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2017年5月 6日 (土)

「浄土三部経ー観無量寿経」を読む-その2- 殺人未遂か殺人か、それが問題だ

さて、観無量寿経の中身で、私が気になったところを抜き書き
してみます。

その前に、目次を見てみますと、
漢文和訳の部分は、32ページ、その註釈も32ページあります。
つまり、和訳しただけでは、その意味を理解することはなかなか
困難であるってことですね。
しかし、その註釈というのも、かなりの知識がないと訳が分かりません。

なので、いい加減なコメントを書きますので、ご容赦ください。

Img_2621




この観無量寿経には、サンスクリット原文が発見されておらず
現代語訳は漢訳本を元にされているそうなんですが、
それにしても、流布本、高麗本、宋本、元本、明本などが
相互にチェックされ、さらに、中国や日本でそれぞれの時代の
僧侶たちによって、様々に解釈されて発展して来ているので、それを
ど素人の私がどう感じるかのフィーリングだけの話になります。

=== では、まず、註釈から入ってみます。

p87
43 観無量寿経 -- 経の題名は無量寿仏(阿弥陀仏)と
その仏国土を思念の対象として観察する方法を明かす経
の意。
・・・阿弥陀仏は西方、極楽浄土の教主であるから、本経に説く
観察とは、その仏国土や教主をとりまく聖衆および阿弥陀仏自身を、
観行者がそれらの具体的形相によって自己の心中にそのまま現出
させて(事観という)観察し、あるいはまた、観察力の弱き者は
仏名を称えることによって、減罪・見仏・往生の利益を得る
ことを
目的としている。

=== まあ、これだけ読めば、全部読んだも同然の解説
    なんですけど、それじゃあ身も蓋もないので、
    我慢しながら読みましょう・・・あはは

p11

あるとき師は、千二百五十人もの修行僧たち、法の王子である
マンジュシュリー(文殊)を上首としる三万二千人の求道者
たちとともに、ラージャグリハ(市)の<鷲の峰>(グリドゥフ
ラクータ)に滞在しておられた。

註釈
p88 
43 - 文殊師利王子ーー文殊菩薩のこと。法王子とは
法(仏の教え)の王子、したがってやがて仏となる菩薩をいう。

43 - 王舎城 --すなわちラージャグリハは中インドの
マガダ国の首都。 ・・「無量寿経」や「法華経」もこの山
(霊鷲山)を説法の会座としている。

=== 33,250人・・・って本当かなあ??
    
https://kotobank.jp/word/%E8%A6%B3%E7%84%A1%E9%87%8F%E5%AF%BF%E7%B5%8C-49688
こちらのサイトでチェックしてみると、
「中国で424~442年ころ良耶舎(きょうりょうやしゃ)(カーラヤシャス)
によって翻訳されたというが、サンスクリット原典がなく、
チベット訳もなく、漢訳のなかでも他に異訳が存在しない。
ただウイグル語訳断簡が現存しているが、これは漢訳から重訳された
ものである。これらの点から、『観経』の成立については、インドで
編纂(へんさん)されたとみることは困難
である。」

・・・ 釈迦が生きていたのは、
釈迦(しゃか)は、紀元前5世紀ごろの北インドの人物で、仏教の
開祖である。」ってことですんで、釈迦の時代から800年ぐらい
後に多分中国あたりで作られたお経の可能性が高いってことですもんね。
日本の現在で言えば、鎌倉時代の話を今書いているって話ですもん。

しか~~し、こちらのサイトにこんなことが書いてありました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E4%BB%8F%E6%95%99
「上座の長老たちが新しい見解を否定して、ついに上座部と大衆部に
根本分裂した。仏滅後約100年のことで、この戒律の異議のため、
毘舎離で七百人の比丘を集めて第二結集が行われた。さらに仏滅後
200年には、アショーカ王の時代に、パータリプトラで1,000人の比丘
を集めて、第三結集が行われた。」

・・・・これがあったのが紀元前4世紀のころって話なんで、
この時に1,000人の修行者がいたってことになると、
その700年後に3万人ってのはアリですかねえ。

Img_2615

p11~15 「王舎城の悲劇」の親殺し事件の部分

・・・アジャータシャトル(阿闍世)と名づけられるひとりの
太子がいた。・・・父なる王ビンビサーラ(頻婆娑羅)をとらえ、
・・・幽閉し、・・・。
・・・大王を敬愛していた・・ヴァイデーヒー・・国王の大夫人は、・・
ひそかに王に(食物を)与えた

アジャータシャトルは・・・怒って・・・母を殺そうとして

ひとりの大臣が・・・「大王よ、・・・はるかな昔よりこのかた、
さまざまな悪王があり、帝位に早くつくためにその父を殺した者
一万八千人に上っている。しかし、未だかつて非人道にもその母を
殺したというためしは聞いたことがない。・・・」
・・・
王はこの言葉を聞いて、懺悔して救いを求めた。すなわち、剣を
捨てて、母を殺すことを止め・・・幽閉してふたたび外に
でられないようにした。

幽閉されたヴァイデーヒーは・・・・師を礼拝して・・・
如来よ、尊き師よ、・・・」・・・
師・釈尊の体は紫を帯びた金色に輝き、数百の宝石の蓮花の
上に座られ、マハーマウドガリヤーヤナは左に、アーナンダは
右に侍し、シャクラ(帝釈天)・ブラフマン(梵天)・護世の
天人たちは虚空にあって・・・・・

・・・十方の仏たちの清らかな美しい国土はすべてこの光の中にお
現れた。
・・・・ このような無量の仏たちの国土の荘厳で
きらびやかなありさまをヴァイデーヒーに見せしめられたのである。

・・・わたくしは今、<幸あるところ>という世界のアミタ仏
(阿弥陀仏)のみもとに生まれたいと願っております。

・・・師は・・告げられたーー
「あなたは知っているであろうか。 アミタ仏のいられるところが
ここから遠くないといいうことを。 あなたは思念を集中して
はっきりとあの仏国土を観想しなさい。・・・・・
・・・未来にあらわれる一切の生ける者どもの中で清らかな
行ないをしようとする者が、西方の<幸あるところ>という世界に
生まれることができるようにしよう

==== 11ページから15ページに渡って、概ね上のような
     ことが書かれているんですが、「父殺し」というのは
     書いてないんですよ。

     この後には、観想のマニュアルが書いてあるんです
     けどね。
     だから、観無量寿経の中では、父を幽閉し、母も幽閉
     したことしか書いてないんです。
     だから、「殺人未遂」に終わっているんですけどねえ。

=== そこで、註釈を見てみると、

p87
43 -- 「涅槃経」などの伝えによれば、父王は王子のいない
のを心配し占師に尋ねたところ、ある仙人がやがて死んで
王子として生まれるであろうと予言した。
父王は仙人の死をまちきれず殺させたところが、王妃韋提希
(いだいけ)はただちに懐妊した。 占師は、いつかは生まれ出る
王子すなわち阿闍世が仇を報ずるであろうといったため、
出産のとき高楼から産み落として殺そうと夫婦が相談した。
しかしながら、王子は手の指を折っただけで一命をとりとめたという。
これは阿闍世が父王を幽閉する動機となったという。

・・・

大乗涅槃経」は、王が父を殺害したために、心に悔熱を生じ、
それが原因で身体全体に瘡を生じ・・・・・ブッダの教えを仰ぎ
瘡癒えて菩提心を発したという。
親鸞は「教行信証」の信巻末に右の記事を長々と引用し、・・・
阿闍世王をあげ、もって如来の大悲に背きつつある愚悪の凡夫の
救われゆくすがたを暗示している。

=== この註釈にもあるように、結局「父殺し」の話は
    「観無量寿経」にはないみたいで、「涅槃経」にある
    みたいなんですねえ。
    「親殺し未遂」VS「親殺し」です。
    どういうこと!??
    ・・まあ、未遂とは言え、父親を餓死させようとして
    いたわけなんですけど。

=== 結論が判明しました。
    こちらを読むと、母親を幽閉した後に、食糧をもらえなく
    なった父親が餓死した
と書いてありました。
    やっと納得。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%88%E3%83%AB
    
「成長したアジャータシャトルは、釈迦仏に反逆し新教団を形成せん
としていた提婆達多(デーヴァダッタ)に唆され、その言を入れて
ビンビサーラを幽閉した。また母が身体に蜜を塗って王に施していた
事を知るや母も幽閉せしめ、ついに父王は餓死し命終してしまった
。」

・・・しかし、これだと、親鸞さんもいろんなお経から題材を
引っ張ってくるのに大変だっただろうなあ・・・・

殺人未遂と殺人じゃあ、インパクトが違うからねえ・・・・・

=== 註釈にこんな記事がありました。

p91
45 父を殺害するものーー王子が王位につこうとして父なる
国王を殺すということは、釈尊の時代またはその後に実際に
しばしば行なわれたこと
であった。
恐らく当時は異母の王子が多勢いたであろうから、王位に
即きたい王子は、こういう強行手段に訴えたのである。

・・・・家族が大きければいいってものでもなさそうですね。

=== では、その3 では、観想のマニュアルを読んでみます ===
  

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2017年5月 2日 (火)

「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その7- なに? 阿弥陀さんはお釈迦さん? 浄土教は一神教??

残すところ 梵語訳は あと20ページほどとなりました。
一気にいきましょう。

前回は「五つの悪」の染まっている人間の話でした。

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p118

師はマイオレーヤ(弥勒菩薩)に言われたーー
「世間のありさまはこのようである。<目ざめた人>たち
は皆、これをあわれみ、威力を発揮して、さまざまな悪を
うち砕き滅ぼし、すべての人を善に向けさせるのだ。
(自分のことばかりを考える)考え方を捨てて、経典に
説かれている戒律を守り、正しい法に従って生きる
生き方を実行して違反せず、ついには完成や、永遠の
安らぎを得ることができるようになるのだ。」と。

=== 私みたいな悪さをする人間ばかりなんで、
    ちゃんと戒律を守って修行をした人たちに
    頑張ってもらって、憐れみをもって助けて
    いただくということかな?

p120

他の方角にある諸々の仏国土は、善をなす者が多く
悪をなす者は少なく、自然に福徳が積まれ、悪を犯す
ことがない所なのだ。
ところが、この世界にだけは悪が多く、自然に善をなす
などということはなく、人々は苦しみを求めて次々に
偽り欺き、心も体も苦しんで、苦を飲み、毒を食している。
・・・このようにあわただしく生きるばかりで、安らかさ
というものは全くないのだ。

p121

こう言われたときに求道者マイトレーヤは合掌して言った
ーー 「師の教えは甚だ親切であります。 世の中の人々は
まことに師の言われるとおりであります。 如来はあまねく
慈悲の心をもって、あわれんで、すべての人々を解脱され
ました。師のねんごろな教え諭しを受けて、わたくしどもは、
そむいたりはいたしません。」と。

=== ありゃりゃ・・・どうも、多元宇宙の中で、
    他の宇宙はそこそこ良い奴が住んでいるんだけど、
    この我々の宇宙だけが、不良が集まっている
    らしいです。
    こいつら自分たちじゃどうにもできないみたい
    だから 憐れんで救ってやらなくちゃ・・・って
    ことらしい。
    かなり足元みられちゃってますね。
    弥勒菩薩さんも、立場がないなって感じかなあ。
    スミマセンね。

p124

師は、求道者・すぐれた人・アジタ(=弥勒菩薩)に告げ
られたーー「アジタよ。 そなたはかの仏国土において、
みごとな特徴や装飾や配置がそなわっているのを見たで
あろうか。 また、上は虚空において、美しい園林や、
美しい森や、美しい庭園や、さまざまな宝石よりなる
青蓮花・紅蓮花・黄蓮花・白蓮花に満ちた美しい川や池を
見たであろうか。 ・・・・・如来によって現わし出され
た種々の鳥の群れが棲みついているのを見るであろうか。」
と。

p126

かれら求道者たち・立派な人たちは、両脚を組んで安座した
姿で紅蓮花のうちに出現する。

=== 出ましたね。 極楽浄土の映像と、蓮の花の上に
    座る仏さんたちの姿。

その映像は、こちらの中国製アニメでご覧ください:
https://www.youtube.com/watch?v=DPTEFcjP6nM

p134

そのとき、師はまたこれらの詩句を説かれた。

1.功徳を積まぬ者どもは、このような(教えを)聞くことは
ないであろう。
ただ勇猛にして、一切の目的を成就した者たちのみ、この説
を聞くであろう。

5.ただ仏のみが、仏の徳を明らかに知る。
神々・竜・アスラ(阿修羅)・ヤクシャ(夜叉)や、教えを
聞くのみの修行者たちは、(知ら)ない。
仏の智が説き明かされても、独居する修行者たちは、
これを知るいかなる道があるであろうか。

=== やっぱり、真面目に道を求める人は
    かなり厳しい修行を通りぬけないとダメなんですね。
    私なんぞは、楽をすることしか考えてないし・・・

p136

9.あるときには人間の身をうけることとなり、
あるときには仏となって出現する。
信も智慧もきわめて長い時を経て得られるであろう。
その意義を知る智慧ある人々は精進をおこすべきである

=== おお、人間になったり、仏になったり出来る人が
    いるみたいですね。
    いわゆる「霊界」と行き来ができる人なのかな?
    これを読んで、精進したいと思った方は是非
    頑張ってください。
    私は書類選考で没ですね。

p137

尊師がこの法門を説かれたとき、十二億の百万倍の生ける者
どもは、諸々の事物に対して・・・清らかな法の眼を得た。
二十四億の(生ける者どもは)<もう決して生まれ変わって
来ない者>という成果(不還果)を得た。
八百の修行僧たちは、執着が無くなって、いろいろな汚れ
から心が解放された。 二十五億の求道者たちは、<存在する
ものには自体がなく、生ずることもないという認知>を得た。

=== まあ、何度も書いてあるとは言え、
    十二億の百万倍って何ですか。
    人類がこの地球に現れて、何万年だかしりませんが、
    合計して何人ぐらいになるんでしょうねえ。
    しかし、この無量寿経では、どうも多元宇宙論を
    論拠??にしているみたいなんで、他の宇宙の
    人数もカウントしているのかな??

    
=== ここで、注釈を見てみますと:

p279
もう決して生まれかわって来ない者>という成果ーー
・・・欲界の煩悩を断じつくした聖者の位をいう。
死後、色界・無色界には生ずるが、欲界には二度と生を
享けないから、このようにいう。

・・・・つまりは、輪廻転生から抜け出すことが出来た
ということなんでしょうか。

=======================

=== 以上で、「サンスクリットからの訳」の章を
    終わりました。

    この後は、漢文書き下し文の「注釈」の中から
    気になる言葉を拾ってみます。

p288

142 微妙の法 - 釈尊がさとったさとりの内容は
縁起の理法であった。 ここでは、菩薩らがそれぞれ、
すぐれた理法をさとって仏となることを示す。

=== へえ~、お釈迦様が全ての創始者ってことじゃ
なくて、いろんな菩薩が 博士論文を書いて、それぞれの
理論で合格して来たってことのようですね。

p294

146 浄土教の註釈家たちの説によれば・・・・
釈尊は阿弥陀仏を、阿弥陀仏は釈尊を相互に念ぜられて
いるから、本経を説く釈尊はこれまでの釈尊とちがって、
実に阿弥陀仏その人とみて差し支えない。
従って、本経こそ阿弥陀仏の直説法であると解釈している。

p296

147 三界 -- 輪廻する迷いの生存を三つに分けて
欲界・色界・無色界の三界とする。 また、三界にとどまる
衆生をいう。

p296

147 乃往過去 -- 乃往(ないおう)とは、むかしの意。
・・・世自在王仏の出現以前の過去仏五十三を挙げ、法蔵菩薩
が第五十四番目の世自在王仏の許で、はじめて仏になったのでは
ないことを強調する。
過去仏思想については、ブッダを第七仏とする過去七仏の観念
はすでに古く成立し、ブッダの神格化の発展につれ、過去二十四仏、
過去三十二仏が考えられた。

浄土教は大乗仏教の多仏思想を阿弥陀仏(実は釈迦牟尼仏と
一致する)一仏で統一しようとする意図を有していた
から、
「魏訳」では五十三仏と阿弥陀仏の師仏たる世自在王仏の
過去諸仏を列挙する。

=== おお、びっくりしたあ~~~。
    ここにさりげなく書いてありますけど、
    「阿弥陀仏=お釈迦様」ってこと???
    私の今までの理解は、法然さんの浄土宗までは多仏思想で、
    親鸞さんから阿弥陀さんだけの一神教になったと
    思っていたんですが、元々浄土教が一神教を
    意図していた
とは驚きです。

p297
149 世自在王 -- 阿弥陀仏の師仏
ローケーシヴァラとはヒンドゥー教でシヴァ神の別名である。

=== おお、これもまたびっくり。
    まあ、インドには元々たくさんの神々がいたわけで、
    驚くには当たらないとも言えるんですが、
    阿弥陀様の先生がシヴァ神に繋がっているとはねえ。

シヴァ神」については、こちらで確認:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B4%E3%82%A1
「シヴァ([ˈʃivə]; サンスクリット: शिव, Śiva、「吉祥者」の意)
はヒンドゥー教の神(英語版)である。現代のヒンドゥー教では
最も影響力を持つ3柱の主神の中の1人であり、特にシヴァ派では
最高神に位置付けられている。」

「最も賞揚される文脈では、シヴァは形の無い、無限の、超越的な、
不変絶対のブラフマンであり、同時に世界の根源的なアートマン
(自我、魂)であると語られる。」

「現代のヒンドゥー教で知られているシヴァの特徴は、ヴェーダ時代
のルドラの持つ特徴と多くが共通しており、ヴェーダ神話に登場する
暴風雨神ルドラがシヴァの前身と考えられている。」

p298

149 法蔵 -- 仏法を蔵して失わぬという意に解せられるが、
原義は「法の鉱床」「法の堆積」という意味である。
阿弥陀仏が菩薩として修行していたときの名。

p301

154 五劫 -- 非常に長い時間をいう。
浄土教では、法蔵菩薩が発願して衆生救済と浄土建設のために
長年月を要した修行を「五劫思惟」と呼ぶ。
・・・法蔵菩薩は「一の静処に往きて独座し、功徳を修習し、
仏刹を荘厳せんことを思惟して、大誓願を発し
」(宋訳)た
のである。 ・・・原始仏教以来ブッダをはじめ仏弟子たちが
修した基本的瞑想法である。
真宗では五劫を発願に至るまでの思惟とみ、修行とはみない。

=== やっぱり、日本では、法然さんまでは修行、
    親鸞さんでは思惟あるいは信仰・・・となるわけですね。

=== ちょっとここで、漢文読み下しに戻りまして:

p154

法蔵比丘、二百一十億の諸仏の妙土の、清浄の行を摂取せり。

・・・この文の「妙土」の註釈なんですけど・・・

p302

154 妙土の -- 「梵本」では諸仏苦にの荘厳よりも
八十一倍もすぐれたものとする。 しかしながら、他の
大乗経典例えば「華厳経」では、阿弥陀仏の浄土を娑婆穢土
に最も近い最劣の浄土としている

=== ほお~~、阿弥陀さんお浄土は、一番娑婆に近いんで、
    いまいちパッとしない所みたいですね。
    これって、上記のp120の「不良の世界」
    一致するポイントでしょうかね??

    我々人間どもは、阿弥陀様にかなりご迷惑をお掛け
    しているようですね。
    申し訳ない・・・

・・・ では、漢文読み下しの註釈を その8 でも続けます ・・・

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「浄土三部経ー無量寿経」を読む-その5- 天国良いとこ、一度はおいで・・・

今回は、内容的にはメイン以外の その他の拾いものです。

=== 極楽浄土の様子を描いた部分をちょっとだけ
    ご紹介しましょう。

Shoujyuuraigou

p72

もしも、かれらが、どのような宮殿でも、どのような色彩や、
標識や、形状や、乃至、高さや広さがあるものであろうとも、
種々の宝石でできた百千の尖塔に飾られ、種々の天界の布を
うちかけられ、美麗な座布団を敷いた宝石の長椅子のあるような
宮殿を欲するときは、正にその通りの宮殿が、かれらの前に
現れる。 かれらは思うままに現われ出た諸宮殿のなかで、
それぞれ七千人の天女に侍かれ、敬われて、住み、戯れ、
喜び、逍遥するのだ。

=== さてさて、御用とお急ぎでない方。
    ここをしっかり読んでくださいな。
    「天国良いとこ一度はおいで、酒は旨いし
     ネエちゃんは綺麗だ・・・・・
」の部分ですよ。

    「帰ってきたヨッパライ」 フォーク・クルセーダーズ      
    https://www.youtube.com/watch?v=HgW5KUyJarw

    それどころか、どんな宮殿でも、あなたの好きな
    ようにデザインされた、カスタマイズされた
    宮殿も思いのまま。 天女はそれぞれ七千人
    だってさ。 そりゃあもう、この世じゃ
    あり得ない天国の凄さ満載。

    でも、酒のことは書いてないですね。
    やっぱ禁酒かな。

p73

かの世界では、世俗の習慣的な表現によって、神々とか
人間とかいう風に区別して数え立てるだけのことであって、
神々と人間との区別は存在しない

=== みなさん、あなた自身が神々と同格になれるん
    ですよ。
    昔、ある国に、天孫降臨の末裔で現人神と言われた
    神がいましたが、その後「私は人間だ」って言い
    ましたね。
    上の話は、その逆バージョンが実現するって
    ことみたいですよ。
    あなた自身が、天に昇って神々になるみたい。

p74

アーナンダよ、かの仏国土には、火とか、太陽とか、遊星とか、
星宿とか、星群とか、暗黒とか、闇
とかいうような名称を
つけて表現することも全くない。 また、夜とか昼とかいう
名称をつけて表現することも全くない。
ーー ただし如来がそのような名称をつけて表現される場合
別である。 家屋を所有するという思いもないのだ。

=== これはなんとも、宇宙的で凄い表現ですね。
    「星宿」ってなんでしょうね?
    こちらのサイトにこの名称はあるんですが・・・
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E5%AE%BF
    「星宿(せいしゅく・ほとほりぼし)は二十八宿の一つで、
     南方朱雀七宿の第4宿。距星はうみへび座α星。」
    なんか関係があるんですかね?

    「夜とか昼とかいう名称をつけて・・・如来が・・・」
    って部分は、キリスト教の創世記の「光あれ!」
    って言った話を連想させませんか?
    「家屋を所有するという思いもないのだ。」って
    ところは、上の「思うがままの宮殿」の話と
    ちょっと矛盾するような感じも
あるんですが、
    所有じゃなくてレンタルって話なのかなあ・

    レンタルだったとしたら、ビットコインみたいなのを
    使っているのかも??

=== 「師はこれらの詩句を説いて言われた」として
    次のような詩が書いてあります。

p76

3. 誰であっても、世界の最微小の原子のごとく、
打ち砕いて微塵となしたとしよう。
その(微塵の数)よりもさらに多くの世界を
宝石で満たして、それらを布施する者があったとしよう。

=== これって凄くないですか?
    「最微小の原子」「微塵」「さらに多くの世界」
    ・・・なんだか、現代の最先端の宇宙論を連想
    させませんか?

    「微塵」の意味は、こちらの辞書では:
     http://www.weblio.jp/content/%E5%BE%AE
     「② 〘仏〙 物質の最小単位の極微(ごくみ)が
      六方から集まったきわめて小さい単位。」
     (〘仏〙とありますから、仏教用語ですね。)

    「多くの世界」って、多元宇宙論みたいな・・・
     曼荼羅にあるような・・・

     さすがにゼロを発見したインドならではでしょうか。
     

「ゼロの発見」については こちらをご覧ください:
https://ja.wikipedia.org/wiki/0

「古代インドの数学で「膨れ上がった」「うつろな」の意
サンスクリット語: शून्य, śūnya (シューニャ 膨れ上がった物は
中が空であるとの考え方
から来ている。)すなわち数としての
「0」の概念が確立された。ブラーマグプタは、628年に著した
『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』において、0 と他の整数
との加減乗除を論じ、0 / 0 を 0 と定義した以外はすべて現代と
同じ定義をしている。そしてこれがアラビア数学に伝わり
フワーリズミーの著作のラテン語訳 羅: Algoritmi de numero
Indorum により西欧に広まっていった。しかし、ヨーロッパでは
得体の知れない概念から悪魔の数字とみなされ
ローマ法王により
使用が禁じられた時代もあった[10]。」

「仏教における 0
詳細は「空 (仏教)」を参照
仏教ではシューニャ(漢訳で空)」

=== 「ゼロ」が仏教では「空」であるというのは印象的ですね。

p77

5.勝てる者(=仏)のことばと想いを信ずる人々の福徳は、
これよりもなお多いであろう。
そのわけは、信こそは世の人々にとって(<幸あるところ>
という世界に)到達するための根本
であるからである。
それ故に、(わたしのことばを)聞いて疑いを除くべきである、と。

=== ここは真面目に読みますが、まず注釈は、

p270
信こそは・・・根元である・・・
信こそは世の人々にとって、極楽に達するための根元である」
という意味になり、「華厳経」にいう「信は道元なり」という
思想に通ずるものがあることになる。
なお、「信」の原語はsraddhaであるが、これはことばをそのまま
受けとること、普遍的な理法に従うこと
である。

=== もしかしたら、この「信心」ということこそが
    親鸞さんが「絶対他力」の元だと考えたことに
    繋がっているんでしょうか?

    阿弥陀様を信じて、すべてをお任せする為の
    「南無阿弥陀仏」であるという話かな?

p78

いかなる生ける者どもであろうとも、かの如来のことを、
すがた形ある者としていくたびも心に思い、多くの、
無量の善根を植え、覚りに心を向けて、かの世界に生まれたい
と願うであろうならば
、かれらが死ぬ時期が迫って来たときに、
かの敬わるべき人・正しく目ざめた人・無量光如来は、
多くの修行僧たちの群にとりまかれ
、恭敬されて、(その前に)
立たれるであろう。 かれらはかの世尊を見て、静かな
澄んだ心になって死んで、かの<幸あるところ>という世界に
生まれるのである。

=== これは「阿弥陀如来の来迎図」の描写ですかね?
    極楽往生をしたい人がいたら、阿弥陀如来が
    弟子たちをひきつれてお迎えに行きますよ・・って。
 
阿弥陀二十五菩薩来迎図 (国宝) 知恩院  
http://www.chion-in.or.jp/04_meiho/hob/rai.html

=== そして、上記の続きで、怠け者の私にもなんとか
    お願いできそうな話が出てきました。

p79

また、誰であっても、かの如来を多く思念すること無く
またしばしば多くの善根を植えることもしないけれども
かの仏国土に心を向ける者があるならば、かれの臨終の
時分に、色も、形も、高さも、広さの点でも、修行僧たちの
群にとりまかれている点に関しても、かの敬わるべき人・
正しく目ざめた人・無量光如来に全く同ような化身の仏
(かれらの)前に立つであろう。

=== これは本物じゃないけど、「化身の仏」さんが
    来てくれるって話です。
    今時の言葉で言えば、初音ミクみたいな仏さんかな
    本格的なリアルなもんじゃないけど、略式の
    バーチャルなもんでいいでしょ、ってことみたい。
    まあ、信心の深さによって、ランク付けしちゃう
    から、そこんとこちゃんと事前に分かって
    おいて頂戴ねってことですね。
    まあ、阿弥陀さんも、そのお付きのお弟子さん
    たちも忙しいだろうから、そりゃあしょうがないね。

p89

そのとき、若きアーナンダは尊者に向かってこう言ったーー
「尊師さま、善き人であるその二人の求道者・すぐれた人は
何という名でありますか。」と。
師は言われたーー「アーナンダよ。 かれらの中の一人は
求道者・すぐれた人・アヴァローキテーシヴァラ(観自在
であり、第二の人は スターマ・プラープタ(勢至)という
名の人なのだ。

=== おお、これが釈迦または阿弥陀三尊像の由来でありますな。
    アーナンダの師である お釈迦様と、阿弥陀如来には観音菩薩
    そして勢至菩薩です。

    (釈迦三尊像の場合は、組み合わせがいろいろみたいですけど・・)

 

Photo

    この三尊像は、フィリピンのバギオ市にもあるん
    ですよ。 ご存知ですか?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%BC%A5%E9%99%80%E4%B8%89%E5%B0%8A

阿弥陀三尊(あみださんぞん)は、仏教における仏像置形式の一つである。

阿弥陀如来を中尊とし、その左右に左脇侍[1]観音菩薩と、右脇侍[1]勢至菩薩を配する三尊形式である。根拠は『無量寿経』・『観無量寿経』である。

 

・・・・ その6 に続きます ・・・・・

 

=====================

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2017年4月 5日 (水)

バギオの地元の女を口説いたら、西田幾多郎を知っていた? 何者だ!

先日のこと。
日本からの客人がバギオに来たんです。

目抜き通りのバーで、3人で飲んだんですが、その客人の一人が
なかなかの人で、バーのお客だった地元の女性を口説いたんです

で、ライブ・ハウスに一緒に行こうって話になって、
3人で行ったんですが、いろいろ話を聞いているうちに、
そのフィリピンの女性の口から 「ニシダキタロウ」という
日本人の名前が飛びだして来たんです。

5img_1498

この女は何者だ!?・・って思ったんです。
はい、日本の有名な哲学者「西田幾多郎」です。

大学の先生だったという自己紹介は聞いていたんですが、
もうびっくり仰天。

大学で何を教えていたんですか?」

「哲学と倫理です。」

「へえ~~、西田幾多郎を知っているフィリピン人に
 初めて会いましたよ。」

「今度 セントルイス大学で哲学の教授たちが集まって
 学会があるんですけど、来ませんか?」

「とんでもない。 私が勉強していたのは45年も前の
 ことだし、フッサールの現象学なんてのを3日やって
 脱落しましたからねえ・・」

Img_1487

・・・いやはや、そんなところに出て行っても
まんず理解は不能だな・・・
内容的にも英語的にも・・・

ってことで、お断りしましたけどね。
なかなか理知的な感じの女性で・・・電話番号聞くの忘れた・・・

私が二十歳の頃でした
哲学を真正面からやっていたというより、哲学っぽい
一般向けの本をかじっていただけなんですけど。
まあ、「かぶれ」ってやつですね。

覚えているのは、
亀井勝一郎、小林秀雄、三木清、西田幾多郎、プラトン、
カント、デカルト、ショーペンハウエル、ニーチェ 等。

その中で、今でも印象に残っているのは
亀井勝一郎の「愛の無常について」、
西田幾多郎の「哲学概論」、そして、
ショーペンハウエルの「意志と表象としての世界」でした。

まだ二十歳の頃の私は、この三冊だけで、宇宙を手に入れた
ような気分になっちゃったんですねえ。

おそらく、埼玉の自宅の本棚の奥底に、その頃に一所懸命 本から
書き写した 汚い手書きのノートが眠っている筈です。

・・で、それじゃあ、西田幾多郎の超有名な「善の研究」を
読んだのかって言うと、それは挫折。
枕になっただけ・・・・

カントの「純粋理性批判」なんかをまともに読んだのかって
言うと、これも敢え無く撃沈ですから、まあ、私の頭は
その程度のものだったってことですね。

Img_1490_2

・・・・・

たまたま、2日ほど前、NHKでこんなものをやっていました。

NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
豆腐が、生き方を教えてくれた
http://www.nhk.or.jp/professional/2017/0403/index.html

豆腐屋さんなんですけど、まあ、凄い人ですね。

生きているのか。 死んでいるのか。」ってのが突きつめた
人生の判断基準なんですね。

「成功していることが幸福ということではない。」

・・・・これは、私はすっと胸に入って来ました。

この豆腐屋さんは、早稲田大学の政経学部卒で、大手への
就職も決まっていたのに、嫌いで堪らなかった家業を
自分が潰してはならんってことだけで家業を継いだけど、
「死んでいた」って言うんですね。

そして、豆腐というシンプルなものを作る中に
面白さがあることに気が付いて、それ以来「生きて」いて
「幸せだ」ってことらしい。

その豆腐屋さんが、凄い読書家で、それも哲学書なんですね。

私は、プラトンじゃなくて、アリストテレスだ、って言ったんです。

プラトンは一元論。 アリストテレスは多元論。

この豆腐屋さんは、自分はアリストテレスだって言うんです。
人にはそれぞれに、様々な人生があって良い、それが幸福だ。
豆腐の豆には それぞれの良さがある。
これが一番だというものは、それぞれの豆にあるってんです。

私の理解では、一元論は一神教。 多元論は多神教。

私が二十歳の頃は、プラトンが好きでした。
しかし、今は、この筋に沿って言えば、アリストテレスになって
しまっているかもしれません。

・・・・

そして、その翌日・・・・

一所懸命哲学をかじっていた頃に、出会った一冊です。

NHK 100分de名著
「人生論ノート」 三木清
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/64_jinseiron/index.html

私が読んだ当時は、三木清という人がどういう人だったかという
ようなことは知らず、今みたいにインターネットで ささっと
人物像が分かるような時代じゃなかったんで、改めてそういう
人だったのかとテレビで今頃知ったわけ。

テレビでは、この本は難しい、難しいと言っていたんですが、
その当時の私は、良く理解していたつもりになっていましたねえ。
一所懸命 ノートにも書き写しました。

その著者の背景を知ると、それなりの読み方ってのがあるんでしょうね。

・・・でも、私は、本というのは著者の手を離れたら読者のものだ
って思ってますからねえ。 そのように理解するしかないっすね。

馬鹿な奴には馬鹿なりの、利口な人にはそれなりの・・・・
それで許していただきましょう。

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・・・で、今回思ったのは、
自分は昔の自分ではないってことです。

記憶を辿れば、勿論自分は自分として継続的な存在ではあるんで
しょうが、脳細胞もいろいろ複雑に展開してきたり、最近は
委縮してきたりしてんでしょうから、45年前の自分と同じで
あるわけがないですもんねえ。

でも、上に書いた豆腐屋さんと同じく、(レベルは段違いだけど)
今の私は「生きて」いて、「幸せ」だなあと思います
結局、金や物に興味がなくて、「成功」は無しでしたけどね。

私が二十歳の頃に心に刻んだのは、

耳を澄まして生きていこう」・・・でした。

感性に乏しい自分自身に言い聞かせた言葉です。

・・・なんか、既に、「この世とおさらば」モードですね。

あはははは

 

 

 

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2017年1月28日 (土)

この写真 どうやって撮ったの?  95歳のお婆ちゃんの疑問・・・

先日 こんな写真を 大家のお婆ちゃんにプレゼントしたんです。

00_2

・・そしたら、随分 喜んでくれたんですけど、

「あの写真、どうやって撮ったの?」 って疑問がお婆ちゃんから・・・・

5img_7894

お婆ちゃんの娘さんも そんな質問をされて、なかなか理解されなくて困ったと笑っていましたが・・・・

0img_4633

これは、お婆ちゃんが 若かりしころの写真。

この見目麗しい女性が・・・昨年の12月に95歳の誕生日を迎えられまして。

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今は、このようなお姿でいらっしゃるわけです。

なかなかの美しさだと思います。

1img_4575

このお婆ちゃまがですね、なんと10人の子持ちなんですね。

(お一人は亡くなっていて、今は9人)

昔のお母ちゃんは偉かった・・・つくづく思います。

今のフィリピンもカトリックということもあって、結構な子だくさんではありますが、日本と同様にかなり少なくなってきているようです。

その9人の子供たちが、もちろんそれぞれに家族を持っていて、95歳の誕生日に 大集合をしたというわけです。

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こんな感じで 200名以上の親族、友人、知人が集まっての大パーティー。

5img_4657

この会場に集まった 子と孫は、これだけなんですけど、アメリカなどに居て 参加できなかった家族を含めると 総勢70人を超えるんだそうです。

5img_4774

その子や孫からのプレゼントが こんな演出。

アメリカからやってきた サンタクロースさんです。

5img_4792

ライオンズ・クラブとか ロータリー・クラブという成功者の団体がありますが、その女性版とでも言える ZONTAクラブというのがありまして、以前は その団体の会長も務めたお婆ちゃん。 ご挨拶の列が出来ました。

5img_4819

さらに、さらに・・・こんな楽団まで・・・・

これはバギオ大学の楽団で、このメンバーの中に教授が3~4人ばかり参加しているとか。

5img_4858

このお婆ちゃん、95歳ということは、戦争中は二十歳をちょっと超えたお年頃の時期だったわけです。

そして、その頃に、ある村の村長をしていた父上は、日本の占領軍によって指名されていた村長ということもあって、抗日ゲリラに拉致され、そのまま帰らぬ人となり、その他の親族も行方不明になったという苦難の経験を持つお婆ちゃんなんです。

さらに、かの悪名高い「バタアンの死の行進」で捕虜となった男性を、父上が収容所から解放してあげて、自宅に住まわせたのがロマンスの始まりで、結婚

捕虜収容所から解放される為に御主人がアピールしたことが、「私は先の東洋オリンピックの東京大会でメダルをもらったんだ」という陸上選手だったことでした。

その御主人がバギオ市警察の副署長へと出世して、10人の子をもうけたという物語。

・・・・

今は、健在の9人の子供家族のうち、5家族がアメリカ在住という大家族。

ひとつの ビッグ・ハウスから 世界に飛び出すフィリピン人と言えば、出稼ぎ大国フィリピンとしては当たり前なのかもしれませんが、いつも忙しく動いて廻る このお婆ちゃんのバイタリティーなくしては、この家族はなかったんだろうなと 感服するばかりです。

・・・・

それにしても、今後のアメリカ・・・・

排他的な政策を矢継ぎ早に繰り出す大統領の政策が、この幸せな家族に襲いかからないことを祈るばかりです。

お婆ちゃんの次なる目標は 「100歳の誕生日を祝う」こと。

お婆ちゃんはいけそうな感じなんですが、私の方がそれを見届けられるかどうかが 怪しい今日この頃。 笑

・・・・・・・・・・・・・・・・

この合成写真のプレゼントをする前に、娘さんから 「お婆ちゃんは 去年の12月に 95歳の誕生パーティーをやったことを 覚えていないのよ・・・・・」って話を聞かされたもんですからね・・・・

その大パーティーを忘れないようにするって意味も含めて、お婆ちゃんが御主人と一緒に 戦後にバギオ市に建てたビッグ・ハウスを背景にした 大家族の合成集合写真をプレゼントしたってわけです。

つまり、最近の私と同じで、外付けメモリーを追加したってことですね。

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

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2017年1月 8日 (日)

子供が悟ると こうなる・・・・割引セールでもやってんの? バギオの床屋

私は椅子に座るやいなや、こう言った。

「今日は 子供の為の割引セールでもやってんの?」

「いいえ、そういうことじゃないです。」

5img_4292_2


「なんで、こんなに子供が多いの、今日は?」

「新学期が始まるからですよ。」

年が明けたんで、新年会の前に散髪に行ったんです。
いつもの床屋。

すると、珍しく、子供たちがうじゃうじゃいるわけ。

小学生ぐらいの男の子が二人、すでに椅子に座って
大人しく散髪してもらっている。

入口に一番近いところに、遊園地のミニ・カーみたいな
乗物の形にしてある子供用の椅子がある。

その運転席に座って 泣き叫んでいる男の子がいる。

おそらく 2歳前後じゃないだろうか。
そんな年齢の男の子たちが、母親たちに抱きかかえられて
5人ほどもいるのだ。

その車の運転台に座らせられた男の子。
ギャーギャーと泣き叫んで止まらない。

目の前にある待合席のベンチで、どうやったら泣きやむん
だろうかと観察した。

母親が子供の両手を握り、父親は子供の頭を押さえている。

黄色いユニフォームのTシャツを着たお兄ちゃんが、
せっせと髪を切るのだが、泣きわめき、椅子の上に
立ち上がろうとし、頭の向きを変えようとする男の子に
大人たちは翻弄されている。

男の子は、諦めることもなく泣き続ける。

眼には涙が一杯になり、顔は真っ赤になり、上半身は
汗だらけの苦行である。

観察していた私は、その根性と忍耐力に感心し、
しまいには笑いそうになった。

やっと、散髪が終わった。
しかし、まだ余韻を楽しむかのように、男の子は
泣いている。 母親の膝の上で、体中の汗を拭いて
もらいながら。

・・・・

さて、次の男の子の番が廻ってきた。
母親に抱かれていた男の子は、その可愛い車の
運転台に乗せられようとした。

しかし、その運転台は、その男の子にとっては処刑台
だったのだ。

待っている間中、前の男の子が泣きわめいていた、その
処刑台である。

感情移入は十分過ぎるほど出来上がっていたのだ。
恐怖心はピークになっていた。

男の子は、何が何でも、その運転台に乗せられてはいけないのだ。

足を伸ばし、身体をのけぞり、暴れまくって、処刑台行きを
拒否した。

母親の身長は、その運転台に子供を軽々と載せるほどには
高くなかった。

床屋のお兄ちゃんも その抵抗の激しさにはお手上げだった。

運転台を諦め、大人の椅子に母親が座り、その膝の上に
子供を抱いた。

母親に向き合って抱かれた状態では、やや静かにしていたが、
紺色の大きな布を身体に巻かれた時には、その臨場感が
戻ったのだろう、拒否行動を取り始める。

母親の膝の上で、立ち上がり、のけ反り、頭を右に左に
廻し始める。

床屋のお兄ちゃんは、子供専任なんだろうか、同じお兄ちゃんが
急降下する戦闘機のように、子供の頭が静止するそのタイミング
を狙って ハサミを入れる。

母親は、子供の腰と両手を抑えるのに精いっぱいで、頭の
動きまでは制御できない。

さっきの男の子ほどではなかったが、最後まで諦めずに
泣き続けた。

・・・・・

そして、三人目の男の子の番がやってきた。

前の二人の修羅場が目に焼き付いていたのだろう、
母親の膝に抱かれたその男の子も、抵抗し、泣き叫んだ。

「なんで、我々はこんなに非道な扱いを受けなければならないのだ?」

「これは 子供虐待ではないのか!」

とでも叫んでいる活動家集団である。

・・・・しかし、その叫びは長くは続かなかった。

前の二人とは違っていた。

「なんだ、別になんてこともないじゃないか・・・」

そうだったのだ、前の二人の修羅場は 彼にとっては
修羅場ではなかった。

シャキシャキと リズミカルに、 お兄ちゃんのハサミの音が
鳴り響いた。

やっと、大人の時間が戻ってきたのだ。
悟りを開いた子供であった。

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2016年12月29日 (木)

バギオのインターナショナル・スクールで、元職場の同窓・クリスマス会

12月28日・・・こんな同窓会兼クリスマス・パーティーがあったんです。

5img_6255

TIPIっていうのは、某アメリカ系の半導体の会社でして、私は1998年から二年間だけ、日本の兄弟会社から駐在員として派遣されていたんです。

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まずは、こちらで受付。 100ペソ(250円くらい)の会費でした。

この白装束の女性は、1980年に このフィリピンの会社が出来た時の 第一期生だったそうで、 30名で始まったんだそうです。

私が日本の兄弟会社に入ったのが 1978年でしたから、私の方が二年先輩って話です。

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この会場なんですけどね、 保育園からジュニア・ハイスクールまでが揃っている インターナショナル・スクールなんです。

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この校舎がなかなかユニークでして・・・・

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中に入って歩いてみたんですが、なかなか ゲージツ的な構造になっていました。

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教室の窓には なかなか素晴らしい言葉が並んでいます。

Img_6267

小学5年生の教室の窓には、ピカチューなんかが踊っていました。

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うって変わって、こちらの校舎は アメリカンなクラシック・スタイル。

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保育園や幼稚園など、小さな子供たちの教室がありました。

Img_6275b

いやあ~~、楽しい学園です。

・・・・

おっと、本筋は 同窓会の方でした・・・

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私は 言われるままに 8:30amに行ったんですけどね、日本人なんで・・・

ほぼ 先着一番のお客って感じでした。

・・で、みんなが集まるまで 主催者側の人たちが 暇つぶしと盛り上げで、カラオケを開始。


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こちらでは、進行の打合せ中。

Img_6294

そこへ、メインのスポンサーが登場。

私が駐在員時代には バギオ市の兄弟会社の人事・資材部の役員だった人で、私を地元のロータリークラブにも入れてくれた恩人です。

その人が、今年2016年には、なんと下院議員に当選しちゃいました。

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・・・ってことで、こんな記念写真もありです・・・

ちなみに、このインターナショナル・スクールも 彼がオーナーなんです。

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このお二人が 司会。

漫才コンビみたいにうけていました・・・

内容は・・・・現地の言葉なんで わかりませ~~ん。

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この写真の中に 手を挙げている人たちがいますけど、このちょっと後に手をあげた人たちが数名いたんです。

なにかって言うと、「二重国籍の人たちはいますか~~」という質問に対しての挙手なんです。

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これは、お祭りで必須アイテムの 豚の丸焼きですけど、 上に書いたメイン・スポンサー以外に、世界中から寄付金が届いたそうなんです。

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元同僚たちが、世界中に散らばっていて、シンガポール、オーストラリア、アメリカ、カナダ、イギリスなどから 5千ペソ、1万ペソ(2万5千円くらい)を この同窓会の為に寄付してくれているそうなんです。

さすがにフィリピン人ですねえ。

私が一緒に働いた人たちも、アメリカやカナダで、マネジャーなどの高いレベルでの仕事をしています。

幼稚園のころから英語教育で育ってきた人たちですから、実質的には国境みたいなものが無い人たちなんですね。

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これは、豆腐のおやつ・・・・

Img_6409

赤ちゃんや子供たちも一緒の同窓会。


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カラオケとダンス・・・・

ほとんどが女性なんです・・・・

部課長クラスは女性が多かった職場でした。

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自然に踊りだす 山岳民族の踊りも・・・・

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そして、入場券でのクジ引き・・・・

たまたま、私がうろうろと撮影をしていたので、クジを引かされました。

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これは、最近流行の 「ズンバ」のパフォーマンス。

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満を持して現れたのは、昔の役員や部長レベルの男性たち・・・・

もう20年近くも前に一緒に仕事をした人たちなんで、お互いにそれなりになっております・・・

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そして、「ズンバ・クイーン」の登場。

インストラクターとして皆を指導・・・・・

司会者からは、「クイーンっていうけど、男みたいだな・・・」とのコメント。

会場は爆笑でした。

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そして、お昼の食事の前の お祈り・・・・

この男性は、20年前は、人事課の課長さんだった人なんですが、

今はなんと パスター(牧師)さんなんですねえ。

フィリピンは キリスト教の国ですから、会社や団体の中には、こういうことが出来るひとが必ずいるみたいです。

社内の司祭みたいなかんじかな??

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・・ってことで、クリスマス 昼食会となりました。

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私は、ここまでで、会場から抜け駆け。

なんでかって言うと、

ゲームで 200ペソが当たったもんで、入場券100ペソを引いても 100ペソのプロフィットになっちゃったので、勝ち逃げですな。

っていうか、この会場では、酒もたばこもダメなんで、

お昼ごはんは 街中のカフェに行ったんです。

それに、この220名がイベントが終わって一斉に帰宅したら・・・・

まず、帰宅の交通手段がないってことです。

そうでなくても、この時期のバギオ市は、観光客が溢れていて、ジプニーも満杯、タクシーは捉まらない、観光客はぞろぞろ道を歩いている状況なんです。

・・・ってことで、先に帰ったんですけどね、

世の中そんなに甘くはないっすねえ。

結局 目抜き通りで昼ごはんを食べた後に、自宅に戻ったんですが、

50分間歩きで帰ることになっちまいました・・・・とさ。

今日は、筋肉痛です。

 

 

 

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2016年12月10日 (土)

あのメスティーサは鼻が高くかなりの美人。 おまけに4人の日本兵も・・

先日 ラジオ番組で亡霊の話を紹介したんですけど、

下宿の二階に住んでいるオーナーの兄弟から新たな証言が・・・・

ラジオ番組の中で 4つ目の亡霊の話をしましたが、その続編。

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/12/post-dbc5.html

まず、私の部屋に住んでいるというメスティーサ(スペインとフィリピンのハーフの女性)の亡霊について。

その男性は、霊感が強くて、良く亡霊を見るらしいんですが、

元々 私が今住んでいる一階の部屋は、彼の事務所だった場所。

その彼が、

「そのメスティーサは、鼻が高くて、結構美人だよ。スペイン人みたいな顔。」

「髪は黒髪で、長いと ヒーロットの小母さんたちから聞いたんですよ。」

「そう、腰の辺りまでの長い髪で、スカートは黄色、そして白いシャツを着てるよ。」

そして、スカートは、ちょっと短めだと膝の上あたりに手を当てた。

「おお、見てみたいもんだなあ・・・」

「それに、ここには、日本兵が4人もいるんだよ。」

「えっ? 4人もいるんですか?」

「夜に、テラスで珈琲を飲んだりしていると、兵隊たちが 裏山から降りてきたり、登っていったりするんだよ。」

裏山というのは、戦争中に日本兵の陣地があって、そこから

家の前を通っている ケノン・ロードを守っていたそうな。

「なにも悪さはしないんですか?」

「基本的には大丈夫だけど、あまり好まない相手だと、ちょっと攻撃的になるかも・・」

・・・・・

この前の4日の慰霊祭の翌日から、今日10日まで、風邪気味になったのは、亡霊の仕業かな??

・・・・・・・・・

 

 

 

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2016年11月27日 (日)

アスペルガー、発達障害の日本語の論理 と 「空気の研究」 その1

過去にも「アスペルガー症候群」について本を読み、その感想など
を書いたことがあるんですが、

外国人の日本語 と アスペルガー症候群
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2011/01/post-6145.html

お薦めです

「大人の発達障害」 「アスペルガー症候群、自閉症が楽になる本」
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/09/post-7ba2.html

つい先日、FACEBOOKで、たまたま偶然に下のサイトに出会いました。

さかもと未明「奥さまは 発達障害」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50229

・・・・こういう度量のある旦那さんみたいになりたいもんです。

奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33846

引き込まれるように、第一回から第39回までを読みました。
感動しました。

これは、素晴らしい人間研究だと思います。

様々な個性を理解するためのテキストみたいです。

 

以前、私はインターネットのサイトでアスペルガーの傾向があるか
ないかの自己診断をやったんですが、残念ながら、その気は全くありませんでした。

でも、ある意味、特別な能力に優れた人たちがいるということに
一種の憧れみたいなものを感じることがあります。
ご本人やご家族は それはそれは大変な思いをされているようですが・・・

それは置いといて、
私の興味は、日本語教師をやっていることもあって、
日本という国における「空気」と 「空気を読めない」とされている
アスペルガー症候群の人たちの 日本語の「論理」の部分です。
アスペルガーの人たちは、論理的に話さないと通じないとされて
いるからです。

何故かと言えば、今までにいろいろ読んできた本の中で、
「あいまいな日本語」、「日本語の論理」、「点をつなぐ日本語」、
「事実を隠す日本人」、「論理的でない日本語」、「空気をつくる日本語」、
「神の視点の英語と地べたの視点の日本語」、「主語のない日本語」、
等と言う 「曖昧な日本語の論理」と「アスペルガー症候群の論理
とを比べてみたら 何が分かるんだろう・・・と興味が湧いてきたんです。

そこで、アスペルガー的傾向のある人たちの日本語の論理という
ものには どんな特徴があるんだろうか・・・と思ったわけです。

たまたま、上記の 奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」のサイト
には、アスペルガー症候群の傾向のある人たちを納得させられる
論理的な話し方の例が 具体的な状況の描写とともに掲載されて
いるので、私のような一般的、フツーの「空気が読める」日本人
「空気が読めない」日本人との論理には、どんな違いがあるのかを
注目して読んでみたいと思います。

今の時点で、どんな結論が出せるのかは、まったく分かりません。

ただ単に 引用の羅列に終わるかもしれません。

面白い話にならなかったら、ごめんなさい・・です。

・・・ では、 次回 その2 からスタートです ・・・

注: 今は、フィリピンの歴史教科書も並行して翻訳しているので、
   飛び飛びになりそうです。

=============

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2016年11月25日 (金)

フィリピンの歴史教科書から学ぶ 94 なぜフィリピンには大河ドラマが無いのか

 

 

HISTORY OF THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES

WRITTEN BY GREGORIO F. ZAIDE

 

フィリピンの大学などで教科書として使われているフィリピンの歴史

の本を読んでいます。 要点のみを引用して翻訳しています。

 

=======

 

 

下宿の大家さんとこのヘルパーさんとの会話

彼は優秀な大学を事情があって中退したお兄ちゃん。

 

「今、フィリピンのザイデが書いた歴史の教科書を読んで

 いるんだけどさ・・フィリピンにはテレビの歴史ドラマ

 みたいなのはある?」

 

「う~~ん。 歴史ドラマはないなあ。」

 

「フィリピンの歴史上には いろんなヒーローとか、反乱劇が

 あるじゃないの。 そういうエピソードってのはストーリーが

 あって、ドラマに出来そうだと思うんだけど・・・・」

 

「フィリピン人は、歴史ドラマって興味ないからなあ・・・

 バイオレンスとか恋愛物のドラマならあるけど。」

 

「じゃあ、フィリピンの歴史って、学校でしか勉強するチャンスは

 ないっていうこと?」

 

「そうだねえ。 フィリピン人は生まれつき歴史にはあまり興味が

ないって感じかなあ・・・」

 

「じゃあ、あるとしても、インターネットで記事や動画をみる

 くらいなんだ・・・」

 

「そういうことだね。 ホセ・リサールとか、ボニファシオとか、

 ラプラプとか・・・・」

 

 

・・・・・

 

「第十四章 フィリピン人の反乱」を読んでいる時に感じた

ことなんですが、これだけの様々な歴史的エピソードがあるのに

なぜフィリピンには日本の大河ドラマや歴史秘話ヒストリアみたいな

歴史物、時代劇がないんだろうと思ったんです。

 

そこで、今読んでいる教科書のもくじを眺めてみると・・・

Img_3968_index_110

 

第一章から第十章までは、スペインが来る前のいわば先史時代と

スペインの植民地となった初期の話。

 

先史時代には、マニラあたりからセブ周辺の小さな王国があった

という話が書かれているんですが、それもスペインがやって来た

時のスペインとの関わり方が中心で、フィリピン側の視点で

歴史的な事柄を書いてあるかと言えば、そこは難しい。

 

この著者自身が、スペイン系フィリピン人で、スペイン語が出来た

から、スペインでの歴史資料を読みこなして書いた本という

感じしかない。

まあ、スペイン植民地時代に、すべてが管理されていたわけだし、

フィリピン人自身が書いた歴史資料もないというのが原因らしい。

 

・・・・

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次の第十章から第二十章のもくじを見ると、

イスラム教、中国、日本、英国との関係に話が及び、

スペインに対する反抗そしてスペインの衰退、

そして、民族主義が台頭したものの、スペインに代わって

アメリカの植民地となったわけです。

 

ここに於いても、ほとんどが、他の国との関係が中心で、

国内の文化やら芸術はなく、そして政治的問題がほとんど。

 

・・・・

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さらに第二十章から第三十一章は、

アメリカの植民地時代、独立準備政府、第二次世界大戦、

日本軍占領時代、そして、戦後の独立、戒厳令、そして

いわゆるピープル・パワーというほとんどが政治的な

動きについての話ばかり。

 

・・・・

 

そこで、最初の疑問に立ち戻って考えてみると、

要するに政治的なものが人気がないとするならば、やはり

これは歴史ドラマは流行らないということになるでしょうか。

 

仮に歴史ドラマ、フィリピン人の反乱のドラマを

あるヒーローを持ち出して作ったとしても、スペインや

イギリス、アメリカと闘って負けてきた歴史になっちゃう

訳ですね。

 

日本のドラマだったら、少なくとも明治の前までは、

国内の同じ日本人同士の戦いはあっても、外国に負けて

統治されたという歴史はないわけだから、

独自の服装も文化も芸術も技術だって語るものがあるってこと

ですね。

 

それに、日本だったら、独自の建物、お城やら城下町の

風情だってある。 

フィリピンの場合は、歴史遺産にしても、それはスペインの

ものだったり、アメリカのものだったりするわけです。

 

もしかしたら、フィリピンで歴史ドラマが作られない、

流行らない、興味がないというのは、自分たち自身の

アイデンティティーを確かめる素材がないからなのかも

しれません。

 

私が住んでいるバギオ市は、標高1,500メートル前後の

高原都市なんですが、元々はイゴロットと呼ばれる

山岳民族が住んできた山岳地帯なんです。

 

イゴロットという呼称は、元来は差別用語で、山岳民族の総称。

今日本で物議を醸している「土人」みたいなニュアンスなのか

と思います。

 

「あなだは どこの出身なの?」

「東京です。」

なんだ、東京の土人か・・・」

 

ってなことを言われたら おそらくムッとするでしょうね。

 

イゴロットという蔑称も、山岳民族は「猿だ」「尻尾が生えている」

などという偏見とともに使われたようです。

 

しかし、最近の若い人たちの中には、

イゴロットであることを誇りに思う」などというステッカーを

自家用車に貼りつけている人たちも出ています。

 

つまり、フィリピン人がアイデンティティーを探し求めると

結局のところ、スペイン時代にすぐに手を挙げてしまった

低地のフィリピン人(ローランダー)よりも、勇猛に戦って

自治を守った山岳民族(ハイランダー)の方に、昔からの

伝統文化が保存されてきた、というところに行きつくよう

なんです。

 

翻って、日本を眺めてみると、

沖縄での「土人」発言は、明らかに差別発言だと思いますが、

最近の日本人の起源に関するいろんな説を、DNA解析の

新発見なども考え合わせると、日本人のルーツたる

縄文人は沖縄や北海道のアイヌに求められるということ

のようですから、フィリピンの場合と同じような構図に

なってしまうんじゃないかと思います。

 

それにしても、日本人のルーツは、日本語のルーツも含めて

様々な説があって、謎に包まれているようですので、

隣人を差別して馬鹿にしていたら、自分の兄弟だった

なんてことになって、恥をかかないようにしなくちゃ

いけませんね。

 

・・・・

 

今日は、ちょっと一服して、次回95号 は第15章に入ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

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