カテゴリー「文化・芸術」の記事

2017年8月21日 (月)

コスプレが取り持つ縁が「花魁道中」までバギオ市に : 若者たちのパワー

怪しい日本人のおっさんが バギオ市のコスプレの高校生や大学生の

集まりに 小さなカメラをもって うろうろし始めたのは

もう7年ぐらい前のことだったんです。

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そして その頃の大学では あちこちで コスプレ・サークルが発生し

おそらく10以上のグループがあり 2~3年前には バギオ周辺に

300人ぐらいは コスプレ愛好者がいると聞いたものです。

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そして その7年前に バギオ博物館で 七夕祭をやった時に

彼らの方から 手伝いたいと コスプレ衣装を身につけて

受付などをかってでてくれたのでした。

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そういう連中が 今は立派な社会人。

それでも「毎年手伝いますよ。」と義理がたい。

数年前には OTAGEKIコスプレ協会なるものを設立し

バギオ大学には 可愛い家族という大学公認のサークルも出来た。

その二大サークルが毎年のコスプレ・イベントを牽引した。

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一方で フィリピン大学などのアーティストの卵たちも

年に一度の七夕祭りの展示に協力してくれている。

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毎年 頭を悩ませている 展示内容についても

一を聞いて十を知る若いアーティストたちが 何とか形にしてくれる。

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そして時が流れ OTAGEKIも 可愛い家族も その後の

バギオ・コスプレ・コミュニティーも 名を消してしまい

それでもパッションを失わない若者たちが結成したのが

Curteanah コスプレ・イベント という いわばイベントの

オーガナイザーの団体だった。

そして そのパワーを 「花魁道中」という形にしてくれたのです。

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リーダー格の若者たちは 日本にも何度か旅行して

日光江戸村やら東京のコスプレショップ それに京都などでも

さまざまな企画に役立つ情報を集めてきたようです。

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しかし ここまでの道具立てが出来るとは 驚きの一言。

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バギオ・シティー・ナショナル・ハイスクールなどを会場として

毎年開催され 今年は 6回目の「コスプレ七夕祭」。

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それが この花魁道中に結実したというべきでしょうか・・・・

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君たち ここまでやっちゃったら 来年からどうすんだよ・・・

・・・って言いたくなります。

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来年以降 どんな展開を見せるのか・・・楽しみです。

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では このイベントのスナップ写真をご覧ください:

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パンガシナン州の Mangaldan National High School から

遠征してきた バギオ48ダンス・コンテスト参加の生徒さんたち。

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こちらは同じく パンガシナン州の Juan G. Macaraeg National High Schoolの

ダンシング・チーム。 このハイスクールは3回目の参加です。

どちらのハイスクールも 国際交流基金から派遣されている

日本語パートナーが 日本語の授業をサポートしています。

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こちらは バギオ市のお隣 ラ・ウニオン州から参戦した

ダンシング・チーム。 可愛い子たちだねえ。

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派手な忍者みたいなユニフォームを着ているのは

イベント団体 CurTeaNah コスプレ・イベントのメンバー。

彼女らは良く働きます。

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バギオ48ダンスコンテストの審査員の皆さん。

英語留学中の2名。

日本人会メンバーの2名。

そして主催者側 1名。

ダンスコンテストの様子は こちらのサイトでご覧ください:

http://janl.exblog.jp/237609485/

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課題曲は3つで

このチームは Baby Metal の 「ギブ・ミー・チョコレート」を踊りました。

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このチームも 同じく Baby Metalなんですけど

チームの名前を Baby Mental ってちょっと捻っていましたねえ。

メタルをメンタルに変更ですね。

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私が審査員だったら このチームに入れたんですけどねえ・・・

残念でした。

躍った曲は 「千本桜」でした。

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このチームには 会場から 「きゃ~~~」と歓声が上がっていました。

何故かって?

見れば想像つきますよね。

某映画監督によれば フィリピンの映画業界やアーティストなどの

中には 性別不詳の人がかなりの割合でいるそうです。

それだけ 才能がある人が多いという話です。

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このチームが優勝チームなんですけど。

なかなか工夫を凝らした演出でした。

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今年のチームの中で一番大きなチームだったんですけど

昨年までは これ以上の人数のグループが 上位を独占していたんです。

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これが 二位を獲得したチームなんです。

私的には 浴衣でこういう状態ってのは 許せないんですけど・・・・

まあ 衣装をまじめに作ると お金かかるしねえ。

・・・・

それでですねえ・・・・

私は ひとつ非常に残念だったことがあるんです。

課題曲は3つだったんですけど

その中のひとつ 欅坂46の「サイレント・マジョリティー」を

躍ったチームがなかったんですねえ。

本当は 私が期待していたのは この曲だったんです。

https://www.youtube.com/watch?v=17ymMe_Je7g

去年までのチームは 15~20名の編成のチームだったんで

今年これをやってくれたら さぞかし壮観だろうなあ~~

なんて個人的な趣味で期待していたんです。

当初は この曲でエントリーしてあったんで喜んだんですけど

その後 振り付けが難しかったらしくて 変更になっちゃった。

ところで 課題曲のひとつに「千本桜」を選曲した方がいいですよって

提案してくれたのは 地元の若い人たちだったんです。

https://www.youtube.com/watch?v=K_xTet06SUo

流石です。

今時のフィリピンでの日本ものの流行りを良く研究しています。

=====

以下は ランダムなスナップ写真です。

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今年の目玉のひとつ ・・・ 撮影ブース。

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このお二人は コスプレ界では有名な二人だそうです。

スペシャル・ゲスト。

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右の女性は パワフルなパフォーマンスをしていました。

歌を終えた後に 私のところまでやってきて

「すみませんね・・・・」なんてことを言ってきました。

なんだか意味不明だったんですけど 風貌に似合わず

可愛いなと思ったもんです。

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この人も ゲストの歌い手です。

昨年の歌のコンテストで優勝したんですけど

それは素晴らしい声でした。

https://www.youtube.com/watch?v=DZtTuWfFws8

(このyoutubeの 03:30分ぐらいから彼女の歌があります。)

・・・しかし 衣装によって がらりと雰囲気が変わるもんですよねえ。

私はコスプレやっている連中の素顔はほとんど見たことないです

からねえ・・・普通に街中で出会っても分かりませんよ。

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日本食の鳴門と 炭焼き焼肉の但馬屋が 出ていました。

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かなり立派な日本刀を売っていました。

聞くところによると 中国製らしいです。

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切れ味も良さそうでしたよ・・・・

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当たっていました・・・・

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これには驚きました。

・・・しかし なぜ 後ろ姿ばかり撮っているのかって??

まあ それはその方が幸せでいられることも多いってことで・・・・笑

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・・・・では ちょっと勇気を出して 前から見てみましょうかね・・・・

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これは横からです。

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これも・・・横・・・・

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ちょっと 斜め・・・・・

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ちょっと遠目・・・・

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やっぱ笑顔があれば大丈夫・・・・

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(photo by: Mr. Sakisaka)

ポーズは大事です・・・・・

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(photo by : Ygam Retuta Photography)

結論・・・・カメラと腕が合わされば 美しく映る・・・

 

 

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2017年7月17日 (月)

2017年 バギオでの日比友好月間イベント こんな感じです

フィリピン・バギオ市で進行中の 日比友好月間イベント。

お陰様で 新聞やテレビでも取り上げてもらっています。

7月14日に開かれた Baguio Historical/Heritage sites Pinting workshop/contest

は、バギオ市にある 歴史遺産候補とも言うべき建物などを

若い人たちに描いてもらおうという趣旨で行われました。

7月17日には その様子が 地元のテレビ局でも 夕方のニュース番組で

放映されました。

(動画は こちらの TV Patrol Northern Luzon -  Jul 17, 2017   のものの

 中で 27:00分ぐらいから始まります。)

https://www.youtube.com/watch?v=L-SmNEJ5Tmw&index=1&list=PLgyY1WylJUmiOR5LLh_tPtYCnlB8RNyZv

 

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・・・この日は月曜日。

金曜日にニュースにはならず。

土曜日・日曜日はローカルニュースは放映されず。

3日分のニュースが 月曜日に放映されるってことで、没になったかと

思いきや、ニュースの最後に出て来ました。

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この写真は 1930年代以前の バギオの中央公園・バーンハムパークです。

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この方が ゲスト・スピーカーなんですが、アデライダ・リムさん。

バギオ歴史遺産財団の理事長さん。

フィリピンのテキスタイル業界団体の理事だったり、

映画界でも制作側のアート系で著名な人なんだそうです。

さら~~に、なんとなんと、フィリピンの千ペソ札に3人の肖像が

あるんですが、その中の ビンセント・リム将軍がお爺様なんだとか。

その、将軍なんですがね、

実は 太平洋戦争の時に日本軍に殺されたそうなんです。

気まずいです・・・・・

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この人は 北ルソン日本人会の会長さんです。

どういう人かは 知りません。

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この人たちが何をやっているかっていうと、

戦前のバギオ市のいろんな建物の写真を見ているんです。

この絵画コンテストのテーマが

「バギオの歴史的建物の 過去・現在・未来」 って話なんで、

時を超えたイルージョンみたいな絵を描いて欲しいらしいんですね。

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このコンテストの参加者は60人ぐらいだったそうですが、

その内の半分ぐらいが ハイスクールの生徒さんたちで、

半分が大学生を含む一般の人たちなんだそうです。

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女子高生が バギオ大聖堂を描いていました。

どんな作品に仕上がるんでしょうねえ・・・・

詳しい話は こちらのサイトで チェックしてみてください:

http://janl.exblog.jp/237203747/

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

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2017年7月11日 (火)

バギオ市での 日比友好月間のイベントが 始まります

2017年の バギオ市で開催される 日比友好月間のイベントの情報です。

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詳しい情報は こちらのサイトで ご確認ください:

http://janl.exblog.jp/237125779/

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

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2017年6月15日 (木)

フィリピン・バギオ市の 未確認飛行物体・・?? これは一体どっちなんだ。 蛾なのか蝶なのか

昨日のことなんですけど・・・

日本語教室が始まる前に、こんなものが花に止まっていたんです。

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・・・これって 何??

日本人の普通の感覚なら、形は 蛾 ですよね。

こういう三角形の羽の形は 蛾に違いないですよね。

でも、蛾ってのは 夜の虫じゃないですか?

明るい時間に飛んでいるのは 蝶じゃないかと思うんですけど、どうなんでしょうか?

・・・で、文明の利器を使い、早速検索。

違いが分かる事典

「蝶(チョウ)」と「蛾(ガ)」の違い

http://chigai-allguide.com/%E8%9D%B6%EF%BC%88%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%EF%BC%89%E3%81%A8%E8%9B%BE%EF%BC%88%E3%82%AC%EF%BC%89/

・・・まさしく そのものズバリのサイトがありました。

これによりますと:

「蝶は昼行性で昼に飛び、蛾は夜行性で夜に飛ぶといわれるが、夜に飛ぶ蝶もいれば、昼に飛ぶ蛾もいる。」

・・・いきなり しょっぱなから、私の疑問にズバリと答えてくれますねえ。

つまりは、私のような感覚を持っている日本人は多いってことですな。

「蝶は羽をたたんでとまり、蛾は羽を広げてとまるといわれるが、蝶の中にも羽を広げてとまるものが多く存在し、蛾の中にも羽を広げずにとまるものもいる。」

これも 私のイメージを こなごなにしてくれますねえ・・・

どういうことなの??

そこで次に登場するのが この文章です。

「よくいわれる違いも「日本に生息する蝶と蛾の一般的な違い」をいったもので、例外が多く、明確に区別することは難しい。
そもそも、「蝶」と「蛾」は同じ「鱗翅目の昆虫」で、生物分類学上でも区別されていない。」

・・・なに~~~!! 区別されていない????

そして、止めは これですよ・・・

「日本語や英語では「蝶(butterfly)」と「蛾(moth)」を区別しているが、フランス語やドイツ語など多くの言語では、「蝶」と「蛾」の区別はなく、ひとつの言葉で言い表されている。」

・・・

まさに 言葉を失いました。

英語には区別があるけど、フランス語やドイツ語にはない!!

・・・・ で、そこんところが さらに知りたくて、検索検索・・・

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行きつくところは wikipediaですねえ。

チョウ目

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%E7%9B%AE

ここには、さらに驚くべきことが書いてありました・・・・

「要するに「チョウ」の特徴をある程度定義することはできるが、「ガ」の特徴は「チョウ」の系統を定義する特徴を用いて、消去法で表現することしかできない。系統分類学的に言えば、チョウはガの一部なのである。

・・・これは上にも書いてある 分類上のことなんですが、日本語教師として どうしても下の文章に目が行くわけです・・・・

「日本語では「チョウ」と「ガ」をはっきり区別しているが、ドイツ語圏フランス語圏など、この2者を区別しない言語・文化もある。元来、漢語の「蝶」とは「木の葉のようにひらひら舞う虫」を意味し、「蛾」とはカイコの成虫およびそれに類似した虫を意味する言葉であった。そのため、この漢語概念を取り入れた日本語において、そもそも「チョウ」と「ガ」は対立概念ではなかったのである。」

元々 中国では 蝶と蛾が このように定義されていて、それが日本に入ってきたわけなんですねえ。

・・で、日本では そもそもこの二つは対立概念ではなかった・・・と書いてあるんです。

どういうこと??

「、「蛾」という語が産業昆虫として重要であり、しばしば民俗的に神聖視されるカイコの成虫がイメージの根底にあることからわかるように、今日のように不快昆虫というイメージもなかった。」

・・現代は、蛾のイメージは一般的に日本では悪いけど、昔はそうじゃなかったってんですねえ。

「むしろ日本における今日的な「チョウ」と「ガ」の線引きの起源をたどってみると、英語における "butterfly" と "moth" の線引きと一致し、英語圏からの近代博物学の導入に伴って英語の文化的分類様式が科学的分類法と混在して日本語に持ち込まれたことが推測される。」

・・・ おお、英語での区別が 日本語に影響を与えた・・・ですか。

それが、中国語の 蝶と蛾に結びついた・・・・・

で、英語でのネガティブな意味がどこから来たかっていうと・・・

「 moth や Motte は元々は毛織物や毛皮を食害する小蛾類であるイガの仲間を指す語であったらしい。」

・・・なんですね。

日本では、元々 経済的にも有難いものだったのに、英語が入って来たらネガティブな意味が一緒にやってきた・・・

で、じゃあ、日本では 古来 どういう呼び名があったかっていうと・・・

「日本語では、ハエ、ハチ、バッタ、トンボ、セミなど、多くの虫の名称が大和言葉、すなわち固有語である。しかし、この蝶と蛾に関しては漢語である。蝶、蛾もかつては、かはひらこ、ひひる、ひむしなどと大和言葉で呼ばれていた。その際、蝶と蛾は名称の上でも、概念の上でも区別されていなかった。」

おお、ヤマト言葉があったんですねえ・・・

「かはひらこ」 「ひひる」 「ひむし」 ・・・ですか。

てふてふが古語かと思っていたら、その前があったんですねえ。

素晴らしいじゃないですか。 ちゃんと古代の日本にも言葉があった。

そして、そこでは 蝶と蛾の区別はなかった。

つまり、フランス語やドイツ語と同じだった。

・・・・

さて、もっと古代の日本を探してみました・・・

ありました、凄いです・・・

ぽかぽか春庭「ちょうちょ」 新語旧語(3)ちょうちょ」

http://blog.goo.ne.jp/hal-niwa/e/5eb1fced4619981409d8e259719d30ee

「「万葉集」には、蝶を詠んだ歌がない、というのも、やはり「魂の運び手」としての蝶を名指しで記録することは忌まれていたからなのでしょうか。夜あかりに集まる蛾のほうは、「ひひる」「火取り虫」として記録されています。」

・・・・ここでは、火に集まる虫のイメージですね。

「『魏志倭人伝』には卑弥呼の使者が魏に朝貢し、倭錦(わにしき)という日本の野蚕の織物を献上したという記録があります。野生の蛾を集め、繭から繊維をとることが卑弥呼の時代にもすでに行われていて、機織りがなされていたことがわかります。」

・・・で、蛾は 上記にもあるように、経済的に貴重なものだった。

   良いイメージなわけです。

「沖縄の「てびらこ」も、蝶も蛾も含めての語と思われます。」

「同じ空飛ぶものであり、霊魂に関わると意識されたのに、「とり」は和語が残ったのに対し、「かはひらこ」は、地方の方言にしか残らず、中央の語は「てふ」だけになってしまったのは、なぜなのか、まだわかりません。」

「この神歌に出てくる「花の苑には蝶小鳥」も、人の魂を運ぶものとしての「蝶」の観念が残されているように思います。」

・・・ 蝶の方は、口に出してはならないような忌むべきイメージがあったのでしょうか。

・・・・・

それで、古語辞典で調べようとしたところ、こんなサイトがひっかかりました。

世界大百科事典内のカハヒラコの言及

https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%8F%E3%83%92%E3%83%A9%E3%82%B3-1291773

「《吾妻鏡》には,蝶が群飛するのを怪異として社寺に祈禱する記事が散見する。…」

・・・・

さらに 古事記・日本書紀のころの話としては・・・

神話の森のブログ

http://nire.main.jp/sb/log/eid154.html

記紀のころは、蝶は蛾との区別があまりなく、不吉な兆しを予見させたりすることもあるが、また、常世の虫とも見なされている。鳥は、人の集団を一つの方向に導くためのものとして、船の舳先などにかたどられることがあるが、蝶は、あいまいではかなくも見える常世の国と関係づけられる。常世の国は「常夜の国」でもあり、つまり常闇の死者の国でもあるという最も古い時代の考えも残っていたので、蝶もまた吉と不吉との両面から意識されていたようである。」

・・・確かに 蝶と蛾の区別は明確ではなかったようですね。

そして、時代によって、その ポジティブなイメージやら ネガティブなイメージが 交錯してきたようです。

今からは、蝶と蛾を 思いこみで差別しないようにしないといけないかな??

・・

猫ちゃんなんかは、差別せずに 喰っちゃってますけどね・・・へへへ

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////  蝶と蛾は 以上なんですが、

実は 「未確認飛行物体?」 ってのが もうひとついたんです。

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これって 蜂なんですかね? 蝶なんですかね?

それ以外だとすると 何でしょう????

こちらに 昆虫図鑑・蜂の図鑑があるんですけどね・・・

昆虫図鑑:ハチ目(膜翅目)

http://chigaku.ed.gifu-u.ac.jp/chigakuhp/html/kyo/seibutsu/doubutsu/08hachi/

これを眺めても 羽の形なんかから見ると 蜂とは言えないような感じですよね。

じゃあ、蝶なのか・・・ってことで 図鑑を見てみましょうか・・・

昆虫図鑑チョウ目 鱗翅目

http://www.ha.shotoku.ac.jp/~kawa/KYO/SEIBUTSU/DOUBUTSU/06chou/index.html

・・・これを見ても、似ているものが 見当たらない・・・

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これは いったいぜんたい 蜂なのか、蝶なのか、はたまた 別物なのか??

どなたか・・昆虫に詳しい方 教えてください。

・・・・ もうひとつ おまけに いきましょうか・・・・

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左下の 大きな蜂・・・・ 熊蜂みたいに大きな蜂でした。

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あじさいを撮っていたら、横から入ってきたんです。

でも、ちょっと分からないのは 熊蜂にしては、真っ黒で、黄色い縞模様がなかったんです。

ほぼ全身真っ黒。

これって なんですかねえ。

検索して一番近そうなのは このサイトにあったんですけど、これにしても私が見たものに比べると くびれがしっかりありますからねえ。

http://www.raipon.jp/old/modules/bluesbb/i/i_message.php?thr=93&dis=3&num=1

おっと~~~、これがさらに似ています。

大きさも 5cmって書いてあります。 凄いです。

https://blogs.yahoo.co.jp/mimi33kiki/24005400.html

ここにも書いてありますけど、私が見たのも、羽音が凄かったんです。

半身になりながら 二枚目を撮影しようとしたんですけど、捉えることはできませんでした。

 

・・・・

フィリピンには いろいろと 見慣れない物体が飛びまわっております。

もしかして、これって、新手のドローンですか???

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017年6月 3日 (土)

華麗なるフィリピンの成人式: 女の子は18歳でデビュー

先日、知人から「娘の18歳のお祝いをするので・・・」 とお声が掛かりまして。

それでは、カメラマンとして行かねば・・・ってことで、気軽な感じで出かけました。

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行ってびっくり・・・・

なんと老舗の完全会員制のホテルの、それも大広間でのパーティーでして・・・・

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招待客は 18歳の娘さんのお友達や親族など、およそ150名だとか・・・

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料理も 日本料理が最初に一人一人サーブされるなど、本格的。

いやあ~~、もうちょっとお洒落して来るんだった・・・・

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もう、こうなると、初期の設定どおり、撮影班としてスタッフみたいに動くしかありまっせ~~ん。

フィリピンらしく、一時間ほどの遅れで 静々と御両親と妹さん、そして本日の主役のお嬢様の登場です。

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ご覧ください。 これですよ。

まるで 昔の映画で見たようなシーンが展開します。

「戦争と平和」だったかな・・・??

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あの映画は、ロシアを舞台にした アメリカ制作の映画だったと思いますが。

ありました・・・・・

https://www.youtube.com/watch?v=M7PLRmnFOls

これはアメリカ製・・・・

https://www.youtube.com/watch?v=k30OO5_nEWY

やっぱり、こちらのロシア製の方が雰囲気ありますね。

 

このフィリピンの 女の子の「デビュー」、成人式の慣習は、スペインからのものでしょうか? あるいは アメリカ仕込みなんでしょうか?

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ここで踊っているのは、娘さんのお友達なんだそうです。

だから18歳前後なわけです。

男の場合は 21歳でデビューをするそうですが・・・

こういうドレスを着たりすると、随分大人に見えますねえ。

そして、こういうダンスが出来るってことも素晴らしい。

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日本の成人式と比べて いかがですか?

日本は楽しむというより、お役所のイメージだったり、神社のイメージでしょうか?

まあ、それに反発したような新聞沙汰になるような 羽目外しもありますけどね・・・・

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そして、クラシックなダンスの後には、音楽ががらりと変わり・・・・

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みんなで ディスコ・ダンス。

見ているだけでも、楽しいです。

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しかし、まあ、これだけの成人式をするってなると・・・・

お父さんは大変です。

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そして、ダンスの後には、

十数名の関係の深い人たちが、ひとりひとりお嬢さんの前に出て、お祝いの言葉とプレゼント。

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はい、こちらは 女友達のテーブルです。

日本で言うなら、高校生ぐらいの娘さん達。

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こちらは、男友だちのテーブル。

日頃はめったに見ることのない正装です。

頑張ってます。

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・・そして、お決まりの記念写真。

記念写真は、おすましのポーズと、「変顔」のポーズで撮影されていました。

最近の流行りなんでしょうね。

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この後に、デザートも、一人ひとりにサーブされまして・・・・

後で聞いた話では、パーティーの終わり頃に、お決まりの父と娘のダンスってのがあったそうなんですが、 私は 途中で脱走しましたんで、撮影できず。

いわゆる 喰い逃げですな。

ところで、 翌日のお昼頃。

このパーティーに出ていた女の子に街中でばったりと出会ったんです。

「おや、どこに行くの?」

「今から学校です・・・」

「昨日は パーティーの後は、どうなったの?」

「あははは・・・徹夜です。 寝てませ~~ん。」

・・・という話でした。

ともあれ、日本の成人式と比べると いろいろと考えさせられるデビューのお祝いでありました。

 

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ちなみに、ここは バギオ・カントリー・クラブという、老舗のホテル。

完全会員制なので、カードを持っていないと、なんのサービスも受けられません。

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第二次大戦中には、日本軍の将校クラブであったと掲げてありました。

=======

ところで、こんな本が2001年に出版されていまして、

フィリピンはバギオ市から一時間ほど車で海側に降りたところの ラ・ウニオン州の田舎町での成人式を描いた 「アミーはデブー」という章がありました。

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日本では 新人歌手なんかが「デビュー」したなんていいますけど、こちらの人の発音を聞いていると 「デブー」って聞こえるんです。

上記に 男の場合は16歳って書いてあるんですけど、今回聞いた話では 男は21歳で成人式だということでした。

まさか、地方によって慣習が違うってことはないよなあ・・・

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田舎での デビュー式は、それこそ村祭りのような雰囲気のようです。

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日本も 昔むかしは、村の中で盛大にお祝いをしたんでしょうね。

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フィリピンの人たちは ダンスが上手なんですけど、 その踊りを見慣れるようになると、日本人のダンスが なんともぎこちないものに見えるようになるんです。

日本の踊りって、基本的に堅い動きですもんね。

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ところで、これは 田舎のデビュー式の話なんですけど、

「最近のバギオでのデビュー式ってどんなのが普通なの?」 と聞いてみたところ、

地元の人によれば、お金次第だけど、最近は ディスコなんかで 友達と一緒に踊ったりするやり方が多いらしい。

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・・この本は 2000年ごろの 田舎の話なので、今や17年は経ていますから、事情もかなり変わっているんじゃないかと思います。

しかし、バギオという都会では、あまりデビューの話は聞かないので、ちょっと珍しいかもしれません。

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ところで、この本は既に絶版です。

・・が、たまにamazonの古書で売っていることがあります。

 

 

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2017年3月 7日 (火)

"The Unseen Beings" (見えざる存在) DIN ADI KAILA アート3人展 と 縄文時代? Baguio Museum

バギオ博物館で、こんなアート展のオープニングがありました。

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DIN ADI KAILA と言うのは、バギオ市近郊の地方語 カンカナイ語で、
「見えざる存在」とでも言うべき精霊などのことだそうです。

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私の日本語の生徒たちに聞いた話の中にも、いろいろな精霊にまつわる
話などがありまして、山岳民族の中には、今でも現実的な話として
伝えられているようです。

日本の精霊信仰にも通じるものがあって、親近感を持ちます。

つまり、八百万の神々ってことです。

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このアート展は、この3人さんが開催しているものですが、
8年ほど前、女性たちがフィリピン大学バギオ校美術学部の現役生
だったころから、日比友好月間イベントでのお付き合いがある
今はフリーランスのアーティストたちです。

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Ronaldさんは、昨年の七夕祭りで、伊達政宗のガレオン船を制作
してくれました。

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Kizelさんは、いつも独特の楽しい絵を発表しています。

今回は 自然の中に息づく精霊をテーマに描いています。

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Rochelleさんは、「バギオ歴史探訪アート・マップ」でも、1930年代の
バギオ市を描くとともに、全体のとりまとめ役もやってくれました。

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今回のオープニングでは、こんな踊りが披露されたのですが・・・・

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非常に興味深かったのは この「棒」です。

太さや長さに違いがあるのですが、踊りの音楽をこれで奏でたのです。

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普通は、この若者たちが手に持っている金属製のガンサあるいはゴング
という金属製の鳴り物を使うんですが、その代わりに ここでは「棒」を
使っていると説明があったんです。

ガンサについては、こちら:
https://kotobank.jp/word/%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%82%B5-48756

5img_0957


代わりに・・・と言いましたが、歴史的には逆の話でして、
元々山岳民族はこの「棒」を叩いて奏でていたものを、
中国(だったと思います)から渡ってきた青銅製のガンサを使うように
なったのだそうです。

この「棒」の演奏。 なかなか良い音で、素晴らしい演奏でした。

=====

ここで、話は急に飛ぶんですが・・・・

こんな話を聞いたことはありませんか?

フィリピン・ルソン島沖から始まる世界最強の黒潮(日本海流)は、海のベルトコンベアーの役割をはたし、海産植物や陸上生物の拡散分布に役立っただけでなく、「海上の道」となって先史時代以来多くの南方的要素を日本にもたらしたことは確かである。ここで取り上げた特徴的な石斧、貝斧は、琉球列島に定着した先史時代人(サンゴ礁文化)や南九州地域に成立した南の縄文のクニ「もう一つの縄文文化」の原郷を探る意味で重要な石器であり、また黒潮海域を主な活動舞台にした「海人」集団の軌跡を示した資料と言える。 」

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sekihiro.html

実は、たまたま 数日前にこんなyoutubeを目にしましてね。

「【ドキュメンタリー】 日本人はるかな旅 第2集 「巨大噴火に消えた黒潮の民」   」

https://www.youtube.com/watch?v=YMB3CtKJ6jk

縄文時代初期、9,500年も前の フィリピンから日本への移民?のお話。

http://www.jomon-no-mori.jp/uenointr.htm

鹿児島県・上野原遺跡の紹介

・・・・・

なんで、こんな話をいきなり持ち出したかっていうと、要するに
この「見えざる存在」アート展に戻るんですけどね、
日本に今も何となく存在している「自然崇拝」というのか「精霊信仰」と
いうのか・・・・いずれにしても、そのルーツの一旦はフィリピンの
山岳民族のそれと同じなのではないかって思ったわけです。

5img_0958

その日本の心象風景の底辺に流れているものが・・・

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もしかしたら、このアート展の底辺に流れているものと
相通ずるのではないかと・・・・思ったわけです。

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もし興味があったら、是非 バギオ博物館に足をお運びください。

2017年3月31日まで開幕中だそうです。

 

 

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2017年2月24日 (金)

Launching of Baguio Historical Walk Art Map at Mt. Cloud Bookshop

バギオ歴史探訪アートマップ」 販売開始!!

 

We held a gathering for  launching of Baguio Historical Walk Art Map
on February 22, 2017  at  Mt. Cloud Bookshop, Casa Vallejo, Upper Session
Road, Baguio City.

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the Art Map is A2 size back-to-back printed map folded into  A5 size.

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Mt. Cloud Bookshop is a very unique book store that is handling
various books regarding Cordillera tradition and culture, etc.

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the front side is describing Baguio City in 1930's  and
the back side is showing  major Heritage Sites and major sightseeing
spots in 201X.

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Welcome remarks by the coordinator of the project.
he told a story that inspired him to have this project from a Baguio Boy
before WWII.

he represented  Cordillera Green Network and Japanese Association
in Northern Luzon.

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Inspirational message by a direcctor of Baguio Museum.
she introduced some movement to preserve Heritage sites in
Baguio city, such as Baguio Heritage Mapping Project, etc.

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Illustrator of the 1930's Baguio told about the difficulties when she
determined the location and shape of the old buildings at that time.

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the artists from University of the Philippines, Baguio, joined this project.

Kyle E. Vizcara,  Rochelle D. Bakisan and Elia Kristine D. Demayo.

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coffee / tea time with the informative/supportive persons from  :

Baguio Heritage Foundation
Baguio Museum
Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon
University of the Philippines, Baguio, Fine Arts
Local Resercher and Historian
Japanese Film Maker
Japanese Association in Northern Luzon
Mt. Cloud Bookshop

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(photo by  :  Ricky Marcelo/Abong)

these two maps were donated to Filipino-Japanese Foundation of
Northern Luzon, Inc.

 

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front side of the map.

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backside of the map.

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in the research, these books, photos, post cards and maps wer referred to.

mainly from :

"Japanese Pioneers in the Northern Philippine Highlands"
by Patricia O. Afable
Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon, Inc.

"The Ethnic Chinese in Baguio and in the Cordillera Philippines"
by Dr. Charles L. Cheng & Ms. Katherine V. Bersamira

"City of Pines:  The Origins of Baguio as a Colonial Hill Station
  and Regional Capital
"
by Robert R. Reed

 

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if you want to buy the Art Map,
please contact  Mt. Cloud Bookshop in Baguio city.

http://mtcloudbookshop.com/

https://www.facebook.com/mtcloud/

the Selling Price is  P120.- at the shop.

3img_0202

 

The video of the Launching of the Art Map at Mt. Cloud Bookshop:

https://www.youtube.com/watch?v=tOwneY-TMjY

thanks for your visits.

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The below News Paper article was found at Baguio Midland Courier website

written by Ms. Stella Maria de Guia  :

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:G5K8VzCzHxcJ:www.baguiomidlandcourier.com.ph/turo.asp+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

Turo-Tour - Baguio Midland Courier Website

www.baguiomidlandcourier.com.ph/turo.asp

1. キャッシュ

2017/02/26 - As mentioned during the launching of Hidenobu Oguni's Baguio Historical Walk Art Map at Mt. Cloud Bookshop, 2016 and 2017 are auspicious years for Baguio. Not only because these years brought and are bringing several ...

 

Reliving heritage


As mentioned during the launching of Hidenobu Oguni’s Baguio Historical Walk Art Map at Mt. Cloud Bookshop, 2016 and 2017 are auspicious years for Baguio. Not only because these years brought and are bringing several projects and programs to the fore, but also because it has signaled the reawakening of public consciousness on Baguio’s culture and heritage.

Heritage is defined as a milestone, a special inheritance which focuses on culture, tradition, buildings, edifices and old practices, which should by any means be preserved, conserved and restored – not destroyed, remodeled and forgotten. What took years to metamorphose cannot be replaced by grandiose ideas of development, whether it is meant to beautify or revitalize. Neither could it be a signature or legacy to one’s development plans. One must have a certain respect for history and culture.

I actually borrowed the title of this article from a recently concluded forum of the Department of Architecture of Saint Louis University convened by architects Joan Colcol and Victor Alinio and endorsed by Engineer Cynthia Posadas and SLU Director Rosario Marfori about “Reliving Heritage” by Dr. Dennis Cremin.

Dr. Cremin is an expert who won the Book of the Year award from the Illinois State Historical Society in 2004 about “Grant Park, Chicago’s Front Yard.” Dr. Cremin starts with the question, “How do we foster architecture and engineering as a way to connect to the past?” He then proceeds to focus on art, culture and heritage of the 21st century, and mentions that “history is a litmus test for the future.”

Architect Cristito Valdivia, the very able and humorous emcee of the affair, also commented on the importance of people in architecture and alluded that. It should be a live experience. This was followed by the reaction of the “Father of Architecture in Baguio,” first City Architect Joseph Alabanza, who mentioned that we must make history live again; that new developments must consider the past and must capture its memories so it comes to us again; that the city must create an urban design committee that would strategically define development in Baguio and seconded the sentiments of Arch. Valdivia. He says that the landscape of Baguio is unique and was made to inspire and to consider the feelings of visitors and residents, seemingly evoking nostalgia of “what do I feel about this particular building?”

These reactions bring me back to the theme of the “2004 First Tourism Summit,” which is, “A review of the past a drive towards our culture and heritage.” In this summit, former Department of Tourism Sec. Gemma Araneta enumerated some of the goals of the Heritage Conservation Society which she headed, which are: 1.) the restoration of heritage is not an obstacle to progress, 2.) an efficient 21st century lifestyle can take place in the same architectural envelope made by earlier generations, 3.) the restored heritage structures are excellent tourism products that can make the Philippines, especially Baguio a unique destination, and 4) heritage conservation can awaken “pride of place.”

From these goals we can say that when making development plans, one must consider heritage buildings already in place and see how they can enhance certain architectural landscapes. Hence, such plans must be integrated into master development plans and should consider the presence of culture bearers and overseers. The bottom line is we must consult first, before any developments are put in place. By and large, I believe the planners of today should get a copy of the outputs of this 1st Tourism Summit to get an inkling of people’s inputs on heritage development.

The Baguio Heritage Mapping and Capability Building on Heritage Conservation of Doctors Rowena Boquiren, June Prill Brett, and Clarita de los Reyes supported by the University of the Philippines College Baguio Educational Foundation, the Pine Cone Movement headed by Mita Dimalanta and the Baguio Heritage Foundation of Laida Lim Perez, is one program worth supporting. I know the City of Baguio is listening. Reliving and revival of heritage is a very welcome development provided it undergoes a process of consultation. That is the culture of Baguio (will expound on this in another article).

The three “beloved witches” or “switches” of Baguio, Virginia “Gene” de Guia, Leonie San Agustin, and Cecile Afable must be dancing up there in the sky as their beloved Baguio is experiencing a reawakening. We must also credit the efforts of the Fernando and Rosa Bautista Foundation and the City of Baguio for creating heritage maps during the 2009 centennial celebrations. Congratulations culture bearers! There are still many of you out there that we have not been mentioned. Hopefully we can come together to further awaken cultural sensitivity.

We invite art and culture lovers to join us in the opening of the “Din Adi Kaila Art Exhibit,” a celebration of Environment Week, by Rochelle Bakisan Kizel Cotiw-an, and Ron Dulay on March 4 at 4 p.m. at the Baguio Museum Gallery at Gov. Pack Road.

Happy Panagbenga!

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2016年12月23日 (金)

クリスマス・カンタータで実感した 日本とフィリピンの違い

12月はフィリピン中がクリスマス一色。
もっとも、フィリピンでは BERの付く月、9月から12月まではクリスマス・シーズンだともいわれているんですけどね。

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(レオナード・ウッド通りのイルミネーション)

12月22日、毎年お世話になっているバギオ博物館からのご招待。

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クリスマス・カンタータ」 ってのがあると言うんで、初体験をすることに。

そもそも、カンタータってなんじゃろ?

https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BF-49204

独唱重唱合唱などに器楽管弦楽伴奏がついた大規模な声楽曲。もとはソナタ(器楽曲)に対する声楽曲一般を意味した。教会用のものと演奏会用のものとがある。交声曲。 」

まあ、よく分からないので、とりあえず聴いてみたわけです。

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そもそもこの会は、「第二回・バギオ博物館 アート・フェスティバル」 展示期間中のイベントのひとつのようでして・・・

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フィリピン大学バギオ校芸術学部の学生や卒業生の作品の展示の場となっているわけです。

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ちなみに、左側の2作品は、日比友好月間イベントのアート制作を昨年からやってくれている現役学生の作品。

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真ん中の作品は、7年前に現役女子大生で、その時から日比友好月間・七夕祭や「浮世絵塗り絵」イベント、さらには、「1930年代のバギオ歴史探訪マップ」制作に中心になって関わってくれている卒業生の作品。

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バギオ博物館には、文化的イベントを支えている「コア・メンバー」という人たちが数名いまして、立って話をしているうのが その内のお二人。

フランス人と中国系フィリピン人で、 この他に、インド人のメンバーなどがいるんです。

ちなみに、フランス人は元大学教授で、中国人は某大ホテルの経営者。

ついでに、私は、「責任が重いからメンバーにはならないよ」と断ったのに、いつの間にか日本代表のコア・メンバーにされちまいました。

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開会の辞は、元市議会議員の方。

司会役は、バギオ博物館の理事のお一人。 この方もバギオでは著名な家の方なんです。

真に恐れ多いことでござりまする。

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・・・さて、「クリスマス・カンタータ」が 始まりました。

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このグループは、バギオ市にある セントルイス大学、フィリピン大学、さらには ベンゲット州国立大学などの出身者で構成されている合唱団で、CORO d'llera Music Ministry というグループなんでそうです。

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この合唱団のメンバーの内の二人は、フィリピン代表チームに選抜されているのだとか。

・・・・

このクリスマス・カンタータを聴いていて思ったんですけどね、

やっぱりフィリピンっていう国は 根っからのキリスト教国なんだなあと言う事でした。

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まあ、当たり前のことではあるんですが、この時に初めて それが実感されたということなんです。

例えば、日本でこういう声楽曲を聴くという機会は そう言う事が趣味でもない限り ほとんど聴く機会もないわけだし、 それに、そういう機会というのは なんとなく敷居の高いもののように思うわけです。

もちろん、私もクラシック音楽を聴くのは好きですし、コンサートなんかにも行くことはあるんですけどね。

それにしても、声楽曲というのはあまり縁がないので、どうしてもよそ行きな感じになっちゃうんですねえ。

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それに比べて、この1時間の間に聴いた 讃美歌やクリスマス関連の歌というのは、彼らにとっては宗教というのか、生活というのか、そういうものにしっかり根付いたものだというのが この時に分かったんです。

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まあ、そういうフィリピンと日本でのクリスマスというのを 比較すること自体が 「トンデモナイ」話じゃああるんですけど、 FACEBOOKでこんな記事が廻っていたんです。

日本人のクリスマス - 変なものトップ5 」 ってタイトルなんです。

http://en.rocketnews24.com/2016/12/22/w-t-f-japan-top-5-strange-things-japanese-people-do-for-christmas%e3%80%90weird-top-five%e3%80%91/

第5位: ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)の夕食

 

第4位: クリスマス・ケーキ

 

第3位: 小さなクリスマス・ツリー

 

第2位: クリスマスは 恋人たちのイベント

 

第1位: クリスマスにも お仕事

・・・ってな具合です。

KFCってのは、フライド・チキンなんだけど、フィリピンの人たちはほとんど毎日 フライド・チキンを食べてますからねえ。

小学生から、お弁当は フライド・チキンとご飯ってのが 毎日だったりして。

フィリピンだと 七面鳥までは手が届かない感じなんですけど、なぜか大きなハムを丸ごとプレゼントするのが ひとつの慣習になっているみたいです。

・・・・

クリスマス・ケーキは、明らかに誕生パーティーの定番でして、
ことさらクリスマス用ということではなさそう。

・・・・

クリスマス・ツリーは、日本の場合は 家が狭いですから、まあ、しょうが無いっすね。

・・・・

恋人たちのイベントってのが、クリスチャンの国では 信じられないところでしょうか。

フィリピンでは 明らかに宗教的であり、また家族的と言えるでしょうね。

日本で言うならば、お正月みたいなものですかね。

・・・・・

クリスマスにお仕事??

まあ、フィリピンでは論外ですね。

クリスマスの前後は、祭日だし、田舎に帰って家族や親せきと過ごし、教会のミサに行くという一年で一番大切な時期なんですね。

海外出稼ぎしている人たちも、世界中からフィリピンに帰国する季節ですから。

・・・・・・・

話は飛びますけど、

私は長崎県佐世保市の出身なんですね。 だから隠れキリシタンの人たちも近場に居れば、子供のころに家の近所にあったカトリック教会の庭で遊んだこともあるんです。

おまけに、米海軍の基地でもあったもんで、隣近所に 米軍の水兵が住んでいたり、米軍の将校の家族の家に遊びにいって、そこの子供たちとかくれんぼなんかをやったりもしていたんです。

だから、日本全体の中で考えれば、キリスト教というものに 大きな違和感は感じていない筈なんですね。

・・・ところが、です。

私の母は結婚前は キリスト教の洗礼を受けたという話を聞いたこともあって、そして、大学受験の準備もあったもんで、聖書の英語をしばらく勉強していたことがあるんです。

和英対訳の聖書ってのがありますよね。 あれです。

その時につくづく思ったんですけどね、なんで聖書の日本語訳って こんなにバタ臭いんだろうって思ったわけ。

これじゃあ、信者は増えないなってね。

書いたものを読むってことは、そして、それに感動したりするってことは、やはり書いてある内容は勿論だけど、その文体なんかにしても、琴線に触れる表現っていうのか、こなれた日本語になっているかってことが大きいんじゃないかと思ったんです。

仏教の中でも、親鸞の浄土真宗なんてのは、昔々のカトリックの神父たちが日本で布教しようとした時に、日本人にキリスト教というのはこんな教えなんだよと説明したところ、日本人は 「ああ、そんな宗教だったら もう日本にあるよ」 ってなことを言ったそうですしねえ。

学者によっては、浄土真宗は 一神教だという話もあるみたいですよ。
まあ、それだけ キリスト教っぽいってことですけど。

・・・・・

最後に、クリスマス・ソングを比べてみましょうか?

日本の最近のクリスマス・ソングって こんなものらしいですね。

日本のクリスマス・パーティーに必須のクリスマス・ソング 10曲

https://blog.gaijinpot.com/ten-essential-songs-japanese-christmas-party/

すんません、私が知っている曲は ひとつもありません・・・涙。

・・・で、こちらは 英語のクリスマス・ソングですが、

メリー・クリスマス ベスト 30曲

https://www.youtube.com/watch?v=bzsVxXAOtEk

曲名を見てみると、日本のクリスマス・ソングは 恋の歌という雰囲気であるのに対して、英語の曲は クリスマスの季節をお祝いするような感じの曲が多いように思います。

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・・・・・・

まあ、結局、何が言いたいかっていうと、

日本のクリスマスは 浮かれ踊るイベントで、フィリピンの場合は 荘厳さと家族の温かさを確認するイベントなのかな~~、とつくづく感じちゃったわけです。

クリスマス・カンタータ、有難うございました。

 

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2016年12月 2日 (金)

Opening of Christmas in Baguio : Lantern Parade by Saint Louis University

このページは、毎年12月1日に フィリピン・バギオ市のクリスマス・シーズンの幕開けとして実施されている セントルイス大学による「Lantern Parade」(ランタン・パレード)のスナップ写真を掲載しています。

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2016年11月13日 (日)

八百万の神々か? 「空気の研究」 山本七平著 を読む - その10

小池東京都知事が NHKのニュースの中で
ちらりと言及した 「空気の研究」を読んでいます・・・
キリスト教や原理主義に関する部分なので、さらに迷路。。。。




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私には結構難しいので、分かるところだけをピックアップ。
後から反芻するためのメモみたいなもんです。

p186

聖書絶対主義」は当然に親政制を指向する。

=== という文章で始まっているんですが、この後は
    かなりのスペースを割きながら キリスト教の
    宗教改革の歴史と議論の内容を語っています。
    元々 歴史が苦手科目だった私にとっては
    この手の海外の歴史は頭に入ってきません。
    ってことで、ここの部分はほとんどスキップ・・・・

p200

彼らにとって、一つの合理性追求と聖書絶対は一体に
なっているのであって、・・・神学が要請されているわけで
ある。 従って合理性と聖書的神政制とは、宗教と科学という
形で必ずしも対立しているのではなく、一方の追究は究極的
には一方の成就という発想になる。
これは科学者のファンダメンタリストにはほぼ共通しており、
これはピューリタンのものの考え方に起因しているように
思われる。

もちろん「ピルグリム物語」は一つの「神話」にすぎず、
これは「アメリカ建国神話」と見るべきものであろう。
しかし現実に、国民とよばれる者を拘束するのは「神話」で
あって事実ではない。

p201

天孫降臨」の建国神話と「維新神話」が戦前の日本人を
拘束し、それと同系統の「戦後神話」が現代を拘束している
以上、「アメリカへの天孫降臨神話」が彼らを拘束して
当然であろう。

彼らは、「アメリカという地に、ロビンソンの「神勅」を
もって降臨した天孫たち」である。

=== さて、ピルグリム物語ってのは何だろうということで
    検索しますと:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%82%BA
「信仰の自由を求めた清教徒を含む102人がメイフラワー号に乗って
アメリカに渡った。メイフラワー号船上での「メイフラワー誓約
(右図)」は社会契約説に基づくものとして知られる。1620年11月
に北アメリカ大陸に到着したピルグリムファーザーズは、キリスト
教徒にとって理想的な社会を建設することをめざした。」

    要するに メイフラワー号の清教徒が「天孫降臨」
    したということですね。

p206

一体全体、われわれの「ファンディ」はどこにあるのか?
戦後か、明治か、否もっと古くか。
「日本人が憲法を扱う態度は、まるで根本主義者が聖書
に対するようだ」という一アメリカ人の批評は、ある意味
であたっているが・・・

p207

伊藤(博文)など足下に及ばぬ天才新井白石が、すでに
同じ考え方をしているのである。
そして白石の生き方こそ伝統であり、かつ、だれ一人
疑わぬ常識であり、・・・

p208

明治憲法は、それが発布された時点においてはそれなりの
合理性と何らかの有用性とを持ちえたかも知れぬ。
しかしそれは、日本的非合理性の上に立ってその”力”を
制御して、改革に転化させるべく構成されたものではない。

その憲法は、制御装置としての力は発揮できず、実質的
には空文と化してしまう。

=== なんだかよく分からないんですが、
    どうも昨今の立憲主義の破壊がすすむ現状を
    みていると、この空文化が起きているようですね。
    この本が書かれた33年前からずっと起きて
    いるのかも・・・

p209

国内の一切の勢力は、本当は「何をしてよいのか一切
わからない」という状態になり、その非合理性は、
制御なきままに、どこかへ走り出す。
このとき、”伊藤博文の路線”はもう無力である。

p210

そして制御し得ていないと感じたとき、まず出てくる
のが、輸入の制御装置を絶対化することにより・・・

p211

われわれは自らの”ファンディ”を再把握する以外にない。

・・・それは「神の前での平等」と対比さるべき「一君万民的
家族的平等」であり、この平等主義に基づく一つの
倫理主義であり、その倫理主義を強行しうる「強権」への
喝采である。

しかしその基盤となっている一つの絶対性は、彼らの如き
教義(ドグマ)の絶対化でなく、むしろ家族的相互主義
に基づく自己および自己所属集団の絶対化とでもいえる
ものであろう。

p212

これが恐らくわれわれのあらゆる体制の背後にある神政制
だが、この神政制の基礎はおそらく汎神論であり、従って
それは汎神論的神制と呼ばれるべきものである。

=== この部分が 日本教原理主義の肝の部分のようです。

    これって、汎神論というのが多神教、神道、
    八百万の神々って話と同じならば、
    結局神道が日本人の原理主義の根元にあるって話
    ですか?
    その上で、いわば自分が属する家族的な集団を
    絶対化して、空気を作り、水を差し、
    熱くなりやすく冷めやすい回心を繰り返して
    いるってことになるのでしょうか。

p213

日本人は「情況を臨在的に把握し、それによってその情況に
逆に支配されることによって動き、これが起こる以前に
その情況の到来を論理的体系的に論証してもそれでは
動かないが、瞬間的に情況に対応できる点では天才的
という意味のことを・・・

=== 確かにそういう意味では天才的なんでしょうが、
    しかし 原発事故にはこれでは対応できなかった
    ように感じます。
    天災に囲まれて生きてきた日本人の特性かも
    しれませんが、原発事故は一時的なことでは
    済みませんからねえ。 理詰めでいかないと。

p216

人は、論理的説得では心的態度を変えない。
特に画像、影像、言葉の映像化による対象の臨在的把握が
絶対化される日本においては、それは不可能と言ってよい。

p217

人は未来に触れられず、未来は言葉でしか構成できない。
しかしわれわれは、この言葉で構成された未来を、
一つの実感をもって把握し、これに現実的に対処すべく
心的転換を行なうことができない。

論争の際でも相手の言葉の内容を批判せずに、相手に対する
ある種の描写の積み重ねで、何らかの印象を読者すなわち
第三者に与え、その印象に相手を対応さすことによって、
その論争に決着をつけてしまおうとする。
この結果生じたのが「世界で最も罵詈讒謗に弱い」という
批判をうける状態であった。
いわばある種の情況を創出されることを極端に恐れ
その情況による人びとの心的転換を恐れるという態度である。

=== ふ~~ん。
    これは何だか、最近の核拡散防止の署名に
    被爆国である日本が参加しなかったという話と
    つながるような気がしますね。
    署名しなかったことによって 日本にとって
    世界からリスペクトされないという情況を
    自ら作ってしまったように思います。
    この本の趣旨とは違うでしょうが・・・
    他からどう思われるかを気にする日本人に
    あるまじき行為 ??

    きっちりと論理で世界の国々と渡り合える
    ようにならないと外交も難しいということに
    なるんでしょうか。

p218

「空気」に基づく行動が、まわりまわっていつしか自分の首を
しめて行き、その判断で動き回っているとどうにもならなくなる
ことを、人は、否応なく実感せざるを得なくなってくる・・・
戦争直後にこのことはいやというほど実感させられた・・・

=== それで、一応 空気、水、日本の原理主義ってものが
    分かったようなつもりにはなったんですが、
    著者は 最後に 以下のように書いています。

p219

自由」はいかなる位置に立ちうるのか
それを探すには、かつての彼らが、黙示録的支配から
何によりいかにして脱出して来たかの歴史が、一つの参考
となるであろう。
だが、その問題については、また別の機会に記したいと
思う。

=== なんてことで締めくくってしまっているんです。
    オー・マイ・ゴッド !!
   
    この本の後に そういう本が出版されたのかどうか
    分かりませんが、まあ、自分で考えろってこと
    なんでしょう。

・・・・・・

次回 その11 では、「あとがき」を読んでみます。

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