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2017年4月13日 (木)

バギオの神社? 戦時中の神明神社の痕跡を探して - PAGASA周辺を歩く

前回は、こんなことを書いたんですが、今ひとつすっきりしないままでした。http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/04/post-05b1.html

前回は、二つ目の予定があったんで、気象観測所の周辺をじっくり見て廻る時間がなかったんで、今日は 2回目の探索をやったんです。

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昭和19年3月8日に造営されたという「神明神社」です。

まさに戦時中にバギオ市の今のバギオ・コンベンション・センターの裏山に造られたという神社なんですね。

昭和20年の1月から3月ぐらいの間には、米軍による絨毯爆撃があったそうですので、その間に破壊されたものと思いますから、およそ1年間ぐらいしかなかった幻の神社と言えるかもしれません。

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神明神社の写真は、この本「第七十四平坦病院」の中にあるとの情報をいただきました。

この本は非売品だそうですが、この本の編集をされた宍倉公郎氏が 「イフガオの墓標」という本の著者でして、その本の中の 「神山信雄著「病院の自活態勢と患者の練成」の章より」 というところに神明神社のことが書かれています。

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これが 「イフガオの墓標」 なんですが、この本には戦時中のバギオ市周辺の出来ごとがかなり詳しく書いてあります。

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・・・そして、この本のこの写真に、

裏山から望む分院全景」というのがあるんですねえ。

「中央松林の向こうの凹地にバギオ市街が展望された」 とあります。

・・・この裏山に 「神明神社」があったんですが、その場所を探しているわけ。

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さて、そこで、まずは前回 確認できなかった、バギオ・コンベンション・センターの裏側あたりからつぶさに見ながら歩いてみます。

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これはコンベンションの裏通り

左側に松林があって、右側には手前が最高裁判所、その向こう側からPAGASA(気象観測所)の入口の長い坂道、さらにその先に最高裁関係の住宅地があります。

その又先には、右側にビクトリー・ライナーのバス・ターミナルが続いています。

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・・で、これは右側にある 最高裁の敷地の中にある立派な屋敷。

この家の裏側には、山と言えるほどのものはなさそうなんですよねえ・・・

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・・・で、この最高裁の屋敷の右側に廻ってみます

ちょっと丘みたいに見えるんですが・・・・

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ちょっと不法占拠しました・・・みたいな建物があって、この上に登ってみたいんですが、他人の家に侵入しなくちゃいけない感じなんで・・・・

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裏山の右側をぐるりと廻って、登る道がないかを探します・・・

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・・・で、左方向に登る階段があったんで、登ってみたんですが、こちらも民家でどんずまり。 そこのお兄さんに山に登る道がどこかにないか・・って聞いたら、「PAGASAの方からしか入れないよ。 グリーン・ゲートから入るしかないよ。」 ってことでした。

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・・・で、前回と同じ PAGASAの入口から 長い坂を登ります。

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そして、前回はこの道の左の測候所の建物の方はみたので、今回は右に最高裁の建物を見ながら真っすぐ進んでみることにしまして・・・・

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こちらも 測候所の建物なんですが・・・

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これは 仕事の場じゃなくて ゲスト・ハウスみたいな感じでした。

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ここで「裏山」が終わっています。 この写真の右側に 最高裁やコンベンション・センターがあるんです。

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左側を見まわしても 裏山はここで終わり・・・・

・・・ってことは、裏山というのは 今は気象観測所の敷地だけ・・ということになりそうです。

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そこで、前回にも見て廻った 測候所の建物の周囲で この山っていうか丘を下る道があるかどうかをチェック

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測候所の建物の正面に こんな階段があるんです・・・・が・・・

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この階段の下の道は、民家の敷地で どんずまり・・・・

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・・・もうひとつの階段を辿ると・・・・

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こちらも この先は 民家の敷地で どんずまり・・・・

・・・つまり、測候所の敷地に出入りする道は、最高裁の並びの長い坂道しかないってことになりました・・・・

イフガオの墓標」の中には、この神明神社の参道について、以下のような記述が残っています:

p339

「一方では、室井隊より山頂に至る、表参道、裏参道も、軽症患者の手に依って併行して建設が進められた。

・・・社殿、石垣、柵、表参道、裏参道、一の鳥居から三の鳥居まで建設され・・・」

・・・・ってことは、つまり、少なくとも二本の道があったわけです。

その表参道かあるいは裏参道が、今のPAGASAの正門からの道だとすれば、少なくともその反対側にもう一本の参道がある筈なんですがねえ・・・

 

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・・・で、今度は、PAGASAの入口を出て、右側。

つまり、裏山に向かって 左側から廻ってみることに・・・・

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するとすぐ右の角に 「最高裁判所」の表示のゲートが・・・

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・・・これがゲートで、この中にたくさんのコテージが並んでいます。

おそらく最高裁関係者の住宅になっているのではないかと思います。

・・・昔、戦時中には、ここに一時期住んでいた日本人もいたと聞いた記憶があります。

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その角を右に廻ると 左がビクトリー・ライナーとガソリン・スタンド。

右側は 最高裁の住宅地です。

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ジプニーのたまり場にもなっています。

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・・・さて、裏山を左側から廻るんでした。

最高裁の住宅がしばらく続きます。

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この写真の右上に 最高裁住宅の敷地の塀があって、ここで終わり。

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お隣は 小学校が続いています。

裏山に登る道は 左側にもありませんでした。

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・・・つまり、結論的には、神明神社があった裏山というのは、今は気象観測所PAGASAの敷地になっていると考えてよさそうです。

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・・・で、ひとつだけ 気になるのは、その位置関係なんですねえ。

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裏山から撮ったとされる この写真。

この写真のどの位置に 今のコンベンション・センターがあるのか・・ってこと。

もし、今のコンベンション・センターが、この写真の中の 左側の方にある 空き地みたいなところに建てられたのであれば、イメージは合うような気がします。

つまり、写真手前の立派な建物は 今は最高裁の敷地なんじゃないか

ってことは、この写真の中心部の庭園みたいになっているところは、今は フィリピン大学バギオ校の入口の正面にある松林のところであれば、裏山との位置関係が納得できそうな感じです。

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そんなことを考えながら、小学校の前の車寄せを通り過ぎ・・・・・

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汗を拭きふき こちらの有名店へ・・・・

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ここには たま~~にしか来ないんですが、

ワインとスパゲティーを食べに来るんです。

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スパゲティーのイメージとはちょっと違う海鮮パスタ。。。

このちょっと平たい麺は なんて言うんですかね?

きし麺じゃないことだけは確かだけど・・・・

こちらのサイトでチェックすると、

https://matome.naver.jp/odai/2139648914408533601

”切るという意味のtagliareをその名の由来とする幅が5mmから10mm前後の平麺タイプのパスタ。

・・これに一番近いかな?

メニューに書いてあった名前を忘れた。

私はこの麺よりも、丸棒タイプのスパゲッティが好きなんで、

そのつもりで 「スパゲッティにしてね」 と頼んだつもりだったんだけど・・・・・

やっぱりね。

次回、またチャレンジしてみっかな?

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ワインの酔いを グリーン・マンゴ・シェークで醒まして・・・・

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バタンガスの地震の記事をちょっと読み。

しかし、最近、フィリピンも地震が多くなったよなあ・・・・

マニラから南が多いようですね。

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ガードのお兄ちゃんは 真面目に仕事をしてんのかな?

一所懸命 携帯をいじっていたけど・・・・

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・・と思っていたら・・・・

マネジャーみたいな人が 水が落ちて来ていたのに気づき、

ガードのお兄ちゃんに、「ここを ちゃんと拭いて・・・・」 などと指示しちゃって・・・

しかし、天気はいいのに、なんで上から水が落ちてくんの??

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遅いランチを終わって・・・・

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多分、宗教系のバンドだと思うんですが、賑やかな演奏と歌が 近くの体育館みたいなところから流れてくるのを 聞きながら、ふらふらと・・・・

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ロアカン・ロードの入口。

ミリタリー・カット・オフ通りと サウス・ドライブが交わるロータリー。

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これは インディアンではありません。

イゴロットの雄姿。

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・・・・ってことで、一応 「裏山の神明神社」 は一件落着ということにしました。

この記事の最初に掲載した 神社の写真を見ると、今の気象観測所の広さと ほぼ感覚的には一致するので、いいんじゃないかなと思います。

・・・・・

ところで、最近 こんなニュースを見たことはありませんか?

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50609?page=3

「2016年12月19日、フィリピンの地元紙に小さな記事が掲載された。

山下財宝を探しているフィリピン人男性が、バギオ市内にあるトンネルの発掘許可を市当局に申請したというのだ。戦後71年を経てもなお山下財宝は「ニュース」であることを改めて印象付けた。」

実は、このニュースにある現場というのが、バギオ・コンベンション・センターからフィリピン大学バギオ校の辺りだという地元紙の報道があったんです。

・・・で、私が思い出したのが、上記の「イフガオの墓標」にあるこんな文章です。

p339

「分院の裏には五十米足らずの丘があった。 山の頂上から見渡す、バギオの町は美しく、ボルハンパーク、セッション通り、ハリソン通り、市役所が一望に見える。 此の裏山には既に拡大な地下防空壕が構築されていた。」

・・・ なんと、今の気象観測所の山っていうか丘の下に 巨大な防空壕があったっていう話なんです。

上の地元紙の中では、当時の地元の若者が日本軍が何かを運ぶのを手伝わされたというような話が今回の山下財宝の噂になっているようです。

フィルスター新聞:

http://www.philstar.com/nation/2016/12/18/1654658/treasure-hunter-asks-govt-permission-search-yamashita-gold

Treasure hunter asks gov't permission to search for Yamashita gold

BAGUIO CITY — A treasure hunter asked the local government to allow him to dig up alleged truckloads of gold believed to be part of the World War II loot supposedly left by Japanese forces in a tunnel between the Baguio Convention Center and the University of the Philippines-Baguio residence hall for girls.

But Cabusao argued that a 90-year old Baguio-born half Japanese man who has been a US resident since the mid 70’s had pointed to him the alleged location of the treasure. 

“We have explored and detected around the convention center using different detecting tools and equipment and all converged on a small grassy area five meters from the concrete sidewalk toward the UP ladies dormitory,” Cabusao claimed.
 
 
インクワイアラー新聞:

http://newsinfo.inquirer.net/881131/hunt-for-yamashita-treasure-in-baguio-on  

Hunt for Yamashita treasure in Baguio on

The permit would allow Cabusao to first drill 10-centimeter wide holes in six key areas near the Baguio Convention Center (BCC) in front of the University of the Philippines Baguio campus.

The man of Japanese descent, who was born in Baguio, was in his teens when he and several others were ordered to hide the treasure, Cabusao said.


この新聞記事では、バギオ生まれの日系人、当時十代が、財宝を隠すのを手伝わされたという話になっているようですが・・・・・

・・・・・・

どこの範囲まで 裏山の防空壕が広がっていたのか知りませんが、フィリピン大学の近くまで地下通路が延びていても不思議ではない距離かと思います。

・・・ 断っておきますが、山下財宝を探しなさいって言っているわけじゃないっすよ。

あはははは

 

 

 





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2017年4月 9日 (日)

バギオの神社?散歩: 気象観測所、最高裁、コンベンション・センター、フィリピン大学、公園、博物館

最近かなり運動不足なんで、以前から噂に聞いていた 第二次世界大戦中にバギオ市に日本の神社があったって場所を探しに、散歩に行きまして。

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PAGASAというのは Philippine Atmospheric, Geophysical and Astronomical Services Administration の略号で、日本で言うなら気象庁なんです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3%E5%A4%A7%E6%B0%97%E5%9C%B0%E7%90%83%E7%89%A9%E7%90%86%E5%A4%A9%E6%96%87%E5%B1%80

設立年月日は 1972年だそうです。

・・・

・・・で、なんでここに来たかって言うと、実は バギオ・コンベンション・センターの裏山にこんな話があるんです。

http://janl.exblog.jp/10965319/

p339
分院の裏には五〇米足らずの丘があった。 山の頂上から見渡す、バギオの町は美しく、ボルハンパーク(注:バーンハムパーク)、セッション通り、ハリソン通り、市役所が一望に見える。 この裏山には既に拡大な地下防空壕が構築されていた。

此の山上に神社の建設が開始されていた。 ・・・軽症患者の中より、大工、宮大工、製材者が選び出された。 
(略)
社殿、石垣、柵、表参道、裏参道、一の鳥居から三の鳥居まで建設され、流石の難工事も、昭和十九年三月八日完成した。 同日未明バギオ地区司令官荒木少将列席のもとに鎮座祭が施行された。

当時の模様をマニラ日系新聞は・・・・(略)
バギオ陸軍病院(注勿論兵站病院のこと)の白衣の勇士たちが勤労奉仕によって造営した「神明神社」は・・・・(略)・・・
バギオ市内の邦人も参詣し、勇士達の相撲や演芸なども奉納された。

p340
当時バギオ市及びその周辺には多数の邦人が居った。 市内では大商店を経営し、 トリヌダッドには多数の農業経営者が住んでいた。 日本人学校、日本人墓地はあっても、神社はなかった。

=== 上の記事の中で、「分院」というのは、今のバギオ・コンベンション・センターの場所には、戦前に ガバメント・センターと呼ばれたフィリピン政府機関の建物が集まっていて、戦時中には 日本軍の病院がそこを接収していたんです。 それで「分院」と呼ばれたわけです。

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これは、1910年に撮影された ガバメント・センターなんですが、

向こう側にバーンハム公園やバギオ市役所があって、写真の手前側が

「裏山」という方角になるんです。

で、現在のPAGASAは、この写真でいうと、手前の右の方向にあります。

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・・・で、そのPAGASAの入口に戻りますと、ご覧のように長い坂道が続いています。

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まっすぐ登った頂上に 気象観測の測候所の建物がありました。

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いくつかの機器類が設置されています。

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周りを眺めてみると、こちらの方角は、上記のガバメント・センターが前方右側にあったことになります。

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こちら側は、裏山のさらに裏側方向の眺め。

ここから下には民家があって、階段もあるようでした。

ここに神明神社があったとすると、こちら側が参道で、今の測候所の建物あたりに本殿があったのかもしれません。

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足元には かなり年代を感じさせるコンクリートが・・・・・

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では、PAGASAのゲートに戻り、昔のガバメント・センターの方角へ歩いてみましょう。

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道路の左側に、立派な建物があるんですが、ゲートの外側には何の表示もありません。

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ゲートから離れた建物の壁にある表示板を望遠で撮影すると、

1964年に建設が始まった最高裁判所の建物だと書いてあります。

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左に最高裁判所を見ながらまっすぐに進むと、右前方にバギオ・コンベンション・センターが見えてきます。

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コンベンション・センターの横には、大型バスが駐車していましたが、これは私が昔働いていた会社の シャトル・バスですね。

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振り返って最高裁の並びを見ると、立派なお屋敷みたいなのがあるんですが、その後ろには裏山と言えるほどの小山は見えません。

ってことは、やっぱり「別院の裏山」と書かれていた場所は、PAGASAの測候所がある場所じゃないかなと思うわけ。

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・・・さて、コンベンション・センターを抜けて、フィリピン大学バギオ校の方へ進みましょう。

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これがフィリピン大学のシンボルの像です。

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大学の入口を見ながら前進。

この辺りは、松林が多く残っています。

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フィリピン大学の正門に向かって右隣りにあるのが、この公園。

サンシャイン・パークと呼ばれています。

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ひまわりは、バギオのシンボルみたいな花になっているようです。

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おそらく、フィリピンの中でも、こういう温帯系の花が見られるのは、標高1500メートル前後のバギオ市ならではなんでしょうね。

それを代表するのが 2月のフラワー・フェスティバルです。

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モンシロチョウみたいなのもよく見かけるんで、松林と相まって、日本にいるような気持ちにさえなる町ですね。

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・・・かと思うと、南国らしく、こんな花もあります。

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この公園には、こんなステージもありまして、ここでは、よく近くの大学生と思しき若者たちがダンスの練習をしています。

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公園のステージの横を出ると、こんな看板がありまして。

右前方に見える建物は、 コーディリエラ大学の校舎です。

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左角を廻ると、バギオ博物館

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実は、今日の散歩のふたつめの目的は、この絵画展だったんです。

この写真のアーティストは、日比友好月間イベントの美術制作を過去6年間に渡って担ってくれた Vince Nabarro君

ビンス君はフィリピン大学在住時代から、七夕祭なんかを手伝ってくれたんですが、昨年2016年に、アメリカの財団から招聘され、武者修行を目前にして、突然の病に倒れてしまったんです。

その彼の作品を、大学時代の仲間たちが、追悼展として開催しているわけ。

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バギオ博物館の4階。 8月一杯開催中みたいです。

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RETROSPECTIVEってのは 回顧展という意味のようです。

ビンス君への追悼文・・・ですね。

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フィリピン大学の美術学部の教授らしき人が 何やら解説をしていました。

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彼が最後にやっていた作品は、コーヒー豆を煮出した後のガラを使ったユニークなものでしたが、どうも売れてしまったようで、ここには展示されていませんでした。

Baguio Beans という回顧展のタイトルは、コーヒー豆のことを言っているのかも。

個人のコレクションとなっている作品もいくつか展示されていました。

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バギオ博物館の1階では、別の若いアーティスト達のグループ展がほぼ同時にオープンしていました。

ちょっと覗いてみましょう。

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私は、美術が分かるというレベルの人間じゃないんですが、観るのは割と好きな方で、特に若いアーティストの面白い作品に出会うのがいいですね。

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多くの若いアーティスト達が 成功してくれるといいなあ~~と思いつつ、お金はありません。 悪しからず。

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仮に買ったとしても、飾る部屋もありません。

重ねがさね悪しからず・・・・

・・・・・

なんで、最近 「散歩」をことさらやっているかって言うと

最近とみに体力の低下をひしひしと感じておりまして、

4月17日から日本語教室が始まるもんで、

ヤバイなって思ってんです。

「散歩」はタダだしね。

写真を撮って歩いていれば、苦痛にはならないし・・・・・

昔っから、身体の為だけ、健康の為だけにことさら運動をするってのが嫌いなタチで、

なんか理由がないと身体を動かさないという意固地な、天邪鬼なんです。

・・・ああ、厄介だな。

 

 

 

    

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2017年3月30日 (木)

バギオ市ケノン・ロード散歩: 1904年の沖縄移民慰霊碑を探して Camp7からCamp6へ

Walking in Baguio :  from Camp7 to Camp6 along Kennon Road

バギオ市高原保養地開発の為の山岳道路ケノン・ロード(当初はベンゲット道)の建設工事に日本人労働者が多数関わったことはバギオ市民にも広く知られているんですが、その関係資料の中には沖縄からの労働者のことはほとんど触れられていないんです。

山岳道路が完成したのは1905年。 本土の日本人労働者が入ったのは1903年、そして今回の沖縄からの労働者が参加したのは1904年とされています。

沖縄からのお客様から、ケノン・ロードの有名な観光スポットであるライオン・ヘッドの近くに、沖縄から工事に参加して犠牲になった人たちの慰霊碑があるという話をつい最近になって聞きまして。

それは探さなくては、ってことで、写真撮影を兼ねて、ぶらぶらと散歩してきました。

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出発地点は この キャンプ7 の野菜・お土産屋が並んでいるところ。

7:30amのスタートです。

なんでこの時間に出たかって言うと、昼間は帰りのジプニーが少なくなるという話を聞いたからなんです。

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道路の右側は こんな感じ。

丘の向こう側には セント・ルイス大学バカケン・キャンパスがあります。

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ケノン・ロードは、あちこちで 道路拡幅や下水管の埋設工事などが頻繁にあります。

お陰で、交通渋滞。

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ここは、ケノンロードから ロアカン・ロードへの分かれ道。

ロアカン・ロードは、フィリピン・ミリタリー・アカデミー(日本の防衛大学に相当)や、キャンプ・ジョンヘイへの道です。

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さて、ここから目的地への距離は・・・

ライオン・ヘッドまで3キロありますね。

沖縄移民の慰霊碑は、ライオン・ヘッドの近くということなので、2.5キロから3.5キロぐらいの範囲を入念に見て歩くことにしました。

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ケノン・ロードを見下ろす 展望台が見えて来ました。

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展望台に とうちゃこ!!

ここの施設は 日系人会の北ルソン比日基金(通称アボン)が管理しています。

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展望台からの ケノン・ロード。

ジグザグ・ロードとも呼ばれています。

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これが記念碑。

アメリカ、フィリピン、日本が協力して作ったという絵になっています。

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谷底を覗くと、真ん中あたりに黄色いライオン・ヘッドの岩が見えます。

近そうなんですが・・・・・それが、なかなか・・・

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沿道にこんな果樹がありまして・・・

ちょっと柿に似ていなくもないんですが・・・フェイスブックで友達に聞いてみたところ、これは 地元では Chesa と呼ばれているそうで。

wikipediaで調べたところ、こんなことが書かれていました:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB

「一般的なフルーツの芳香や酸味、ジューシーさがなく、食べると口の中の水分を吸うため喉が渇く。食べ頃を判別するのが難しく、完熟にならないと非常に不味である。」

カニステルは栽培されている台湾や沖縄でもほとんど市場に並ばないマイナーな果実である。近年まで栽培しても売り物にならなかったことから、「蟹捨てる」、「金捨てる」など沖縄の農家の間で揶揄を込めた駄洒落で呼ばれることがあった。」

・・・なんだか、渋柿に似ているような・・・

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結構な坂なもんで、ジプニーもバイクも ぜいぜい言いながら登っております。

私は、帰りは絶対歩きません・・・笑

ただ、帰りのジプニーがあるかどうかが心配。

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バギオで名産品に入るらしい箒・・・・・

日本のホウキよりも柔らかくて細い植物の茎で作ってあるので、赤ちゃんのいる家庭で、静かに掃除をするのには向いているって話です。

日本にも輸出されているようです。

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こちらは家具屋さん。

手作りの家具です。 ケノン・ロード沿いには、いくつか骨董品になりそうな家具を作っているお店があります。

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沿道の民家は、石垣と花で彩られたところがあって、趣があります。

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こちらは 狭い 段々畑・・・・

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実は、こんな谷底の 段々畑なんです。

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山肌は かなり崩れ易そうな土質に見えます。

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坂道を サイクリングで登っていく人たちもいます。

山の麓からは およそ30キロあるんです。

山岳レースにでも出る人たちなんでしょうかねえ・・

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ここは、2年ほど前の台風で、大規模な土砂崩れが発生。

道路が完全に流されてしまった場所です。

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片側通行なんで、ここも渋滞のボトルネックですね。

今でも崩れ易い道路なんで、1905年の完成までの困難な工事が推測できます。

それに、台風なんかでちょっと大雨になったりすると、すぐに通行止めになったり、重量級の車両は 日頃から通行が禁止されています。

なので、バスなどは、マルコス・ハイウエイを使っています。

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これは、闘鶏のにわとりさんです。

趣味か商売か・・で、育てているんですね。

闘争心を育てるのがなかなか大変なんだそうです。

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ここは、家具屋さんというか、彫像みたいな置物なんかのお店。

このワンちゃん達、おとなしく寝てりゃいいのに、私が近付くと、俄然元気に吠えだしちゃって・・・ちゃんと仕事をしていました。

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はい、こんな感じの ジグザグ・ロードですね。

日本の「いろは坂」みたいな・・・・

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道路を造る為に削られたんでしょうね。

根っこがむき出しになって、それでも地面にしがみ付いています。

向こう側に ワンちゃんの姿が・・・・・

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上を見上げると、木が必死に手を広げているんですが・・・

枯れているのかな?

絵的には いい感じなんだけど・・・・

・・・で、一匹だけ姿が見えていたワンちゃんですが・・・

数匹が盛大にお出迎えしてくれまして・・・

おまけにその中の一匹が熱烈歓迎で、飛びついてきてくれました。

まあ、どっちかって言うと、嬉しさのあまり・・という感じの飛びつき方でしたが・・

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・・・う~~ん??

なんだか正体不明の造形物がありました。 なんだろな??

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さて、いよいよ、ライオン・ヘッドが目の前に現れてきました。

・・で、その手前に マリア像が・・・・

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こんなマリア様でした。

この小さな公園は、個人というか家族のプロジェクトで造ったと書いてありました。

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道路脇には、十字架も建ててあります。

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・・・で、カーブを廻ったところが ライオン・ヘッド。

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ここは、まだ キャンプ7 なんですねえ。

とうちゃこ時間は 9時・・・ 

3キロを1時間30分でぶらぶら歩いて降りてきたことになります。

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ここで、朝ごはん。

小さいカップ・ラーメンにお湯を入れてもらいまして、35ペソ(およそ85円)。

久々のカップ・ラーメンは 旨い !!

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・・・さて、沖縄移民労働者の慰霊碑なんですが・・・

このお店のお姉さんに尋ねてみたんですが、

「知らない」という答。

お姉さんが、周りにいた男たちにも聞いてくれたんですが、誰も知らない

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はい、ライオンさんの 正面です。

ちょっと前までは、色が真っ黒に塗ってあって、ライオンと言うより、ゴリラって感じだったんですが、今は この色なんで、まあ 大丈夫ですね。

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この近くに 「元祖ライオン・ヘッド」がある筈なんですが、発見できず。

元々は、これよりも小さい自然の岩が ライオンの頭に似ていたってことらしいんですが。

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こちらは、お店に並んだ 馬さん。

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さて、ライオン・ヘッドから さらに ゆるりと下ります。

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この辺りで、車を洗っていたお兄ちゃんにも 尋ねたんですが、

不発に終わり・・・・

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このお店に通りかかったところ・・・・標識に 「キャンプ4」 とある・・

なに・・・?????

キャンプ7 から いきなり キャンプ4 ってか???

ところで、このキャンプって意味なんですが、

このベンゲット道を建設中に 労働者がご飯を食べる飯場があったんです。

その飯場がキャンプでして、山の麓から Camp1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8 と 

キャンプ8まであるんです。

キャンプ8は、バギオ総合病院のちょっと下にあります。

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おかしいなと思って近づいてみると・・・・ 4 の上から 6 と訂正してありました

ここからが バランガイ キャンプ6 だそうです。

(バランガイっていうのは 「地区」ぐらいの意味で、れっきとした行政単位です。)

この辺りが、バギオ市とベンゲット州の境になるわけですね。

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このお店の前に座っていた 爺さんとお姉さんに 沖縄移民労働者の慰霊碑のことを聞いてみたんですが、ここでも「知らない」という答でした。

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・・・悲観的な気持ちが胸を覆い尽くし、谷底を覗きこむ・・・・

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岩がごろごろ・・・・

谷底に吸い込まれそうな・・・・なんてことはありませんでした・・・笑

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はい、ここでやっと バギオ市とベンゲット州の 州境っていうか、県境っていうか、はっきりとした標識が立ててありました。

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さらに下っていきますと・・・・・

村の「お肉屋さん」です。

お兄ちゃんたち二人が、それぞれに 鶏さんたちをぶらさげて出て行くところでした。

正に フレッシュ 鶏肉・・・・です。

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ベンゲット州 ツゥバ町 キャンプ6地区・・・・・です。

確か このちょっと下辺りだったと思うんですが、サリサリ・ストアの小母さんに、慰霊碑のことを尋ねました。 4人目の証言です。

その小母さんいわく:

「そうねえ、昔はそういうのがあったかもしれないけど、道路の拡幅工事をやったりしたから、もう取り壊されてしまったんじゃないかなあ・・・」

・・・という返事。

もしかしたら、この付近にあったのかもしれないんだけど、

はっきりと 「あった」 とは言わない小母さん。

おそらくこの周辺に日本人が来たりしていたんでしょう。

もしかしたら、第二次大戦の戦没者の慰霊碑と誤解しているのかと思ったんで、道路建設労働者の慰霊碑だよ・・って念押ししたんですが・・・

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・・・そして、さらに よたよたと坂を下って、サリサリ・ストアの横に 猫ちゃん発見。

ここまでで、目的の慰霊碑は発見できず・・・

我泣きぬれて 猫とたわむる・・・・・状態。

しかし、フィリピンで、猫が「繋がれて」いるってのは 初めて見たな。

私がこの横のベンチで、一服している間、一度も目を覚まさなかったし。

余程 この世に希望を見出せない生活をしているんだろうな・・・・涙

・・・・さて、ライオン・ヘッドから この最終地点までが 30分でした。

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・・・一服したお店の ちょっと下にあるお店の看板。

そこで3~4名の人たちがたむろっていて・・・・

ジプニーが登ってきたら それに乗り込んだ。

私も一服したお店を動かず、それが登ってくるのを待つ。

ジプニーに後ろから乗ろうとしたら、

セカンド・シートに廻りなさい

って言われて、前だ前だと言うので、助手席に行ったら、

「違う、違う、セカンド・シートだよ」

運転・助手席の後ろに横に一列の席があって、4名が座れるようになっていた。

こういうタイプのジプニーの座席は初めてだった。

・・・・

ジプニーが ブイブイとエンジンを唸らせ、息を吐きながら、急坂を登って・・・

キャンプ7の下宿に辿りついたのは、15分後だった。

とうちゃこ時間は 10:15amだったかな。

もうぐったり・・・

1時間半ばかり午前中の昼寝・・・・・

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baguio photographic map   kennon road  lion head  camp7 to camp6  chesa  benguet road  kennon road construction worker from okinawa japan  summer capital of the philippines   memorial monument of okinawan construction workers

 



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2017年3月13日 (月)

from Trancoville to Lower Brookside : Walking & Photo taking in Baguio city

普段はめったに行かない、バギオ市のトランコビルとブルックサイド。

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トランコビルに チャイニーズ・ホスピタルという中国医療の病院があって、その院長さんが チャールズ・チェン医師だったんですが、2013年9月に亡くなられまして。

http://www.baguiomidlandcourier.com.ph/front.asp?mode=archives/2013/october/10-6-2013/front3.txt

Dr. Cheng was known as the doctor for the poor who offered fruits or whatever produce they had as gratitude for the free treatment the doctor offered them. They will miss him after he succumbed to complications at a Baguio hospital on Sept. 26. He was 81.

Born in Baguio on May 7, 1932 of parents from mainland China, Dr. Cheng will be mostly remembered for his extensive practice and expertise in acupuncture and traditional Chinese healing methods.

バギオ市の中国系フィリピン人のコミュニティーを代表する人でもありました。

バギオ博物館での日比友好イベントなどにも参列していただいたものです。

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その院長ご夫妻が出版された 中国系フィリピン人の北部ルソン島に関する歴史本。

資料として使わせていただいたお礼に行ったんです。

このドクター・チェンは、毎年12月に開催されている 平和慰霊祭の時にスピーチをされまして、「日本の戦前のスローガンは良かった。しかし、そのやり方がまずかった」とおっしゃっていました。

 

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要するに、この1930年代のバギオ地図の完成のお礼に行ったんです。

でも、残念なことに、チャイニーズ・ホスピタルは、スーパーみたいなお店に改装中でした。

院長の奥さまの秘書なる人が後で来るってことで、完成品の地図をお渡しして・・・

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しみじみしながら、ちょっと散歩しました。

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名も知らぬ花々。。。。

うちの下宿のお婆ちゃんの庭にもあるんですけど。

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「ここで洗車をするな!」

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なるほど・・・・井戸水かなにかがいつも使えるわけですな・・・

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これって、紫陽花の一種なんでしょうか?

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この周りは、傾斜地に民家がびっしり。

まあ、私の田舎の長崎あたりも似たようなもんですけどね。

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道路が狭いんで、歩行者は歩きにくい。

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PUROKと言うのは、街区ぐらいの意味でしょうか。

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Green House for Transient の看板。

トランジエントと言うのは、短期滞在の旅行者という意味でして、バギオにはたくさんあります。

まあ、一言でいえば安宿みたいなものです。

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こういう石積みは何と呼ぶんでしょうね。

バギオ市のいたるところで見られる崖の石の積み方です。

なかなか風情があります。

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JPComCares ジャパン・フィリピン・コミュニティー・アンド・コミニケーションと書いてあります。

ここは、随分前に一度見学したことがあるんですが、障害児のケア・ホームのような施設です。 どちらかと言えば、障害児の親に対する教育をしているようです。

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これは何と言う花でしょう。

日本でも鉢植えのものを見たことがあるような・・・・

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こちらでは、道路脇に たくさん植えてありました。

棘がたくさんあるから、もしかして泥棒よけの意味もあるのかな??

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時々思うのは、バギオ市では ここに見える5階建ての民家が結構見られることです。

日本では、普通の民家で3階建てとか5階建てとかはあまり見ないですよね。

建築基準はどうなってんの? と不思議に思うことも多いです。

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この急な、無理やりな坂。

こんな坂を見ると、我が故郷の長崎・佐世保を想いだすんです。

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石垣、このいい加減に見える石積み。 いいなあ~~~。

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これ、調べてみたんですけどね。

黄色いコスモスみたいに見えます。

日本では、ピンクや白が多いように思いますけど、黄色もあるんですね。

http://ameblo.jp/hitotarou0818/entry-12199736075.html

「キバナ・コスモス」というのがあるみたいです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%90%E3%83%8A%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%82%B9

「原産地はメキシコで、標高1600m以下の地域に自生する。18世紀末にスペインマドリードの植物園に送られ、ヨーロッパに渡来した。日本には大正時代の初めに輸入された記録が残っている。」

・・・ メキシコとフィリピンは、スペインの植民地で昔から強いつながりがありますから、フィリピンにこのコスモスがあっても不思議じゃないわけだ。

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この配色、なかなかいい感じじゃないですか?

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この花が一輪だけ ひっそりと開こうとしていたんですけど、満開になるとどんな花になるんだろうなあ・・・・

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下の看板。

「清潔さ。 規律正しさのシンボル」

まあ、言いかえれば、「散らかすな」ってことだと思います。

フィリピンの人たちは、このディシプリンという言葉が好きなようなんですけどね。

よく、「日本人はディシプリンがある」と言われます。

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「清潔好き」で思い出したんですけど、

最初に書いた 中国系フィリピン人のお医者さんが言っていました。

100年前にバギオに通じるケノン・ロード建設に携わった日本人は、建設工事中の飯場の近くにある自然の温泉によく入っていた。

あまりに綺麗好き、清潔好きだったんで、病気に弱くて、たくさん死んでしまった。

人間は、そこそこ汚い所で免疫をつけないとダメなんだよ。

まあ、「水清ければ、魚棲まず」・・・なんていいますもんね。

意味が違うかな???

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ここも、マニラから253キロの地点でした。

この前行った TIPTOPも同じ距離でしたね。

さて、お散歩はここまで・・・・・・

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穴倉に潜り込んで・・・・・

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ジョニー・ウォーカー・ブラックのコーラ割り。

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昼の盛りから 酒盛りです。

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なんでかって言うと・・・・

下宿が9AMから5PMまで停電だったもんで、パソコンも使えず、

ここで映画監督としみじみやったわけです。

フラワー・フェスティバルのパレードで、ビデオ撮りをお願いしたもんで。

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このバーは、バギオ市の中でも一番雰囲気のあるバーなんですよ。

昨年のミッドランド新聞の年末のノミネーションにも入っていました。

http://www.baguiomidlandcourier.com.ph/nominations2016.asp

ご覧のとおり、 Bar of the Year -  Rumours と掲載されています。

ちなみに、 インデックスの I のところを見ますと・・・

Institutionalized  Japanese Community Festival of the Year

7th Tanabata Festival

とあります・・・・

これは、バギオ市の年中行事としての年間賞ノミネート:

「制度化された日本人コミュニティーの祭り - 第七回七夕祭り」

・・・ってことなんですねえ。

嬉しいです。

しみじみ お酒も美味しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017年3月12日 (日)

バギオ市 セッション通りからレガルダ通りへ: タクシーの車窓から

from Session Road to Legarda Road ... photo taking from taxi window.
.. due to heavy traffice jam in baguio city... 

バギオ市の目抜き通り セッション通りでタクシーに乗ったら、大渋滞で動かない。

暇つぶしに車窓から写真撮影。

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フラワー・フェスティバルは終わったのに、なんでこんな大渋滞??

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レンガ造り・・・いい感じ。

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グリーン・スムージー?? 知らなかった。

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セッション通りとアサンプション通りの交差点。

時々ここにあるボヘミアン・カフェでビールを飲んでいます。

この道のどんづまりに、バギオ大学とセントルイス大学病院があります。

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このセブン・イレブン。

時々 日式緑茶なるものを買います。 台湾式には砂糖が入っているんで。

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フジ・フィルム。

大きな写真のプリントはここで。

しかし、実際にはマニラでプリントされるんで、1週間ぐらいかかります。

A2サイズで500ペソぐらい。

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このホテルの赤くて高いビルが建った時には、これでだんだん景観が壊れていくんだな・・・と思いました。

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フラワーフェスティバル2017の名残が・・・

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セッション通りと マビニ通りの交差点。

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サンドイッチ屋さん・・・

パストラミ 売っているかな??

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ドン・ヘンリコスは、分厚いピザで評判もいいようです。

刺青のお店。 けっこう多いですよ。

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この建物は相当古そうです。

もしかしたら戦前からかな??

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セッション通りの一番下。 ピープルズ・パーク。

最近改装されてきれいになりました。

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セッション通りを下った どんづまりに、マハリカ・ビルがあって、いろんなお店がごちゃごちゃと入っています。

このビルの右および裏側に、バギオ・パブリック・マーケットがあります。

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マハリカ・ビルと ホテル・ベニスの間。

ハリソン通りの歩道橋。

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この交差点を右折して登ると バギオ市役所、ナギリアン道路方面。

まっすぐ行くと、バーンハム・パーク。

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バーンハム公園方面へ直進。 右にカルテックス。

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このビルは戦前からのホテル。 バヤニハン・ホテル。

ですが、今はほとんどが古着屋などの中古品のお店がたくさん入っています。

戦時中は、ここに日本軍の憲兵隊の事務所と留置場があったそうです。

http://wikimapia.org/1027978/Bayanihan-Hotel-Secondhand-Shopping-Complex

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バヤニハンの裏側。 古着屋が見えます。 

っと言うか、古いバッグがぶら下がっていますね。

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フィリピンは圧倒的に 鶏肉料理。。。そして、豚肉料理。

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UCCP。。。。 教会です。

戦前からここにあるそうです。

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リサール公園。

フィリピンの英雄、ホセ・リサールの記念公園です。

この奥の上に バギオ市役所があります。

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鶏の頭の看板がみえますか?

鶏肉料理のお店は あちこちにあります。

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ここを右折して、レガルダ通りへ向かいます。

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右に銀行のビル。

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セントラル・パーク・レストラン 中華料理の店。

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キサド通りを横断して さらに前進。 レガルダ通りへ向かいます。

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韓国焼き肉レストラン兼 肉屋さん。 このお店は評判がいいです。

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ゴールデン・パイン・ホテル。 ここでレガルダ通りに出ます。

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マウント・クレスト・ホテル。

このホテルは やや曰く付きのホテル。

1990年のバギオ大地震で損傷を受け、その後きちんと補強されているのかどうか疑問だという噂があります。

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ホテルの隣のカルテックス。

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そのまた隣は建築中のビル。

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ホリデイ・ビラ・ホテル。

確か、小さな中庭があって、まあまあの雰囲気だったと思います。

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韓国料理のレッド・ステーション。

一階は焼き肉専門のフロアーで禁煙席。

二階は居酒屋みたいなフロアーで喫煙可。

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洗濯屋さん、床屋さんがあるみたいです。

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この階段を上ると、割と雰囲気の良いカフェがあります。

最近行っていないんで、分かりませんが、庭の雰囲気が良いところ。

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こちらにもホテルがあります。

名前は忘れた。

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パインズ・ビュー・ホテルみたいです。

左側に新たなホテルらしきものが建築中。

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最近はあちこちで ホテル建築ブームです。

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左右に大邸宅の竹やぶみたいなものを見ながら通り過ぎると・・・

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日本料理のCHAYAさんに到着。

今日は日本人会の定例会でした。

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ところで、この割り箸。

巷のブログなどで、割り箸の頭の四角いところは、箸置きに出来るようにデザインされているという話を読んだんですが、

残念ながら、この割り箸はそのように頭の部分を折ることはできませんでした。

こちらのタイプは頭の部分を折って、箸置きに出来るというタイプです。

http://blog.livedoor.jp/kaigainoomaera/archives/46776988.html

こんな形状のものもあります・・・

http://www.sa3434.com/p9zhm.htm

枕(箸置)付き竹割り箸
この割り箸は 竹の箸置きがいっしょになっています                    使用する時に 頭の部分を割って箸置きとして使用します 生産中止をしているところがほとんどです 折れ方が不評です

残念なデザインだったようです。

・・・・・

では、また。

   








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2017年3月 8日 (水)

バギオ市の避暑地らしい お洒落なカフェ: 標高1,600mぐらい

かねて噂に聞いていたユニークなカフェで打合せ。

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Arca's Yard カフェです。

どこにあるかは、こちらでどうぞ:

http://phil-portal.com/arcas-yard-cafe/

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この辺りの標高は およそ1,600メートル。

近所に住んでいる人に聞いたところ、寒い時は暖炉で薪を焚くそうです。

さもありなん。

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・・・では、中を覗いてみましょう。

こんなオジサンが出迎え。

右にはなぜか錠がたくさんぶら下がっています。

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テラスのフェンスにも たくさん。

恋人同士のお約束みたいです。

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聞くところによれば、このカフェには、観光バスも立ち寄って
団体さんが利用しているそうな。

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さて。 入ってすぐに目立つのがこの設え。

日本人的には、「ここだ!」って感じで、座り込みました。

・・・なんだけど、テーブルがアート過ぎて、膝がテーブルの下に
入らず、ちと食べにくい。

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食事をするなら、こちらがいいかも。

ここのオーナーは アーティストらしくて、いろんなものが飾ってあります。

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同じフロアーの奥にも 大きな絵画が飾ってありました。

この大きな作品、2年ほど前に バギオ博物館でのアート展で見たような記憶。

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さらに奥には、こんなテラス席も。

標高1,600mの景色を楽しむにはいいですね。

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右側の狭いベランダでは、絶景を楽しみながら、本を読んでいる
お一人様がいました。

さて、この階段を上にあがってみましょうか・・・

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おおお~~、いいっすねえ。

アトリエの雰囲気ですねえ。

正に、日本のテーブルと座布団の感じ

こちらは、ちゃんと膝がテーブルの下に入りますね。

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壁にも いろいろと面白い作品が展示されています。

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窓の外には 松林。

ゆっくりと過ごしたい場所です。

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ビーフ・照り焼きってのを食べたんですが、写真撮るのを忘れました。

結構美味しかった。

=== ちなみに、このカフェは、酒もたばこもご法度です。(涙)===

 

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メニューは 特別に個性のあるものでもなく、料金的にも普通な感じでした。

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打合せも終わって、めったに来ることもないので、ぶらぶらと
坂道を歩いて下ります

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すぐお隣には、キリスト教系の神学校 APTSがあります。

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この道路は AMBUKLAOロードと呼ばれていまして、
この道を東にずっと行くと、アンボクラオ・ダムがあって、そのダム湖周辺は
太平洋戦争の末期に、日本軍や在留邦人が野戦病院でバタバタと
なくなった地域でした。

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これが ここの神学校の辺りで折り返しているジプニーです。

BAGUIO PLAZA - TIPTOP 循環という表示があります。

バギオ・プラザというのはバギオ市の中心部で、セッション通り下のジプニー乗り場です。

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では、坂道をぶらぶらと 下って行きましょう。

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バギオ市は 「松の都」として 昔から有名で、
戦前の日本軍占領時代の日本人の手記などにも、松の木が多い美しいバギオのことが書き記されています。

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バギオ市は 1905年から避暑地・保養地としての開発が始まった別荘地であるんですが、古い別荘の名残りのような廃墟もありました。

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バギオの中心部には 大きなホテルなんかがどんどん出来ちゃっているんで、ゆっくり歩きながらこういう清々しい景色を眺めるには、こういう場所に来ないといけなくなりつつあります。 やや残念です。

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石積みと竹林・・・・結構 こういう場所もあります。

松林と竹林・・・バギオ市でなぜかホッとするのは こういう林のお陰です。

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別荘地のフェンスも、なかなかに趣きがあります。

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そして、南国ならではの花も美しい。

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こんな手作り感いっぱいのフェンスにも ホッとします。

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そして、日本にはない、フィリピンらしい木々の集まり・・・・・・

これって、松の木の残り木を 蔓が覆って、宿り木みたいになっているんですかね?

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足元には こんな、可愛い花も咲いています。

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落雷で やられたんでしょうか?

白い木肌が すっくと立っています。

標高が高いですから、バギオの雷さんは怖いですよ~~。

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この標識は、マニラから253キロメートルという表示です。

バギオ市の中心部が 250キロぐらいですから、中心部から 
この TIPTOP(頂上、てっぺん)までは およそ3キロってことになりますね。

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昔の別荘の跡でしょうか・・・・廃墟みたいに見えます。

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こんな花が咲いているのも、バギオならでは。

ひまわりも多い町です。

・・・・・

この坂を下り切ると、ポニーなどの乗馬が楽しめるライト・パークの近くに出ます。

たまには、こんな道を歩いてみるのもお薦めです。

 

 

 




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バギオ市のタクシー名称コレクション : 第2弾 : 埼玉県熊谷がこんなことに

バギオ市でタクシーの名前が面白いってことに気がついたのは、
今年の1月に、カフェでのんびりしていた時だったんです。

「こいつぁ~~春から縁起がいいわい!  バギオのタクシー いろいろ

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/01/post-91de.html

ぼんやりと通り過ぎる車を眺めていたら、「七福神」って名前のタクシーを発見。

それで、こんなコレクションを始めたんです。

今回は力作ぞろい・・・まあ、ご覧ください。

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観察の場所は、前と同じ。

バギオ市の目抜き通りであるセッション通りから、横道に入るところ。

ここなら、スピードを出せないので、きちんと撮影ができるんです。

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こういう名前は 短くて覚えやすい。 普通の名前でしょうね。

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これなんか、長すぎるし、文字の羅列みたいに見えちゃって、覚えられない。

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これなんか覚えやすそう。

意味は分からないんですけど、何か叫んでいますねえ!!

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・・・??? なんだこれは??

調べました。

「サイバトロン(Cybertron)は、『トランスフォーマー』シリーズに登場する架空の組織。」
「オートボットは正義と博愛を重んじるのトランスフォーマーで、敵対する“ディセプティコン”から彼らの生命の源<オールスパーク>を守るため、人間たちと共闘する。

・・・ 

映画『トランスフォーマー』の登場キャラクター紹介

http://ciatr.jp/topics/51354

正義のトランスフォーマー戦士「オートボット」

これみたいですね。 映画に出てくるらしい。

かなりオタクなタクシーみたいです。

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シール、印鑑、印章、封印・・・・
もしかして人名???

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トリプル・ワン

易しい言葉だけど、意味が・・・??

3倍の何??
whats the meaning ?   3 x 1 ??

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北国の女

は~~るばる来たぜ は~~こだて~~

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ピンクの方舟

桃色の箱

中には何が入っているんでしょう・・・・

なにか、宗教的な意味でもあるのかな??

失われたアーク・・・・


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まあ、なんだか フツーな名前なんですが・・・

もしかして、もしかして、

World Council of Churches 世界教会協議会 ???

・・・まあ、そんなこたあね~~な。

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「7月10日」

・・・・まあ、日本じゃあ、絶対にあり得ない名前ですね。

このタクシーのオーナーの誕生日なんですかね?

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これは SERENADE って読めたんです。

Serenade セレナーデ
夜のしらべ 
小夜曲

音楽が趣味のオーナーですかね。 きっと。
もしかしたら オーナーは女性かも??

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女性と言えば・・・・・ SNOWPEAS夫人

こんな人名が本当にあるのかどうか知りませんが、
辞書で調べてみると・・・・

snow pea
1 平らでさやごと食べられるエンドウ
(green peas with flat edible pods)

2 薄く平たい食用のさやを持つエンドウ実る様々なマメ科の植物

snow pea 絹さや, 絹莢

・・・・・なんと 「絹さや夫人」ってことになっちゃいました。

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これは明らかに、

「俺は 英国で仕事していたんだぜ!」 みたいな感じかな?

あるいは、身内の誰かがイギリスにいるんでしょうねえ。

そのうち、SAITAMA@JAPAN なんてのが出てこないかな?

NAGASAKI@JAPAN でもいいよ。

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トロピック・バード 熱帯鳥

どんな鳥かっていうと。 (こちらのリンクで画像をどうぞ)

https://www.google.co.jp/search?q=%E7%86%B1%E5%B8%AF%E9%B3%A5%E5%9B%B3%E9%91%91&hl=ja&rlz=1T4TSJH_jaJP375JP376&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwjNyKST6cXSAhWGgbwKHW9yAasQsAQIGg&biw=1366&bih=556

・・・・

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ドラゴン・パンダ

・・・・・う~~ん。 PPAPみたいな繋ぎですなあ。

日本だったら、まあ、せいぜい 「ドラゴン・タクシー」 とか

「パンダ・タクシー」 とかじゃないっすかねえ?

欲張って 「ドラゴン・パンダ・タクシー」。 「龍パンダ」

しか~~し。 ドラゴンを辞書で調べたら。

「気性の激しい女」みたいな意味もあるんですねえ・・・・

気性の激しいメス・パンダ???

・・・このタクシー、もしかして危ないタクシーかも。

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ついに出ました、「ワン・ピース」。

こちらへどうぞ:

https://one-piece.com/

原作20周年だそうですよ。

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ネバー・フォーゲット

はい、決して忘れません。

日本のタクシーに 「忘れんな!」 なんて付けたら どう思われちゃいますかね?

・・・・・

そして、遂に、真内登場です!!!

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「暑い! 熊谷」

埼玉県の熊谷市・・・確かに暑いんです。

きっと、熊谷市で働いたことがあるんでしょうねえ。

今回のグランプリは、これに決定です。

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カメラをじっと支える腕が疲れちゃって、テーブルの上に置きました。

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・・・そして、お兄ちゃんが こんなところに座ってしまったんで、
今日は これで打ち止めです。

さて、第三弾に続くかどうか・・・分かりません。

日本の個人タクシーのオーナーの皆さん!!

いかがですか?? 

名称を変えてみませんか???

 

 

  

 

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2017年2月27日 (月)

バギオ・フラワー・フェスティバル Panagbenga 2017 に新撰組とピカチュー登場

2017年2月26日・日曜日に実施された バギオ・フラワー・フェスティバルの
Grand Float Parade (花車・パレード)に 地元バギオ市の北ルソン日本人会
と Baguio Cosplay Community コスプレの若者たちが参加しました。

多くの写真家が撮影したスナップ写真をFACEBOOKからいただき、
撮影者毎に並べて掲載してみます。

バギオ・コスプレ・コミュニティーとしての参加です。

(1)  Photo by Baguio City Guide

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コスプレ・グループが手作りした ピカチュー・マスコットがバギオ市に初登場。

(2)  Photos by Darwin Pitlongay - Z-Radio

3_img_photo_by_darwin_pitlongay_fro

バギオ・コスプレ・コミュニティーの一員として北ルソン日本人会が協力参加。

3_img_photo_by_darwin_pitlongay_f_2

先頭には 和太鼓。

そして、新撰組が続きます。

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番傘は ワンポイント。 かなりのアクセントになりました。

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「ポケモン」のキャラクターのコスプレ。

フラワー・フェスティバル主催者側からのご指定でした。

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どんなキャラクターがご存じですか?

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80名ぐらいのコスプレーヤーが参加希望だったそうです。

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そして、この9体の ピカチュー・マスコットが 主催者の目玉としての指示でした。

コスプレ・グループの手作り。

日本人会のメンバーのお一人が太っ腹なところを見せたそうです。

(3)   Photo by  Ompong Tan

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向かって左は 岡山からこの日の為にやってきたご夫妻。
新撰組は北ルソン日本人会のメンバー。
右は 日本人会専任の公式フォトグラファー。

(4)  Photo by  Ongchangco

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バギオ市の目抜き通り、セッション通りを進みます。

(5)  Photos by  Philippine Information Agency

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一応素浪人らしい。 太鼓の台車押し係 兼 しゃぼん玉発生装置。

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この衣裳はすべてコスプレ・グループと日本人会の手作り。 
一部を日本人会のメンバーが徹夜で仕上げたそうです。

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このピカチューの内 8体は コスプレ・グループによる制作ですが、
材料はゴムなんだそうです。
かなり重くて、中に入った男たちは大変だったと思います。

(6)   Photos by  Flower Festival Foundation

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沿道からは、さまざまな日本語でお声が掛かりました。

・・・が、中には韓国語の挨拶も。 区別がつかないみたいです。

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番傘は やっぱり目立ちます。

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実は、主催者からは これを50体欲しいと言われたそうです。

 

(7)  Photo  by  Where to Baguio

http://www.wheretobaguio.com/panagbenga-2017-float-parade/

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(8)  Photo by Pacific Press Agency

Pikachu....

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The community of cost players with the costume of Japanese character “Picachu” joined in the parade during the Float Parade as part of the celebration of “Panagbenga Festival 2017”. Pangabenga Festival is the Rose Parade version in the Philippines and all the float was covered with fresh flowers..
http://www.pacificpressagency.com/preview/380590

(9)  Photos by  JANL

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中に入っていた人たち・・・ご苦労さまでした。

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多分、一番手前の1体は マニラからやってきた「見本」だと思います。

(10)  Photos by Koji Imaizumi

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横断幕の上に主催者のロゴ、下に協力参加会社・グループのロゴ。

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いざ出陣。

ところが、和太鼓の台車の車輪のひとつが既に破損。

進めるのが大変でした。

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コスプレ・グループは、バギオ大学のコスプレ・サークル「可愛い家族」や
セントルイス大学卒業生などによって結成された「OTAGEKI」などの
様々なグループから参戦。

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こうやってみると なかなかの存在感があります。

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和太鼓の前には ピカチュー 3名。

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・・これは、パレードのスタート地点に行くまでの間の 練習中。

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新撰組8人衆の内の二人は 日本人会のメンバーのお嬢さんたち。
若い人たちが指導者になりました。

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ここが、パレードの出発地点。

モールであるSMバギオの前で、テレビなどの中継もここでした。

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この奥の左手に バギオ大聖堂があります。
毎年 ここは このとおり 観客がぎっしり。

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いっしょに歩くと かなりの迫力があります。。。

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沿道は 観客でぎっしり。

移動すら儘ならない状態になります。

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沿道のところどころで 観客への写真撮影サービス。

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太鼓係と水補給係、お疲れ様でございました。

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決めポーズ。

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ポケモン・キャラクターの コスプレ・・・・だそうです。

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バギオ市の姉妹都市である 埼玉県羽生市から 市長さんや市議会議員さんが パレードに参加されました。

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新撰組やピカチューの行列の後には、このような華麗壮大なフロートが
次々に行進しました。

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これは、地元山岳民族の伝統的衣装。

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是非 皆さんも来年こそは・・・・・

以下に、SKYケーブルTVの 中継録画 youtubeがありました。

https://www.youtube.com/watch?v=iyB1PoG1pfY&feature=share

新撰組の踊りやピカチューの行進は 5:40分の辺りから始まります。

どうぞご覧ください。

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ピカチュー制作・運用チームの慰労会。

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どうも、お疲れ様でした。

    

 

 

 

baguio flower festival 2017 panagbenga

Pikachu and Pokemon by baguio cosplay community

Shinsen-gumi performance by Japanese association in northern luzon

 

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2017年2月 1日 (水)

フィリピンの犯罪率、治安は アメリカなど欧米と比べてどうなのか・・・バギオ良いとこ一度はおいで

フィリピンは危ない危ないと言いますが、
下のふたつのデータを合わせて見ると
欧米諸国の方が フィリピンより危ないじゃないですか
だれだ、悪いイメージを作っているやつは!

確かに日本と比べると危ないかもしれないけど、
欧米に比べたらよっぽど安全じゃないか。

このサイトに OECD諸国の犯罪率のデータがありました。
(このサイトは 日本と韓国がOECD諸国の中でどうかという比較をしています)

http://日本韓国.com/entry3.html

単位は 10万人あたりの人数です。

フィリピンのデータは、日本の外務省のサイトからとってみます。
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcsafetymeasure.asp?id=13
(フィリピンの数字は 日本との比較でその割合で書いてあります)

(1) 殺人発生率

メキシコ = 18.1
アメリカ =  5.0
韓国   =  2.9
英国   =  1.1
日本   =  0.5 

フィリピン = 5.0
(日本と比較すると,殺人事件発生件数は日本の約10倍)

(2) 強盗発生率

ベルギー = 1,762
英国   =   137
アメリカ =   133
韓国   =    13
日本   =     4

フィリピン =   52
(強盗事件発生件数は日本の約13倍)

(3) 性犯罪(レイプ)発生率

オーストラリア = 91.9
アメリカ    = 28.6
英国      = 27.7
韓国      = 13.5
日本      =  1.1

フィリピン =    9.9
(日本での発生件数の約9倍)

(4) 暴行発生率

スコットランド = 1,487
英国      =   730
オーストラリア =   327
アメリカ    =   262
韓国      =   172
日本      =    44

フィリピン =     100
(重大犯罪発生件数は201,013件であり,そのうち窃盗が全体の41%,
 傷害・暴行が25%,強盗が16%を占めます。
 ・・・とあるので、強盗の2倍とすると・・およそ100ですね)

以上、フィリピンが危ないという人は欧米に行っちゃいけません

私が言っているんじゃなくて、データが言っているんです。

・・・ってことで、フィリピンのバギオ、いいよ。

バギオ市の治安・犯罪率については、ちょっと古いですが:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2008/08/post_b71a.html

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2008/08/post_4800.html

 

 

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2017年1月28日 (土)

構想6年、制作9カ月、「バギオ歴史探訪アートマップ」 ー 完成間近!!

構想6年! 制作9カ月!! 

・・・なんて言うと、えらい大袈裟なんですけどね。

バギオ歴史探訪アートマップ」 が 2017年2月22日から販売開始できそうなところまで来ました。

(確実に2月22日と言い切らないところが フィリピンですねえ・・・笑)

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・・・これは あくまでも 「アート・マップ」 なんです。

だから、実用向きではありません・・・悪しからず。

・・・・

さて、構想6年・・・なんですが

どうやって インスパイアーされたかって言うと、

2011年4月に 日本人会のサイトで こんなことが書き残されているんです。

http://janl.exblog.jp/12355392/

「JANLの分科会のひとつとして「バギオ歴史探訪マップ」を作ろうという分科会が出来ました。」

「 「バギオ歴史探訪」シリーズとして、戦前にバギオの日本人小学校の生徒であった古屋氏のご協力を得て バギオの日本人関連の歴史的スポットをご紹介いたします。」

・・・・

つまり、2005年にバギオに住むようになって以来、このバギオ日本人学校同窓会の古屋氏に、バギオの歴史や戦前の街並みについて いろいろと教えていただいたことを、なんとか形に残せないか・・ということだったんです。

古屋英之助氏の関連記事はこちらでご参照ください:

http://www.manila-shimbun.com/navi_manila/navi_pdf/vol3/navi0309.pdf

 

・・・・

そして、下調べを意識的に始めたのが この頃、2011年の9月

バギオ歴史探訪シリーズ - 1 Historical walk in Baguio

http://janl.exblog.jp/13504807/

 =======      

 

そして、満を持して・・って言うか、ずるずると先延ばしにしていたのを

やっと始められたのが・・・

「バギオ歴史探訪アート・マップ」プロジェクト 始動! 

これが 2016年5月・・・・制作開始です。

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/05/post-54b0.html

Img_2049

バギオ歴史探訪アート・マップ 只今制作中 : 1930年代vs現在

2016年8月は・・・・・

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/08/post-3edf.html

Img_7822

この頃は 下書きの相談中・・・・

Img_7354

1930年代、どこに どんな建物があったのかの確認と調整・・・

アカデミックなレベルまでは出来ないので、複数の本や写真を突き合わせながらの作業。

・・・・・・

そして、ついに 2017年1月に 色調整などの為の試し刷り・・・

Img_7130c

これは試し刷りなんで、 サイズは A3と実際の半分のサイズ。

・・・・・

これが実際には A2サイズとなり、

1930年代のバギオと 2017年現在のバギオが 表と裏に印刷されています。

本番の印刷の1番目の1枚は、フィリピン大学バギオ校主催の

BAGUIO  HERITAGE  MAPPING  PROJECT の教授方に

「奉納」しましたんで、手元にはありません。

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只今 量産をしている筈・・・

なので、2017年2月22日(水)3pm の 出版記念ミニ・ミニ・ミニ・パーティ

販売開始!!になりそうです。

ご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、

バギオ市アッパー・セッション通りにある 歴史的建物である

CASA VALLEJO(カーサ・バリエホ)ホテルの中にある

マウント・クラウド・ブックショップにお立ちより下さい。

本屋さんの話では、売値は 一枚120ペソになるそうです。

(まとめ買い、爆買い、買占め、大歓迎です。・・・笑)

がっぽり儲けたら、利益の一部を 北ルソン日本人会の活動費の

足しとして上納する予定です。

 

宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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