっきり聞こえました。

おそらくこれは東日本大震災のとき、一瞬にして津波に

飲まれた方々の意識だったのではないかと思います。

 

・・・ これも第二次臨死体験の中で、自分が意識だけの

・・・ 状態の時の感覚を描いているんです。

・・・ 個人的な「我」という意識と、それを飲み込んでしまう

・・・ 宇宙的な「我」みたいな意識を感じたと言うんです。

・・・ そして、その二つのどちらにもなれない中途半端な

・・・ 意識が いわゆる彷徨っている亡霊みたいなもの?

 

E01

魂”は天国に行かないことが判明! 英化学者「意識はこの世に留まり、

存在し続ける」

世界中の科学者・哲学者が今も頭を悩ませ続けている“人間の意識”。

人類が数千年にわたり挑み続けてきたこの難問に、この度、一石を

投じる理論が提唱されたとのニュースが舞い込んできた。

なんと、意識はあなたが生まれる以前から存在し、死後も永遠に

存在し続けるというのだ!

 

E02

「我々一人一人は人間として地球上に誕生する前から存在しました。

我々は純粋な意識ですが、現在は身体的・物理的レベルで存在して

いるということです」(ハミルトン博士)

 

E04

ランザ博士によると、意識は物質よりも根源的な存在であり、肉体は

意識を受信するためのアンテナに過ぎないという。

 意識の問題を主題的に扱う哲学の一分野「心の哲学」でも、脳や

神経細胞といったレベルの構成においてはじめて生まれるのでなく、

宇宙の根本的レベル、つまりクォークやプランク長といったレベル

において原意識という形で存在するとされているという「汎経験説」

が提唱されている。

 

E06

ひとつの理論は、意識は、原子以下のスケールで、宇宙に常に含まれ

ているエネルギーを通して、量子の上に創造されるというものだ。

 

その理論は アインシュタインの有名な言説に基づくもので、

そこで彼は 「エネルギーは産み出されることも、壊されることも

出来ない。 それはひとつの形から別の形に変化することが出来る

だけだ。」と言ったのです。

 

E10

ロバート ランザ博士は、同様の理論を共有しています。

彼は、私たちの心は、我々の身体に含まれ、また一旦物理的な

存在が死ねば「バイオセントリズム」と彼が呼ぶプロセスの中で

解放されるエネルギーを通じて存在すると考えています。

そのようにして、私たちの物理的身体が死ぬ時、我々の意識の

エネルギーは量子レベルで存続することができるのです。

 

 

・・・ ここでは、意識あるいは霊が身体を離れても存在

・・・ し得るという理論なわけですが、こういう理論を

・・・ 支持している科学者がどれほどいるかは知りません。

・・・ 素粒子レベルに意識みたいなものが属性としてあって、

・・・ 我々の身体はたまたま その意識を この世で

・・・ 具現化している テレビ装置みたいなもんだ

・・・ って言っているんです。

 

・・・ そういう意味では、一般的な日本仏教のイメージ

・・・ つまり「輪廻転生」とか「迷わずに成仏して」と

・・・ 合致するわけですが、大元の原始仏教のお釈迦さんは

・・・ 霊のことなんか考えるのは時間の無駄と言った。

・・・ それでも、お釈迦さんは「縁起」とか「空」とかいう

・・・ 概念においては、量子論的な宇宙感を持っていた。

 

 

 

C09

五次元では退屈なので何かをしようと意識が意図的に何かを

思うことで、密度が変化し、空間にゆがみが生じていたのです。

ゆがみは渦を作り、渦の先端はすぼまった漏斗状態になっています。

そしてその先端に向けて、私が臨死状態で見たときは、小さな

粒子のようなものが集まってくるようでした。

 

C10

私はどんどん引き寄せられていきます。そして最後は巨大な

渦の真っただ中に巻き込まれてしまったのです。

・・・そこから三次元のこの世界に吐き出され、戻って

いたようでした。

その渦の中で大音響で響いていたのが、まさしくカーラジオ

から流れてくるあの音楽だったのです。

・・・曲名はアレクサンドル・ボロディンの「ダッタン人の踊り」

というものだとわかりました。

・・・原型となるメロディは東アジアや中央アジアの遊牧民

の間で古くから伝わる民謡だといわれています。

 

・・・ これは 臨死体験から現実の世界に引き戻されて

・・・ いる段階を描写したものです。

・・・ なんだか、ブラックホールに吸い込まれているような

・・・ 絵を思い出しますね。

・・・ それに、異次元の世界との出入りを描いているような。

 

・・・ そして、ここに 私がバギオ市で聞いた話を

・・・ 追加しますと。

 

E09

フィリピンの伝統的助産婦であるヒーロットと呼ばれる人たちの中に、

いわゆる霊と呼ばれるものを見ることのできる人たちがいるんです

けど、そのオバサンたちから聞いた話では、あの世の亡霊とか幽霊

とかいう存在ではなくて、この我々と同じ空間に住んでいる

「生身の人間とは別の人たち」が一緒に住んでいるって言うんです。

これは世界中であちこちで聞かれる 精霊とか、もののけ、とか言う

類なのかもしれません。

 

・・・ そこで、こういう異次元の世界の存在を 最近の

・・・ 先端科学の学者たちが どう言っているかっていうと。

 

E11

ランザ博士は、「無数の宇宙があって、発生する可能性があることは

何でも、いくつかの宇宙で起こる。」と言います。

結果として、彼は 意識は並列する宇宙に存在し続けると理論立て

ています。

 

Wikipediaでは以下のようにあります:

多元宇宙は、理論として可能性のある複数の宇宙の集合である。

多元宇宙はすべての存在を含む。これは、われわれが一貫して

経験している歴史的な宇宙に加え、空間、時間、物質、および

エネルギーの全体、そして、それらを記述する物理法則および

物理定数なども含まれる。この語は1895年にアメリカの哲学者

で心理学者のウィリアム・ジェームズによって造られた。多元宇宙

が含むそれぞれの宇宙は、平行宇宙と呼ばれることもある。

 

A08

暗黒物質はその本性として、光を生じさせる電磁的な相互作用を

しないので、通常物質との相互作用はほとんどsないと考えられる。

・・・たとえ一日に何百万個もの暗黒物質粒子がわれわれに衝突

しているとしても、その大部分はわれわれをするりと通り抜けて

しまうし、地球でさえも通り抜けてしまうからだ。

 

A10

地球に降り注ぐ宇宙線を調べていた実験家たちが、電化の符号が

逆であることを別にすれば、電子とまったく同じ性質を持つ新粒子が

存在する証拠をつかみ、その粒子を陽電子と名づけたのである。

・・・今日では陽電子のことを、電子の「反粒子」と呼ぶようになっている。

 

自然界のほとんどすべての素粒子には、反粒子が存在するのだ。      

・・・粒子と反粒子とが出会うと、両者は互いに打ち消しあって

消滅し、後には放射だけが残される。

 

A14

インフレーション・モデルやひも理論によると、宇宙はひとつでは

なく無数に存在するという。 とすると、われわれの宇宙は、

人間が存在するのに適した宇宙にすぎないのではないか。

 

A15

じつは理論的な状況について言えば、マルチバースは単なる        

可能性にとどまらない。 それどころか、現在の素粒子論研究を

牽引する重要な説はすべて、マルチバースを必要としているように

見えるのである。

 

A16

次元がもっとたくさん存在するかもしれないとなって、

われわれの宇宙だけが宇宙であるはずだという前提は

見直しを迫られている。 ・・・異なる物理法則、異なる力、

異なる粒子を持ち、異なる対称性に支配された、異なる種類の

四次元宇宙が生じることになるからだ。 理論家の中には、

ひとつの十次元ひも理論から、10種類もの、数学的には

矛盾のない四次元宇宙が生じるという予測を導き出した人

たちもいる。

 

A17

三次元空間の中で互いに切り離された無数の宇宙ではなく、       

われわれの空間の中のひとつの点に、無数の宇宙が積み重なった

ようなものである。 それらの宇宙は、われわれには見ることが

できず、個々の宇宙はびっくりするほど異なる性質を持つことに

なるだろう。

 

 

A18

宇宙の九十九パーセントは、われわれの目には見えないもの      

――おそらくは何か新しい素粒子だとみられる暗黒物質と、

それよりもさらに大量の暗黒エネルギー ――でできていることが

明らかになり、それらの起源は今のところまったく謎であることも

わかった。

 

A22

逆に、星や銀河を構成している粒子をすべて反粒子に置き換えた        

反物質宇宙を考えることもできる。 その宇宙は、われわれの住む

この宇宙とほぼ同じに見えるだろう。

 

・・・ 以上が、最近の科学の新しい理論みたいなんです。

・・・ こういうのばっかり読んでいると、「霊はある」と

・・・ 洗脳されそうですよね。

・・・ もしかして、例の オウム真理教もこんなんだったのかな?

 

・・・ さて、苫米地さんはどう言っていたかっていうと。

 

D04

脳と心の解明には、量子論や相対論などを含む、人間がこれまで

培ってきた知の体系をすべて学ぶ必要があるでしょう。釈迦は

2500年前に、量子論や相対論によって導きだされた結果を

語っていました。 

 

D04

「空」は、釈迦が説いた「縁起」の思想にも通じるだけでなく、

不確定性原理や量子力学にも合致しています。 電子や素粒子と

いった、量子レベルに小さい存在は、位置と運動量を同時に知る

ことができないという原理が不確定性原理です。 さらに、

超ひも理論では、ひもが振動しているとき素粒子は「有」とされ、

振動していないときは「無」だということが発見されました。 

・・・しかし、科学者の目から見ると一番確かな宗教と言えるのです。

 

D07

釈迦はアートマン(魂、自我)を否定することで、輪廻転生がない

ことを説きました。 にもかかわらず、一部の仏教寺院では

いまだに輪廻があるようなことが言われています。 

例えば、六道輪廻という概念があります。

 

D06

儒教では人が死ぬと、精神である「魂」と肉体部分の「ハク(白+鬼)」

に分離されると考えられています。 

 

・・・ もし、最先端の量子論の 上記のような理論が正しい

・・・ って話になっちゃうと、お釈迦さんが悟った内容は

・・・ 霊については語らなかったんだけども、

・・・ もしかしたら、その後の密教への発展の中で

・・・ フォローされたと考えればいいのかな??

 

D09

仏教はインドで密教に変わったとき、超能力思考が強まりました。 

バラモン教との勢力争いにおいてオカルトを利用したという側面

もあるのですが、一方で密教のメリットもあります。 それは

密教を学ぶことで、「この世が幻である」ということを

身をもって体感できることです。

 

D13

自分が現実だと思っている世界をゲームと同じように認識するには、

大きな壁があります。 ですが、すでに物理学の世界では、量子論で

証明されたことであり、科学を学ぶことでそれを理解するのは

難しくありません。 ・・・小学生でも空を理解することが出来る

ようになるのではないでしょうか。

 

悟りとは言語を超えた体感です。 縁起も空も言語にすぎません。

 

日本では、本来悟りについて言葉で説明すべき顕教が「密教化」する

一方、体感を得るための密教の方法論は軽んじられ、密教の超能力

部分がカルトに利用されてしまっている。 これが現状なのです。

 

・・・ これが 「まとめ」ってことでいいいんでしょうかね?

・・・ つまりは体感するしかない。

・・・ 科学的理論が分からん奴は、密教みたいなもので

・・・ 曼荼羅のようなマルチバース、多元宇宙を体感しろ。

・・・ ただ、生身の人間としては すべてが幻であり空である

・・・ ことを体感することが 最高の悟りだってことに

・・・ なるのかな?

 

=== 以上、 始めっから まとまるわけもないことを ===

=== なんとなく流れ着くままに試してみました。   ===

=== 皆さんは ちょっと洗脳されましたか??    ===

 

 

ところで、2018年2月3日にこんな情報を発見

 


「物質は意識から生まれる・・・・・」

http://tocana.jp/2018/02/post_15848_entry.html

 

シュワルツ教授によると、これまでの科学は物質主義的な世界観に反する現象は“非科学的”だとして排除されてきたが、このような態度は科学的ではなく1つのイデオロギーやドグマに過ぎないという。たとえば、心臓発作に伴う臨死体験やテレパシーなどの超能力は、臨床データや実験データがあるにもかかわらず、科学的な例外として排除されてしまうことも、科学というイデオロギーのためだというわけだ。」

意識や精神は、脳活動の副産物ではないことはますます明らかになってきています。このことは最終的に人類史最大の科学革命をもたらすと思っています」(マリオ・ボーリガード博士)

意識と物質の問題を考える上で、量子力学の専門家は外せないだろう。」

シャーマニズムや古代宗教を研究している人類学者や宗教学者の名前がないこと、意識の解明にとくに取り組んできた宗教である仏教の専門家や瞑想修行者の名前がないことも問題かもしれない。」

=== おまけに、こんな記事も ===

パンサイキズム(汎心論)とは?

http://tocana.jp/2017/11/post_15040_entry.html

ゴフ准教授らが提唱する哲学的パンサイキズムにおいては、“意識”とは何らかの形の主観的経験を意味するだけであり、これは人間が持つ思考のような洗練された形でなくともよいとされる。そして、この主観的経験としての意識が世界の基礎であり、一部の生命体に特有の現象ではなく、普遍的であるという。」

 

パンサイキストらは、この“弱まるが決して消えない連続性”を無機物にも延長していき、電子やクオークが初歩的な形態の意識を持っていると仮定する。」

 

 

・・・なんだか、凄いことになってきましたね。

楽しみです。

 

 

<おわり>

 

 

 

 

 

========

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2018年1月31日 (水)

意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その3

 

 

(2) 科学の分野では (1)以外にどのような

考え方が出てきているのか・・・

 

意識は身体を仮の入れ物にしているというような話に繋がりそうな

最近の科学的な理論には どんなものがあるのか・・・

(ただし、最近と言っても、私の手元にある本は少々古いかもしれません。)

 

054_2

 

A02

ヒッグス粒子は、素粒子物理学の理論的予測と、実験による        

観測から得られた知識を踏まえて、五十年ほど前に存在が

提案された粒子である。

この粒子が発見されたことで、われわれが無から生じることを

可能にした不安定な偶然の出来事が、いっそう驚くべきものに

なる。

 

A04

われわれ科学者は、空間と時間が自発的に生じる場合も           

ありうることを知った。

 

 

A06

宇宙に関してもっともロマンティックなのは、あなたの体を構成して        

いる原子のほとんどすべては、かつて爆発した星の内部に存在

していたということだ。

・・・われわれはみんな、文字通りの意味において、星の子どもたち

なのであり、われわれの身体は星屑でできているのである。

 

A07

銀河系の物質の運動を説明するために必要な「暗黒物質」の量を         

計算したところ、すべてを合わせた【動力源としての】物質の総量と、

観測可能な(光を出す)物質の量との比は、二対一どころか、

十対一に近い値になってしまったのだ。

 

A10

自然界のほとんどすべての素粒子には、反粒子が存在するのだ。      

・・・粒子と反粒子とが出会うと、両者は互いに打ち消しあって

消滅し、後には放射だけが残される。

 

A11

量子力学によれば、高い精度で粒子の運動を測定することが         

できないほど短い時間ならば、その粒子は、光よりも速い速度で

動いてもかまわないということが示唆されるのである。

しかし、もしも光よりも速い速度で動いているとしたら、

アインシュタインによれば、その粒子は時間を逆行しているかの

ように振る舞うはずなのだ!

 

 

A12

エネルギーを含んだ空っぽの空間の中に、「暗黒物質」の海があり、      

わずか1パーセントの目に見える物質がその海の中に浮かんでいる。

それが現在の物理学が到達した宇宙像なのである。

 

 

A14

その偶然は 人間が存在するから?                      

インフレーション・モデルやひも理論によると、宇宙はひとつでは

なく無数に存在するという。 とすると、われわれの宇宙は、

人間が存在するのに適した宇宙にすぎないのではないか。

 

A15

じつは理論的な状況について言えば、マルチバースは単なる        

可能性にとどまらない。 それどころか、現在の素粒子論研究を

牽引する重要な説はすべて、マルチバースを必要としているように

見えるのである。

 

 

A17

三次元空間の中で互いに切り離された無数の宇宙ではなく、       

われわれの空間の中のひとつの点に、無数の宇宙が積み重なった

ようなものである。 それらの宇宙は、われわれには見ることが

できず、個々の宇宙はびっくりするほど異なる性質を持つことに

なるだろう。

 

A18

宇宙の九十九パーセントは、われわれの目には見えないもの      

――おそらくは何か新しい素粒子だとみられる暗黒物質と、

それよりもさらに大量の暗黒エネルギー ――でできていることが

明らかになり、それらの起源は今のところまったく謎であることも

わかった。

 

 

A22

量子力学と相対性理論によれば、反物質は

必ず存在していなければならないのだった。 したがってこの宇宙にも、

知られている粒子のそれぞれに対し、電荷の符号が反対で、

質量が同じであるような反粒子が存在していてもよかったのである。

 

逆に、星や銀河を構成している粒子をすべて反粒子に置き換えた        

反物質宇宙を考えることもできる。 その宇宙は、われわれの住む

この宇宙とほぼ同じに見えるだろう。

 

 

A26

もしも宇宙がわれわれの宇宙だけではなかったとしたら?         

われわれの宇宙は、おそらくは無限にたくさんの宇宙を含むで

あろう、広大なマルチバースの一部だったとしたら?

その場合、アインシュタインの問いに対する答えは、きっぱりとした

「イエス」になるのだろうか?

宇宙を作るには、たくさんの選択肢があるのだ、と?

 

・・・ 以上のような理論を読んでいると、きちんと理解が

・・・ できないど素人の私にとっては、信じるのか信じないのか

・・・ という宗教みたいなことになってしまうんですが、

・・・ 多元的な宇宙があるとか、我々のこの世と重なって

・・・ 存在しているとか、暗黒物質やら反物質などという

・・・ 我々には認識できない、観測できないものが、この宇宙

・・・ には満ち満ちているって話になってくると、

・・・ いわゆる霊魂なるものが我々の周囲にあって、

・・・ たまたまそれが見えてしまう人たちがいても不思議

・・・ ではないような気にもなろうってもんですよね。

 

・・・ ノーベル賞学者の利根川進さんも、こんなことを

・・・ 言っているんです。

 

B01

立花:

生命現象を物質に還元していく極端な立場として、本当に生きていると

いえるのはDNAなんであって、人間とか動物とか、生きている生命の

主体と考えられているものは、実はDNAがそのとき身を仮託している

ものというか、身にまとっている衣みたいなものだという考え方が

ありますね。

 

利根川:

ぼくもね、基本的にはそういうことだろうと思っていますよ。

地球の歴史の上で、あるとき物質が化学進化を起こして、

DNAというものができた。 それがずっと自己複製しながら、

進化をつづけてここまでやってきた。

それが我々ですよ。 

 

B04

・・・これは 量子脳理論という話ですが・・・

https://ja.wikipedia.org/wiki/量子脳理論

「量子脳理論に共通するのは、意識の基本構成単位としての属性が、      

素粒子各々に付随するという考え方に基づいており、波動関数の収縮

において、意識の基本的構成単位も同時に組み合わされ、生物が有す

る高度な意識を生じるとしている点である。 」

 

 

・・・ 以上のようなわけで、少なくとも最近の量子物理学の

・・・ 宗教にも似た理論は、亡霊や霊魂の存在をもしかしたら

・・・ 認めるような動きなんじゃないかと 私のような素人さん

・・・ は思ってしまうんですねえ。

・・・ 少なくとも  バギオ市のヒーロットの小母さんたちが

・・・ 私のアパートの中や外にそういう霊がいるっていうんだから。

 

さて、この後は どう攻めてみましょうかね?

 

(3) 仏教から見た 肉体と霊魂の関係

 

=== その4 に続く ==

 

 

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意識、心、色即是空、釈迦、臨死体験、脳科学、そして 宇宙、物質、素粒子・量子論 -その1

 

お立ち寄りいただき 有難うございます。 

 

まあ、単語の羅列をタイトルに掲げたんですけど、

今の私の頭の中には こんな言葉が 右往左往しているわけです。

要するに 意識・心と物質・量子論が 上手く纏まらなくて、

いろんな本を読んでも 理解できないことが多くて、とっ散らかって

いるだけなんです。

私の頭は 上等には出来ていないもんで、論理的にまとめる

なんてことも不可能なんですねえ。

 

そこで、今までに読んだ主な本を見直して、少し感じたことを

整理してみようかと思っています。 その中で一定のまとまりが

出てくればめっけもんという試行錯誤をしていきます。

 

一応、最近読んだ主な本は下記の4冊なんですが、

試行錯誤する中で、仏教に関して読んだ本などが入り込むかも

しれません。

 

引用する文には A1 とか D9 とか、下記のどの本から

取ってきたかをメモしていきます。

 

(A)

「宇宙が始まる前には何があったのか?」

ローレンス・クラウス著 ・ 青木薫 訳

(文藝春秋刊)

 

056

 

(B)
精神と物質」 

立花隆と利根川進の対談 (文藝春秋)1990年

 

055

 

(C)「臨死体験で明かされる宇宙の遺言」
木内鶴彦著 扶桑社

 

057

 


(D)「お釈迦さまの脳科学」
   - 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか?-
      (苫米地英人著  小学館101新書)

 

001

 

 

 

(E) インターネットでかき集めた情報

 

    「宇宙の意識が あなたの身体に閉じ込められて 八百万の神が」

 

    http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/07/post-b50e.html

 

 

 

 

――――――

 

さて、そもそも、何故 私がこんなことを考え始めたかっていうと、

箇条書きにすると こんな具合です。

 

― フィリピン・バギオ市周辺で、戦争中に多くの日本人が犠牲になり、

  地元の人たちの間に、日本兵などの亡霊などの話が多い。

― 地元の元抗日ゲリラのお爺さんや親戚から、元日本兵の亡霊に

  憑依した人の話を聞き、いわゆる除霊の依頼に応じたことがある。

― このようなことに少しでも対応できるように、仏教の本を

  読み始め、せめて慰霊できる心を持ち、なんらかのお経を

  読めるようになりたいと思ったんです。

― 地球上には この世の人間とあの世の人間が一緒に住んでいる 

  ・・・という話をバギオ市のヒーロットから聞きました。

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/11/post-097d.html

 

ー とりあえず「般若心経」の解説本などを読み漁ったが、私の実家の

  浄土真宗との違いに興味が湧き、親鸞や法然関連の本を読んだ。

― どうも浄土真宗というのは 日本仏教の中でもかなり異質で

  キリスト教などの一神教に近いということを読み、

  これは おお元のお釈迦様の原点を知らなくてはいけないと

  考え、原始仏教を知りたくなった。

― そこで、岩波文庫の「ブッダのことば」(スッタニパータ)(中村元 訳)

  を読みました。 こちらのリンクでそのまとめや感想を書きました。

  http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/08/post-4c5c.html

― この本を読んで思ったことは、お釈迦さんは 宗教を語ったのではなく、

  哲学あるいは科学を語ったのだな、ということでした。

 

― 仏教の本を読む一方で、主にインターネットなどで、宇宙や素粒子、

  量子物理学などの 最新の研究結果に関する情報が入って来ました。

― 特に気になったのが 多元宇宙論や量子論の考え方です。

  (ただし、ちゃんと理解できているかは、全くの別問題ですけど・・)

― おまけに、NHKテレビの番組TEDなどで、

  脳卒中から生還した脳科学者の体験を見たんです。

  「認知症と 色即是空と 脳科学 : もしかして認知症は天国か?

  http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2013/12/post-966f.html

 

― そして、最近は NHKで 最新の研究に基づいて「人体」の

  不思議なネットワークの話が出てきました。

 

― 日本でもフィリピンでも、様々な亡霊の話やら、霊感を持っている

  人の話を聞きますが、 私にはそんな能力はないもんですから

  基本的には自分が経験するまでは信じることはできません。

  ですが、私が日頃信頼している人であったり、私を意図的に騙す

  理由もない人から、その体験を聞けば、そのようなこともこの世には

あるのだろうなあ~~とは思うわけです。

  いわゆるオカルトは信じませんけどね。

 

以上のようなわけで、出来るだけ科学的な考え方で、表題に揚げたような

言葉の関連性を考えたいと思ったわけです。

 

上に揚げた4つの本の中で (D)「お釈迦さまの脳科学」に

このような一節があります。

苫米地英人さんの言葉です。

 

「空」は、釈迦が説いた「縁起」の思想にも通じるだけでなく、

不確定性原理や量子力学にも合致しています。 電子や素粒子といった、

量子レベルに小さい存在は、位置と運動量を同時に知ることができない

という原理が不確定性原理です。 さらに、超ひも理論では、ひもが振動

しているとき素粒子は「有」とされ、振動していないときは「無」だという

ことが発見されました。 ・・・しかし、科学者の目から見ると一番確か

な宗教と言えるのです。」

 

ちなみに、上には釈迦の「縁起」とありますが、私が一番好きな

同じ意味の言葉は 「相依り」という言葉です。


この言葉に勇気づけられて、自分なりの試行錯誤を

進めていきたいと思います。

グダグダと進むと思いますが、御用とお急ぎでない方は

ぜひお立ち寄りください。

 

 

== その2 に続く ==

 

 

 

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2017年12月23日 (土)

Ghost Stories in Baguio city and nearby mountains in the Philippines

 

this is the speech of  Guni Guni broadcasted thru DZWT540 AM radio.

 

My nick name is Guni Guni.

I was born in 1950, five years after the end of WWII.

So, I have no experience and I could not have detailed information on WWII from my parents.

 

 

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During WWII, I heard from my older sister, my father and his wife, and 4 children

were in North East China called Manchurian. He worked for Trading company as a inspector of coal in the stock room of Railway company. 

During the war, his wife passed away because of illness, and he had to grow 4 children by himself. The eldest daughter was 10 years old at that time.

One day, my father received a draft card from Japanese military as Japan had conscription system at that time.

He was very much stressed out worrying about the 4 children left behind.

But, fortunately, he could not pass the examination of conscription, because his finger did not work properly due to an old wound.

 

 

After Russia invaded to China, he tried to evacuate all 4 children to Japan.

But, before they arrive in Japan, two younger children died due to malnutrition because they didn’t have enough food.

 

My father remarried after WWII and this time with my mother and I was born in 1950.

 

 

Before the marriage,

My mother was so called a girl of Patriotism or Militarism as most of Japanese were.

But, after Japan lost everything, she was baptized as a Christian in Tokyo.

Because she was shocked by the loss of sense of values.

 

 

===============

In Japan, the history of WWII are not taught enough in schools.

So, most Japanese people, younger than my age, do not know about WWII history.

 

Therefore, when I visited Baguio, Philippines for the first time in 1992 on business,

I did not know anything about WWII in the Philippines and Yamashita treasure.

 

 

During my stay at a hotel in Baguio city,  I found an old Japanese lady in the Pine forest.

And, I learned that she was doing memorial service for her relative, a Japanese soldier who died in Baguio during WWII.

 

From 1998 to 2000, I worked for Texas Instruments Baguio as an expat employee sent from TI Japan. Since that time, I learned a lot of things about WWII and what happened in Baguio city and Northern Luzon, etc.

 

 

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I could have some chances to talk with former Japanese soldiers who were about 90 years old.

They had visited Baguio and other places for memorial services.

Also, I learned many things from Filipino-Japanese and some Japanese relatives who came to Baguio for memorial services.

Also, I read many books written by former Japanese soldiers, military doctors and nurses who experienced WWII in Baguio and nearby area.

 

And , these are some of those writings :

 

 

-  At the end of the war, about 700 Japanese soldiers died and buried along

Street drain of Mines view.

 

 

-  Baguio General Hospital used to be Japanese Military Hospital during that time,

And about 800 seriously ill patients were killed by poisoning during carpet bombing

in April, 1945.

 

-  In Intikak Field Hospital along Aguno river, Benguet, (near Amboklao dam),

No food and medical supplies were available.

 

 

-  Even nurses had only two rice balls per day, and no food for the several hundreds

Patients or wounded soldiers.

 

 

 

-  Only thing the nurses could do was to collect hair and nails of departed soldiers

 To send them to the families in Japan.

 

 

-  In the deep forest in Benguet, Ifugao, e tc., due to horrible starvation, the Japanese soldiers ate anything, such as mushroom, root, snake, lizard, insect, mouse, cockroach, when they could not find any more kamote potato, and in the worst case even human flesh was eaten.

 

 

 

-  Therefore, there was flyers among Japanese nurses to warn about Japanese soldier’s 

cannibalism.

 

 

-  If you had any rice with you, you were killed by Japanese soldier.

 

 

 

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One of the former Japanese soldier confessed about the war in his book that was

Published after his death in 2012.

 

 

-  He asked his friend to publish his book after his death.

 

 

 

-  He confessed that he killed 3 Filipinos including a mistress of Mr. Acosta who was a leader

 of anti-Japan guerrilla by Bayonet.

 

 

-  You may not able to understand, but, in the battle field, you can kill your enemy

Without hesitation specially after you see horrible site where a lot of fellow soldiers were

killed.

 

 

 

-  One of his fellow soldier was called up by draft card from Japanese military

 Only 20 days after his wedding, and he died in the war.

 

 

-  He attended a horrible military operation near Manila, and he visited Manila

 More than 30 times after the war. But, he did not want to remember it and even don’t want to ask the location of the horrible operation.

 

 

 

-  All of the fellow soldiers who attended the horrible operation were sent to Leyte

 And none of them came back to Japan.

 

-  One of the mother of the fellow soldiers received a airmail from her son but he did not 

return to Japan after the war.

The mother had a mental disorder and asked the author of the book

 “where is my son ?”….

 

 

 

-  When we found more than 400 US battleships in Gulf of Lingayen ,

 Special attack corps (Kamikaze suicide bomber) attacked them in vain.

 

 

-  In April 1945, when Japanese people evacuated from Baguio city to La Trinidad and to

Halsema highway, US bombed the bridge of Balili River just beside the Capitol

of  Benguet, and Japanese people crossed bottom of the river walking on a lot of dead

 bodies of Japanese people.

 During 1975 to 1985, when I visited Balili river , there were a lot of memorial service

Monuments of Japanese people.

 

 

-  When I(Japanese soldier)  asked female nurses “I want to get fishes from the river for

you.  So, please give me your Grenade(pinapple bomb) to me.”

Then, they answered “we cannot give our grenades to you, because these are to kill

ourselves just in case.”

 

 

-  In the concentration camp in Baguio city, there were many Japanese soldiers

 Who died because they ate nutritious foods very suddenly after terrible starvation.

 

 

-  After the war, In train station, Nagoya, Japan, I saw many Japanese women walking

hand in hand with American soldiers. 

I could not bear what I saw and stood up to shout against them,

But, a university student by my side stopped me and said

“ Sir… I understand how you feel it and we agree with you.

 But, in Japan now, we have to overcome this situation.

Those women are forced to sell their bodies to eat and survive.”

 

 

 

===========

 

We visited Dalupirip , Itogon, Benguet, to see the church where above mentioned former soldier did military operation.

 

 

We  learned from one of the old ladies there that Japanese military tried to burn the church together with all the adults in the village.

But, miracle happened at that time.

The old lady said Gecko saved them.

When the Japanese soldiers tried to burn the church, Gecko cried.

The Japanese soldiers thought the cry is the voice of the god, and stopped to conduct the operation.

 

 

=====

 

Story of Mr. Antino Carantes and a Medium.

 

In May, 2009, we received a phone call from a son of former anti-Japan guerrilla

Mr. Antino Carntes of Itogon, Benguet.

 

A medium said to him that a spirit of Japanese soldier is talking something probably in Japanese. 

“ the Japanese solider was buried here and he is starving.”

“so, I recommend to do memorial service for him in Japanese style.”

 

 

We visit there and did the memorial service.

 

The place is just beside the Aguno river, and the river was called “Styx river” by Japanese soldiers during the war.

 

 

Mr. Antino Carantes was a grandson of Mr. Mateo Carantes,

And he joined the battle in Bataan and survived the death march .

 

He confessed that he killed many Japanese soldiers during the war.

And also he said that it was just because a war.

 

 

Just before he passed away on September 14, 2009 at his age of 91,

They said, a spirit of Japanese soldier possessed one of his relative and wrote something on paper.

So, they asked us to do memorial service to repose the soul of the deceased.

 

 

============

 

In the past 10 years, I have lived in Baguio city and have been teaching Japanese language to local people.

 

My nick name is Guni Guni, meaning Illusion ?. but, I desire to see or listen or feel any ghost. 

 

But , this time, let me talk about a few ghost stories I heard in Baguio city.

 

 

 

One day, I learned from one of my students that she and her brother can see or hear ghost.

They are from Bugius, Benguet, and she said they felt ghosts of Japanese soldiers in Bugius.

One night, she heard someone is talking with her brother in his room, and he said that he was talking  with Japanese soldier who died in the war.

Also, she saw two Japanese ghosts , one was a lower class soldier and another was a military officer without his head.

She also said that one of her neighbors moved out to Manila because there were too many ghosts around the neighbor’s house in Bugius.

 

 

 

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Second story is what I learned from my Japanese friend who studied in Baguio city

Since his high school days and he graduated from SLU.

 

 

One day, he received a phone call from a local person, asking him to see a little girl who is speaking probably in Japanese and with men’s voice.

He met the girl and he thought that a spirit of Japanese soldier possessed her.

The Japanese soldier said “ I cannot understand what a local priest is saying to me, because I

cannot understand English.”

Probably, the Japanese solider would like to have Japanese Buddhist monk who speaks

His language.

My friend asked the spirit “what would you like me to do?” , but there was no answer.

 

 

 

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Third story came from a 95 years old lady who lives in Camp7 , Kennon Road.

She said that she and her children heard a sound of combat boots walking down from a hill at the back side of her big house.

There was a garrison of Japanese soldiers during the war time in this place according to original residents of the area.

 

 

 

 

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Fourth  story is what happened in my room, when I had Hilot massage.

Two Hilot women visited me and they were telling something as they watched outside of the window. I asked what are you watching? And they said “there are 4 ghosts under the pine tree. Parents and two children.”

 

“Can you see any ghost in my room?” I asked them.

And, they said “ Yes, there is a Mestiza with long black hair.”

 

 

They explained about ghosts like this :

Ghosts live on the Earth just like us, live human being, and we are sharing this world.

Although only gifted people can see and feel them, they surely exist by our side and they are spending their lives everyday just as we do.

 

 

And, I asked one more question to them, “ Why are Japanese ghosts wandering around here in the Philippines even now 70 years after the war ? “

 

They answered , “ probably because their remains are here.”

 

 

Japanese people tend to think in the same way,

And that’s why some of the relatives of departed Japanese soldiers come to visit Baguio city

And nearby provinces  for memorial services even today.

 

The two hilot women said to me when they left my room,

“ you need to have our hilot two more times, but, we don’t want to come here any more,

 Because there are too many ghosts in this place.”

 

 

=============

 

If you see any ghost of Japanese soldiers who are lazy to learn your local language even after 70 years and cannot speak English or Ilocano,

Please let me know and I will interpret for you.

Thanks for your listening to me.

 

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2017年11月22日 (水)

「おかあちゃん」って誰のこと? 死を迎える著名な老医師のドキュメンタリー番組

 

「おかあちゃん・・・・」

男は言った。

「私はあなたのお母ちゃんじゃないよ!」

と、男の妻は言った。

妻は正しい。

 

048

 

日本以外の国でどう言うのかは知らない。

しかし、日本では結婚して子供がいれば、多くが

子供の母さん、爺さん、婆さんという呼称を、そのまま

子供の父親である男が使う。

本来なら 子供との話の中だけで使うべき呼び方である。

 

それを、夫が妻を呼ぶ時に「おかあちゃん・・」と言うのは

甚だ可笑しい。

 

確かにそうなのだが、そこには何となく別の意味、

つまり男の母性に対する甘えみたいなものが転がっている

ように、ふと感じた。

 

かなり前なのだが、NHKのドキュメンタリー番組で、

著名な高齢の医師が「自分の死にざまを撮影してくれ」という

ようなことで、撮影が許され、放映された。

 

その著名な医師は、高齢者の自然な死を看取るということを

自分のスタイルとして実践してきた人であった。

 

だから、いざ本人が看取られる立場になっても、冷静に

毅然としたままで死を迎えるのだろうと期待されていた・・らしい。

しかし、テレビ班の期待とはいささか違った終末となった。

さすがの信念の老医師にも、いよいよと言う時になって、

動揺が見られたのだ。

 

老医師の妻も医師であって、最期を見守る立場となった。

「私が もっと早く気づいてさえいれば・・・・」

と、癌の早期発見が遅れたことを悔やんでいた。

 

老医師はその妻に支えられ、廊下をよたよたと歩いていた。

そして、支える妻に抱きつこうとした。

 

気丈にふるまう妻は、テレビ撮影の手前もあったのだろう、

「はい、ダンスしようねえ・・・・ダンス、ダンス・・」

と夫をなだめようとした。

 

この時の老医師の妻に対する溢れる思いは

「おかあちゃん・・・・(助けて)・・・」

なのではなかったか。

 

男の「おかあちゃん」には、そのような母性に対する思いが

あるような気がした。

 

夫を失った妻は自宅で泣き崩れた。

火葬場に向かう霊柩車にも乗ることができなかった。

毅然とした医師であった妻もまた、「おとうちゃん・・・」と

心の中で叫んでいたのかもしれない。

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2017年7月22日 (土)

宇宙の意識が あなたの身体に閉じ込められて 八百万の神が

 

宇宙の意識が あなたの身体に閉じ込められて

 

こんなニュースがありまして。

 “魂”は天国に行かないことが判明! 英化学者「意識はこの世に留まり、存在し続ける」http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e3%80%90%e3%82%ac%e3%83%81%e3%80%91%e2%80%9c%e9%ad%82%e2%80%9d%e3%81%af%e5%a4%a9%e5%9b%bd%e3%81%ab%e8%a1%8c%e3%81%8b%e3%81%aa%e3%81%84%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%8c%e5%88%a4%e6%98%8e%ef%bc%81-%e8%8b%b1%e5%8c%96%e5%ad%a6%e8%80%85%e3%80%8c%e6%84%8f%e8%ad%98%e3%81%af%e3%81%93%e3%81%ae%e4%b8%96%e3%81%ab%e7%95%99%e3%81%be%e3%82%8a%e3%80%81%e5%ad%98%e5%9c%a8%e3%81%97%e7%b6%9a%e3%81%91%e3%82%8b%e3%80%8d/ar-BBECPNW#page=2

まずは、どんな内容かを上のリンクの日本語で確認してみてください。
非常に面白いニュースなので、いろいろと考えて、というより連想ゲームを楽しんでみたいと思います。

2017721_consciousness828324

・・・これの元のニュースを検索してみたところ、このサイトを発見。

やや違う内容もあるようなので、自分で翻訳してみることにしました。

ただし、私はど素人なので、意訳をするのは止め、出来るだけ直訳でやってみます。

(直訳だとかえって分かりづらくなるかもしれませんが・・・)

 

下記の文章の内、 ( )の中は させたもつのコメントです。

 

http://www.express.co.uk/news/science/828324/Human-consciousness-universe-quantum-theory

   

End of Heaven? Quantum science says you ALWAYS have existed and ALWAYS will exist

YOU and your consciousness existed before you were even BORN, according to a well respected doctor who specialises in biological and medical chemistry.

By Sean Martin

PUBLISHED: 06:32, Fri, Jul 14, 2017 | UPDATED: 07:59, Fri, Jul 14, 2017

 

天国の終わり?  量子科学は、 あなたは常に存在してきたし、常に存在し続けると言う。 あなたとあなたの意識はあなたが生まれる前でさえ存在した、と生物学及び医化学を専門とする 尊敬される博士が言うのである。

 

( この文章の中の 「意識はあなたが生まれる前でさえ存在した」ってところにひきつけられました。特に釈迦の「相依り」との関連性が何かないかなと期待しつつ・・でも、スピリチュアル系を期待しているわけじゃないですよ。科学あるいは哲学として・・)

 

Scientists are still baffled by consciousness and questions about why we have it and how we have it constantly arising remain unanswered.

 

科学者たちは 今でも意識によって困惑させられ、何故私たちは意識を持っているのか、どのように私たちは意識を持っているのかについての質問に 答えられないまま常に持ちあがってくる質問に当惑している。。

 

(・・ってことで、まずは、「意識」の定義を見てみましょうか。

Wikipediaでは:

 意識(いしき、Consciousness)は、一般に、「起きている状態にあること(覚醒)」または「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態のこと」を指す。

意識がドイツ哲学において全面的に主題化されるのはドイツ観念論においてである。フィヒテは、デカルトやカントが cogito/Ich denke から遡行的に知られるとした "ich bin" 我あり、をデカルトにおいてそうであったような個我の自己認識から、カントが主題化した超越論的認識能力の原理へ拡大し、": das Ich"(日本語訳 自我)と呼び、その働きを定式化した。ここでdas Ichとは意識の能力にほかならない。
 精神分析学では人間の心を、意識・前意識無意識の三つに分ける。自分で現在認識している内容を意識という。つまり、我々が直接的に心の現象として経験していること、これは私の経験だと感じることのできることを総体的に意識という。

意識という言葉は実に様々な意味で使われており、意識という言葉の多義性は、議論や研究の中でしばしば混乱を引き起こしやすいものとなっている。

・・・などとあります。 今回の学者がどういう意味で「意識」という言葉を使っているのか分かりませんので、とりあえず一般的な意味ということで考えます。)

One theory is that consciousness is created on a quantum, sub-atomic scale through energy which is constantly contained in the universe.

ひとつの理論は、意識は、原子以下のスケールで、宇宙に常に含まれているエネルギーを通して、量子の上に創造されるというものだ。

The theory is based on Einstein’s famous quote, when he said: “Energy cannot be created or destroyed, it can only be changed from one form to another.”

その理論は アインシュタインの有名な言説に基づくもので、そこで彼は 「エネルギーは産み出されることも、壊されることも出来ない。 それはひとつの形から別の形に変化することが出来るだけだ。」と言ったのです。

Dr David Hamilton said all consciousness is and always has been in the universe through quantum particles, and when you are born, it is channeled into a physical being.

デビッド ハミルトン博士は、量子のPARTIDESを通じて、すべての意識は宇宙にあって、常に存在してきた。そして、あなたが生まれた時に、それは物理的な存在の中に流れ込む。

PartidesPartidaの複数形なのですが、意味が分かりません。スペイン語やポルトガル語みたいな語彙なのですが、アイテム、出発、作業班、荷物、積荷などの意味があるようです。文脈から推測するに、量子に付随するなんらかの性質なんでしょうか。)

 

 

Writing for website Heal Your Life, Dr Hamilton said: “I believe that each of us exists before we are born on earth.”

He added: “Each of us is pure consciousness, currently focused in a physical dimension.

HealYour Life(あなたの人生を癒す)というウエッブ・サイトに寄稿し、ハミルトン博士は 「私たち一人一人は地球上に生まれる前から存在していたと信じる」と語った。

博士は 「私たち一人一人は 純粋な意識であり、今現在は物質的な次元の中に収斂されている。」と付け加えた。

(この辺りから ど素人でもなんとか分かる話になってきているんです。
純粋な意識というのは いわば宇宙自体が持つ、あるいは量子が持つ意識ってことですかね? それが、私たちがこの宇宙に生まれた時からその身体に取り込まれて、いわゆる自我の意識になっていく。)

 

“Science would typically say that life is random, ultimately stemming from the random birth of subatomic particles, but I don’t quite agree with that.

“Mainstream science says that consciousness must be a side-effect of brain chemistry.

「科学は一般的に 生命は原子以下の粒子のランダムな誕生からのランダムで、究極的な発生であると言うであろうが、しかし私はそれに全く賛成というわけではありません。」

「主流の科学は、意識は脳化学の副作用でなければならないと言っています。」

“But I believe that the brain merely affects consciousness, much in the same way that the quality of wiring in a TV affects the signal processing and thus the quality of picture you get.

「しかし私は、脳は、テレビの配線の質が信号処理や、その結果としてのあなたが得る映像の質に影響するとほとんど同じように、単に意識に影響を及ぼすに過ぎないと信じます。」

“The TV does not create the program, and nor does the brain create consciousness.

“Consciousness is something fundamental to nature - it is stitched into the very fabric of reality.”

Consciousness transcends time and space, he said.

「テレビはプログラムを創造しない、そして脳も意識を作りだしたりはしない。」

「意識は自然に対して根元的ななにものかである - それはまさしく現実の構造に縫い込まれている。」

意識は時間と空間を超越するものである、と彼は言った。

 

(このテレビの例えは面白いですね。 量子レベルに意識があるとするならば、人体のみならず、動物にも、植物にも、もしかしたら、あらゆる有機体に、脳の有る無しに関係なく、意識というものがあるのかもしれないですね。

ひょっとして、八百万の神という神道の考え方は、あながち荒唐無稽の話ではないということにもなりそうな。 山にも、海にも、無限の生命体が生きているわけですから、意識で満ち溢れているのかもしれないですよね。)

(・・・たまたま 今日のニュースで発見したんですが、こんなのがありました。

「普通の微生物にあるエネルギー産生の仕組みを持たず、岩石からエネルギーを得ている可能性もあるという。地球の生命誕生や、火星など地球外生命の可能性を探る手掛かりになると期待される。論文は21日付の英科学誌に掲載された。」
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12145-2017072101322/

岩石からエネルギーってことになると、岩石にも意識があるってことになるんですかね???  益々 八百万の神々になっちゃいますね。)

(・・・さらに考えを広げると、量子とエネルギーのあるところに意識は存在するってことになるんでしょうか?  ってことは、人工物であっても意識があるって話??
すると、AI 人工頭脳にも意識があるって結論に到るのでしょうか・・・・
しかし、人間の場合には、人が死ぬと意識は宇宙に戻るってことだから、少なくとも生命体でなくてはいけないという条件が前提になるんでしょうかね? 生きているものであることが前提ということで言えば、人工物ではなく、自然のものということになりますか? )

He added: “If you start with the assumption that you exist as pure consciousness, then you must have existed before you were born.

“Really, you are everywhere and everywhere!”

彼はさらに言う:「もしあなたが純粋意識として存在するという前提で出発するならば、あなたは生まれる前にも存在したに違いありません。」

「実際のところ、あなたはどこにでも、そして到るところにいるのです。」

( この「到るところにいる」というのは凄いですね。 
これで思い起こすのは、フィリピンの伝統的助産婦であるヒーロットと呼ばれる人たちの中に、いわゆる霊と呼ばれるものを見ることのできる人たちがいるんですけど、そのオバサンたちから聞いた話では、あの世の亡霊とか幽霊とかいう存在ではなくて、この我々と同じ空間に住んでいる「生身の人間とは別の人たち」が一緒に住んでいるって言うんです。
これは世界中であちこちで聞かれる 精霊とか、もののけ、とか言う類なのかもしれません。

このヒーロットの小母さんたちの話はこちらに書いています:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/11/post-097d.html   )

 

Dr Robert Lanza shares a similar theory.

He believes our minds exist through energy which is contained in our bodies and is released once our physical beings cease in a process he calls ‘biocentrism’.

As such, when our physical bodies die, the energy of our consciousness could continue on a quantum level.

ロバート ランザ博士は、同様の理論を共有しています。

彼は、私たちの心は、我々の身体に含まれ、また一旦物理的な存在が死ねば「バイオセントリズム」と彼が呼ぶプロセスの中で解放されるエネルギーを通じて存在すると考えています。

そのようにして、私たちの物理的身体が死ぬ時、我々の意識のエネルギーは量子レベルで存続することができるのです。

(「バイオセントリズム」については、辞書には以下のような説明があります。
A cosmological theory proposed in 2007 by American scientist Robert Lanza. In this view, life and biology are central to being, reality, and the cosmoslife creates the universe rather than the other way around.  これを翻訳してみますと・・・ アメリカの科学者 ロバート・ランザによって2007年に提唱された宇宙論的理論。 この見方の中に於いて、生命及び生物学は、存在、現実、そして宇宙の中心である。 - )生命が宇宙を創造するのであって、周りの他の方法ではない。)

(この辺りを読んでいて連想するのは、人間の右脳や左脳の機能の違いと、人体と外界との関係性なんです。 以前 NHKのTEDという番組で見たんですが、ある医学者が、左脳での脳梗塞を起こした時のことを自分で観察したんです。 左脳は言語脳ですから、言葉で規定される自分の身体というものが、外界と混じり合うような感覚だけを右脳で認識していたって言うんです。 つまり、外界の分子あるいは原子レベルのものが、自分の身体を構成している分子や原子とを区別できないような状態だったそうなんです。要するに、言語脳である左脳が 自分の身体の外形を認識出来なくなっていたって話みたいです。

ちなみに、私が過去に書いた記事はこちらです:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2013/12/post-29b6.html  )

 

Dr Lanza says that “there are an infinite number of universes, and everything that could possibly happen occurs in some universe”.

As a result, he theorises that the consciousness continues to exist in a parallel universe.

ランザ博士は、「無数の宇宙があって、発生する可能性があることは何でも、いくつかの宇宙で起こる。」と言います。

結果として、彼は 意識は並列する宇宙に存在し続けると理論立てています。

( これもまためっちゃ凄い話ですね。 これは「多元宇宙」と呼ばれているもののようです。 
Wikipedia
では以下のようにあります:
多元宇宙は、理論として可能性のある複数の宇宙の集合である。多元宇宙はすべての存在を含む。これは、われわれが一貫して経験している歴史的な宇宙に加え、空間時間物質、およびエネルギーの全体、そして、それらを記述する物理法則および物理定数なども含まれる。この語は1895年にアメリカの哲学者で心理学者のウィリアム・ジェームズによって造られた。多元宇宙が含むそれぞれの宇宙は、平行宇宙と呼ばれることもある。

こういう話を聞いて、真っ先に思い浮かべるのは 仏教の密教にある「曼荼羅」の宇宙ですね。 曼荼羅にはたくさんの宇宙が描いてありますからね。

この関連のサイトにこんな言葉がありました:
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-318.htm

真鍋:  全体は宇宙的な生命。つまりご承知のように、仏教はお釈迦さんが悟りを開いて仏教を成立させるわけですね。ところが、その身体は「仏身(ぶっしん)」と言いますが、その身体は教えによって変わってくるんですね。密教の場合は、「法身(ほっしん)」と言いまして、言い換えると、宇宙的な仏さん。そして、その中にも、一つのものではなくて、人間には心があっていろいろ動きますね。そういうものと、もう一つそれを支えている精神というものがある。そういう内と外の関係で、いわゆる悟りの原型というものが、もう一遍人間の形に還るんですね。その時に、法身という、宇宙的生命というものが意識されるんだ、と私は思うんですよ。 」

 

・・・実を言うと、私は親が浄土真宗だったもので、お釈迦さんの原始仏教から、大乗仏教の中論とか、その後の日本での法然さんの浄土宗と親鸞さんの浄土真宗の南無阿弥陀仏の本はいろいろ読んできたんですけど、まだ 空海さんの真言密教のことは知りません。

なので、かなりいい加減なんですけど、どうも密教の曼陀羅の世界が 今回の話となんだか繋がりそうな気がしているんです。 )

 

Dr Lanza points to the uncertainty principle – a 1927 theory from German physicist Werner Heisenberg which says that the velocity and position of an object can be measured at the same time.

The scientist stated in an article he penned for Huffington Post: “Consider the uncertainty principle, one of the most famous and important aspects of quantum mechanics. Experiments confirm it’s built into the fabric of reality, but it only makes sense from a biocentric perspective.”

ランザ博士は、不確定性理論を指し示す - ドイツの物理学者 ヴェルナー ハイゼンベルク の1927年の理論で、それは 物質の速度と位置は同時に測定できるというものである。

 

その科学者は ハフィンポストに寄稿した記事の中で述べている。:

「量子力学のもっとも有名で重要な側面のひとつ、不確定性理論を考慮せよ。 実験が現実の構造の中にそれが構築されることを確認するが、それは単にバイオセントリックの考え方から意味をなすものである。」

 

( ここの話は さっぱり分かりません。 物理学に詳しい方に教えてもらわないといけませんね。 )

 

==== これから下には、 させたもつが連想したことを ランダムに書いて見ます ===

 

― 宇宙自体に 量子レベルでの意識がある。

 

― 人間の意識は その身体に閉じ込められた 可哀相な意識である・・?

 

― あらゆる生命体に意識が宿る。 山や海にも意識が満ち溢れている。

 

― 左脳(言語脳)が働かない場合には、もしかしたら宇宙の意識と一体になるかも。

- こちらのYOUTUBEを参考までに。

苫米地英人「仏教・釈迦の悟りの内容とは?」

https://www.youtube.com/watch?v=t9HqpMAtU9Q

ここに人間が様々な制約に囚われていて、宇宙の真実を見ることができないということが語られていて、お釈迦さんが悟ったことというのはそれらの制約から解き放たれてすべてが見えるような状態を体感したのだ・・・というようなことが解説されているんです。これはもしかしたら、上記の言語脳(左脳)を封印して、右脳だけで宇宙と一体化したような状態を経験したんじゃないのかって思うんですよねえ。

― つまり、右脳で聴く音楽などは、宇宙の意識との一体化が可能かも。

 

― 「はじめに言葉ありき」という創世記の話は、もしかして「はじめに意識ありき」か。

 

― 釈迦の言う「相依り」は、ここで言う意識とテレビ装置の相互作用か。

 

― 人体というテレビの受信機のスペックによって、世界の見え方は異なる。

 

― もしかしたら、いわゆる発達障害といわれる人たちには別の宇宙が見えているのかも。

 

― ショーペンハウエルの「意志と表象としての世界」は、私が20歳の頃に読んで、感銘を受けた本なんですが、タイトルが今回の話とかなり近いような気がする。

ただし、本の内容はすっかり忘れた。

それに、同じくショーペンハウエルの「哲学入門」。 出版社は違うんですが、この本を20歳頃によんで、世界の全てが分かったような気になったもんです。

https://www.amazon.co.jp/%E5%93%B2%E5%AD%A6%E5%85%A5%E9%96%80-1954%E5%B9%B4-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%AB/dp/B000JB6AEK

 

― なぜ 意識には個別の意志があるんだろうか。

個別の人体、つまりテレビ装置の違いによって、DNAレベルで制約を受けるのか。

 

― ブッダは 身体の制約から解き放たれて、悟りを得たらしい。

つまり、宇宙の意識を感得したのかもしれない。

 

― 意識が人体に閉じ込められるって話は、なにやら 「ゴースト・イン・ザ・シェル」(攻殻機動隊)を思い出させる。英語のタイトルの方が今回の話を彷彿とさせる。

 

― 分野は忘れたけど、最先端の科学者の中には、すべては信号のネットワークだというひとたちがいるらしい。 これも この宇宙の意識と関係があるんだろうか。

 

― 八百万の神という考え方は、古代の世界には共通する考え方だったのだろうか。

 

― 意識が宿るのは生命体だけなのか。 進化するものには意識があるように思える。 動物や植物の進化をみると、めちゃくちゃ合目的的に進化しているとしか思えないものが多いですもんね。 そこには意識というか、意志を感じますよね。

 

― 人間は偏った見方、感じ方しかできない。都合のよいことしか受信できない。指向性が強い。 眼の前にあるのに見えないこともある。

 

― 宇宙の量子レベルでの意識が、たまたまあなたの身体に閉じ込められたのが あなた自身である。 それなら、釈迦みたいにすべてを捨て去って、宇宙と一体化して悟りを得ることは可能かもしれない。

 

 

・・・ってことで、今後の考えるヒントとしてメモ書きしました・・・

 

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2017年5月16日 (火)

私には情というものが足りない。 DNAのプログラムの損傷か?

私には情というものが足りない。 DNAのプログラムの損傷か?

先日 NHKの番組で、火野正平の「心旅」を見た。
倉敷編で、水島港が目的地。
大学時代に、水島港から丸亀港へのフェリーに乗り
香川県の大学で勉強した女性。
善通寺にある寮暮らしで、親恋しさに4年間泣き暮らした
という話だった。

こんなに情の深い人がいるんだなあと、
この番組を観て、私自身のことを振り返った。

私には情が無い。
前々からそんな気がしてきた。

5img_2707

情が無いというよりも、感覚、感情がぼ~っとしている
と言った方が正確かもしれない。

私には15歳上の姉がいて、母親が家業や家事で忙しく、
姉が私の世話係だった。

小さい頃から、その姉からよく言われた。
あなたは 本当に暑さ、寒さが分からない子だねえ。」
・・・季節感覚が鈍く、着るものに無頓着で、
着た切り雀みたいな私だったからである。
そして、その姉が、これを着なさい、あれを着なさいと
やってくれていた。

私が24歳の頃、母親が癌で亡くなった。
30歳の時 父親が脳卒中で亡くなった。

しかし、その折も、なんだかぼ~~っとしていて、
涙を流した記憶は無い

特に父が、年末に、夕ご飯、晩酌の後、風呂上がりに
テレビを観ていて、昏睡状態に入り、数日間寝たままになり、
12月31日に、70歳の誕生日に他界した時には、
兄弟揃って 「上手に死んでくれた」 と笑い合った。

父と兄は、その当時 和菓子屋をやっていて、
兄嫁と姉も、一緒に働いていた、家内工場だった。

年末には、ご近所の多くのお客を相手に、正月の餅の
賃突きをするので、クリスマスの後、30日までは
その餅つきで毎年大忙しだった。
大忙しの間は、いびきをかいて寝てくれていた父、そして、
誕生日に死んで 市役所から70歳以上の死に際して
もらえる見舞金もゲット、と言うことで「上手に死んでくれた」のだった。 
だから涙も出ず、笑い合った。

私が高校生だった時までは、高校の同級生のアルバイトと
一緒に3~4人で、出来たての餅の配達をやったりした。
雪の中を配達した年もあった。
暑さ寒さに鈍感だったのは好都合だった。

高校を卒業した後、東京の英語専門学校で、貿易英語や
ビジネス英語を2年間学んだ。

貧乏だった実家からの助けが要らないように、
新聞配達の奨学生になり、神奈川県の販売店に寝泊まりして、
朝夕刊を配達し、集金をし、そして週末には営業活動もやった。

ここでも、季節に鈍感という体質は好都合だった。
雨や雪の日でも、雨合羽をかぶり、その殻の中に閉じこもるように
歌を歌いながらペダルを漕いでいた。

・・・・・

20歳の頃。
亀井勝一郎、小林秀雄などのエッセーや、ショーペン・ハウエル
などの哲学書にかぶれた。

その頃だったと思うが、「耳を澄まして、生きていこう」と思った。
自分の鈍感さを自覚して、もっと感覚を研ぎ澄まさなくてはと
思ったのだと記憶している。

しかし、その後の母と父の死に際しては、効果はなかったようである。

今考えると、理屈の耳は澄ませても、情の感覚を磨くことは
結局出来なかった
ということになる。

・・・・

情の感覚と言えば、おそらく恋愛に関する情が、誰しも
筆頭に挙げられるのだと思う。

私の場合も、ちゃんとDNAに刻まれたプログラムに従って、
それは起動された。

本来、情というのは、そのプログラムにどのように、どの
程度の強弱をもって刻まれているのか。 そして、それが
滞りなく起動されるかという問題かもしれない。

しかし、恋愛のプログラムは予定どおり働いたが、
親に懐く情や子供に関わる情は、私の場合は、上手く
プログラムされていなかったらしい。

もしかしたら、生まれた時にはちゃんとプログラムされて
いたのかもしれないが、小学校低学年の頃に、
友達の家で遊んでいて、崖から落ち、階段をごろごろと
転がり落ちて、頭を打ち、医者から「御臨終」を宣言され、
その後 息を吹き返した時に、プログラムに狂いが出たの
かもしれない。

・・・・

私は全く子煩悩ではなかった
親の情というものが まともに発達しなかったようにさえ思う。
小さい子供は 極端にいえば 猿に対する感覚に似ていた。

私が二人の娘に教えたことといえば、自転車の乗り方ぐらいであった。

勿論、親としての責任という、理屈に於いては、自覚はあった。
しかし、「子供が可愛いくてしょうがない」というような情は
なかった。

子供は 周りに影響されてその真似をする猿である・・・と
言うような気味の悪さがあった。

だから、自分なりの考えを持って、ものを言うようになって
初めて、「ようやく人間になったか」と嬉しくなった。

・・・やっぱり、こういう感覚は親子の情としては変だと
思うが、プログラムに損傷がある以上 しょうがない。

・・・・

ここ数年、仏教の経典に関連する本をいろいろと読んできた。

その中で一番印象に残っているのは、なんと言っても
原始仏教の釈迦が言ったとされる 「ブッダの言葉」である。

「「ブッダのことば」(スッタニパータ)(42) 感想・まとめ」   
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/08/post-4c5c.html

この中で、お釈迦様の思想を振り返ってみると、こんなことが
書かれていたんです:

3.つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を
空なりと観ぜよ。 そうすれば死を乗り超えることができるであろう。

10.人間の迷いの世界である「世間」には五種の欲望の対象があり、
意(の対象)が第六であるとされる。
これらに対する貪欲を離れることによって、苦しみから解放されると
している。

5. 出家修行者のあり方については、
妻、子供、家族、親戚、世間との一切の接触を断ち、「独り」で
村はずれの洞窟や木の下に住み 一切の所有をしないことを求めている。
最初期の仏教修行者は住居とか臥床というものをもっていなかった。
さらに、せいぜい毛布か布にくるまって寝ていただけ、とも書いてあります。。

21. 子供が死んでも嘆くのは良くない
人が悲しむのをやめないならば、ますます苦悩を受けることになる。
亡くなった人のことを嘆くならば、悲しみに捕らわれてしまったのだ。
人間の絆を捨て、天界の絆を越え、すべての絆をはなれた人であれ。

==== どうも、こういうのを読んでいると、
     情を捨てろと言っているように見えるんですよねえ。

     出家ということだから、世間を捨てる、情を捨てる、
     子供が死んでも嘆かないってことにはなるんでしょうが、
     どうも 人間としては DNAのプログラムから
     解き放たれるように修行をしろと
言っているように
     思えてしまうんです。

     元々、お釈迦さんは、人間が苦から逃れる為には
     どうしたらいいのかを覚ろうと努力したそうですから、
     苦の元になっている情を断ち切れということには
     なるのだと思います。

     ってことは、私が小学校低学年の時に「御臨終」に
     なった時に、私は既に「仏」になっていたから、
     息を吹き返した後に 情を忘れちまったってことに
     なるのかな???
   

不真面目なオチで すんません。

 

===============

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2017年5月10日 (水)

「浄土三部経ー観無量寿経」を読む-その5- 上品、下品はなんで決まるのか?

上品、下品という言葉の由来をちょっとチェックしてみたところ、
以下のサイトがありました。

http://yain.jp/i/%E4%B8%8A%E5%93%81

「品性、品格がよいさま。反対は「下品(げひん)」。」
「仏教では、「上品(じょうばん)」「下品(げぼん)」と読む。
 極楽浄土に往生を願う衆生を能力や資質によって上・中・下の
 「三品」に分け、「上品」は最上、「下品」は最下位になること
 からいうもの。 」

・・・ってことで、以下にそれがどういうものだかを読んでいきます。

Img_2621



p31
仏はアーナンダとヴァイデーヒーに告げられたーー
上品上生(じょうぼんじょうしょう)の者とは、
生ける者どもの中で、かの仏国土に生まれたいと願って、
三種の心を起こし、往ってかの仏国土に生まれる者のことである。
三つとは何であるか。
第一は誠実な心であり、第二は深く信ずる心であり、
第三は一切の善行の功徳を仏国土往生に振り向けてかの仏国土に
生まれたいと願う心
である。・・・」

「・・・また次の三種の生ける者どもはかの仏国土に生まれる
であろう。 三つとは何であるか。
第一は慈しみの心を持っていて殺さず。 さまざまな戒律を
守っている者。  第二は大乗経典を読誦する者。
第三は、仏・法・僧・戒・捨・天の六つを念ずる行を行なう

者である。・・・」

p33
<上品中生(じょうぼんちゅうしょう)の者>とは、
必ずしも大乗経典を学んだり読誦したりしないけれども、
よくその意義を理解し、最高の道理を聞いても心が動揺せず、
深く因果を信じて大乗を誹謗せず、これらの功徳を振り向けて
<幸あるところ>という世界に生まれようと願い求める
者のことである。・・・・

p34
<上品下生の者>とは、また原因結果の道理を信じて大乗を
誹謗せず、ただ無上道に向かう心をおこし、この功徳を
振り向けて<幸あるところ>という世界に生まれたいと
願い求める者のことである。
この修行者の命が終わろうとするとき、アミタ仏と
アヴァローキテーシヴァラとマハースターマブラープタは、
多くの従者たちとともに黄金の蓮花を持ち、五百人の
化身の仏を化作して、迎えに来られる。・・・・

・・・これを<上品下生の者>と名づけ、これを
<上位の者の往生の観想>(上輩生想)と名づけ、
<第十四の冥想>と名づけるのだ。・・・・

===極楽往生した衆生の能力・資質の一番上のランクを
   さらに3つに分けて上のように区分しているんです。
   私の場合なら、「大乗を誹謗せず」ぐらいなら
   なんとかなるけど、他は無理かなあ・・・
   まず、「信じる」ってことが出来ない天の邪鬼
   だからなあ。

   このレベルだと、500人で迎えに来るそうです。
   阿弥陀仏の来迎図ですね。
   でも、浄土真宗では、こういうのは無しだそうですよ。

p35
<中品上生の者>とは、生ける者どもの中で、
在家信者の守るべき五つの戒律を守り、八つの戒めを守り、
さまざまな戒律を修行して、五逆罪を犯さず、さまざまな
苦しみを嘗めることがなく、この善根を振り向けて
<幸あるところ>という世界に生まれたいと願い求める
者のことである。

p35
<中品中生の者>とは、生ける者どもの中で、
一日一夜の間八つの戒律を守り、あるいは、一日一夜の間
見習僧の戒律を守り、あるいは、一日一夜の間修行僧の
守るべき戒律を守って立居振舞に欠けたところがないという、
これらの功徳を振り向けて<幸あるところ>という世界に
生まれたいという願いを求める者のことである。

p36
<中品下生の者>とは、立派な若者または立派な娘で
あって、父母に孝養をつくし、世間の人々と深い友情を
以て交わった者のことである。

==== 少なくとも、私はこの<中品下生の者>では
     あり得ませんね。年齢制限で引っかかっちゃう。
     なんとか<中品中生>なら、時間制限があるから、
     いけるかも??
     <中品上生>は、毎日やらなきゃいけないから
     無理だよなあ・・・

p37
<下品上生の者>とは、生ける者どもの中で、さまざまな
悪しき行為を行なう者、大乗経典を誹謗することだけはしない
けれども、多くの悪しき行為を行なって、恥ずかしいと
思わぬ者のことである。・・・」

「立派な若者よ、お前は仏の名を称えたから、さまざまな
罪がみな消滅し、わたしがお前を迎えに来たのだ。」

p38
<下品中生の者>とは、生ける者どもの中で、五つの戒律、
八つの戒め、修行僧の守るべき戒律を犯し、僧団に属する物を
盗み、僧に供養された物を盗み、名誉や利欲のために説法して
恥ずかしいとも思わず、さまざまな悪しき行為で自分を飾って
いるような愚か者のことである。
このような罪深い人は、悪しき行為の結果として地獄に堕ちる
であろう。

===おお、ここで地獄が出て来ましたよ。ついに。

しかし・・・・その後があります・・・

p38
命が終わろうとするとき、地獄の猛火が一時に押し寄せる
その時、指導者が居て、大慈悲心からこの者のために
アミタ仏の持つ十種の力の徳について説き、広くかの仏の
光明の神秘的な力を説き、また戒律・精神の安定・智慧・
迷いからの自由・迷いから自由になった知見をほめ讃える
のに遇い、この人は聞き終わるや、八十億の間かれを生と
死とに結びつける罪から免れる
地獄の猛火は変化して清く涼しい風となり・・・・

=== ってことで、一旦は猛火に焼かれるみたいですけど、
    そこに阿弥陀様の代理が助けに来てくれるようです。

p39
<下品下生の者>とは、生ける者どもの中で、
不善な行為である五逆罪と十種の悪行を犯し、(その他)
さまざまな不善を行ない、このような悪しき行為の結果、
悪しき道に堕ち、長い間繰り返しくり返し苦悩を受けて
止むことのない愚かな者のことである。
このような愚かな者の命が終わろうとするとき、この者を
種々に慰め励まし、この者のためにすぐれた教法を説き
教え、仏を念じさせる指導者に遇う。
ところが、この者は苦しみに迫られて仏を念ずる暇がない
そこで指導者が言うのに、「お前がもし仏を念ずることが
できないのなら、無量寿仏よ、と称えなさい。」と。
このようにしてこの者は心から声を絶やさぬようにし、
十念を具えて、南無アミタ仏と称える
仏の名を称えるのであるから、一念一念と称える中に、
八十億の間かれを生と死に結びつける罪から免れるのだ。

これを<下品下生の者>と名づけ、これを<下位の者の
往生の観想>(下輩生想)と名づけ、<第十六の冥想>
と名づけるのだ。」

=== おやや??
    下品下生なのに、地獄という名前が出てこない
    ですね。 焼かれないのかな?
    
=====

こちらのサイトに まとめがありました:
http://tobifudo.jp/newmon/name/9hon.html
「浄土教では、生前の行いによって、極楽浄土に生まれ変わる
とき、九つのパターンがある、とされています。
九つのパターンは、上中下の三品と、上中下の三生の組み合わせ
で表されます。」

・・・このまとめで気付くのは、
・・・上品は大乗を修める人、中品は小乗を修める人と
・・・一般的な善を行なう人、そして、下品は身勝手な人
・・・と書いてあるところですねえ。

このまとめに書いてある点を 上記の本からの抜き書きと
比較してみると、どういうことになるでしょうか・・・

大乗を修める人と小乗を修める人という部分の表現
本に書いてある「大乗経典を誹謗する・・・」という
表現のある部分とは一致しないようなんですが

いろんな宗派によって、解釈が違うからなんでしょうか?
まあ、多分、私の読み方が間違っているんでしょうね。

====

p40
世尊は「ことごとくみな生まれるであろう。 かの国に
生まれたら、仏たちを眼の前に観る精神集中ができるで
あろう。」と予言せられ、無量の天人たちは無上道に
向かう心をおこした。

p41
そのとき世尊の足は虚空を歩いて、鷲の峰に還られた。
アーナンダは広く多くの人々のために先のようなことを
説いた。 無量の天人たち、竜や、ヤクシャ(夜叉)たちは、
仏の説かれたところを聞き、みな大いに歓喜し、仏を拝して
退出したのであった。

==== さあ、これで観無量寿経の日本語訳を読み終わり
     ました。
     次には、漢文書き下し文の註釈のページで
     上記の部分を拾ってみたいと思います。

・・・ その6が 最終回になります ・・・

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