カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2018年8月14日 (火)

MRI検査に行ったら西川口で国際通りを発見・・・・

去年の人間ドックで 要精密検査になっちまったもんで・・
まずはMRI検査の前に 腹ごしらえ・・・・
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MRI検査は、食事制限がないから楽でいいっすねえ・・・・
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流石に日本の検査センター・・・
整然としていて「お客様は神様」でした。
。。。
。。
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そして、MRI検査をしたんですが、
結果が出るのは3週間以上掛かるってことでした・・・・
・・・
その結果ですか?
・・・
なんと、さらに精密検査が必要になっちまいました。
10月に再度 一時帰国する羽目になりました。
。。
。。
それはともかく・・・
。。
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西川口の西口周辺・・・・
国際的な飲み屋街だったことを発見。
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シルクロードってのは 国籍不明な感じですが・・・
。。
。。
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まあ、中国料理は当たり前ですが・・・・
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中華の食材屋さんもあり・・・・
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こちらは福建料理とありますね・・・
。。
。。
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こちらは焼肉店・・・韓国系ですかね?
。。
。。
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こちらは正真正銘 韓国居酒屋・・・です。
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こちらには 韓国式サウナの看板があります・・・・
。。
。。
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タイ料理店発見・・・・・
・・
・・
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一番左にも タイ料理の看板が見えています・・・・
一番向こうには 上海亭の看板・・・・・
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インド料理もありますね・・・・・
。。
。。
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こちらは なぜかヒューストン・・・・アメリカは関係なさそうだけど・・・
。。
。。
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・・・そして、駅のすぐ近くには・・・
フィリピンと韓国・・・・
・・
。。
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・・・そして、西川口の駅・・・・
・・
・・
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駅から見える看板には ベトナム料理も見えます。
。。
。。
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・・・川口警察署から こんな注意書きもあったんで、念のため・・・
・・
・・
皆さん、注意して、お楽しみください。
。。
。。
 

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trip to Hakata/Fukuoka - Reunion with my sisters and Highschool friends

福岡の、いわゆる老人ホームにいる姉のところで、3姉妹と戦略会議・・・
そして、高校時代の同期生と久々の飲み会・・・・
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conference meal with my 3 sisters  in care home of eldest sister,
who is 83 years old....
..
..
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長崎のカステラと言えば・・・・
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女3人寄れば・・・・・やっぱこれか・・・
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トドメは これだもの・・・・シュークリーム・・・・
。。
。。
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。。
。。
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・・
・・
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壱岐は麦焼酎発祥の地・・・でしたか。
長崎県人としては嬉しい・・・・・
。。
。。
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50年前の若者たち・・・ high school mates   after  50 years....
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そして、親不孝通りへ・・・・・・
 

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2018年8月13日 (月)

床屋の会話は難しい。今日はコミュニケーションの難しさの件。

6月に一時帰国して以来、日比友好イベントのことなどで
ジタバタしていて、ブログの更新をさぼっていました。
.
さて、久々ですが、
今日 台風14号の余波で、大雨続き。
すべての学校が休校になる中を、
明日のマニラ行のチケットを買いに
勇気を振り絞って街中まで行って来ました。
.
街まで出たついでに、床屋に行ったんです。
そこで、コミュニケーションの難しさをつくづく感じることがあったんです。
.
床屋の椅子に座っていまして。
お兄ちゃんが髪を切りながら、
「カラー、カラー」、「ホワイト、ホワイト・・」 と言ったんです。
.
鏡を見ると、両側に白髪がみえるんです。
私は、やっと年相応の白髪が出て来たか、と思って、
「OK」 と一言。
.
その後、しばらくして、お兄ちゃんが、
「カラー? ブラック? ブラウン?」
って聞くんです。
.
みりゃあ分かるだろう、俺の紙の色は黒だよ・・と言う思いで、
「ブラック」
って言ったんです。
.
すると、しばらくお兄ちゃんの姿が消え、
戻ってきたかと思ったら、なにやら小鉢で混ぜてるんです。
.
ひげ剃りも頼んだんで、髭剃り用のシャンプーだと思ったわけ。
すると、お兄ちゃんは 私の髪の毛の左側に
その練ったものを刷毛でつけ始めた。
.
「おい、おい、それ何??」
「カラーですけど・・・・」
「要らないよ、要らない・・・」
.
お兄ちゃんは 申し訳なさそうに
その刷毛で塗ったところを 擦り始めたんです。
.
髭剃りを終わってから・・・・
「あなたが聞いていたのは、ヘア・ダイしたいか?
髪を染めるかっていうことだったの?」
.
「はい、そうです。」
「ああ、そうだったの。
 私の理想は、自然に白い髪になることなんだよ。」
.
床屋のお兄ちゃんは、仲間と一緒に笑っていました。
.
もっと言うなら、
若い頃に憧れた、
ユルブリンナーの頭だけど・・・・・・
.
.
単語だけの会話は、思わぬ誤解を生みますねえ。
 
 

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2018年4月 3日 (火)

日本語教師症候群 - 「出せていける」と「出していける」って何?

 

NHKのニュースでのテロップ。

水泳選手のインタビューの時にこんな字幕が出たんです。

 

(A)「・・・記録を出せていけたらなと思います。」

という水泳選手の画像の下に・・・・・

 

(B)「・・・記録を出していけたらな・・・」

 

・・・「出せていけたら」を「出していけたら」と書き換えていた。

 

仮に英語で言うとするならば、

 

(Ae)「 ・・・if I can go to be able to record・・・・」

(Be) 「 ・・   if  I can go to record ・・・」

 

(こんな英語があるかどうか知りませんが・・・とりあえず参考

 https://oshiete.goo.ne.jp/qa/6352044.html )

 

何が言いたいかといえば、

(A) は 「出す」の可能形「出せる」から「出せて」と、

その後に、「行く」の可能形「行ける」から「行けたら」を

使っているわけです。 

可能形を二重に使っているんですね。

(B) は 「出せて」の代わりに「出して」という

日本語教育では「て形」と呼ばれる形を使っています。

可能形は一回しか使っていない

 

ここで この文法の議論はするつもりはないんです。

私が知りたいのは、

日本人は小学校や中学校で「日本語の書き方」をいわゆる文法を

踏まえて教えてもらったことがあるだろうかということなんです。

 

作文の時間はありました。

それは覚えているんですけどね。

でも、赤ペンで添削されたことはあっても、日本語つまりは国文法

というものに照らして、日本語で文を作るときは

「こうなくてはならない」というような指導を受けた記憶がないんです。

 

国語の先生をやっていた年配の女性から、聞いたことがあるんです。

外国人に日本語を教えるということと、日本人に国語を教える

ことは全く方向性が逆なんですね。

国語は 解釈を教えるだけなんです・・・・

つまり、文を積み木のように積み上げて表現するという

ことは教えていない・・・ようなんです。

 

文章を書くというのは、日本の子供達にとっても

重要な勉強だと思うんですけどね。

最近流行りのコミュニケーション能力を育てるという意味では。

 

上の例文でいってみれば、

 

「出せていける」というように可能形を二重につかうのは

文法的に間違いである、「出していける」のように後段だけに

可能形を使うのが文法的に正しいのだ・・なんてことです。

 

現実の日常生活では 実際のところ上記二つの例文が

どのように使われているのか、ちょっとチェックしてみました。

ただし、「出していける」「出せていける」は実際にはあまり使われ

ないだろうと思い、「暮らしていける」と「暮らせていける」のふたつ

でどのくらい使用されているのかを検索してみます。

 

GOOGLEで検索してみると」

 

「暮らしていける」・・・・ 50件以上ヒット

「暮らせていける」・・・・ 17件ヒット(10ページまで)

 

およそ 3:1の割合で「暮らしていける」の勝ちですね。

 

どんな言語も日々変化しているので、どうでもいいっちゃ

どうでもいいんですけど、日本語教師としては どういう言い方が

基本的で間違いがないかという観点から教えなくちゃいけないもんで。

 

NHKのテレビのテロップは 非常に勉強になります。

 

 

 

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2018年3月 5日 (月)

夢を見まして・・・・意味が先か言葉が先か、それとも映像か?

 

 

最近 夢をふたつ見たんですけど・・・

 

その1:

 

5~6人だったと思う。

気が動転していたんではっきりは数えられなかった。

男たちがぞろぞろと私の下宿の部屋に何も言わずに入ってきた。

 

身の危険を感じたんで、後ずさりしながら、部屋を出た。

2~30メートル走りながら

大声で助けを求めた。

「たすけてくれ~~、どろぼ~~だ~~」

二人の男がやってきてくれた。

 

そして、部屋に戻って 見廻すと、

もう男たちはひとりもいなかった。

パソコンが無くなっていた。

 

去年の11月に秋葉原で買ってきたものだったのに。

そして、昨日買い替えたばかりの

NOKIAの携帯電話も・・・・

・・・・あ~~あ、・・・・

 

とがっくりして、目が覚めた。

・・・深夜2時か3時ぐらいだったと思う。

寝なおした。

最近の夢は リアルで 困る・・・・

 

 

その2:

 

私は何故かトイレの中。

洋式トイレに座っている。

座っているってことは「大」ですね。

 

どうも、雰囲気的には45年ぐらい前の新婚時代。

家内が2DKぐらいの綺麗なアパートのベランダで

洗濯物を取り入れている・・・

 

なんで、トイレに入っているのにそんな様子が見えるのかが

考えてみれば不思議・・・

 

そこへ突然来客・・・

玄関から誰かが入ってきて

いきなり開けっ放しのトイレのドアから

シェパード(犬)が顔を出した。

 

そして、トイレに座っている私をじっと見る。

私もじっと見返す。

その来客は高校時代の友人だ。 

シェパードと睨みあったまま

「吠えるんじゃないぞ・・・・」

 

これを「雪隠詰め」と言うのであろう・・・・

にっちもさっちもいかない状態で目が覚めた。

ジャンジャン

臭い話で すんもうはん・・・

 

・・・・・・・

 

かなりリアルな夢だったんで

ふと こんなことを思ったんです。

 

夢というのは、意味が先なんだろうか、

それとも 映像が先なんだろうかと・・・

 

夢の中に出てくる人の顔なんかは

そんなにはっきりと誰かなんて見えちゃいないと思うんです。

でも、それが 誰だというのがはっきりと分かる。

 

上記の夢の場合だと、

泥棒(数名の男)、今のバギオの下宿、パソコン、

新婚時代らしい、2DKのアパート、 家内、

そして高校時代の友達・・・・

 

夢の中の映像がはっきりしているわけでもないのに

泥棒は別として 特定の個人だと思ってみている。

おまけにそこになんらかの意味がある・・ように思ってしまう。

 

だから、意味があって、そこに映像がくっついて

出てくるのかな・・・と思ったわけです。

 

そして、意味が先だとするならば、

そこには言葉というか言語があるんだろうか・・・って。

 

意味あるいは現実の事物があるから

そこに言葉をくっつけたということでいえば

意味が先だってことになるんでしょうが

夢を起動させるものは 意味なのか言葉なのか・・・

 

一方で、こんな考えもあります。

以前 NHKテレビ番組のTEDで見たんですが、

物事を考える時に 言語で考えずに

映像で考えているというアメリカの大学教授の話があったんです。

一般的には言語で物事を考える人が多いと思うのですが

どうもそういう人たちばかりじゃないらしい。

 

「テンプル・グランディン: 世界はあらゆる頭脳を必要としている」

https://www.ted.com/talks/temple_grandin_the_world_needs_all_kinds_of_minds/transcript?language=ja

 

「絵で考えるという事は脳内で 映画を観るようなものです 私の脳はGoogle画像検索に近い 子供の頃 自分の思考法は変わっていると知らず みな絵で考えていると思っていました “Thinking in Pictures”という本を書くために 人々に思考方法を尋ねました そこで 自分の考え方が 人と違うことを知り ショックを受けました 「教会の尖塔について考えよう」と言えば 大半の人は一般的なものを想像します この会場では違うかも知れませんが 他の多くの場所では真実です 私の場合はGoogle画像検索のように 具体的な画像が次々と浮かんでくるんです 映画の中でも上手に描かれていて 「靴」という言葉が発せられると 50年代60年代の 靴がたくさん 私の脳内に浮かぶんです」

 

・・・これはもしかしたら、映像の方が言語よりも先だ

ってことを暗示しているんじゃないか・・・と思ったわけです。

 

私の脳の中に記憶されている映像が

夢の中でストーリーを伴って、あるいは脈絡もなく写し出される。

その映像に繋がりを持った意味が再生される・・・ような。

 

上のリンクの中で、それを「視覚的思考」と呼んでいます。

ってことは、人間の五感を考えると、それぞれに思考と

結びついている五感というのがあるのかもしれない。

 

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚それぞれの思考。

 

もちろん、この五感がセンサーですから、言語よりも前、

つまり根源的ということになる。

 

ってことは、やっぱり夢は映像が先だって話になるんですかねえ。

さて。、ここで、五感に障害がある人の場合はどうなるのか。

一番有名な耳と目が不自由だったヘレン・ケラーで検索してみると

サリバン先生の教え方が書いてありました。

 

http://www.cocoro-skip.com/fukushi/10148.html

サリバン先生

「障害のない子供はどうやって学ぶのだろうか?そうか!それは、人のまねをして学んでいくのだ。 人間というのは、生まれつき学ぶための本能が宿っており、そこの部分に刺激を与えれば自然と学ぶ生き物ものなのだ。 障害のない赤ちゃんは耳に話しかけている。ならば、わたしは手に話しかけよう」

 

ヘレン・ケラーは気が付くのです。

「そうだったのか!すべてのものには名前があったんだ。この指文字で、知りたいことを知る事ができるのね」

 

「ヘレン・ケラーの左手は、サリバン先生の口のあたりに触れており、「鼻」・「唇」・「喉」の動きで、話の内容をとらえています。」

 

「先生の顔に手を触れて、発音時の舌と唇の動きを真似る事で、しゃべれる努力をしたのです。 そして、自分の意志で初めて発した言葉が、「It is warm」(暖かい日)でした。」

 

・・・ここでは、指と唇などの触覚ですね。

触覚で言葉を覚え、言葉で考えていることになります。

 

もしかしたら、上の話が視覚的思考であれば、

ヘレン・ケラーの場合は触覚的思考ということに

なるのかもしれません。

(ただし、視覚的思考が、視覚で直接的に思考するのに

 くらべ、この触覚的思考が直接的なものかどうかは

 疑問が残りますが・・・)

 

しかし、触覚というセンサーの刺激が脳に記憶され

その刺激が言語に変換されているとすれば、

夢の中では その原始的触覚の刺激が 視覚の刺激と

同様に働くことがあっても不思議ではないかもしれません。

 

つまり何がいいたいかと言えば、

五感の根源的刺激が夢を作っているんじゃないかって話です。

 

その根源的刺激が脳の中で再生されて

その再生されたものに意味つまり言語が後付けされてんじゃないか・・・

 

・・・脳科学者の皆さん・・・どんなもんじゃろか?

 

 

ここまで書いたところで、

脳科学者の研究がどんな分析をしているのかを検索した方が

早いなってことで・・・・

 

見っけ・・・

「「夢のお告げ」は実在する 脳科学で仕組みを解明 日経サイエンス」

https://www.nikkei.com/article/DGXBZO59902100Z10C13A9000000/

 

「活性化している脳領域は覚醒時とは異なる。夢を見ているときは、

大脳皮質のうち視覚や動きの感知に関わる部分が活発に活動する。

情動に関連した部分の活動も活発だ。」

 

「このひとつの解釈は、思考を論理的で既知の事柄に制限している

「思考の抑制作用」が弱まり、常識にとらわれない思考を

することで、独創的な発想や、問題解決が導かれるというものだ。」

 

・・・「感知に関わる部分」とありますねえ。

 

こちらのサイトでは、

- 脳科学辞典

https://bsd.neuroinf.jp/wiki/

 

「夢とは、ヒトが睡眠中に体験する明瞭な感覚・意識体験であり、

現時点でもっとも妥当と思われる夢の定義は、「ヒトが睡眠中に

受容する、感覚・イメージ・感情そして思考の連続体であり、」

 

・・・ここでも、感覚、イメージ、感情などの言葉が

並んでいますね。

 

なんか、当たらずとも遠からずの線じゃないっすか??

 

 

 

 

 

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2018年2月19日 (月)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その8(完)

 

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その8(完)

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

さあ、いよいよ最後の章です。

「最後の謎 - 自発的隷属とその歴史的起源」 です。

 

001a

― 私も最初、史実を知ったときは、かなりのショックを

  受けました。 けれどもさらに歴史を調べてみると、

  そうして落ち込む必要など、まったくないことがすぐに

  わかったのです。

 

・・・・はい、私もショックで、こりゃあどうしたら

ええんじゃろ・・って感じです。

でも、この著者は、

 

― 現在の日本が直面する苦境とは、実は日本人みずからが

  生み出した認知上の歪み(ひとことでいえば、

  「自発的隷属状態」)に主な原因があり、問題を整理

  して再出発することができれば、まだまだ日本の未来には

  無限の可能性があるからです。

 

・・・ってことで、この著者の処方箋を見ていきます。

 

― 結論から言えば、その答えは、

  「歴史的経緯のなかで、日本人自身が米軍の駐留を希望したから」

  「そこには昭和天皇の意向が大きく影響していたから」と

   いうことになります。

 

・・・確かにここまで読んでくると、この二つが結果的には

日本国民が落としどころみたいなものにしたと思えます。

 

 

― 結局はソ連がすでにヤルタ密約で対日参戦を決めていた

  こともあって、・・・・日本政府内で決定された和平条約

  の具体的条件は、

  「国土については、将来の再出発のことも考え、なるべく

  多く残すよう努力するが、最悪の場合、「固有本土」が

  残ればよしとする」となっていました・・・

  「沖縄、小笠原、樺太を捨て、千島は南半分が残ればよい

  とする」ものだったのです。

 

― 天皇の顧問、寺崎英成氏・・・・アメリカが沖縄その他

  の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望して

  いると、明言した。 天皇の見解では、そのような占領は、

  アメリカのためになり、また日本にも保護をあたえることに

  なる。

 

・・・そうですか。「固有本土」という言い方があったんですね。

だから、元は琉球王国だった沖縄は切り捨てられた。

 

実は、私が今住んでいるバギオ市に通ずる「ケノン・ロード」

という山岳道路は、1905年にバギオに米軍の高原保養地を造る

ために、日本人労働者も参加して建設されたんですが、

その時に本土からの日本人は1903年、そして沖縄からの

日本人労働者が1904年にバギオ入りしているんです。

 

今あるバギオの日系人会名簿の中に沖縄出身の人の名前が

ほとんどないので、不思議に思って調べたところ、

道路工事で亡くなった人たちの慰霊碑も別々だし、

当時のダバオ市あたりのマニラ麻生産に従事した日本人の

中でも、沖縄からの人たちは、地元のフィリピン人からも

本土の日本人とは別の日本人と見られていたとの記事が

ありました。

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2016/08/post-44c5.html

 

少なくとも戦前には差別があったことは事実のようです。

 

それに、今現在の中国が、尖閣諸島などを中国の領土だと

主張するのも、このあたりの歴史にその理由を求める

のでしょうね。

 

 

― (アメリカの)国務省は、沖縄を非軍事化したうえで

  日本に返還することをふたたび主張し、同時にアメリカの

  世論も、軍部による南海諸島の戦略的信託統治構想を、

  「偽装された領土の併合である」

  「国連におけるアメリカの道義的地位をそこなう」と

  批判していると書いています。

 

― 翌1947年になっても、沖縄返還をめぐる国務省と

  軍部の対立はつづいていました。

 

― 「天皇のそのような措置(=米軍による沖縄の軍事占領

  の継続)は、ソ連の脅威ばかりではなく、ソ連が日本に

  内政干渉する根拠に利用できるような「事件」を引き起こす

  ことを恐れている日本国民のあいだで、広く賛同を得る

  だろうと思っている」

 

― 米軍駐留を日本側から、しかも昭和天皇が日本の支配層の

  総意として要請した。

 

― 冷戦の始まりによってアメリカの世界戦略が変わり、

  対日軍事政策も、従来のマッカーサー路線(本土は非武装化

  し、代りに沖縄を軍事要塞化する)から、冷戦対応型の

  新しい路線(沖縄にも本土にも巨大な米軍基地をおき、

  日本全体を反共の防波堤にする)に方向転換したからです。

 

米軍の日本への駐留に反対のアメリカ国民は

多かった。国務省もそうだった。 しかし、戦後の冷戦

に突入するなかで、「アメリカに駐留してもらった方がよい」と

日本自身が考えたってことですね。

 

― 日本国憲法のふたつの欠点

 

― ひとつは・・・「自分で書いていない」ということ。

  ・・・その内容を命がけで守るという社会勢力が

  いなければ、どんな理想も絵に描いたモチに終わって

  しまいます。 それがいま、まさに日本で起きている

  ことだと私は思います。

 

― もうひとつは憲法九条二項ですが、・・・なにより

  重要なのは、九条一項(戦争放棄)と二項(戦力および

  交戦権の放棄)をはっきり分けて議論するということです。

  ・・・「憲法九条を守れ」とひとくくりに主張してしまうと

  米軍を撤退させることが永遠にできなくなってしまうのです。

 

― この条文(憲法九条と国連憲章二条)は多くの挫折を

  経験しながら、現在もなお国際社会の基礎でありつづけて

  います。 こうした不戦条項は日本だけのものでなく、

  イタリアやフィリピンなど、多くの国にも存在します。

 

― みずから希望して九条を執筆したケーディスも、その主な

  目的は、「日本を永久に武装解除されたままにしておくこと

  でした」とのべています。

 

・・・・つまり、日本国憲法はしっかり今の日本国民が

自分の手で書いて、それを死んでも守るという大多数の国民が

いないことには 単なる紙っぴらになるということですね

実際に 今の憲法は解釈改憲でぼろぼろにされていますし・・・

おまけに、裏マニュアルで 首相なんか屁でもないという

裏組織によってコントロールされている・・・らしい。

 

― 私がおすすめしたいのは、日本と同じく戦争放棄条項を

  もつ、フィリピンやイタリアの憲法から学んで、二項を、

  「前項の目的を達するため、日本国民は広く認められた

  国際法の原則を自国の法の一部として取り入れ、すべての

  国との平和および友好関係を堅持する」とすること、

  つまり国連中心主義の立場をあきらかにすることです。

 

― フィリピンはこれとほぼ同じ条文のもとで米軍を撤退させ、

  しかもアメリカとの安全保障条約を継続しています。

  したがうべきなのは国際法の原則ですから、アメリカの

  違法な戦争につきあう必要もありません。

 

 

・・・ おお、フィリピンってそんなに凄いことをやった

国だったんですねえ。

日頃からいろいろな面で、日本はフィリピンから学ぶべきこと

があるとは思っていたんですが、こんなものまで

「フィリピンから学ぶべき」リストに加わるとは思いも

しませんでした。

 

011

 

― 日米安保条約をめぐる最終交渉でダレスから、

  日本を再軍備させたうえで、その軍隊を米軍の指揮下に

  おくという条約案を見せられたとき、吉田首相はこんな

  取り決めが国民の眼にふれたら大変だ、どうしても削除

  してほしいと頼んだ。

  その代わりに、今後そうした在日米軍に関するさまざまな

  問題を議論するため、合同委員会を設けたいという提案を

  したのです。

  ・・・それが、「安保村の幹部養成機関」である日米合同

  委員会の起源なのです。

 

― ですから「オモテ側の役者」である安倍首相をいくら

  批判しても、この大きな流れを食い止めることはできません。

  ・・・唯一、状況を反転させる方法は、憲法にきちんと

  「日本は最低限の防衛力をもつこと」を書き、同時に

  「今後、国内に外国軍基地をおかないこと」を明記する

  こと。 つまり「フィリピンモデル」です。

 

― 日本がふたたび侵略的な戦争をする国になることを防ぎ、

  加えて「大地震の活動期を目前にした原発再稼働」という

  狂気の政策を止めるには、この方法しかありません。

 

・・・・皆さん、お疲れ様でした。

これで読書を完了しました。

 

私の意見ですか?

私は、以前から「どうしたもんかなあ、この閉塞状態は・・・」

などと考えてはいたんですが、そのもやもやが晴れたような

気持ちがしています。

 

基本的に、今の憲法を素直に読む限り自衛隊は違憲だと

思います。 それはちゃんと憲法を書き替える必要がある。

 

かと言って、戦争を、少なくとも侵略的戦争をするような

国であっては困る。

その為にはどうしたらいいんだろ・・・と思っていたわけです。

 

それに、一番わけが分からないのは、憲法が国会議員に

よってぼろぼろにされている、あるいはその裏で別の

グループが実質的に日本をコントロールしている。

 

その辺りの、もやもやが この本を読んですっきりしました。

なので、

最初に書いたように、この本を全国の高校生たちに授業の

副読本として是非勉強して欲しい。

 

私なんかはもうすぐあの世行きですからね。

国会議員ももうすぐ死んじゃうような輩ばかりですから

実際に今から10年後、50年後の日本を背負う若い人たちに

しっかり自分たちや、自分の子どもや孫の命ことを考えて

自分の手で憲法を書きなおして欲しいと思います。

 

是非、是非、「新・日本国憲法/草案コンテスト」を

全国の高校・大学でやってちょうだい。

きっと、「ロボコン」より重要だと思うよ。

 

 

== 完 ==

 

 

 

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2018年2月 8日 (木)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その5

 

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

「安保村の謎」で副題が「昭和天皇と日本国憲法」の続きです。

 

 

さすがに日本国憲法という話は長いです。

・・・で、誰が書いたのかという点では、いろいろ議論が

あるようなんですが、この本では、

 

― 「書いた」のは100パーセント GHQだった

 

・・・と断定しています。

011a

 

が・・「書いた」にカッコがついているところがミソなんですね。

 

― なぜならGHQ自身が、1949年にそのことを本に書いて

  公表しているからです。

 

― 1946年の2月4日から12日にかけて、GHQ

  9日間で日本国憲法の草案を書きました。

  ・・・ケーディス大佐を中心に、25人のアメリカ陸軍

  の軍人たちが、11の章ごとに分かれて執筆した。

 

― 「自分たちが憲法草案を書いたことに関する一切の言及

  を、メディアや手紙でおこなうことを禁じた」と公表している。

 

・・・ 上のようなわけで、書いたのはGHQというのは

明確なんですけど、この著者は 今までの左派の考え方を

批判して次のように述べています。

 

― 「内容が良ければ、だれが書いたかなんて、どうでも

  いいんだ」などと言います。

  よくありません。 それはまったくのまちがいです。

  憲法というのは国家を運営するうえでの原理原則、

  根幹です。 そこにあきらかなウソがあっては、

  枝葉の部分はめちゃくちゃになってしまうのです。

  それがいまの日本なのです。

 

・・・これはもっともなことだと思います。

実際にそういう状況になってしまっていますしね。

 

 

― こうしてGHQが書いたという事実を隠したうえに

日本の「法学」を組み立ててしまったため、戦後の日本社会

の法的な基礎は本当に脆弱なものになりました。

 

― この点は、社会科学の先進国であるドイツやフランスを

  見習う必要があります。 日本は・・・・政治指導者たちが

  論理的思考が苦手だという点だけは、どうごまかすことも

  できません。

 

― ドイツは政治指導者や知識人がすぐれていた。

  まず占領中はいくら言われても絶対に正式な憲法をつくらず、

  1949年5月の独立時に各州の議会代表会議によって

  基本法という形で「暫定憲法」を定め、そのなかに、

  「この基本法は、ドイツ国民が自由な決定により議決した

  憲法が施行される日に、その効力を失う」という条文を

  入れています。

 

・・・ ああ、残念無念なことですねえ。

日本語教師としては、日本語という言葉が論理的じゃないという

話はよく聞くことなんですが、政治指導者の論理的思考が

まずダメって話ですか。

ってことはですよ、今も同じ状況だとしたら、今憲法改正を

やったって ろくなもんは出来ないってことになりませんか。

まず、政治指導者を再教育して論理的思考ができるように

しなくちゃいけない??

 

実はね、日本語事態が外交にも向いていないという学者だって

いるんですよ。 困ったもんです。

 

でも、もし言語的に日本語にはそういう問題があるとすれば、

英語で草案が書かれたってのはもしかして正解?

あとは それを日本人が考えて、日本人がつくればいいってこと?

 

 

― 現在、「日本国憲法はGHQが書いた」という事実を否定して

  いるのは、世界で日本の左派だけです。 ここに現在の

  日本の主権喪失状態が、アメリカのせいではなく、日本人

  地震の問題だという理由があります。 本当は論争になる

  はずがない話なのです。

 

― 連合国の中には、日本の天皇も裁判にかけろという声が

  根強くあったわけです。 アメリカ国民のなかにも有罪にしろ

  という声が多かった。

  そうした事態を避けるために、「天皇も日本も将来絶対に

  軍事的脅威になる可能性はない」という形で新しい憲法を

  つくる必要が、どうしてもあったわけです。

 

・・・ つまり、憲法をつくることも 戦争だったわけですね。

マッカーサーも天皇を上手につかって、アメリカ兵を死なせないで

済むようなやり方を考えていた。

戦後処理を上手くやるためのひとつの手段になっていた。

だから日本国民の意志を反映しないまま、ドタバタと作った。

 

― アメリカ国務省や米軍に関する機密解禁文書を読んできた

  経験からすると、彼らは最重要のミッションをあたえられた

  とき、徹底的にロジカルに行動します。 あらゆる手段を

  使って敵の情報を集め、分析し、次の行動を予想して、

  なにがあっても負けないという体制をつくってから動き始める

  のです。

 

― 占領軍が被占領国の憲法草案を執筆し、それを被占領国自身が

  作成したことにした。 それは西側諸国では他にほとんど

  類例のない、きわめて異常な出来事である。

  ・・・議論も許さない「絶対護憲主義」は、しょせん戦術論

  でしかありません。

 

・・・ この点は 私も同意です。

絶対反対は戦術でしかないと思います。

その前によって立つべき信念を憲法草案として持っておかなくては

いけないと思います。

解釈改憲でになった憲法を自分たちはどう立て直すのかを

きっちり議論し、それぞれの党が、それこそ敵をしっかり分析して、

論理的な議論を国会でやるべきだと思います。

 

・・・でもなあ、国会って、相手の話を聞かない場だからなあ、

日本の場合は・・・ああ、絶望的・・・・

 

 

― 当時まだ39歳と若かったケーディスは、あくまで本国の

  政府が決めた大きな方針の枠内ではあるものの、理想主義的

  な見地から「新しい時代の、模範になるような憲法を

  つくりたい」と強く思っていたことでしょう。

 

― 「九条をつくったアメリカ側の目的は 日本を永久に

  武装解除されたままにしておくことでした。 ただ自国を

  保存する権利は残しておく。」

 

― 「人類究極の理想」を憲法に書き込もうとした。また、

  天皇という君主をのこしながら、完全な民主主義国として

  再出発することも憲法に書かなければならなかった。

 

・・・ そうですか、39歳の米軍の男が一人で書いた

んですか。 凄いですね。

ってことは、今の日本の40前後の人たちにも書けるという

ことになりませんか。

30歳から50歳までの日本人を集めて、まったく新しい

日本国憲法を草案してもらいましょうよ。

手垢にまみれて ボロボロになった今の憲法は忘れましょう。

ジジイは引っ込んでろ・・・って感じでいいんじゃないですか?

ところで、明治維新に憲法を作った人たちは何歳ぐらい

だったんですかね??

 

― 憲法についての日本の悲劇は、「悪く変える」つまり

  「人権を後退させよう」という勢力と、

  「指一本ふれてはいけない」という勢力しかいないことです。

  「良く変える」という当然の勢力がいない。

 

・・・はい、私はその「いない」勢力の一人です。

勢力にはならないか・・・残念。

本音を言うとですね、「立憲」民主党には期待はしているんです。

一応「立憲」と言っていますからね。

ただ、今のところ、その中身が見えませんけど・・・

 

立憲民主党が新しい憲法草案をつくったら賛成するかも。

 

私は自衛隊に反対じゃないですよ。

なにせ海軍の町 佐世保うまれですからねえ。

・・関係ないか。

 

― 事実を公開するアメリカと、隠蔽したまま進んでいく日本

 

― ひとりの人間にたとえて考えてみてください。

  そもそも過去の記憶がなければ、個人としての統合性

  がたもてるはずはありません。

  現在の日本の混迷の大きな原因のひとつは、国家全体が

  過去の記憶を隠蔽・廃棄し、その当然の結果として

  インテグリティを喪失した状態になっているというところに

  あるのです。

 

― なぜ日本人は自分たちで まともな憲法を書けないのか

 

 

・・・・ 日本全国で、高校生以上の人たちで、

まあ、せいぜい50歳以下でいいと思うけど、

「新憲法草案コンテスト」ってのをやったらいいんじゃね?

高校生・大学生は全員に強制する。

「お前たちが今後生きていく日本なんだから お前たちが作れ」

と国の命令でコンテストに参加させる。

コンテストに参加しない輩には 災害があった時に

強制的に災害救援隊に徴兵する・・・なんてどう?

あたまを使わない奴は身体を張って国の為に尽くせ、

という何とか主義・・・ははは

 

001a

 

 

=== その6 に続く ===

 

 

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2018年2月 6日 (火)

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読む - その3

 

 

矢部宏治著 集英社インターナショナル

「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

を読んでいます・・・・

 

007  

 

さて、今日は 「福島の謎」の部分です。

 

東日本大震災から1年ほど後に、私は被災地ツアーというやつで

あちこち見て廻りました。

基本的には観光ツアーみたいなものでしたが、それでも

被災地の人にとっては 来てもらうと助かるというような

話もありましたし、我々としても必ず見ておくべきものだと

現地で思いました。

 

その時の感想はこちらに書いていますので、ご覧になってください:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/05/post-671f.html

 

その後、いかに鈍感な日本人とは言っても、意識は大きく

変わるだろうと思っていたんですが・・・・

どうも、日本人というのは目的に向かってロジカルに考える

ということが出来ない国民なのかなとがっかりしているんです。

 

「人の噂も七十五日」なんて言葉や「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とか

いう言葉がありますが、どうも日本人は「しょうがない」とか言って

雰囲気に流されたり、忘れたり、思考停止したりする癖があるらしい。

 

で、この本を読んで、福島で起こったことを思い出し、

その裏側に潜んでいる諦めの原因を読んでいこうと思います。

 

この章の副題は

「日本はなぜ、原発をとめられないのか」となっています。

 

― いくら室内をふいても、またもとにもどってしまう放射線

  の数値。 とくに小さなお子さんをもつお母さん方の

  苦しみは、まさに言葉では言い尽くせないものがあったでしょう。

 

― 少し事態が落ち着いてくると、被災者たちは信じられない

  出来事に次々と直面することになったのです。

  なかでも、もっともおかしかったのは、これほどの歴史的

  大事故を起こし、無数の人々の家や田畑を奪っておきながら、

  その責任を問われた人物がひとりもいなかったということでした。

 

― おそらく普通の国なら半年もたたないうちに大訴訟団が結成

  され、空前の損害賠償請求が東京電力に対しておこなわれた

  はずです。

  しかし日本ではそうならなかった。

  ・・・それはいまの日本社会では、いくら訴訟をして

  「お上にたてついて」も、最高裁まで行ったら必ず負ける

  という現実を、みんなよくわかっているからでしょう。

 

― チェルノブイリで起きたように、先天性障害や心臓病に

  なった子供たちも数多くあらわれることが予想される。

  裁判所がそれを認めているのです。

  しかし、それでも子どもを救うための行政措置をとる必要は

  ないという判決が出てしまった。

 

― 「当裁判所は、(関西電力側が展開したような)きわめて多数の

  人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの

  問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の

  当否を判断すること自体、法的には許されないことであると

  考えている」

  日本の司法は、まだ死んではいなかった。

  しかし・・・少なくとも最高裁までいったら、それが必ず

  くつがえることを、みんなよくわかっているからです。

 

 

・・・ ここですよね。 私が腹に据えかねるのは。

国の政権というのは国民から選ばれて、国民を守るために

あるんじゃないのか・・って思うわけですよ。

こんな私は 極右でも極左でもいいんですけど、

とにかく不可解極まりないと思うんです。

 

それで、こんなに理不尽なことになってしまう裏側に

何があるのかって話です。

 

 

― 福島原発事故という巨大な出来事の全貌があきらなになる

  には、まだまだ長い時間が必要です。政府はもちろん

  情報を隠蔽しつづけるはずですし、米軍基地問題のように、

  関連するアメリカの機密文書が公開されるまでには、

  三十年近くかかります。

 

― 歴史的経緯がきれいに解明されたとき、すでに日本全土が

  放射能で汚染されていては意味がない・・・・

 

・・・ まさに、この情報開示の問題が大きいと思います。

アメリカはその点、遅くはなってもちゃんと公開する。

でも、日本は みみっちい情報まで 無いとか廃棄したとか

姑息なことばっかりやっているし、公開されたら真っ黒けと

いうのがフツーになっちゃってますよね。

 

もっとも、まともな議論をしたり、ロジカルな文書でもなく、

なんだか言語明瞭意味不明なことが好きな人たちだから

書かれていることが真実だなんて信用もできないかな?

 

ともあれ、

とてもとても、自由で民主的な国とは 恥ずかしくて言えない。

確か そんな名前の政党もあったようですけど・・・

(とりあえず ここで断っておきますが、今の現存する

 政党はいずれも 信用できません。 だって、公約したって

選挙が終わったら すっかり忘れるんだもん。残念です。)

 

― 日本の憲法よりも上位にあることが確定している。

  ・・・そうしたウラ側の「最高法規」が積み重なって

  いるのです。

  この「密約法体系」の存在を考えに入れて議論しないと、

  ・・・「なぜ沖縄や福島で起きているあきらかな人権侵害

  がストップできないのか」・・・ということが、

  まったくわからなくなってしまうのです。

 

― 問題は占領の終結後、それがどう変わったかです。

  サンフランシスコ講和条約と日米安保条約を同時に結び、

  1952年に独立を回復したはずの日本の実態はどう

  だったのか。

  答えは「依然として、軍事占領状態が継続した」ということ

  になります。 沖縄だけの話ではありません。

 

― そもそも現在沖縄にある基地は、すべて米軍によって

  強制的に奪われた土地につくられたものです。

  ・・・ もし今回、辺野古での基地建設を認めてしまったら、

  それは沖縄の歴史上初めて県民が、米軍基地の存在を

  みずから容認するということになってしまう。

 

・・・・ この辺野古の問題の大事なポイントが書かれているん

ですが、昨日の市長選挙の結果をみると、理不尽な日本政府に

押し倒されたという雰囲気ですね。

 

それはとりもなおさず、日本政府がアメリカに負けたということ

のように、私には見えます。

 

しかし、この後、この本には その「ウラ」の日本政府の話が

詳しく書かれているんです。

それは、じっくり本を買って読んでもらうとして、

私が気になったところを引用します。

 

 

― 「外国軍が駐留している国は独立国ではない」という事実です。

  だからみんな必死になって外国軍を追い出そうとします。

  ・・・フィリピンやイラクがそうです。

  フィリピンは憲法改正によって、1992年に米軍を完全

  撤退させました。

  イラクもそうです。 あれほどボロ負けしたイラク戦争から

  わずか8年で、米軍を完全撤退させています。

 

― 「自国内の外国軍に、ほとんど無制限に近い行動の自由を

  許可すること」 と、 「民主的な法治国家であること」は、

  絶対に両立しないからです。

  その大きな矛盾を隠すために、「戦後日本」という国は、国家の

  もっとも重要なセクションに分厚い裏マニュアルを必要とする

  ようになりました。

  ・・・ 独立した法治国家であるはずの日本の国内で、

  米軍および米兵に事実上の「治外法権」をあたえるために

  つくられた裏マニュアルです。

 

― こうした形で司法への違法な介入が繰り返された結果、

  国家の中枢にいる外務官僚や法務官僚たちが、オモテ側の

  法体系を尊重しなくなってしまったのです。

 

 

・・・・ さあ、みなさんお立合い。

これでもあなたは この日本という国に絶望しませんか???

我々の日本は 憲法で動いているわけじゃないんですってよ!!

・・・まあ、昔から訳の分からん「解釈改憲」ってのが

ありますけどね。

つまりは、解釈改憲で、オモテの憲法をウラの憲法に合わせよう

としてきたんでしょうかねえ。

 

そんな憲法なら 捨てちゃいましょうよ。 馬鹿々々しい。

(かなり投げやりな気分・・・・)

 

そして、マッサラなところから 改憲なんてケチなこと言わずに

新憲法を国民がつくっちゃいましょう。

戦争が好きならそういうのでもいいし、平和が好きなら

それをしっかり守る新憲法です。

・・・ってなこと言いながら、私はもうそろそろこの世から

退場の時期ですけどね。 へへへ

 

 

― 少なくとも「国家レベルの安全保障」については、

  最高裁が絶対に憲法判断をせず、その分野に法的コントロール

  がおよばないことは確定しています。

  おそらく一昨年改正された「原子力基本法」に、

  「前項(原子力利用)の安全の確保については、わが国の

  安全保障に資することを目的として、行うものとする」

  という条文がこっそり入ったのもそのせいでしょう。

  この条文によって今後、原発に関する安全性の問題は、

  すべて法的コントロールの枠外へ移行することになります。

 

― どんなにめちゃくちゃなことをやっても憲法判断が

  できず、実行者を罰することができないからです。

 

・・・・やっと出てきました。 原発事故みたいな

国家を滅ぼすような大事故があっても、無責任なことしか

やらないことを決めちゃっているらしい。

 

・・・ でも、まだ分からないのは、この日本を滅亡

させるような大事故が今後も起こる可能性があるのに、

なぜ そういう無責任状態を強化しようとしているのか

ですよね。

 

 

― この裁判で東京電力側の弁護士は驚愕の主張をしました。

  「福島原発の敷地から外に出た放射性物質は、すでに東京電力

  の所有物ではない「無主物」である。 したがって東京電力

  にゴルフ場の除染の義務はない」

  はあ? いったいなにを言っているんだ。

  この弁護士はバカなのか?

 

― ところが東京地裁は、・・・・「除染方法や廃棄物処理の

  あり方が確立していない」という、わけのわからない理由を

  あげ、東京電力に放射性物質の除去を命じることは

  できないとしたのです。

 

― 日本には汚染を防止するための立派な法律があるのに、

  なんと放射性物質はその適用除外となっていたのです。

 

― だからこうした問題について、いくら市民や弁護士が

  訴訟をしても、現在の法的構造のなかでは 絶対に

  勝てません。

 

・・・・ まさに阿保そのものですね。

そんなんだったら、始めっから 原発なんかつくらせちゃ

いかんだろう・・・・と私は頭に血がのぼっています。

老い先短いと思います

 

今後は 環境省なんて不要だね。

日本民族を絶滅させようとする輩の謀略に違いない。

馬鹿々々しい・・・・

 

 

― 日米原子力協定の「仕組み」

  米軍基地の問題と同じで、日本側だけではなにも

  決められないようになっているのです。

  条文をくわしく分析した専門家に言わせると、アメリカ側

  の了承なしに日本側だけで決めていいのは電気料金だけ

  だそうです。

 

― もし野田首相が、鳩山首相が辺野古の問題でがんばった

  ように、「いや、政治生命をかけて2030年代の

  稼働ゼロを閣議決定します」と主張したら、すぐに

  「アメリカの意向をバックにした日本の官僚たち」によって

  政権の座から引きずりおろされたことでしょう。

 

・・・・みなさん・・・これでも極右になったり、極左に

なったりしたいと まだ思いませんか?

 

― 大量虐殺の犠牲者となったユダヤ人たちは、

  「なぜ時間どおりに指示された場所に集まり、おとなしく

   収容所へ向かう汽車にのったのか」

  「なぜ自分たちが一万五千人いて、監視兵が数百人しか

   いなかったとき、死に物狂いで彼らに襲いかからなったのか」

  それらはいずれも、まさに現在の日本人自身が問われている

  問題だといえます。

 

 

・・・皆さん いかがですか。

これで「福島の謎」を終わりました。

 

ここまで読んでも、まだまだ「天誅」組を作ろうとか思わない

んですか?

そうですか、随分 良識のある方なんですね。

私にも良識があります。

だから、私は なにもせずに汽車にのって収容所に

行くのです。

 

011a

 

=== その4 に続きます ===

 

 

 

 

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2018年1月 2日 (火)

2018 謹賀新年 : フィリピンの正月と言えば やっぱり花火ですかねえ

皆々様、
明けましておめでとう御座います。
今年も宜しくお願い致します。
045
 
さて、バギオでの年越し風景でございますが、
車を持っていない私としては、観光客でごったがえする街中に
出て行くのは難儀なもんですから、「地元民はひっそり隠れて過ごす」を
まさに実践しております。
 
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・・とは言いながら、この世には義理というのもありまして、
バギオでの年末年始のお決まりというのが 私的にはあるわけです。
 
3_105
この写真の方は誰かといいますと バギオ周辺の日本人・日系人
コミュニティーでは知らない人はいないという シスター海野 なんです。
今回は28回忌でした。
一応 アボンと呼ばれる日系人会のメンバーにもなっているもんですから、
私はいわゆる日系一世という立場で、
大晦日の年中行事となっているんです。
要するに、日本ならさしずめ除夜の鐘を聞きに行くような感じでしょうか。
朝9時からなんですけど・・・・
 
 
・・・・
そして、まだ午前中なのに、ちょっとCLOSEDのお店にお邪魔して
年越しそばを頂き、準備万端。
・・・
001
・・・
大家さんちの敷地内では、親族が集まりまして。
・・・
私は 紅白をみる訳なんですけど。
今回は 登美丘高校の「バブリーダンス」、ブルゾンちえみ、
そしてもちろん 安室奈美恵だけは 見逃さないようにってことで
パソコンをやりながら 紅白を聴きながら・・・・
・・・・
で、一応 日本の除夜の鐘が フィリピンよりも1時間早く鳴りますからね。
やおら 大家さんちのカウントダウンに合流するわけです。
・・・・
017
今年は バギオ市では花火の販売は禁止・・・という話もあったんで、
どうなるのかなあ~~と思っていたんですが・・・
 
161
・・・・
ドッカ~~~ン !!!
・・・
ってことで、いつもの通りの 大音響でした。
 
162
・・・ 一番 でかい花火で こういう感じです。
さすがに 大音響です・・・
 
065
・・・
耳を塞いでいないと、下手をすると鼓膜がヤバくなりそうな・・・・・
・・・
058
・・・もちろん 小さいので 10連発みたいなのもあります・・・・
 
110
・・・・ 日本の技ありの花火に比べりゃ今一つな感じもあるでしょうが、
まあ、個人の家でぶっ放す花火としては かなり違法な感じにはなりますかね?
・・・・
139
・・・ 一所懸命 撮影をするんですけど、まあ、10枚に一枚ぐらい
よさげなやつがあればめっけもんでありまして・・・
これなんか ちょっと なんとか銀河 を思わせるような写真じゃないっすか?
右下のはお月さんですけど・・・
137
・・・
これなんかは まったくもって完全な失敗作なんでありますが、
なにげに ゲージツっぽくないっすか??
168
・・・
ご近所さんでも 結構頑張って 打ち上げていましたよ。
 
・・・・
173
・・・そして、午前零時・・・・
HAPPY  NEW  YEAR !!!!
・・・
 
 
 
185
179
 
・・・ みんなで ハグをして、「おめでとう」ってやるんです。
 
048
 
 
・・・・その後は、
年越しの お夜食を いただいて・・・・解散・・・・
・・・・
もちろんその後、私は 「生さだ」を見ました。
長崎県人なんで・・・
・・・・・
まあ、言ってみりゃあ、これが初詣みたいなもんでしょうかねえ・・・
・・・
今年も どうぞ 宜しくお願い致します。
 
させ・たもつ
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2017年12月15日 (金)

税務署で女性の胸をじっと見つめてしまった。 その祟りが・・・

 

金曜日午後2時ごろから買い物などにいったんです。

用件は5つ。

インク・カートリッジ、税務署用の帳面、日本の酢の購入、

そして税務署での更新登録、最後は現金の引き出し。

 

 

SMオクタゴンに珍しくインク・カートリッジの在庫があった。

以前 こんな記事を書きました。

「CANONさん インク・カートリッジ47番は心臓に悪いです なんとかして!」

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/05/post-922d.html

 

CANONさんがこの記事に目を止めてくれたのかどうかは分かりませんが、

あまり期待もせずに真っすぐにオクタゴンというお店に行くと、

なんと47番、57番のインク・カートリッジがざっくりあるじゃ

ないですか。 

将来の在庫管理にはあまり期待もできないので 二個ずつ購入。

 

出だし好調です!!

 

同じSMの本屋兼文房具屋さんに「こんな帳面ありますか?」と訊くと、

店員さんが探してくれまして。

NO.707という帳面が欲しかったんですけど、店員さんが持ってきたのは

NO.727じゃないの。

「番号が違うんだけど・・・」

・・と言いながらも、中身はなにが違うのかをチェックしたら・・・

「なんだ、同じもんじゃないの。これください。」

帳簿の型式番号が違うのに、中身の罫線なんかが同じってどういうこと?

 

さて、その税務署用のノートを一冊かってレジに並んだら。

私の前には男性が一人だけ。

ラッキー・・・って思ったんです。

 

ところがどっこい・・・・

その30代ぐらいの男性。

リュックというか、バックパックと言うか、ベージュ色のものと

赤いもの二つを買おうとしていたんですけどね・・・・

レジのところにその二つの色のサンプルがぶらさげてあったんです。

レジの女性がその男性に、まだ開封されていない新品の二つを

出してあげたんです。

新品をジロジロと見ながら、何を思ったのか、そのぶらさげてある

サンプルの方が良いって言ったんです。(多分)

 

それで、レジの女性は、

サンプルとして飾ってあるその二つをハサミで取り外し、

中に入っている新聞紙などを取り出し、新品が包んであった

袋に入れなおし、さらにレジ袋に入れる作業を始めたんです。

 

私の後ろには既に3~4名が並んでいます。

私は帳面一冊 24.75ペソを買うだけ。

 

その男性は 私の方をちらっと見てにっこり。

私は苦笑するしかないっしょ。

 

しかし、彼は 何にこだわりがあったんでしょうかねえ。

まさか、レジの女性に一目惚れってこっちゃないよね。

 

そして、次のショッピング、日本の酢のお買い物。

これは珍しく在庫がたくさん置いてあって、なんなくゲット!!

 

もしかして、これは在庫管理ができるようになってきた

兆しなのか・・はたまた、クリスマス用の在庫の積み増しに

過ぎないのか・・・

まあ、来年になりゃわかるこってすが。

 

さてさて、次は今日の一番の関所・・・税務署です。

 

税務署に用があるっていっても、ただ単に 毎年やっている

団体の登録更新の手続きだけなんですけどね。

それも非営利団体だから 簡単なんです。

帳簿にするノートを持っていって そこにスタンプを押してもらう

だけの話です。

 

数年前までは 割と簡単だったんです。

一種類の帳面を持って行って、団体の登録された明細が書いてある

書類を一緒に係りの人に差し出すと、スタンプを押してくれて

そこになにやら書き入れて、パソコンに入力してくれて、

それで終わりだったんです。

 

ところが、2~3年前から毎年なにやら手続きに微妙な変化が・・・

 

去年もそうだったんですけどね、税務署で帳面を買わされたんです。

それまでは帳面一種類でよかったのに、「この帳面も必要だよ」って

言われて買わされた。

 

だから、去年からは二種類の帳面が必要になったんです。

まあ、小さな団体ですから、お金の出し入れさえ帳面に書いて

いればそれで終わりなんですけど、今回は総勘定元帳なるものも

帳面を持っていなくちゃいけないって話。

Bir_janl_003

 

それに、去年までは帳面だけを持って帰れば、それでOKだったのに、

今年は 私自身が書き込んだ申請用紙も持って帰ることになっていたんです。

 

昔に比べると、窓口番号ごとに整理番号をくれるようになって、

電光掲示板で あと何人待てばいいってことが分かるように

なったんで、待つのは苦にならなくなったんだけど・・・

 

登録処理をしてくれる窓口と ちょっと奥にある「スタンプを押す」仕事と

「帳面を売る」仕事と、登録処理後になんだか担当者がサインをして、

申請書を返してくれる部署を2~3度行ったり来たり。

 

他のお客さんたちの様子を見ていても、やはり帳面を追加で買わされて

いたようでした。

本当に必要な帳面なのかねえ~~ってのが本音。

 

私の整理番号は41番。

待合席に座ったときの電光掲示板の番号は32番。

待っている間、すぐ横を通り抜けようとした

税務署職員の女性の胸をじっと見つめてしまった。

 

その胸は、ふくよかで、白いTシャツに黒でバッテンみたいなデザインが

描かれていて、そのバッテンを横一文字に カタカナで何か

書かれていたんです。

カタカナ文字に惹かれたんです。

その女性の胸にではありません、お間違いのなきように・・・

 

「オキシ・・・」 と書いてあるように見えたんです。

でも、さっと通り抜けたんで、最後までは読めず。

 

で、順番が近くなり、前の方の椅子に移動。

すると、その女性が戻って来ました。

その手には 紙コップみたいなのがありました。

コーヒーでも買いにいったんですね

 

で、胸をもう一度じっくり見ました。

じ~~っと見ました。

顔をひっぱたかれることはありませんでした。

コーヒーを持っていたからね。

 

「オキシジャン」とありました。

これって「酸素」のこと??

しかし、なぜ酸素なの?

確かに胸に酸素は必要なんだけど・・・・

 

無事 税務署の関所を通過して、銀行へ現金を引き出しに。

 

ちょっと人目に付きにくい陰にある銀行のATM

お客の列がほぼ無いので、その点では便利。

 

一回に2万ペソを引き出そうとやってみると・・・・

「1万ペソが限度です。」

それも、「250ペソの手数料が掛かります」と表示された。

 

なに?

以前は 2万ペソで200ペソだったのが、1万ペソで250ペソとは

なんなんだ!?

RCBCさん、これはどういうこと?

 

やむをえん・・・・

いつものBPIは2万ペソ引き出せるはず。

これは BPI銀行に行くしかない。

案の定、数名がATMの前に並んでいました。

 

こちらは2万ペソで250ペソ。

現金も引き出し、後は家に帰るのみ。

今日は金曜日・・・なんとなく嫌な予感。

週末は 観光客が押しかけて ドット・コムのが最近のパターン。

 

あちこちで道路わきでタクシーを待っている人の姿が見える。

仕方なく、街の中心部で拾うのをあきらめ歩く。

 

10分ほど歩いてバギオ総合病院の辺りへ出るも、いつもなら

タクシーが数台あるのに、タクシー待ちの人がいるばかり。

 

その人たちの先を制しようと、ちょっと病院から離れて待つが、

いずれのタクシーも止まらず。

10分ほどで諦め、家まで歩くことにした。

 

ケノン・ロードを歩く。

同じく諦めたらしい若い女性が前を歩いている。

それを追い越して、すたすたと坂道を下っていく。

結局30分弱あるいて帰宅。

すっかり汗をかいた。

たまには歩かないとね。

 

大家さんに話すと・・・・

「ああ、今日は小学校でクリスマス・パーティーをやってるからね。」

 

どういうことかって言うと、今日は小学校の最終日で、

どの学校でもクリスマス・パーティーをやっているから、

タクシーの運ちゃんたちも家族で それを見に行っているんで

しょ、って話だった。

 

なるほど、それなら道路の様子も説明がつく。

たいして渋滞もないのに、なんでタクシーが少なくて、

タクシー待ちの客ばかりが街に溢れていたのか。

 

明日から フィリピンは冬休み。

メリー・クリスマスが本格的に動きます。

 

 

 

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